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(1)

『 政治哲学 とは何であるのか ? とその他の諸研究』

且 0 タル ト◎リ‑ツラ‑

(1882‑1955)

レオ 。シュ トラウス ( 西永 亮 訳)

当大学院は、その一般セ ミナーにおいて私たちの友

(friend)

、故 クル ト。リーツラー

(KurtRiezler)

の思想につ いて話 してほ しいという要請によって、 私 に名誉を与えて くれ ていた。私は、その要請に応 じる責務 と、それに十分には応 じることのできない私の無 能力とを、同等 に強 く感 じる。私が リーツラーに初めて会ったのは、1

938

年、この国に おいて、まさにこの建物においてであ り、そのときかれはすでに50 代半ばをす ぎ、卓抜 な経歴をすでに完成 していたOそ して、私の友たちのうちの二人が私にかれについて高 い敬意の観点か ら話 していたにもかかわ らず、私はかれの書いた もののうちの一行 も読 んだ ことはなかった。かれ と私にとって、いくぶん複雑な同僚関係が単純で堅い友情へ と成長するまでには何年 もかかったO私が

1949

年にシカゴへ と発 ったあとは、私たちは たまにしか会わなかった。かれの生の最後の2 年間は、私たちはお互いに顔をあわせる ことはまった くな く、私たちは

2、3

通の手紙を交換 しただけであった。かれが生きてい たあいだは、私は1

941

年以前に公刊 されたかれの諸著作

(writings)

を読む時間を見出す ことは一度 もなかったOその うちの例外はかれの 『 パルメニデス

』Pamlenides

である。最 近の2 ケ月間で、私はそれ らの諸著作の大抵を読みは したが、しか し私には、それ らが受 けるに値する注意深さをもってそれ らを読む能力がなかった。

しか し、私が困惑させ られているのは、たんに私の知

(knowledge)

の欠如によってのみ ではない

O

リーツラーはたんに一人の思想家にして著述家

(athinkerandwriter)

という だけではなかった。かれはそれ と同等に一人の行動の人間

(amanofacbon)

でもあった。

かれは、とりわけ、稀有な幅 と深みのある一個の人間的存在物

(ahumanbeing)

であった。

かれの名誉にとって十全に話すためには、ひとはかれの思想を分析する以上のことを行な わなければな らないであろう。ひとはかれの諸行動を物語 り、その人間自身を光 と生へ連 れていくこともしなければな らないであろう。私は、この場の機会においてほど、私に物 語ることと性格づけとの天性が欠如 していることを遺憾に思った ことは一度もないo

(9)

(2)

10

政治哲学

6

(2007)

リーツラーは私のいるその場で、私の知 り合いたち(acquaintances)のなかの他のいか なるひとよ りも、人間性(humanity)の徳を再現 して くれた。私が信 じるに、かれは他の

マスタ‑

いかなる師 によってよ りもゲーテによって形成された。かれの利害関心と共感は、価値 ある人間的な努力の分野すべてに拡張 したOかれであれば、きわめて多様な分野におけ る傑出した学者になることが容易にできたであろうが、しか しかれは専門家 になるよ り も真に教育 された 〔教養ある〕(educントated)人間になることを優先 した。「教授」という用 語はかれのいかなる物 も示さず、「紳士 」という用語がそれをす る。かれの精神の活動は、

余暇の高貴で真面目な使用 という性格 を帯び、急かされた労働の性格を帯びてはいなかっ た。そ して、かれの広範囲にわたる利害関心 と共感は、かれの人間的な責任の感性か ら けっして分離されていなかった。もし私たちが汚 らわ しいもの、並みのもの、俗衆的な もの、および狂信的な ものを人間的な もののうちに数え入れなければ、人間的な何物 も かれにとって疎遠ではなかった。かれは怒ることができたが、しか しかれは道徳的な義 憤 をけっして感 じなかった。かれは諸々の大義 とさらには人間的存在物でさえ忌み嫌 う ことができたが、しか しかれの軽蔑は憐れみか らけっして切 り離されていなかったOか れは大いなる暖かみと優 しさのある人間であったが、しか しかれはまったく非感傷的で あった。かれは義務 と祖国というような語を嫌ったが、しか しかれは軽率か らは比類な く自由であ り、そしてかれはかれの終わ りまで、魂の飾 り気のない強さと偉大 さへ と変 形 していたある種のバイエル ン的な還 しさをもちつづけた。かれの長 くて多様な経歴の なかで、かれは他の人間的存在物を傷つけずにはい られなかったが、しか しかれのなか に残酷さの跡はまったく存在 しなかった。かれ には強い好き嫌いがあったが、しか しそ

れ らは自己への利害関心 〔自己利益〕あるいは虚栄心 とはまったく関係がなかった。か れはときどき正義に適っていなかったが、しか しかれはけっしてちっぽけではなかった。

仲間(company)うちでは、かれは全面的に快楽 を感 じていた。すなわち、重苦 しかった り不機嫌だった りすることもなければ、浮ついた り心 ここにあ らず ということもなかっ

インテレクチュアル

た。かれは稀有な知性(intelligence)のある人間であったが、しか しかれを知識人な どと 呼ぶ ことができたのはただ粗野な人間だけであった。かれの言論は、かれの存在 と完壁 に調和 していた。すなわち、真っ直 ぐで、重みがあ り、男 らしい優美さを有 し、そ して あ らゆる種類の偽造のものや気取った ものか ら自由であった。かれは択楽 を論争に勝利 す ることか らは引き出さなかった。私は、何が知恵(wisdom)を利 口さ(cleverness) ら区別するのかを鮮明に見ようとす るとき、リーツラーのことを考えるOかれの政治的 な判断は 情念 によって、あるいはシステムによって、あるいは先行判断 〔先入見〕に よって、誤って導かれは しなかった。すなわち、私がかれは誤 っているとそのとき信 じ かれの判断の正 しさは、あとになって起 こるあるいは露見す るもの

(3)

シュ トラウス 『 政治哲学 とは何であるのか ? とその他の諸研究』1 0クル ト

リーツラ‑

11 によって証明されたのである。第二次世界大戦後、多かれ少なかれ秘密の情報を基礎 に して、チェスター ・ウィルモ ッ ト(ChesterWilm ot)によってなされた重要な主張はすべ て、その戦争の間に、あ らゆるひ とにとって接近可能な情報を基礎 にして、リーツラー によってなされた。

かれの若い頃は若き トーマス ・マンほど非政治的ではなかったので、かれは、中年の そ して老いた トーマス ・マンはど割 り切 りよく政治的にさらになっていくことか ら保護 されていた.私が初めて若き リーツラー と対決 したのは数週間前で、私がかれの 『現代 世界政治の根本特徴』GrundzuegederWeltpolitikinderGegenwart(OutlinesofContempo‑

raryworldPolitics)を読んだ ときであるOそれ をかれ はJ・J・リュ ドルファー (JIJ・

Ruedorffer)という偽名のもとに公刊 した。その本の適正な理解のために、ひとは、それ

オフイシ

ヤル

が第一次世界大戦の勃発直前に、帝政 ドイツの影響力ある一人の公人によって公刊 され た、という事実 を心に留めておかなければな らないoリーツラーは、1871年以後のヨー ロッパ列強のあいだの長い平和の時期に外交政治がとっていた性格 を明断化 しようと試

ネイチヤ‑

みた。かれはその性格を、一方で外交政治の 自然に、他方でその時期の特殊な諸条件 に まで、追跡 した。もっとも大規模な政治的事実は諸のあいだの抗争であった。すなわち、

ネイション

各民族は自己保存 と拡大に関心 をよせ、そ して無制限の自己本位に駆 られていたのであ

ナショナル

る。 しか し、民族的抗争は根本的な抗争ではなかった。ナショナ リズムはコスモポ リタ ニズムによって挑戦されていたのである。ナショナ リズム的傾向とコスモポ リタニズム 的傾向の双方が勢力において成長 しつつあ り、そ してそれ らの調停不可能な敵対 もまた そ うであったOリーツラーは、諸民族のあいだの平和 と諸民族のあいだの戦争のどち ら が 自然に合致 しているのかという問いに顔 を向けたoかれは次の二者択一を見たOすな わち、民族が人間的結社の最高形式であ り、その結果、諸民族のあいだに 「永遠の、絶 対的な敵意」が存在 し、諸民族のあいだの友情は延期された敵意 もしくは他の諸民族 に 対す る共通の敵意であるか、それ ともそ うでなければ、一つの全体 としての人類 (hu一 mankind)が諸民族の上に立ち、それ らにそれ らの役割 と場所を割 り当て、そ してそれ ら の野望(aspiration)を正当に制限するかの どち らか、という二者択一であるOかれはナ

アイデ ィア

ショナ リズムに好意的な決断を鋳路な く下 した。諸観念の抗争は、かれが論 じるに、生 きている諸勢力の抗争を反映す るのであって、ある観念の真理をめ ぐる問いはそれゆえ その力をめ ぐる問いなのである。さて、諸民族の思想 と情操はコスモポ リタニズム的な 観念 によってではな く民族的な観念によって支配 されていることが分かるためには、私 たちはただ私たちのまわ りを見渡すだけでよいDそ して、歴史が私たちに教えるのは、ナ

ネイション ・ステイ ト

ショナ リズム と民族国家はつい最近の起源 を有 していなが らも、以前の時代でそれ らに 対応す るものはコスモポ リタニズムよ りもつねに力があったということであるOリーツ

(4)

12

政治哲学

6

号 ( 2 0 0 7 ) ラ一 一は、けっして珍 しくない諸々のコスモポ リタニズム的な信仰告 白によっては印象づ け られなかった。かれは、もしそれ らの告 白が試験にかけ られれば、社会主義的な労働 者たちでさえもかれ らの国

(country)

に同調するだろうと確信 していたOまたかれは、諸 民族がただお互いのことをもっと見ることによってお互いによ りよく知 り合いさえすれ ば、 それ らのあいだの敵意は止むだろうという信念によっても印象づけ ちれなかった。 す なわち、知 り合いの増加は必ず しも感情 を改善するわけではないのであるOしか し、ナ ショナ リズムの力は、つま り現在 と過去 におけるその力は、なぜ リーツラーがそれをそ の対立物よ りも優先したかの唯一の理由ではなかったOかれはこう考えたのであるOナ ショナ リズムは、コスモポ リタニズムよ りも高貴な何物かを、つま り政治的に有意であ るような 〔 ポ リスに関連 しているような〕コスモポ リタニズムよ りも高貴な何物かを、表 わす、と.政治的に有意な 〔 ポ リスに関連 した〕コスモポ リタニズム (

thepoliticauyrel

モ ダ ン

evantcosmopolitanism)

は、近代の経済的‑テクノロジー的一科学的な発展によって支 え られていた。しかし、この発展は人間のなかの人間的な ものを強めず、む しろ弱めた。

それは人間の力を増加させたが、しか し人間の知恵を増加 させなかったQひとは特別の 明断 さをもって ドイツのなかに、この発展が活性

(spirit)

の、趣味の、精神の衰退 をとも なっているのを見ることができたOそれは人間たちをさらにいっそ う専門主義的になる よう強制 し、そ して同時にそれは、偽 りの普遍性 をかざしなが ら、すべての種類の好奇 心 を興奮させすべての種類の利害関心を刺激することによって、人間たちを誘惑 した。 そ れはかくして、人間の全体性

(wholeness)

が完全に依存 している少数の物への集中力を さらにいっそ う困難にしたO リーツラーは、政治的に有意な 〔 ポ リスに関連 した〕コス モポ リタニズムの知的な根 を、かれが近代の理想 と呼ぶ もののうちに見出した。かれは その理想のなかに三つの要素を識別 した.第‑は、人間の生はそれ 自体 として、つまり ひ とが送る生の種類とは独立に、一つの絶対的な善であるという信念であった。第二は、

第一のものか ら引き出され るのだが、 普遍的で無条件な同情あるいは人道主義であった。

そ して第三は

「 物質主義」、つまり快楽への圧倒的な関心および 自分の生を諸理想に捧 げる意志 と能力のなさ、であった。この分析は今 日ではあまり好かれていないが、しか しそれは歴史的には正 しい。いかにそれがナショナ リズムの擁護にまでつながるのかを 見 るために、私たちは リーツラーの思想 を次のように表現 しよう.近代の理想 は崇敬

(reverence)

に、人間的な高貴さの母体 に、余地を残さないO崇敬は第一義的には、つま りすべての時間において大抵の人間たちにとっては、そ して大抵の時間においてすべて の人間たちにとっては、自分の遺産に対す る、伝統に対す る崇敬であるOしか し、諸伝 統は本質的に特殊主義的であ り、そ してそれゆえにコスモポリタニズムよ りはナショナ

リズムと同類である。

(5)

シュ トラウス 『 政治哲学 とは何であるのか ? とその他の諸研究

』10

クル ト・t J‑ツラ‑

13 この場合、ナショナ リズムに好意的な リーツラ…の決断は、経験に、つま り現在 と過 去におけるナショナ リズムの力の経験 と、現実のコスモポ リタニズムの低い性格の経験 に、完全に依拠 しているように思われるであろう。人は こう言ってもいいか もしれない。

その決断は可能な未来 に、約束 に、コスモポ リタニズムの理想に正義 をな していない、

と。この未来の無視はなおさら注 目すべきものであるoなぜな らリーツラーは同時に、民 族はそれが現実 に存在 しているところのものではけっしてな く、それはつねに未来のお かげで存在 しているところのものである、とも教えたか らであるOその困難は、リーツ ラーが民族の本質に関 して示唆す るものによってはほとん ど克服されないOかれによれ ば、個人の人間 と民族は双方 とも生きている存在物、真正な全体であるO しか し、個人 は必然的に死ぬのに対 して、諸民族の死に必然性はまった く存在 しないO諸民族は永遠 の生の希望のうちに生きることができるのに対 して、諸個人はできない。それゆえ、個 人はただかれの民族をとお してのみ永遠を分有 し、そ して ここか らかれの民族はかれ に とって唯一の真の道 になるOリーツラーは この文脈において、 ドス トエフスキーの 『 APossessedのなかのある登場人物の次の言葉を引用するo各民族はそれ 自身の神(god)

コンセプション

とそれ 自身の善悪の観念をもつのであって、全民族のための ()(God)な ど存在 しな いし、普遍的に妥 当する善悪の観念な ど存在 しないのだ。私は、これを不満足な ものと みなす‑ もっとも、リーツラー 自身が認めたように、存在へ と出来 した諸存在物 とし ての諸民族の死に本質的な必然性が存在す るか もしれない、ということ以外のいかなる 理由か らで もないとしてもO次の ことは記 してお く価値がある。つまり、リーツラーは、

思想 と言語の結びつきに頼ることによって民族の形而上学的な尊厳を確立 しようとは試 みなかった。これ にはおそ らく二つの理由が存在 した。第一に、かれは、言語は思想が そ こへ と方向づけ られている真理の母体ではない、と考えたように見えるOそ してそれ とな らんで、かれは、言語の統一性 によって創造 された共 同体 と政治的な共同体 とのあ いだに必然的な結びつきはまった く存在 しない、ということをあまりにも明断に見た。こ の ことは、一方でスイス、他方で合衆国とグ レー トブリテ ンという、近代の諸事例によっ て示 されているOひ とはこう疑問に思 うか もしれないOコスモポ リタニズムに対 しては、

プラ トンとアリス トテ レスの政治哲学 とは別の代替物が存在するのだろうか、とOかれ

ナ チ ュ ラ ル

らは、 自然的な政治的共同体 は民族ではな く都市(thecity)であると教えた。民族はか くしてポ リスとコスモポ リスのあいだの中間施設 として現われて くるであろうし、そ し てナショナ リズムの下に横たわっているがナショナ リズムによっては十全に表現されな い真理を連れ出そ うとするいかなる試みも、コスモポリスに対するポ リスの古典古代的 な優先のなかに具体化されている洞察によって導かれなければな らなくなるであろう。こ のことはどうであれ、リーツラーはのちにかれの若い頃のナショナ リズムを放棄 し、そ

(6)

14

政 治哲学 第

6

号 ( 2

007) してかれは、さらに増加 していく専心をもってプラ トンの 咽 家』Republicを研究 したo

ナショナ リズムはそれ自体 として理論的には不満足な ものであ りなが らも、それは依 然 として私たちに、現在の政治的状況を理解す るための、そ してすべての予見 しうる未 来のためにナショナ リズムによって支配されている世界の内部で政治的行動を啓蒙する ための、最善の利用可能な枠組みを供給 して くれるか もしれない。ナショナリズムが こ れ らの 目的にとって、 リーガ リス トたちの構築物よ り優れているだけでな く、同様 に、

社会」と 「成長」という恩いっきによって導かれているある種の社会学よ りも優れてい るのは、確かである。というのも、そうした社会学は、ナショナ リス トがけっして忘れ ない二つの物を私たちに忘れさせようとしがちだか らである。諸社会は、依然 として、そ して予見 しうる未来のために、民族的あるいは帝国的な諸社会であ り、戦争以外の諸手 段 によってよ りもむ しろ戦争によって確立された、間違えるべ くもない恐 るべき境界に よって、他の諸社会か ら離れて閉鎖されている。そ して、もし諸社会が 「成長する」な らば、それ らが他の諸社会か ら太陽の光 を取 り去 りは しないだろうという保証はまった く存在 しない。すなわち成長」の終極の ことを、それ を超えては成長が存在 しえない 頂点の ことを考え もせずに、成長 を説教す る者は、戦争 を説教するのである。

リーツラー もまた、健康であるかぎ り成長 しようとつねに欲望す る存在物 として、民 族 について話 した。しか し、かれは、成長が規模における成長つまり拡大であることは もっとも目に見える、という事実 を隠す ことな どいっさいしなかった。すなわち、民族 は健康であるかぎ り帝国への、世界支配への傾向を有す るのである。けれ ども、かれが 思 った ことだが、拡張的な成長は、もしそれが凝集性、深み、内面性、および意識 にお ける成長によって、言い換えれば 「文化」における成長によってともなわれ準備 されな ければ、悲惨な空洞 にいたる。かれはそれゆえ、その語の適正な意味でのナショナ リス トたちには、つま り成長によって拡大以外 の何物 も理解 しないような者たちには、ある いは 「勢力の力」を過大評価 して諸観念の力を過小評価するような者たちには、反対 し

オフイシヤル

た。これは、かれが当時の公式の ドイツによってとられた道を離れた唯一の地点ではな

モ ナ ル キ ズ ム リバ プ リ カ ニ ズ ム

かった。かれが理解 したもの としてのナシ ョナ リズムは、君主政主義 と共和政主義の

ア ンタ ゴニ ズ ム

敵対関係か ら以前の重要性を奪い、そ してそれゆえそれはかれを ドイツープロシア君主 政に対 して無関心 にさせたのである。かれのナショナ リズムは、根本的に共和政的であ り、そ して酔 いの醒めた民主政 に少な くともな りか けて いた。かれが好意 をよせ た

インぺリアリズム

帝国主義は、遠 くまで視界がおよび、啓蒙 され、酔いの醒めた、忍耐強い帝国主義であ り、ブリテンをモデルにして作 られた帝国主義であった。この精神において政治の舞台

ナショナル ・インタレス ト

れは、ドイツの民族的利益な らびにその他すべての ヨーロッパ列強の民族的利 じうる未来のために平和の保存を必要 とする、という結論に到達 し、そ してか

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シュ トラウス 『 政治哲学とは何であるのか ? とその他の諸研究』1 0クル ト・リ‑ツラー

15 れは、私たちがいまでは第一次世界大戦 と呼ぶかの戦争を回避す る諸々の可能性につい て、かれの同胞の市民たちととくにかれの上官たちを啓蒙 しようとしたOかれが特別の 注意を払ったのは、アジアとアフリカにおける白色人種の、抗争をともな うのではな く 平行 した拡大には十分な余地が依然 として存在 している、という事実に対 してであった。

かれは次のような可能性 を目に見えるようにす ることさえした。つまり、すべての大国 は戦争か らおそ らくは得 られるかもしれないものよ りはるかに多 くをそれか ら失わざる をえないがゆえに、平行 した拡大の時期の終わ りは、戦争が全面的に実践不可能になっ て しまうような事態の出現 と一致す るかもしれない、という可能性である。かれが平和 に対する最大の危険を見たのは、大軍備 と同盟 システムそれ 自体 にではなかった。とい

ステイツマン

うのもかれは、それ らは勝利の計算 を極端に困難 にすることによって、計算する政治家 たちを用心深 い政策へ と傾けるであろうと考えたか らで卑るOかれが平和に対する最大 の危険を見たのはむ しろ、強いナショナ リズム運動が存在 した諸国の諸政府の弱さのな かに、そ して 「ゆっくりと移行す る同盟 システムを ‥.柔軟でない二大陣営 システムに よって」置き換えた ことにであった (三国同盟 と三国協商)。もし手馴れた操作の可能性 が開かれたままであ り、そ して威信や民衆煽動ではな く民族的利益が外交問題の手さば きを決定す るおかげでその可能性が開かれつづけることができたな らば、戦争は予見可 能な未来 において回避 されることができた。リーツラーが これ らの問題に回帰 したのは、

40年後のかれのウオルグリーン ・レクチャーズである 『産業時代の現代大衆社会におけ る政治的意思決定』politicalDecisionsintheModernMassSocietyoftheIndustrialAgeにお いてである。1953年にな された諸陳述(Statements)1913年になされたもの と比較する と、私はアプローチの類似性に衝撃 を受けるO私は強調の一つのわずかな移行 を観察す るように見えるだろう。すなわち、40年の経験は リーツラーに、民衆煽動 と向かい合っ

モ ダ ン / ン ・テ イ ラ ニ カ ル

ている現代の非僧主政的な諸政府の弱さの源 について、より大 いなる明断 さを与えたよ うに見えるのである。

リーツラーが擁護 した ものとしてのナショナ リズムあるいは帝国主義は、一つの点以 上のところで、マックス 。ウェーバーの政治的な諸見解 を思い出させる。 リーツラー と ウェーバーの根本的な差異は次にあるOすなわち、戦争 と平和 に関するキ リス ト教の教 えは、よ り正確 には山上の垂訓は、ウェーバーにとってほどには リーツラーにとって一 つの問題 を創造 しなかった、ということである。この差異が、リーツラーがカ トリック の家族出身でありウェーバーがプロテスタン トの家族出身であったという事実 と結びつ いているか どうか、私 には言 う能力がない。

1913年の世界政治状況 についての リーツラーの分析を要約することは可能でないOし か し、次の ことは言われ るべきである。その明断で幅広い分析は、国際関係の学究たち

(8)

16

政治哲 学 第

6

(2007)

(students)であればかれ らの技能のある重要な部分を学ぶ ことができるであろう、一つ

リ‑ダ‑

の卓越 したモデルである。もし私が国際関係論の1冊の選集 をまとめなければな らない とすれば、私はそ こにリーツラーの分析を組み込むであろう。それは私に、バークの 『フ ランス問題に関する諸思想ThoughtsonFrenchAHairsのなかの1791年におけるヨー ロッ パの状況についての分析を思い出させた。

若きリーツラーがナショナ リス トであったのは政治的 〔ポ リス的〕にであるOかれは ただナショナ リス トというだけではなかったoかれは真正なコスモポ リタニズム(genu‑

inecosmopolitanism)を偽造の表面的なコスモポ リタニズムか ら区別 し、そ してかれは 前者の根を個人の深みのなかに識別 した。個人はかれの民族の部分であるが、しか しか れはたんにかれの民族の部分であるだけではない。すなわち、「かれはかれ 自身の課題を、

かれ 自身の目標を、そ してかれ 自身の価値をもつ」。その場合、民族は永遠への唯一の道 ではない。諸民族ではなく、ただ諸個人のみが、真理の探求 に従事することができ、そ して この探求は、それぞれ異なった民族に属 している諸個人を統一するO精髄は、民族 の息子であ りなが らも、人間種(mankind)に属すo tJ‑ツラーが30年後 に公刊 したあ るエ ッセイか ら引用す ると、「順応するのを拒絶す るが恨みを抱かない ‥.自由意志 にも

アウトキャス ト

とづ く陽気なのけ者は、社会の刺激性香辛料であ り、そのもっとも重要なメンバーであ るOもっとも、かれは自らをメンバー とはみなさないが。かれは、眠 りに落ちるのが好 きな馬の拍車である」。しか し、この真正なコスモポ リタニズムは、諸民族のあいだの根 本的な関係には影響 しない。

帝政 ドイツは敗北 し崩壊 した。そのとき、人び とは西洋の没落について うわさをしは じめた。ワイマール共和国期にリーツラーが公刊 したのは、私の知るかぎ りただ一つの 著作であ り、それは政治的と呼ばれ うる『現代の運命性 と自由について』UebeγGebunden‑

heitundFγeiheitdesgegenwaertigenZeitalters(OnFatalityandFreedomin thePresentAge

1929)であるOそのテーマは西洋の人間の未来であるo展望 と主題についての大きな諸差 異にもかかわ らず、リーツラーによって ドイツで構成された二つの政治的な著作には共 通す る何物かがある.すなわち、双方の場合 において、リーツラーは 「憂轡の預言者た ち」に反対 し、健全 さが広まれば希望は存在す る、ということを示そ うと試みるのであ る。事実 においては、不健全さがふたたび広まった。政治的にはヒトラーによって、知 的にはハイデガーによって指導されて、 ドイツは第三帝国に入った。リーツラーは ドイ ツを離れなければな らなかったO第三帝国とその最大の達成である第二次世界大戦は、

ヨ‑ロツパの没落 という預言を確証 した。第二次世界大戦につづ く冷戦期 に、リーツラー はかれの第三のそ して最後の政治的な作品、つま りかれのウォルグリー ン 。レクチャー ズを書 く(write)よう強制された。そのメッセージは変わ らないままであったOすなわち、

(9)

シュ トラウス 『 政治哲学とは何であるのか ? とその他の諸研究』1 0クル ト

リーツラー

17 健全 さに、依然 としてそ うす る能力があるようにふたたび 自己主張 をする意志があるな

らば、西洋 の人間にとって希望は存在 し、西洋世界は暗 い定めを負 ってはいない、とい うのである。というの も、健全 さとい う表現 に 「論争的」とい う汚名を着せ る ことと、そ れ を完全に抑圧す ることとのあいだには、無視す る ことのできない差異が存在す るか ら であるO

政治的な諸分析は、リーツラーの哲学的な諸研究(studies)の前景、けっして無視 しえ ない前景であった01913年における世界政治状況 についてのかれの分析は、政治的な坐 は科学の、自然科学の手段 によっては理解 されえない、という想定 に基礎づけ られてい た。かれは方法 についてのある二元性 を、つま り自然科学の方法 と歴史的理解 の方法の 二元性を想定 したOかれ はその方法の二元性 を、ひ とが形而上学的な二元性 と呼ぶかも しれないものにまで追跡 したOかれがかれの哲学的な諸前提 を発展 させたのは、『不可能 な ものの不 可欠性、政治 の理論への序言』DieErfoγderlichkeitdesunmoeglichen ProlegomenazueinerTheoriedeγPolitik(OnthelndispensableCharacterofthe

l

mpossible

PrefacetoaTheoryofPolitics)においてであ り、かれはそれを 『根本特徴』 とだいたい 同時 に公刊 した。その本は私 にとって接近可能ではなか ったので、私 はかれの第二の哲 学的な本に向か う。それ は一九二四年 に公刊 された 『形態 と法、自由の形而上学の構想』

GestaltundGesetz,EntwurfeinerMetaphysikderFreiheit(Form andLaw′ProjectofaMeta physicsofFreedom)であるOその本は、形而上学的な二元性 によって立て られた問題に 専心 している。

形態 と法』は、第一次世界大戦後 の最初の10年間の ドイツ思想 に特徴的な発酵の一

ア カ デ ミ ッ ク

つの証書である。そ こには、すでに確立 されていた大学での諸 々の立場に対す る強 い不 満 と、新 しい考 え方(wayofthinking)を求める手探 りとが存在 した、つま りそれ らの

ア カ デ ミ ッ ケ

大学での立場か ら ドイツ思想の偉大な時代 (カン トか らヘーゲル までの時代)への回帰 では十分ではないだろうという感覚が存在 した。一般的な方向の 自覚 は存在 し、その方 向でひ とは動か(move)なければな らないと信 じられていたが、 しか しその道 について の明断 さと確信 はまった く存在 しなかったOひとは、その広 まっている不満 と不休 (tin‑

rest)の二つの異なる知的な源 を識別す るであろうOつ ま り、キル ケゴール とニ‑チェで

ア カ デ ミ ッ ク

あるO第一次世界大戦の終わ りのときには、三つの意義 ある大学での立場が現存 したが、

それ らを私 はそれ らの出現の順序にしたがって数え上げようOマールブルク学派の新カ ン ト主義、ディルタイの生の哲学、そ して現象学であるo I)‑ツ ラーの諸々の野望 。呼 敬 (aspiration)ともっとも共通するものがなかったのはマ‑ルブル ク学派の主義ないし 傾向であ りなが らも、かれはその競争相手によってよ りもそれによって印象づけ られた、

というのはい くぶん驚きであるOリーツ ラー との諸 々の会話か ら私 は次の理 由を推測 し

(10)

18

政治哲学

6

号 ( 2

007) たOマ‑ルブルク学派の創設者であるヘルマン ・コ‑エンは、1871年 と1925年のあいだ の時期の他のすべての ドイツの哲学教授たちを、かれの魂の炎 と力によって凌いだOあ る教義の創始者の情念 と力はある教義の真理を確立 しないが、しか しそれ らは、リーツ ラーがある教義に真面 目で持続的な注意を払うのに不可欠な条件であった。ドイツ精神

トランス ・アカデ ミック

を扇動 した大学を超えた諸勢力に関 しては、私たちはこう記 してお く。リーツラーは、キ ルケゴールか らはまった く感銘をうけなかったが、ニーチェか らは深 く感銘 をうけたO

いま考察 中の本のなかで、リーツラ…はある根本的な二元性 を受けいれ ることか ら出 発する。それ をかれははじめに、(揺) と (形式)、無機的なものと生きているもの、自 然 と精神、必然性と自由として表現するOかれは、その二つの対立物のうちの一方が他 方へと還元 され うる、あるいは他方か ら演鐸され うるという見解 を捺ねつける。精神は 自然の産物ないし効果 としては理解 されえないし、また自然も精神か らの派生物 として は理解 されえないのである。かれは同様 に、その根本的な二元性はたんなる視点の二元 性 として考え られうるという見解 を澄ねつける。自然 とその対立物の双方 を分有する人 間の統一性は単一の視点を要求 し、そ こか らかれはかれの統一性 において把握 されうる のである.根本的にそれ と同じ理由か ら、ひとはその困難を、二つの対立物のうちの一 方を現象界に、他方を物 自体 に帰す ことによって解決することはできない。対立物の双 方は一つの同 じ世界に属すのである。したがって必要 とされているものは、たんに知の 理論やさらには人間精神の批判でさえな く、根本的な二元性によって特徴づ けられる世 界 としての一つの世界の全体をテーマにするような形而上学である。しか し、リーツラー はつけ加えるのだが、この形而上学は批判的でなければな らない。批判的形而上学は、古 臭い存在論的形而上学 とは対照的に、物 としての物は人間の知に依存 し、人間の知によっ て構成されるという、あるいは、言い換えれば、諸物の一つの総体 として考え られる全 体は現存 しえないという、カン ト的洞察 に基礎づけ ちれている。形而上学の 「中心的な

エゴ モ ナ ド

問い」はそれゆえ、「主体、(自我)、魂、あるいは単子 という問い」である。リーツラー はここで理性あるいは精神 について話 さない、ということはかれは理性あるいは精神 を 主体あるいは魂の部分 として考えているのである。言 い換えれば、主体 に特徴的である 自発性は、たんにカン トが教えていたような理性 あるいは悟性の自発性であるだけでな く、諸感性の自発性で もある。この ことは しか しなが ら、主体が人間である ことを意味 しない。人間たちが人間を植物 と獣よ りも尊厳 において優れているとみなすのは、たん

プ ラ イ ド

に人間の自惚れによる。 また主体は (秤)でもないO このことはどうであれ、本質的に 主体あるいは魂 に関心をよせている批判的形而上学は、「自由の形而上学」である。

もし批判的形而上学が 自由の形而上学であるな らば、必然性 は自由か ら派生す るもの として理解 されなければな らないOすなわち、自由と必然性の二元性はたんに暫定的な

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シュ トラウス 『 政治哲学 とは何であるのか ?とその他の諸研究』1 0クル ト・l J‑ツラー

19 もの として 自らを露にするO人間の周辺的なパースペクテイヴにおいてのみ、それよ り 幅広 い自由は必然性 として現われる。必然性、運命性、決定性は、真理 において、自由 で創造的な諸力の相互制限 と、創造的な諸力のそれ ら自身の創造への依存以外の何物で もない。それ と類似 して、他の二元性がたんに暫定的な ものであることが判明する。か くしてひとは、リーツラーはかれがそ こか ら出発 した二元性をただ抑圧 しているだけだ、

という印象をうけるかもしれない。

形態 と法』のなかで、(揺)と (形式)の対よ りも強 く強調されている対立物の対は ない。それは、科学的法則の数学式 とその先祖であるプラ トンーア リス トテ レス的なイ デアないし形相であ り、あるいはむ しろ、一般的諸規則 と具体的形態であるoそ してさ らに、この二元性 もまた暫定的な ものであることが判明するOこの ことは、リーツラー

リアリテイ

がそれに捧げる拡張的な議論が表面的であることを意味 しない。現実の真の性格が理解 され るべきであるな らば、(法)と (形式)の対立は、(法)か ら (形式)への運動は、不 可欠である。(揺)の観点か ら思考することは人間にとって不可避であるが、しか しそれ は現実の理解 に対する卓越 した障害物であるOけれ ども、ひとはそれ と同等 に欠陥ある 反対の極端 にも気 をつけなけれ ばな らない。それは、現実 を、方向、意味、あるいは 目 標が欠如 した、目の見えない創造的な意志 として考えるというものである。それ らの欠 陥ある両極端のあいだの、つま り (法)と (意志)のあいだの中庸が (形式)であるoリー ツラーが根本的な対立物の対 を発見 し、そ してそれ とともに、実際にはそれ らの調停で な くそれ らの本質的な不可分性 を発見するのは、(形式)の分析によってのみである。( 式)は、諸形式を、さらにいっそ う高い諸形式を生み出す こと以外のいかなる意味もも たない過程によって生み出されるOこの過程は形式に先立たないOすなわち、形式化は つね にそれ 自身が形式化されるのである。(形式)は、それがそれ 自身の形式化の行動 に よって存在するところのものである。あ らゆる形式は、存在するあ らゆる物は、それ 自 身を越えた ところを指 し示 し、それ 自身を越えたところへ向か う。それは存在す る以上 に存在すべきであるO現実は、(存在する(Is))と (べき(Ought))の中間に (inbetween) 存在する(is)0(存在する)と (べき)の根本的にして永遠の二律背反が、現実 を構成す るO世界は永遠の不調和、奮闘、憧れ、努力、エロス、そ してそれゆえ永遠の生であるD それは無限の、永続的な、および完壁な ものを求めて奮闘 し、そ して有限の、移ろう、お よび完壁でないもののみを達成する。それ は永遠に完壁 でない。すなわち、あ らゆる善 き物は何 らかの悪のおかげでのみ存在 し、愛 は憎 しみか ら、喜びは苦痛か ら不可分であ り、あ らゆる達成は何 らかの失敗 を対価 にもた らされ、存在へのあ らゆる出来は一つの 消滅 していくことなのである。人間的もしくは神的な手段 による救いの可能性はまった く存在 しないOすなわち、天国 自身でさえ救われえないのであるOしか し、まさにこの

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政治哲学 第

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(2007)

理 由か ら、世界は永遠に生きている。神学的な言語で言えば、(秤)は存在せず、(秤)は 永遠 に生成 している。このように理解 された現実は、無限に多 くの形式、形式化す る形 式、主体、あるいは死すべき単子によって構成されなければな らず、それ らのそれぞれ

ユ ニ ‑ ク

は他のすべて と質的に異なる、つまり唯一無二のものである。これ らの単子はお互いか ら孤立 してはいない。各単子は、いわば、他のものの内部に存在 し、そ して他のものと の抗争のなかでのその唯一‑無二の奮闘のおかげで存在するOすなわち、現実 は無限に多 くの単子の永遠の抗争なのである。それ らのあいだに調和はまった く存在 しない。なぜ な ら、そ こには‑なる創造 されていない中心的な単子など現存 しないか らである。あ ら ゆる単子が中心であ り、そ してそれゆえあ らゆる単子が周辺である。あらゆる単子が不 可能な中心に憤れるのだが、この憧れが生である。あ らゆる単子がそれ 自身のパースペ クテイヴをもつ。すなわち、現実はあ らゆる単子に応 じて異なる何物かなのである。現 実はある無限の過程であ り、その過程は無限の数の過程を、つまり諸形式の形成を引き 起 こす、あるいはむ しろそれによって構成される。そ してその過程は無限に多 くの両立 不可能なパースぺクテイヴにおいてのみ 自らを露にす る。この無限性 において、あ らゆ る物は手段であ り、そ してあ らゆる物は目的である。すなわち、現実は一つの位階的な

オ‑ダー

秩序ではないのである。

しか し、この 「永遠の相対性」は、世界の統一性 を破壊 しないだろうか ?それは、何 物 も真理ではな く、そ してあ らゆる物がゆるされるという結果にいた らないだろうか ?

リーツラーは これを否定す る。そ こには堅 く安定 した何物かが残 り、ある統一 性が残る が、しか しこの一つにして不変のものは、数や法則のなかにはもとよ り、いかなる 「 対的な特質」のなかにも、あるいはいかなる形式のなかにも、見出されえない。世界の 統一性は運命の統一性である、つま り誕生 と死、奮闘 と失敗な どといった世界の諸部分 のそれぞれの運命の統一性である。新カ ン ト主義か ら自らの批判的形而上学へ、(紘)か ら (形式)および (形式)の根拠へ動 くなかで、リーツラーは方法の統一性か ら運命の 統一性へ動いたのである。

ここまで言われてきたすべてか ら次の ことが帰結す る。つまり、批判的形而上学が過 去の存在論的形而上学か ら区別 されるのは、たんにそのテ‑マによるだけでな く、その 様態 にもよる。それは観照的ではない。それは、ひ とは永続的あるいは永遠のものに向 かって変化の世界を離れる、ということを合意 しない。批判的形而上学 としての哲学は、

哲学の限界を自覚 している。哲学の課題 (全体 を、過程全体を把握すること)の幅 と、そ の諸手段 (諸概念)の狭 さとのあいだには、不均衡が存在する。哲学は諸概念を必要 と し、そ して 自らの諸概念を突破 しなければな らない。哲学の課題は完了されえない。哲 学の運命は悲劇的である‑ 生の他のあ らゆる現象の運命 と同じほ ど悲劇的である。か

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シュ トラウス 『 政治哲学 とは何であるのか ? とその他の諸研究

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21 くして、哲学にはその諸概念によって全体 を把握する能力がないなが らも、それはその 運命 によって全体 を複製あるいは再現する。というのも、全体は、全体のあ らゆる部分 の運命であるような統一性だか らであるOあ らゆる物の底にある永遠の二律背反は、超 然 (detachment)のなかでは見 られえない。それが 自らの意味を開示す るのは、それが経 験される場合にのみである。つまり、それが根底的に孤立 した個人の苦悶のなかで経験 され、そ してその経験が究極の 「そ してそれにもかかわ らず」において最高潮に達す る 場合 にのみである。哲学が意味するのは、名誉をもって災難に遭 うこと、執掬に救 いの 錯覚 を拒絶すること、唯一の世界 としての この世界 〔現世(thisworld)に 「はい」 と言 うこと、あるいはそれを愛す ること、である。この仕方(way)で、そ して この仕方での み、あ らゆる物がゆるされるわけではないというように思われるO

ア ー ト

リーツラーを (紘)か ら (形式)へ と指導 した諸現象は、生きている諸存在物 と芸術 の諸作品であった。しか し、それ らの現象は、現実の根拠 についてのかれの諸思索 を支 えるのに十分でない。 これ らの思索のなかで、かれはかれが (歴史)の現象 とみなす も のによって導かれたのである。すなわち、絶えず新 しい諸形式の、さらにいっそ う高い 諸形式の創造 としての (歴史)である。かれの形而上学は、自然を (歴史)の類推 にし たがって理解 しようとする一つの試みである。それに合致 してかれは、空間ではな く時 間が現実の核に属す、否、現実 の核である、と断言する。すなわち、「時間は神性のそれ 自身への憧れである」O

私が私の知っていた リーツラーを 『形態 と法』のうちに承認するのは、ある種の困難 をともなってのみである。『形態 と法』とかれののちの諸本 とのあいだの諸差異は、ある 単一の理由にまで追跡 されるか もしれないOすなわち、かれののちの思想は、ハイデガー の影響 とかれへの反応の双方によって形づ くられた、というものである.実際には リー ツラーのもっとも深い傾向ではな く、かれがそれ を表現す るあるいはそれを表現 しない 仕方が、ハイデガーによって決定的に影響 された。

ハイデガ弓 まリ‑ツラーがかつて対決 したなかでもっとも偉大な同時代の力であった、

と言 うとすれば、それは控え 目な陳述(understatement)であろう。ひとは、かれ と比較 可能な仕方(manner)で ドイツの、否、ヨー ロッパの思想に影響 した別 の哲学教授 を見 出す まで、ヘーゲルに遡 らなければな らない。しか し、ヘーゲルには、かれ と同等の力 を有 した、あるいはそれはともかく、ひとがかれ と比較 しても明白に愚かとはな らない ような、何人かの同時代人がいたoハイデガーは、かれの同時代人すべてをはるかに凌 ぐ。この ことは、かれが一般公衆に知 られ るようになるずっと前に見 られえた。かれが 舞台に現われるや否や、かれはその中心に立ち、そ してかれはそれを支配 しはじめた。か れの支配は拡張 と凝集性においてほとん ど継続的に成長 した。かれは広 まっている不休

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と不満 に十全な表現を与えた。なぜな らかれには、道全体 についてではないとして も少 な くとも最初のそ して決定的な歩みについて、明断さと確信があったか らである。発酵

アウ トサ イダ‑

あるいは嵐は次第に止んだ。最終的に、部外者な ら批判的な諸能力の麻痔 として記述 し た くなるような状態に到達 して しまった。哲学することは、ハイデガーの諸神話(my伽 f) の発端 に崇敬 をもって耳を傾けることへ と変形 して しまったように見える。

そのとき、敬度さと功績ゆえに重きをなす人物が折よく

彼 らの目に入ったな ら、みな沈黙 して足を止め、耳をそばだてる。

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リーツラーがかれの 『現代の運命性 と自由』 の演説をしたのは、ダヴォスにおいてで あ り、その直前にハイデガー とカッシーラー とのあいだでの討論に耳を傾けていたのと 同じ聴衆を前にしてであるOリーツラーはいかなる陪緒 もな くハイデガーに味方 した。そ こに選択肢な ど存在 しなかった。偉大さに対す る感受性だけでも、リーツラーの選択 を

ア カ デ ミ ツ ク

指示 していたであろうoカ ッシー ラーはすでに確立されていた大学での立場を再現 したo かれは一人の卓抜 した哲学教授であったが、しか しかれは哲学者ではまったくなかった.

かれは博識であったが、かれ には情念がまった くなかったOかれは一人の明断な著述家 であったが、しか しかれの明断 さおよび温和 さと、かれの諸問題に対する感受性は同等 のものではなかった。ヘルマ ン ・コ‑エ ンの一人の弟子であったかれは、そのまさに中 心が倫理学であるコ‑エンの哲学体系を、象徴形式の哲学へ と変形 していたが、そ こで は倫理学が沈黙のうちに姿を消 していたo他方、ハイデガーは、倫理学の可能性を明示 的に否定するOなぜな らかれは、倫理学の観念 と、倫理学が分節化す ると装 う諸現象 と のあいだに、むかむかする不均衡が存在すると感 じるか らである。

形態 と法』のなかで、私たちが思い起 こすに、リーツラーが世界の統一性を見出 して いたのは、それ 自体 としては超然 とした視野(detadヽedview)にとって接近可能であろ うような何 らかの 「特質(suc

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)

」のうちにではな く、世界の諸部分のそれぞれの運 命のうちにであった。その運命は、根底的に孤立 した個人の苦悶のなかで経験され るこ とによってのみ、自らを開示す ると言われた。全体の諸部分は、死すべき諸単子 として 考え られた0人は こう言 うこともできるであろう。 リーツラーは 「実体」を、死すべき 単子の運命 と、つまり死すべき単子に特有の有限性 と同一化 したのだ、と。かれにはか くして、「実体」は (実存)(Existen∑)であるとす るハイデガーの定立 に向けての準備が 1 VirgilAeneisI,151.岡道男 ・高橋宏幸訳『アエネ‑イス』(京都大学学術 出版会、2001年)、

13頁。

参照

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