〔綜 説〕
浮彫菊繍難壁
胸腺リンパ体質ごシヨツク死について
東京女子医科大学法医学教室教 授 吉
ヨシ成 京 子
ナリ キヨウ コ(受付 昭和32年1月9日)
東京女子医科大学学会第22回総会においてホルモン に関するシンポジウムが行われ,ホルモンの一般概念 として臓器形態学,生化学について及び内分泌疾患, ス1・レスと心臓手術,犯罪との関係等色々の面から検 討された。 内分泌疾患は犯罪という社会的な面とも重大な 関係がある。ここではその中、医療行為後の急死 と関係の深い異常体質について述べる。 1 概 念 法医学的に異常体質として知られているのは胸 腺リンパ体質である。本体質は現在においても屡 々問題にされているが,その最初の発表は1850年 Kopfによってなされた。即ち氏は小児が喘鳴及 びチアノーゼを起して突然に死亡したのでこれを 解剖してみたところどこにも異常はなく只胸腺だ けが肥大していた。よってこれを胸腺性喘鳴と名 づけた。しかしFrie薦b㎝は解剖学的検査の上 これを否定し,叉呼吸困難や嚥下困難は胸腺肥大 の機械的圧迫によるものであろうと説明している 者もある。 この体質を確認し報告したのは病理学者Palt− aufi)(1889)一である。氏は原因不明で死亡した小 児及び大人を解剖しその共通所見としてリンパ系 統が一般に腫脹している。即ち胸腺をはじめとし てリンパ腺,扁桃腺,脾臓等が肥大し,大動脈は 狭く血管壁は薄く,一般に抵抗が弱く僅かの刺戟 に対しても強く反応し突然に死を招くという事実 を認めこれを胸腺リンパ体質と述べた。しかし胸 腺とリンパ組織の増殖肥大は必ずしも相伴うもの でなく,胸腺のみが特に肥大せるものを胸腺体質 と称し,リンパ組織の特に肥大せるものはリンパ 体質といわれている。 その後Bartelは胸腺リンパ体:質の縞合には心 臓や大動脈も登記が不充分であり,血管壁にも変 化があり,副腎,性腺も萎縮しているのでこれら を一緒にして発育不全性休質と呼ぶべきであると 述べた。豆 臨床論義
臨床的には本体質の人は一般にリンパ組織の増 殖が著しく,しかも:水分が多いためよく肥満し皮 膚が蒼白であるのが特徴である2)。その他湿疹が 発生し易く,脾,肝腫を触れ,低血圧,リンパ球 増多症,単核細胞増多症,好酸球増多症,起立性 蛋白尿,食餌性糖尿,迷走神経緊張症,感染に対 する抵抗減退等があげられている5)。Micheli u. Barcaglicaは胸腺肥大は殆んど症状を呈さない が時には窒息発作,チアノーゼ,てんかん,脳炎 症状を発現するものがあるといい,胸腺肥大症の 休型は特有で小頭,短頭,活濃で血色よく,眼球 精々突出し泉門は早期に閉鎖するといっている。 黒川4)はその他くびは太く短く,四肢殊に上肢が 他に比して長く,頭蓋は大きく顔貌は神経性で休 質は概して無力性,しばしば全身叉は局所の発育 不全を伴う事多く殊に特筆されているのは生殖器 系統の発育不全であるという。Pendeはhyper− thymic syitdromとして胸腺肥大,副腎並びに生 殖器の発育不全,滲出性体質等をあげている。 皿 下線特大とその弛の内発泌腺との関係 甲状腺:甲状腺ホルモンを多量に服用すると胸 腺が若干肥大し,バセドウ氏病で胸腺肥大を屡々Kyoko YOSHINAR・1 (Dept. of Legal Medlcine, Tokyo Women’s Medical College) : Relations between ’ thymicolymphatic constitutlon and death from shock.
伴うことも知られている。Heddingerは12例の胸 腺死中7例において甲状腺腫をみている。久保・ 四倉は胸腺体質14例につき血清結合沃度を測定し その異常高値を示すものの多い事及び血清総コレ ステm一ルは異常低能を示す事等から甲状腺機能 充進を思わせる結果を得ている。 上皮小体二身に萎縮性で組織学的に脂肪性萎縮 の像を呈する。 下垂体:重量減少し各種機能の減退を認める。 生殖腺:睾丸萎縮は既に肉眼的に明かで卵巣は 組織的にみて被膜及び実質の結締織性肥厚著し く,濾胞の発育不良で卵の排泄も妨げられ卵の閉 鎖性退化に陥るものがあると云われている。 副腎:アジソン氏病では屡々胸腺並にリンパ組 織の腫脹を認める事,原因不明の突然死の剖検例 で胸腺並にリンパ組織の肥大と副腎皮質乃至髄質 の発育不全を認める事等より胸腺と副腎とは密接 な関係のある事が想像され動物実験でも拮抗する 事を証明している5・6)。久保。四倉の研究では胸腺
肥大児にACTHによるThorn’s Testを行い10
例中4例が,エピネフリンによって4例中1例が 異常に反応し,14例中5例が副腎皮質の機能不全 を思わせる所見であった。街動物実験7)で療胸腺 エキスを心添白ネズミに連続投与しACTHによ るThom’s Testは陰性を示すに至る事,胸腺エ キス連続投一与白ネズミの副腎皮質は対照の正常副 腎皮質と異った組織像を呈し皮:質の機能障碍の存 在を推定せしめた画趣から人休においても成人に おける胸腺肥大は副腎機能に障碍を与え,これが Stressに対し充分な警告反応を示し得ない結果に なるのではないかといっておりこの事は異常体質 の急性死の原因に重要であると思われる。 IV いわゆる胸腺死の問題 胸腺死に関しては諸説がある。BcmskoW8)は胸腺皮質ホルモンをThymhormonと名づけ異
常体質においては急激に多:量に供給されるから心 の糖原まで費されて急死を来すという。WieseI はこの体質のものは同時にクローム親和性組織の 発育不全を伴いために一血管緊張作用を有するエピ ネフリンの分泌不足を来し次いで循環障碍を来す という。箕田9)は迷走神経の胸腺による圧迫を老 え,WaldbottiO)は肺の過敏性浮腫を挙げている。 しかし一方高所よりの墜落,自動車事故で急死し た正常児といわゆる胸腺死とを比較するに胸腺:重 量に有為の差がない事からいわゆる胸腺死なるも のの存在を否定せんとするものもあり,Selye11) は胸腺リンパ体質の胸腺重:量は正常範囲内にある ので真の意味の胸腺リンパ体質が存在するかどお かうたがわしく,副腎皮質の発育不全あるものは 胸腺やリンパ器官は大きい傾向にありかつ1血管系 の登載不全があり非特異的破壊的刺戟即ちストレ スにより急死する傾向がある事は注目に価すると 述べ,:Nelson12)も胸腺と副腎とは密接な関係に あり胸腺リンパ体質の急性死の原因は胸腺因子よ りも副腎因子を応えた方が妥当であると云い,久 保・四倉もこれに賛意を表している。 また田坂ユ5)は急死剖検150例の形態学的病理組 織学的研究で,急死例中には年令に比し胸腺実質 遺残が多く「ハ氏」小体は小で数も多く若い胸腺の 状態を示し,いわゆる胸腺リンパ体質或はそれに 傾くものもあるが,逆1こ胸腺退化の進行した例も あり体質的にみて特に異常を認めず,胸腺肥大, 実質遺残,リンパ装置増殖その他解剖所見のみに よりいわゆる胸腺リンパ体質を規定し,それに何 等かの異常性をもたす事には慎重であらねばなら ないという。かくの如くいわゆる胸腺死の問題は 未だ諸説の一致をみない状態である。 V シヨツク死と胸腺リンパ体質 常人では原因になるとは考え難いような軽微な 刺戟で突如重篤な症状を呈し死亡する事がある。 かような血合には異常体質が問題になる。治療的 には血清注射,ワクチン注射,諸種薬剤注射,全 身麻酔,局所麻酔(特に腰麻,咽喉部麻酔)外科 手術等により急死するような揚合である。これら いわゆるシヨツク死と異常体質との関係について は数年前々に三浦14)の報告がある。氏は東京都監 察医務院での剖検意中いわゆるシヨツク死と思わ れる者20例につきその臓器比体重を測定し正常人 のそれと比較した結果異常体質者には大半の臓器 に重:量の異常のある事を認めた。 当教室では監察医務院の御好意により最:近起っ た医療行為後のシヨツク死20例の各臓器につき主 として胸腺リンパ体質に関する所見を中心に調べ た。その結果は第1表及第2表に示すようであっ た。 即ち麻酔死9例中4例,ペニシリンショック死 6忌中2例,ネオピロミツクス注射例及び狼咽手 術後の死亡各1例,その他1例に胸腺体質乃至胸 一一 64 ・一一・第 1 表
l i 胸 腺
処置
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ぺ シ リ ン諸臓器
リンパ装置大動脈 心
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括弧内は標準重量 腺リンパ体質と思われる所見を認めt。 伺胸腺及びリンパ装置の癸育状態を検査すると 同時に他に死因となるような臓器の重大な病変の 有無を検した。その結巣は心臓に所見のあったも のは5例で,心臓弁膜症,間質性心筋炎,卵円孔 三三,心臓肥大,心筋内脂肪織侵殖等であった。 副腎に所見のあったもの2例即ち副腎皮質の発育 不良なものと副腎リポイドの巣状消失であった。 但しこの副腎所見が胸腺遺残,大動脈菲薄狭小等 の所見と共に見られたのは1例であり他の1例は 胸腺リンパ体質の所見は見られなかった。 胸腺重量:胸腺重量に関する従来の報告は,本 邦においては石橋,大村,竹内等その他多数の成 績があるが誠に区々たるものである。星によると 成熟胎児平均重量88.359,♀9.739,平均:重量の 最高は15∼16才でε13.89,♀1⑪.69であり重量完 成後は16∼17才より再び減退する。石橋によると 成人(21∼60才)では男女含んで平均9.669であ一65一
り,大村は21∼45才の急死例で16.649と記載し ている。元来胸腺重量の動揺は消極的な現象では なく実に組織改造に起因する積極的内分泌機能に 密接な関係がある事はいうまでもない。佐藤15)は 急死例$519例,♀269例について検査し,北下時 ♂18.279,♀16.359,重量完成期とみられる15∼ 19才で♂31.269,♀27.859,成人(20∼59才)♂ 23.61g,♀22.85gであった。胸腺は骨成長の他体 :重:の増加,害物に対する防衛を司りヌクレインを 貯蔵して必要な所へこれを与える働きがあり,骨 成長は青春の終りと共に終了するが他の働きは一 生役立つもので,この臓器は壮年期に消失するの ではなく働きがへるだけ小さく軽くなるのみで20 才迄の青年期頃迄は肉眼的に殆んど実質性の事が :大部分でありそれ以後は直島脂肪化してゆくよう で平均重量も減少してゆくという。佐藤の例では 平均重量が従来の成績より大であるがこれはこれ らの死因が青酸中毒,窒息,外傷によるもので氏 も認めているようにその中には急死し易い異常体 質のものが少なからずあったためと思う。胸腺重 量は甚だ被影響性が強く生活各誌に応じて発育, 退縮を示す他,栄養,疾病に極めて容易に影響さ れ果してどれが正常であり何れを正しい基準とし てよいのか不明確で正鵠な材料が得難い。 当教室での検査成績は前表に示されて居る様に 標準胸腺重量ユ6)より大なものは20例中7例(35%) であった。 実質遺残:実質残存の程度をみると重量の軽重 とは平行せず標準より重量が小であって実質性の ものが可成り認められた。そこで胸腺重量完成期 後退逸すべき時期(20才以後)に爾実質性で標準 より重量大なるもの及び20才以下の考で実質よく 発育し:重量の著明に大なるもの,更にリンパ装羅 の発育状態,大動脈幅,・壁の厚さ等の所見も考慮 に入れると明かに胸腺リンパ体質の所見を呈した ものは9例(45%)であった。 ’尚肝腎等実質臓器の脂肪変性のある入はショッ クを心し易い体質17)といわれている。今回の例で は肝には全例にうつ一血が見られ3例に脂肪化があ った。’ 組織学的所見: a) 胸腺:異常体質の揚合には髄質機能低下の ため生理的に起る皮質の破壊作用が起らず,皮質 髄質の容積関係に変動なく両者平行して残存し, 組織学的に皮質は増殖著しく一方「ハ氏」小体は 大きさ,形態,性状が様々で,一方に新生が盛ん に行われ他方に破壊作用が行われつつある他石灰 沈着,格子様線維増殖,脂肪の周辺移動等が認め られるという。 胸腺リンパ体質がPaltaufにより唱えられて以 来年令に比し大なる胸腺の存在するものがあれば 直ちに異常体質として死因を説明せんとする傾向 もあるが胸腺の機能はまだはっきりしてゐらず該 体質の決定のために胸腺の所見にのみ重点をおく 事は今の所至難の事で,単純性肥大と形態学的に 区別がむつかしい。しかし胸腺一リンパ装置一幅 生体との闇には何等かの機能的相関があろう事は 考えられる。既にWieselは胸腺性喘息及び胸腺 死に見られる変化はクローム親和系統の薄弱によ る迷走神経機能の上昇に起因すると述べ,柴田ユ8) は家兎の交感帯破壊による副交感神経緊張症にお いて胸腺重量は対照より重い成績を得ている事は 興昧ある事で重大な事と思う。 b) リンパ装置:本装置の肥大増生は一般リン パ装置の肥大する出合と部位的に局所リンパ面白 のみ肥大する場合とがあるといわれる。これら肥 大リンパ腺の組織学的所見については,芽中心は 極めて明かで核分裂像等リンパ細胞増生の盛んな 像を認めるともいわれ,又渋沢他19)によるとリン パ体質,胸腺リンパ体質,ビタミンB1欠乏等では 芽中心ともいうべき構造をもたないリンパ装置, 胸腺の発育が著しくかかる扇合に侵襲が加わると それら全身リンパ装置においてリンパ球が広範囲 に崩壊し,ピストン及び低分子DNAが遊離する。 一方如上の臨床状態では網晶系の発育が不完全で ありまた芽中心を欠く起め遊離したDNAは一三清 中へ移行し重いヌクレイネミーを起し,他方ピス トンの各段階の分解産物が多量に流血中へ放出さ れ甚だしい毒性物質の血液内蓄積が起り,かかる 体質がシヨツク或は外科侵襲にきわめて弱い事を 核酸と云う点からも説明出来るという。
W むすび
以上の様な体質があり医師が正当な治療をなし つつ而も不可抗力な所謂シヨツク死に遭遇する事 がある。診療に当り術前の綜合診断,自律神経等 の生体防御反応を検する事も無意味ではないと思 う。 稿を終るに臨み材料蒐集に御援助いただいた東京都 66監察医務院須賀井院長に深甚なる感謝の意を表しま す。また研究に協力下さった教室員諸氏に厚く感謝い たします
:文 献
1) Paltauf : Wien. Klin. Wochenschr. 46(1889) 2)古畑:法医学,(昭28年)
3)久保,.四倉:治療,35,1038(昭28)
4).黒川:日本医事新報,No.1429,2589(昭26) 5)Jaffe:エExp. Med.40,325(1924). 6) Reinhardt & Helmeo:Prod. Soc. Exp. Biol,
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7)河原他:日本産婦入科学会雑誌,4,852(昭27)
8) Bomskow:Deutsch. Med. Wochenschr. 66,
589 (1940)
9)箕田:児科雑誌,47,1(昭18)
10) Waldbott:Amer. J. Dis・“vases oS Children.
47, 41 (pu,934)
11) H. Selye: [[’ex’tbook. os” Ena.iocrinolog・’y. 68,e: (i.950)
12) Nelso}i : Textbook of Pediatr一 lcs. tbth Eti’. (1.950)
13)田坂:日法医誌,5(6),304(昭26) 14)罵浦;第82回口大医学会例会発表P(昭29) 15)佐藤:東医大誌,8(3),221(昭25)
16) S. Aimi ee ai:Ac’ta 1’athol. Ja,pen・iccrt. 2(4),
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17)三田:法医学,(昭9)
18)柴田:日法医誌、9(3),192(昭30) 19)澁沢他:内分泌のつどい、」,11G(日召31)