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意識のさわり 宇野邦一

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Academic year: 2021

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書評

意識 のさわり

宇野邦一吉本隆明 煉獄作法(みすず書房、2013年)

松田正隆

 私は、いくつかのよしもとばななの小説を読んだことはあるが、お父さんの吉本 隆明のほうをほとんど読んだことがない。この書評を書くにあたって、読んだほう がいいとは思ったが、膨大な本の数に圧倒され、ひとまずは宇野さんの著作から、

伺い知るようにして吉本隆明に触れるしかなかった。無知もはなはだしいが、なに よりも怠けものなのが一番いけないのだ。

 勿論この宇野さんの吉本論も私には嚙みごたえがありすぎて、歯が立たなかった。

だから読んで理解したとは到底言えないけれど、ものすごく興奮しながら読んだ。

とくに興奮したところについて、私なりに見解を述べることにする。

 「見えたもの」を言葉にする、ということから考えてみたい。

 「見えたもの」を言葉にするには、どのような働きがあるのだろうか。「見えたも の」が言葉になるには、なにが働いているのか。その言葉が表出されて、別の「見 えるもの」を生み出すという言語の営みが、確かに私たちのまわりに、そして私の なかにはある。いや、見るべきかたちのない、別の「感触」をもたらす場合もある だろう。「見えたもの」というのは、咄嗟に心に浮かんだ「像」ということも含む し、夢のなかで「見えたもの」でもかまわない。

 『言語にとって美とはなにか』のなかで、アヴァロンの野生の少年ヴィクターの 例が述べられている。少年は牛乳を与えられ、器にそれが満たされたときはじめて

「牛乳」という言葉を洩らした。そのとき言葉は要求のサインではなく、喜びの声 だった。また、狩猟人が、初めて海を見たとき「う」と発する。海の視覚の反映が

「う」という叫びを促すのであるが、この声のなかに「意識のさわり」がこめられる ことが、自己表出の始まりではないか、と吉本は述べる。

 私は、このヴィクターと狩猟人における「見えたもの(言葉にする対象)」と「言

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葉」の間に挟まっている「喜び」や「意識のさわり」が、とても気になって仕方が ない。

 与えられた牛乳に、「喜び」をこめて「牛乳」と言う。見えた海に、「意識のさわ り」をこめて「う(海)」と言う。このとき、言う直前に働く「意識のさわり」とは、

いったいなにか。吉本は次のように書く。

 

こういう言語としての最小限の条件をもったとき、有節音はそれを発したもの にとって、じぶんをふくみながらじぶんにたいする音声になる。またそのこと によって他にたいする音声になる。反対に、他のためにあることでじぶんにた いする音声になり、それはじぶん自身をはらむといってよい。(吉本隆明『言語に とって美とはなにかI』)

 

 なにかを言葉にして、口にすることが、なにかとの隔たりと同時に同化を生み「自 分」と「他者」を意識することになる。しかし、これは、言葉がなにかのことを他 者に伝達する手段という有用性の位相にあるのではない。世界があって、自分がそ こにいて、自分が世界のことを了解したときに思わず洩らす声が言葉の表出なのだ。

その了解には、意識の「さわり」が働くのだという。

 それにしても「さわり(触り・障り)」という表現はとても身体的だな、と思う。

身体的ということは、自分という主体が、世界のなかにある海のほうへ「触り」に いったというだけではなく、海のほうから身体へ「触り」にきたとも言える。つま り、このとき身体は世界と自分との相互交流の場でもある。そこのところに「さわ り」が生まれて言葉を発するのであるから、確かに自分のからだが「う」と口にし たとしても、「う」という言葉は海が言ったのか自分が言ったのかわからないよう なところもある。いずれにせよ、この場合の了解というのには、自分自身を世界の 側にあけわたすような「感じ(喜び)」があるのではないだろうか。だが、そのよう な了解をもたらす言葉の感触は、あやうい。たくさんの可能性をはらみつつも、な にか「おおきなもの」に包まれ、うれしさのあまり溺れ死にするような危うさがあ る。

 この『吉本隆明 鍊獄の作法』の前半における宇野さんの問いかけにあるように、

知識人の転向問題や大衆のなかにある感性的秩序も、このような言葉の発生の問題 と無関係ではないだろう。

 だが、むしろ次のような小説の表現にも「さわり」が働いているのが面白いと思

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う。梅崎春生の『桜島』のなかの描写である。終戦間際、海軍兵士(暗号員)である 語り手の「私」は、新たな勤務地桜島への移動中に、ある小さな町の妓楼に立ち寄 る。そこで妓(娼婦)に出会うのであるが、その「妓」には右の耳がなかった。「私」

に言葉が浮かぶ。しかし、それは発話されるような言葉ではなかった。

 

 「耳がなければ、横向きに寝るとき便利だね」

 此のような言葉を、荒々しい口調で投げて見たくてしようがなかった。言わ ば、頭をかきむしるような絶望の気持で ─ 妓を侮辱したかったのではない。此 の言葉を口に出せば、言葉のひとつひとつが皆するどい剣のようにはねかえっ て、私の胸に突き刺さって来るにきまっていた。口に出さずとも、もはや私の 胸は傷ついているのではないか。私は、私自身を侮辱したかったのだ。(梅崎春 生『桜島』)

 

 「妓」は「私」の視線から顔半分を隠すようにしているが、その右耳のない顔半分 のほうが、「私」にさわって「耳がなければ、横向きに寝るとき便利だね」という 言葉になった。だが、それは発話されず、内部でわだかまって身体に留まり、その 後中毒を起こしている。いささか自己憐憫ともとれる言葉の「さわり」は、海が狩 猟人に「さわり」を与えたように、その女からの「さわり」を「私」も受信せねば ならなかった。ただしこの場合の「さわり」は「障り」として、である。ここには もはや牛乳を「牛乳」と、海を「う」と呼ぶような幸福はない。このように言葉に よって創作する者に悲劇をもたらす世界との了解があるのだ。

 口にのぼりもせず浮かんでは消える言葉に私たちの日常は満ちあふれている。と いうより、言葉にさえならないで、「見えたもの」の「さわり」だけが過ぎ去ること に私たちの日々は費やされている。

 だが、「耳がなければ、横向きに寝るとき便利だね」は、発話されずとも読まれる ことになった。それが文学として書かれた文字だからだ。それに、この言葉にはな にか、なんとも言えない恥ずかしさがある。それゆえに残酷なのだ。この「妓」独 自の特殊さにつけこんで、そのことを便利だねって言うのは相当のことではないか。

冗談にもほどがある。だから、「私」も言わないでおいたのだが、それでもこんな言 葉が心に浮かんだのは、この女との関係性による。それは「私」自身の投げやりな 快楽の目的とこの女の特殊性、それだけではなく、なぜここに女がいて「私」がい て、この距離でこんな女を見ているのか。自分の来歴の前に突如現れた耳のない女

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を改めて眺めたときの感情。この女を辱めることで自身も貶めるような言語行為。

それらの要素が複雑にからみあい、「私」に暴力を芽生えさせるや、すぐに冷やすよ うにして、このような台詞になったのだ。些細な笑えない冗談である。しかし、何 度も言うが、これは発話されなかった。ただ、書かれ、残った。このことがいちば んの恥ずかしさの要因だと私は思う。

 宇野さんは述べる、「肝心なことは、言葉がまだ生きのびるかどうかなのだ」と。

「さわり」に触れて、浮かんだ言葉が小説に書かれ、消えないで戻って来ることに は、恥辱がともなう。それでも、言葉が生きのびることに、なにがあるというのだ ろう。さらに続けて「そして生きのびる言葉は、死に深く浸透された言葉であるに ちがいない」とある。

 これは、作品と批評の関係を的確に言い当てている。作品に潜在する死をすくいあ げることで、批評が作品の言葉を生きのびさせる。そして私たちが書かれた文字を 読むということにも、そのような言葉の延命作用があるのではないか。吉本は「言 葉はじぶんを時間化してゆくほかなくなっている」と書くが、梅崎の小説に残され たこれらの言葉こそがその実例の一つではなかろうか。

 また、本著作、終章における、吉本隆明の思想の根底にある静的、静態的な性質 についての宇野さんの気づきはとても面白い。

おそらく吉本の思考に特有の静的エネルギーといったものがあった。それは静 かに重心をうつしながら、やがて配置を大きく変えてしま

う氷山のようなものだったかもしれない。232頁)

 

 私はほとんど止まっているようにしか見えないもの が、ほんとうは微かに動いているということに魅かれ るのだ。たとえば、宇野さんも最後に引用し、考察 している「思い出の劇場」という短いエッセイも、

その静的方法で書かれていると言えるだろう。

 戦争が終わったあとなのか、言い知れぬ虚脱 感のなか吉本は友人と二人で海辺にいる。砂浜 の上で男たちが円陣をつくって、たたらを踏み ながら廻っているのを、海を背景にして見ている。

はじめのうちはいくら注視していても彼らがなにをしている

232頁)

 私はほとんど止まっているようにしか見えないもの が、ほんとうは微かに動いているということに魅かれ るのだ。たとえば、宇野さんも最後に引用し、考察 している「思い出の劇場」という短いエッセイも、

ながら廻っているのを、海を背景にして見ている。

はじめのうちはいくら注視していても彼らがなにをしている かに重心をうつしながら、やがて配置を大きく変えてしま

232頁)

 私はほとんど止まっているようにしか見えないもの が、ほんとうは微かに動いているということに魅かれ るのだ。たとえば、宇野さんも最後に引用し、考察 している「思い出の劇場」という短いエッセイも、

ながら廻っているのを、海を背景にして見ている。

はじめのうちはいくら注視していても彼らがなにをしている

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のかわからなかったが、やがてそれは、別れの儀式であることがわかった。吉本と 友人も円陣に加わる。

 「もし海のうえに座席が水平線まで置かれ、そこに腰を下ろして眼を据えている観 客がいたとしたら、わたしたちは、輪に溶接されたとおもえただろう」。

 それまで、見ていた者たちが円陣に呑まれ演者となり、今度は見られる側となっ ている。このとき、見ているのは、さっきまで背景だった海のほうである。いや、

生きている者の眼差しはもはやどこにもないのであるが、円陣の俳優たちは、気配 を、なんらかの押し寄せる波のような圧力を、水平線の彼方に感じ取ったのだ。誰 もいない、なにもない外部からの「さわり」があったのだ。それを感じて男たちは

「円陣の内側にむかって密度を高め、円陣の外側にむかって密度を拡散していたか ら、円陣の輪に入るとすぐにじぶんが発信源になって放射するものに相違なかった」

という状況を上演することになる。

 この「さわり」に応じる円陣の静的態度は、まるであの言葉の発生のようであり、

自己表出の働きそのものである。このことを宇野さんは、「ただ単調な歩みからなる 舞踏」と書き、演劇である以上に吉本の「詩的構想力」や「思考の原型」であると 書く。ここに「静かに渦を巻くエネルギーが図表化されている」と。

 確かにこのような演劇のイメージを私は思いつけない。ほとんどの演劇は動きす ぎる。動かないにしても、暑苦しい。

 メーテルランクに『群盲』という戯曲がある。夜、森のなかに男女12人の盲人が 座っている。その中央に神父がいる。その神父はすでに死んでいるのに、盲人たち は神父の帰りを待っている。自分たちを導いてくれる神父の帰りを待つときは外側 へその気配を探していたが、やがて彼ら自身の内側に神父の死体の感触を得る。ほ とんど動かないその劇は、単調な時間をかけて「死のさわり」に達するのである。

この戯曲は「静止劇」と呼ばれているが、まさしく氷山のような劇なのである。

松田正隆|まつだまさたか|立教大学現代心理学部映像身体学科教授|演劇(演出・劇作)

参照

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