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博士学位申請論文審査要旨

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(1)早稲田大学大学院社会科学研究科. 博士学位申請論文審査要旨 学. 位. 申 専. 論. 請 攻. 名 者. ・. 文. 研. 称 氏. 究. 題. 博士(学術). 名 指. 導. 目. 橋 地球社会論専攻. 徹. 現代経済開発論研究指導. 途上国における循環型社会形成の政策課題 Policy issues for creating a recycling-oriented society in developing countries. リサイクルセクターの能力形成 論. 文. 副. 題. Capacity development for the recycling sector.

(2) 博士(学術)学位申請論文審査要旨 橋. 徹. 途上国における循環型社会形成の政策課題 -リサイクルセクターの能力形成- 1. 本論文の概要 本論文は、途上国における循環型社会形成の政策課題として、リサイクルセクターの 能力形成に焦点を当て、経済発展段階に応じた能力形成のあり方を分析したものである。 循環型社会とは、製品の省資源設計、製品の再使用(Reuse)や資源の再生利用 (Recycle)等によって廃棄物発生量の最小化を図り、残渣については自然の浄化能力 を損ねないよう適正な廃棄処分を行う経済社会である。循環型社会への転換は、1990 年代から先進国を中心に、主にリサイクルの制度化によって進められてきている。これ は、廃棄物行政費用の増加や最終埋立処分地の逼迫等の問題の深刻化が背景となってい る。 近年は、途上国においても適正な循環型社会の形成が重要な政策課題となってきてい る。途上国のリサイクルでは、都市部の貧困層がインフォーマルなビジネスとして取組 んでいる場合が多く、彼らが不十分な技術や装備で処理する際に環境汚染や健康被害が 生じている。特に使用済み電気・電子機器(e-waste)の処理やリサイクルにおいて、 以上の問題が深刻化している。このような問題の発生は、途上国が経済発展とともに大 量生産・大量消費・大量廃棄型の社会へと移行することに対して、廃棄物処理やリサイ クル処理能力が量や質ともに不足していくことに起因する。こうした不足は、途上国に おける廃棄物管理行政の体制面や財政面での制約も大きな要因となっている。したがっ てこの問題は、工業化による経済発展上の構造的な要因によるもので、途上国に共通の 社会的リスクである。 以上の問題認識に立ち、本論文は、「途上国におけるリサイクルセクターがもたらす 社会的リスクは、経済発展過程の構造的要因によるものである。その解決にあたっては、 行政とともにリサイクルセクターに関する生産連鎖上での産業主体が連携した対処が 必要である」との仮説を設定している。そして、その検証を通じてリスク発生要因の解 明とリスク管理方策の導出を試みている。なお、本論文でいう社会的リスクとは、具体 的にはインフォーマルリサイクルセクターにおいて環境汚染や健康被害、貧困等が生じ るリスクである。また、分析対象とする廃棄物は e-waste であり、そこから抽出される リサイクル資源として鉄スクラップに焦点を当てている。 リスク要因分析では、仮説として示した「途上国におけるリサイクルセクターがもた らす社会的リスクは、経済発展過程の構造的要因によるものである。」との視点に立ち、 以下の分析を行っている。 1.

(3) 第一に、経済発展に伴いリサイクルセクターがどのように構造変化を遂げていくかに 関する分析である。第二に、リサイクルセクターが取扱うリサイクル資源の需給構造が どのように変化するかに関する分析である。以上の分析は、複数の途上国の e-waste 問 題の現状と要因、経済発展段階に関する比較によって行っている。また、リサイクル資 源の需給構造変化については、計量的な分析も行っている。具体的には、鉄スクラップ を対象として、その国内回収量の決定要因と貿易構造に関する分析を行っている。 その結果、以下の点を明らかにしている。都市インフォーマルリサイクルセクターは、 工業化の初期段階で農工間の労働力移動という構造変動の過程で生じ、経済発展ととも に増加・減少・消滅という推移をたどる。また、工業化の初期段階でリサイクル資源需 要は増大するものの、国内でのリサイクル資源の蓄積量が少ないために、リサイクル資 源の供給は、先進国からの輸入にも依存する。つまり、インフォーマルリサイクルセク ターによる社会的リスクは、工業化の初期段階ではリサイクル資源貿易との連関が高く なるのである。インフォーマルリサイクルセクターが消滅するのは高所得段階である。 多くの途上国は低・中所得段階に長期にとどまるため、経済発展による自然消滅を待つ のではなく、現在、解決すべき問題として捉えてリスク管理を行っていく必要がある。 次にリスク管理方策については、途上国の行政の政策執行能力の制約が大きいことか ら、仮説として示した「その解決にあたっては、行政とともにリサイクルセクターに関 する生産連鎖上での産業主体が連携した対処が必要である」との視点に立ち、以下の分 析を行っている。 第一に、先進国の経験も踏まえてリサイクルセクターの発展プロセスの事例分析を行 い、リサイクルセクターが健全に発展するための基本的な方策に関するシナリオを構築 している。シナリオで整理した政策を実施するためには、行政とともにリサイクルセク ターをめぐる生産連鎖上の産業主体との連携が必要である。そこで第二には、途上国に おける EPR 政策の適用可能性に関する分析を行っている。EPR は、製品の使用後の処理 や処分にまで生産者の責任を拡大するもので、製品メーカーによる適正なリサイクルセ クターの育成支援を期待するものである。しかし、工業化の初期段階では、EPR を担え る生産者が少ないため EPR 政策の導入には限界があることを明らかにしている。 そこで第三に、リサイクルセクターの前方連関産業である素材産業の調達責任を問う CSR 調達システムの導入可能性を分析している。CSR 調達とは、調達先の企業活動に環 境面、社会面、経済面で社会的責任主体としての適正さを求めるものである。このシス テムを通じて、素材メーカーによる適正なリサイクルセクターの育成支援を期待するも のである。具体的には、鉄スクラップのリサイクルを対象に、鉄鋼業による CSR 調達シ ステム導入可能性を分析している。工業化の初期段階では、家電製品等の大規模メーカ ーが存在しない国が多い中、鉄スクラップの需要家である鉄鋼業は資本力があり中核的 な産業として立地している場合が多いことから、比較的所得水準が低い段階からでも導 入可能である。つまり、工業化の初期段階では素材産業での CSR 調達システムを先行さ 2.

(4) せ、経済発展とともに製品メーカーでの EPR 政策を導入していくことが適切であると結 論づけている。 このように、本論文は、途上国のリサイクルセクターに関する社会的リスクについて、 経済発展に伴う構造的な要因を解明した上で、発展段階に応じたリスク管理方策を導出 している。 2. 本論文の構成 本論文の構成は以下のとおりである。 はじめに 第1章 循環型社会形成における政策課題分析の視座 はじめに 1.途上国における循環型社会形成の論点 1-1.循環型社会構築の意義 1-2.循環型社会の基本的条件 1-3.経済発展と廃棄物問題 1-4.循環型社会形成とリサイクル資源貿易 1-5.途上国における循環型社会形成の問題構造 2.先行研究と本研究の目的 2-1.先行研究 2-2.本研究の目的 3.本研究の分析枠組み 3-1.本研究の仮説 3-2.分析枠組み 4.各章の位置づけ むすび 第2章 リサイクルセクターに関する社会的リスクの諸相と問題の分析 はじめに 1.途上国のリサイクルセクターに関する問題の諸相 1-1.問題の基本的な構造 1-2.環境汚染リスク及び健康被害リスク 2.二重経済構造がもたらす循環型社会の脆弱性 2-1. 途上国の開発課題としてのインフォーマルセクター 2-2.都市インフォーマルセクターの発生要因に関する理論モデル 3.

(5) 2-3.都市インフォーマルリサイクルに内在する問題解決に向けた研究 3.経済発展に伴うリサイクルセクターのリスク要因変化分析 3-1.分析枠組み 3-2.事例分析 4.途上国のリサイクルセクターに関するリスクの管理方策に関する考察 4-1.経済発展段階とリサイクルセクターに関するリスク要因 4-2.経済発展段階に応じたリサイクルセクターのリスク管理方策 むすび 第3章 リサイクル経済の発展要因分析 -鉄スクラップリサイクルのパネルデータ分析- はじめに 1.鉄スクラップリサイクルの要因分析に関する予備的考察 1-1.鉄スクラップリサイクルのプロセス 1-2.鉄スクラップの市場特性 1-3.先行研究 2.鉄スクラップリサイクルの決定要因に関する分析枠組み 3.パネルデータ分析 3-1.推定式 3-2.データ 3-3.推定結果 4.政策的含意 むすび 第4章 リサイクル資源貿易構造と各国の循環型社会 -鉄スクラップ貿易の課題分析- はじめに 1.リサイクル資源貿易の環境汚染リスクとその管理 1-1.リサイクル資源貿易に伴う環境汚染リスク 1-2.リサイクル資源の需要側に着目した取組 1-3.需要側に着目した取組の検討枠組み 2.リサイクル資源貿易構造分析に関する予備的考察 2-1.リサイクル資源貿易と環境汚染に関する研究 2-2.リサイクル資源貿易の決定要因に関する研究 3.鉄スクラップ貿易と環境汚染リスクの分析 3-1.鉄スクラップの特性 4.

(6) 3-2.鉄スクラップ貿易構造に関する仮説 3-3.データ分析による仮説の検証フレーム 3-4.鉄スクラップ輸入と経済発展 3-5.鉄スクラップの貿易構造 4.政策的含意 むすび 第5章 途上国におけるリサイクルセクターの発展プロセス分析 はじめに 1.途上国におけるリサイクルセクターの問題点 1-1.リサイクルセクター集積地における環境汚染 1-2.貧困の温床としてのインフォーマルリサイクルセクター 2.途上国のリサイクルセクターにおける問題発生メカニズムの分析 2-1.インフォーマルリサイクルセクターの発生と社会的分断 2-2.インフォーマルリサイクルセクターの問題構造 3.高所得国におけるリサイクルセクターの発展の経験 3-1.日本におけるリサイクルセクターの近代化 3-2.リサイクルセクターの高度化. 139. 4.健全なリサイクルセクターの発展プロセス関する仮説 5.都市生業からの脱出 -途上国における政策事例分析- 5-1.ウェイスト・ピッカーの組織化と高付加価値化 5-2.再生事業者の規模の経済性 6.政策的含意 むすび 第6章 途上国における拡大生産者責任政策の導入可能性分析 はじめに 1.EPR 政策の基本構造 2.途上国への EPR 適用に関する先行研究 3.途上国への EPR 適用可能性の分析枠組み 3-1.EPR の理論的妥当性から導く条件 3-2.EPR 政策運用上の課題から導かれる条件 3-3.EPR 政策導入に求められるアクター・レジーム条件 4.途上国における EPR 政策条件適合度分析 4-1.アフリカ(ナイジェリア) 4-2.アジア(中国) 5.

(7) 4-3.EPR 政策条件の適合分析結果 5.政策的含意 むすび 第7章 途上国の循環型社会形成に向けた CSR 調達システム はじめに 1.途上国の循環型社会形成に向けた CSR 調達システムの必要性 1-1.途上国における循環型社会の問題構造 1-2.途上国における EPR 制度導入の限界 1-3.途上国における能力形成促進策としての CSR 調達制度の必要性 2.CSR 調達システムの動向 2-1.CSR 調達システムの普及と背景 2-2.CSR 調達における要求事項 2-3.CSR 調達システム形成の手法 3.途上国の循環型社会形成における CSR 調達システムの可能性 3―1.分析の枠組み 3―2.途上国の鉄鋼業への CSR 調達システム導入可能性 4.素材産業における CSR 調達システム導入に向けて むすび 第8章 まとめ:途上国における健全なリサイクルセクターの発展シナリオ はじめに 1.途上国のリサイクルセクターに関する社会的リスク要因 1-1.経済発展とリサイクルセクターに関する社会的リスク 1-2.リサイクル経済の発展要因 1-3.リサイクル資源貿易に関する汚染リスク 2.途上国のリサイクルセクターに関する社会的リスクの管理方策 2-1.途上国におけるリサイクルセクターの発展プロセス 2-2.途上国における拡大生産者責任制度の導入可能性 2-3.途上国のリサイクルセクターの能力形成に向けた CSR 調達システム 3.経済発展段階に応じたリサイクルセクターの発展シナリオ 3-1.工業化の初期段階 3-2.工業化の進展期 むすび 参考文献 6.

(8) 3. 各章の概要 各章の概要は以下のとおりである。 (第1章)循環型社会形成における政策課題分析の視座 第1章では、まず、循環型社会の定義と意義を整理し、グローバル経済下での循環型 社会形成の論点を俯瞰している。その上で、途上国における問題の重要性を確認し、本 研究の問題設定、仮説、分析枠組みの整理を行っている。 (第2章)リサイクルセクターに関する社会的リスクの諸相と問題の分析 都市インフォーマルリサイクルセクターに関する社会的リスクは、「経済発展過程の 構造的要因によるものである。」との視点に立ち、複数の途上国を対象に e-waste 処理 で生じている問題の比較分析を行っている。主な分析の視点は、各国で生じている問題 と、経済発展に伴うリサイクルセクターの構造やリサイクル資源の需給構造の変化との 関係について明らかにすることである。 分析の結果、インフォーマルリサイクルセクターが、工業化の初期段階で農工間労働 移動という経済発展のための構造変動の過程で生じること、その後、経済発展に伴い増 加、減少、消滅と推移することを明らかにしている。ただし、消滅に至るのは高所得国 の段階である。多くの低・中所得国は長期の経済停滞を経験し、そのためインフォーマ ルリサイクルセクターも定常化することも示している。また、リサイクル資源の需給構 造については、工業化の初期段階では、リサイクル資源の国内での蓄積量が乏しいため に先進国からの輸入に依存することを明らかにしている。すなわち、工業化の初期段階 では、インフォーマルリサイクルセクターが、先進国から輸入したリサイクル資源を取 扱うことで汚染や健康被害等の外部不経済をもたらすことを示唆している。 (第3章)リサイクル経済の発展要因分析 -鉄スクラップリサイクルのパネルデータ分析 リサイクル経済の発展要因を明らかにするために、事例として鉄スクラップの国内回 収量の決定要因に関するパネルデータ分析を行っている。第2章では、事例分析を通じ て経済発展に伴うリサイクル資源の需給構造変化を把握しているが、本章ではその点を 計量的に分析し、低・中所得国と高所得国の鉄スクラップの国内市場に関する決定要因 の差異を明らかにしている。 鉄スクラップの国内回収量の決定要因分析結果から、鉄スクラップのリサイクルを促 進する政策的含意は次のとおりである。低・中所得国では、適正なリサイクル資源貿易 体制を構築すること、また、インフラ整備や製造業での生産需要が拡大する際に鉄スク ラップの有効利用促進を図ることが重要である。高所得国では、都市での効率的な回収 7.

(9) システムの構築やリサイクル教育を進めること、省エネ型の製鉄技術としての電炉生産 の振興を図ることが必要である。さらに、以上の分析を通じて、「低・中所得国では鉄 スクラップの供給不足となり、高所得国では供給過剰となる傾向がある」こと、「高所 得国では回収量向上のために制度や教育の重要性が増す」ことを明らかにしている。 (第4章)リサイクル資源貿易構造と各国の循環型社会 -鉄スクラップ貿易の課題分析 リサイクル資源の貿易構造を解明するために、鉄スクラップを対象とした貿易特化係 数分析を行っている。また、分析を通じて汚染リスクの高い貿易パターンの特定を行っ ている。具体的には、第 3 章で検証した、「低・中所得国は鉄スクラップの国内供給不 足となり、高所得国は鉄スクラップの供給過剰となる傾向があること」を踏まえて、低・ 中所得国では輸入特化となり高所得国では輸出特化となる傾向があることを検証して いる。 分析の結果は次のとおりである。鉄スクラップは鉄鋼業の原料として利用されるため、 鉄スクラップの国内需要とは国内の鉄鋼産業による需要である。また、鉄スクラップは 電気炉による製鉄の主原料となる他、鉄鉱石を主原料とする高炉による製鉄の副原料と しても利用される。こうした前提の上で、次の4つの貿易パターンが顕著であることを 明らかにしている。第一に、低・中所得国で国内需要と連関のない輸出特化、第二に、 低・中所得国で国内の鉄鋼需要による輸入特化、第三に、高所得国における供給過剰に よる輸出特化、第四に、電炉が中心の高所得国での輸入特化、である。この中で、汚染 リスクが高い貿易パターンは、第一と第二のパターンである。第一のパターンは、国内 の鉄鋼需要規模が小さいにもかかわらず、鉄スクラップの輸出特化となるものである。 これは、国内の鉄スクラップの蓄積量が少ないことから、中古品と偽装して輸入した e-waste 等から鉄スクラップを抽出し、外貨獲得のために海外の需要家へ輸出している ものである。つまり、不法輸入品としての e-waste の取扱による汚染や健康被害リスク が高まる。分析では具体的に、所得水準が 5,000 ドル/人未満の低・中所得国でそうし たリスクが高いことを指摘しており、例証としてガーナにおける e-waste 問題をあげて いる。第二のパターンは、第2章で明らかにしたように、工業化の初期段階から進展す ることで国内の鉄スクラップ需要が増加するのに対し、供給力が乏しいために輸入特化 となる。この場合には、第一のパターンとは異なり、国内の鉄鋼産業が主たる需要家で ある。したがって、国内の鉄鋼産業の調達責任を問うことが可能であるという点で、第 一のパターンとは汚染管理の可能性が異なることを指摘している。 (第5章)途上国におけるリサイクルセクターの発展プロセス分析 先進国の経験を踏まえて、途上国におけるリサイクルセクターの発展プロセスに関す る分析を行っている。具体的には、「事業主体の規模の経済性を発揮させるような組織 8.

(10) 化により、途上国のリサイクルセクターが抱える環境問題や労働問題への対処能力が高 められ、社会的責任主体としての意識が高まり規範的行動が促される」ことを仮説とし た事例分析を行っている。事例分析では、組織化を促すような、ライセンス制度、イン フォーマルリサイクルセクターの公的なシステムへの組込み、工業団地への囲い込みと いった政策事例をとりあげ、「組織としての規模の経済性が発揮され環境保全コスト等 の負担能力が向上したか」、「社会的責任主体としての行動が促されているか」、といっ た視点で分析を行っている。 分析の結果、零細なインフォーマルセクターに対して、仮説のとおり基本的には規模 の経済性追求による効率的な産業組織化を促す政策が有効であるが、発展段階が向上す ると、それだけではなく、生産効率の高い資本集約的な産業への転換が必要であること を明らかにしている。その例証として台湾の事例を分析している。 (第6章)途上国における拡大生産者責任政策の導入可能性分析 5章で示したようなリサイクルセクターの能力形成に関する政策を進めるために、6 章では、製品の生産者責任を製品使用後の処理や処分にまで拡大する EPR 政策の途上国 への適用可能性について分析している。これまで先進国において EPR 政策の導入が進め られてきたが、近年では、一部の途上国でも EPR 政策の導入を進めている。しかし、途 上国では中古品や模造品市場が大きく、EPR を担うべき生産者や輸入者を特定できない 場合が多いことから、EPR 政策導入に限界があることが指摘されている。本章では、こ うした限界も途上国の条件によって異なるとの仮説のもとに、既に EPR 制度を導入して いるナイジェリアと中国における EPR 政策運用の課題の分析を行っている。 分析の結果、製品を消費するだけの国と、生産機能のある国とでは EPR の適用可能 性が異なることを明らかにしている。つまり、前者においては EPR の適用に大きな限 界がある。本論文の分析では、ナイジェリアと中国の家電製品に関する EPR 制度の分 析を通じてこの点を明らかにしている。多くの途上国では、製品の生産よりも消費先行 であり、しかも主に輸入中古品に依存する消費のため、EPR の適用には大きな限界が あることを指摘している。 (第7章)途上国の循環型社会形成に向けた CSR 調達システム 7 章では、リサイクル資源の需要主体における CSR 調達システムの導入可能性を分析 している。このシステムは、第6章で示した途上国における EPR の適用の限界を補完す るものとしても提示している。具体的には、CSR 調達システムの先行研究を踏まえて、 CSR 調達システムの成立条件を整理し、そうした成立条件の途上国における適合度を評 価している。具体的な分析対象とするリサイクル資源は鉄スクラップであり、中国、タ イ、ベトナム、マレーシア、インドネシア、ナイジェリアの鉄鋼業界における導入可能 性について分析を行っている。 9.

(11) 分析の結果、鉄鋼産業界で CSR 調達の中核となる企業の特性に応じて、導入のための アプローチが異なることを明らかにしている。つまり、国営企業が中核の場合には政府 主導での導入が可能であり、複数の民間の電炉企業が中核の場合には業界でフォーラム を形成すること、外資企業が中核の場合には政府との協定が必要である。いずれも業界 内での合意形成と、業界と政府との協定が必要である点も指摘している。さらに、CSR 調達を普及するため主体として機能しうる、NGO やメディア、関連団体、自治体などと 政府の連携が必要である点も指摘している。 (第8章)まとめ:途上国における健全なリサイクルセクターの発展シナリオ 第7章までの分析結果を踏まえて、本研究のリスク要因分析とリスク管理方策分析で 明らかとなった点を整理している。また、この整理を踏まえて、途上国における健全な リサイクルセクターの発展シナリオについて以下のような提示を行っている。 工業化の初期段階は、農工間労働移動による都市インフォーマルセクターの発生、及 び急増期にあたり、こうしたセクターによる e-waste の不適正な処理による社会的リス クが高まる。また、この段階では、国内でのリサイクル資源の蓄積量が少ないために、 先進国からの輸入中古品を偽装した e-waste の輸入が増加する。以上のような状況下で は、国内に家電製品の生産者がいないため、EPR を直ちに導入することは困難である。 したがって次善の策として、リサイクル資源を需要する素材産業に CSR 調達システムを 導入し、適正なリサイクルセクターの育成支援を図ることが必要である。また、この段 階でのリサイクルセクターの育成支援としては、零細な個別主体を、資本力のある廃棄 物回収企業や廃棄物行政組織の一部として組込んで、規模の経済性が追求でき社会的責 任主体となりうるよう組織化を図ることが必要である。 工業化が進展した段階では、インフォーマルリサイクルセクターは減少、あるいは定 常化する。この段階では、国内での製造業が発展し、リサイクル資源の蓄積量の増加に よって国内での供給量も増加する。素材産業における CSR 調達システムに加えて、国内 で家電製品の製造を行うようになれば家電メーカーへの EPR の導入も可能である。また、 この段階でのリサイクルセクターの育成支援としては、リサイクル工業団地への集約化 によって団地内での集約的な環境管理を行うとともに、企業経営組織化を促進すること が必要である。発展段階がさらに進めば、技術や資本集約型の産業へと転換させること も求められる。 4. 本論文に対する評価 途上国におけるリサイクルセクターに関するこれまでの研究は、現状を把握し問題を 提起するための静学的な視点での分析が主流である。本論文は、そうした分野に経済発 展という動学的な視点を導入し、事例の比較分析に加えて計量的な実証分析を通じて、 社会的リスクの要因解明とリスク管理方策の導出を行っている。今日的な問題に対して、 10.

(12) 総じて野心的で新奇性に富むアプローチを試みている内容である。特に、途上国を対象 としたリサイクル市場に関する定量的データが乏しい中で、鉄スクラップを指標として リサイクル経済に関する決定要因の計量的分析を行う点、その結果から低・中所得国と 高所得国それぞれにおけるリサイクル促進に関する政策的含意を導いた点は、創造性の あるアプローチという点で評価すべき成果である。加えて、鉄スクラップの貿易特化係 数分析によって汚染リスクの高い貿易パターンを特定する点等も、この分野において新 しい分析アプローチである。そして、汚染リスクの高い貿易パターンを特定し、具体的 に西アフリカ諸国における e-waste 処理の問題がこうした汚染リスクの高い貿易パタ ーンの中で生じていることを明らかにしている。これは、理論に基づく現象の解明とい う点でも高く評価すべき内容である。 また、リスク管理方策の導出にあたっては、「経営主体の規模の経済性が発揮できる ような組織化によって、汚染問題などへのコスト負担能力が高められ、同時に社会的責 任主体としての規範的な行動が促される」との仮説に立って、先進国の経験も踏まえた 事例分析を行っている。分析の結果、台湾のような所得水準の高い段階では、規模の経 済性だけでなく技術・資本集約的な産業組織へと転換を図る必要性を明らかにした点は、 仮説検証を通じた一つの発見と言える。さらに、途上国への EPR 政策の適用の限界を踏 まえた上で、CSR 調達システムというリサイクル資源の需要主体の調達責任を問うシス テムの導入は、全く新しい方法論の提示であるといえる。 最後に本論文は、経済開発論、環境政策論と国際貿易論の研究に関する学術的貢献も 大きいと評価できる。経済開発論では、循環型社会形成が経済発展過程において重要な 概念であり、分析対象であることを示すことができた。環境政策論では、リサイクル制 度の基本的政策である EPR 政策以外の新たな政策として、リサイクル資源の需要主体の 調達責任を問うシステムの可能性を示すことができた。国際貿易論では、汚染リスクを 伴うリサイクル資源貿易について、リサイクル資源の需要主体の調達責任を問うシステ ムが、貿易の利益と環境保全の両立を実現するリスク管理方策であることを示すことが できた。 さて、以上のように本論文の成果を高く評価できるが、不十分な点、残された課題が ないわけではない。本論文の公開審査会において以下のような課題が審査員から指摘さ れた。 第一に、経済発展段階と環境問題を論じるために本論文では、経済発展段階として一 人当たり GDP を用いているが、中国やインドのような経済規模が大きい国の場合、一人 当たり GDP だけでなく、経済規模自体も分析すべきではないか。 第二に、CSR 調達システムの実効性に関する分析に関して、CSR 調達システムを実際 に構築するには、このシステムを導入する企業に強いインセンティブが必要である。そ うした視点での分析も必要ではないか。 11.

(13) 第三に、インフォーマルリサイクルセクターの発展プロセスを説明するために本論文 では、分析枠組みとしてハリス=トダロモデルを用いているが、このモデルは静学的で ある。経済発展という視点で分析するには、このモデルをもとに動学的な説明枠組みを 構築することも重要ではないか。 第四に、鉄スクラップの貿易構造に関する説明枠組みとしてヘクシャー=オリーンの 定理(HO 定理)を用いることも考えられる。また、鉄スクラップについて、産業連関 の枠組みを念頭に置き、高炉鉄(ヴァージン材)と電炉鉄(再生材)、高炉鉄を用いた 高機能材(自動車用超薄板鋼板など)と電炉鉄を用いた低品位材(建設鋼材など)の生 産、鉄スクラップの収集や処理という各工程の国際分業が、各国の発展段階に応じて発 生しているといった視点からとらえ直すと、各章の研究内容をよりわかりやすく解釈で きるようになるであろう。 第五に、EPR と CSR 調達システムの関係についてである。EPR の導入によって、 製品の生産者が、製品の使用後のリサイクル処理や処分にまで責任を持つことで、生産 者の介入による適正なリサイクルセクター形成が可能である。したがって、EPR が実 現すれば、素材産業も自ずと CSR 調達を実現することができるのではないか。 第六に、途上国の廃棄物管理行政のリソース不足に関する分析について、一般に途上 国ではそうした状況にあると考えられるが、この点の詳細な分析も必要であろう。 第七に、本論文では、鉄スクラップを対象に分析しているが、古紙も主要なリサイク ル資源の一つであるので対象を拡大して、問題構造の比較分析をすることも考えられる。 上記の指摘に対しては、公聴会では以下のような回答がなされた。 第一の点については、国の特性を示すには、一人当たり GDP だけでなく、例えば GDP の規模も重要な特性指標の一つである。同じ所得水準でも GDP 規模が大きい国と小さい 国では、所得格差の程度や環境技術の普及速度なども異なることが考えられる。また、 これらの要素は、農工間労働移動によるインフォーマルリサイクルセクターの発展プロ セスにも影響する可能性がある。こうした、他の指標も採り入れた分析は今後の研究課 題としたい。 第二の点については、CSR 調達の具体的な制度設計レベルでは、このシステムを導入 する企業に強いインセンティブが必要である。消費財の生産企業であれば消費者による 不買運動が強い牽制力になる。しかし、鉄スクラップの場合には、消費者による直接的 な牽制力を構築できない。したがって、本論文では、企業による政府との自主協定や、 NGO、メディアなどの監視力によって、企業のレピュテーションに訴求するようなメカ ニズムの重要性を強調した。この点の詳細な分析は今後の課題としたい。 第三の点については、本論文の中では、ハリス=トダロモデルで示されるフォーマル な工業部門(都市部門)の発展によって、インフォーマルリサイクルセクターが消滅し ていくプロセスとその主な要因に関する考察を行っている。たしかに、ハリス=トダロ 12.

(14) モデルを基点とした動学的な理論の構築には至ってはいない。ハリス=トダロモデルに 示される各部門の発展がインフォーマルリサイクルセクターにどのように影響するか について考察し、動学的な説明枠組みの構築を図るべきであると考えている。こうした 点も今後の課題としたい。 第四の点については、HO 定理は、労働と資本、労働集約財、資本集約財という非常 に集計度の高い概念での要素や財の区分で導かれるものである。個別の産業セクターに 当てはめた場合には、その産業セクターに特殊な要因による影響の方が大きい場合があ る。鉄スクラップの貿易では、高炉鉄(ヴァージン材)との競合性や鉄鋼の蓄積量、鉄 鋼需要の特性といった要因が大きな影響を与えている。したがって、本論文では、こう した個別の要因を分析することで、貿易構造に関する仮説を構築した。ところで、先行 研究によれば、高所得国間では品質の高い鉄スクラップの貿易が盛んで、低所得国では 品質の低い鉄スクラップが集積する傾向があるという。HO 定理に従えば、この現象は、 次のように説明することが考えられる。「品質の高い鉄スクラップ」は資本集約財であ るため先進国が輸出し、途上国は「手選別で品質の低い鉄スクラップの品質を向上させ る」という労働集約的なリサイクルサービスを輸出している。こうした説明枠組みの妥 当性に関する検証については今後の課題としたい。 次に、鉄スクラップの貿易構造を産業連関表のような考え方で説明する点についてで ある。本論文では、鉄スクラップを対象とした循環システムについて、第3章、第4章 の分析において、鉄スクラップの供給構造と需要構造、高炉が中心の国と電炉が中心の 国といった視点で分析を行った。審査委員からのご教示のように、産業連関の枠組みを 導入し、各国の発展段階に応じた国際分業が発生しているといった視点に立って分析を 進化させる必要があると考えている。この点も今後の研究課題としたい。 第五の点については、例えば、使用済みの電気・電子機器の場合は家電メーカー等が EPR を担う生産者となる。これらの生産者が、製品の使用後のリサイクル処理や処分に まで責任を持つことで、生産者の介入による適正なリサイクルセクター形成が可能であ る。先進国ではこのシステムが導入され、特に素材産業の調達責任を問う必要もない。 しかし途上国では、電気・電子機器製品の中古品市場や中古部品を組合せた模造品市場 が大宗を占めるために EPR を担える生産者がいない。従って、次善の策として、リサイ クル資源の需要家の調達責任を問うシステムを提示しその有効性を分析した。 第六の点については、本論文では、途上国の廃棄物管理行政のリソース状況について、 詳細な分析は行っていない。先行研究の成果を参照し、所得の低い国ほど、廃棄物管理 が地方行政の財政圧迫要因となっていることを確認している。詳細な分析については今 後の研究課題としたい。 第七の点については、古紙と鉄スクラップでは問題構造が異なる。本論文では、汚染 や健康被害等が深刻な e-waste 処理に焦点を当てて分析を行った。古紙では、廃棄物処 理やリサイクルにおける汚染問題は生じていない。特性の異なるリサイクル資源も加え 13.

(15) て問題構造を比較分析することで、循環型社会システムのより立体的な理解が可能であ ると考える。この点も今後の研究課題としたい。 さて、審査委員会は、本論文に対して上述のような問題点を指摘したが、それらの指 摘はあくまでも今後の研究方向の示唆であり、申請者の公聴会での回答も適切で今後の 研究課題として十分に認識されている。審査委員会の総合的判断として現時点での本論 文の学問的貢献の価値が高いことである。従って、われわれ審査員は全員一致で、本研 究によって橋徹氏に、早稲田大学博士(学術)の学位を与えることを、適当と判断する ものである。 2016 年 6 月 4 日. 14.

(16) 審査委員 主任審査員 早稲田大学社会科学総合学術院教授. 経済学博士 一橋大学. トラン. 審. 査. 員 早稲田大学社会科学総合学術院教授. 博士(農学) 京都大学. 赤尾. 健一. 審. 査. 員 早稲田大学社会科学総合学術院教授. 博士(法学) 京都大学. 黒川. 哲志. 審. 査. 員 早稲田大学社会科学総合学術院教授. 博士(商学) 慶應義塾大学. 鷲津. 明由. 審. 査. 員 常磐大学国際学部教授. 佐竹. 正夫. ヴァン. トゥ.

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