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天理本『野ざらし紀行』の清書意識

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天理本『野ざらし紀行』の清書意識

著者 伊藤 厚貴

雑誌名 三重大学日本語学文学

5

ページ 77‑97

発行年 1994‑05‑29

URL http://hdl.handle.net/10076/6474

(2)

天理本『野ざらし紀行』の清書意識

一、はじめに

昭和ニー年に発表された志田義秀氏の『野ざらし紀行』

藷應の系統研究(注こ以後、現在定説となっている弥吉

菅一氏の系統序列論(注二)に至るまで、芭蕉自筆巻子本「天理本」は、一貫して初稿性が高い本文として扱われて

きた。

一方、『野ざらし紀行』諸本の、意匠、表現、表記、字

母用法等の詳細な検討を進める濱森太郎氏は、「天領本」

のメディアとしての特性(美術品、オーダーメイド、愛蔵

品)と、主人公の印象表現を目的とする独自の文章特性を

指摘されている(注三)。

本稿は、これら従来の研究に加え、「天理本」の清書意識の内実をさらに詳細に考察し、①主人公の心理を浮き彫りにする語彙選択、②主人公の心理のありかをマークする

字母の用法、③美術品としてⅥ字母の用法等を明らかにし

たものである。

二、「天理本」清書本文の性格

現在天理図書館に、杉風伝来の他の芭蕉真跡類と共に納

められている「天理太」は、杉風没後もおよそ百年間、杉 伊藤厚貴

風家に愛蔵されていた本文である。底本とした天理図書館

善本叢書『芭蕉紀行文集』の「解題」には」次の書誌デー

タが記載されている。

巻子本、柿色地花菱繁若松文金欄表紙

金泥松源氏婁に空模様の銀切箔を天地に散らす。(略)縦二三・二糎.本紙廠二丁二糎×全長四六七・五纏

(注四)。

この『芭蕉紀行文集』によって、「天理本」の書きぶり

を見ると、地の文の文字数は平均約一二字、俳句は平均約

一四字で目立った増減はなく、行間は約一糎でほぼ変わら

ない。華蔑な表装に見合った整然とした本文の書きぶりで、

芭蕉の草稿類に多い推敲のための書き入れが全くない。..

弥吉菅一氏は、「天理本」と他本の異同表現・表記を抜き出し、「用字」「加えられた章句」′→削られた章句」

「変更された章句」を検討した上で「天理本」の特徴につ

いて次のように述べている。「天理本」がそれらの諸本の内で、他のいかなるもの

とも異なっている場合が多く、しかも、彫琢がなくて

簡素であるという,1とがわか「一た。(注五)■なお、ここでは、「天理本」の独自の表現・表記の多く

(3)

は、初稿性の表れであるとされ、「天理本」の表現意図を

詳細に述べていない。このため、整然とした清書の意図、

華麗に表装されて杉風とその子孫に大切にされた理由、「天理本」に固有の存在意義が明らかとは言い難い。

一方、濱森太郎氏の論文中には、「画巻本」の性格を明

らかにし、併せて「天理本」本文の特徴を指摘された一連

の葡文がある。.以下に「天理本」本文に蘭する氏の指摘を

要約する(注六)。㊨従来の研究が示すように、「天理本」が初稿形態で

あることは動かない。

②〕天理本」は、旋の風俗の記録ではなく印象ゐ記録.であり、「画巻本」は、主人公の内面を描く文と、

主人公をとりまく状況を描く絵とが相補的に補完関係を持つ絵巻物である。両本の本文の違いはメディ

アの遠いによる。

③「天理本」は秘蔵・愛蔵される美術品としての性格を持つ。

⑥「天理本」と「画巻本」の闇には二〇種類の仮名字

母の変更があるd「画巻本」で書き換えられる字母

は、「天理本」・では複数の字母が括抗状態で使用さ

れている〓部、「画巻本」に見られる役割が限定

された字母の用法の萌芽が見られる。)。

氏は、「天理本」は初稿性が高い本文であるが、「画巻

本」との異伺の中には、・.主人公の心理を描いた書物系本文としての表現、本文の構成掛あること、枚数の字母が括抗 状態で使用されている字母の用法の一部に、修辞的役割があること等を指摘されている。本稿では、氏が指摘され七「天理本」の性格・清書l意図の内実を、語彙・字母の選択の面から更に詳細に検証する。

三、「天理本」と「画巻本」の表現の異同1「天理本」・「画巻本」の表現を比較すると、五十八の

異同がある(付表A参照)。まず、『野ざらし紀行』諸本中「天理本」あ本文のみが異なる箱根の条の長岡の意味を

考察離郡那離馴儲剛剛野馳痙攣

[覧林]"抽放"

この異同七関する弥吉氏の説は次のように要約される。

「画巻本」の段階で大井川の条に「終日」が加えられ

たことにより、「終日」という語句が重複することにt

なり、箱根越えの条の「終日」が削除された。また、「山」の次に「ハ」の助詞があると散文訴になり、だ

れ気味となるので、その助詞「ハ」を削除し美(注七)。

また、高橋庄二氏は、「山ハ」の「ハ」の削除について、「ハ」がないほうが七五詭でリズミカルであると指摘して㍑紬折鮎摘聖錮鰯当山酢摘牒棉遇摘畑」と七五鯛になっている。「天理本」本文のリズムは、

(4)

異同①②のどちらか・一方では、文中に七五調が混在する。しかし、「天理本」本文の形も散文的であるという点で整

合性のある表現であって、語調を整えることが推敲の理由

のすべてだとは考えにくい。弥吉、高橋両氏の説は、「天

理本」の表現が推敲されるべき初稿形態であることを重視し、この推敲の意図と、そノの効果の考察が忘れられている

のである。

一方、この条の表現に関して濱氏は、「画巻本」の本文

と句文「士噂讃」中の発句(「薯霧の暫時百景をつくしけり」)とを比較して当日の天候を考察し、本文と箱根越え

の場面の絵との食い違いとその表現意図を明らかにされた。

以下に氏の説を要約する(注九)。

①事実から言えば、この富士山は従来のように一日中「霧しそれ」に隠れていたと解釈する必要がない。

②「画巻本」の箱根越えの条の絵には、富士山も箱根

の山並みもちやんと姿を表している。この絵と「終日」の削除とが一体となって、この場面での実曝の

天候を暗示する。この推敲により、「山背嚢にかく・れたり・富士を見ぬ日」という感傷的で誇張された

表現のユーモラスな含意を読者は知ることが出来る。

氏の説により、「画巻本」の絵と詞書との相補的な補完

摘摘誹綱掴錮純絹が叫いし机、適㌍リ㍍鍼錮銅

されていたのかを考察する。『東海道分間総画』によると、江戸日本橋から箱根峠の 登り口である小田原までは約二十里、小田原から箱根までが四里、箱根から三島までが三里二八町である。『野ざらし紀行』の旅から九年後に西上した隙の族程を許しく述べている「元禄七年閏五月t〓日付骨良宛書簡」等によると、江戸を閏五月十一日に出発し、十三日小田原に到着。十四首に、しきりに降る雨の申、箱根峠を徒歩で登り、箱根から籠を借りて三島に下り、三島で宿泊している。又、十五日夕方には嶋田に到着し大井川を越えようとして「是非に」と引き留められている。この旅程と『野ざらし紀行』の小夜の中山を早朝に越える記述から、『野ざらし紀行』西上の旅には、次のような旅程が考えられる。八月の十六日に江戸を出発し、十八日に小田原着。十九日早朝に小田原を出て箱根峠にかかり、正午過ぎに箱根着、籠を借りて箱根峠を下り、三島かその先の沼津、原に宿泊。二十日に嶋田を過ぎ大井川を渡って金谷に宿泊。二十一日夜明け前に金谷を出発し、小夜の中山を早朝七越える。この旅程の内、箱根着が正午過ぎであることは、ほぼ間違いない。「天理本」本文の「終日雨降て」以下から読みとれる主人公の旅は、この現実の芭蕉西上の兼とは、微妙に違う部分が暗示きれている。一まず、「終日」とあることで、その日は朝から雨が降り、主人公は箕笠で雨仕度をして、箱根を越えたことが暗示されている。『東海道名所記』は、箱根峠を次のように記している(注一〇)。

雨ふりには馬も人もすべりて、しりもちをよこなげに

(5)

する。手足もどろまぶれになりて、はふくくだる。

(略)こ1は坂そちにて、いきながら、ぢごくの道を

ゆくかと、雨ふりには一しほねんぶつの申さ1るぞか

し。

朝から降り止まない雨の中、この旅人達が「地獄」と呼

ぶ峠を、うつむき加減に歩いている主人公の姿、その儀の

困難さが「終日雨降て」の表現によって暗示されている。また、絵によって本文が補われていない「天理本」本文

では、「山ハみな薯にかくれたり」の「山」が何を指すの

かは、明示されていない。ただ、.「山」は係助詞「ハ」に

よって取り立てられ、「画巻本」に比べて、主人公が「山」に特別執着していることが強調されている。その後、「善しそれふじを見ぬ日ぞおもしろき」の句に至って、主人公

が執着していた「山」は、「ふじ」であることが明らかに

なる。この句に用いられている「しそれ」は本来冬の季語

であるが、「霧しそれ」とすることで、八月の旅の季語と

なっている。但し、.「しそれ」という言葉からは、『笈の小文』冒頭の「帝人と我が名呼れん初しそれ」に現れる旅

人と同様の旅人がイメージされる。『笈の小文』の旅人が、

謡曲『梅ケ枝』のワキ僧であることは、従来指摘されている。謡曲『梅ケ枝』では、ワキの僧は自己の旅を次.のよう

に位置付けている(注一一)。

我線の衆生を済度せんと。多年の望にて候程に。此度

思ひ立ち廻国に赴候。『笈の小文』の冒頭の句の「時雨の申を旅する旅人、貴 僧」は廻国修行の旅の僧である。この僧とほぼ同様の姿に身をやつして旅をすることで、主人公は、先に見た厳しい箱根越えに、かえって旅の醍醐味を見ている。旅が厳しければ厳しいほど、この主人公は、身をやつした「旅人、貴僧」に近づいてゆき、彼の気持ちは引き立ってゆく。この族の難所で「おもしろき」と旬を詠む主人公の心理を、旅の厳しさを暗示している「終日雨降て」が引き立てている。「天理本」本文では、このように西上の旅の難所を、

「時雨の中を凍する旅人、貴僧」に身をやつし、箱根の他

の名所を全べ意識せずに、「富士山」に執着して登った主

人公が措かれている。この「終日雨降て」によって暗示さ

れる「おもしろき」とはとても言えない状況の峠で「おも机塁「鋸ほ摘摘軋罷掴貼配胱憫媚れ㌶根紺紺摘屈折した心理のように、この箱根越えの粂は、旅の実際より主人公の心理の面白さを表現している。

さらに「終日雨降て」の表環には、翌日の大井川越えの

条で主人公が眼前に見ている大井川が、箱根越えをした前

日の朝から降り続いた雨で、増水していることを示す働き

もある。

ちなみにこの条では、千里を紹介する表現も「天啓本」と「画巻本」では異なる。比較の便のため、その異同を次

に掲げる。

[宗林.泰鴇議慧

(6)

「画巻本」の表現は、千里の人柄の説明をするのに『荘子』

の「莫逆於心」を引用しているので、湊文蘭に書き換えら

れたとされてきた(注l二)。従来の説は、「画巻本」の

表現意図に関して説明していないし、「天理本」の表現の

意図に触れていなけ。「画巻本」の表現は、.冒頭の「千里に旅立そ路銀をつゝ

ます。三更月↑無下に入と云けむ」、直前の.「莫逆の交ふ

かく(莫逆於心)」と同様に、主人公が漢詩文的世界に傾

倒していて、漢詩文的世界の枠組みの中で感動を表現する

ことを示している(注〓≡二∵漢字七字の連続する表記に

は、この表現をより漢詩文風に見せる視覚的効果があるこ

とは、高橋氏が指摘している(注一四)。

これに対して、「天理本」本文では、主人公の漠詩文趣

味への指向を読者に示し得ていないが、心の動きの主体で

ある「我」が明確に示されている。主人公が、・千里の人柄

に「まことある者」と感動心ている様子ガ明示されているにもかかわらず、ヰ里は「深川や芭蕉を富士に預けゆく」

と、見えている富士に挨拶をする句を至極冷静に詠む′(注

一五)。主人公の「富士を見ぬ日」の句と千里の句との食

い違い、主人公の千里に対する思い入れと千里の凋静さと

の食い違い、この二つの食い違いがこの部分の面白味とな

る。

箱根越えの条に続く富士川の条の「画巻本」本文と絵と

の食い違いと、そ切意図に関しても、濱氏は既に指摘され

ている。その説を以下に要約する(注〓ハ)。 ①富士州の粂の文章は、捨て子とその周りの状況とを

客観的に伝えようとする文章ではなく、泣いている

幼児を目撃した時の主人公の印象の断片である。②「画巻本」の絵では、子どもは、腕を横に上げて今にも駆け出しそうな風情で立っているし、その足下

には、風呂敷包みらしい荷物が一つ転がっている。

その様子は、主人公の手前勝手な感傷の眼差しなど

寄せ付けそうもないほどしっかりしている。

氏は、幼児が泣いている光景に、主人公が自己の感傷を

投影して、発想をエスカレートさせていく「画巻本」本文と、その逆上ぶりを暗に示す「画巻本」の富士川の絵との

食い違いを明らかにされた。

この条の「天理本」本文の表現を考察するために、以下

にこの慧の冒頭郡朋別封鋸掛驚

「天理本」本文の表現は、この場面に登場する紛児を

「画巻本」のように「捨子」とは決めつけず、三歳ほどの

「ちご」が泣いている様子を「かなしげ」の語彙で表現し

ている。「画巻本」では、濱氏が明らかにされた主人公の

過剰な感傷による逆上は、場面冒頭から始まっているが、「天理本」では、子どもの現実の姿の把撞の後に始まる。

このため、この異同部分の一文は、主人公の心理が現実か

ら帝離し、逆上していく過程を暗示することになる。

小夜の中山の条でも、「天理本」本文は、現実と幻想を

(7)

対比的に取りあげている。∵

[斬慧∵雌義郎或欄い紅溜憫瑠Ⅷ

「天理「画巻

/1しけれハ落ぬへきことあ翳たゝひな

...

.一腹「:….…..【■≡….:.:▲≡.

らけるに.・・・・....

‥・に馬止に鞭をたれて に落ち込んでいく。この「天理本」本文の洩庚を措いた叙述はl「画巻本」の段階で削除されるザ、辺りの暗きだけでなく聴覚的な凄儀(蹄の音)七も誘われて、主人公が湧詩文的夢想に陥▲つていく過程を明示したもので凍る。I

さらに、「当麻寺」「吉野詣」の条からそれぞれ例を掲

げて考察する。L腎ト

済民が「画巻本」のこの条の異同⑧⑳に関連して、明ら

かにされたこ七を次℃屠約する(注一七)二。

最初は∵ともかく月覚lめていた彼の乱界に、杜牧の「早行」の轟句が混入するに連れて、疲はゆっくりと

夢の世界に落ちていくルネの夢の世界で偲、彼むまた、

危険な「早行」を続けている1

氏は「画巻本」のこ釘粂の本文が、小夜の中山の朝景色を正確に伝えようとした受章ではなく、ついつい層の申に落ち込んでいく主人公の印象の世界を描い尭文章であることを明らかにされた。「画巻本」では、「山の根隙いとくらき昏を境に、

.「馬上に鞭をたれて」以降、湿詩文が掬い交ぜになりながら夢の世界に落ちていく:Jれに対し、「天理誉.では、

「やまのねきハいと暗く」以降も、現実の主人公の姿が続

く。「馬の蹄の音もかすかに周こえるので、(その時さと

馬の蹄のかすかに聞こえる音のリズムの心地よさにうとう

としてしまい、馬から)落ちてしまいそうになったことが

度々であった」という事実を述べた後に、杜牧の詩の世界 [献琴豪〃詣瑠諸島摘蒜凝誌済民は「画巻本」・のこの条について、主人公が近視眼的に物を見、古典の色旺鏡を懸けて現実を見てい右例であることを指滴されている(注一八)?この論で氏はへ 「凡」

以下の葡掲の表現について、∴まず年輪を無造作に千年余りと推定した(略)」と解釈され、主人公の初の見方、見

え方を表現することが重視されている「画巻本」本文の性

格を指摘されている。一方「天理本」では、「庭上の枚」を目の当たりにしたときの主人公の感嘆を表す言葉「まヱ

とに」が選択され、主人公の心理を表濁することが重視さ

れている。

吉野詣の条の西行魔の一節から、

を掲げ拷

②[軟禁

ささ奥お

くの院よhソ・・・一・の院より右の万一

わけ

ー胞.わけ

砂山宗議蒜設絹認法益

鮭ト [酢禁止

としとし

「画巻本」本文の西行魔の一節について濱氏は、「魔の

(8)

位置とそこに至る道のありさまとが、や1大きな視野の中で簡潔七把撞されてい告」と述べられ、「とくくの清

水」を描写する視線の軽快な動きに、主人公の心の成熟か

現れているという(注一九)。また、「画巻本」の青野山

遠望の絵では、紅葉の盛りの山頂に奥の院の屋根がかすか

に見え、少し離れた山腹(奥の院から見て右の方角)に頼りない鳥居が一つあり、その下に西行の魔の跡らしきもの

がかすかに見える。「画巻本」本文は、この絵の説明にも

なりている。」方、「天理本」の異同⑳は、方角の指定が

無い。この表現は、どの方角へ分け入るかではなぐ、奥の

院より更に「奥」に分け入ることが重要であると感じ、一心に西行の庵に噴け入る主人公の心瞥を表示してい官異同⑳の「わけ入て」の「て」は次のセンテンスの「有P

と重複するが、主人公の目の前が開けていく線子を畳み掛

けるように表現する効果がある。異同⑳に関して、弥吉氏は係助勢「ぞ」の結びが琴っていたため「画巻本」で削除したと説明している(注二〇)。、済民は、.「画巻本」、のこ

の節を細字す計際、「(略)\へだて美る。いとたふとし。」とし、,、Jの部分が切れていることを示唆されてい督.「天

理本」本文でも、ここの「そ」で切れていると考えると、この「ぞ」は、この節の最初からここまでを受けて終助詞

的に働キこの妄を主人公の減愕しで表現する。

[覧牢柵舶諾冊仙瑠詫開設㌫咄

「画巻本」・では、文章棺な完成を考慮して「かならず」 が削除されたと思われる異同⑳は、「天理本」においては、「かならザ」が二度重ねて使用されることで、「わけいりて……看て……」の「て」の重複と同じく、主人公の感動を畳み掛けるよシに表現する効果がある。

以上要するに、「画巻本」本文は、絵と文が相補的に、

ユーモアを醸したり主人公のものの見方を表現したりする

のに対して、「天理本」本文は、初稿性の高い表現である

と共に、主人公の心理を浮き彫りにする特性を持っている。

付表Aに挙げた異同の内、異同⑧〜⑳「伊勢参宮の粂」の画巻系本文と書物系本文の構成の遭い、「葛城の下の郡の粂」の⑳⑳、「奈良への道中の粂」の異同㊨(朝霞と薄儀の違い)に関しては、「泊船木」本文の特性に関する濱氏の論により、画巻系本文と書物

系本文の速いとして詳細に明らかにされている(注二こため、本稿では触れなかった。

四、文字の修辞的用法

従来の字母に関わを研究では、字母にはそれぞれに決まった修辞性・装飾性が為ると考えられていた。以下に主な

先行研究の成果から、その発想がわかる瓢分を要約する。

①.「関戸本古今集」の複数字母併用の傾名字母にお、いて、字母の意味が意識されたと考えられるのは、

「勢」「地」.「都」「火」「倍」の五字母であった

(注二二)。〉

②『おくのほそ道』では、一例しかない「帝・遍」が

行頭に用いられている。行頭に必ずこの字母を用い

るというのではないか、あまり使われない字母を用

(9)

いた理由があるとすれば、行頭ということしか考え

られない(注二三)。

②の論で木越治氏は、近世文学作品における字母用法を、

清濁・行頭行末・語頭語末等価観点から分析し、それぞれ

の一般的な専用字母を考察され、作者・作品に関係なく一

便名を表記する専用字母があることを指摘された。ただし、

木越氏の論は、語や行の中での字母の位置を、一般的用字

法の観点から取り上げるため、作品、作者によって字母用

法が違う場合の覿明が難しい。また、なぜ行頭行末・語頭

語末で書き分けの意識が働くのかについても十分説明して

いるとは言い難い。

一・方濱氏は、一部の字母の用法に固定された意味や役割

があることを恵めた上で、『野ざらし紀行』「天理本」か

ら「画巻本」への推敲の過程で、一字母が集中的に用いら

れることによって残りの字母が、修辞性と装飾性を兼ね備

える偏用文字として役割の上で特化されたことを明らかに

した。また、氏は、字母の修辞的用字法の萌芽が「天理本」

にも見られることを指摘している(注二四)。

本筋では、「天理本」中で少数用いられる字母の用法を、

語彙、単語中の位置、行中の位置、直前字母、直後字母等

の観点から詳細に検討し、濱氏が指摘された字母の修辞的

用字法が、どの字母に見られるのかを検証する。これは、

用例の少ない字母の用法を、一字母ずつ考察する従来の発

想の有効性を検証することにもなる。「天理本」は、『野ざらし紀行』諸本中、字母の集中度 が最も低く、使用字母の種類が「泊船木」に次いで多い本文である(注二五)。しかもその用字を詳細に観察すると、文字の修辞的用法とでも言うべき興味深い事実を指摘することが出来る。

「天理本」から「画巻本」に至る段階で、「天理本」の

二十種類の字母が書き換えられたこと、その書き換えられた字母が語頭、菅尾、単語(助詞、助動詞)の展記等に限

定的に用いられている,しとは既に指摘されている(注二六)。

これを考慮して、次の三つの基準で「天理本」独自の仮

名字母を拾い上げると表一のようになる。①用例好一例である字母。

②二例以上用例がある字母の場合は、集中率が一五%

以下の字母(注二七)。③当時の芭蕉句文で汎用的に使われていない字母。

表一、「天理本」に用いられる装飾文字

太」た

■l■一

ヽ‑■

舞iむ

を..

免ぎめ

ーニ

,「

凹 希I,■

}

}

り 布

ヽ■■■■■■

}

玉 楚

※〇内は、用例数。※「ホ」は、集中率一五%以下であるが、.当時一般通用の文字であったと思われるため、取り上げなかった。※「飛」は、集中率二〇%であるが、画数が多く、.当時一般に用いられていなかった字母であると判断したため義一に取り上げた。

(10)

挙措て仮名に用いられるカタカナ(イトサ・シ・ス・ニ)は取り上げなかった。

表一に取り上げた装飾文字中、「九」「梨」「帝」「楚」

「遭」「舞」の六字母について、通常の選字意識(語彙、

単語中の位置、行頭行末、直前の文字による変化、直後の

文字による変化)で、どの程度説明出来るかを、以下に検

「九」が哺いられる語彙は、「とぼ小・にくむ・とくく

と・ちいさく」の四例である。このうち、「とぼく・ちい

さく」は「天理本」中に同じ語彙がないため、語彙に起因した畳字意識の有無を確認できないが、「にくむ・とくく」

には「く」を「久」で表記した例があり(「に小む」が一例、「といく」ぜ南)、語彙に起因した軍意識が、このl蕗に関しては働いていなかったことが明らかである。

次に掲げた表二は、「天理本」で「九」が用いられる単語

の品詞である。

表二、「天理本」中の「く」が用いられる単語の品詞

「天理本」中で「九」は、四つの品詞にそれぞれ一例ず

つ用いられており、品詞上、使い分けられてはいない。単

語中の位置では、.話中の用例が二例、語尾の用例が二例で、 語頭には用いられない。「天理本」では「く」の全用例(五七例)中、若頭に用いられている例は〓\例二九%)で、「九」が語頭に用いられる期待値は約一字(〇・七七字)だが、「九」は語頭に用いられていない。「九」が語頭に用いられないことは「九」の字母用法上の特徴の一つであるが、話中に用いられる用例が二例あるため、修辞的に語をはっきりと目立たせる意図があるとは言い難い。さらに、行中の位置を見ると、四例とも行頭行末には用いられていないので、特に行のアクセントや、文の切れ目を表示するとは考えにくい。また、直前字母は「左・踊り字(〜)・止・保」」直後字母は「漢字・末・踊り字(く)・可」で、直前に漢字は用いないという用法上の特性が見られる。しかし、「天理本」では、「く」五七例中、直前の文字が漢字でない用例が、五一例(八九%)有り、使い

拍冊諸摘摘絹絹∽綱川如㍍摘醐凋摘㍍Ⅷ銅錆と「久」の混同を避け、かつ近接した同一字母の繰り返し

を避ける囁慮が働くものと推測される。仮名書きの固有名

詞「とぼく」の語尾「九」は、固有名詞の読み易さへの嘲

慮とも考えられるが、同様の仮名書きの固有名詞「とこく」

釘「く」は「久」と表記されている。これらのことから、「天理本」で用いられる「九」の用法には、語や文の切れ

目を表示する用法だけでは説明しつくせない意図があるこ

「梨」が用いられる語彙は、「よりも・より・たり・な とが伺える(注二八)。

(11)

り●かハり●かさなり・のぼい

り●かハり・かさなり・のぽい

理本」中に同じ語彙がないため

の有無を確認できない。「よい 壷た叫」の八例で、「な■きたづ」の五例は、「天語彙に起咽した選字意識

(も)・たり」には、「利」

を用いる用例がそれぞれ、「より」に七例、「たり」に三

例あるためl、語彙に起因した畳字意識は「九」同様見い出

せない。.次に「天理本」中で「り」が用いられる単語の品

詞を表三に掲げる。

表三、「天理本」中で「り」が用いられる単語の品詞 にも「九」と同様に、通常の用字意識・用法だけでは説明しっくせない意図があることが伺える。(注二九)。

次に助詞として、限定的に用いられている「帝・楚」lの

字母用法について考察する。表四は、「天理本」中で「て」

が用いられる単語の品詞である。

表四、「天理本」中で「て」が用いられる単語釘品詞

撃三例二淵儲礪頂棚司属

四例一例㌻例一

r

「梨」は、動詞・助動詞の活用語尾、助詞の語尾として

用いられており、由詞上」使い分けられてはいない。単語

中の位置は、八例すべてが語尾であるが、「り」五四例中、

話中の二例を除く五二例(九六%)が語尾として用いられ

ている。行中の位置では、行末が一例あるのみで特に特徴はない。直前字母は「与・与・多・奈・ハ・奈・保・多」、

直後字母は「毛・漢字・行末・気・亭・漢字・天・介」で、

直前に漢字は用いないという用法上の特性はあるが、「天

理本」では、「り」五四例中、直前の文字が漢字でない用

例は、四九例(九一%)有り、偶然の結果とも考えられる。

これらのことから、「天理本」で用いられる「梨」の用法 表四によると、「天」が汎用的に用いられる字母であり、「亭・帝」が助詞に用いちれていることがわかる。但し、助詞のみに用いられる「亭・帝」になぜ使い分けが見られるのかは明らかでない。(注三〇)

助詞のみに用いられる「帝」の行中の位置は、行末が一

例(行末の「て」は二〇例∧亭一〇例・天九例∨)で、特

に使い分けの理由とは言えない。直前直後の文字を見ると、

直前字母が「利・ヽ・礼・支・知・漢字」、直後字母が「漢字・知・漢字・行末・漢字・以」で特に目に付く特徴

は見いだせない。「帝」は「亭」とと庵に助詞専用の字母

として限定的に用いられているが、この二つの「帝・亭」

の使い分けは、語彙・単語中の位置・行中位置の観点から

では十分には説明出来ない。

(12)

表五、「天理本」中で「そ」が用いられる単語の品詞表六、「け」が用いられる単語の品詞

表五によると、「曽」が汎用的に用いられる字母であり、「楚」が切れ字「ぞ」に用いられている。「曽」も切れ字

「ぞ」に五例用いられるが、「楚」が切れ字「そ」の表記

を目立たせる役割を担っているのは確かである。「楚」の

行中の位置を見ると、切れ字「ぞ」一例が行末に用いられ

ているが、「曽」でも同じく切れ字「そ」一例が行末に用

いられている。直前直後の文字は、直前字母が「官・己」、

直後字母が「行末・志」であり、「曽」では、直前の文字

が漢字の用例が二例、直後の文字が漢字の用例が一例見ら

れるため、直前・直後に漢字を用いない用法上の特性を指

摘できる。但し、「楚」の用例が少ない上、「曽」の用例中でも前後に漢字が用いられる用例が極端に多いわけでは

ないので、この特性は「楚・曽」の使い分けの理由の一部

であると考えられる。「け・む」が用いられる単語の品詞を、下段の表六・七

に纏めた。表六・七によると、「遺・舞」は、すべて助動

詞に用いられている。用いられる語彙は、「けり、けむ・

べけむ、む」である。「天理本」中で、「けり、けむ・べ

けむ、む」に用いられる字母を表八に纏めた。

溝竜介気'

例 .五 名、

u HH

■動 詞‑

H

1

H H

ui例

.動

表七、「む」が用いられる単語の品詞

「けり、けむ・べけむ、む」に用いられる字母

※〇内は用例数。

表八によると、「道

内四例が助動詞「けむ 舞」はそれぞれ五例あるが、その

(遺舞)」に用いられている。「け

む」は「天理本」中では、五例あり、例外は「希無」一例

である。「遣」の残り一例は助動詞「けり」、「舞」の残り一例は助動詞「む」の表記に用いられる。これらのこと

から、・「天理本」本文中では、助動詞「けむ」の表記に

(13)

「遺・舞」を用いるという選字意識が働いていると言える。

但し、それぞれ一例の例外があるため、絶対的な原則とは

言えない。

用例が三例ある「飛・満」には、語頭・話中・語尾の月

例がある。これちは、「九・梨」とほぼ同じ結果がでるので詳しく述べなかった。

用例が二例ある「古」は、用例数は少ないが、単語中の

位置が二例とも語頭(語彙「こ〜ろ」二例)に用いられて

いる。これは、字母が単語のまとまりを表示する例であろ.う。名詞語尾が二例、助詞「のぞの語尾が一例の「ミ」、

助詞「に」がl四例、動詞「にる(似る)」の語頭が一例の「仁」も同様である。

次に、表一に取り上げた字母の内、用例が一例しかない

字母について、語彙、単語中の位置、行中の位置、直前字母、直後字母の特性を下段の表九に掲げる。

表九の、用例が一例の字母の内、話中に用いられる「閑・里」は、複数.の用例がある装飾文字と同様に、一語をは

っきりと目立たせる修辞的な特性だけでは、その用法を充

分に説明できない。

語頭に用いられる「加・希・太・東・布・遊」は、単語・

の初めの一文字を目立たせ、語尾に用いられる「免」は、

単語の切れ目を示す。また、一帯に用いられる「遍」は、

その語を目立たせる。これらは、文字の修辞的用法である。

行末に用いられるのが「免」のみであるのは、〓詰を行末、

行頭に跨らせない配慮があったからであろう。.「加・希」 表九、用例が一例の字母の用字特性一覧

直 直 彗E⊂l 壱E 行 行 彗;E!l

後 前 語 尾 l R

末 頭

P口l

H"l

鹿

※直前の文字・

直後の文字が

漢字の場合は「漠」を記入

した。

以外の字母の直前直後に漢字が用いられないのは、画数の

多い漢字と隣り合わせると、画数が多く華やかな字母や珍しい字母を用いた効果を減ずるからである。「天理本」本

文中で、語頭・語尾・一帯に用いられるこれらの字母の特

徴が、修辞性と装飾性とを合わせ持つことであることは、

明らかであるが、次の問題点が指摘できる。「天理本」に

詐机㌍諸醐㌘㌍醐Ⅷ…髭拍…銅摘摘㌶用摘

に」だけに「加」が用いられた理由は、これまでの分析で

は明らかに出来ない。他の字母に関しても同様である。

以上要するに、「天理本」中で少数用いられる字母には、修辞的な特性のみではその使い分けの意図を充分に説明できない字母と、単語を目立たせる意図があると思われる字

(14)

母とがある。前者は主に二例以上の用例がある字母であり、

後者は主に用例が一例の字母である。この二種類の字母囁いずれも、他の多数用いられる字

母との使い分けを修辞的名特性のみでは説明しきれない。これらの字母が使用される原因を、次節で引き続き考察す

る。

以下の間鳶に関しては、今後の課鹿である。①「仏縁にひかれ」(当麻寺の粂)の「ひ」を、『野ざらし紀行』の主要五本文がすべて▲「飛」で表記する。②「ゆく駒の」(甲斐の国)の「ゆ」を「天理本」と「訂農本」のみが「遊」と表記する。

五、主人公の心理のありかをマークする字母用法

誌面の意匠を絵に例えると、大量に用いられる字母は「地」であり、これまで見てきた少数用いられる装飾文字

は「地」から浮き上がり模様を作る「図」である。この装

飾文字が「天理本」本文中に作り出す模様(作品中での働き)を考察するために、装飾文字が作品中のどの位置に用

いられるかを纏めたのが下段の表一〇である。

これらの装飾文字の分布を見ると、第一部では冒頭の「旋立ち」と「小夜の中山」、第二部では全体に装飾文字

の使用の比率が高いが特に「吉野詣」、第三部では「水口

から尾張」でピークを形成している。特に、仮名の文字数

で全体の一割強の分量の「吉野詣」の条に五分の一が集中

している。以下に「天理本」中最も装飾文字の使用頻度の

高い「吉野詣」中の西行庵を訪れる件を次真に図一として

掲げる。 表一〇、.装飾文字の分布

L.̲ iま

弓長

弓串

京 奈

≠呼

・か

苦旨

1成

男耶

」ヽ

】旅

一時

嘉庭

%

% t●

+「lp

●一

しヽ 1反

0

l■一 l一

匹暮b

%

% ●● 兎 兎% %

%

5

%

%

%

%

% ○ 九

%

%■

%

遊董満室梨妻帯儲葦簡苦郡

粂の仮名字数が仮名の総数の何%にあたるかを示した。また、「装飾文字」の「%」

は、その粂に用いられた装飾文字が、装飾文字の捻数の何%にあたるかを示した。

(15)

図一

あぇム什り号¢嵐り曽て甘くろ吃す1ノニ呵‑Hノ桝∴∂(も丁域釣っま・みち¢

:}ん..7まフ、て

t‥‥へr‑‑†▲

ムYl丸打「匂そ

笥I・、ト一斗称号ぅでり阜う

ふしI

一書り両‑〜ン ーふろり一わハ…、ん・・くー、ま▲も

ヤ、、ヤ†メり縛り.・、″1巧ヰふ診き写り〜)や

本稿で取り上げた装飾文字は、「天理本」全体では約三

一字につき一字の頻度(仮名稔数一七一七字に対して五六

字)で使用されているが、図一に掲げた件で計算すると、

約十六字につき一字の頻度(七八字の仮名に対して五字)

で使用されている。これは、全体で計算した場合の二倍の

頻度であり、この頻度の高さは、この件に装飾文字を意識して集中的に用いたことを示している。

尊氏は、『野ざらし紀行』における吉野詣を含む「大和

行脚」の重要性について既に明らかにされている。以下に その説を要約する(注三一)。

①芭蕉の門人山口素堂は、帰郷の旅と「大㈲行脚」と

をはっきり区別していた。

②「行脚Lとは仏道修行の、l助としての旅の患味であ

る。

③『野ざらし紀行』の「葛城山」や「二上山」の麓を

通って「青野山」・へ向かう「大和行脚」の行程は、

典型的な行脚コースに設定されている。

㊨この「行脚」の過程で主人公のものの見方・見え方

は習熟していくl。

氏は、「大和行脚」が遷むに連れて、目を開いてゆく主

人公の視線の成熟のピークが吉野詣の条であることを明ら

かにされた。この吉野詣の更に中核の弥分である西行魔の

鮒鎚㍍銅紬択紬銅指摘如い頂鏑川畑㍍折絹…認招とし」の"太」、主人公が観察した西行魔の様子を端的に表す「むかしにかハらす」の「閑」、「とくくの清水」の様子を表す「とくくと」の「九」である。また、「とくくの清水」に用いられた「九」には、「とくノ\の清

水」の様子を目立たせると共に、次のように繰り返しを避

け、文字の連なりを変化に富ませる働きもある。

止久

止九

登久

彼とくパヾの清水ハ…:いまもとくくと……露どく′\

第三節で要約した論を繰り返すが、済氏は「魔の位置と

(16)

そこに至る道のありさまとが、や〜大きな視野の中で簡潔に把握されている。」と述べられ、「とくくの清水」を

描写する視線の軽快な動きに、主人公の心の成熟が現れて

いるという(注三二)。また、「天理本」のこの件の本文

について、主人公が一心に西行庵を目指す心理と、切れ字「ぞ」がその感動を心内語として表現する仕組みとを第三

節で指摘した。この主人公が西行庵に分け入る弾んだリズ

ムとその後に経験した感動とを、これらの字母は示してい

るのではあるまいか。.

で墜銅鍼溺摘朋綱紀引"最錯摘閂議

ぬへきことあまた〜ひなりけるに」、また漢詩文的幻想の

源である詩の作者→とほく」の部分に装飾文字が使われて

いる。

第三部で装飾文字の頻度がピークになる「水口から尾張」

の条では、山岳修行を経た主人公を慕って一人の僧唖尋ね

てくる場面で、「したひ、おはりのくにまて尋きたりける

に」叱使われ、その僧への挨拶の旬に、「いざ共に穂麦くらはむぐさまくら」と使われる。また、それまでの明るい

トーンから一転する大頼和尚の迂化を知らされる場面では

装飾文字は次のように使われる。

大帝和尚むつきのはしめ

迂化したまふよしまことや夢の

心地せらる〜に先遣より其角

か方へ云遺しける ここでは、一行に一字(この場面のみでは30字で3字)

の頻度で装飾文字が使われている。大顛和尚の死を知らさ

れた驚きと悲しみ、まず取り鳴ぎ嘆角に知らせようと急そ

心の状態を、装飾文字「はじめ・まことや・道よい」の強

訴によって暗示しているのではあをまいか。

前節で述べたが、今回抜き出した装飾文字には、語彙に

起因する選字意識はほとんどない。しかし、強調されるに

ふさわしい場面では装飾文字の使用頻度が偶然のレベルを

超えて高いことがわかる。このことを、表一〇で装飾文字の頻度がピークを形成し

た四つの条について、表一.〇の三部構成に別して述べると

次のようになる。

①冒頭の旅立ちの条はへ主人公が「野ざらしの旅」に

出発しようとする、主人公の心が緊迫している場面

である。

②勇一部では、全体lに主人公の心理は、現実から幻想

の世界に帝離してゆく。小夜の中山の条は、→杜牧」

の漢詩文の世界に入り込んでゆくことを明示している条で、第一部の主人公の特徴をよく表している勺③既に指摘されているように雇三三)、『野ざらし

紀行』の旅は、行脚の旅であり、その行脚の中心が

吉野詣である。

⑧水口から尾張への条は、集一部で顕著に見られた未

成熟な幻想の世界とは違って、自分を慕ってくれる同行者と出会う喜びと、一転して大顛和尚の死によ

(17)

る驚きと悲しみを主人公が味わう劇的な条である。

以上、「天理本」中に、ニー種類⊥五六字)存在する装

飾文字は、場面によって使用頻度が著しく異なり、その使

用の偏りは偶然のレベルを越えている。これらの字母は、

それぞれが装飾性と修辞性を持っているだけでなく、全体

として見ると、その頻度によって主人公の感興の動きの一

端を表現している。今後は、本文の見た目のインパクトを

通じて、作品構成上のピークにするような読み方が開発さ

れる必要があるだろう(注三四)。

.六、おわりに

「天理本」は、表装が豪華で、誌面の書きぶりがきれいな本文であるだけでなく、吏人公の心理の過程をきめ細や

かに描くことを目指した本文である。・しかし、メディアの

違いや主人公のキャラクターの微妙な違いから、「画巻本」

以降の諸本では書き換えられた部分も多い(明らかに推敲・訂正である書き換えもある)。

また、「天理本」では、華やかな本文を演出しつつ、若

や主人公の心理をマーキングする少数の字母が用いられた。

以上要するに、芭蕉は、「天理本」を主人公の心理を表

現する修辞性と、美術品としての価値を高める装飾性を併

せ持つ字母の用法を駆使することで、美術品であり、同時

に書物系本文としての性格を持つ一本を創出したのである

(注三五)。

注一

志田義秀『芭蕉俳句の解釈と観賞』(至文堂、昭和二一年) 注二

弥書菅一他編『改版野ざらし紀行・鹿島詩』(明治書院、

一九七〇)

弥吉菅一他編『芭蕉紀行絵素引』(明玄書房、一九七八)弥吉曹一⑤『『野ざらし紀行』の研究』(桜楓社、一九

八七)等

注三

溝森太郎②『野ざらし紀行』その方法のディレンマ(上)

(『日本文学』一九八〇、一〇月号)③『野ざらし紀行』における芭蕉の挫折(三

(三重大学教育学部研究紀要第三こ巻(人文科学)一九八こ

㊨『野ざらし紀行』その方法のディレンマ(下)(『日本文学』l九八二、六月号)

⑥『野ざらし紀行』における芭蕉の挫折(三)(三重大学教育学部研究紀要勇二言一巻(人文科学)一九八二)⑥『野ざらし紀行』における芭蕉の挫折(四)(三重大学教育学部研究紀要夢二四巻(人文科学)一九八三)

⑦「孤屋本」『野ざらし紀行』再論(下)

(『三重大学日本詩学文学』第三号、一九九二)

⑧文字の修辞学‑『野ざらし紀行』推敲の一側面(『三重大学日本帝学文学』第四号、一九九三)

⑨「孤島本」『野ざらし紀行』の表記特性 (『俳文芸』l九九四、四二号)

注四

天理図書館善本叢書『芭蕉紀行文集』解癌、三貴

注五ノ①九二男

注六

氏の「天理本」本文の特徴に関する指摘の詳細については、

注三に掲げた緒論文を参照きれたい。

注七

⑤八六頁

注入

⑰高橋庄二『芭蕉庵桃青の生涯』二九九三、春秋社)一

(18)

注九

拝〓○注一一

江一二注〓ニ

注一四洋〓五

注〓ハ注一七注一八

注一九注二〇注ニー

注二二注二三

注二四

注二五注二六注二七

\注二八 〇一男⑧七〜八貫目本古典全集『東海道分間紆蘭東海道名所記』四七責『謡曲二百五十寄集』(赤尾照文堂、一九七八〓ニ〇九頁①九〇頁、⑳一〇二真等・『野ざらし紀行』本文の表現の漢詩文趣味に関しては、従

来指摘されている。参考文献①⑳等を参照されたい。⑳一〇二男②八頁②九頁②〓責⑧八二頁⑧八二〜几三貴①八六〜八七責⑥参照藤田菖畔関戸本台今集における万葉がなについて(三重大学教育学部研究紀要、一九八〇・八一年、三一・三二号)この論で藤田氏は、「関戸本古今集」の使用字母を整理し、舌辞書の和訓と、和歌中での字母用法の関連を考察さ

れた。この論文により藤田氏は、平安中期の仮名の筆法に、表意町用法がどの程度意図的に含まれているかを確かめら

れた。木越治近世文学作品における字母の用法について(『国語文字史の研究一』前田富棋編和泉書院一九九二)⑧参照

拙稿

『濁子清書画巻』の清書意諭(『三重大学日本語学

文学』第四号、一九九三)七〇頁に図表を掲げ指摘した。

⑧⑨参照芭蕉紀行文四作品の一二本文に用いられる字母の種類を延

べ数で見ると、十五%以下と八五%以上にそれぞれ字母の種類の延べ数が急激に増える。この境界である一五%・八五%を、集中率が高い字母、低い字母を見る目安とした。「九」は他の『野ざらし紀行』幕本には用例がない字母な

注】

ので」現在この間魔に関して言及できる程度に分析が進んで

いる芭蕉紀行文諸本・のデータベ.‑ス(四作品十二本)に範由を広げて検索すると、二つの本文にご粛ずつ使用されている

(「天理本」『野ざらし紀行』を除く)。念のためその用例 を見ると、「秋瓜本」『鹿島詩』では、名詞(くに)、形牢

固(なく)、助動詞(べく)に用いられており、行頭行末の用例がなく、前後の文字はすべて仮名である。「素龍本」『おくのほそ遭』では、行帝行末に関係なく(行頭<一例のみ∨)、名詞話中(さくら・多それ∧二例>)に用例が集中している。紀行文全体の用例を考察しても、「九」は、修辞

杓な用法だけでは説明しきれない。今回、参照したのは、『野ざらし紀行』の『天理本』・『画巻本』・『濁子清書画巻』・『泊船木』・『孤屋本』、

『鹿島詣』の『杉風本』・『未達農久本』・『秋瓜本』・『佐藤本』、『笈の小文』の『乙州本』、『おくのほそ道』

の、周天理本』・『素龍本』の文字データぺ‑スである。

一九

「梨」も、他の『野ざらし紀行』青木には用例がない字母

であるため、注二八で参照tた芭蕉紀行文諸本の文字データ

ベースの範囲で検索すると、四つの本文に少数使用されている(「天理本」『野ざらし紀行』は除く)。念のため、その 用例を見ると、「杉風本」『鹿島詣』では、助詞(より<二

例>)、動詞(あり<二例∨)、形容動詞(あはれなり)で、

五例中四例が行未に用いられ(行末の「り」はすペて「梨」)、用法が整理されている。「秋瓜本」『鹿島詣』では、動詞 (あり)l例、「佐藤本」『鹿島詩』では、助詞(より)一 例、「天理本」『おくのほそ道』∵では、地名(袖のわたり)

一例が用いられている。「梨」の字母用法の変遷を紀行文全

体で考察すると、使い分けの原則が見えにくい用法で八例が

用いられる「天理本」『野ざらし紀行』の段階を振り出しに、「杉風本」『鹿島諸』の段階で億、役割が限定されて行末に

用いられを。その葎の本文では、ごく少数用いられる装飾文

字として用いられる。この字母用法の変遷は、溝氏が明らかにきれた字母用法の収飲と装飾文字の特化の段階を踏んでい

参照

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