博 士 ( 理 学 ) 齊 藤 康 弘
学 位 論 文 題 名
ムを licobacter pylori CagA による
上 皮 細 胞 極 性 破 壊 と 細 胞 癌 化 に 関 する 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
Helicobacter pylori (H. pylori)はヒト胃粘膜上皮に感染する微好気性グラム陰性のらせ ん状短桿菌であり、胃癌をはじめとする胃粘膜病変の発症に深く関わっている。H. pylori はcagA遺伝子を 持つ株 と持たな い株に 大別され 、cagA陽性H. pylori株 はcagA陰性H. pylori株よりも強い病原性を有する。cagA陽性H. pyloriは菌体内においてCagAタンパク 質を 産生し 、産生 されたCagAは 注射器 様のIV型分 泌機構 を介して ヒト胃 上皮細胞 に侵 入す る。胃 上皮細 胞に侵入 したCagAはSrcファ ミリー キナーゼ ならびにAblキ ナーゼに よルリン酸化される。
CagAは分子量120〜130 kDaのタンパク質であり、C末端側にグルタミン酸―プロリンー イソロイシン‐チロシンーアラニンからなるEPIYAモチーフを複数個持ち、このモチーフ内 のチ ロシン がりン 酸化され る。さら に、CagAのC末端 部位に はEPIYAモ チーフ 近傍のア ミノ 酸 配 列の 違 い から 、A、B、C、Dの4つ のEPIYAフ ラ グメ ントが同 定され る。CagA には地域的な分子多型が存在し、胃癌の発症率が比較的低い欧米諸国より単離されるけ.
pylori株 ではEPIYAフラグ メント ―ABCか ら構成さ れるCagAを 保有す るのに対 し、胃癌 の発症率 が極め て高い東 アジア諸 国より単離されるH. pylori株ではEPIYAフラグメント
‑ABDから構成されるCagAを有する。
CagAは胃上 皮細胞内 に侵入後 、様々な細胞内タンパク質と相互作用することにより細 胞内シグ ナル伝 達を撹乱 ・脱制御 する。当研究室では、CagAが多様な体細胞に広く発現 している 癌タン パク質SHP‑2と結 合するこ とにより 、その 機能を脱制御し、Ras/MAPK経 路を異常 に活性 化するこ とを明ら かにしている。また、CagAは細胞極性制御因子である PARl/MARKと 相 互 作用 し 、PAR1のキナ ーゼ活性 を抑制 すること により 、胃上皮 細胞の タイトジャンクションや上皮細胞極性(頂端側―基底側極性)を破壊することを明らかに した。
上皮細胞極性は発癌を抑制する働きを持っことが示唆されている。さらに、上皮細胞の 癌化には 上皮細 胞極性の 破壊が常 に伴うことから、CagAによる上皮細胞極性の破壊が胃 上皮細胞の癌化における多段階的発癌分子機構の一端を担っていることが推察される。そ こで、本 研究で は、CagAによ る上皮 極性破壊が細胞の癌化、特に、細胞増殖シグナルに 対しどのような役割を果たすかを検討した。なお、本論文中で 極性化 とは 頂端側―
基底側極性 を形成することを意味し、この頂端側ー基底側極性を形成していない状態を
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非極性化 と表記している。
第1章では 、上皮細 胞極性を形成していない(非極性化)上皮細胞においてCagAがErk シグナルに依存してサイクリン依存性キナーゼ(CDK)阻害分子であるp21Waf1′apl(以下 p21)の蓄積を引き起こし、早期細胞老化を誘導することを示す。ヒト胃上皮由来細胞株 MKN28細胞 を 用 いてCagAを 誘 導 発現 す る 細胞 株WT‑A10細 胞 株 を樹 立 し 、CagA発現 が Erkシ グナル を異常に 亢進し すること 、さらに 、このErkシグナルに依存してp21が細胞 内 に蓄 積 す るこ と を 見出し た。また 、CagAによ り誘導・ 蓄積し たp21は 細胞周 期をGl 期 に 停 止 さ せ る と と も に 、 早 期 細 胞 老 化 を 誘 導 す る こ と を 明 ら か に し た 。 第2章では、生体内の胃上皮細胞と同様な頂端側―基底側極性を形成している(極性化)
上皮細 胞にお いて、CagAが 細胞増 殖を亢進 するこ とを示す 。極性 化上皮細 胞ではCagA がErk依存的 に細胞増 殖を亢 進するこ と、なら ぴに極 性化上皮 細胞で はCagAはp21を誘 導しな ぃこと を見出し た。また、Erk依存的p21の蓄積は上皮細胞極性によって制御され ていることを示した。
第3章 では 、 極 性化 上 皮 細 胞に お い てCagAは 低分 子量Gタンパ ク質であ るRhoAを活 性化し 、Erk依存的p21誘導 を抑制していることを示す。非極性化上皮細胞に発現させた CagAはRhoAを活 性 化 し なか っ た のに 対 し 、極 性 化上皮細 胞ではCagAがRhoAを活 性化 することを明らかにした。
第4章 では 、 極 性化 上 皮 細 胞に お い てCagAに よ るRhoA活性 化 の 責任 分 子 がRhoA特 異的GDP/GTP交換因子(GEF)のGEF―H1であることを示す。極性化上皮細胞ではGEF‐H1 はタイトジャンクションに集積し、そこで、GEF活性抑制因子であるcingulinと複合体を 形成し 、不活 性化され ている 。極性化 上皮細胞 に発現したCagAはGEF―H1をcingulinか ら解離させ、GEF‐H1を活性化していることを見出した。上皮細胞極性を強制的に破壊す ることによってもGEF‐H1/cingulin複合体の解離が引き起こされることから、CagAは上皮 細 胞極 性 破 壊を 通 じ てGEF‐H1を活性 化する ことが示 唆され た。さら に、CagAはPAR1 を介し てGEFーH1と複合 体を形成し、上皮細胞極性依存的にGEF‐Hlを持続的に活性化し ていることを明らかにした。
第5章 では 、CagAに よ るRhoA活 性 化 を介 し たp21蓄積 の抑制 分子機構 を示す 。RhoA は その 下 流 に位 置 す るRhoキ ナー ゼROCKを 介し てc−Mycを活性 化し、p21の翻 訳抑制 を担うmicroRNA(miR−17およびmiR−20a)の発現を上昇させることを見出した。miR―17 およびmiR‐20aのmicroRNAが上皮細 胞極性 依存的なp21制御に重要な役割を担うことを 明らかにした。
以上、 本研究 では上皮 細胞極性に焦点をあて、CagAによる細胞癌化の分子機構の一端 を解明した。早期細胞老化は異常な細胞増殖を抑制し、生体内においても観察される癌抑 制機構 である が、CagAは早 期細胞老化を回避するため、上皮細胞極性を巧みに利用し細 胞増殖 を亢進 させるこ とが明らかとなった。したがって、CagAによる上皮細胞極性の破 壊は胃上皮細胞の癌化に重要な役割を担うと考えられる。
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学位論文審査の要旨 主査 教授 坂口和靖 副査 教授 村上洋太 副査 教授 高岡晃教 副査 教授 石森浩一郎
副査 教授 畠山昌則(東京大学大学院 医学系研究科)
学 位 論 文 題 名
Helicobacter pylori CagA による
上皮細胞極性破壊と細胞癌化に関する研究
Helicobacter pylori(″.pylori)はヒト胃粘膜上皮に感染する微好気性グラム陰性のらせん状短桿 菌であり、胃癌をはじめとする胃粘膜病変の発症に深く関わっている。″.グめガはcag4遺伝子を 持 っ株と持たない株に大別され、c嚠陽性″.剛めH株はc嚠陰性″.ガめガ株よりも強い病原性 を 有する。c嚠陽 性″. 刪め灯は 菌体内 においてCagAタンパ ク質を産生し、産生されたCagAは lV型 分泌機構 を介し てヒト胃 上皮細胞 に侵入 する。侵 入したCagAはSrcファミリーキナーゼな どによってチロシンリン酸化される。
CagAはチロシンリン酸化依存的もしくは非依存的に細胞内タンパク質と相互作用し、細胞内シ グ ナル伝達 を撹乱・ 脱制御 する。CagAはりン酸化依存的に癌タンパク質SHP‐2と結合し、その 機 能的脱制御によりErkを異常に活性化する。また、CagAはりン酸化非依存的にセリン・スレオ ニンキナーゼであるP.AR1と結合し、PAR1のキナーゼ活性を抑制し、胃上皮細胞の上皮細胞極性
(頂端側−基底側極性)を破壊する。
上皮細胞極性と細胞増殖は密接に関わっていることが示唆されている。よって、CagAによる上 皮細胞極性の破壊が胃上皮細胞の癌化における多段階的発癌分子機構の一端を担っていることが 推察された。本論文は、CagAによる上皮極性破壊が細胞の癌化、特に、細胞増殖に対する影響を 検討したものである。
第1章 で は 、通 常 の 培養細胞 におけ るCagA発現がErkを 活性化し 、このErk活性 化に依 存し て、サイクリン依存性キナーゼ阻害分子であるp21w1′CipI(以下p21)の蓄積を引き起こし、早期 細胞老化を誘導することを示した。
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第2章では、生体内の胃上皮細胞と同様な頂端側・基底側極性を形成している(極性化)上皮細 胞におい てCagAを発 現させる と、p21を蓄積することなく、Erk依存的に細胞分裂を亢進するこ とを示し た。ま た、Erk依存的 なp21の蓄積は上皮細胞極性によって制御されていることを見出 した。
第3章で は 、 極性 化上皮 細胞に発 現させ たCagAが低分 子量Gタンパ ク質であ るR̲hoAを活性 化し、極性依存的にp21蓄積を抑制していることを示した。
第4章で は 、CagAによ る 極 性 依存 的 なRhoAの活 性 化 の責 任 分 子がRhoA特異 的GDP/GTP交 換因子(GEF) であるGEF‐H1で あること を示し た。極性 化上皮細胞ではGEF―H1はタイトジャ ンクションに集積し、そこで、GEF活性抑制因子であるcingulinと複合体を形成し、不活性化さ れている。極性化上皮細胞に発現させたCagAは上皮細胞極性破壊により、GEF−H1をcingulinか ら解離さ せ、GEF−H1を活 性化していることを見出した。さらに、CagAはPAR1を介してGEF−H1 と複合体を形成し、上皮細胞極性依存的にGEF―H1を持続的に活性化していることを明らかにし た。
第5章 では、CagAによるRhoA活性化を 介したp21蓄積 の抑制分 子機構 を示した 。活性化RhoA はRhoキナ ー ゼROCKを 介してc‐Mycを活性 化し、p21の翻 訳抑制を 担うmicroRNA(miR―17お よびmiR―20a)の発現 を上昇 させることを見出した。これらのmicroRNAが上皮細胞極性依存的 をp21制御に重要な役割を担うことを明らかにした。
早期細胞老化は異常な細胞増殖を抑制する生体内においても観察される癌抑制機構であるが、
CagAはこの早期細胞老化を回避するため、上皮細胞極性を巧みに利用し、細胞分裂を亢進させる ことが示唆された。したがって、CagAによる上皮細胞極性の破壊は胃上皮細胞の癌化に重要な役 割を担うことが考えられる。
これを要するに、著者は、本論文にて上皮細胞極性と細胞増殖を繋ぐ一連のシグナル伝達系を 初めて明 らかに しており 、癌タンパク質CagAがこの新たなシグナル伝達系を利用し、胃上皮細 胞の細胞 分裂を 亢進する ことを 明らかに した。こ の成果 は権威ある国際学術雑誌TheJouma10f ExperimentalMedicineに報告しており、〃.刪め灯CagAによる胃癌発症機序の解明に貢献するのみ ならず、上皮細胞極性と細胞増殖を繋ぐ新たなシグナル伝達系は上皮細胞極性を有する全ての上 皮細胞の癌化の解明に貢献するところ大なるものがある。
よ っ て 著 者 は 、北 海 道 大学 博 士 (理 学 ) の学 位 を 授 与さ れ る 資格 あ る もの と 認 める 。
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