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続々、文字の修辞学 : 『野ざらし紀行』における 「マーク・アップ」の形成

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(1)

続々、文字の修辞学 : 『野ざらし紀行』における

「マーク・アップ」の形成

著者 濱 森太郎

雑誌名 三重大学日本語学文学

巻 9

ページ 37‑58

発行年 1998‑06‑28

URL http://hdl.handle.net/10076/6531

(2)

続々、文字の修辞学 ‑『野ざらし紀行』における「マーク・アップ」の形成‑

森太郎

本稿は以下の二編の論考に続いて『野ざらし紀行画巻』における文字の修辞的利用について考察するものである。

①「文字の修辞学‑『野ざらし紀行画巻』推敲の一側面‑」 (『三重大学日本語単文学』4号)

②「泊船本『野ざらし紀行』の表記特性‑」 (『国文学藍一四一号)

はじめに

書写を通じて伝来する事物では、書写と伝来とが書物の履歴

と見なされる。そしてその履歴が書物の価値を左右する。履歴

の確かなものは貴重書と呼ばれるが、その貴重書の制作には、

能筆家の美意識と技量とが不可欠だった。もし書物の製造を業

とする書韓の工房に能書家と愛蔵家とが揃えば、市販本の制作

過程でさえ料紙・装丁・文字使い等、所蔵者の噂好に適う制作

行為が可能だった。そしてその工芸的な制作過程の中に、「推

敲」と呼ばれる「意味」の調整作業が組み込まれていた。この ため「推撃は字句の修正であると共に、ビジュアルな注意を

要する工芸的なレ√アウトの一部となっていた。

前稿②に指摘した強引な訓漢字の仮名書き、送り仮名の追加、

類義語・活用語尾の仮名による書き分け、仮名字臆の整理統合、

華やかな仮名字母を用いた文脈要所のマーク・アップもまた、 このビジュアルな注意を要する広範なレイアウト作業の一例だ と考える必要がある。そうすることで、いわゆる「推敲」の実 態をより精細に考察することができるからである。

この新規の修辞法の形成過程は未だ未知の領域の事柄に属す

るが、そもそも「推敲過程」を分析するとは、テキスト制作の

実状に即して文脈の形成過程を分析することであって、当然、

メディアや読者の相違まで考慮した多様な文脈の含意を摘出す

ることを意味する。この阻点から『野ざらし紀行』の推敲過程

を考察しなければ、それはテキスト制作の実情に即して推敲過

程を考察したことにはならない。

しかしその修辞法は『野ざらし紀行』の制作過程の中で、い

かに自覚され、いかなる階梯を経て形成されたものか。

37

(3)

推蔽の諸相

いわゆる「推敲過程」を重視する弥書菅一氏は『野ざらし紀

行』諸本の系統序列を推定する辛がかりを次の八点に求めてい

る。

表一八つの推蔽過程

①「道のべの木橿」 の句の前書の相違

O

「眼前」

「馬上吟」

②「伊勢参拝」 の詞書の異同

O「腰間に寸鉄云々」が発句の後

●「腰間に寸鉄云々」が発句の前

③「大和竹の内」 の前書の相違

O「竹の内と云所にいたる。此鹿ハ」

●「竹の内と云虞ハ」)

④「大和竹の内」の詞書の有無

O「薮よりおくに家有」‑有り

●「薮よりおくに家有」‑無し

⑤「春なれや」の句の中の「朝霞」 「薄霞」の相違

O「朝霞」

●「薄霞」

⑥「つつじいけて」 「菜畠に」 の句の有無 O「つつじいけて」 「菜畠に」 の句‑有り

●「つつじいけて」 「粟島に」 の句‑無し ⑦「梅恋て」の句の前書の相違

O「其角が方へ」

●「其角が許へ」

⑧「行駒の」 の句の前書の相違

O「甲斐の国山家」

●「甲斐の・山中」

弥書氏が上げたこれら八点の異同箇所を目安に、諸本の異同

を図表化すると、次のようになる。

表二

主要異同昔所の対照表

(○、●は「表ごの記号に同じ)

⑧⑦(診⑤④③②①

箇異所同

0 0 0 0 0 0 0 本天

0 0 0 0 0 0 0 0 本拍 .船 0 0 0 0 0 0 ● ○ 本孤

●● ● ● ● ● 本画

● ● ● ● ● ● ● ●

画清

巻書

(4)

※①〜⑧は、・「表一」の異同箇所を示す記号。

すなわちこの表に見るように同『紀行』の主要な異同箇所は、

「天理本・泊船木・孤屋本」と「画巻本・濁子清書画巻」

(以

下「清書画巻」と略す)とに二分される。前者の三木は書物で

あり、後者の二本は画巻である。また前者の三木は文字メディ

アであり、後者の二本は画像メディアの性格を包含する。

次に「孤農本」は大部分「泊船本」とl致するが、僅かに②

「伊勢参宮」のl節だけが「画巻本」と一敦する。弥吉菅一氏

が「孤屋本」を「泊船本」と「画巻本」との中間に位置づける

理由の一つは、この伊勢の粂の詞章の異同にある。しかもこの

種の異同がわずか一例である上に、同系の別本が他に見付から

ぬため、これを独立した推敲過程の一段階とは見なしがたいの

である。

「画巻本」のミセケチ・誤字・脱字

ところで、書物と美術品、愛蔵版と普及版、版本と画巻本と、

様々なメディアの性格に裏打ちされた表現の中から各テキスト

の個性を浮かび上がらせるには、表現・表記の詳細な比較考量

が欠かせない。そこで試みに、「孤屋本」と「画巻本」との異

同箇所を摘出し、その異同箇所を「天理本」及び「泊船木」と

比較考察したことは先に述べた。そうすることで「孤屋本」と

「画巻本」とを詳細に比較することができ、さらに「孤星本」

と「天理本」、「孤屋本」と「泊船木」との近似性を確認する ことも出来るからである。

さて、その調査結果をこの場に必要なかたちで要約すると、

次のようになる。

m二画巻本」は「孤屋本」よ

り約二〇ポイント「天理本

(第一稿)に近い。また

「孤農本」は「画巻本」よ

り約二九ポイント「泊船木

に近い。

次に「泊船本」と「画巻本」

との異同箇所を摘出し、同じ

要領でその異同箇所を「天理

本」

「孤屋本」と比較した結

果を簡略に表示すると次のよ

うになる。

②「画巻本」は「泊船本」と

同程度に「天理本」 (第l

稿)に近い。加えて、「泊

39

船本」は「画巻本」 より約二三ポイント「孤農本」に近い。

そこで、この二つの結果を単純化して図示すれば、右のよう

になる。

したがって、集一稿「天理本」、第二稿「泊船本」、第三稿

「孤屋本」、第四稿「画巻本」、第玉稿「清書画巻」と一系列

(5)

に序列化されてきた『野ざらし紀行』諸本の系統序列には、再

考の余地があることになる。

「画巻本」 の文字遣いの入念な集約ぶりと、その入念さが生

み出した表記面の充実については、すでに前稿①で詳述した。

「天理本」 「画巻本」 の間には、二〇種類の仮名字母の交替が

あり、そのうち、十三種が「画巻本」 で新規に集中利用される

仮名字母である。またその二〇粗のうちの十種で、複数の仮名

字母が一種の仮名字母に統合されている。しかもその二〇種の

うち十四種は、→両用層」 の仮名(筆者の判断により、併用、

集中利用の両様に用いられる仮名) であり、また残る六文字は、

「併用層」 の仮名(複数字母の共用が習慣化している仮名)

ある。これは推敲に伴う仮名字母の整理統合が並の筆者の規範

意織の作用しにくい領域にまで及んだことを意味する。

またその「画巻本」・の用字法の仕組みは、次のように要約さ

れる。

一、「画巻本」で進行したシンプルな仮名文字使いの上に、

文脈の要所(助動詞、助詞)をマーク・アップする用字

法が成立する。

二、一行単位の文字遭いには、帯頭・語尾を強調表示する文

節単位の装飾意織が働く。

三、同字反復を避けるために、助詞・助動詞には複数表記を

併用する用字意識が働く。

四、行末には、文意を締めくくる修辞的なレイアウト意識が 働く。

五、そのレイアウト意識の結果、行末に位置する助詞・助動

詞が好んで強調表示される。

さらに 「画巻本

Å‑抒1も・紘与良穣ユ≠ぎ

・.!え雲上怠りをよ、ヱ坤1

匝)・・.チへb礼1.{よ1ノふくー負貪あ

諭TA7宵月.tHムヰ豊吉、‥〃

ヶ新一力漕ノカ11朝子て‥や

Q)旅立ちの集

†へ

一夕のつ・r・・‑♪し

一丁

吟女り甲

②地蔵濱のIl望

細心り軋も

呈丁彗巧 妙j9

晦もー. †カtl

③琵琶湖の牡望

に見る送り仮名

の追加や訓漢字の

仮名書きは、読み

やすさの内実、す

なわち、意味の正

確な把握や文字の

瞬読性を考慮した

結果である。また

その考慮の中には

「琵琶湖の眺望」

「地蔵濱の眺望」

のように、主人公

の述懐部に、詠嘆

する主人公の気息

を表出する意図ま

で含まれた表記も

ある。この表記の

推移によって、『

野ざらし紀行画巻

(6)

、ミ.・lえ

ヅん伯皐乳

ヰび

官̀‰・

▲J

嘉ノ覆やふりー‥‑‑・

扮」、く嶺ノ毒

▲え苫

喜一一一

可里・2 つ1ゞ‑乙」

』第一部(江戸〜

故郷) に始まる堅

苦しい述懐が次第

に和み、第三部以

下(桑名〜江戸)

では文字面にも弾

んだ気分が演出さ

れるのである。同

『紀行』において

系統序列を主張す

るこれまでの通説

は、これら表記に

関わる微細な配慮

を見落としている。

さて、仮名文字を多用する「天理本」と漢字を多用する「画

巻本」との間には、漢字二〇八字、仮垂二七九字の差異がある

(ただし、おどり字は除外した)。しかし、両書の推敲によっ

て新規に追加された表現は一〇〇字未満で、他の大部分は漢字 ・仮名の書換えである。この事換えの結果、まず「画巻本」第

一部(江戸〜故郷)にやや難解な漢字表記が集中し、それが第

二部(竹ノ内〜大垣)、第三部(桑名〜江戸)と進むに連れて

数を減じている。このため「画巻本」第一都と第三部との間に

は、漢字・仮名の書き換えの点で若干の姐靡が見られた。 『野ざらし紀行』諸本にあっては、異同箇所の約六〇%がこ

れら漢字・仮名の書き換えである。推敲過程の中でこの種の書

き換えが大多数を占める事実は、漢字・仮名の書換えが『紀行

』の推敲の主要な関心事だったことを示唆している。仮名を多

用した「天理本」は、書物より美術的メディアというべく、黙

読よりは親賞に適する。当然、同書の所有者「鯉屋杉風」

の読

書形態や識字量、趣味や嘩好が勘案されていただろう。また逆

に、漢字を多用した「画巻本」は音読よりは黙読に適し、意味

の正確な伝達に優れている。ここには、「画巻本」 の所有者に

想定される何其の豊富な趣味や読書経験が勘案されていただろ

う(注1)。

これら表記上の大部分を占める文字使いの異同箇所を無視し

て、諸本の推敲過程を云々してはならない。もしそれをすれば、

推敲の大勢に目を閉じて推赦過程を考察することになるからで

ある。

すでに見たとおり、「画巻本」には、七箇所の 「ミセケチ」

がある。この七箇所の「ミセケチ」を私見に従って、一①天理本、

②画巻本、③濁子清書画巻、⑥泊船木の順に対校すると、次の

ようになる(注2)。

U

伊勢参宮の.条

○(天

本)外宮に詣侍りける。

ー41‑

(7)

●(画

本)外宮に詣侍りけりけるに

●(濁子清書画巻)外宮に詣侍りけるに

●(泊

本)外宮に詣侍りけるに とに山深く

竹の内の条

○(天

本)

●(画

本)

■(濁子清書画巻)

○(泊

本)

葛城の下の郡竹の内と云処にいたる此

処ハ彼ちりか旧里なれは

葛下の郡竹の内と云処に彼ちりか旧里

なれは

葛下わ郡竹の内と云処は彼ちりか旧里

なれは

葛下の郡竹の内と云所にいたる此処は

れいのちりか旧里なれは

書野の粂

蕉翁全伝

○(天

本)

●(画

本) 独善野〜ヲクニタトリテ 誠二山深ク 独よし野のおくにたとり けるにまこ

とに山ふかく

独よし野〜おくにたとりてけるにまこ

とに山ふかく

熱田神宮の粂

○(天

本)

●(画

本)

●(濁子清書画巻)

●(泊

木)

大津の条

○(天

本)

(画

本)

●(濁子清書画巻)

○(泊

木)

尾張の条

●(天

本)

●(画

本)

●(満子清書画巻)

●(泊

本)

かしこに石をすゑて其神となのる

愛に石をすゑて其神と名のる

愛に石をすえて其神と名のる

愛に石をすえて其神と名のる

大津にいつる道やまちを越て

大津に出る道山路をこへて

大津に出る道山路をこえて

大津に出る道山路を越て

42

伊豆の国蛭か小嶋の一桑門

伊豆の国蛭か小嶋の僧桑門

伊豆の国蛭か小嶋の

桑門

伊豆の国蛭か小幕の

桑門

●(濁子清書画巻)独よし野〜おくにたとり けるにまこ

とに山ふかく

●(泊

木)独よし野のおくにたとり けるにまこ

尾張の粂

○(天

本)是も 去年の秋より行脚して我跡をし

たひ

(8)

●(画

本)

これも去年の秋より行脚してけるに我

か名を聞て

●(濁子清書画巻) これも去年の秋より行脚し けるに我

か名を聞て

●(泊

本)

これも去年の秋より行脚し けるに我

名をきゝて

この異同箇所を先と同じく記号で表示すると、次のようにな

る。

表三‑ミセケチの比故表

の任い知略=軍呟(1)

所同箇異

○ ● 0 0 0 0 0 本天

○ ● ○ ● 本泊

● ● ● ● 本画

● ● ● ● 画滑 巻事

な異同は「天理本」 の上にあり、「泊船木」は「画巻本」に近 似している。ちなみに冷の各異同箇所をみると、「天理本」

と「泊船木」とが近似して見えるが、これを根拠に弥吉氏のよ

うに「天理本」 「泊船木」 「画巻本」の系統序列を想定するこ

とはできにくい。なぜなら、②の異同箇所「に1ハ」は、①天

理本の「云奥にいたる。此処ハ」を切り縮めようとして元の語

句に引かれたもの。㈲の異同箇所は、「道や、まち」と誤読さ

れることを恐れて「道山路」と改め、次にこれに付随して生じ

た訓漢字の連続を避けるべく、「越てJを「こ.へて」と仮名書

きにする時に生じた誤字である。いずれも初発的な推敲の痕跡

であるとは言えても、これが「泊船木」から派生した字句であ

るとは云えないからである。

次に、「画巻本」 の六つの誤字・脱字を取り上げると、この

事態はもう少し明瞭に見えてくる。

43

m

富士川の条

(天

本) (画

本)

(濁子清書画巻)

(泊

本)

汝か性のつたなき

汝か性のつたなき

汝か性のつたなき

汝か性のつたなき をなけ (を)

なけ

(を)

なけ

をなけ

※U〜mは、異同箇所を示す記号。 一見して分かるとおり、これら諸本のうち表琴・表記の顕著

伊勢参宮の条

(天

本)もと〜りなきものはふとのそくにたくへて

(9)

(画

本)

(

)浮屠の属にたくへて

(濁子清書画巻)髪なきものは浮屠の属にたくへて

(泊

本)裳なきものは浮屠の属にたくへて

伊賀上野の粂

(天

本) (画

本)

(濁子清書画巻)

(泊

本)

当麻寺の粂

(天

本) (画

本)

(濁子清書画巻)

(泊

本)

熱田神宮の粂

(天

本) (画

本)

(濁子清書画巻)

(泊・船

本)

賀しろく属しはよりて

讐白く 眉雛寄て

撃白く 眉坂寄て

撃白く 眉穀寄て

非情といへ共 仏縁にひかれて

かれ非常といへとも仏縁にひかれて

かれ非常といへとも仏縁にひかれて

かれ非情といへとも仏縁にひかれて

あつたに詣つ

熱田に

熱田に

熱田に

詣ツ

甲斐の山家の粂

(天

本)かひの国山家に立よる

(画

本)甲斐の・山中に立よりて

(濁子清書画巻)甲斐の国山中に立寄て

(泊

木)

甲斐の国山家にたちよりて

(

)内は隼者の補筆。

∽は「画巻本」 「清書画巻」の脱字「を」を「泊船木」で補

ったもの。②は「画巻本」で省いた(または書き落とした)

もとゝりなきものは」を復活することで、参拝禁止の応酬時に、

神官が実際に吐いたことばを捷示し、その理不尽に近い押し間.

答の緊迫ぶりを再現したもの。諾は「雛」

「非常」 「熟」

とある誤字を「泊船本」で訂正したもの。㈲は「かひの国山家

」と書くことで、この度の山中滞在が前年冬の「山家に年を越

て」に符合する「行脚」途中の休息行為であることを示唆する

もの。一度は「甲斐の山中」と書いたものの、甲斐の 「山中に

立より」では立ち寄り先が唆味な上に、文中、一先に「います 山中∵(地名)があるため、その影響で地名の「甲斐の山中」

と誤読される恐れが残る。現に「濁子清書画巻」では「国」が

加わり、「甲斐の国、山中」と読まれた可能性が高い。加えて、

この「甲斐の国、山中」では場所指定がいっそう不自然な上に、

「甲斐の山中」との混同も解消できない。そこで更に「泊船本

」の語句のように浪岡の余地のない「甲斐の国山家」に修正し たものとみえる。したがって、これら「画巻本」の誤李・由宇、

(10)

語句の修正からは」かえって「泊船木」優位の推敲過程が垣間 みえるとも音える。とすると、これらもまた「天理本」 「泊船

本」

の表現から「画巻本」 の文言が案出される証拠とは言いが

たい。

四「天理本」行頭・行末の仮名文字使い

改めて言うが、私は弥吉菅l氏のように一系列の系統序列を

主張する着ではない。またその主張の前提をなす一系列の

「推

敲過程」を想定する看でもない。同『紀行』諸本に.「メディア

「読者」 「表現レベル」 の相違があるように、表現・表記に

もそれぞれ別種の意図がある。華やかな幸美を演出する巻子本

(天理本) は、江戸のパトロンたる鯉屋杉風の賞翫を意図して

書かれたもの (注3)、シンプルな仮名字母を選び、筆跡の派

手さを押さえた「画巻本」は、「濁子清書画巻」 の下書きとし

て用意され、原本は弟子の河合曽良に贈られたもの註4)。

清書本の「満子清書画巻」は、大垣の豪商、谷木因に贈るべく

清書されたとする説もある(注5)。

加えてその 「満子清書画巻」 の政文には、この一巻の執筆動

機を説き明かす「此一巻は必記行の式にもあらず。たゞ山橋野

店の風景一念一動をしるすのみ。麦に中川氏濁子丹青をして其

形容を補しむ。」という、芭蕉自筆の添え書きがある。とする

とこの『紀行』の文芸上の狙いは、当然「山橋野店の風景一念

l動をしるす」 ことにあり、その「山積野店の風景一念一動」 を形容するために、中川濁子に『画巻』の清音が依頼されたこ とになる。

では何をいか綴れば、語り手の「一念一動」を音声音詩並に

言説化することが可能なのか。『野ざらし紀行』の表現・表記

に関わるこの新規の疑問が、本来なら『野ざらし紀行』推敲論

の出発でなければならなかった。なぜならその「一念l動」を

表現する技術の蓄積こそ、私が「文字の修辞学」と呼ぶ芭蕉の

創意工夫の拠点だからである。

ところで小松英雄薯『いろはうた』 (一九八四、中央公論

刊)によると、藤原定家は、①同l語に同一仮名を宛てる、②

発音その他によって異体の仮名文字使いを使い分けるという(

注6)。またこの②異体の仮名文字使いについて、福島直恭氏

〓九九こは、①同じ語が並ぶ場合、仮名字母を使い分ける、

②常用する字体と違った字体を用いて、発音・意味等の違いを

区別するという(注7)。

また藤原俊成には、①語頭主用、語尾主用の仮名があり、単

語(または文節)を明示する、②「ハ」 「乃」 のような助詞専

用の仮名がある、③「無標・有標」の機能を担って使い分けら

れる一対の仮名がある、④特定の異体仮名によって頻出語の表

記が固定される、⑤「に」 「乃」 のように、句末に偏って用い

られる仮名があるという(注8)。これら院政・鎌倉期に始ま

る用字意識の特徴が読者の読みやすさを意図した表記法の原型

であることは動かないが(注9)、それはあくまで「原型」で

ー45‑

(11)

あって、芭蕉のそれと同一ではない。その伝統的な表記法に、

新規に芭蕉が追加したものを取り出すことが当面する私の課題

である。

さて、ふたたび松尾芭蕉の「マーク・アップ」 の手法に話摩

を戻そう。たとえ芭蕉が何を筆記するにしても、文字を綴る前

には綴るべき言説が必要である。もしそれが「一念一動」の記

述だとしても、この事情は変らない。「一念一動」を正確に伝

えるべく、芭蕉は文字を綴るからである。

ただしその過程で特定の文字列が適宜、装飾される理由は違

ったものになる。そこに仮に、同字反復を忌避する文字使いが

行われるとしても、そこには新規の理由が追加される。また仮

に文末(または文節末)で文意を締めくくるレイナウト意識が

働くとしても、それは行未を装飾しっつ、なお「切れ字」

にをは」等を強調表示する修辞性を含むものになる。 しかも立ち止まって考えてみれば、土の種の表記法にはかな

り根元的なアポリアがある。ここで使用される仮名字母は、大

方「併用字母(装飾字母)」だが、この種の装飾字母を頻繁に

繰り返すことは表示効果の減少を生み出す。この減少を避けよ うとすれば、装飾字母の使用回数を制限する必要があり、その

ために一行の中で表意性、装飾性を兼備する単語やポジション

が思案される。その思案の結果選ばれる単語が、先に見たとお

り文脈の要に当たる助詞・助動詞になり、またそのポジション

が行末に割り振られる。文意を締めくくるべき行末に、助詞・ 助動詞が好んで配置されるからである。しかもこの装飾的な文 字配置は、芭蕉が『清書画巻』の政文で云う「一念一動」を明 快に表示する。なぜならこれらの助詞・助動詞こそ、一文中で もっとも端的に書き手の 「一念一動」を表示する語句だからで

ある。 改めて亨えば、当面する芭蕉の表記法は「画巻本」 のシンプ

ルな文字使いを基礎にした表記法である。また芭蕉の表記法は

シンプルな文字使いが「地」、装飾字母が「模様」を構成する

ことで成り立つ表記法である。さらにそのシンプルな文字使い

によると、「て一天」 「にーホ」 「を一連」など、語形がシン

プルな助詞・助動詞の表記に自ずと、単一表記の規則性が生じ

る。加えてその規則的な表記が紙面に反復されることで、「天

‑助詞て」 「ホ一助詞に」 「遠‑助詞を」 「盤‑助詞は」とい

った一語の同定に似た視角作用が働くことになる。

ただし、これは汎用字母・装飾字母を規則的に使用すること

で生じる結果であって、当然「天理本」 のように行末の助詞・

助動詞の表記に「てー帝」 「にー耳」 「けり一連利」 「けむ一

連舞」など、適宜、装飾字母を配置すれば崩れてくる規則性で

ある。すなわちこれら.装飾的な文字遭いを頻用すると、それ自

身がベーシックな用字規則を破砕し、同字反復による一語の同

定作用を希薄化するためである。その上、一行単位で文意を締

めくくるべく編集されるテキストでは、行末には自然、装飾字

母で飾られた助詞・助動詞が好んで配置される。すると極端な

(12)

ケースでは、足元ばかりが装飾されたアンバランスなテキスト

が出現する。またその結果、紙面の末尾に装飾字母が密集して、

一行の左右に渡る同字反復を生む。加えて修辞的には、その種

の装飾表記は助詞・助動詞一般を指定することは出来ても、文

脈の「あや」を担う特定の助詞・助動詞を取り立てて表示する

ことは出来ない。では、それらの欠点を予防するには、何をど

う改めればよいのか。

そこで改めて芭蕉が 「併用仮名」 でマークした語句を集合す

ると、意外な事実を見ることが出来る。

まず最初は「天理本」から目立った仮名字母を抽出する意味

で、行頭・行末に限って使用率二〇%以下の仮名字母を拾って

みると (注10)、次のようになる。

表四「天理本」行頭の文字(使用率20%以下)

い・

替尾

語尾 語尾 一語 誇 芦善

一語

尾 尾 帯

たり

つねに いかに

だ る す

雲にかくれたり/

常に/莫逆の交深く

秋の風いかに/

ち1は/汝をにくむ

木因か家に/とまる

たとりけるに/

いもあらふをみる/

細出シ/けるに

守袋をほときて/

へたてたるそ/

風吟ス/

山の朝かすミ/

むつきのはしめ/

云達しける/

桐菓子か許に/有て

山家に立よる/

47

表五「天理本」行末の文字(使用率20%以下) この表四・五を理解するには幾分、予備知識が必要である。 「天理本」は全l六九行のうち、八八行の行頭が漢字、八一行 の行頭が仮名で、その仮名行のうちの五行が使用率二〇%以下 の装飾仮名である。その行頭の文字全体の掲載は煩瑠になるた め、表四には行頭仮名(使用率二〇%以下の併用字母) の五例

だけを掲げた。また表五に示した行末の文字の場合は、同様の

(13)

行数で同様の事例が十六例あることを意味する。

さてこの「天理本」の場合、行頭に位置する文字の約二分の

一は漢字であり、残る二分の一が仮名である。また行移りする

位置は、二語の中では「語頭」または「一語」であり、さらに …丁=÷三フン二〈… …丁ヱ妻了l二一・デーl

語頭に位置する文字の大部分が自立語である。これは「天理本 ≠使用率20%以下の仮名文字

」において、行移りする際に一語が分断されるケースが希なこ

と、また、行移りに先立って行末を、文末(または文節)で締

めくくるレイアウト意識が働くことを意味する(注11)。

だが同じ「天理本」でも、土れが行末になると事情が違って

いる。

行数で数えて一六九行の作品の中に、行末漢字は四八行、行

末仮名は、一ニー行。また使用率二〇%以下の装飾仮名は十六

行を数える。加えてそれらの大部分は、「語尾」または「〓静

」で始まっている(注ほ)。行頭に比べて行末の漢字が半減す

る理由は、行末に漢字化されにくい助詞・助動詞が増えるた秒

である。また行末に仮名が増えるのも同じ理由による。さらに

使用率二〇%以下の装飾仮名が行末で三倍近くに増える理由は、

増えた行未の仮名の一部が装飾字母で表示されるためである。

しかし「天理本」に現れたこの行頭・行末の用字の差異を

「画巻本」と比較すると、その用字が持つ装飾性・修辞性に目

立った相違が窺われる。

表六「画巻本」行頸の文字 表七「画巻本」行末の文字

耳 耳

流 舞 耳 春 帝 耳 越 春 耳 舞

語 位

語 爵 詩 尾 括 誇 爵 詩 語 話 語 誇 尾

に・す け ん

を ず

登E・

P口

花 山 風

発 茶 伊 鶏 道 無

l

家 吟 と を

き 句 店 弊 鳴

ス ゝ

あ 底 物

は を り は

■寄 け す 木 と

=;

姿

馬 む

(14)

な 耳 耳 耳 耳 耳 那

帯 語 詩 語 話 語 尾

花にかまはぬ姿かな

行脚しけるに

東に下らんとするに

山中に立よりて

庵に帰りて

はらすほとに

両者の差異の第一は、「画巻本」 では行頭・行末の文字使い

の差異が顕著に現れること、第二は「画巻本」では行末の装飾

表示の対象が主として助詞・助動詞に限られることである。ま

たその助詞・助動詞を比較するため、行末に目立って配置され

る助詞rて」を取り上げても、両者の相違は歴然としている。

て て て て て て て て て て

亭亭天亭天亭天草天天

尾語苛旨語苛旨語言露語牒旨語

築地ハたふれて

雪みにありきて

海辺に日くらして

山家にとしを越て

二月堂に篭りて

西岸専任口上人に逢て

やまちを越て

松は花よりおほろにて

去年の秋より行脚して

くハな本当寺にて

43 43 49 43

49

43

49

43

49

49

表九「画巻本」行末の「て」

‑49‑

表八

「天理本」行末の「て」 (使用率%)

て て て て て て て

天天 天 帝

詩語 話語語語語

月かすかに見えて

ふかき心を起して

守袋をほときて

暫くなきて

ある坊に一夜をかりて

みちのミわつかに有て

名有処1み残して

49 49 43 49 08 43 43

て て て て て て て て て 天 天 天 天 天 天

天帝

詩語.詩語詩語希薄語

ふかき心を起して

発句せよと云て

閑人の茅舎をとひて

しはらくなきて

大和の国に行脚して

仏縁にひかれて

ある坊に一夜をかりて

やまとより山城を経て

近江路に入て美洩に

(15)

て て て て て て て て て て て て て て て て

天天天天天天天天天天天天天天天天

■■■■■‑■‑ +‑

==二一 一‑ ‑‑=‑ご

+‑ ‑■‑・一 一一

J

語話語語語語語語語語語話語語詩語

‑‑

います山中を過て

心におもひて

浜のかたに出て

築地はたふれて

かしこに縄をはりて

雪見にありきて

海辺に日暮して

山家に年を越て

二月堂に篭りて

西岸専任口上人に逢て

山路をこえて

松は花より鹿にて

二十年を経て

此僧予に告ていはく

梅こひて卯花拝む

一山中に立よりて れに似た文字使いの粗雑さが現れている。

表十天理本」行頭の「に」 (使用率%)

三三洋汁∴‡二

表十一「天理本」行末の「に」 (使用率%) 右のように 「天理本」の「て」は一見華やかな文字遣いなが

ら、使用率(天49%・亭43%)のとおり文字使いに集中を欠き、

「亭」かならずしも珍しい仮名とは青いにくい。ところが対す

る「画巻本」の「て」の用字は、ほぼ「天」一種に統一されて

いる。

同じく「天理本」行末に配置される助詞「耳・丹」にも、こ

語語・語語語語語語語語語

喰物なけてとをるに

あまたゝひなりけるに

小夜の中山にいたりて

襟に一義をかけて

我僧にあらすといへ共

むかしにかハりて

言葉はなきに

竹の内と云処にいたる

たとりけるに

白雲峯にかさなり

木因か家にとまる

15 32 04 32 32 32 49 49 32 32 32

(16)

に に に に に に

丹丹ホ 耳丹丹

欝詩語語希薄

かしこに石をすゑて

故人にあふ

尋きたりけるに

桐葉子か許に有て吾妻

に下ンとするに

つかれをはらす程に

49 4915 32 49.49

「天理本」では助詞「に」が「耳32%・丹49%∴不15%・仁

4%」と分布するため、表十一のように行末にあって文節の締

めくくりを強調表示するはずの仮名字母「耳・丹」が効果的に

は機能しない。また行頭の主用字母「丹」、行末の主用字母「

耳・丹」という差異があるものの、その差異がl貫性を欠くた

め、文脈の要所をレイアウトする効果は期待薄である(注ほ)

なかんづく「大垣」の「木因か家にとまる」 (*印)以後、行

末の「に」の字体が「丹・ホ」と替わり、文字使いに一貫性を

欠くことが大きく作用している。この「大垣」以後の「に」

用字変化もまた、「天理本」 の徹底を欠く文字使いの一例であ

る。

もとよりこれらの窓意的な文字使いを抑制すると、ベーシッ

クな用字規則が強化され、同字反復による一語の同定作用は顕

著になる。加えて、助詞・助動詞一般の装飾表記を押さえるこ

とで、かえって肝心な助詞・助動詞をその他の助詞・助動詞と

区分することが出来る。そしてその点から見て、高い規則性を 備えた「画巻本」 の表記は、明らかに洗練されたものと亨える。

畢所をマークする表記の比較

ところで、「画巻本」 ではこの助詞・助動詞以外にも、用字

法に変化が見られる。文字データベースを用いて「天理本」・

「画巻本」からそれぞれ使用率二〇%以下の仮名を拾うと、そ

の変化が明らかになる。(ただし片仮名を除外する。以下同

じ。)

表十二天理本の使用率二〇%以下の仮名字母

山箱 出江

発声

る はる け り には こてむけ

類盤類辻梨ホ鱒

古帝舞達

ははけけたにiま

こてけけ

ノく り り りんん

心何何何みみ関 野杖無無をかかかななこ さ に何何ノ良し し

し寒雲ゆ

らすにに

しちちちににる しか入人 り り り かか日 り と と と と と く く ほ て云云

云云云れれ けけ

けけけたた むむ

る る る り り iまIまは

51

(17)

谷西

金伊

ー中′ト 川大 川富

行・

拝勢

山夜

るふにてはて ににに く る り ひか にはには はにはる く にににむけにに ににに

類布ホ帝盤帝ホホホ

九類梨飛加 ホ盤ホ盤類

盤仁盤類九仁ホホ舞達ホホ ホホホ

みふにてはて ににに と けなたか にはにはわ はにはたににいいけけにに ににつ

る‑も ぼり り びす

■り

かかんん

む.にに

いふ御く も僧侶手足

と あああ月 むみゑ大大

は汝■ちちちちいす命命比ほ は我常

も も燈れとにににを ほまままか

ちと井井

かて特待川 せにに あと処て 十休

くたたたす

けのにかか はに■はにににに子ままのり

をま莫

らに り てて八る

はへ指ハハ 汝く汝

そにと とはを

ふこ逆

ふなに宮なちちのほ 早ひひひに

馬の折わわ

をむをく く くや秋捨捨やゆ し と をかみにき り り た・と 行ななな見 にむンたた

うに●にままま汝の置畢瀬く

に有交 みれえ言旨も有有まに り り り え る る と あく れれれち風けけにに

預哉探 る有て1侍の

挽けけけて

日 日 むらむたたた ゝいむむか ゆこ

り は 夢るる る. IまIま しにる る る にか

ににに かかか

山今

庵西

LU書 寺当

田.

中須

一女

こ に むけにけて

草く

かたそにひはてはく り に る ひむけへに てIま り には 古仁

ホホ 舞達仁希帝 満九関大楚ホ飛盤帝盤九梨仁 類飛舞遺凋ホ 帝盤梨ホ盤 類

にに け・けにけて や‑とむとぞた しはてはちかに たひんべふま てはかなは

んんるん まく かう にば いさ り く わに

と しと さな る ご

く.し しる

し く‑ 野木 にににいい やとむいたさ柴酉磋お処白た

罪仏かか千ま

守宮むない のさ さ 因

たたた努ま まくかとにかひ上うほゝ雲と を放く

く と こ

袋菜かにま

ふむ らか り り り・のす を《したをしと人ちく に峯り まにすすせと をは

し家▲

.けけけ̲守中 のと にふへきののてはちにけ ぬひと と もに ほなに と 跡

をに むむむ武山 ほ雫■かとたたか草我詩いかる かかも もへ千 と きかもた ろカ千 かを り 落ハ してによのににさ さに れれ云云た き にハ

にま ,云過 けら たをふ庵 のく たてへへるせ

ま る おる

.けて るす るへみの 一か けけなも

そたち跡 むむら

に̀

(18)

山 甲 塵名 二京 糸 屋名

中斐

津 都 良 家

ゆる ににる り ま めむ はま り は 遊類

ホホ類梨滴免舞梨

盤満

楚東

皇盤梨

ゆた ににけよまはんき はや .の しヽぞと あはよ く・ち り り■

と め

ゆ山

桐し其道まむい尋

辛や た山 雪こめ・・

集ら角よこつさ 崎ま

か家

みかて 駒に 子けかり と き共た のち むに らた の立 し方其やのに 松を しき 麦よ 許にへ角夢は穂け は越 そ し り のよ に る には云かの し麦る 花て き.み り■

有ね達方心めく てはも

ても

しへ鞄

く け

表十三 画巻本の使用率二〇%以下の仮名字

山箱 出江

発声

ふする ををすむ

婦春流越

超越春舞

ふたけを ををすけ

竜正 ロP

かす がん

し け

常み何霧

却野杖無 にち其 て さ に何

其のちく 江らすに

逆た り れ しか入 のすと をを り と 交け云士 指心て云 ふと けを 故に かなるみ

くり】はぬ て日

寺当

茶蝶・

谷西

参伊

中小 川大 川音

店女

宮勢 山夜

ひむへを すたに■てにかにふく

けを

けすに けに たにれすを

飛舞遍越 具帝

春堂丹帝一耳加耳婦具計越 介春耳

介 耳

堂耳遠春越

ひん・べを し て

すたにてにかにふほかを

けすに けに たに しずを

かのく

さしぐ

仏かかと し 只

てて自発あ其西ふ陰襟伊

茶数馬 木道、 母捨あ波音

縁く は命 ふふき句る

日行かほに勢

の里上 種の に子すを士

にすすま ら有 ののき・せ茶の谷き の一に けいに はへ う にや し川

ひ典共.り 麹麺ぬよ店かの心く 嚢有 ふま鞭 馬の と欲 しのの

る、 か云云て にに出 と にへ麓を らをけ り たを に木 まのほく ほ・ れ・へへ足てけけを たた

し云立さに起

く かる 鶏た

く 撞 れ風れに

てみ き きけて寄 流し けを 鳴れ はlま、 たいんた

むむ休 三言 物物る あて なて れ馬

る■かとえを 行

すすに けに・ かに す行

(19)

山伊 屋名 神熱

鹿西

山音

中賀 宮田

けに たに ふなにれに にれ

l土れに

り るま こに・ むたへ ナむにふ

介耳 太丹

婦那耳連耳 耳遠 耳連耳 里流万古耳 支 舞太遍計舞耳輪

けに たに ふかにる にな にけに あけ と こに わんにふ

り て しな り り どこ う だけ

まろ

とつい

其行 生水 ふ花花昨京 二幸

山年■愛

雪心心し愛 耳い谷二唐心ま

角脚 しにに 日 に 月 な

家のに

見と.とのに をと を町土のこ かし る に みかかふの 堂れ に春草 ふ石 あたへ軒の底と

許け 桜て のままやlま にや 年け鞋 あままこを らふた わ鹿にに

へる

挑はは偽り

をれを り り り ゝす と て け山こ山

申に のぬぬをて 越はと きけけろえ ほ. むした入とたふ

雫姿姿盗

てるるのて るほいふか

せかかれ とは

よなな

帰江

着戸 斐

にに ふに 耳耳 外耳

にに ふに

つ庵 牡東

かに 丹に

れ帰

・蕊下

はて かん

く と

分す

出る

る に

この表十二・十三の比較から明らかなことは、「天理本」で

は一行に複数の装飾字母を含む事例が多数、散在することであ

る。また散在する箇所は九九例中七八例(約80%)が『紀行』

の前半部(大垣以前)に過り、かつ「富士川」 「伊勢」 「吉野

」等、特定のパートに集中している。まず見た目の華やかさを

優先する「天理本」の用字法が、この装飾箇所の不均衡をもた

.らすものと見える。また「に(ホ)」のように、本来、字形の

単純な文字がここに登場する理由は、助詞「に」に「耳・丹」

が多用され、かえつ.て「ホ」が珍しい仮名字母にランクされる

ためである。これもまた、見た目の華やかさをを優先する用字

紡が生み出す不都合である。

ところが同じ『紀行』でも、「画巻本」ではこの欠点が大幅

に改善されている。

表十三のように「画巻本」では装飾箇所自体が七〇例で、約

三〇%減少する。また、装飾箇所が『紀行』の前半部〈大垣以 前)七偏る不均衡も、七〇例中芸例(冨)程度まで是正さ

れている。さらに⊥画巻本」では一行に二箇所の装飾字母を含

む文脈さえ、次の四箇所に過ぎない。

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