博 士 ( 理 学 ) 近 江 弘 和
学 位 論文 題 名
Microscopic Analysis of Current‑Induced Conversion on Si(001) Vicinal SurbcebythePathProbabilityMethod
( 経 路確 率 法 によ るSi(001) 微 斜 面に お け るド メ イ ン反転現 象の微視 的解析 )
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
近年 の 結 晶成 長 技 術の発 展によ り原子層 単位での 結晶成 長の制御 が可能 となり、 超格子 な ど の自 然 界 には 存 在し ない新た な物質 が作成さ れるよ うになっ てきた 。しかし 層単位で の 成 長の 制 御 には 結 晶成 長の下地 となる 基板結晶 表面に 不純物が なく平 坦である ことが不 可 欠 であ る 。 この よ うな 表面を得 るため の方法の ーっと して、超 高真空 下で基板 結晶を加 熱 し 不純 物 等 を蒸 発 させ ることに より表 面の平坦 性を回 復させる 方法( アニーリ ング)が あ る 。シ リ コ ン結 晶 の場 合、基板 結晶の 加熱方法 として 直流電流 を直接 基板結晶 に流す方 法 が 用い ら れ る。 こ の時 シリコン 結晶表 面でドメ イン反 転現象と 呼ばれ る興味深 い現象が 起 き る事 が1988年 にLatyshevら に よ って 発 見 さ れた。(001)面か ら[110]方 向にわ ずかに 傾け てへき開 したシ リコン結 晶表面(Si(001)微 斜面) は表面再 構成によ り表面 の周期構造 が 変 化 す る た め に2xl及 びlx2ド メ イ ン と 呼 ば れ る2種 類 の 表 面 が 交 互 に 存 在 し 、2xl ド メ イ ン と そ の1段 下 側 のlx2ド メ イ ン と は51と 呼 ば れ る ス テ ッ プ で 、1段 上 側 のlx2 ド メ イン と はSBと 呼 ばれ る ス テッ プ で それ ぞ れ 区切 られてい る。この 結晶に[110]方向 に 平 行 に電 流 を 流す と 、2種 類 の ドメ イ ン の安 定 性 が電流 の方向に 応じて 反転する 、すなわ ち[110](ステップダウン)方向に電流を流すとlx2ドメインが増大し、【I−10](ステップアッ プ ) 方向 に 流 すと2x1ド メ イ ンが 増 大 する 。 そ の後 この現 象はさら に詳細 に調ぺら れ、電 流 方 向と 優 勢 ドメ イ ン の増 大 速 度の 関 係 や2種 類 のステ ップの動 きの違 いなどが 明らかに さ れ た。 我 々 はこ れ ら の現 象 を 「Si(001) 微斜 面 における ドメイン 反転現 象」と呼 ぶ。
こ の 璽 象 はStoyanovに よ っ て 最 初 に 理 論 的 説 明 が試 み ら れた 。StoyanovはBurton、 Cabrera、nankに よ る結 晶成長 の現象論 的標準理 論(BCF理論) を拡張 し、(1)Si(001) 再構 成表面上 の原子 移動の異 方性と(2) エレクト ロマイ グレーシ ョン効果 (電流 による表 面 原 子の 輸 送 効果 ) によ って電流 の方向 と優勢ド メイン の関係を 説明し た。その 後Natori ら は この 研 究 を発 展 させ 、原子の ステッ プからの 非対称 放出効果 である (3)Schwoebel効 果 を 取り 入 れ るこ と に よっ て 電 流方 向 と 優勢 ド メ イン の 増 大 速度 の 関 係が 説明 できるこ と を 示し た 。 一方 、 以 前我 々 は 非平 衡 統 計力 学 の 系統 的 近 似 法で あ る 経路 確率 法(Path ProbabilityMethod、 以 下PPMと 略 記 す る ) の 点 近似 ( 分 子場 近 似 ) を用 い て 原子 の 微 視 的 運動 過 程 から ド メイ ン反転現 象の説 明を行っ た。以 上のよう にこれ までの研 究によっ て ド メイ ン 反 転現 象 の機 構が明ら かにな ってきた 。しか し、これ まで用 いられて 来たモデ ル で はSi(001) 微斜 面の 重要な 性質であ る&及びSロ ステップ の安定 性の違い を考慮し て
いなかった。表面再構成による原子間結合の異方性から51、SBステップの安定性に違い が生じ、SBステップの形状はSAステップに比べて凹凸が激くなる。そのためSAステップ よりSBステップからの方が原子が放出されやすく、これがドメイン反転現象に大きく寄 与 している と考えら れる。しかしBCF理論に基づく現象論的な取り扱いでは原子間の相 互作用を無視しているためにステップの安定性の違いを取り扱うことができない。そこで 本研究では、原子の微視的運動過程に基づぃて結晶表面の時間発展を系統的に記述でき、
原 子間の相 互作用を 取り扱う事ができるPPMの高次近似を用いて、原子の微視的運動の 立 場 か ら よ り 詳 細 な ド メ イ ン 反 転 現 象 の 機 構 を 調 べ る こ と を 目 的 と し てい る 。 本研究ではSi(001)微斜面をSOS (Solid−on−Solid)モデルを用いて表し、その表面上の原 子の運動の基礎過程として移動及び蒸発を考え、その頻度を決定する。表面原子の移動に は(1)〜(3)の効果を取り入れる。さらにステップの安定性の違いは(4)原子間結合エネ´レ ギーの異方性としてモデルに取り入れる。この原子間結合エネ少ギーの異方性を取り入れ るためには隣接原子間の相閥を考慮しなければならない。そこで今回は点近似より高次の 近似であり隣接原子間の相関を考慮する対近似を用いる。結晶表面の高さを系を記述す る 状態変数 とし、そ の状態変数の時間発展方程式をPPMの対近似を用いて導出し数値計 算を行った。その結果、ステップ形状の違いと共にドメイン反転現象が再現された。今回 の我々モデルに基づきドメイン反転現象の機構は次のように説明される。電流がステップ アップ方向の時は、ステップの安定性の違いからSBステップからの方がSAステップより も 多くの原 子が放出 される。SBステップから放出された原子はlx2ドメイン上では表面 原子移動の異方性により電流方向に素早く移動できるため、SBステップから次々と原子 が 放出され てSBステッ プがステップアップ方向に後退するので相対的に2xlドメインが 増大する。一方、電流がステップダウン方向の時は、SBステップから原子が放出されて も表面原子移動の異方性によルステップに沿った方向へ動きやすく、原子はSBステップ 近傍から離れにくいのに対して、逆にSAステップから放出された原子は表面原子移動の 異方性のおかげでlx2ドメイン上を素早くステップから離れていく。そのため.玖ステツ プから次々と原子が放出されてSAステップがステップアップ方向に後退するので相対的 にlx2ドメイン が増大す る。またSchwoebel効果はステ ップからステップアップ方向へ の 原子の放 出を抑制 するので、電流がステップアップ方向の時の2xlドメインの増大速 度 は電流が ステップ ダウン方向の時のlx2ドメインの増大速度より遅くなる。さらに表 面からの原子の蒸発によってそれぞれの電流方向に対するステップの動きの違いが説明さ れる。BCF理論に基づく現象論的な研究によって説明されたドメイン反転現象の機構は、
ステップの安定性の違いを除き上述のドメイン反転現象の機構と本質的に一致している。
しかし本研究ではステップの安定性を考慮したモデルに基づき、原子の微視的運動過程 か らこの機 構を明ら かにした。さらに本研究では、PPMによる数値計算と並行してそれ と同一モデル及び同一パラメータを用いたモンテカルロシミュレーションを行った。今回 のPPMの対近似 による数 値計算結果はそのモンテカルロシミュレーションの結果と定量 的にも一致し、この事はドメイン反転現象の解析に対して対近似が妥当である事と共に PPMが 結 晶 表 面 の 動 的 現 象 の 解 析 に 有 効 な 方 法 で あ る こ と を 示 し て い る 。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 教授 教授 助教授
和 田 宏 徳 永 正 晴 八 木 駿 郎 伊 土 政 幸 根 本 幸 児
学 位 論 文 題 名
Microscopic Analysis of Current‑Induced Conversion on Si(001) Vicinal SurfacebythePathProbabilityMethod
( 経 路 確 率 法 によ るSi(001)微 斜面 にお ける ドメ イン 反転 現象 の微 視的 解析 )
近年 、原 子層 単位 で結 晶成 長を 制御 する 必要 性が 高ま り 結晶成長理論に 関する研究が盛ん に行 われ てい る。 しか し、 その 多く は分 子動 力学 や現 象 論によるもので 、原子レベルでの 結 晶 成 長 理 論 は い ま だ 未 開 拓 の 分 野 で 、 今 後 の 発 展 が 待 た れ て い る 状 況 に あ る 。 本 論文 は、 この よう な現 況に ある 原子 レベ ルの 結晶 成 長にっいて、非 平衡統計力学の手 法で ある 経路 確率 法と それ と並 行してモンテ カルロ・シミュレーションを用いて、Si(001) 微斜 面の ドメ イン 反転 現象 に関 して 理論 的に 研究 し、 原 子レベルの結晶 成長理論の構築に 対す る有 益な 知見 を得 るこ とを 目的 とし てい る。
い まSi(001)単 結晶 を(001)面 から[110]方向 にわ ずか に傾 けた 微斜 面を 作る と、 表 面再 構 成 に よ り2xlとlx2と よ ば れ る2種 類 の テ ラ ス 表 面 が 交 互 に 現 れ る 。 表 面 の 清 浄 化 過程 で、Si(001)微斜 面に 熱 電流 を微 斜面 が下 るス テッ プ・ ダウ ン方 向に 流す とき と 、微 斜面 が上 るス テッ プ・ アッ プ方 向に 流す とき で、2種類 のテ ラス 表面 の安 定陸 が逆 転 する こ と が 発 見 さ れ 、 い か な る 機 構 が 働 い て い る か 理 論 的 に も 興 味 が 持 た れ て き た 。 著 者は 、系 のハ ミル トニ アン としてSOS(Solid・on・Solid)模型と微視 的素過程を与え、
非平 衡統 計力 学の 手法 であ る経 路確 率法 を用 い結 晶表 面 の発展方程式を 導き、それを数値 的に 積分 する こと によ り微 斜面 の時 間発 展を 与え た。 そ の際、ドメイン 反転を引き起こす 素過 程と して 、(l)Si(001)再構 成表 面上 の原 子移 動の 異 方性 、(2)電 流に よる 表面 原 子の 輸送 効果 、(3)ス テッ プか ら の原 子放 出の 非対 称性 を表 すシ ュワーブル効果、および、(4) 拡散 原子 の蒸 発効 果を 取り 入れ た。 これ らに 加え て、 実 験的 に観 察さ れる2種 類の ス テッ プの 安定 性の 違い も同 時に 再現 する ため 、(5)ステ ップ を構 成す るダ イマ ー間 の異 方 性相 互 作 用 を 導 入 し た 。 相 互 作用 の異 方性 を扱 うた めに は最 も簡 単な 近似 とし て知 ら れる 分 子場 近似 では 間に 合わ ず、 原子 相関 を正 しく 取り 扱う こ とのできる対近 似で発展方程式を 導い た。 その 発展 方程 式の 数値 積分 の結 果、 ドメ イン 反 転現象およびス テップの安定性の 違い を再 現す るこ とが 出来 た。 電流 がス テッ プ・ アッ プ 方向に流れると きは、ダイマー間
相互作用と原子移動の異力陸によりlx2テラスが不安定化して後退すること、一方、ス テップ・ダウン方向に電流が流れるときは、本質的に原子移動の異方性が効いて2xlテ ラスが後退すること、さらに、後退スピードの違いが生ずるのはシュワーブル効果が重要 であるあることを明らかにした。このように、対近似の取り扱いにより、各素過程がどの 現象にどのように働いているかを原子レベルで明確にした。著者は、経路確率法による 解析的手法の信頼性を見るために、並行して、同一パラメーターでモンテカルロ・シミュ レーションを行ったが、定量的にもほば同一の結果を得た。
これは要するに、著者は、熱電流下においてSi(001)微斜面で見られるドメイン反転現 象にっいて非平衡統計力学の立場から原子レベルの新知見を得たものであり、結晶成長の 解析的理論ヘ貢献するところ大なるものがある。
よって著者は、北海道大学博士(理学)の学位を授与される資格があるものと認める。