『無能和尚勧心詠歌集』翻刻と解題
関口
靜雄
※ 当該書名は巻頭に付された序にあるを採った。 序にあることと、 「詠 歌集」 を 冠する和歌集は多数あるゆえである。 その序によれば、 『無能 和尚勧心詠歌集』 は無能自作の詠歌をその没後間もない享保六年 ( ) 春に、弟子の良照不能が収集整理して一巻に編んだものと知れる。 良崇守一無能 ( )は江戸時代中期の浄土宗捨世派の僧で、 陸 奥国石川郡須釜村の人。 天和三年 ( )同村矢吹家に生まれ、 十四歳 で発心して、 元禄十二年 ( 十七歳の春に伊達郡桑折の浄土宗大安) 寺に投じて得度し、五月には磐城専称寺檀林に入寺し修学に精励した。 翌十三年出羽亀岡の大聖寺に参籠して文殊菩 に自行化他の所願達成を 祈願し、下総国飯沼弘経寺 武州江戸増上寺檀林に参学して学究を深め た。 宝永二年 ( 二十三歳の時、) 専称寺二十一世良通から宗脈と戒 脈を伝授されたが、 世して伊達郡川俣に小庵を結び、持戒持律、常座 不臥、日課六万遍の念仏行者となり、三十一歳の正徳三年 ( ) 四月、 川俣の庵で自ら男根を断ち、日課十万遍の念仏行者となった。羽州村山 郡はじめ陸奥の伊達郡 信夫郡 安達郡 相馬郡を巡錫布教すると各地 で信者が群参した。 享保二年 ( 五月、) 安達郡本宮に巡錫中におこ りを患い、 伊達郡北半田の自庵に戻ったが回復せず、 享保四年 ( ) 一月二日、三十七歳の生涯を終えた。荼毘のとき、光輝く小さな舎利が 多数現れたことから各地に無能骨の舎利信仰が生じ、無能講が結ばれて 命日の一月二日には数珠廻しが今も行われている。無能の生涯は『無能 和尚行業記』二巻、 『無能和尚行業遺 事 』一巻、 『無能和尚勧心詠歌集』 一巻、 『 近 代奥羽念仏 験 記』三巻、 『勧化 道場奇特 集』な ど によって知る ことができる。奥羽地 方 に大きな教化の 足跡 を 残 しただ け でなく 著 作に も 優 れ、 女犯 を知ら ぬ高 僧また 清 僧と仰がれ、後代の僧 俗 に多大の 影響 を 与 えた。月 泉 『 待定法 師忍 行念仏伝』で知られる出羽の 待定法 師 、 厭求 『 孝 子 善之丞感 得伝』 で 広 く知られる 松野善之丞 ( 法 名 直往 ) は ともに無能から 面受 して教 導 を 受 け た人で、亀岡大聖寺で入 定 した 待定 法 師 にいたっては、無能に 倣 って男根を 切除 している。 無能の行 実 が 間 衆庶 にいかよ う に 把握 されていたかは、 伴蒿蹊 編AR
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資料
『近世畸人伝』 ( 五巻五冊、 寛政二年版 ) 巻 一に収載された無能伝に象徴されている。 後代多くの無能伝は例外なく 『 近世畸人伝』 を踏襲しているからである。 もっとも蒿蹊 ( も) 『 五僧記事』 所載の無能伝を採録し仮名に 改めたのであるが、主要部分をそのまま引用する。 陸奥の無能和尚は浄宗の大徳にして、四十未満の遷化なれども、其 間自行化他の行業類なきことは、其伝記既に世に行るればこゝに挙 ず。中に一奇行、安きにゝて甚難きことを記す。まだ若くして行脚 の折、 或 家に投宿有しに、 そ の家に好女子あり。 和尚の面貌甚美に、 伝記には地蔵ぼさつの化身 といへり。 其美知べし。 気韻清高なるを見て、 恋慕のおもひ焼がごとく、 起居静むるに堪ず。夜深更に及び、しのびて其寝室に至りしに、和 尚はもとより常座不臥を持すれば、 風を廻らしたる中央に端座し て、微音に念仏せり。女子やがて背より抱くに、おどろくけしきな く、念誦気平かなるさま、猶蜉蝣の樹を撼すがごとく、蚊子鉄牛を むがごとし。半時ばかりをへて、女自放て出たり。朝に及て狂を 発し、 独言して恥をのぶ。 和尚憐みて、 為に念仏を授て後、 やう ことを得たり。女子是より後、終身嫁せず、念仏して逝せり とぞ。 ( 宗政五十緒校注『近世畸人伝 続近世畸人 伝』 平凡社東洋文庫、 昭和四十一年一月 ) ※ 師の無能没後、その詠歌を収集整理して『無能和尚勧心詠歌集』一巻 を編んだ良照不能 ( )は、陸奥国伊達郡金原田村( 現福島県伊達郡 保原町金原田 ) の木戸六右 衛門 の二 男 。 正 徳二年 ( )十二月、 十 三歳 で 同 郡保原浄 運寺 六世良 恩 の 膝下 で得 度 し、 同 五年十一月、十六 歳 のとき 磐城 国 山崎 専称 寺 で 修学 した。無能と不能の行 実研究 に 詳 細 を 極 める 長谷川匡俊氏 『近世の念仏 聖 無能と 民衆 』( 平 成 十五年 九 月、 吉川弘 文 館 ) によると、 正 徳五年 ( ) は無能が 本格的 に念仏勧化をは じ めた年で、 翌 六年には奥 州巡錫 の折り 二月と十一月に浄 運寺 を 勘 化 道場 としていることから、そのころ二人は 出 会 ったものと 推量 され、また不能の 法 名も無能に 倣 ってみずから 号 し たもので、それは無能の後 継者 としての 宣 言であると 指摘 される。不能 は師無能の行業の 称 揚 につとめていたが、 晩 年は 律院 の起 立 を 遺願 して 没した 増上 寺 四十五世大 玄 ( )の高 弟千如 らに 招請 されて 江 戸 目黒 に 長 泉 律院 を 剏 し、 律 僧として 活 躍 した。 長 泉 律院 は大 玄 を 開祖 と し、二世不能 三 世徳 門 四世 尭雲 と 法 灯 を 継 承 する。なお『無能和尚 勧心詠歌集』に 賛題 を 寄 せた 長 泉 律院 十六世 鸞 山 は、その 著 『 長 泉 道 光 普寂 大和尚行 状 記 ( 普寂 徳 門 和 上 伝) 』( 大島 徹 水 編『 願 生 浄 土義 』所収。 明治 四四年 八 月、 成 等庵報 恩 出 板 )に 、「 師 長 泉 に 於 て 第 三 世たり、 然 れども 開 山 大 玄 大僧 正 は、 唯 だ 開 創 の主たり、 二世不能 律 師に至ては、 營建 未だ 成 らず、 營建 既に 成 て、 實 に 住 持せし 者 は師を 始 となす 」 と 評 しているが、いささか不能の行業を 軽視 してい るように 思わ れる。 ※ 管 見によれば、 『無能和尚勧心詠歌集』 の版 本 には 東 小 松 谷 御坊 蔵 版と東 都驪 山 長 泉 律院 藏 版の二 種 がある。無能 作 の和歌を収めた 「 詠歌 集 」 に 異 同 はないが、 「 附 録 」 に 小 松 谷 御坊 蔵版は無能 作 『伊 呂波 和 讃 』 を載せるが、 長 泉 律院 藏 版は不能 作 『無能和尚行 状 和 讃 』と『無能和尚 の 遺 骸 を 荼毘 して 舎利 を得 并 舎利霊驗 の事』 『師の 肖像造 立 の事』 を 載 せるなど 異 同 がある。なお 小 松 谷 御坊 は、 古 く 小 松 内 大 臣 平 重盛 の 灯 籠 堂 の地で、平家没 落 後、月 輪禅定 九 条兼 実 の 山 荘 となった。 兼 実 はここ で 法 然 を 戒 師として 剃 髪 出家し、 法 然 は 法 難に 遭 ってこの地から 配流 地 の四国に 旅 立 った。 応仁 文 明 の 乱 で焼 失 したこの浄 土 の 聖 跡 を 正 徳年 間 ( に知) 恩 院 の 義 山 が 復興 し、 弟 子の 慧空 が中 興 したという。 現 在 は清 涼 山 光 明 真 言 院 正 林 寺 を 称 する。 『勧心詠歌集』所載の詠歌部はすでに 「 大 日 本 風 教叢 書 」「 釋 教 歌詠 全 集 」「 國 文東 方佛 教叢 書 」 等 に 翻刻 されているが、 し かしいずれも編 者
の校訂注釈が施されており、中には欠漏や誤釈も散見する。和歌を「観 念の助縁」とし、 「念仏往生のこころ」 「念死念仏の懐」を三十一文字に 託した無能の真意を慮って正 な翻刻を提出したい。なお無能が詠歌に ついてどれほど研鑽を重ねていたかは、その『補忘記』 ( 転写本が名古屋大学 図書館に所蔵される ) を閲すれば直ちに了解せられる。 翻刻の底本には東都驪山長泉律院藏版天明八年 ( 八月刊) 『 無能 和尚勧心詠歌集全』 (宮島コレクション蔵) を採った。 長泉律院智弉の跋 文が天明六年 ( )十一月であり、 これが立蓮社長誉良念法子の五十 回忌追福のための版行であるから、おそらく後刷と思われる。 〔翻刻〕 ※ 無能和尚勧心詠歌集 全 」 表題簽 宝暦五亥年 口絵 無能上人之像 鸞山筆 立蓮社長譽良念法子 五十回忌 爲追福 施本 十二月十九日 」 表見返 無能上人之像 鸞 山 」 口絵 〔□嚴三昧〕 学法關西布化山東 □乎其德萬古無窮 常在杜多鸞山 鸞 山 □ □□ 」 口絵裏 無能和尚勧心詠歌集序 むかし恵心僧都和哥ハ狂言綺語なりとてよみ給ハさりしかあるとき近江 の湖水を眺望し給ひけるにかたへの人滿誓沙弥かこきゆく舩のあとの白 波とよミし古歌を吟しけれは僧都ことに感し給ひはしめて和哥ハ観念の 助 なるへき 事をさとり 給ひ 」 序01オけるとそしかしより 法 花 の二 十 八 品浄土 十 楽 の う たなと 折 に ふ れて詠し給ひけるとかや其 峰 の古德も和哥をもて 道 のたすけとし給 ふ ためし 少 からす 就 中 宗祖圓光 大 師 念 佛徃 生のこ ゝ ろ を詠し給 ふ 和哥あ ま た 有 けれハ 師 も ま たかの古 風 をしたひてより 三 十 一 字 を つらね 念 死 念 仏 のおもひをのへられ 侍 る 」 序01ウその 詠 草 をひろひあ つ めて一 巻 となし勧心詠哥集と名つけ 厭離穢 土 の 驚策 にそなへ 欣求 浄土 の 教誡 にあつるのミこれを見これをきかむ人おなしく心を 發 しともに 願 行 を 増進 し給へとい ふ ことしかり 時 に 享 保六年のはる弥生なかはの 比 專修 浄 業 の 弟 子 唯憑 ゛ 不 能 子 ミちのおく 保 原 浄 運 蘭若 に 」 序02オして 謹 てこれを 記 す 侍 従藤 原 廣 〔花 押 〕書之 」 序02ウ 「無能上人之像」 長泉律院藏版『無能和尚勧心 詠歌集』口絵鸞山筆
勸心詠哥集 念佛三心のこゝろをよめる いつハらすまたうたかハす彼國をねかふハ三の心なりけり 同しく四修の心を うやまひて唯御名はかり怠らす命かきりにつとむるハ四修 草菴をうつせしころ すめハまた浮丗なりけり中 にうつさし物をかりの隱家 佛に花を奉るとて 」 01オ 手折きて仏にそなふ花なれハ終に菩提のミをや結ハん 年の暮によめる 草の庵に置露の身の消やらて三十三とせの暮にあふ哉 信夫郡福嶌といふ にしはらくすみ 侍るころ つらき丗をさても忍ふの山風に露のうき身もさそへとそおもふ 朝 の花をもろしとおもふ哉さきたつ露の身をハ忘れて 徃生の障ハあらし一すちに上なき法を頼む身なれハ 」 01ウ 教順といへる僧あるときうたかハしきこと有 とてたつねこしける返事のおくに 散乱れ濁こる心ハむまれつきさてこそ頼め捨ぬ誓ひを 無常 せきあへぬ早瀬の川の水よりも猶うつり行人の世の中 夜半に見る夢をしるへにさとりにきうつゝなからもうつゝなき丗を 四方山をなかめつきけハ入相のかねも一しほあハれますかな 法 に忍辱のよろひをきてもろ の 」 02オ 難事を忍ひ身命をおしますしてたゝ 無上道をおしむと説給給ひし心を 上もなき御法にかえしうき身そと忍ふに濁る世こそつらけれ 徃西方のこゝろを 命をも身をもおしまていさいなん我ふるさとの西の都に 到彼岸のこゝろを 法の橋心にかけてワたらすハいかてかしこの岸にいたらん 阿ミた佛平等慈悲の御誓ひのかたしけ 」 02ウ なきことを思ひつゝけて もろ人をワかたす渡す橋柱たてし誓ひを身にかけて見よ 極重悪人無他方便唯称弥 得生極楽 といふこゝろを なむ阿ミたひとへに助給へかし神も佛も捨はてし身を ミたの光明を月によそへて 難波江やさなから濁る水にたに芦間を分けてやとる月影 保護三業 」 03オ なには江のあしき心の波たてす口をまもりて身にハつとめよ 念佛 向 頼むそよたゝよふ御名をしるへにて導ひき給へ人も我身も 末法万年餘 悉滅弥 一教利物偏 增の釋に超世本願のこゝろをかねて 法の道絶えたる谷の橋柱丗に名も高くたてし誓ひハ のりの道絶えし流れの末の丗をひとりそ渡すミたの御舟ハ 道絶えしうミをも渡す法の舟阿ミた佛をかちとりにして 」 03ウ 終りよく身まかりける法友のことおもひ 出て 露の身を花の臺に置かへてくまなき空の月やとすらん 人ハはや花の戸ほそを開きてそ法とく鳥の聲や聞らん
厭離 丗のうきをいとふ心ハ堅田てふ浦のみるめのなきそ悲しき 露ほとも心なとめそ難波なる芦のかりねの夢の浮丗に 柴の庵にいつまてか んさゝかにのいとかゝる丗ハいとはしき哉 」 04オ かく斗つらき浮丗の中に猶いとふ心のなきそかなしき 出塵 出てしより浮丗にとをくなるミかた波のさはきを聞も苦しき 大熊川を渡るとて如渡得舩といふ事を 法の舟心のまゝにあふくまの流をはやくワたるうれしさ 念佛流布 へたてなく千草の露に影うつす月の光りのミちのおくまて 念佛のくとくを 」 04ウ 唱ふれハ永き丗のミか仮の丗のうさもつらさもまつ忘れける 欣求浮土のこゝろを つねハたゝ西の雲井にあくかるゝ心に身をもいつかまかせん 古人燭をとりて夜あそふ日短ふして夜の長 きことを憂ふといふことをおもひあはせて 法の道いそく心におもひやる燈火とりしむかしかたりを 世人薄俗共不諍急之事 あなかなし難波のことにみをつくしおもひもよせす法の舟をハ 」 05オ 夢幻 くるも夢さるもまほろし露の身の消へて跡なき丗をな きそ 煩惱ハ家の犬うてとも門をいてすといふことを とにかくにやらふかひなき家の犬打手もよハる身をいかにせん 馴たりし犬も御名よふ聲きけハ打手をまたす終に出なん 人毎に丗をなけくおもひあれはいとゝうき ことのしけくなる心を 浮草のおひこそしけれ難波江に つむおもひのたねし絶ねハ 」 05ウ 世山居 うミワたる丗の浮草の根を絶て波ときゝなす軒のまつ風 のかれても浮丗の中のかくれかに心とむるといふあらし哉 煩悩ハ無始薫習にして去かたきことを いく千度おもひすつれと丗 をへて馴れにしことハ忘れかねぬる 遺教 の制心一處無事不弁の心を 一かたにおもひ入たる心より御法の道のおくも見るへき 用心 」 06オ 心せよしける の丗の中にましれハやかて淺ましの身を 捨此徃彼 露の身ハ哀れあさちに消ぬとも心ハやとせ花のうてなに 彼喚此遣 こゝにやりかしこに呼ふ法の聲あゆむ心のたのミある哉 他力強 阿ミた仏のちかひの舟に身をよせて他力の風に帆をまかせつゝ 心地觀 に猶如牽羊詣 所漸 近死 」 06ウ 無所逃去とあるをおもひ出て 法の道いそく心のはしにかけてあハれ羊のあゆミ忘るな 同しこゝろを あゆましとすれと羊の引かれてハ足ふミとめぬ行末そうき 五會法事讃に此界一人念佛名西方便 有一蓮生但使一生常不退此花還到 此間迎といふこゝろを 唱へつる御名に蓮の生ひ立てつゐの迎の花とこそなれ 」 07オ
獨留此 日ハ入りて月ハまた出ぬ深き夜にかこつかたにハ南無阿ミた仏 万代の末まてやミを照しつゝひとりとゝまる法のともし火 超丗本願 淺ましき身をハわきてもあはれミの深き誓ひそ丗にハ超へぬる 還來度生 生れなハ法のともし火かゝけきて又も闇路に道しるへせん 御手のいと 」 07ウ 一筋にたのミをかくる御手の糸引取給へおはり乱さす 柴の戸をワひつゝあけくれ迎の雲をまち かねて 柴の戸にいつかゝるらん明暮におもひそめぬる紫のくも 題しらす うき雲の末さためなき身を持てあらましかハと何思ふらん 世をもすて世にもすてられやす とひたすらミたの御名を唱へよ おそからすまたはやからす文字かけす聲をはかりに御名を唱へよ 」 08オ 露の身のうさもつらさも忍ひつゝ死ぬる限りに南無阿ミた仏 朝夕に我身の上をかへりミて三つのこゝろの有無をしるへし けかれをもまた清きをもかえりミす立居おきふし南無阿ミた仏 はけませよいきとしいける其中にたゝ人ならて法ハえかたし ミた頼む心はかりをまめやかに人のミるめハとまれかくまれ まめやかに後の丗とハんその人ハ浮丗のほたし早くはなれよ 露ちりも髙ふる心あるならハ佛もすてゝ守り給ハし さきの丗の深き契りときく時ハ阿ミた仏のわけて頼もし 」 08ウ 阿ミた仏をうやまふことハ武士の君につかふることく成へし 水をおよき火をきることく思ひつゝ常に障なく御名を唱へよ 一文字も思ひわかさる身となりて南無阿ミた佛 何事も迷ひの種とならんをハとかく眼に見るそあしけれ 阿ミた仏に奉りたる身ハとかく思ひわつろふ心はなれよ たすけ給へなむ阿ミた仏の外ハミな有にまかせてとにもかくにも はけむとも我身のほとをはからふて心うハてに行をしたてに とやかくとおもふ心の乱れかミわくかたもなき我なミたかな 」 09オ 親しきもうときも共に皆人ハ西ゆく道のさわりなりけり 極楽へゆくハたやすきことなれと心と娑婆にとまりこそすれ 阿ミた仏と唱ふる聲ハそのまゝに西へゆくへきしるし也けり 能のなき身にハなすへきワさもなし立居起 なむ阿ミた仏 徃生ハやすしとしれよやすけれとかたく思ひて行く人もなし しはらくの程も心をかこせかしたとひ後にハ怠りぬとも ミたの名を唱る人ハとことハに佛聖衆の護念こそあれ とにかくにワくかたもなき心にて唯ほれ となむ阿ミた仏 」 09ウ いつハらす又うたかハす一筋に西にむかハんこれそ三心 消やらて淺茅か露の身そつらき早く蓮におきも直さす たのもしや御名を唱ふるその人ハミたの光りのワきて照セハ なにことも身にしミ と思ハぬハ願ひはたさぬ心なりけり 阿ミた仏の誓ひたのまハおのつから身の罪とかもおそれつゝしめ しみ といとふ心のなかりせハ身の終りにハふかくとりなん やす とあたゝかなるハ中 に怠りはつるもとゐ也けり 丗の中ハやふれわらくつぬき捨よとても臺にのほる身なれハ 」 10オ 西へゆく道一筋のたかはすハ身の有さまハとにもかくにも 怠らす御名を唱ふる身ハ常にミたの御まへにあるそ嬉しき とこしなへに心を西へかたふけハ身の終りにハたをれ入りなん 皆人の心ハ水に似たりけりすみぬにこりぬところにそよる
人ハミなあたし心につかはれてやすからさりし丗をワたる哉 ワれと我心を師としたのむなよつねに心の師とハ成へし 穢土をいとひ浄土を願ふあたかたき色にましたることのなき哉 かしこくも深き望ミのあるならはつたなきわさに心とゝむな 」 10ウ いたつらにねふりゐたるをにくむなよさめたらん程なむ阿ミた仏 阿ミた仏にいかなる契りありけらし昔のほとのきかまほしさよ 法と機のさたをふり捨ひたすらに南無阿弥陀佛 けふの日も影かたふけハうらやましいつ極楽に入相の空 おそからす聲はけましてほれ と申す念佛のきひを覚へよ ミな人ハよき兵の種ならんあほう羅刹の もおそれす 怠らすひたすら御名をよふ人ハ三つの心のありと知へし 阿ミた仏を唱ふる心いさミあらハ我極楽へゆくとしるへし 」 11オ かしこくも三つの心をそなへなハこゝに居なから極楽の人 うたかひの道しなきすらうたかひてゆへ有ことを信せさる哉 御名をよふ聲を力にやす と此丗もおくり後もまつへき やよいかに助給ハれ阿ミた佛かこちワひぬる我うき身をハ 阿ミた仏の誓ひの種ハはやまきぬいつ極楽の花にみのらん 後の丗のおほきあたひを思ひつゝいさミすゝみて御名を唱へよ つく と我身をミても人ミても口かしこくて心にふさよ 人ハミなこのてかしはのうらおもて捨るハすてすすてぬをそすつ 」 11ウ とやかくと丗を思ふ身ハ極楽を願ふ心のうとけれハなり 夢うつゝしはらくしのへけふ斗物なおもひそなむ阿ミた仏 なむとおもふ心の外に道もなし阿ミた仏のちかひまかせに はかりなき弥たの誓ひなうたかひそよへハこたふる山彦の聲 いつハれる人の中にも誠ありすなほなからにかさるありけり 人の身をたゝさまほしくおもひなハ我すみかねを直し持つへし 紙むしろ麻の衣手身ハたりぬ鉢の外なる物なもとめそ よき人を見てハ心の師とあふきあしきを見てハ我か身たゝせよ 」 12オ けかれさるうす墨衣色かへてうき丗染きぬいかてまとハん うかれぬるうき色衣あやなくて唯墨染をまとふ身そほし あなにくのよしあし心其まゝに助給ハれなむ阿ミた仏 いさむともおのか心とおもふなよひとへにミたの慈悲のちからそ 御名にそふかねの響のはる とおとろかすらんミたの御心 みとり子もいふことやすき弥陀の御名八十年の翁つとめぬも有 極楽へ行やすくして人なきハまこと有ものあらされハなり 阿ミた仏をとなふたよりになるならハ身すきなりわひとかくいとわし 」 12ウ なむ阿ミたひとへにてらせ二つなく助給へといのるこゝろを さむさをもあつさも忍ひはけむこそ誠のいたるしるしなりけり 我心丗を住かへて見てあれハよきもあしきもいとふたよりそ 人をミハ失をたゝさす得を知れにかひさこにもとりえ有けり 捨られし身ほと 山のおくハなし人のとふへき庵ももたねハ つく とおもひとくにもうれしきハ得かたき姿あひかたき法 身のうへハよくもあしくもともかくも助給ハれなむ阿ミた佛 西へ行しるしハ御名を呼ふ聲よ 茨 香紫雲もよそに求めし 」 13オ 阿ミた佛の深く心に入ならハあつささむさもなとかおもはん かしこきもおろかなる身もこハいかにおしきいとまをついやす物哉 たとひ身に丗のうきわさをなすとても口にハたへすなむ阿ミた仏 ともかくもおもふことなき人も有にまたうたかふハたのもしき哉 阿ミた仏を怠らましくおもひなハ数返の 作に過たるハなし 嬉しさや 山に埋むあたし身を御法の道にすつとおもへハ 法のため捨はてたりし我身にハおもひもとむることもなき哉 惜むへきかしこき道ハすてはてゝ何おもふらんかりのやとりを 」 13ウ
とくいとへはやく願へよやよ申せ露の命ハ今もしらぬを 世にこゆるちかひにあひしうれしさにかくてうき身のうさも忘れつ 今死すとおもふに過し寳なし心にしめて常にワするな たゝ申せ佛のよろつふり捨て附属し給ふミたの名号 徃生ハ弓いるものに似たりけりあたりあたらぬおのか身かまへ 後の丗をおもふ身ならハ捨の一字心にかけてつねに忘るな 二つなく三つなきミたの御法には万の障りあらしとそ思ふ なにこともむかしのゆへとおもひ捨ひたすら頼めミたの本願 」 14オ いそくへき法の道をハゆるくして夢にあらそふ心はかなし みとり子のかこちてなけく聲きかハ毋の心のさこそあるへき 道に入ひとハこの丗もやすらかに後の身ハなをたのもしきかな たとひ身ハならくの底に入るとてもかならすミたの御名をきくへし はかなくも地水火風のかりの身を我ものかほにおもひける哉 心にハよしなきことを思ふとも口にハ常に御名を唱へよ 念佛のさはりならさる功德をハ身にたえん程これをいとなめ 散乱の心なからもひたすらになむ阿ミた佛 」 14ウ 唱ふれハゆくとおもひて申へし数の多少のあらそひなせそ 夢の丗ハいつくもかりの一やとり心とゝむな宮もワらやも 紙衣ハ丗をすて人のあやにしきもとめやすくて十の徳有 後丗ねかふ身にハ病ひも知識也道をはけます便とおもへハ 極楽へ生れんことを思ひなハ絶へす唱へよなむ阿弥陀佛 かくれぬる心斗をまめやかに身のありさまハとてもかくても 心にハちかひたのミて手にハすく口に念仏ハ定れるわさ 宿もなく原篠原に死ぬるこそ丗を捨人ハあらまほしけれ 」 15オ すてはてし身をなおしミそ惜むともつゐに野原の露と消なん 子をおもふ毋よりふかき釋 の慈悲おもひつゝけて身をな惜ミそ むつひぬる人の獨りももれすしてのほれよかしな花の臺に おほけなき不取正覚の言の葉を思ハヽ身をも露おしまゝし 丗もつらく身もはかなきにいかなれハいとふ心のおろかなるらん 阿弥陀佛のちかひの舟にのりし身ハ娑婆のともつなとく斗也 ミたワきて不取正覚の願なくハいかてけふりのすミか出つへき 本願の舟にのりたる身ハとかく不取正覚のさほにまかせよ 」 15ウ 人ことに我身につもる雪霜の消んとハ露もおもハさりけり 極楽ハはるけき西の外なれと誠いたれハへたつまもなし かりの丗のうさもつらさももと へかへしていつか西へゆかなん 心から丗のうき 竹 を渡りつゝたやすき道をとふ人もなし けふあすと思ふ命のうちたにもはけむ心のなきそあさまし 露よりももろき命の中にすらなかき望ミをおもひける哉 いつの日のいつにか消ん露の身ハけふもいのちのうちにくれけり ゆゑもなきことな思ひそまたいハしなむ阿ミた佛 」 16オ ゆめにきてまほろしにさる一やとりとにもかくにも心とゝむな よハに見る夢にかハらぬうき丗かなうつりかハりて跡方もなし 丗にこゆるちかひにあひてとなへすハまたや炎にこかれやハせん すちめなきにくきうき丗ハうハのかわほねより西へ行く心せよ 朝 の花にやとせし露の身とおもひとくにそうさハきへぬる 程もなくきへて跡なき露の身を置 とてなになけくらん もろともに契るはちすの花の上にたれ先立て我を待らん あすしらぬ身とし思ハヽひたすらに御名を唱へて後丗を助かれ 」 16ウ あら玉の年ハむかしにかへれとももとのすかたのいつち行らん 一聲もすてぬ誓ひのたねハまくやかてみのらんはなの臺に けふをなけく心よいつをたのしまんうつりかハれと同しうき丗に やすきよとしらす月日をつむ人ハ末にそなかくたのしミハなせ
いとひても猶いとはしきうき丗かなうつゝのゆめとなるを見るにそ 古郷の戀しかりける歸るさは身のつかれをもかもひやハする 宮人もわら屋守る身もあたしのゝ草葉の露のあはれいつまて 夢の丗はとてもかくても有明の月かけやとす露の間そかし 」 17オ いつくにもたひの心そワすられぬつゐ道芝の露の身なれは 心ミつあるかなきかハしらすたゝなむ阿ミた佛といふはかり也 峯のかせ谷の闇きにおもふかなかの極楽にのふるみのりを 永き丗をさそやなけかんおのつからおのれをせむる心ならすハ おしむともつゐに 原の露の身を御法の為に捨るうれしさ 憂 一 につけて厭欣をますへしと いふことを うき度にうき丗をいとひうからさる時ハ浄土を願ひこそすれ 」 17ウ 羽州天童三宅道意に遣しけるとて 此丗にてちきりしむつひくちすして共に至らん同し蓮に はるかに年月を て古郷に歸りけるに有し 人も住家も移りかはりてむかし見しにもあ らぬありさまのミ多くて見るにこゝろもい とゝあはれに侍りけれは 斧の柄のくちて歸りしそま人の心もかくやあハれなりけん 年 歳 相似といふことを 」 18オ 春ことにかハらてはなのひらくにも猶なけかるゝ老のおもかけ 親子ハ舟の乘合のことしといふ心を 早瀬川かへらぬ波に乘舟ハきしへつく間のゆめのちきりそ 小嶌の菴にてよめる 柴の戸につれなくあたる山おろし身にしミ と丗をいとへとや あらたのし心ハ西にうつせみのもぬけのからのかろ として おしなへてあたもかたきもなかりけり平等一子の慈悲のまへにハ きのふといひけふも聞そふはかなさにいとゝうき丗のいとハしき哉 」 19ウ さしあたる事も思ハし今とてもゆめに成行あたしよの中 極楽をワか古郷ときゝしよりいつくもたひのかりねとハしる 女人徃生のこゝろを あしかりし難波にさわりおもき身もちかひの舟にワたさぬハなし 生死に心をとめす念佛すへしといふ事を 死なハしねいきなハいきよ夢の丗にものなおもひそなむ阿ミた仏 あるとしの冬厭求法師相馬より小嶌の 菴室へきたりしはらく 留して歸ける 」 19オ あしたわかれをなけきてかく いつの日か花の臺に生れあひてけふの別のうさを語らん 相馬のきた山といふ処に住める沙門のいや ましに丗をいとふ心ふかくなり侍るよし傳 へきゝていとあハれにおもひて 丗をいとふ心のふかくなる人の身にやしむらんきた山の風 七情にかゝハらされといふ事を うさつらさ悅ひうらミたのしミに心なとめそ夢の丗の中 」 19ウ 名号をかしらにおきてよめる なに事も佛まかせの心には思ひわつらふ言の葉もなし むまれすハ我もさとりをとらしとのちかひにむくふ佛頼毋し あさな夕な思ひ染ぬるむらさきの雲まつはかりたのしきハなし 身にそふてかけとひとしくまもるなる仏の惠ミあハれたうとや たれとても頼まは捨しさりとてもちかひし御名ハ十聲一聲 ふかくこそ立てしちかひの 竹 柱くちせす丗 の人渡すらん いろはの文字を句のうちにこめてよめる 」 20オ
いろ見れははやくもにこる心にてほとけにへたちとふさかり行 ちりぬるをワか身にかけてみる時ハはなも色 とく御法かな よの中にたれかハとまるそのまゝにつねなきものを何なけくらん らくの丗に生れハうゐのうさつらさおもひ出るもくるしかるらん やよややよやよまてしはしけふこゝをこへてのゝちハはるの夜の夢 あさましやさき立はかりゆめとミて身のはかなさを知人もなし ゑひもせす京九重のはなのうへに置露の身ハ玉かとそ見る 山居述懷 」 20ウ 阿ミた仏照しみそなヘ一筋にたすけ給へとおもふこゝろを 人のつらきもいとふ便りといふことを かりの丗をいとふ便りとしる身にハつらき人こそうれしかりけれ 護念增上縁のこゝろを かけ添ひて神も佛も守もるかななむ阿ミた佛と申す人をハ 攝取不捨のこゝろを 一聲もすてぬほとけの御手の糸こゝろにかけて引かぬ間もなし 厭欣心のうときを 」 21オ 極楽を願ふにうとき心とハかりのやとりをなけくにそしる 至誠心 極楽にうとき心をなけくこそやかて至れる誠と成けり 虚假心 願へともうハの空なる人こゝろゑたり顏にそあらハれにける わか心のまゝならぬにつけて人をうらむへからす 心たに心ならさる身にしあれハなとかうらミん人のつらさを 心から物おもふといふ事を 」 21ウ すてやらて心と物をおもふ哉ものおもハする人もなき丗に 自己教誡 あすしらぬ丗のことハりのワすられて行末をのミ猶おもふ哉 人の無常をきゝておとろかぬこゝろを 彼もきえこれもさりぬと聞なからさてもつれなき我か心かな 安達郡本宮といふところに何かし といえる人寵愛のむすめをうし なひ侍りけるによミてつかハし 」 22オ 侍るとて 露の身ハおくれさきたち消ぬともまた置直す一つはちす葉 先立ちし人ハ妙なるはちす葉をワけておくるゝものや待らん 愚信といふ僧信夫郡福しまといふ にて 四十八夜の念仏をつとめけるころよミてつか ハしける 丗にこゆるちかひのかすの日をかさねつとむる功德うへハ有らしな 伊達郡川俣の菅野氏何かし火災にあひ 」 22ウ けるころよミてつかハしける かくはかりうきにつけてもなむ阿ミたいとふへき丗の便とそしれ 厭離穢土のこゝろを いとへたゝ夢のうき丗にかりの庵水の泡の身露のいのちを 擇集表紙のうらにかきつけける 法のため浮丗も身をもすてはてゝなむ阿ミた佛 ミつから浮丗をすてえぬゆへに人をうら むるといふこゝろを 」 23オ なけゝとてたれかハものを思ハする心からなる我なミた哉 不覚年命日夜去のこゝろを 行末ハいかゝとおもふあらましにけふの命をはやワすれけり 一切時中憶地獄といふことを
なかきよのくるしき事を思ひやれあつさ寒さも物の数かハ 真實心如勁松 我心ときハの松に似たる哉丗のよしあしに色をかえねハ 山居松風 」 23ウ あかつきのかねのひゝきにあらねともねふりをさます峯のまつ風 名取川述懷 能人と名取の川の流れなハふかき渕にや身をそしつめん 草菴山高けれハ 雲井にハつねにうかへるいほりかなまた紫の色に見なさて なむ阿ミた仏を句の首におきて なにこともむかし語りになる身そと思ひを留めす西へこそゆけ むつの道ワくかたもなくまよふ身をかしこに呼ふ聲そうれしき 」 24オ あちきなき身をもしはしと柴の菴に結ふ心ハ花のうてなに 弥なを呼ふ聲を尋ねていたる哉かゝるいやしき柴の庵にも たれとてもうき丗の道のうとき身ハミたに親しき端にこそあれ 佛にも神にもさこそ惠まれめ上なき道を る身なれは 他力のこゝろを 何こともわかなすワさと思ハすにひたすらたのめミたのちかひそ 念佛行者すゝをすつへからす つかのまもすてしとつねによふ御名もすゝを持たすハもしや忘れん 」 24ウ 放下萬慮求一心 とやかくとおもふ心の枝きれハしける山路もワくる一すち 二河白道のこゝろを 水と火の間をワけし一筋のほそ道あゆめふた心なく 此丗及後生願佛常攝受 後の丗も此丗もともにまかすかななむ阿ミた佛助給へと 勇猛勤精進 かこミつるあたかの関を破るにハ心をたけく御名を唱へよ 」 25オ 不惜身命徃西方 法のためおしからさりし我命つらくも丗にハなからゆるかな 題しらす 柴の菴しはしハうきに似たれとも終りおもへハ住もたのしき こしかた行末をおもひはからす念仏すへしといふ事を さしあたるミたの御法を思へたゝかへらぬむかししらぬ行末 本願をたのむ身のたのもしき事を さりともと捨ぬちかひをたのむにそ便りなき身も心やすけれ 」 25ウ 相馬のきよ 竹 といふ にすむ法友のます 徃生の業をはけむよしをきゝて 法の道はけむと聞に袖ぬれて我身もともにすゝむ極らく 弥陀の四十八願になすらへていろは文字を冠 りにおきて四十八首のうた口すさみ侍りぬ いさゝらハもとのミやこへ歸りなん南無阿ミた佛を道しるへにて ろもかひもとらてそ渡る西の海ちかひの風に帆をは任せて はかなくもおのかかひなき身をたのミ弥陀に任せぬ人そ悲しき 」 26オ にしへ行道一筋に思ひ入りてワき目なふりそなむ阿ミた仏 ほれ と聲うちあけてなむ阿ミた助給へといふそ三心 へたちぬる道遠けれと阿ミた佛の誓ひ頼めハちかくこそ行け となふれハかしこに蓮生ふるとや置へき露の身も消ぬ間に ちはやふる神も心をなくさむときくに尊きなむ阿ミた仏 りやく丗にうへなき御名を唱ふれハ何れの罪か消も殘らん ぬき捨る身をなおしミそ程もなく心ハやかて西にうつせミ るりの地に宝らのうへきかけさゝハ浄土ハ花の錦なるらん 」 26ウ
をしなへてもらさすすくふちかひそと思へハ嬉しつミ深き身も ワきて丗にさも行やすき西の道身をかへりミす思ひ入れかし 彼國のたのしきことをはる と思ひやるにもうさハ忘れつ よにこゆるちかひの舟のなかりせはくるしき海をいかて渡らん たゝたのめよしあし人をワかすしてすくふちかひのあらんかきりハ れき の智者もたうとふ其御名をおろかに思ふ人そ悲しき そのまゝに心も身をもあらためすたのめハすくふちかひとそきく つらき丗もつれなき人もちしきにていといそかるゝ極楽の道 ねかハくは終りミたさて一筋にミち引給えたよる御手の緒 」 27オ なにことも佛に任せ我ハたゝな無阿ミた佛といふハかり也 らくの丗に生れハうゐのうさつらさ思ひ出るもくやしかるらん むまれても又いくたひか歸りこんミち引人のあらんかきりは うき舟の身をハなにはによするとも心なとめそよしとあしとに ゐつこにもたひの心地そワすられね終にとまらぬ身とし思へハ のちの丗にミのる蓮のたねにとてまつ唱へ置なむ阿ミた仏 おもひやれしる人もなきうき旅につゐハ出たつ心ほそさを くりかへしたゝいく度もなむ阿ミた助給へとおもひつゝけよ 」 27ウ やまの端にかたふく月をミてもまつなむ阿ミた仏我もいつかハ まちかねてなけくときくに袖ぬれていとゝ戀しきなむ阿ミた仏 けにまこと思へハうれしかゝる丗に生れあハすハ法も得ましを ふかき丗のやミちもはれん万代の末まて照らす法のともし火 こゝにやりかしこによはふ聲ハきく一向あゆめ極楽のミち 穢土をいとひ浄土を願ふ心こそうへなき道のしるへなりけり てにハすゝ口にハ念佛心にハ助給へとおもふはかりそ あたしのゝ露とはかりハ思ふなよ花の臺に置かふる身を 」 28オ さきたちて生るゝものハたれとても花の半はをワけて待らん きくにたに罪ハきへぬる御名なれハ唱ふるくとくさらに上なし ゆめの丗ハとまれかくまれほともなくさめて臺に上る身なれハ 目にふれてミえ給ハねと身に添ひて守もる佛の慈悲ハ尊とき 身を思ふ心そ身にはあたなれや身を捨てゝこそ身をハ助けん しミ と思ひ入れかししからすハ三つの心のかすやかけなん ゑきもなきわさをハすてよ阿ミた仏五劫思惟のちかひ任せに ひに千度かよふ佛の情をハ身を盡すともいかてワすれん 」 28ウ もらさしと九しなさく蓮はなねかハヽゆかんよきもあしきも せきあへぬ月日ハいとゝ早瀬川かへらてよする老のとし波 すミやかにゆきて生れんおのつからさとりひらくる花の臺に 京よりは露の命もおしからす花の臺に置身とおもへは 」 29オ 心詠哥集終 」 29ウ 附録 無能和尚の遺骸を荼毘して舎利を得 并 舎利霊驗の事 一師一世の化 すでにつきて享保六年正月二日逝事三十七歳にして奥州 伊達郡北半田の塞耳庵におゐて示寂せられし則 嘴 命にまかせ庵室の境 内に北を卜して遺骸を土葬にし侍るしかるに六ヶ年を て享保九年夏 の末 つ か た 聊障難あ り て 遺跡を 同 」 01オ郡 桒 折 の大 安 寺に移すことになり しかバ法沢を蒙りし遠近の緇素相議し遺骸を荼毘して移さんとて同年 七月朔日墳墓をあばき棺を開き侍りしに遺骸嚴然として初じめ葬りし 時のごとく更に臭穢有事なし群集の緇素感 せずといふことなし其日 黄昏に及んて庵の前庭におゐて荼毘し侍るに西方の天朗然として金色 の彩雲靉靆たりミる人竒異のおもひをなし侍る翌二日遺骸を収めんと する に光 」 01ウ輝あ る舎 利 数 百顆 を得た り 其 色 白 色 或 ハ 紫 色な り 舌 の上よ り 其色ことに 皓潔 にして光りある舎利数 顆 出 現 せりこれ則 多 年 実修実
行せられしが然らしむる ならんと申あへり扨数百顆の舎利を瓶に納 め大安寺に安置し寺中に石碑を建て侍る師の遺躰を改葬せしにこの竒 瑞あらハれしことをきゝ遐迩の諸人競ひ來りてこれを拝しぬまた曽て 師を誹謗せ し も の 對せしもの念 佛 の 信 心 なきものも何 と なく 」 02オ己徃 の と が を悔ひ正信を發 し念佛者になりけるもの多く侍りしこれらの こと元祖大師滅後の事蹟によく符号せり大権の 為凡慮の窺ひ測る にあらず 一同國信夫郡山口村常圓禪寺の住持江岸月泉和尚ハ智道兼備ハりし高僧 にて遠近其德を知る なり然るに時澆季に属し自力修行の我分にあら ざる事を しり師の教化を慕ひ他力徃生を願ひ称名念 」 02ウ佛せらるゝこと こゝに年ありきかつて寺の傍に草堂を構へミたの三尊を安置しつねに 念佛せられけるこのたび師の遺身舎利となりしことをきゝ随 一 にたへ ず師の門人某より舎利一顆を乞求めこれを宝塔に安置し尊重珎敬せら れけるある夜舎利に向ひ 願すらくワれもとより自力修行のことを学 びていまだくハしく他力本願の案内をしらずたゞ慈訓を守りて一向に 名 号を唱ふるばかり也この旨はた 」 03オして佛 意 にかなひて順 次に决 定 徃 生すべくバ今夜のうちに此舎利倍増し給へと一心に念佛し 請せられ しが翌朝塔を開き拝すれバ一小顆の舎利一夜のうちに倍増して多く分 顆しける和尚信心肝に銘じます 徃生の信を口称の一行に結□せら れしとなん 一月泉和尚の弟子仙了長老ハ同しく師の化をうけてつねに念佛せられし がワれもまた遺 身の舎 利 」 03ウを感 得せまくつね 此 事 をのミおもひ煩 ひ居られし或夜おもふ樣かく舎利の得がたきハ我念佛の信心深からざ る故ならんかしからバ又此度の徃生ハいかゞ有らんとしきりにうたが ひのこゝろ起りてまどろミける夢に容貌端正にしていとけだかき僧一 人きたりてつげていわく汝念佛すれ共信心なき故舎利を得ざるかとな げきしかど信心とて外にハなし願徃生の心にて念佛相續するがすぐに 信心 な り 舎利を 得 て 念 佛せ ね バ 徃生せ 」 04オずといふにハあらねども我 今 汝が願にまかせて舎利を授るぞとて御手をのべ給ふ長老則手を出しこ れを受取とおもへり覚て後 掌 をひらき 見 れバ 水 晶 のことく 透徹 して大 さ 一 寸 ばかりの舎利を得たり長老感 一 にたへず 平 生の 願 成就 しぬと いよ 称名を 勇進 せられける 一師の門弟 厭 求といへる僧師の遺身の舎利 二 顆を相 馬 の 城下 に持ち ゆ き 諸人 に結 せしめられしに 」 04ウ同 所 中村と い ふ に 佐藤 小 八郎 といふも の兼て師の教化を 蒙 りしものにて舎利を 拜瞻 に 参 り舎利塔を さ ゝげ持 し 謹 て 頂戴 し内心に 念しけるハ此塔中の舎利一顆を我に授からせ給 へと さ て諸人 拜 礼 もすミ此事を 厭 求 法 師に申のべんとおもひけるに 法 師塔中より一顆を取出し申 さ れけるハこれは 是 師 闍維 のあとの 土 中よ り出 現 する の舎利にてわ づ かに 二 顆あれとも御 邊 ハわきて 篤 信の行 者なる ゆ へ一 顆を授 」 05オるなりとて給 ハりける小 八郎 大に 悦 び心中に 念せし事など 語 りてこれ 偏 に師の御はからひならんと 拜 受して 歸 りけ る則 紙 三重につゝミ佛 壇 に安置し 崇 敬しけるがある時おもふ樣この舎 利 土 中より出 現 せしといへばもし や 舎利に 似 たる 砂 にも や あらんと 半 バうたがひ居ける其後ある の百 万 返 修行の 場 へ持行結 せしめんと 緘 を開きしに舎利ミへざりけれハ小 八郎 大に 驚愕 してけりつく こ れをおもふにかねて 砂 にも や 」 05ウあらんかとうたがひし故ならんと心 づ き同行へもしか の 物 語 りして佛 前 に向ひ 懴 悔念佛しけり其後三 十 日餘 を て 思 ひもよらざる より 再 ひ 見 出しけるとなん 一 武 州嵜玉 郡 保木間 村に 吉岳金兵衛 といふものあり 歸 仏 の念ふかくわき て 淺 草の 観音 を信 仰 し元 文 年中の 比 百 日 の 日 参 をはじめ 雨 風 をもいと ハず 參詣 しける 観音 の 別當傳 法 院 主 是 を 奇特 成 ことに 」 06オおもひ 或 時 金 兵衛 に 語 りていわくこの一顆の舎利ハ 奥 州 無能 和尚といへる尊き僧の
遺身荼毘の舎利なり和尚ハ極楽上品上生の地藏尊の化身也といへり今 御邊の日参懈怠なき事の随 一 にたへずこれを授るなりとて賜りける金 兵衛はからずも尊き舎利を得て限りなく悅び宝塔に安置し恭敬 仰し ける其後七日の別時間念佛をつとめ舎利前におゐて心中に 念すらく 我つね 念佛 」 06ウすといへどもいまだ徃 生の得 否をしらず仰ぎ願くハ 我决定徃生すべくんバ本地の威神力をあらハし給ひてこの舎利地藏尊 となり給へとて一心に念仏しける別時結願の日に當つて宝塔を開き拜 すれバ漸く伽羅陀山の地藏尊に似て右に錫杖左に宝珠を持給ふ金兵衛 信心肝に銘じ念仏の一行をもて唯次の徃生を得る事うたがひなしと決 定信受 し い よ 念佛 の 功 を つ ミ 目出度徃生 の 素 懐 を と げ 」 07オ畢ぬ か く て其舎利ハ日を てさなから地藏尊と成給ふはじめハ小指のさき程あ りてうす墨の色なりしが漸くに白く光りいできて水晶のことく成給へ り今現に奥州無能寺に安置するものこれなり 師の肖像造立の事 一師沒後三年を て享保六年六月の比奥州伊達桒折町 田三左衛門とい ふもの曽て師の教化に歸し念佛しける報恩の為とて同志のものをか た らひ 肖 」 07ウ像 を 造 立 せ ん こ と を 志願 す 然 る に 羽州山形町 に 渋屋利左衛門 といふ佛工有りけりこれももとより念佛者なりければ彫刻の事をたの ミける利左衛門これを諾して彫ミ奉らんとて師の面貌をおもひめぐら しとかくすれ共心に浮ハざりけれバ翌年二月に至るまで彫刻ならざり けるしかるに二月二日いづくよりか旅僧一人淺黒の直綴を着し利左衛 門が家に立より休息せしかバ茶など参らせて其容貌を見れば 」 08オさなが ら師によく似たりけり折ふし同町の清兵衛又内などいふ信者居合せ侍 りしが餘りよく似たることを不審におもひあひさゝやき居けるうち利 左衛門ハかねて師の容貌心にうかまざる事を思ひ煩ひし事なれバ手は やくうつし取けるほどなく旅僧ハ立出けるに跡見送りてけれハ隣町十 日丁といふ にて見うしなひけるかくて旅僧の面 をうつし不日に彫 刻成就 し て 北 半 田 塞耳 庵 に安 」 08ウ置し け れ バ歸 依 の 道俗 これを 拜 するに 再 ひ師に 謁 する心地して歸敬 仰しける其後 故 ありて桒折へ安置す今 の無能寺の肖像これなり 此 像 種 の 霊驗 をあらハし給ふことこれあり といへども 禁 を 恐 れてこゝにのせず 遺訓五件 一師 示寂 し給ふ前年享保三年十二月 廿五 日門人を 集 めて遺 訓五件 を 書 し て 帰 依 の 道俗 に遺 囑 」 09オせらる其 文 にい わ く 一日 課 念佛同行 ノ 交 リ 親昵 ニシテ 而互 ニ 加 二警策 心行無 二 怠 慢 一 被 レ 致 二 相續 一 可 レ 被 レ遂 二 一 蓮託 生 之 本懐 ヲ 一事 一 深 ク 信 二 本願 ヲ 一 兼 テ 弁 ヘ 二因果 ヲ 一守 リ 二 廢悪修善之 一 ヲ 身持 可 レ為 二如法 一事 一 常 ニ 随 二 如法 ノ 知識 ニ 一 或 ハ 交 リ 二 深 信同行 ニ 一 鎮西正統之 安心 起 行無 キ 二 僻 一 樣 ニ 可 レ被 レ 為 二用 心 一事 一 或 ハ 聞 二他 師 ノ 勧 ヲ 一 或 ハ 自 ミ 起 シ 二糖惑 ヲ 難 キ 二安心决定 シ 一者 ハ 拜 」 09ウ二見 選択 集 御 傳 語 灯 三 部假名 書 等 ヲ 一 安心 可 レ 令 二 决定 一 若 シ 無 キ 二 其 ノ 裁量 一 行者 ハ 随 二 如法深 切 之 同行 ニ 一 可 レ被 二 尋 ネ 問 一之 事 附 タ リ 造 スル 二 選択 御 傳 等 ニ 一 勸 化 ハ 者 都 而 不 レ可 二 信 用 一 之 事 一日 課 念佛 契約 之 同行 引 而 名 号 信受 之 行者 永 ク 至 マ テ 二 子孫 ニ 一 念仏無 二 退轉 一 致 二相續 一候 樣 ニ 可 レ 免 二傳 置 一 事 右 五 箇條画 僧徃生 以 後 以 二 書 付 一 同行中 江 」 10オ可被 申 傳 者也 享保三 戌 戊 年十二月日 興 蓮 社良崇学運 無能 在判 無能和尚和歌集 并 附録終 」 10ウ 無能和尚行状和讃 不能述 圓 ゑ ん 光 くハう 大 師 し の 滅 めつ 度 ど より はや 五 い 百 を 年 と セ もすぎぬれど
念 ねん 佛 ぶつ 流 る 通 つう もひろからぬ 鄙 ひな のすまひぞあハれなる わきてあづまのあらゑびすあらき心のならハしに 佛 ほとけ の道 みち にハうとくして むなしく月日をおぐるまの つみかさね行 ゆく 後 のち の世 よ は業 ごう の はかり のおもきとが 先 ま ツ ひきおとすミつの海 うみ ふかきまよひぞかなしけれ かゝる流 る 轉 てん のよるべなき 常 じやう 沒 もつ 無 む 縁 えん をあはれミて 」 01オ 超 てう 世 せ 悲 ひ 願 ぐわん の念佛を 奥 おう 羽 う の邊 へん 土 ど に弘 ぐ 通 つう せし 守 しゆ 一無 む 能 のふ 上人の 仰 あふひ で本地をたづぬれバ 西方願王阿弥 佛垂 すい 迹 しやく 上品 ぼん 地 ぢ 藏 ぞう 尊 そん 大 だい 悲 ひ のちかひにもよほされ 極 ごく 楽 らく 浄 じやう 土 ど の九 こゝ の品 しな うへなき無 む 為 ゐ のうてなより たるゝ利 り 生 セう やみちのくに 石 いし 川 かハ 郡 こほり 須 す 釜 かま むら 矢 や 吹 ぶき 氏 うぢ の子 こ とむまれ 二七の春 はる よりおのづから 歸 き 佛 ぶつ の心いとふかく つゐに元 げん 禄 ろく 十二年 十七歳 さい のはるのすえ 」 01ウ 同 どう 国 ごく 伊 い 達 だて 大安 あん の精 しやう 舎 じや にのがれ此 この 寺 てら の 良 りやう 覚 かく 和 くわ 尚 しやう を師 し とたのミ 剃 てい 髪 はつ 染 ぜん 衣 え の身となりて 梅 ばい 福 ふく 山 さん に錫 しやく をかけ 自 じ 他 た の章 しやう 疏 じよ を習 しう 学 がく し 学 しよがく 程 ほど なく成 なり ぬれば はやく名 めう 利 り をいとひツ丶 二十 はたち あまりの六 むつ のとし うき世 よ をのがれ山ずミの すみのころものいろそへて まことの道のあさからぬ こゝろもすめる草 くさ の庵 いほ 露 つゆ の命 いのち もをしまねば 日 ひ につぎよハにいねずして たすけたまへや阿弥 仏と 」 02オ いふよりほかハ津 つ の国 くに の なにはの事もすてゝたゞ 日 につ 課 くわ 念佛十萬 まん 餘 よ 六字 じ をかゝずくりこさず 常 じやう 衣 ゑ 不 ふ の行 ぐわ きやう 状 でう も数 す 遍 へん をはげまんためとかや 自 じ 誓 せい の制 せい 誡 かい いさぎよく つゝめど世にもしら玉の もるゝひかりや四 よ 方 も にてる 德 とく になつきていつしかに 化 け 他 た の機 き 縁 えん も熟 じゆく しツ丶 しやう に赴 をもむ くところにハ 数 す 萬 まん の人の群 くん 集 じゆ せる 法 のり のにはにハふしぎやな 種 しゆ の竒 き 瑞 すい のあらハれて あるひは佛 ぶつ 身 しん 相 さう を作 な し 」 02ウ 又ハ菩 ぼ と身を現 さつ げん じ一 いつ 子 し の慈 じ 悲 ひ のこまやかに しめすみのりのことのはハ いかなるあらきこゝろにも またおろかなる人までも 感 かん じて信 しん をおこしてハ 日課 くわ 念 ね 佛をうくるもの 十七万におよぶなる 帰 き 依 え の男 なん 女 によ の信 しん 水 すい に うつす佛の威 ゐ 光 くハう にや あるひは盲 もう の目 め をひらき 又は難 なん 病 びやう 快 くハい 復 ふく し あるハ霊 れい 夢 む を感 かん 見 けん し終 つゐ に見 けん 佛 ぶつ 徃 わう 生 ぜう す まれに誹 ひ 謗 ほう のものあれバ たちまち罸 ばつ をかふむるハ 」 03オ 佛法守 しゆ 護 ご の諸 しよ 天 てん 神 じん 疑 ぎ 謗 ぼう のとがをたゞしくも 邪 じや 見 けん をのぞかんそのための 折 しやく 伏 ぶく 門 もん の益 やく ならん かりにも縁 えん にあふ人の ミのりの雨 あめ にうるほふて 信 しん の 芽 め ざ しの生ずるハ 大悲 ひ 接 せう 受 じゆ のめぐミかや ほむもそしるもをしなへて 利 り 益 やく にもるゝものぞなき すでに化 け 縁 えん もつきしかバ 享 きやう 保 ほ 三 年ふゆのすえ 日ごろの不 ふ 食 しよく 増 ぞう 氣 き して 塞 そく 耳 に の庵 いほ にとゞまりて 北 きた をまくらに西 にし に 向 む き 臨 りん 終 じう 行 ぎやう 儀 ぎ に 入 り たまふ 」 03ウ その 病 びやう 中 ちう にかず の 勝 しやう 境 きやう 瑞 ずい 夢 む いちじるし つゐにことしもくれたけの 松 にともなふ春の 來 き て 三 十 ミそじ にあまる七 なゝ とせや 正 月二日のあけぼのに たゞ 禅 ぜん 定 でう にいるごとく 念 ね 仏のこゑともろともに おん 息 いき つきさせ 給 ふとき 庵 いほり ハ 三 ミ たび 震 しん 動 どう し 空 そら にも楽 がく のきこへしハ これぞ大 千 せん 感 かん 動 どう の
文 もん にかなひし徃 わう 生 ぜう の大 願 成 じやう 就 じゆ の瑞 ずい ならめ 化 け にあづかりし遠 をち 近 こち の四 し 衆 しゆ の悲 ひ ハこれぞかの たん 」 04オ 靏 つる の林 はやし の夜 よ 半 は の月 つき 雲 くも がくれますいにしへも かくやとおもひやられてハ あハれを今にしられたり さても滅 めつ 後 ご に松 まつ 野 の 氏 うぢ またハ智 ち 源 げん の夢に入 ル 我 われ ハ極 ごく 楽 らく 上品 ほん の 地藏なりとの御告 つげ ハ 蓮 れん 華 げ 三昧 まい 密 みつ 經 きやう の深 じん 秘 ひ の説 せつ に符 ふ 合 がう して 不 ふ 可 か 思 し 議 ぎ なりし利 り 益 やく にハ 六 む とせをすぎて改 かい 葬 そう の 闍 しや 維 ゆい の灰 はい よりいろ の舎 しや 利 り を現 げん じてなをさらに 所 しよ 化 け の信 しん をぞましにける そのしな の感 かん 應 おう は 」 04ウ 濱 はま の真 ま 砂 さこ の数 かず おほき 中 なか に武州 むさし の保 ほ 木 き 間 ま 村 むら 吉 よし 娃 おか 氏 うぢ が信 しん 感 かん に わづかの舎利の増 そう 長 ぢやう し 地 ぢ 藏 そう 菩 ほ と化 さつ け し給ひ 右 ミき に錫 しやく 杖 ぢやう ひだりにハ 寳 ほう 珠 しゆ をさゝけたまふこそ まことに希 き 代 たい の示 じ 現 けん なれ そのほかきこゆる得 とく 益 やく ハ たとひ硯 すゞり のうミをくみ 筆 ふで の林 はやし にうつすとも はかりなきかなこの法 のり の 師 し の一代の事 じ 実 じつ をバ 宝 ほう 洲 じう 所 しよ の行 せん ぎやう 業 ごう 記 き また霊 れい 驗 げん の数 かず の書 しよ に くはしくこれをのせをきぬ 」 05オ われらいかなるえにしにて かくありかたき名 めい 德 とく の 在 ざい 世 せ 滅 めつ 後 ご の化 け をうけて 生 しやう 死 じ をはなるうれしさに 今や師 し 恩 おん を念 ねん 報 ほう し その九 きう 牛 ぎう が一 いち 毛 もう を あげて師 し 德 とく を和 わ 讃 さん して 至 し 心 しん に帰 き 命 めい し奉る 」 05ウ 勸心詠歌集跋 夫倭歌 ハ 者王者 ノ 之徳音 ニシテ 而 三以 ナリ 風 二 化 スル 人民 ヲ 一 也故 ニ 佛陀 モ 下 テ 之 ニ 以 テ 勸 メ 善 ヲ 神祗 モ 託 シテ レ 之 ニ 以 テ 懲 ス レ 悪 ヲ 然 レハ 則 チ 雖 二 方服 ノ 之士 ト 一 亦無 シ レ嫌 ヒ 二諷詠 スルニ 一 焉是 ノ 故 ニ 上古 ノ 髙僧間 マヽ 亦 タ 有 レ 詠焉此 ノ 集 ハ 者 東 」 01オ奥 無 能 尊 者 ノ 之 二 ナリ 詠 スル 也 尊 者 ハ 蓋 シ 專修浄 業之 隠操其 ノ 為 レ 人 ト 斷 トシテ 矣靡 シ 二 他技 一 豈 ニ 暇 アラ シ レ 用 ルニ 二 意 ヲ 於 倭歌 ニ 一哉唯厭欣 ノ 之 切 ナル 情動 テ 二於 中 ニ 一 而 顕 ルヽ 二 於言 ニ 者 出 ルノミ 二 於 其 ノ 自 然 ニ 一 耳 尊 者 西邁 ノ 之後 先 師不 能 和 尚揖 二 シテ 之 ヲ 一命 スルニ 」 01ウ以 シ 二今 ノ 名 ヲ 一用 テ 授 ク 二有信 ノ 者 ニ 一 唯 シ 此書 ノ 之 未 タ ルレ 刻 セ 知 ル レ 有 ル コ トヲ レ 之者 寡 シ 矣 予毎 ニ 恐 ル 二 其 ノ 湮 沒 セ ン コ トヲ 一 近 頃 某 ノ 上人 齎 チ 二此集 ヲ 一來 テ 告 レ 予 ニ 曰 此 ノ 詠也有 二 泥 ノ 之 韻 一 令 下 二諷 誦 スル 者 ヲシテ 一 自 ラ 勵 シ 二其 ノ 心 一 身 ヲ 策 サ 中 其 惰 ヲ 上可 レ謂 行者之 湯藥 ナリト 也 嗚呼道 念 ノ 之 」 02オ及 ル レ 斯 ニ 也 禅 暇 ノ 餘 不 レ可 ラ 二私襲 ス 一如 キ ハ 二 尊 者 ノ 之行 蹟 ノ 一乃 チ 有 テ 二行業記 及遺 事 一既 ニ 行 ル 二 于丗 ニ 一特 ニ 其 ノ ノ レ詠 スル 倭歌 ハ 載 ル 者 ニ 十 カ 二三 將 ニ 下上 二木 シテ 此 ノ 集 ヲ 一併 セ テ 二 滅 後 制 誡 之 辞 遺 身 舎利 等 ノ 記 ヲ 一以 テ 流 ン ト 中 于丗 ニ 上師 ハ 者是 レ 尊 者 ノ 之 嫡孫 」 02ウ フ 一 言 以 テ 助 ケヨ 二 流 通 ヲ 一 予 自 顧 ニ 凉 徳不文 豈 ニ 能 ク 重 コ トヲ 二 此集 一為 セ ン ヤ 乎 然 レトモ 法 裔 ノ 之 諠 不 レ 可 ラ 二 固 辞 ス 一 因 テ 二 シテ 其 末 ヲ 一 以 テ 為 スト 二 之 證明 ヲ 一 云爾 天明丙 午冬 十 一月 東 都城 南 長 泉蘭若杜多 智 弉 」 03オ 謹
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」 03ウ 各々喜捨淨財助刻霊名署 奉 薦 大 正妙譽 上人 定 月大和 尚 薦 行蓮 社任譽運冏 上人 薦 尊 蓮 社両譽阿仙 上人 薦 明 譽運良照 不 能 和上 薦 寂 社 空 譽 至 順 上人 靜臨院 善應 道 濟居 士 冥 廣嚴院 一 空融 心 居 士 冥 照 雲 院光岑 桂 月大 姉 冥 凉 雲 院 桃 源 常春 居 士 冥 教 譽 覺 心法 子 冥 清 譽 覺岸淨曉菴主 冥 德 譽 道 本直 心法 子 冥 法 譽 貞 林法 尼 冥 願以此 功 德 平 等 施 一 切 同發 菩 提 心徃生 安樂國天明八龍戊申八月穀且