修辞学︑解釈学︑イデオ
口
i﹃真理と方法﹄のためのメタ批判的論究ー
ハンスーゲオルク・ガダマー
中
尾
健
二 ︵訳︶
哲学的解釈学というものが︑解釈学的次元をその全射程にわたって開拓し︑あらゆる形態をとった1人間相互のコミュニケー
ションから社会的操作にいたる︑社会のなかでのならびに社会に
関する個人の経験から︑また宗教︑法︑芸術︑哲学から構築され
てぎた伝統から︑革命的意識の有する解放的な反省のエネルギー
にいたるーわれわれの全世界了解にとって︑解釈⁝学的次元が有
する根本的意義を主張する課題をもっていることは︑個々の研究
者の出発点が限定された経験であり︑経験領野であることを排除
するものではない︒わたし自身の試みは︑ディルタイが精神諸科
学の理論を主題化したかぎりで︑かれによるドイツ・ロマン派の
遺産の哲学的継承に結びつくものであったが︑しかし︑それを新
しい︑多くの点で拡大された基礎の上におくものであったー芸
術の経験は︑それに固有な同時性への要求を高々とかかげること
によって︑精神諸科学が行なった歴史学的異化に反駁しているで はないか︒これにともなって︑一切の学問の北㈱後を闘い返す真理︑同時に一切の学問を事前に規定して︑いる輿理が目標としてめざされたが︑このことをわたしは︑人間の一切の世界経験ーこれが実際に働く仕方は︑つねに自己を革薪していく同時性なのであるがi︑その本質的雷語性にそって取り出そうとしたのであった︒それでもやはり︑入聞の世界へのかかわりの普遍的言語性の分析に際しても︑出発点をなしている諸現象が前面にでてしまうことを避けえなかったのである︒このことは︑文字による伝承︑固定化され︑時の流れを耐え︑時代のへだたりによって疎遠なものとなった伝承にかかわることによって発生した︑解釈学的問題の学問史的由来に照応していたのである︒そういうわけだから︑翻訳という多層的問題を人間の巌界へのかかわりの言語性のモデルにまで高め︑いかに疎遠なものが自分のものになるかという一
般的問題を︑翻訳の構造にそって展開することがまず念頭に浮か
六九
んだのであった︒ ︵1︶ にもかかわらず︑︿テクストとしての存在ωo貯N麟露↓o蓉ΦV
は解釈学的次元を汲みつくすものではないーテクストが狭い意
味をこえて﹁神が自らの手で書いたテクスト﹂︑自然という書物
(一
黷メの冠轡鋤轡¢鑓Φ︶を意味し︑これによってテクストが物理学か
ら社会学や人間学までをも包括しているのであれば話は別である
が︒しかし︑そういう場合ですら︑人間の行動のなかで言葉が竜
っている多様さは︑翻訳というモデルをもってしては決してとら
えられてはいないのである︒この最大の︿書物﹀を読むことによ
って︑理解しようとすることと理解でぎるということを﹂ひょつ
としたら知性をも1構造化している︑精神の緊張と解決による安
堵とがなるほど実証されうるものとなり︑このかぎりでは解釈学
的問題の普遍性はこれを疑うことはできない︒解釈学的問題は二
次的なテーマではない︒解釈学はロマン主義的な精神諸科学のた
んなる補助学科ではないのである︒
にもかかわらず︑入間の言語性という普遍的現象は︑他の諸次
元においても展關される︒だから︑解釈学的テーマは︑人間の世
界経験の雷語性を規定している他の諸連関へも及ぶものである︒
その多くは﹃真理と方法﹄そのもののなかで指摘しておいた︒そ
ういうわけで﹃真理と方法﹄では︑歴史の作用にさらされている
意識︵9︒・豊鱒§σq°・ひq窃oぼo鐸一伸6冨切①零島審の貯︶が︑人閥
の雷語観念の意識的解明として︑その意識のいくつかの局面にわ む の のたって叙述されたのであった︒この意識は︑しかし︑ヨハネス・ 七〇
蝉 ・ 憩 ・ ︵2︶ ︵3︶潭ーマンがこの問かれの著書﹃哲学と言語学﹄と﹃グノ擁モン﹄
に掲載したわたし自身の試論との対質のなかで示したように︑ま
ったく別の諸次元へも及ぶものである︒ローマンはわたルが素描
した﹁ヨーロッパの思考にぎざまれた言語概念の特性﹂を︑言語
史という巨大なスケールにおいて︑過虫に遡ると同時に未来に向
かっても延長したのである︒過去に向かっては︑かれは﹁所与の
諸対象を扁つの思考された形式へと能動的に︿包摂﹀する知的な
乗物としてのく概念Vの到来﹂︵刈は︶を追跡することによって︑
古インド・ゲルマン語の︿語幹を変化させる﹀タイプのなかに︑
その最も明白な表現をニプラにみる︑概念の文法的形態を認識し
ている︒未来に向かっては︑かれはふたたび雷語形態の発達にそ
って︑世界を自在に処理しうるものとする︑近代的意味における
学問︵科学︶を可能にするヨーロッパの思考の歴史を︑語幹を変
化させる言語タイプから単語を変化させるタイプへの移行と解釈
しているのである!このようにして︑ヨーロッパに最も固有な
創造としての理論の可能性が推論されている︒
別の意味で解釈学的なものに本質的に先立ち︑言葉の解釈術と
いうネガに対してほとんどポジと言ってもよいものにあたる︑真
に普遍的な雷語性については︑さらに修辞学︵幻疑Φε融涛︶という
ものがこれを証言しているのである︒わたしが自著のなかで注目
サ リ サ リ ゆ り の やしていた︑修辞学と解釈学との連関は︑クラウス・ドックホルン ︵4︶がゲッティンゲンの学会報告に寄せた農富な補足と修正が示して
いるように︑様々に拡張されるものである︒言語性というものは
覧
しかし︑やはり人間存在の社会性のなかへぎわめて深く織り込ま
れているから︑社会科学の理論家もまた︑解釈学的問題設定の正
当性と限界にかかわらざるをえないのである︒そういうわけで最
り の サ リ リ の お 近︑ユルゲン・ハーバマスは社会科学の論理へと哲⁝学的解釈学を
も関係させ︑社会科学の認識関心からこれを評価したのであつた︒
互いに浸透しあっている︑修辞学︑解釈学︑社会学それぞれの
普遍性を︑それらの相互依存において主題化し︑これらの普遍性
の異なる正統性を明らかにしていくことが必要に思われる︒これ
らヨ者には−前ご者についてはぎわめて明瞭だがIl実践に関
与していることから生じる︑学間︵科学︶としての資格を請求す
ることについての︑ある種の曖昧さがつきまとうので︑なおさら
上述の作業が重要になるのである︒
というのは︑修辞学は弁論の形式と説得手段を対象とするたん
なる理論ではなくて︑その乎段にまったく理論的反省を加えずと
も︑修辞学が自然的能力を実践的熟達にまで発展させうるもので
あることは︑周知のことだからである︒⁝同様に理解の技術︵国犀⇔ー
︒・けソは︑それが規則に従っているのだという意識に直接依存して
はいないことも明白である︒ここでも誰もがもっている一つの自
然的能力が︑余人をしのぐ才能へと転換されるのであり︑理論は
せいぜい何故そうなるかを言いうるにすぎないのである︒両方の
場合とも︑理論と︑その理論が抽象されてぎた当のもの︑欝いか
えればわれわれが実践と呼んでいるものとの間に︑後発性︵理諭
の事後性︶という関係が成り立つ︒しかも一方の修辞学は︑最初 期のギリシャ哲学に属し︑他方の理解の技術は︑確固たる伝統との結びつぎが後世解体した結累であり︑消えいくものを確保し︑明噺な意識へと高めようと努力した結果なのである︒ 修辞学の最初の歴史はアリストテレスによって書かれた︒われわれには断片しかのこされていな︑い︒しかしながら︑修辞学の理論についてはアリストテレスによって完成されたのであり︑それはプラトンがはじめて構想したプログラムを爽行にうつしたものであった︒プラトンは︑同時代の弁論の教師たちがかかげたあらゆる要求の背後に︑哲学者︑弁証家だけが解くことので謬る真の課題を発見していたのであった︒すなわち︑相手を納得させる効果のある事柄を申し述べねばならない弁論というものは︑何が相手の心にとくに受け入られやすいかを見きわめつつ︑そのつどその相手にふさわしい議論を提示するよう自由に駆使されねばならないということを︑である︒ これは理論的に説得力のある課題設定であるが︑にもかかわらず二つのプラトン的な前提を含んでいる︒すなわち 第爾には︑修辞的な議論のもつ︿真理らしき﹀虚偽を確実に見つけるすべを知るもののみが︑真理を︑つまりイデアを知るのであるという前提︑そして第二に︑そういう入は︑同じように認識を深めつつ︑働ぎかけるべ・ぎ心の性格を十分に心得ていなければならないという前提である︒アリストテレスの修辞学は︑まず窮一に後者のテーマを練り上げるものである︒ここで︑プラトンが﹃パイドロス﹄の
なかでその必要甑を認めた︑弁論と心を適合させる理論が︑弁論
七一
術の人間学・的基礎づけという形態をとって完成されるのである︒
修辞学の理論はわれわれが誕弁術︵ω8ぼ9鐸︶の名を与えて
いる︑薪しい弁論術と教養理念が興奮と驚ぎをともなって登場し
たことによって触発された長期にわたる論争の成果なのであっ
た︒当時︑すべてを逆立ちさせることを教える無気味な新しい才
能として︑弁論術がシシリーから︑確固とした・身分秩序を有して
いたが︑そそのかされやすい青年たちで活気づいていたアテネに
流入したのであった︒いまや︑この巨大な権力者︵ゴルギアスは
弁論術をそう呼んだ︶ に新しい紀律を与えることが問題であっ
た︒プロタゴラスからイソクラテスにいたるまで︑ただたんに弁
論を教えるばかりでなく︑政治的成功を約束する正しい市民的意
識をも形成させることが師に求められたのであった︒しかし︑プ
ラトンにいたってはじめて︑すべての人々を震憾させた新しい弁
論の技術ーアリストファネスはこのことをわれわれの眼前にあ
りありと描きだしているーに︑その限界と正当な場所を与える
基礎が創設されたのであった︑このことは︑プラトンのアカデミ
ーの哲学的弁証法とアリストテレスによる論理学と修辞学の基礎
づけが同じように証言しているのである︒
理解の歴史はすくなからず古く︑畏敬の念を起こさせるもので
ある︒莫の理解の技徳が実際に確認されるならば︑どこであれそ
れを解釈学であると認めようとするならば︑ ﹃イリアス﹄のネス
トールではないまでも︑やはりオデユッセウスから始めなければ
ならないであろう︒詫弁術という新しい教養運動が実際に有名な 七=
詩人の言葉の解釈を促進し︑それを教育上の例題としてたくみに
描ぎ出したことを引ぎ合いに出すこともできるだろうし︑グンダ
ート馳堀もにそれにソクラテスの解釈学を対置する恥︶ともでぎる
だろう︒にもかかわらず︑それはまだまだ理解の理論と言えるも
のではない︒解釈学的問題の成立にとって一般に特徴的に思われ
ることは︑遠くのものがひき寄せられ︑疎遠性が克服され︑過去
と現在の間に橋がかけられねばならないということである︒この
かぎりで︑以前の諸時代との疎隔が意識化された近代が︑理解の
理論の聴期であった︒そのうちのあるものはすでに︑宗教改革の
精神による聖書理解ならびにその﹁架書のみによって︒摩o冨ω?
島b葺鑓﹂ の原則という神学的要求のうちに存在したが︑しかし
その本来の展開を見るのは︑啓蒙主義とロマン主義から歴史意識
が生O︑あらゆる伝承との断絶が確立した時である︒解釈学の理
論のこうした歴史と︑その理論がく文字に固定された生の表出V
の解釈という課題に定位したことは関連をもっていたのである
ーたとえシュライアーマッハーによる解釈学の理論的練り上げ
が︑会話というロ頭でのコミュニケーションのなかで生じるよう
な理論を含んでいたとしてもである︒これとは逆に︑修辞学は弁
論の影響力という直接性に向けられており︑たとえたくみな文章
表現という道に同時に足を踏み入れ︑これによって文体と表現法
の学説を発展させたにしろ︑やはり修辞⁝学本来の完成は︑読むこ
とではなくて︑謡すことのうちにあるのである︒竜ちうん朗読は
中間の位置を占めており︑これは弁論の技術を文宇に固定しうる
技術的手段のうえに基礎づけ︑それをもとの状態から切り離して
いく傾向をすでに示しているものである︒ここでさらに詩学との
相互作用がはじまるのであるが︑詩学の対象となっている言葉
は︑徹頭徹尾芸術︵麹試器け︶であるので︑そのロ頭蓑現から文章
衰現への︑文章表現から口頭表現への変換は︑なんらの損失もな
く遂行されるのである︒
しかし︑弁論術そのものは︑その影響力の直接性に結びつけら
れている︒キケロやクインティリアヌスから十八世紀イギリスの
政治的修辞単にいたるまで︑もっとも璽要な説得手段として︑感
情の興奮がどの程度重要視されていたかを︑クラウス・ドックホ
ルンば深い学識をもって示した︒ところでもちろん︑感情を興奮
させるということは︑話し手の本質的課題であるが︑これは解釈
学の努力の対象である文字による表出においてはたんに弱々しい
働きしかしないものである︒まさしく﹁話し手が聞き手を引きさ
らっていってしまう﹂点に両者をわかつ区別があるのである︒話
し手の議論に念まれる有無を欝わせぬ説得力が聞ぎ手に浴びせか
けられ︑闘き手は弁論の説得力の下で︑批判的思慮をすることな
どないし︑したくともそうできないのである︒これとは逆に︑書
かれたものを読み解釈することは︑書き手︑書ぎ手の気分︑意図︑
語られざる性向からおおいに遠ざかり切り離されているので︑テ
クストの意味の把握は自立的な生塵といった性格を有するにいた
り︑この性格に注闘すると︑聞ぎ手の態度よりは話し手の技術に
より似たものとなるのである︒こういうわけで︑解釈技術の理論 的手段は︑わたしが若干の点にわたって示し︑ドックホルンが広範な基礎に立って詳論しているように︑広範囲にわたって修辞学から借りてこられている︑と理解されるべぎである︒ 理解に対する理論的思慮もまた︑真理らしきものぐ・鐸論︵く霞学6蔭凶日出O︶と共同の理性にとって納⁝得のいくものを︑学闇の明証性ならびに確実性講求に抗して護る︑伝統的に古来からの︑真理講求の唯扁の弁護入たる修辞学に結びつく以外に︑いったい何に結びつくべきであったろうか︒証明が不可能﹁であっても︑納得させもっともだと認めさせることが︑弁論と説得の技術の目標であり基準であると岡Uように︑あきらかにそれは理解と解釈の隠標であり規準でもあるiーそして︵もっともだと認められ納得のいくこととして︶一般に受け入れられている諸々の見解が形づくっている︑こうした幅広い全領域は︑たとえば学問の進歩︵iたとえそれがいかに大きな事柄にせよー︶によって徐々にせばめられるものでばなく︑むしろ研究のあらゆる類しい認識へと拡大していぎ︑自らのためにそれらの認識を要求し︑自らにそれらの認識を適癒させるのである︒修辞学の遍在性は無制限のものである︒修辞学によってはじめて学問は︑生活を成り立たせる社会的要國の一つになるのである︒われわれの生活をこんなにも顕著に造り変えている近代物理学について︑われわれは何を知っているだろうか︒物理学のみから何程のことを知り得ようか︑專門家たちの枠を越えたところを志向する人々︵ひょつとしたらこう⁝冨う
ぺぎかもしれない︑かれらが事情遍のスペシャリストがつくって
七憲
いるそれぞれのきわめて小さな枠に縛られないかぎり︶︑これら
の人々のすべての叙述は︑その影響力をその叙述のもっている修
辞学的要素に負っているのである︒デカルトですら︑この方法と
確実性の偉大で情熱的な弁護人ですら︑すべての著作において修
辞学という手段を大規模に使いこなしている著作家なのであり︑
これについてはとりわけアぢ・グウィ︵見が指摘したところであ
る︒社会生活の内部で修辞学が果たしている基礎的機能について
は疑う余地はない︒実践的たらんとするすべての学問は︑修辞学
を頼りにしているのである︒他面︑︑解釈学の機能もすくなからず
普遍的なものである︒というのは︑もともと解釈掌が取り上げて
きた︑伝承されたテクストの理解不能性や誤解といったものは︑
人間が世界をこういうものだと認識しているなかで︑経験の有す
る慣れ親しんできた期待の秩序のなかにはどこにもおさまらな
い︑︿㌶88>なもの︑奇妙なものとして出会われるものの特
殊事例にすぎないのである︒そして認識が進歩することによって
不可思議なこと︵ヨぱ鋤び葭鋤︶が理解されてしまうや︑その奇異さ
が失われるように︑伝承をうまく獲得すると︑どんな場合であ
れ︑それは一つの新しい固有な親密さのなかへ解消されるのであ
り︑そうした親密さのなかで︑伝承はわれわれに属しており︑わ
れわれは伝承に属しているのである︒われわれと伝承とは溶けあ
って︑歴史と現在を包括している︑自らのものであると同時に共
有されもしている一つの世界になっており︑この世界は人間相互
の談話のなかで言葉によって分節されているのである︒したがっ 七四
て理解の側面からも︑人間の言語性の普遍性が︑一切を担う︑た
だたんに言葉によって伝承された文化のみならず︑端的に一切を
担う︑それ自身限界をもたないエレメントであることが示される
のである︑なぜなら︑われわれは了解性のなかで互いに相手の心
を動かしあうのであるが︑この了解性へと一切が取り入れられる
からである︒プラトンは正当にも︑事物を談話の鏡にてらして考
察するものは︑その事物を十全でそこなわれない真理の姿で知覚
するのだ︑というところから出発している︒プラトンがあらゆる
認識は再認識である蒔にはじめて本来の認識なのだと教えている
とすれば︑ これこそ深遠かつ正当な意味を有しているものであ
る︒︿最初のV認識は最初の言葉と同様ほとんど不可能である︒
その諸帰結がまだまったく見通せないと思われる最新の認識もま
た︑その諸帰結を自ら引き出し︑相互主観的な了解という媒体へ
と導き入れられた時にはじめて︑本来の認識たりうるのである︒
こうして人間の言語性の修辞学的局面と解釈学的局面は完壁に
浸透しあっている︒了解と理解の一致が人間関係を担っているの
でないとしたら︑弁論家も弁論術も存在しないであろうー︿会
話である﹀人々の理解の一致が妨げられず︑了癬が探られる必要
がないならば︑解釈学のいかなる課題も存在しないであろう︒し
たがって修辞学との絡みあいは︑解釈学的哲学があたかも審美的
−人文的伝統にのみ制限され︑︿文化的伝承﹀のうちに展開され
ている︑︿実在の﹀存在の世界とは対立する︿意味の﹀世界とか
かわっているかのような仮象を解消するのにふさわしいものであ
る︒ 解釈学的アプローチが︑社会科学の論理にとっても顧慮される
べぎものであるのは︑解釈学的アプローチの普遍性からして当然
のことである︒というわけでハーバマスは︑ ﹃真理と方法﹄でな
されたく作用史的意識Vと︿翻訳﹀のモデルの分析を取り上げ︑
社会科学の論理の実証主義的硬直化ならびに歴史的な反省を受け
つけない社会科学の論理の言語学的基礎づけの両者を克服するた
めには︑上記の分析が積極的な機能を果たすことを認めたのであ
った︒このように解釈学に準拠することは︑それが社会科単・の方
法論に役立つはずであるという前提を表明することにほかならな
い︒このことは︑もちろん解釈学の問題構制が出発している︑審
美的ーロマン派的な精神科学が形成してぎた伝統的地盤から︑
最大限の射程をもった予先裁決をもって離れることを意味してい
る︒なるほど近代の学閥の本質をなす方法による異化は︑人文科
学においても一貫して行なわれている︒ ﹃真理と方法﹄はタイト
ルが含んでいる対立を決して排斥的なものとは考えていない︵第
ご版への前書き︑十五頁参照︶︒しかし︑もちろん精神科学が分
析の出発点であった︒なぜならば︑精神諸科学は以下のごとぎ経
験において一つにまとまるものだからである︒すなわち︑そこで
は一般に方法と学闘が問題になるのではなく︑芸術の経験や歴史
的な伝承によって形づくられてぎた文化の経験のように︑学問の
外にある経験が問題となるのである︒解釈学的経験は︑それらす
べてのうちで同じように働いており︑このかぎりでそれは方法的 異化の対象ですらなく︑解釈学的経験は学問に問題を課し︑これを通じてはじめて学問に方法を導入することを可能にさせることによって︑この方法的異化に先立っているのである︒現代の社会科学はこれに反して︑解釈学的反雀が社会科学にとって避けられないと認識された場合︵精神科学に対して﹃真理と方法﹄のなかでこのことを指摘したように︶︑ ハ!バマスが定式化しているように︑ ﹁制御された異化﹂を通じて︑いわば﹁賢明さの方法的完成﹂を通じて︑理解⁝を﹁前科学的訓練から反省された行動の地位
へと﹂高めるという要求をかかげるのである︵ド鳶\嵩蒔︶︒
ところで昔から︑個人がその賢明さによって︑たとえ不確かで
制御されていないやり方であっても︑時おりうまく成就したこと
を︑今度は教示可能な制御された方法で遂行することが︑⁝学聞の
道であった︒理解に立脚する精神科学のうちで機能している解釈
学的な諸条件を意識化することが︑︿理解﹀しようとするのでは
なく︑言語のうちに沈澱している了解性を考慮に入れつつ︑社会
の実在的構造を学問的に把握しようとする社会科学をして︑その
作業を促進させる方法の確立に向かわせるものであるならば︑こ
のことばたしかに一つの学問的収穫である︒もちろん解釈学的反
省が社会科学によって︑こうした学問内在的な機能に自己を制限
するようさしずされるなどということにはならないだろうし︑と
りわけ社会科学が押し進める理郷の方法的異化にあらたに解釈学
的反省をふり向けることを抑制されることはないであろうーた
とえそうすることで解釈学的反省がふたたび解釈学を実証主義的
七五
七六
におとしめるものだとの非難を受けようともである︒
とはいえ︑われわれはまず︑解釈学的な問題構制が社会科学の
理論の内部でいかなる価値をもち︑どのように見られているのか
をみていこう︒
まず︿雷語学酌アプローチ﹀︵お継琉︶がある︒もし言語性が︑
解釈学的意識が実際に働くあり様としてきわだったものであると
すれば︑入間の社会性の根本体制としての書語性のなかに︑法的
に拘爽力のある社会科学のアプリオリを認識し︑そこから︑社会
を観察可能で操作可能な機能の全体と見なす行動主義的−実証
主義的理論の不合理性を証明することは︑ただちに念頭に浮かぶ
ことである︒こうした考え方には︑理解され︑受けつがれ︑改革
されていく︑端的に言うと社会を形成している諸個人の内的な自
己理解によって決定されていく諸制度の形をとって︑人⁝聞の社会
が生きつづけるかぎりで︑もっともな点がある︒ところでハーバ
マスは︑ヴィトゲンシュタインの言語ゲームの理論に対しても︑ へきねまたウインチがそれをあらゆる社会科学的言朔における言語のア
プリオリのために評価することに対しても︑解釈学の正当性を認
めており︑それは解釈学が作用史の思想から︑社会科学の対象領
域ヘコミュユケーシ臼ンの間題を通路にして近づくことを訴求す
るものである︑とされているからである︒
にもかかわらず︑人間が理解し行為することにどんな場合でも
当然ふくまれている︑事前理解の分析と本質的に先入見に制約さ
れていることの分析にハーバマスが従っているとしても︑かれが 解釈学的反省に課す要求は︑原則的に別の要求なのである︒己れの先入見の反省を求め︑己れの事前理解を制御する作用史的意識は︑なるほど実証主義的科学論や社会科学の現象⁝学的ならびに言語分析的基礎づけを同じように満足のいかないものにしている素朴な客観主義に終止符を打つものだとされている︒しかし︑こうした反省の任務は本来何だとかれは思っているのだろうか︒そこで一つには普遍史の問題がある︒これは言いかえれば︑社会的行為の有する様々な潤標表象からそのつど生じてくる歴史の目標に
ついての表象である︒解釈学的反省が︑自分自身の立場の制限性
は超えられないのだ︑という蝋般的な考慮で満足するならば︑解
釈学的反省にさしたる意味はないであろう︒なるほど実質的な歴
史哲学を︑こうした考慮をもって反駁することはできる︒しかし
歴史的意識は︑にもかかわらず自分欝身の来来志向から︑つねに
事前に理解された普遍史を企図しつづけるだろう︒それがはかな
いものであり︑本質的に乗り越えられるものだと知ったところで
何の役にたつのだろうか︒
ではしかし︑解釈学的反雀が有効なものとなるところ︑そこで
その反省は何をなすのだろうか︒作用史的意識は︑その意識によ
って意識化される伝統に対していかなる関係にあるのか︒わたし
のテーゼはこうである︒すなわち︑作用史的意識は︑われわれの
作用史的制約性と有限性の承認の必然的結果であり︑解釈学はわ
れわれに︑たえず生ぎ続けていくく自然発生的V伝統とそれの反
省された獲得との間の対立をドグマ的なものだと洞察することを
教えるものである︑というものである︒その背後には︑反省の概
念すら変形してしまうドグマ的な客観主義がひそんでいるのであ
る︒理解する者が︑理解に立脚する諸科学にあっても︑かれをと
りまく解釈学的情況の作用史的連関から外へ出て︑かれの理解行
為そのものはこうした事象へは入っていかないものとして︑反省
を行なうなどということはなかったのである︒歴史家は︑いわゆ
る批判的科学の歴史家であっても︑生ぎ続けている諸伝統︑たと
えば國厩国家的伝統との関係を断ってはいないから︑国民的歴史
家としてかれはむしろこれらの伝統を形成し形成しつづけながら
これらの伝統に介入するのである︒そしてもっとも重要なことは
かれが自らが解釈学的な一制約のうちにあることを意識化すれば
するほど︑ますますそうなるということである︒その方法論的な
素朴さのうちに歴史家の﹁去勢された客観性﹂をはっぎり洞察し
ていたドロイゼンは︑彼自身としては︑十九世紀の市民文化の国
民的国家意識のためにきわめて有効な仕事をしたのであったー⁝
いずれにせよ︑むしろ権力國家的な非政治性へ教育しようとした
ランケの叙事的意識よりも有効であった︒理解はそれ自体出来事
なのである︒素朴で無反省的な歴史主義だけが︑歴史学的−解釈
学的学問のなかに︑伝統のカを廃棄する絶対的に新しいものを見
るであろう︒そのなかで社会的伝承が生ぎ続ける︑恒常的な媒介
というものを︑わたしはあらゆる理解を抵いうる誉語性の局面を
通じて︑はっぎりと証明しようとしたのだった︒
ハーバマスはこれに対して︑学問の媒体は反省によって根底か ら変化するものであるとして︑異議を唱えるのである︒このことがまさしく︑十八世紀の精神からドイツ観念論がわれわれに遺贈してくれた失われることのない遺産だと言うのである︒たとえへーゲル的な反省の経験が︑もはや絶対的意識といったもののうちでは完了されないとしても︑たんなる﹁文化的伝承﹂の解釈学的な獲得とさらなる形成に終始する﹁言語性の観念論﹂はやはり︑醤語からのみでなく︑同じように労働と支配からも織りなされている︑社会的生活連関という実在的全体に直面しては︑悲しいかな無力でしかない︑とされる︒解釈学的反省はイデオロギー批判に移行せざるをえない︑と言うのである︒ こうしてハーバマスは社会学の認識関心の中心をなすモチ!フに結びつくのである︒︵理論としての︶修辞学が︑事柄︑真なるものを︑自らがそれを産み出すことを教えている真理らしきことから区別することを強いたことによって︑弁論のカによる意識の眩惑に立ち向かったように︑そして解釈学が妨げられた間主観的な理解の一致を︑識ミュニケーシ籏ンを通じた相互反省によってあらたに創りなおし︑とくに誤った客観主義へと異化された認識を解釈学的な基礎に置ぎなおそうと努めるように︑社会科⁝学的反省においては︑外的ならびに内的な社会的強制を︑意識化することによって解消することを企てる︑解放的な関心が働いているのである︒この社会的強舗が雷葉の解釈を通じて自己を正統化しようとするかぎり︑なるほどそれ自身も需葉によって自己を解釈して
いく反雀の行為にほかならないけれども︑イデオロギー批判とい
七七
七八
うものが﹁言葉による欺満﹂︵旨◎◎︶をあばくことになるのであ
る︒ 精神分析治療の領域でも︑社会的生活に要求される反省の解放
的力が確謙される︒抑圧を見抜くことは︑虚偽の強制からそのカ
をうばいとるのである︒反省された形成過程︵⇔ぱ一錦億昌㈹ω黛9NΦ訂︒︶
の最終状態として︑そこではあらゆる行為の動機が︑行為者自身
が定位している意味と合致するだろうーこのことはもちろん精
神分析的情況のなかでの治療という課題に限定されており︑した
がって限界概念をなすにすぎないー︑もしそうであるならば︑
同様に社会的現実ももっぱらそうした虚構の最終状態において︑
解釈学的に適切に把握されるだろう︒実際︑社会的生活は理解し
うる諸動機と実在的強制の網状組織から成っており︑社会的生活
は社会研究を形成過程を前進させる観点から習得し︑行為のため
の素材とすべきであろう︒
こうした社会理論的な構想が︑それなりの論理をもっているこ
とは反論の余地がない︒もちろん︑解釈学の貢献があらゆる行為
動機と理解された意味の合致という限界概念の観点から定められ
るとするならば︑それが正当に受けとめられているかどうかは疑
問に思われる︒意味が意図されたものとして遂行されていない場
合であっても︑意味というものは経験されうるが故に︑そしても
っぱらこの理由から︑解釈学的問題はぎわめて普遍的なのであ
り︑歴史ならびに現在のあらゆる人間相互の経験にとって基礎的
なのではあるまいか︒他の︑もっぱら実在的要素として認識しう る社会的現実の諸因子から︑理解しうる意味︵︿文化的伝承﹀︶の領域を区切ってしまうとするならば︑これは解釈学的次元の普遍性を切り縮めてしまうことになる︒まさしくいかなるイデオロギーも虚偽の言語的意識として︑あたかも理解されうる意味であるかのよ5にふるまうだけではないのである︒そうではなくて︑それらはその︿真の﹀意味︑たとえば支配の関心の意味において の のも理解されうるのである︒岡Uことが︑精神分析家が意識化する無意識の動機にもあてはまるのである︒ ﹃真理と方法﹄が芸術の経験と精神科学とを︑解釈⁝学的次元を展開する出発点としたことが︑その真の範囲の評価を困難にさせていると思われる︒たしかにその著書の第三部で行なった︑普遍的と称する論述もあまりに一面的な索描の域を出るものではないoしかし︑事柄に即すれば︑解釈学的問題設定からして︑労働と支配という実在的要素がその限界の外にあるなどということは︑まさに不合理なことと思われるのである︒解釈学的な努力のなかで反省されるべぎ先入見とはいったい何なのか︑他に別の何かがあるのだろうか︒そうでなければ︑先入見はどこから生じると言うのか︒文化的伝承からか︒たしかにそういうこともある︒しかしこの文化的伝承は何から形成されているのか︒言語性の観念論なるものが存在するとすれば︑実にグロテスクな不条理であろうーそれが方法的な機能しかもとうとしないかぎりは︑である︒
ハーバマスはこうも言っている︒ ﹁解釈学はいわば内側から伝統
連関の壁に突き当たる﹂︵︸ミ︶と︒これをもって︑︿外側から﹀
との対比が示されているのであれば︑晶右⁝十の真実がそこにはある
⁝1︿外側から﹀というのは︑われわれの理解されるべぎ世界︑
理解しうる世界︑あるいは理解できない世界へ入っていくのでは
なく︑ ︵諸々の行為のかわりに︶諸々の変化を確認する観察にと
どまりつづけることである︒しかし︑こうしたことが文化的伝承
を絶対化することだとされるならば︑わたしには思い違いに思わ
れる︒ただ︑わたしの言いたいことは︑理解されること一切を理
解しようということなのである︒その意味で︑ ﹁理解されうる存
在は言語である﹂という命題は妥当性を有している︒
これによって︑認識されたものの認識︵b舎回WOΦO醤げ︶のなかで認
識の一種のコ次的対象であるかのように言われている︑意味の世
界への制限が行なわれるのではない︒すでに認識されたものの認
識︑︿文化的伝承﹀の寓は︑社会的生活を第一次的に規定する実
在︑経済的ならびに政治的実在を付加的に補完するものではな
い︒言葉という鏡にはむしろ存在する一切が映し出されるのであ
る︒その鏡のなかで︑そしてその鏡のなかでのみ︑われわれが決
してどこででも韻会ったことのないものがわれわれに向かって現
われてくるのである︒なぜなら︑ ︵たんにわれわれが考え︑われ
われについて知っていることではなく︶われわれ自身がそのよ
うな出会われていないものだからである︒結局︑雷葉は鏡です
らない︒われわれが需葉のなかに認めるのは︑われわれの︑そ
して一切の存在の反映ではなく︑労働と支配への現実的依存のな
かで︑われわれの世界をなしているあらゆる他のもののなかで︑ われわれとともにあるものの解釈であり︑それをどう生ぎてぎたかなのである︒言葉というものは︑自己とその活動や客観態の全体をわれわれの考察する眼差しの前に提供してくれる︑最後に見いだされる︑あらゆる歴史−社会的過程と行為の.匿名の主体なのではない︒そうではなくて︑言葉はわれわれすべてが共演しているゲームなのである︒誰かが他のすべての人々に先んUるなどということはない︒万人が︿事にあたっている﹀のであり︑たえずその番にあたっているのである︒こうしたことは︑われわれが理解という行為を行なっている時に実行されているのであり︑われわれが先入見を洞察し︑現実をいつわっているロ実の仮面をはぐ場合にも︑まさしくそうなのである︒いや︑そういう時にこそわれわれはもっとよく<理解している﹀のである︒われわれが奇妙で理解でぎないと思われたものを洞察し︑それをわれわれの言葉によって秩序づけられた世界に取り入れてしまった時にやっとすべてが立ち現われてくるのである︒ちょうど難しいチェスの懸賞問題で︑解答がはじめて︑どうして馬鹿げた手をうってしまったかを最後の駒にいたるまで理解させてくれるように︑である︒ しかし︑このことは︑われわれが口実に類するものを見抜き︑誤った思い上がりの仮面をはぐ時にのみ︑われわれは理解しているのだということを意味するのだろうか︒ハーバマスはこれを餉提しているようである︒すくなくともかれは反省がそういうことを行なう点でのみ反省のカが証明されているのだと思っている︒われわれが雷葉のクモの巣にひっかかったまま︑それをさらに紡
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ぎつづける時にば︑反省の無力が証明されるとかれは思ってい
る︒かれの前提は実に︑解釈学的な諸科学のうちで行使される反
省は︑ ﹁生活実践のドグマ性をゆり動かす﹂というものである︒
逆にかれは︑理解の有する先入晃の構造を透明化することは︑権
威ードグマ的暴力!1の承認につながりうるという考えを︑基礎
づけることのでぎない︑啓蒙の遺産を裏切る命題だと見ている︒
︵あのバークの世代のものではないが︑それぞれ既存の社会秩序
の革命的震撚にはいたらなかったもののドイツ史の三つの大ぎな
激動を経験した世代の︶保守主義が︑容易に身を隠す真理を澗察
するには恵まれた立場にあるということは︑たしかにありうるこ
とである︒わたしが解放を志向する啓蒙主義の抽象的反定立から
権威と理性を引ぎ難し︑それらの本質的にアンビヴァレントな閣
係を主張するのは︑とにかく洞察に窟んだことを琶うべきであっ
て︑ ﹁根本的確信﹂︵嵩蒔︶などが問題なのではない︑ということ
なのだ︒ 啓蒙主義の抽象的な反定立は︑わたしには真理を見誤るものの
ように思われる︒このことは宿命的な結果を生んでいるーそれ
の の や の の の の リ ロ リ のも反省に虚偽の力を帰し︑真の依存性を観念論的に見誤っている
からである︒教育の秩序から軍隊と行政機関の命令・秩序をへて政
治権力や聖職者の権力のヒエラルヒーにいたるまで︑権威が無数
の支配秩序の形セとってドグマ的暴力を行使していることを認め
よう︑しかし︑こうして権威とは服従なのだと示して見せたとこ
ろで︑なぜそれら一切が秩序であって︑あからさまな暴力行使を ほしいままにする無秩序ではないのか︑ということを知ることは決してできない︒現実の権威の諸関係にとって承認が規定的なものだと考えることは︑避けがたいことに思われる︒間題はこの承認が何にもとついているか︑でしかありえない︒たしかにこうした承認は︑しばしば暴力に対する無力な奄のの実際的譲歩を表現していることが多いけれども︑それはほんとうの服従ではないし︑権威にもとついているものでもない︒権威の喪失とか権威の衰亡︵とその逆︶とかの過程を研究しさえすればよいだろう︒.そして権威が何であり︑何によって命脈を保つのかがわかることだろう︒ドグマ的暴力によってではなく︑ドグマ的承認によってなのである︒権威に認識上の優越性を認め︑それ故に権威が正しいことを言っていると信じないとすれば︑ドグマ的承認とはしかしいったい何なのだろうか︒こういうドグマ的承認にのみ権威は︿もとついている﹀のである︒したがって権威はく自由にV承認されるからこそ︑支配するのである︒権威に耳を傾ける服従は蜜目的服従ではない︒ ところでしかし︑わたしがあたかも権威の喪失とか解放的批判
とかが存在しないかのように考えているとされるならば︑それは
受けいれがたい想定である︒権威の喪失が反省の行なう解放的批
判によると醐冨ってよいのか︑あるいは権威の喪失が批判と解放の
うちに現われていると需ってよいのかは︑ここではどちらでもよ
いであろうし︑ひょっとしたらそもそも糞の二者択一でないか
もしれない︒異論の余地のあるのは︑もっぱら︑反省がつねに実
体的な諸関係を解消するのかどうか︑それらをまさしく意識にお
いても引き受けることができるのかどうか︑という点である︒わ
たしが︵アリストテレスの倫理学に注賃して︶引ぎ出した学習ー
教育過程を︑ ハーバマスは奇妙にも一面的に解しているのであ
る︒その際︑伝統そのものが先入見が妥当する唯一の根拠であり
根拠でありつづけなければならないとする考えーハーバマスは
これをわたしの考えだとしているーは︑なんと雷っても権威は
認識にもとつくとするわたしのテーゼに莫向から反するものであ
る︒成人に達したものは⁝しかし︑かれはそうでないにちがい
ない/ー澗察によって︑かれが従順に守るべきものを引ぎ受け
ることができるのである︒伝統は身分証明書ではない︒とにかく
反省が身分証㎞明書を要求するところでは︑そうではない︒しかし
これがポイントである︒つまりどこで反省は身分証明書を要求す
るのか︒どこでも︑であろうか︒これに対してわたしは︑人間の
現存在め有限性と反省の本質的な特殊性を提示する︒問題は︑反
省の機能を︑事実妥嶺しているものに他の可能性を対決させる意
識化の側藤に定めるのか︑したがって他の可能性ゆえに既存のも
のを非としながら︑しかしまた伝統が実際に︵斜③貯簿o︶提示し
ているものを知りつつ引ぎ受けることができるのかどうか︑ある
いは︑意識化はつねに妥当しているものをもっぱら解消するだけ
なのかどうか︑ということである︒ ﹁権威から︑権威においてた
んなる支配でしかなかったもの︵ll権威ではなかったもの︑と
わたしなら解釈するー︶がぬぐい取られ︑洞察と合理的決定と いう暴力なき強制のうちへ解消しされる︑とハーバマスは言っている︵鷺ひ︶が︑そうなるとわれわれは何について論争しているのか︑わたしにはもはやわからなくなるのである︒ぜいぜい︑社会科学は人から︿合理的決定﹀を︵いかなる進歩にもとついて/︶引き出しうるのか否かが争点なのだろうか︒しかし︑この点については後にしよう︒ ハーバマスの用いている反省と意識化という概念は︑解⁝釈学的反省にあらかじめドグマ的に重荷を負わせるもののように思える︑この点でわたしの行なう解釈学的反省が効果を発揮するのではないかと思う︒われわれは︵匿名の志向性についての学説における︶フッサールを通じて︑そして︵観念論の主観ー客観概念のなかにひそむ存在論的不当性の証明における︶ハイデカーを遡Uて︑反省概念に負わされている誤った対象化を見抜くことを学んできたのである︒たしかに志陶性が内側へと向かうこともおおいにあるが︑このことはそこで同時に思愈されていたものを決して主題的対象にすることはないのである︒このことはすでに︵アリストテレスの澗察を受けいれて︶ブレンターノがとらえていたことである︒そこからでないとしたら︑言葉という謎に満ちた存在形態をそもそもどのように把握しようとするのかわたしは知らない︒ ︵J・ローマンの雷を借りれば︶言葉の展開のうちに生起するく実質的の凍o騨鉱くV反省と︑ヨーロッパの言葉の歴史のなかから形成され︑一切を対象となすことによって︑学問︵科学︶
として明日の惑星規模の文明の前提を創り出した︑はっぎりと主
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題化された反省とは区別されなければならないのである︒
ハーバマスが経験諸科学を好ぎ勝手な言語ゲームではないと弁
護する時︑なんと独特な感情を示すことだろうか︒だれがli自
然の技術的処理可能性の観点の下での−ーそれらの必然性を論難
するであろうか︒せいぜい研究者自身が自分と自分の学問との関
係に対して︑自分の仕事は技術的動機からではないと︑まったく
主観的な権利をもって主張するだけだろう︒近代の学問の実賎へ
の適用が︑われわれの世界とこれにともなってわれわれの言葉
をも根底から変えていることを否定するものは誰もいないであろ
う︒まさしく﹁われわれの言葉をも﹂である︒このことは︑いか
にしても︑ハーバマスはわたしがそう考えていると想定している
が︑言葉によって分節された意識が生活実践の物質的存在を規定
しているということを意味しはしない︒そうではなくて︑あらゆ
る実在的強制をともなった社会的現実は︑いかなるものもそれは
それでふたたび需葉によって分節された意識のなかに表現される
のだ︑ということを意味しているのである︑現実は﹁言葉の背後
で﹂︵罵ゆ︶生起するのではなく︑世界を理解⁝している︵あるいは
もはや現解していない︶と主観的に思いこんでいる入々の背後で
生起するのである︒現実は言葉のなかにも生起するのである︒
もちろんここから︑すでにマルクスが近代の階級社会の労鋤世
界に対する反対概念として認め︑ ハーバマスも好んで使用する
﹁自然発生性﹂︵N°¢σみお\鼻︶という概念がぎわめて疑わしいも
のとなる︵﹁伝承という自然発生的実体﹂とかあるいは﹁自然発 生的諸関係の因果性︹︶︒これは環マン主義であるー⁝しかもこの
ロマン主義は伝統と歴史意識にもとつく反省との間に人為的な深
渕を創りあげてしまう︒ ﹁言語性の観念論﹂はいずれにせよ︑こ
うしたロマン主義へ頽落してしまわないというメリットをもって
いる︒ ハーバマスの批判は︑超越論的哲学の内在主義を︑かれ自身当
然のこととして要求する歴史的条件にてらして闇い質す時︑頂点
に達するのである︒実際これが中心をなす闘題である︒人間の現
存在の有限性を真熱た受け取り︑あらゆる妥当性を構成するとさ
れる︑︿意識一般﹀とか原型的知性陣纂O躍OO盆︒陰賃O費魯畷や器と
か超越論的エゴとかを組み立てようとしない人は︑超越論的なも
のとしてのかれ自身の思考そのものが︑いかにして経験的に可能
かという閥いかけから逃がれることはできないだろう︑ただわた
しはこの点で︑まさしくわたしが展開した解釈学的次元にとって
は︑いかなる現実的困難もないと見ている︒ ︵9︶ パンネンベルクによるわたしの試論とのきわめて有用な対決は
歴史のなかにも理性を誕示しようとするへーゲルの要求と︑人々
がつねにそのなかでは﹁最後の歴史家﹂︵まひ︶のようにふるま
う︑つねに自己を追い越していく普遍史の構想との間には︑原則
的な区別があることをわたしに意識させてくれた︒世界史の哲学
というへーゲルの要求については︑たしかにこれを論難すること
がでぎる︒しかし︑かれもまた﹁君を運び出す人々の足はすでに
戸口の前にある﹂ことを知っていた︒世界史によるいかなる否認
を経ようとも︑万人の自由という究極的な思想には確かな明証性
があり︑意識を追い越すようにその明証性を追い越すことはほと
んどできないことなのである︒にもかかわらず︑あらゆる出来事
の意味を・今日において︵そしてこの今日の未来において︶確定す
ることに本質がある︑いかなる歴史家もかかげざるをえない要求
は︑それとは原則的に異なる︑ずっと謙虚なものなのである︒歴
史︵記述︶が未来を前提することを誰も論難しえない︒普遍史的
構想というものは︑このかぎりで不可避的に︿実践的意図をもっ
た﹀現在の歴史意識の次元の一つである︒しかし︑ヘーゲルをあ
らゆる現在のこうした解釈上の要求に制限してしまうとするなら
ば︑へーゲルを正当に扱っていると言えるのだろうか︒ ﹁実践的
意図をもった﹂il今日誰もこの要求におおいをかけるものはな
いのであり︑自らの有限性を刻みこまれた意識と概念の独裁に対
する不信がこれに好都合な環境をつくっているのである︒しかし
本気でへーゲルを実践的意図に還元しようとするのであろうか︒
パンネンベルクとわたしとの議論は︑わたしの理解するかぎ
り︑こうした点では空を打つことになる︒というのは︑パンネン
ベルクもヘーゲルの要求を再興するつもりはないからだーーただ
もちろん︑キリスト教神⁝学轡にとっては︑あらゆる普遍史的な構
想の︿実践的意図﹀は受肉という絶対的な歴史性のなかに確固た
る点をもつ︑ということが相違点になるのである︒
にもかかわらず︑間題は残る︒もし修辞学の普遍性に対しても
イデオロギ!批判のアクチュアリティーに対しても解釈学的問題 構制の意義を主張しようとするのであれば︑それ自身の普遍性を基礎づけねばならないであろう︒しかもこのことを︑解釈学的反省を受けいれ︑︵﹁賢明さの方法的完成﹂のうちで︶それを学問にとって有用なものにすることを要求している近代の学問に対してこそ行なわねばならないだろう︒解釈学的反省がこれをなしうるのは︑それが超越論的反省というどこから・も攻撃できない内在性に巻ぎこまれてしまうのではなく︑自分の側から︑この反省がiーたんに⁝学閥の内部のみでなくー1近代の学問に対して何をなしうるのかを言うことができる時だけである︒ 解釈学的反省は︑あらゆる意識化が遂行する仕事を完成するものであろう︒だから︑それはさしあたって学問︵そのもの︶の内部で示されねばならないであろう︒所与の事前理解⁝の反省は︑ふつうだったらわたしの背後で生起している若干の事柄をわたしの前にもたらしてくれる︒若干であって︑すべてではない︒というのは︑作用史的意識は︑廃棄でぎないという意味で意識というよりは存在だからである︒このことはしかし︑作用史的意識は︑恒常的意識化をせずともイデオロギー的硬直化をま滋がれうるなどということを意味しはしない︒こうした反省によってのみ︑わたしはわたしに対してもはや不自由ではないし︑わたしの事前理解の当・不当を慮由に判定でぎるのであるーたとえ先入見によって見られていた事物から新しい理解をかち取ることを学ぶというやり方でしかないとしても︒しかしそういうことのうちにも︑わたしの事前理解を導く先入見がつねに共働しているーiそれらの先
八箪
八四
入見の放棄にいたるまで︒もちろんこの放棄はつねにまたそれら
の組み変えを意味しているのだ︒というのは︑あらゆることを教
えられつつ︑つねに新しい事前理解を完成していくのが︑経験の
倦むことなぎカだからである︒
わたしの解釈学的研究の爵発点をなしている領野︑芸術学と文
献学的ー歴史学的学問においては︑解釈学的反省がいかに有効
なものとなるかを容易に示すことができる︑芸術学における様式
史的考察の自律性が︑芸術概念の解釈学的反省によってーある ぷぷヅクいは個々の時代概愈の反省によってーどれ橡ど震憾されたかを︑
イコノグラフィーがその周辺的位置からどのように前面に踊り謁
てきたかを︑体験と蓑現の概念の解釈学的反省がいかに文芸学へ
も影響をおよぼしたかを︑考えてみて下さいーたとえそれが久
しい以前から押し審せてぎていた研究動向のさらに意識化された
継続という意味でしかないとしても︑である︒︵相互作掲もまた
作用である︒︶確固とした先入見を震憾させることが学問的進歩
を約束するということは︑一般に自明である︒というのは︑それ
が新しい問いを可能にするからである︒しかも歴史研究が概念史
的意識によって獲得しえたものを︑われわれはつねに体験してい
るのである︒こうした領野で︑歴史主義的異化が︿地平融合﹀の
形をとっていかに媒介されるのかをわたしは明らかにしたと思
う︒ハーバマスの明断な仕事のおかげで︑社会科学の内部にあっ
ても解釈学的貢献が明白なものになったと思う︒とりわけこのこ
とは実証主義的科学論の事蘭理解を︑それどころか先験論的現象 学と一般需語学の事前理解とをかれが解⁝釈学的次元と対決させることによってなされているのである︒ しかし︑解釈学の機能は︑それが諸科学にとって竜つ意味に尽ぎるものではない︒あらゆる近代の諸科学には︑それらが不当にも自然的意識に要求している深く根をはった異化というものが固有のものであり︑それは近代科学の開始期にすでに方法の概念を通じて反省きれた意識に到達していた︒この点について︑解釈学的反省は何も変えようとすることはでぎない︒しかし︑この反省は︑諸科学のなかでそのつど指導的な役割を演じている事前理解を透明化することによって︑新しい問いの次元を拓き︑このことによって方法的な作業に間接的に奉仕することができる︑この反省ばさらにこのことを超えて︑諸科学の方法論が自らの進歩のために支払ったものを意識化することがでぎる︒それがいかなる不分明化と抽象とを︑不当にも要求しているのかを意識化することができるー・こうし海不分明化と抽象とによって自然的意識は途方にくれて後に残されてしまうのであり︑にもかかわらず︑自然的意識は科学によって達成された発萌や情報の滴費者として科学に従うのである︒このことをーヴィトゲンシュタインとともにfこう表現することができる︑科学の︿言語ゲーム﹀は母語が形づくるメタ書語に関係しつづけると︒科学から獲得された諸々の認識は︑近代的な情報手段を経て︑そしてしかるべぎ︵時には不当にも大きな︶遅れをともなって︑学校や教育を通じて社会的意識のなかへ入っていくのである︒このようにして科学の言語ゲーム