九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
亀井南冥筆墨竹図
大庭, 卓也
福岡教育大学非常勤講師
https://doi.org/10.15017/9088
出版情報:文獻探究. 43, pp.1-, 2005-03-31. 文献探究の会 バージョン:
権利関係:
掛 幅 装 紙 本 墨 画 縦 四 四
・ 二 糎 横 六 六
・ 四 糎
個 人 蔵
歳 寒 三 友( 竹
︑ 松
︑ 梅)
︑ 三 益 友( 竹 と 石 に 梅 を 添 え る)
︑ 四 君 子( 梅
︑ 竹
︑ 菊
︑ 蘭) な ど に 知 ら れ る よ う
︑ 竹 は 吉 祥 あ る い は 節 操 を 表 す 好 画 題 で あ る
︒ 江 戸 時 代 に お い て
︑ 画 竹 の 亀 鑑 と し て 仰 が れ た の は
︑ 蘇 東 坡
︑ 檀 芝 瑞
︑ 文 与 可 あ た り
︑ 明 楊 爾 曾 撰 図 絵 宗 彝(
七 巻 元 禄 一 五 年 和 刻)
︑ 明 黄 鳳 池 撰 八 種 画 譜(
近 世 前 期 和 刻)
︑ 清 王 概 等 撰 芥 子 園 画 伝(
五 巻 文 政 二 年 和 刻) な ど
︑ そ の 描 法 を 説 く 書 物 は 多 い
︒ ま た
︑ 画 竹 を 得 意 と し た 学 者 文 人 も 枚 挙 に い と ま な く
︑ 九 州 で は
︑ 肥 前 の 草 場 佩 川
︑ 筑 前 の 亀 井 小 琴 な ど は 特 に 名 高 か ろ う
︒ 豊 後 の 田 能 村 竹 田( 安 永 6
︲ 天 保 6) は
︑ 山 中 人 饒 舌(
二 巻 天 保 六 年 刊) 巻 下 に お い て
︑ そ の 儒 学 の 師 で あ る 村 瀬 栲 亭 の 画 竹 を「 書 法 関 紐
︑ 透 入
二
画 中
一
者」(
書 法 の 関くわ
紐んちう
し め く く り透
つ て 画 中 に 入 る 者) と し て 賞 賛 し た が
︑ 一 方
︑ 竹 田 荘 師 友 画 録(
二 巻 天 保 四 年 成) で は
︑ 筑 前 で 古 文 辞 学 を 教 授 し た
︑ 亀 井 南 冥( 寛 保 3
︲ 文 化 11)
︑ す な わ ち 小 琴 の 祖 父
︑ の 墨 竹 を 次 の よ う に 特 筆 す る 一 条 が あ る( 引 用 は 田 能 村 竹 田 全 集
︿ 国 書 刊 行 会 大 正 5
﹀ に よ る)
︒ 南 冥 先 生
︑ 名 は 魯
︑ 字 は 道 済
︑ 南 冥 と 号 す
︒ 学 問 文 章 一 世 に 鳴 り
︑ 世 共とも
に 推お し て 海 西 の 一 代 儒 宗 と 作な す
︒ 晩 に 墨 竹 を 写 す
︒ 予われ
二 紙 を 観 る
︒ 剣けん
抜ばつ
弩ど 張ちやう
︑ 英 気 紙 表 に 溢 出 す
︒ 題 字 も 亦また
豪 語 多 し
︒ 其 の 一 に 旁 書 し て 曰 く
︑ 第 二 十 一
︑ 其 の 一 に 曰 く
︑ 第 四 十 六 と
︒ 何 の 謂い ひ な る か を 知 ら ざ る な り
︒
⁝ 今 号 の 冒 頭 に 紹 介 す る の は
︑ か よ う に 竹 田 が 賞 賛 し た 南 冥 の 墨 竹 図 で あ る
︒ 南 冥 は も と よ り
︑ 弟 の 曇 栄 宗 ︑ 長 子 昭 陽 ら 亀 井 の 人 々 に は
︑ 書 を よ く す る も の が 多 い
︒ さ れ ば こ そ
︑ 南 冥 の 墨 竹 も 栲 亭 の そ れ と 同 様
︑ 書 画 の 運 筆
︑ 渾 然 一 体 す る も の と し て
︑ 竹 田 の 目 に 映 っ た の だ ろ う
︒ 墨 気 飛 動 す る 幹
︑ 紙 端 に 余 る 枝 な ど は
︑ ま さ に「 剣 抜 弩 張
︑ 英 気 紙 表 に 溢 出 す」 る 風 格 が あ る
︒ 本 作 に は
︑ 竹 田 が 言 う よ う な 豪 語 を 記 す 題 字 は な い も の の
︑「 戊 午 仲 春 災 後 第 二 十 有 九 写 於 静 好 堂」 と 見 え る
︒ 戊 午 仲 春 は 寛 政 十 年 二 月
︒ あ た か も こ の 時
︑ 甘 棠 館 に 火 災 あ り
︑ 南 冥 は 居 宅 書 斎 の す べ て を 失 っ て い た こ と
︑ 高 野 江 鼎 湖 侠 儒 亀 井 南 冥(
共 文 社 大 正 2) に 詳 し い
︒ 寛 政 異 学 の 禁 に よ り
︑ 藩 儒 か ら 退 け ら れ た の が 寛 政 四 年
︑ 失 意 の う ち に 論 語 語 由 完 成 へ と 精 力 を 傾 け て い た 矢 先 の 災 難 で あ っ た
︒ よ っ て「 災 後 第︑ 二 十 有 九」 と は
︑ 甘 棠 館 火 災 か ら 数 え て 二 十 九 日 目 の 染 筆 と の 意
︑ す れ ば
︑ 竹 田 が 訝 し が っ て い る
︑ 南 冥 墨 竹 に 見 え る 傍 書「 第︑ 二 十 一」「
第︑ 四 十 六」 も
︑ 罹 災 後 の 日 数 を 記 し た も の で あ ろ う
︒ 度 重 な る 災 難 の 後
︑ 南 冥 が 消 閑 の 具 と し て 墨 竹 を し ば し ば 描 い て い た と い う こ と に な る
︒ 南 冥 の 学 問 は
︑ 昭 陽 が 継 承 し て 集 大 成 を み た が
︑ こ う し た 南 冥 の 余 技 は
︑ 絵 事 を よ く し た 孫 小 琴 に よ り 育 ま れ て 開 花 す る
︒ 小 琴 竹 画 の 原 点 を
︑ こ こ に 見 定 め て よ い よ う に 思 わ れ る
︒ 印 章 二 顆
︑ 上 は
「
亀 井
/ 魯」
︑ 下 は「 道 哉
/ 父」(
と も に 白 文 方 印) が あ る
︒
(
お お ば た く や
・ 福 岡 教 育 大 学 非 常 勤 講
師)
(
南 冥 先 生
︑ 名 魯
︑ 字 道 済
︑ 号 南 冥
︒ 学 問 文 章 鳴 于 一 世
︑ 世 共 推 作 海 西 一 代 儒 宗 焉
︒ 晩 写 墨 竹
︒ 予 観 二 紙
︒ 剣 抜 弩 張
︑ 英 気 溢 出 紙 表
︒ 題 字 亦 多 豪 語
︒ 其 一 旁 書 曰
︑ 第 二 十 一
︑ 其 一 曰
︑ 第 四 十 六
︒ 不 知 何 謂 也
︒
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