• 検索結果がありません。

『隆房の恋づくし』──解題と翻刻──

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "『隆房の恋づくし』──解題と翻刻──"

Copied!
37
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

新収﹃隆房の恋づくし﹄ 一 書誌と解題   新たに中央図書館特別資料室に収蔵された﹃隆房の恋づくし﹄︵以下﹁早大本﹂と略称する︶について︑解題を記す︒

書誌は左の通り︒

  列帖装︑一帖︒縦一五・八糎︑横一一・八糎︒淡青色無地の鳥の子紙表紙︑同中央に丹色地縦竜文の題僉﹁隆房の 恋つくし﹂とある︵本文とは別筆︶︒見返しは本文共紙︒料紙は鳥の子紙で︑三括からなり︑各括とも五枚の料紙を重

ねて折られているが︑第一括の一番外側の丁は︑見返しとして前表紙に貼られている︒また︑第三括の外側の二丁も︑

一番外を後表紙の中にくるみ︑その一つ内側の丁が見返しとして後表紙に貼り付けられている︒したがって︑丁数と

しては全二七丁となる︒原本文は︑その第二丁から第二〇丁までに書写されており︑第二丁表から第一六丁表までが

﹃隆房の恋づくし﹄︑第一六丁裏を一面空白とし︑第一七丁表から第二〇丁裏三行目まで勅撰集から抄出した恋歌四三 新収

﹃隆房の恋づくし﹄

││ 解題と翻刻 ││

渡  邉  裕美子    兼  築  信  板  垣  満理絵    上  田  浩  金  子  英  和   田  原  加奈子

(2)

首を記す︒元来は前に一丁︑後に七丁の遊紙が置かれていたことになるが︑第一丁表に︑本文とは別筆で﹁和歌恋尽

/北大路蔵書﹂と書き︑内扉となされた︒なお︑同右上には﹁内扉後筆﹂の小紙片も貼られている︒さらに第二六丁

裏には内扉と同筆で︑﹁明治十有五年十一月廿日/爾来放不為/北大路末吉郎﹂という一種の相伝奥書が記されている︒

  内題は︑第二丁表一行目に︑本文より約二字下げて﹁たかふさの恋つくし﹂とある︒恋歌抄出の書き始めである第

一七丁表の右上には︑﹁是以右恋歌秀歌選﹂の小紙片を貼る︒本文は一面一二行︑和歌一首一行書き︒﹁隆房の恋づく

し﹂の部分は︑和歌は地の文より約二字下げ︒恋歌抄出の部分は︑作者名は歌頭より約一三字下げ︑詞書は﹁かへし﹂

と記す一箇所のみで︑約三字下げとする︒室町期の写か︒現在整理中のため︑請求番号は与えられていない︒

  前表紙見返しの左下に方形朱陰印が二種︵印記不明︶捺され︑同じ両印は奥書﹁北大路末吉郎﹂の署名の左側にも

捺されている︒そのほか︑内扉の右上斜めに単郭長方形朱陽印︑左下の﹁蔵書﹂にかけて方形朱陰印︵ともに印記不明︶

を捺し︑第二丁表すなわち﹃隆房の恋づくし﹄の冒頭箇所にも︑上下に朱の小陽印︵上方は無郭縦二文字で印記は不明

下方は﹁北﹂の単郭丸印︶が捺される︒

  なお﹁北大路末吉郎﹂は︑上賀茂神社の社家である北大路家の系累と考えられるが未勘︒大正五年に︑修学院尋常

小学校︵現在の京都市立修学院小学校︶の訓導を務めていたことが確認できる︒

  ﹃隆房の恋づくし﹄は︑従来︑﹃艶詞﹄と通称され︑作者は藤原隆房と考えられていた︒しかし︑本作は隆房の自撰 家集﹃隆房集﹄を後人が改作した蓋然性が高く︑古くは﹃隆房の恋づくし﹄︵或いは単に﹃恋づくし﹄︶と称されていた︵渡

邉裕美子﹃新古今時代の表現方法﹄笠間書院︑二〇一〇年︒以下︑論述の都合上︑渡邉著書と重なる部分がある︶︒

  原作である﹃隆房集﹄の作者隆房は︑平安末期に風流な文化人として名を馳せた人物である︒久安四年︵一一四八︶

(3)

新収﹃隆房の恋づくし﹄ に生まれ︑承元三年︵一二〇九︶に六二歳で没した︒権大納言藤原隆季男︑祖父は中御門中納言家成で︑六条藤家の

祖顕季は曾々祖父にあたる︒院の近臣として権勢を誇った一族であるとともに︑代々歌人を輩出した家柄である︒冷

泉少将︑冷泉大納言︑四条大納言などと称された︒承安元年︵一一七一︶以前に平清盛の四女と結婚︑高倉天皇近臣

となり︑平家の公達と親しく交流する姿が﹃建礼門院右京大夫集﹄に描き取られている︒安元二年︵一一七六︶三月

四日〜六日の後白河院五十賀において舞人を勤め︑賀宴の仮名記である﹃安元御賀記﹄を著した︒同記には藤原定家

書写本が伝存する︒笙をよくし︑笛で遊宴に奉仕することも多かった︒平家滅亡以前に︑後白河院第一の近臣と称さ

れた高階康経の女と結婚する︒隆房はこの康経や父隆季の庇護のもと︑文治元年︵一一八五︶の平家滅亡後も︑その

影響をさほど受けることはなく︑後には九条兼実に親近した︒極位極官は正二位権大納言で︑建永元年︵一二〇六︶

に五九歳で出家︑法名は寂恵であった︒歌人としては︑﹃千載集﹄以下の勅撰集に三四首入集し︑嘉応二年︵一一七〇︶

﹃建春門院北面歌合﹄︑治承二年︵一一七八︶﹃別雷社歌合﹄︑建久六年︵一一九五︶﹃民部卿家歌合﹄︑建久九年﹃御室五

十首﹄︑正治二年︵一二〇〇︶﹃正治初度百首﹄等に出詠した︒﹃隆房集﹄︵御所本系︶を自撰するほか︑﹃和漢朗詠集﹄

等を出典とする句題による﹃朗詠百首﹄や︑堀河百首題による﹃隆房集﹄︵日本大学文理学部図書館蔵本︶を残している︒

  ﹃朗詠百首﹄と日大本﹃隆房集﹄を除く隆房の家集は︑現在︑左の三種に分類されている︒

︿第一種  冷泉家本系﹀

総歌数一〇〇首︒詳細な詞書を伴い︑隆房の体験した悲恋の顛末が贈答歌は含めずに自詠のみで綴られる︒一番歌

と一〇〇番歌は︑詞書も含めて序跋に当たる︒﹃伊勢物語﹄の﹁昔男﹂が強く意識されつつ虚構も交えて心情が述

べられ︑具体的な固有名詞や社会的背景は注意深く捨象されている︒冷泉家時雨亭文庫蔵本が代表的伝本︒従来は

(4)

御所本系と称されていた︒この系統の本から﹃平家物語﹄に歌と詞書が取り込まれ︑物語では隆房の恋の相手は小

督とされる︵巻六・小督︶︒しかし︑御所本系の叙述からは︑相手は恐らく高倉天皇の女房で︑二人は人目を忍ぶ間

柄であったこと以外︑具体的には不明である︒成立は︑﹃千載集﹄に入集する隆房歌がこの集からの撰入であるな

らば︑﹃千載集﹄成立の文治四年︵一一八八︶頃以前︒

︿第二種  定家本系﹀

総歌数一〇〇首︒冷泉家本系と和歌に異同はないが︑詞書は簡略化されている︒簡略化は要約によらず︑概ね冷泉

家本系詞書のごく一部を抜き出す形でなされ︑悲恋の顛末を辿ることは難しい︒奥書により定家筆本を祖本とする

ことが知られる︒

︿第三種  恋づくし系﹀

総歌数八〇首︒冷泉家本系・定家本系の二三首を欠き︑別に長歌一首・反歌二首加える︒近世以降︑群書類従等で

よく読まれ︑その書名により﹃艶詞﹄と通称されてきたが︑古名は﹃隆房の恋づくし﹄︒一三世紀末頃までに冷泉

家本系を後人が改作したもの︒冷泉家本系とは逆に詞書が高く︑歌頭が低く書写されており︑また外題を﹁四条大

納言歌日記﹂﹁隆房卿艶書合﹂等とする伝本があり︑日記・物語や艶書集成書に類する作品として享受されていた

ことが知られる︒末尾に添えられた長歌・反歌も後人が冷泉家本系の歌を組み合わせて創作したものと指摘されて

いる︵家永香織﹁﹃隆房の恋づくし︵艶詞︶﹄の成立をめぐる諸問題﹂﹃国語と国文学﹄八四│一︑二〇〇七年一月︶︒この長歌

は反歌を三首として︑一三世紀末頃成立の﹃隆房卿艶詞絵巻﹄の絵詞として用いられており︑独立して享受されて

いる︒恋づくし系の長歌や絵巻では隆房の恋の相手に小督が意識されているようであり︑逆に﹃平家物語﹄の影響

を受けている可能性が考えられる︒早大本は︑この第三種恋づくし系の一伝本となる︒

(5)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   この第三種系諸本は︑本文の異同・内題などから三系統に分かたれる︒これまでに知り得た伝本に早大本を加え︑内題と外題︵内・外と略称︶とともに以下に簡略に列挙する︒

︿甲類﹀  イ1国立歴史民俗博物館蔵本︵高松宮旧蔵本︶︿H600733、

17﹀ 内﹁たかふさの恋つくし﹂外﹁四条大納言日記﹂ ゐ    2陽明文庫蔵本  内﹁たかふさの恋つくし﹂外ナシ    3神宮文庫蔵本︿1829/1﹀ 内﹁たかふさの恋つくし﹂外﹁隆房卿艶書合﹂

   4東京大学史料編纂所蔵押小路家本︿し57 ﹀ 内﹁隆房の恋つくし﹂外﹁隆房卿歌はなし﹂

  ロ5早稲田大学図書館蔵本  内﹁たかふさの恋つくし﹂外﹁隆房の恋つくし﹂

︿乙類﹀   6静嘉堂文庫蔵A本︿21305/1/51412﹀ 内ナシ 外﹁たゝ ︵ママ︶ふさの恋つくし﹂

︿丙類﹀   7祐徳稲荷中川文庫蔵本︿6/22/241、

7﹀ 内﹁艶詞﹂外﹁艶詞﹂ 別    8書陵部蔵本︿

57 ﹀ 内﹁艶詞﹂外ナシ︵合写︑合綴された他作品名は外題に記す︶ 伏 ・    9松本寧至氏蔵本  内﹁えんのこと葉﹂外﹁艶詞﹂

  

10YW911.2/F 京都女子大学吉澤文庫蔵本︿﹀ 内﹁艶詞﹂外﹁艶詞﹂

  

1121316/1/514-12静嘉堂文庫蔵B本︿﹀ 内﹁艶詞﹂外﹁艶詞﹂

  

12北海学園北駕文庫蔵本︿

叢 ・ 495 ﹀ 内﹁艶詞﹂外﹁名文集  艶詞﹂

(6)

  

13  扶桑拾葉集異本AⅠ巻九内﹁艶詞﹂

  

14  扶桑拾葉集異本B 巻二九内﹁艶詞﹂

  

15   扶桑拾葉集版本巻九内﹁艶詞﹂

  

16   群書類従巻四八〇本雑部三五内﹁艶詞﹂

  

17早稲田大学蔵薫蕕録所収本︿

4/775/57﹀ 内﹁艶詞﹂ イ

︿不明﹀  

18   石清水八幡宮本内不明外﹁隆房卿日記﹂

18石清水八幡宮本は書名を知り得ただけで未見︒1に類する外題から推測すると甲類か︒i

  甲乙丙の三系統の本文異同については︑ここで詳細に論ずる紙幅がないため︑簡略に結論だけ述べる︒丙類につい

ては︑

10から 12が﹃扶桑拾葉集﹄の写しであることが指摘されている︒また︑

17は﹃群書類従﹄の写しであることが

明らかである︒さらに︑それ以外の7から9の諸本についても︑内題の下に作者名を﹁藤原隆房卿﹂などと記し︑改

行して本文にうつるという書写形式や本文内容から︑むしろ版本系諸本の写し︑或いはその転写本である可能性が高

い︒次に丙類の

13から 16の版本系諸本と甲類との本文異同を比較検討すると︑おおよそ甲類↓扶桑拾葉集異本A↓扶

桑拾葉集異本B↓扶桑拾葉集版本↓群書類従本と︑その改訂の跡をたどることができる︒このことから︑甲類は版本

系諸本に先行し︑また︑版本系諸本では群書類従本が最も改訂の進んだ形であると言えそうである︒また︑乙類は︑

後に述べるように丙類とは全く異なる形で甲類を改訂した本文を持つ︒

  これまで知られていた伝本の書写年代に比するならば︑早大本は︑﹃恋づくし﹄伝本のうちの最古写の一本となる

本文はおおよそ甲類と一致するが︑乙類の静嘉堂文庫蔵A本の独自異文と考えられていた本文と同じ箇所もある︒そ

(7)

新収﹃隆房の恋づくし﹄ こで︑早大本以外の甲類をイ︑早大本を甲類ロとした︒  以下︑本文上︑特に注意される箇所について︑甲類イの1高松宮本︵高︶︑2陽明文庫蔵本︵陽︶︑3神宮文庫蔵本︵神︶

4押小路家本︵押︶︑甲類ロの5早大本︵早︶︑乙類の6静嘉堂文庫蔵A本︵静︶︑丙類の

16群書類従本︵群︶︑さらに改

作前の第一種の冷泉家本︵冷︶の異同を示す︒

①二六番歌第五句

   おもはするかな︵高・陽・押・群︶

   おもはすもかな︵神・早・静・冷︶

②四〇番歌第二句

   あはれをもとに︵高・陽・神︶

   あはれをもみに︵押︶

   あはれをともに︵早・静︶

   あはれとともに︵群︶

   あくれはともに︵冷︶

③五九番歌第四・五句

   おとろくほとになけかましやは︵高・陽・神・押・群︶

   おとろくはかりなけかさらまし︵早・静︶

   おとろくほとのなけきせましや︵冷︶

(8)

④六〇番歌第四句    いかにたちまよふ︵高・陽・神・押︶

   いかて立まふ︵早・静︶

   いかにたちまふ︵群・冷︶

⑤六四番詞書

   をのつからあひても︵高・陽・神・押・群︶

   をのつから行あひても︵早・静︶

   ナシ︵冷︶

⑥六六番詞書

   物をもおほえて︵高・陽・神・押・群︶

   物をとおほえて︵早・静︶

   思事なかりけりとて︵冷︶

⑦七二番歌第五句

   我身ならねは︵高・陽・神・押・群・冷︶

   うき身ならねは︵早・静︶

  冷泉家本に代表される第一種本から甲類諸本への改作については︑別に論じたことがある︵渡邉前掲著書︶︒ここで

は早大本を中心に見てみると︑甲類ロの早大本が︑乙類とした静嘉堂A本と一致して︑他の甲類諸本とは異なる例が

あり︑そのうち③や⑦は︑単純な誤写などを原因として想定しにくい異同ではないだろうか︒

(9)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   では︑早大本と静嘉堂A本で一類とすべきかと言えば︑そうはできない︒静嘉堂A本には︑甲類諸本とも丙類の版

本系諸本とも異なる独自異文が散見する︒そのうちのいくつかを以下に挙げる︒

⑧二七番歌第二・三句

   焼くとも何かおしからむ︵高・陽・神・押・早・群・冷︶

   やくともなとかあつからん︵静︶

⑨二八番詞書

   きし方行すゑおもひつゝけられてまきるゝかたなくわひしけれは︵高・陽・神・押・早・群︶

   ゆふかたなくわひしけれは︵静︶

   なにとなくきしかたゆくさきのこともおもひつゝけらるれはいとゝまきるゝかたもなくかなしくて︵冷︶

⑩三三番歌第二句

   けふりの中の︵高・陽・神・押・早・群︶

   むねのけふりの︵静︶

   けふりのうちの︵冷︶

⑪四三番歌第三句

   つくさすて︵高・陽・神・押・早・群・冷︶

   つくしはて︵静︶

⑫七三番歌第四・五句

   おもへはきみかなにゝかはせむ︵高・陽・神・押・早・群︶

(10)

   むくわはきみはなにとかはせん︵静︶

   思へは君もなにゝかはせん︵冷︶

⑬七六番詞書

   ゆくすゑあらむ事もかたくおほえて︵高・陽・神・押・群︶

   行すゑにあらん事もかたくおほえて︵早︶

   ゆくすゑにたれとかあらんとつらくおほえて︵静︶

   つゐにいかなるさまにてなとおもひつゝけられて︵冷︶

  以上のような静嘉堂A本の独自異文は︑単純な誤脱から生じたとは考えがたく︑甲類からさらに改訂が進んだ本文

と見てよいだろう︒先に述べたように︑丙類の版本系諸本も甲類からさらに改訂が進んだ本文を持つ︒しかし︑甲類

から丙類への改訂が︑割合に小さな語句の異同に留まるのに対して︑乙類の静嘉堂A本の例に挙げたような箇所では︑

より大きな改訂が見られる︒こうしたことから︑静嘉堂A本については︑甲類とは別に乙類を立てるのがよいと考え

られる︒  ただし︑そのような静嘉堂A本の独自異文と見られていた箇所うちのいくつかは︑今回︑早大本の本文が知られる

ようになったことで︑独自の改訂箇所ではなく︑より古い本文に由来することが明らかになった︒

  早大本には他にも注意すべき点がある︒それは︑巻末に︑﹃恋づくし﹄と同筆で︑勅撰集から恋歌を抜き書きして

付載していることである︒他の伝本では︑4押小路家本がやはり︑巻末に﹃続後撰集﹄から恋歌五首を抜き出して載

せているが︑早大本の歌数はさらに多く︑﹃後拾遺集﹄︵応徳三年︿一〇八六﹀奏覧︶から﹃新千遺集﹄︵延文四年︿一三

(11)

新収﹃隆房の恋づくし﹄ 五九﹀奏覧︶に至る勅撰集から︑四三首に上る恋歌を︑基本的には詞書を付けずに抜き出している︒出典となった各

集と歌数は以下のとおり︒﹃後拾遺集﹄三首︑﹃千載集﹄一首︑﹃新古今集﹄一八首︑﹃新勅撰集﹄二首︑﹃続後撰集﹄

三首︑﹃続拾遺集﹄一首︑﹃新後撰集﹄一首︑﹃続後拾遺集﹄八首︑﹃続千載集﹄四首︑﹃玉葉集﹄一首︑﹃新千載集﹄一首︒

  ﹃新古今集﹄が最も多く︑次いで﹃続後拾遺集﹄など十三代集中の二条派の勅撰集が並ぶ︒この﹁恋歌秀歌撰﹂と

でも言うべきものと﹃恋づくし﹄を︑一書として編纂した者の関心が奈辺にあるかを示すものだろう︒また︑﹃恋づ

くし﹄という作品の享受のあり方として︑享受者がそれぞれの関心に従って恋歌秀歌撰を編纂し︑﹃恋づくし﹄とと

もに享受していたことが知られる点も重要である︒以前︑﹃恋づくし﹄という作品名が︿恋の諸相の提示﹀という作

品の性格を如実にあらわすものであり︑艶書集成書など艶書テキストに通じる性格を持つということを指摘したこと

があるが︵渡邉前掲著書︶︑こうした享受のあり方は︑そのような把握が間違っていなかったことを物語ると思われる︒

二 翻刻

︻凡例︼

一︑用字は︑漢字・仮名とも通行の字体によった︒

一︑改行ならびに︑ミセケチ・傍記等も︑底本のままとした︒

一︑一面の終わる箇所に﹂を付し︑その裏面の終わる箇所には漢数字で丁数を掲げた︒

  丁数は遊紙を含めて数えた︒

一︑空白や遊紙︑また必要な注記事項は括弧内に記した︒

一︑﹁隆房の恋づくし﹂および恋歌抄出のそれぞれに︑和歌の通し番号を付した︒

(12)

︻翻刻︼   内扉後筆︵貼紙︶

    和歌恋尽       北大路蔵書

  ︵一面空白︶﹂一

    たかふさの恋つくし   あらたまのとし月をおくりむかふるにつけて思ふ   事なきにしもあらぬ身の人しれぬ恋路にさへ   おもひいりぬるよしなさをこは何事のありさま   そと思ひのあまり

なくさめにむかしのあとをたつぬ   れはちはやふる神の御代よりみとのまくはひし   ていもせをしのふ事たえすそありけらしそれより   このかたもゝよをへてしきのはねかきをかそへ千   つかまてにしきゝをたてふしのけふりをわか思ひより   たつかとをとろききよみかせきのしらなみは袖し   のうらよりたちにけるかとそさはきけるせりつむ   人もつりするあまもわきもこかために心をつくす

  といへりなりひらの中将はわか身ひとつをもとの身にし

(13)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   てとかなしみとし行のひやうゑのかみは夢のかよひ路   人めよくらんとうらみたり三わの山もといかにまちみん   と伊勢かこと葉なり色みえてうつろふ物は小まちか   思ひなるへしさそなむかしの人たにもかゝる思ひはあり   あけ 思ひとれともとられねはすきにしかたよりけふ   まてにつきせぬ思ひのかす〳〵をもしほ草かきあ   つめさゝかにのいとをしともやいふとてなるへし 01   人しれすうき身にしける思ひ草おもへは君そたねはまきける   ぬれにし袖はかはくまもなく又の春秋ゆきかへるそ   かしさゝなみやあふみのうみのみるめなきさにたとり又   月日のかすはつもれともいやとしのはにをき所なく﹂二

  せきとめかたくてしのひもはてすなりにしを袖に   涙のかゝりけるちきりのほとをしらすしてありし   その夜のあり明に思ひし事のはかなさを 02   きのふまてうらみし袖にけふよりはあふうれしさをつゝみける哉   そのあかつきともたちにくしてあふさかのせきよりほかへ   行たりしにこれのみ心にかゝりていそきかへるとて 03   みやこへとはやむるこまのあしことにそのひまもなく人そ恋しき

(14)

  せき路の庭とりもなくほとにあふさか山をうちこゆれは   ちかくなり行はうれしけれとさしも人めをつゝむ中なれ   はあひみん事はいとかたからんとかねてなけかしさに 04   いそきてもかならす人にあふさかのせきにしあらはうれしからまし   あふまてこそ思ひもよらさらめ一こと葉のひまたになけれ

  はせんかたなくて 05   えそいはぬおもふ心はしけゝれと夏のゝすゝきしのひやかにも   さすかにあさ夕はみる事はひまなけれともそれしも   なか〳〵なるしらすかほなるしたの心おもひやるかたなくて 06   夜とゝもに我には物をおもはせてさのみや人のしらすかほなる   あなかちにうらむれはこよひはさらはたちなからとちきりて   くれをまつ久しさは千世をふる心ちしてまちえたる心の   うちのやるかたなさはいひしらす夜ふけ人しつまりてのち   なれは月にしにかたふくをみるにつけてもかきくらす心ち   していとたえかたしくしたる人は いかにやあけ過ぬるよし   つくるにいそきかへるあさましさ 07  ﹂三まよひぬる心のうちのくらけれはあくるもしらすけさのかへりち   かくて月日もすくるまゝにせんかたなくて

(15)

新収﹃隆房の恋づくし﹄

08   さもこそは身にあまりぬる恋ならめ忍ふ心のをき所なき   おもひのあまりになにとなくくちすさむをあはれとやきゝけん   てならひにしたりけるを人とりてみせしかはさすかに思ひ   けりとうれしくて 09   なにとなくいひし心をかきなかすその水くきのあとそうれしき   みる事こそなけれとおもかけはたちはなれねは 10   立かへる君かおもかけやかてさはのちの世まてに我にはなるな   ひるとても忘るゝ事はなけれともをのつからなくさむかたも   ありくるれは世の中もしつまり又まとろまんとうち   ふすをりはさま〳〵に思ひつゝけられてかくてはいかゝ世にも   なからへんとおほえて

11   君か事おもひふすゐのとこなれや恋しかるにもかくはくるしき   一かたならす所せき人のありさまかなと思ひつゝけられて 12   いつとなき君に心をつくは山このもかのもに物をこそおもへ   いつとなきくるしさをあちきなくあんせられて 13   あつまちのすかのあらをのはつお花いつまて物を思ひみたれん   ひまもなく恋しきまゝに涙のおつる事やむ時なけれは 14   みさこゐるとしまかいそのなみたにもかけぬおり〳〵ありとこそきけ

(16)

  かりそめにまとろみたりし夢にたゝあれいかにもしてあひ   みんといふとおもひてうちおとろくまゝにいとかなしき   事かすまさりて日ころよりけに恋しくて 15   うたゝねにみし夜の夢やひたりなはうちはへてのみ人の恋しき   人あまたある中にてもめかれせすまもらるれは人あやし﹂四

  とやおもふらんと思ひし事を 16   つく〳〵とみるに心はくれはとりあやしと人のめにやたつらん   たま〳〵しつかなりしひるつかたたちなから物いひし所へ   人のきたりしかはあやしとやみつらんとわりなくて 17   よそなからふれつる袖のうつりかをかさねてけりと人なとかめそ   わかき人〳〵あつまりてよそなるやうにて物かたりなとする   ほとにしのひかねたる心のうち色にや出てみえけんすゝり   をひきよせてちかのしほかまとかきてなけをこせたり   し事を思ひいてられて 18   おもひかね心は空にみちのくのちかのしほかまちかきかひなし   四月みあれの日人のつかひにてたちなからあひたりしに   いまはこの世を思ひすてゝいかならん山の中にも行てもろ

  ともにあらんとかたらひし時かみにつけたりしあふひ

(17)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   をとりてみれはなにそとゝひしもわすれかたく19   しるらめやせめてあふひのかたけれは名をたにたとるけふのかさしを   みつからとらせたりしかへり事をもとゆひのやうにひき

  むすひてこれはたかそとてなけをこせたりしはうれし   なからむねうちさはきしことを 20   うれしさをいつか忘れん年ふりてわかもとゆひにしもはをくとも   さしもしのへともいかてかもりけん人きゝてけるをあなかち   になけくもことはりにおほえて心くるしさいふはかりもなくて 21   おほつかないかなるかせにちりにけんたれもしのふのもとの心を   かくて忍ふも猶もりきこゆるはよしなし心のうちの   しるへにてあらむといひしもいまは思ひたえなんときこゆ﹂五

  れは

22   いかにせん心ひとつのかよひ路もはてはなこそのせきとなるらん   いまは文をたにかよはすましけれはこのたひはかりそとて   こまかにかきたるをみるにつけても涙とゝまらす 23   このまゝにたえてしいはぬ色なりとそめにし心思ひかへすな   かくくるしきことに成ぬるは我や あやまちたる身の   とかにてこそあれといひしかは

(18)

24   なさけなき人の心ははかなくてさのみはいかゝ身をうらむへき   あなかちになけくをあはれとや思ひけんさらは月に一たひ   ふみはかりをとらせんと ためしもむなしくてすきゆけは 25   たのめこしその月なみもすきにけりかきたえぬるか水くきのあと   うちやすむまもなくたちましりたるくるしさにかゝる

  物おもひをさへうちそへてかなしきあちきなさを 26   つきもせぬ身のくるしさにうちそへていとかく物をおもはすもかな   かゝる物おもひに身も影のやうになりたるもをしからぬ身   なれとも思ひつゝくれはなからへてこそまれのひまもみめと   おもふおりはいのちもおしからすしもなけれともくすしに   みせてやかんとするさすかにをそろしけれは 27   いまさらにやくとも何かをしからんつねは思ひにもゆる身なれは   かくてかきこもりたる心のうちはきしかたゆくすゑおもひつゝ   けられてまきるゝかたなくわひしけれは夜もすから   めもあはぬまゝにつまとをしあけたれは廿余日の   月くまなくさし入たるにつけてもなくさむかたなし   おりしも文なともてゆくしも人もなけれはいつく﹂六

  にありとたにきかてふる心ほそさやるかたなし月の

(19)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   ひかりはゆかぬ所なけれは恋しき人の行ゑもしるらんと   おほえて 28   我おもふ君かあたりは月やくる影のいたらぬくまもなけれは   しつか成し夜つく〳〵と思ひし心の中に 29   人しれぬ恋のすみかをたつぬれは我ふす床の上にそありける   しろきとりのとひかふるそなたの木すゑをとふにつけ   てもとひけん人の心の中をしはかられて 30   君かやと木すゑにかよふ鳥ならは思ふ心をゆきてさへつれ   しつかなる人を見出しても庭に玉水のあるをみて 31   きみ恋て落る涙のたま水のゆくかたもなき心とをしれ   わすれ草といふものゝ心ちよけにをひたるをみるにも

32   君か事おもふもくるし忘草わするゝことを我にをしへよ   とよのあかりのよひにはかにもえ出てうちわたりもま   ちかきほとになれは人〳〵あつまりてのゝしる中にも   この事のみわすれかたく心にをこたらぬは我なからあさ   ましくて 33   もえまさるけふりの中の心こそ時をもわかす身をこかしけれ   そのしたしき人をみれはあはれにむつましくて

(20)

34   むさしのゝ草のはむけそむつましきわかむらさきのゆかりとおもへは   八月十六日のこむまひきの夜ひきわかけてゐんへま   いりしかは月いとあかくてさらぬたになくさめかたき   おりからいとせんかたなくてあとにひかせたるこまを   みて﹂七

35   けふやさはうら山しくもあふさかの関をこえけるもち月のこま   かくてすこすほとにあひみし月日にも成ぬれは此日   しもよそなからあひたりしかたはらなる人にけふはいく   かそととひしかはこそを思ひいつるにやといとあはれにて 36   そのさきはいとかくはかりなかりしをまさる思ひはこそのけふより   その夜いとふくるほとにあひたりし所へ行てうつふしたり   しに五てうわたりにてなけきけんもかきりあれ   はこれほとはあらしとおほえて 37   なけきつゝ春やむかしにかはらしといひけん人をよそにやはきく   又その所に行て心をなくさむるもつねよりものゝ   かなしくてなきふしたるに袖のつめたくてかほにさは   れはさくらのうはき色かへりてしるからんと思ひわ

  つらふほとにある人こゝをすくとて袖にみなとのさはく

(21)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   かなもろこし舟もよせつはかりにと何心なくなか   めて過しかはおりからみゝにとまりて 38   なにとかはぬるゝたもとにをとろかん袖にみなとのさはくなるよに   すきにしかたの事おもひつゝけられて 39   そのまゝに又もむすはぬ草枕いくらかちりのつもりはつらん   あまりになけくをいとをしとや思ひけんしかるへきにてこ   そあるらめたちなから物いはんそこにてまちよといひしかは   いとうれしくてまちゐたりしかともあり明も入かた   になりにしかはなく〳〵かへるとて 40   まちかねてあはれをともにかへりけり涙は袖に月は枕に   神ほとけの御あはれみにやありけんおもひのほかに行﹂八

  あひたりしかともあまりのうれしさのあまりに心さわ   きして日比の事も思ふはかりもいはれぬほとに夜もあ   けかたになりしかは有明のくまなくたちのほるかけ   をいとまはゆけに行過しすかたのいついかならん世に   わすれなんといふかたなくて 41   たまさかに我かまちえたる月なれはおほろけならぬ有明のかけ   あまりめつらしかりしまゝにむけにあさましきまて

(22)

  うちとけたりし事のいかゝ思ひけんとさまはつかしくて   こと人にもかゝるありさまはいまたみぬ物をいかはかりわり   なきそと我なからあさましくて 42   をしなへてかゝると君やおもふらんあまりなるまてむつれにしこそ   あはれこのまゝにて思ひはなちてはやと思ひしかは

43   このまゝに君に心をつくさすてあすより物をおもはすもかな   さとにいてゝのちまれにひまありしにわりなくしてたち入   たりしこそなか〳〵なりしかさ夜ふけて人しつまりて   のちなれはほとなくかへるなこりのおほさ心まとひつゝ   そなたのこすゑのかくるゝまてかへりみつゝ過行みちす   から鳥のなきしかは 44   うらめしやいつしかとりのなきつらんいとふはこよひ一夜はかりは   かへるあしたにしもいつをまつへしともかきりは中〳〵   よひよりも猶なけかれけれは 45   こよひさへ忍ふ心のなくさめにけさしもいとゝ物そかなしき   あまりにあさましきまておほゆれはとりあへす   ものにものらてかちより行たれはれいのあはぬ物﹂九

  ゆへむなしくかへるさのくるしけれは

(23)

新収﹃隆房の恋づくし﹄

46   たとりつゝかへるたもとにかけてけり行もならはぬ道しはの露   久しく世にあるましき夢をみるといひし事のわ   すれかたくて 47   後の世をあはれと君かいふならはしなんいのちもなにかをしまん   そのゝち又ひまなくてあひみるへくもなけれはせんかた   なきやうにてそのへんによな〳〵ゆきてかたはらなるふる   きいへにたちかくれてのみ空をなかむれはのきの   しのふのしけりたるを 48   いたつらにたゝすむ軒のしのふ草なれさへ袖に露なこほしそ   かくてよな〳〵たゝすめともいまはひまもあるましき   き に思ひはなちよといへはまことに人めのしけき

  にことはりなれとも又なくさむはかりのなさけをも   かけよかしといとうらめしくて 49   もろともに心はかよへあしかきのさこそひまなきすまひなりとも   かゝるたゝすまひ夜をかさねてすこせとありとたに   しられてかへれは 50   いく夜へぬあはぬものゆへ行かへり道しはの露うちはらひつゝ   なけきつゝすくる月日をかそふれはことしもすてに

(24)

  くれぬ 51   恋わひてすくす月日をかそふれはことしもけふに暮にけるかな   年もかへりぬれはことしより思ひすてゝ身をこか   さしとおもへともつきせすかなしけれは 52  ﹂一〇あたらしき春かへりくることしもやこそにかはらす物をおもはん   おもひこめてのみすくるあちきなさを 53   いたつらに年ふる中のたくひかなむすほゝれたるいはしろのまつ   物へまいるとてそのかとをすくれはむねうちさはきて   みてすきかたきこといひけん人もことはりにて 54   かとの中へ思ひいりぬる心こそわかすき行といもにつくらめ   うつゝになさけなきゆへにや夢にもさてのみみゆれは 55   なそやこの恋し〳〵とおもひねの夢にも君かなさけなからん   かくおもふけにやこのたひはおもふまゝにてみゆれは 56   ねぬる夜の夢に心のかはらすはさむるうつゝもうれしからまし   年月つもれはやう〳〵わするゝ事もやとおもへとも   日にそへてふかくのみなれはかなしくて 57  ともすれは身にそふ君かおも影をいかにもえこそ思ひはなれね   ある所にて人のふみをもちたるをみれは心にはなれぬ

(25)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   人のてににたるをつく〳〵とおもへはおなし所にすむ   ひとそれはそなりといへはいとあはれにてうちもを   かすまほらるれは 58   一すちにおなしなかれとみつるよりこの水くきの袖ぬらすかな   物をへたてゝ物いひたはふれなとするにつけても   うらめしきものからしのひかたくて 59   こゑをたに物おもふ我にきかせすはおとろくはかりなけかさらまし   なにのまひとかやに入てはなや なるかふるまひにつけて   もあはれおもふ事なくてかゝるましらひもせはいかに   まめならましとおほえて又さしもうらめしくあたな   れはみる事つゝましくて﹂一一

60   ふる袖は涙にぬれてくちにしをいかて立まふ我身なるらん   さてもかゝるなさけなき事は我ならさらん人には   よもこれほとあらしをとおほえて 61   なそもかく我から人のつらからんあまのかるもにやとりせねとも   おもはぬ事もなく思ひつゝけらるゝまゝにかくて過ん   ほとにあらぬさまにやきゝなさんとおもふかひなしさは   いふはかりなしあらまし事に浪やこさんといひしも

(26)

  思ひいてられてもしさもあらはいかゝせんとおもふも   むけにいま〳〵しけれは 62   浪こさぬさきより袖はぬれにけり思ひつゝくる末のまつ山   すきにしかたの事もわすれすあんせらるゝ中にも   夢のやうにうちとけにし夜あさましかりしふし所

  にしも月なき空のけしきおほつかなくて帰る   さの道にまよひたりしも思ひいてられて 63   かねてよりありしまよひにしるかりきかゝる恋路にたとるへしとは   いかなる事にかをのつから行あひてもめをたにみあはせ   しとすれはあやしき物からむけに心うくて 64   あまのかるみるをあふまてありしたにいまはなきさによせぬなみかな   わりなきひまもあらはいはんといひしほとにそれになくさ   みてもすきしを 65   をのつからひまたにあらはあひみんとたのめしほとはなくさみもしき   心かりしそのかみも思ひのみしけかりしにいまの心に   くらふれはむかしは物をとおほえて 66  ﹂一二人しれぬ思ひをかけしそのかみもかくやはぬれし袖の涙に   わりなくて文をとらせしをつちになけをとして

(27)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   とらさりしかは67   玉つさをいまはてにたにとらしとやさこそ心に思ひすつとも   我よりほかは物おもふ人は又もあらしとおほえて

68   つきもせすもゆる思ひや我はかりふしのたかねもけふりのみこそ   かみのやしろにまうてゝみてくらたてまつりにしをり   もこの事思ひいてられてよにむつましかりしかは   神の御しるしにこれを忘はやとおもひしこゝろもいや   まさりなりしかは 69   これも又神はうけすそ成にけりみたらし川の御そきのみかは   いまはすかたをたにみせしとせしあさましさを 70  はゝきゝのありとはかりはみせよかしさこそふせやのよそになるとも   まめやかにこのおもひのみつもれは後の世のせ   めてならんとうたかひなきあさましさを 71   さもこそはいけらんかきりつらからめ後の世をたにあはれとはとへ   もし世の末にひまもありぬへきたよりいてくるとまつ   こゝろみるへきをそれもわか身の久しかるへきならねは 72   行末をえこそちきらねさためなき世になからへんうき身ならねは   あなかちに我になさけをすてゝも人のため何かはとおほえて

(28)

73   かくはかり我に心をつくさせておもへは君かなにゝかはせん   てならひしたりしほうくとものちりしかはなにとなく   めにたちてとりてもちたるにつけても返事   なとせし事の思ひいてられて 74  ﹂一三いたつらにをちゝる君かことの葉もなとか我身になひかさるらん   そこにありともしらすすかたをもみすこゑをたに   きかすは中〳〵思ひをこたる事はありもやせんと   おほえて 75   かきたえて行ゑもしらぬ君ならは思ひわするゝ時もあらまし   このまゝにはかなく成なは行すゑにあらん事   もかたくおほえて 76   たれと君この世の中にとまりゐん我はよみちにさきたちぬへし   あひみぬ事の後まて心にかゝらんことのかへす〳〵あ   ちきなくて 77   恋しなはうかれん玉よしはしたにわかおもふ人のつまにとゝまれ 78      さてもわれ君につかへてこしかたははるはみ山の   はなになれ   いまは雲井の   月かけの   のとかにてらす

  御代にあひて  心ゆく事     おほけれと  かすかの山の

(29)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   ふちなみの   こたかき色に   人しれぬ   心をつくし   そめしよりに  ねてもさめても  わすられぬ  おもひなるかな   よしなさを   かつみるうちも  むねさはき  みぬまはまして   けふいくか   いつか〳〵と   またれつゝ  さるは又みる   たひことに   人にことなる   ふし柴は   はかなき事も   さもそたゝ   ためしもなきと  おもひしむ  事のおほさは   中川の     まさこのかすに  たとへても  あかすおほえて   なにとして   かくしも人に   ことなると  おもふにつけて   中〳〵に    つらくさへこそ  おほえけれ  けふ又みても   また恋し    みるかひおほき  玉つさは   さらにもいはす   てにふれし   物としなけれは  はかもなき  ちりのはしまて﹂一四

  なつかしみ   とりつみてをく  かくまてに  たゝあちきなく   おほゆるに   三かさの山の   さかき葉の  宮この路に   うつるとか   天の下みな    さはきつゝ  わきていかにと   おもふにも   さはくこゝろは  おほかせに  くたくる浪に   ことならす   おもふもくるし  雲のうへに  かよひし道は   たえまおほみ  たま〳〵かたへ  とほし火の  影ほのかなる   よひのまも   なこりはさらに  さてしもそ  せんかたもなき

(30)

  心地なり    とし立かへる   いそきにも  なにゝか春の   ひかりをも   たれをかまたん  すさましや  花のにしきを   たちきても   きみみぬ色は   物うくて   ことにもあらぬ   なみたこそ   たもとにかゝれ  かくしつゝ  む月こえぬる   やゝふけし   夜半にあひみし  そのほとの  心のまよひ

  いへはえに   たとへていはん  かたもなし  そのゝちさらに   恋しさの    色をみへぬる   心ちして   やかてうかれし   たましゐは   袖の中にや    いりにけん  身にはかへらす   つく〳〵と   なかむるこゝろ  いとゝしく  あられぬまゝに   さりとては   神仏にそ     いのらめと  たのみなれにし   みたらしの   水のなかれを   たつねても  みそきかひなき   あちきなさ   さてもかたへの  もろ人に   又さそはれて   千はやふる   神のきたのに   おもむけは  はれぬ心を   しりかほに   空さへくれし   あめの中   あまやとりして   をくるまを   かれとはかりに  みやられし  竹の一むら   めにかけて   さてたにしはし  あらはやと  おもふかひなく   やりすくる   なこりにいかに  それさらに  忍ひかたきを﹂一五

  まはなくて   そのくる数に   あかすとも  ひまもとめてん

(31)

新収﹃隆房の恋づくし﹄   あやにくに   とをさかり行   こすゑさへ  ほのかに成し   ほとよけに   そゝろにすゝむ  なみたこそ  をきもとまらす   をちまされ   さてもかゝらぬ  をり〳〵の  てうはいせちゑ   しよゐちもく  これらのたより  さならては  みましなれまし   いはましと   たゝおもかけの  たちそそふ  春になりても   けふははや   昔に成ぬ     あかさりし  たゝ一たひの   時のまも    それはかりなる  うさよけに  いかにせん〳〵   いかにせん〳〵 79   ふりかすむ雨も涙も立そひてかきくらさるゝ道の空かな 80   ためしなき心の中をことの葉にいはゝあたにも        なりぬへきかな

︵一面空白︶﹂一六

是以后恋歌秀歌選︵貼紙︶

        法 01我か恋のけふりとたにもしらせはやこの夕暮の空のうき雲         前大納言師賢 02うらみわひかゝるとたにもしらせはやつらきにたえぬ袖の涙を         藤原範秀

(32)

03わかおもふ心の中をしらせてや人のつらさもうらみはてまし         正三位知家 04人めもるわかかよひ路のしのすゝきいつとかまたん秋のさかりを         後京極摂政前太政大臣 05そのかみにたえなましかはしめなはのかく引はへて物はおもはし         前大納言為家 06あさ夕は忘れぬまゝに身にそへと心をかたるおも影もなし         前権僧正雲雅 07人こゝろあさかの浦の身をつくしふかきしるしもかひやなからん         道生法師 08恋〳〵てほのかに人をみか月のはてはつれなきあり明の空         赤染衛門 09ちきりこし心のほとをみつるかなせめていのちのなかきあまりに         藤原ありよし 10しら菊のみな一むらにみえしかとたちいてゝ君をおもひそめてき         素性法師 11あふ事のかたみをたにもみてしかな人はたゆともみつゝしのはん         遊義門院

(33)

新収﹃隆房の恋づくし﹄

12﹂一七いかにせんつらきかきりをみても又猶したはるゝ心よはさを         前大納言為氏 13いつはりの人のとかさへ身のうきに思ひなさるゝ夕暮のそら         西行法師 14しらさりき雲井のよそにみし月の影をたもとにやとすへしとは         よみ人しらす 15あかなくに千とりしはなくしろたえの君かたまくらいまたあかなくに         公圓法師母 16あしのねのうき身のほとゝしりぬれはうらみぬ袖も浪はたちけり         二品親王慈道 17あふ瀬こそまとを成ともしかすかのわたりなれにし中なわすれそ         藤原範永朝臣 18つらかりしおほくの年はわすられて一夜の夢をあはれとそみし         藤原清正 19みしか夜ののこりすくなくふけゆけはかねて物うきあかつきの空         亭子院御製 20たまくらにかせるたもとの露けきはあけぬとつくる涙なりけり         藤はらの惟成

(34)

21しはしまてまた夜はふかしなか月のあり明の月は人まとふなり         二條院さぬき 22あけぬれとまたきぬ〳〵に成やらて人の袖をもぬらしつるかな         前中納言定家 23あちきなくつらきあらしのこゑもうしなと夕くれにまちならひけん         後鳥羽院御製 24﹂一八たのめすは人をまつちの山成とねなまし物をいさよひの月         紀貫之 25かけておもふ人もなけれと夕されはおもかけたえぬ玉かつらかな         鳥羽院御製 26いかはかりうれしからましもろともに恋らるゝ身もくるしかりせは         清慎公 27よゐ〳〵に君をあはれと思ひつゝ人にはいはてねをのみそなく     かへし          よみ人しらす 28君たにも思ひいてけるよゐ〳〵を待はいかなるこゝろかはする         女御煕子女王 29おもひやる心は空にある物をなとか雲井にあひみさるらん         後朱雀院御製

(35)

新収﹃隆房の恋づくし﹄

30あを柳のいとはかた〳〵なひくとも思ひそめてん色はかはらし         大蔵卿有家 31こぬ人をまつとはなくてまつよゐのふけ行空の月もうらめし         よみ人しらす 32うらに吹もしほのけふりなひかめやよものかたより風はふくとも         法印定為 33たのむそよあすはの神のさすしはのしはしかほともみねは恋しき         従二位家隆 34床は海まくらは山と成ぬへし涙もちりもつもるうらみに         伏見院御製 35あたにのみうつるはやすき月草の色こそ人の心なりけれ         藤はらの元真 36﹂一九いまそしるなれての後もから衣袖に涙のかゝりけりとは         従二位行家 37なかれてもうき瀬なみせそよしのなるいもせの山の中河の水         花山院御製 38ことそともいはれぬまてに恋しきはこれや恋するためしなるらん         従三位頼政

(36)

39しのひしもいまはあさまのかくれなくもゆるけふりとなりにけるかな         藤原惟規 40霜かれのかやか下おれとにかくに思ひみたれてすくす比かな         いつみ式部 41世の中に恋てふ色はなけれともふかく身にしむ物にそありける         西行法師 42あはれとて人の心のなさけあれかすならぬにはよらぬなけきを         大貮三位 43あひおひのをしほの山の小まつはらいまより千世のかけを        またなん   ︵九行分空白︶﹂二〇

  ︵白紙︶﹂二一〜二五

  ︵一面空白︶

   明治十有五年十一月廿日         爾来放不為       北大路末吉郎﹂二六

  ︵遊紙︶﹂二七

(37)

新収﹃隆房の恋づくし﹄ ︻付記︼  解題のうち書誌については渡邉と兼築が共同執筆し︑それ以外の部分は渡邉が執筆した︒翻刻は板垣・上田・金子

田原が翻字した本文を︑兼築・渡邉が校閲した︒

 ︵わたなべ  ゆみこ    文学学術院非常勤講師︶ 

  ︵かねちく  のぶゆき      文学学術院教授︶ 

 ︵いたがき  まりえ  大学院文学研究科修士課程︶ 

  ︵うえだ  ひろし   大学院文学研究科修士課程︶ 

 ︵かねこ  えいわ   大学院文学研究科修士課程︶ 

  ︵たばる  かなこ   大学院文学研究科修士課程︶ 

参照

関連したドキュメント

二六 京都府立大学学術報告﹁人文﹂第六十四号 なじ 。御抄云哥心は岩にせかるゝ水はわれても末にあふものな

住吉の名は行末もむつましみ ともに出るむこの浦舟 河波は海の中まて遙にて

     洛東遺芳館本﹃源平軍論﹄

一ばんにまつもと たのめなをひろきふくじゆのうみなれば だいひのなみのたゝぬひもなし

行儀なり。仏間 ぶつ ま の傍 かたはら を板を以て仕切 しき りて箱の如くになし、 わづかに身を容 いる るばかりなり。蓋 ふた をもこしらへ、箱のうち 透間

に見えければ、 ((( 情ありし昔のみたゞ忍ばれてながらへまうき世にもある哉 さて北山のおくにて行ゐけるに、

ちかへる音も、此つごもりの日、谷のかたなる木の

830 はかなくもうき身をしはしたのむ哉      題不知 おもふこゝろはさはらさりけり 831 いまはとてたゝひとすちのみちにのみ