九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
リバースモデリングとモデルシミュレーションを活 用した組込みシステムの開発に関する研究
坂本, 佳史
https://doi.org/10.15017/1441261
出版情報:Kyushu University, 2013, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
目次
概要 i
第 1 章 はじめに 1
1.1 背景 . . . . 1
1.2 研究の目的 . . . . 15
1.3 本論文の構成 . . . . 21
第 2 章 関連研究と課題の提起 22 2.1 関連研究 . . . . 23
2.2 差分開発の現状調査 . . . . 31
2.3 差分開発の問題点 . . . . 38
2.4 課題の提起 . . . . 39
第 3 章 基本方式の提案 41 3.1 目的 . . . . 41
3.2 基本方式-SRMS の概要 . . . . 42
3.3 従来方式との比較 . . . . 45
3.4 SRMS の評価手法 . . . . 48
3.5 SRMS のメソドロジー . . . . 58
第 4 章 基本方式の適用 66 4.1 目的 . . . . 66
4.2 動的振舞解析 . . . . 66
4.3 SRMS による組込みシステムの評価 . . . . 77
4.4 SRMS のメソドロジー適用 . . . . 88
第 5 章 適用事例の検証 100
5.1 目的 . . . 100
5.2 SRMS による性能評価 . . . 100
5.3 SRMS による消費エネルギー評価 . . . 105
5.4 SRMS のメソドロジー評価 . . . 109
第 6 章 基本方式の有効性の検証 112 6.1 目的 . . . 112
6.2 性能評価における妥当性検証 . . . 113
6.3 消費エネルギー評価における妥当性検証 . . . 115
6.4 メソドロジー評価における妥当性検証 . . . 117
第 7 章 おわりに 119 7.1 成果 . . . 119
7.2 今後の展開 . . . 121
謝辞 125 参考文献 126 本研究に関する著者の発表論文 133 付録 134 付録 1 - 用語の定義 . . . 134
付録 2 - 組込みソフトウェアの課題についての分析 . . . 138
付録 3 - DEOS と D-Case . . . 140
図目次
1.1 製品開発費に占める組込みソフトウェア開発費の割合(出展 : ソフトウェア産業の実態把握に関する調査 , 独立行政法人情
報処理推進機構, 2012 年 4 月 [1] . . . . 2
1.2 組込みソフトウェア規模の変化(出展 : 組込みソフトウェア 産業の課題と政策展開 , ET2008, 経済産業省, 2008 年 [2] に 追加 . . . . 3
1.3 MFP のシステム規模と CPU 性能の推移 . . . . 5
1.4 組込みソフトウェア開発における目標達成率(出展 : ソフト ウェア産業の実態把握に関する調査 , 独立行政法人情報処理 推進機構, 2012 年 4 月 [1],[7], 2010 年度は該当データ無し) . . 7
1.5 組込みソフトウェア開発における課題の推移 (出展 : ソフト ウェア産業の実態把握に関する調査 , 独立行政法人情報処理 推進機構, 2012 年 4 月 [1],[7]) . . . . 8
1.6 組込みソフトウェアにおける不具合の発生 (出展 : ソフト ウェア産業の実態把握に関する調査 , 独立行政法人情報処理 推進機構, 2012 年 4 月 [1]) . . . . 10
1.7 組込みソフトウエア開発プロジェクトにおける開発手法(出展 : ソフトウェア産業の実態把握に関する調査 , pp49, 独立行 政法人情報処理推進機構, 2012 年 4 月 [7]) . . . . 11
2.1 開発フロー V-モデル . . . . 32
2.2 差分開発の実態調査の対象 . . . . 32
2.3 再利用の対象となる技術成果物 . . . . 33
2.4 各開発アクティビティへの入力 . . . . 33
2.5 各開発アクティビティからの出力 . . . . 34
2.6 差分の特定方法 . . . . 35
2.7 品質管理のアクティビティ . . . . 36
2.8 モデルを活用している工程 . . . . 36
2.9 組込みシステム開発の課題 . . . . 39
3.1 組込みシステムの品質を評価する手法の概要フロー . . . . 42
3.2 提案する開発メソドロジーの概要 . . . . 44
3.3 リバースモデリング手法によるモデル作成フロー . . . . 48
3.4 システム測定技術概要 . . . . 50
3.5 性能評価モデルの構成 . . . . 51
3.6 タイムリソースモデルの構成とクラス図 . . . . 53
3.7 メモリーリソースモデルの構成とクラス図 . . . . 54
3.8 消費エネルギー評価モデルの構成 . . . . 56
3.9 消費エネルギー評価モデルの作成フロー . . . . 57
3.10 Power Module のステート・ダイアグラム . . . . 58
3.11 リバースモデリング手法とモデル・シミュレーションを活用す る開発メソドロジー . . . . 61
3.12 D-Case と SysML モデルの連携 . . . . 65
4.1 解析対象のシステム構成 . . . . 67
4.2 RIP 処理の俯瞰的な動的振舞 . . . . 68
4.3 GEU の処理時間の分布 . . . . 69
4.4 GEU 処理の待ち時間の分布 . . . . 70
4.5 GEU 処理の待ち時間のパレート分析 . . . . 71
4.6 RIP 処理における CPU 使用率の比較 . . . . 72
4.7 GEU 処理における待ち時間の特定 . . . . 72
4.8 バンド間待ち時間の測定 . . . . 73
4.9 バッファ要求数とバンド間待ち時間の関係 . . . . 73
4.10 タスク切り替えの測定 . . . . 74
4.11 GEU 処理の待ち時間の分布ー 20ms 以下 . . . . 75
4.12 GEU 処理におけるセマフォの取得と開放 . . . . 76
4.13 GEU 処理における効率的なシーケンス . . . . 77
4.14 制御タスクの CPU 使用時間 . . . . 78
4.15 現行 MFP のシステム構成 . . . . 79
4.16 次期 MFP のシステム構成 . . . . 80
4.17 現行 MFP の性能評価モデル . . . . 82
4.18 次期 MFP の性能評価モデル . . . . 82
4.19 実行シナリオに用いた画像データ . . . . 83
4.20 SoC の内部構成 . . . . 84
4.21 消費エネルギー評価モデル全体のクラス・ダイヤグラム . . . . 85
4.22 CCS の操作と機能要求 . . . . 89
4.23 CCS のユースケース図 . . . . 90
4.24 要求図ー暫定版 . . . . 90
4.25 ブロック定義図 . . . . 91
4.26 内部ブロック図 . . . . 92
4.27 パラメトリック図 . . . . 93
4.28 要求図 . . . . 94
4.29 D-Case の相互運用 . . . . 96
4.30 D-Case と要求図の関連付け . . . . 97
4.31 D-Case とパラメトリック図の関連付け . . . . 98
4.32 設計意図の明確化 . . . . 99
5.1 現行 MFP モデルと次期 MFP モデルの シミュレーション結果 比較 . . . 101
5.2 マルチコア・アーキテクチャの 採用による印刷処理時間の短縮 102 5.3 メモリー使用量の遷移 . . . 103
5.4 タイミング変更後のメモリー使用量の遷移 . . . 104
5.5 消費エネルギーシミュレーション結果-4 ページ連続印刷 . . . . 106
5.6 消費エネルギーと電源投入遅延時間 . . . 107
5.7 消費エネルギーとホールド時間 . . . 108
5.8 クルーズコントロールシステムのモデル・シミュレーション . 110 6.1 FPGA を搭載した評価プラットフォーム . . . 113
6.2 モデル・シミュレーションと評価プラットフォームとの印刷処
理時間の比較 . . . 114
7.1 組込みソフトウェア開発における課題の推移(出展: ソフト
ウェア産業の実態把握に関する調査 , 独立行政法人情報処理
推進機構, 2012 年 4 月 [1],[7], 2010 年度は該当データ無し) . 138
7.2 DEOS プロセス(出展:DEOS プロセス [58]) . . . 140
7.3 D-Case(出展:D-Case[58]) . . . 142
表目次
1.1 ソフトウェア・エンジニアが把握できるプログラムの規模(出 展 : 加藤和彦, Sun&Users 学舎探訪記-筑波大学編 ,2006 年
7 月 [3] . . . . 4
2.1 組込みシステム開発の実態調査の対象 . . . . 31
3.1 従来手法との比較 . . . . 45
3.2 関連するメソドロジーとの比較 . . . . 46
4.1 SoC に搭載される IP の消費エネルギー . . . . 86
5.1 自動車のボディタイプによる特性 . . . 109
6.1 消費エネルギーの見積もりと実 SoC との比較 . . . 115
6.2 スプレッドシート手法における Activity Factor . . . 116
概要
現代社会において組込みシステムは鉄道や自動車,通信ネットワークなど社 会基盤を支えるインフラストラクチャーの一部として広く普及しており,また 個人消費においても家庭用の電化製品や情報機器としての普及が目覚しい.組 込みシステムが社会において広く活用される中で,それらを利用する顧客は 年々,多くの機能や高い性能を求める.その結果として組込みシステムは近年,
急速にその規模を拡大して複雑なシステムへと変化している.現在の組込みシ ステムの開発において,開発コストと開発納期はいずれも厳しい制約の元にあ り,開発納期も市場への製品投入サイクルの短縮を受けて短くなる傾向にある.
このような環境において組込みシステムの開発は開発コストと開発納期が現状 維持,もしくは削減される中で品質を高めて更に大規模化・複雑化に適用しな くてはならない状況にある.
つまり現在の組込みシステムの開発における重要な課題は,大規模化する組 込みシステムを,開発コストと開発納期をこれまでと変えずに開発しなくては ならないことである.そのためにはこれまで以上にその開発品質を高めること が必要となる.
そこで本研究では,以下に示す研究を行う.組込みシステムの開発におい
て設計の品質を高めることを目的としてリバースモデリング手法とモデル・シ
ミュレーションを組み合わせることで,組込みシステムの品質を評価する手法
を提案する.ここで,本研究において対象とする開発品質とは,組込みシステ
ム開発の上流工程における機能,性能,リソース使用量,消費エネルギーの充
足可能性である.また,差分開発に多く適用されているボトムアップ開発の問
題点を解決して,トップダウン開発に移行することを目標とする開発メソドロ
ジーを提案する.このメソドロジーにおいてもリバースモデリング手法とモデ
ル・シミュレーションを組み合わせて活用する.本研究で用いるリバースモデ
リング手法とは,既存の組込みシステムに対してリバースエンジニアリングの
解析技術を適用することで得られた結果を用いて,高い抽象度のモデルを作成
することである.
次に,これらの提案した手法とメソドロジーを用いて,実際の組込みシス テムに適用して提案手法の評価を行う.MFP - Multi Function Peripheral/
Printer(ディジタル複合機)においては性能評価の観点で, MFP に搭載される
SoC-System On a Chip(システム LSI)では消費エネルギーの観点で, 自動車に 搭載される CCS-Cruise Control System(クルーズコントロールシステム)では 加速要求の観点で,システムレベルのモデル・シミュレーションによる評価を 行う.モデル・シミュレーションの結果の妥当性検証を実施することで本研究 の有効性を示す.
以上のことから,本研究により,厳しい制約の元での開発求められる組込み
システム開発の品質の向上と効率化において貢献が期待できる.
1
第 1 章 はじめに
1.1 背景
組込みシステムは近年,急速にその規模を拡大して複雑なシステムへと変化 している.組込みシステムが大規模化・複雑化した要因は,組込みシステムが 実現する機能の要求が増大したことである.現代社会において組込みシステム は鉄道や自動車,通信ネットワークなど社会基盤を支えるインフラストラク チャーの一部として広く普及しており,また個人消費においても家庭用の電化 製品や情報機器としての普及が目覚しい.組込みシステムが社会において広く 活用される中で,それらを利用する顧客は年々,多くの機能や高い性能を求め る.加えて組込みシステムは,社会基盤を支えるインフラストラクチャーの重 要な構成要素であることから交通システムにおいては事故や人命に関わり,通 信ネットワークにおいては経済活動を支えるための信用に深く関わる.
組み込みシステムに求められる要求
このような環境下において組込みシステムは製品価値を高めるための顧客
要求である高性能化や多機能化を実現するためにその規模が拡大される.一般
消費者のプライバシーや資産の保護,通信システムやオンライン・コマースな
どのセキュアな運用を目的とした情報セキュリティに関連する機能が追加され
る.それらを実現するために組込みシステムには高い性能が要求され,システ
ムの規模も拡大される.加えて社会インフラストラクチャーを構成する側面に
おいては高い信頼性や安全性を実現するために,多重化や冗長設計を採用,こ
れらを制御する機能が追加されることでシステムの規模が拡大される.更に組
込みシステムはエネルギー消費において,社会インフラストラクチャーの側面
からは環境問題と関連して低消費エネルギーであることを要求され,情報端末
1.1. 背景 第 1. はじめに
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図 1.1 製品開発費に占める組込みソフトウェア開発費の割合(出展 : ソ フトウェア産業の実態把握に関する調査 , 独立行政法人情報処理推進機構 , 2012 年 4 月 [1]
に代表される個人使用の機器の側面からは十分なバッテリー駆動時間を実現す るために低消費エネルギーであることを強く要求される.これによって組込シ ステムは高性能でありながら低消費エネルギーでなくてはならない相反する要 求を達成するための機能が必要となる.すなわち,多機能化の背景を受けて組 込みシステムは近年,急速に大規模化・複雑化している.
組込みシステムの大規模化
組込みシステム,もしくは Embedded System とは特定の機能を実現するこ
とを目的としてコンピュータ・システムを組み込んでいる機器を示す.組込み
システムはソフトウェアとハードウェアによって構成され,ハードウェアは更
に電子回路と機械部品で構成される.組込みシステムに搭載されるソフトウェ
アを組込みソフトウェアと呼び,組込みシステムの多様な領域への広範囲な活
用や,高機能化・多機能化を実現する原動力の1つとなっている.その結果と
1.1. 背景 第 1. はじめに
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図 1.2 組込みソフトウェア規模の変化(出展 : 組込みソフトウェア産業の 課題と政策展開 , ET2008, 経済産業省 , 2008 年 [2] に追加
して,組込みソフトウェアの開発費が組込みシステムの開発費に占める割合は 増加傾向にあり,2010 年には 50.0 %に到達している(図 1.1 本論文における組 込み産業の実態調査の詳細については,付録 2 - 踏込みソフトウェアの課題につ いての分析を参照). すなわち組込みシステムの開発において,その対象の半分 は組込みソフトウェアであることから,組込みソフトウェアの規模の変化を組 込みシステムの規模の変化の指標として用いる.
組込みソフトウェアの規模はいずれの組込みシステムにおいても,2000 年前後を起点として数年の間に3倍から10倍に拡大していることから,大規 模化が確実に進行していることを確認できる(図 1.2). またそれらのソフトウェ ア規模は自動車において 10,000K-LOC(Lines Of Code), MFP - Multi Function Peripheral/Printer(ディジタル複合機)において 6,500K-LOC,携帯電話におい
ては 5,000K-LOC であり,ソフトウェア規模の絶対値は業務系の IT システム
と比較しても大規模であると考える.組込み開発に限定せず,ソフトウェア開
1.1. 背景 第 1. はじめに 発において一人のソフトウェア・エンジニアが取り扱うことが可能なプログラ ムの規模は 10K-LOC から 100K-LOC 程度 (表 1.1) であると一般的には考えら れていることから,近年の組込みソフトウェアは一人のソフトウェア・エンジ ニアが全体像を把握する対象としては, 既にその限界を超えるまでに大規模化が 進んでいると判断することが妥当と考える.
表 1.1 ソフトウェア・エンジニアが把握できるプログラムの規模(出展 : 加 藤和彦, Sun&Users 学舎探訪記 - 筑波大学編 ,2006 年 7 月 [3]
種別 規模 Unit
ソフトウェア・エンジニアが把握でき るプログラムの規模
10〜100 K-LOC
構成するコンポーネント数の上限 20〜200 個 構造化設計において妥当とされるコン
ポーネント規模の上限
500 LOC
組込みシステムの大規模化の要因
自動車の事例における組込みソフトウェア,すなわち車載ソフトウェアの大 規模化の主な要因はガソリン直噴技術の採用,排気ガス規制強化への対応,自 己診断システム(OBD-On-board diagnostics) 等の車載電子システムの採用の 拡大と高機能化,機能統合化である [4],[5].
MFP の事例における組込みソフトウェアの大規模化の要因はネットワーク技術 の発達に追従,さらには活用することを主要因とする多機能化である [6].
MFP は電子写真プロセスを使用するレーザープリンタに加えて Fax 機能の共 有化が進みマルチファンクション機器として近年,大きく変化してきた. ネッ トワーク経由でスキャンしたデータを圧縮してクライアント端末に送信する
Scan to FTP 機能, インターネット・プロトコルを用いた Fax の送受信を可能
にする Internet Fax 機能, ネットワーク経由で利用者を認証することにより印
刷する MFP を自由に選択可能なロケーションフリー印刷機能などをスキャン,
Fax,コピーの各機能を連携して動作させることで実現している.複数の機能連
携によって多機能化を実現していることから,その実現を容易にするためには
1.1. 背景 第 1. はじめに
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図 1.3 MFP のシステム規模と CPU 性能の推移
自動車の事例と同様,機能統合化が推進されてきた.機能統合化とは1つのプ ラットフォームの上に複数の機能を集積することを意味している.この場合の プラットフォームとは,単一のハードウェアシステムと,その上に構築された単 一のオペレーティング・システムを意味することが多い.MFP の事例において は,これまで個別のプラットフォームによって構成されていた印刷エンジン制 御, オプション制御, 操作パ ネル, 画像処理, プリンタ・コントロール, ス キャナ 制御,Fax, ネットワーク・インターフェイス等が単一のプラットフォームへと 統合されてきた.この機能統合化により加速された多機能化の結果として MFP のソフトウェアは大規模化した.
組込みシステムの複雑さの度合いは,組込みシステムを構成するソフトウェ ア並びにハードウェアによって実現される機能の数と,それら個別の機能を実 現するために増加したソフトウェア並びにハードウェアの規模を用いて判断す る.機能の数が増えることは複数の機能を複合的に用いることから機能単位で 相互の連携が必要とされるシステムとしての複雑さが増すことであると考える.
ソフトウェアもしくはハードウェアによって提供される機能は個別の機能もし
くは複数の機能を複合的に用いることで実現される.個別の機能を実現するた
めにソフトウェア並びにハードウェア,もしくはその双方の規模が増加するこ
とは複雑さが増したことであると考える.同様に個別,または複数の機能を実
1.1. 背景 第 1. はじめに 現するためにソフトウェア並びにハードウェア,もしくはその双方の規模が増 加することも複雑さが増したことであると考える.
組込みシステムの大規模化の具体事例
そこで代表的な組込みシステムの1つである MFP の具体的な事例から, 組込 みシステムの複雑化の推移を読み取る(図 1.3).
MFP のハードウェア・プラットフォームの中核を成す SoC-System On a Chip(システム LSI)に搭載される CPU(Central Processing Unit) の性能指 標である DMIPS(Dhrystone million instructions per second) 値は年々,高く なっている.CPU 性能は動作周波数の高速化に加えて回路規模の増加によっ て実現されていることから複雑さが増している.加えてハードウェアの複雑 化において更に重要な指標として着目する対象は SoC に搭載される IP コア
(Intellectual Property Core) の増加である.IP コアは特定の機能を実現するた めに,その機能単位でまとめられた回路ブロックを意味するものであり,SoC の重要な構成要素である.SoC に内蔵される CPU と IP コア,もしくは IP コ ア同士の相互作用によって SoC は機能を実現することから IP コアの増加は相 互作用の増加を意味することであり,それはすなわち SoC の複雑さが増加した と考えられる.
2008 年に開発した SoC を構成する IP コアの数は 1999 年と比較して 2.3 倍に増 加している.IP コアはそれぞれが1つの機能を実現していることから,IP コア の増加によって SoC が提供する機能が増加したことを意味する.また IP コア の増加は SoC の回路規模の増加も意味する.次にソフトウェアに着目すると,
2008 年に開発したソフトウェア規模は 1999 年と比較して約 10 倍に増加してい
る. このことからソフトウェアによって提供される個別の機能数は増加してい
ると考えることができる.さらに SoC に搭載される IP の増加率とソフトウェ
ア規模の増加率を比較すると,ソフトウェア規模の増加率が高いことに注目す
る.1999 年と 2004 年の比較において IP コアの増加率が 1.5 倍,これに対して
ソフトウェア規模の増加率は 3.5 倍である.同様に 2004 年と 2008 年の比較に
おいて IP コアの増加率が 1.5 倍であるのに対して,ソフトウェア規模の増加率
は 3.0 倍である.IP コアはそれぞれが1つの機能を実現していることから,そ
の機能を利用するソフトウェアが単一の機能を提供するのであれば,IP コアの
1.1. 背景 第 1. はじめに
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図 1.4 組込みソフトウェア開発における目標達成率(出展 : ソフトウェア 産業の実態把握に関する調査 , 独立行政法人情報処理推進機構 , 2012 年 4 月 [1],[7], 2010 年度は該当データ無し)
増加率とソフトウェア規模の増加率は近い値を取ってしかるべきと考える.し かしながらソフトウェア規模の増加率が IP コアの増加率を大きく上回っている ことから,IP コアによって提供される個別の機能を,ソフトウェアによって複 合的に活用していることによってソフトウェア規模が増大していると考える.
この MFP の事例においてソフトウェア並びにハードウェア双方の機能数の増 加,規模の増加が確認できることから,システムとしての複雑さが増している,
すなわち組込みシステムとして複雑化していると考える.
組込みシステム開発における優先度
急速に大規模化・複雑化している組込みシステムにおいて,品質を何よりも
優先してきたことが, 組込みソフトウェア開発のプロジェクトにおける目標達成
率の推移から見て取れる(図 1.4). また品質を継続して優先してきたことによっ
て,品質の向上における効果が得られていることが,2005 年から 2009 年にか
けて品質目標の達成率が穏やかに上昇しているこで裏付けられる.それに対し
1.1. 背景 第 1. はじめに
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図 1.5 組込みソフトウェア開発における課題の推移 (出展 : ソフトウェ ア産業の実態把握に関する調査 , 独立行政法人情報処理推進機構 , 2012 年 4 月 [1],[7] )
て開発コストを意味する開発費用,並びに開発納期を意味する開発期間はそれ ぞれ 50% 以下の目標達成率に低迷している.製品開発のプロジェクトにおいて は納期の優先度を最も高くして,品質とコストを調整することが一般的なプロ ジェクト・マネジメントのアプローチであり判断基準である.この観点から判 断すると開発納期が目標を達成できないことはすなわちプロジェクトの失敗で あり,日本の組込み産業のプロジェクトの失敗率が 50% を超えていることを意 味する.この原因の1つとして同じ期間に組込みシステムが大規模化・複雑化 していることの関連を考慮する必要があると考える.開発対象の組込みシステ ムが大規模化・複雑化することによって,これまで規模の小さな組込みシステ ムを対象としていた開発スタイルの適用が必ずしも有効とは限らない中で,開 発コストと開発納期の優先度を下げて品質を確保した結果であると推測できる
(図 1.5).
1.1. 背景 第 1. はじめに
組込みシステム開発における品質の低下
組込みシステムの開発においてプロジェクトの課題の優先度において継続的 に最も優先されたのは品質であることが明らかである.開発コストの優先度は 2010 年まで品質や納期以外の要素よりも低い優先度であり,開発納期の優先度 は 2010 年,2011 年と同様に低い優先度であった.品質,開発コスト,開発納 期が優先度の上位を占めるのは 2012 年である.これは品質を最優先にして開発 コストと開発納期は時々のプロジェクトを取り巻く経済状況等に応じて調整さ れてきたと考えられる.しかしながら,品質を最も優先しているにも関わらず,
2011 年には品質の目標達成率に低下傾向が見られる(図 1.4). 開発コストと 開発納期の優先度が高くなった結果(図 1.5) としてそれらの目標達成率が上昇 していることは妥当であると考えられる.けれども開発コストと開発納期の優 先度が高くなった事だけが品質の低下の原因であると考えることは難しい.な ぜならプロジェクトの優先度において開発コストと開発納期が変化してもこれ までは品質への影響が見られないからである(図 1.4).そこで製品の出荷後に 発生した不具合の数を用いて組込みソフトウェアの品質を判断すると調査開始 の 2005 年以降,明確に品質が低下していることが確認できる(図 1.6).
製品の出荷後に不具合が発生しない,もしくは不具合の発生が2件未満のプ
ロジェクト数が明らかに減少傾向にある.これに反して不具合の発生件数が2
件以上のプロジェクト数は増加傾向にある.2011 年まで品質目標の達成率に低
下が見られなかった(図 1.4). この原因は,それまで不具合発生率がプロジェク
トの品質目標を下回るまで増加していなかったが,その閾値を超えて不具合が
発生したことによると推測する.組込みソフトウェアの開発が組込みシステム
開発の半分を占めていることから,組込みソフトウェアの品質低下は組込みシ
ステムの品質低下と同義であると考える.すなわち,日本の組込み産業におい
ては年々,明確に製品開発の品質が低下していることを見て取れる.品質の変
化に相まって継続的に変化しているのは,組込みソフトウェアが組込みシステ
ムに占める割合いの増加に加えて,組込みシステムの大規模化・複雑化が進行
していることである.これらのことから組込みシステムの開発における納期と
コストは品質と大規模化・複雑化の影響を受けて調整されていると考えられ以
下の式で表現できると考えられると仮定して論を進める.
1.1. 背景 第 1. はじめに
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