九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
線形化可能な超離散QRT系の厳密解と特異点閉じ込め テストについて
三村, 尚之
青山学院大学理工学研究科
薩摩, 順吉
青山学院大学理工学部
https://doi.org/10.15017/23457
出版情報:応用力学研究所研究集会報告. 23AO-S7 (11), pp.77-83, 2012-03. Research Institute for Applied Mechanics, Kyushu University
バージョン:
権利関係:
応用力学研究所研究集会報告No.23AO-S7
「非線形波動研究の進展 — 現象と数理の相互作用 —」(研究代表者 筧 三郎)
共催 九州大学グローバルCOEプログラム
「マス・フォア・インダストリ教育研究拠点」
Reports of RIAM Symposium No.23AO-S7
Progress in nonlinear waves — interaction between experimental and mathematical aspects
Proceedings of a symposium held at Chikushi Campus, Kyushu Universiy, Kasuga, Fukuoka, Japan, October 27 - 29, 2011
Co-organized by
Kyushu University Global COE Program
Education and Research Hub for Mathematics - for - Industry
Research Institute for Applied Mechanics Kyushu University
March, 2012 Article No. 11 (pp. 77 - 83)
線形化可能な超離散 QRT 系の厳密解 と特異点閉じ込めテストについて
三村 尚之( MIMURA Naoyuki ),薩摩 順吉( SATSUMA Junkichi )
(Received 15 January 2012; accepted 2 February 2012)
線形化可能な超離散QRT系の厳密解と特異点閉じ込めテストについて
青山学院大学理工学研究科 三村尚之 (MIMURA Naoyuki) 青山学院大学理工学部 薩摩順吉 (SATSUMA Junkichi)
概 要 保存量を持つ2階非線形差分方程式として, QRT系がある.一方,超離散方程式の可積分 性判定法として,超離散特異点閉じ込めテスト(uSC)が提案されている.本稿では,線形化可能な超離 散QRT系の厳密解を構成し, uSCを適用した結果との関連について紹介する.
1 線形化可能なQRT系
(対称)QRT系とは,保存量を持つ2階非線形差分方程式であり,次のように与えられる. xn+1= f1(xn)−xn−1f2(xn)
f2(xn)−xn−1f3(xn). (1.1)
ただし
f1 f2 f3
=
α0 β0 γ0
β0 κ0 λ0
γ0 λ0 µ0
x2n xn 1
×
α1 β1 γ1
β1 κ1 λ1
γ1 λ1 µ1
x2n xn 1
(1.2)
であり,αi,βi, . . . ,µi(i=0,1)はパラメータである. (1.1)の保存量は,
k=α0x2nx2n−1+β0xnxn−1(xn+xn−1) +γ0(x2n+x2n−1) +κ0xnxn−1+λ0(xn+xn−1) +µ0
α1x2nx2n−1+β1xnxn−1(xn+xn−1) +γ1(x2n+x2n−1) +κ1xnxn−1+λ1(xn+xn−1) +µ1
. (1.3)
パラメータのとり方によって, (1.1)は線形化可能であることが知られている[1].本稿では,特に以 下の2つの線形化可能な方程式について考える.
1.1 xn+1xn−1= (xn−a)(xn−b)
γ0=1,λ0=−(a+b),µ0=ab,κ1=1,他のパラメータを0とすると,次の方程式が得られる.
xn+1xn−1= (xn−a)(xn−b). (1.4)
線形化
(1.4)の保存量は
k=x2n+x2n−1−(a+b)(xn+xn−1) +ab
xnxn−1 . (1.5)
(1.4)を用いて(1.5)を書き直すと,次の線形方程式が得られる.
xn+1−kxn+xn−1=a+b. (1.6)
1
1.2 xn+1+xn−1=1/xn
α0=1,κ0=−1,µ1=1,他のパラメータを0とすると,次の方程式が得られる. xn+1+xn−1= 1
xn
. (1.7)
線形化
(1.7)を次のように書き直す.
xn+1=yn+1
xn , (1.8)
yn+1=−yn+1. (1.9)
(1.8)に, Cole-Hopf変換xn=un+1/unを施すと,次の線形方程式が得られる.
un+1−ynun−1=0. (1.10)
ただし, ynは(1.9)の一般解であり,次のように与えられる.
yn=
{ −y1+1 (n=2,4,6, . . .)
y1 (n=3,5,7, . . .). (1.11)
2 特異点閉じ込めテスト
2階非線形差分方程式に対し,初期値としてx0, x1を与えて時間発展させる.本稿における特異点と 特異性は,特異点閉じ込めテストの観点から,以下のように定義する.
定義1 (特異点). 任意のx0に対して, x2がx0に依存しなくなる点x1. 定義2 (特異性). 点xk(k≥2)がx0に依存しない性質.
特異点閉じ込めテスト(SC)とは, 2階非線形差分方程式に対する可積分性判定法である[2].任意の x0(本稿では f とおく)と特異点x1から時間発展させたとき,有限回のステップ後に特異性が消え る(つまり, x0に依存する値になる)方程式は, SCに通るという.さらに, SCに通る差分方程式は可 積分であると考えられている.
また,特異性が消えず,逆方向に時間発展させても, x0に依存しない値が無限に続く方程式は, weak SCに通るという.さらに, weak SCに通る方程式も可積分であると考えられている.
2.1 xn+1xn−1= (xn−a)(xn−b)
(1.4)の特異点は, x1=a,bである. x0=f , x1=aに対する時間発展は,以下の通りである. x0= f,
x1=a+ε →a, x2=(a−b)ε
f +O( ε2)
→0, x3=b−(a2−b2+b f)ε
a f +O( ε2)
→b,
x4=a2−b2+b f
a +O(ε)→ a2−b2+b f
a . (2.1)
(2.1)では,特異性が消える. x1=bのときも,同様の時間発展が得られる.よって, (1.4)はSCに通る.
2.2 xn+1+xn−1=1/xn
(1.7)の特異点はx1=0である. x0= f , x1=0に対する時間発展は,以下の通りである. ...
x−4= f3ε2+O(ε3)→0, x−3= 1
f2ε+O(1)→∞, x−2= f2ε+O(ε2)→0, x−1= 1
f −ε→ 1 f, x0= f,
x1=ε→0, x2= 1
ε +O(1)→∞, x3= fε2+O(
ε3)
→0, x4= 1
fε2+O( ε−1)
→∞, x5= f2ε3+O(
ε4)
→0, x6= 1
f2ε3+O( ε−2)
→∞,
... (2.2)
(2.2)では,特異性が消えず,逆方向にもx0に依存しない値が続く.よって, (1.7)はweak SCに通る.
3 符号付き超離散化
超離散化とは,差分方程式の従属変数を離散化する手法である.また,符号付き超離散化とは,負の 項を含む差分方程式に対して,超離散化を拡張した手法である[3].後者は,以下の手順に従う.
1. 符号変数σnと振幅変数x˜nの導入: xn=σnx˜nと書く.ただし,σn={−1,1}, ˜xn>0である. 2. 符号関数sの導入:σn=s(σn)−s(−σn)と書く.ただし,関数sは以下のように定義される.
s(k) = {
1 (k=1)
0 (k=−1). (3.1)
3. 変数変換: パラメータε(>0)を用いて, ˜xn=eXn/ε, s(σn) =eS(σn)/ε とおく. ただし,関数Sは 以下のように定義される.
S(k) = {
0 (k=1)
−∞ (k=−1). (3.2)
4. 極限操作: limε→+0εlogを施す.このとき,次の公式を用いる.
εlim→+0εlog (
eKε +eLε )
=max(K,L). (3.3)
1-4の操作により,σnとXnに対する陰的な超離散方程式が得られる. さらに,様々な場合分けを考 えることで,σnとXnに対する陽的な方程式系に書き直すことができる.
3
3.1 xn+1xn−1= (xn−a)(xn−b)
b>a>1とし, (1.4)を符号付き超離散化すると,以下の陽的な方程式系が得られる.
σn+1=
σn−1
2 [1−σn−(1+σn)sgn{B+Xn−max(2Xn,A+B)}]
(σn=−1またはXn6=A,かつσn=−1またはXn6=B) 不定 (σn=1かつXn=A)
不定 (σn=1かつXn=B),
(3.4)
Xn+1
=max(B+Xn,2Xn,A+B)−Xn−1 (σn=−1またはXn6=A,かつσn=−1またはXn6=B)
≤A+B−Xn−1 (σn=1かつXn=A)
≤2B−Xn−1 (σn=1かつXn=B).
(3.5) ただし, B>A>0である.また, sgnは次のように定義される.
sgn(K) =
1 (K>0) 0 (K=0)
−1 (K<0).
(3.6)
3.2 xn+1+xn−1=1/xn
(1.7)を符号付き超離散化すると,以下の陽的な方程式系が得られる.
σn+1=
1
2{1−σn−1−(1+σn−1)sgn(Xn−1)}
(σn=−1またはXn6=0,かつσn−1=−1またはXn−16=0のとき) 不定 (σn=−1またはXn6=0,かつσn−1=1かつXn−1=0のとき) 不定 (σn=1かつXn=0のとき),
(3.7)
Xn+1
=max(Xn−1,0) (σn=−1またはXn6=0,かつσn−1=−1またはXn−16=0のとき)
≤0 (σn=−1またはXn6=0,かつσn−1=1かつXn−1=0のとき)
=任意 (σn=1かつXn=0のとき).
(3.8)
4 超離散特異点閉じ込めテスト(uSC)
以降,Xn= (σn,Xn)と書く. 2階符号付き超離散方程式に対し,初期値としてX0,X1を与えて時間 発展させる.符号付き超離散方程式の特異点と特異性を,以下のように定義する.
定義3 (特異点). 任意のX0に対して,X2の値が不定になる点X1. 定義4 (特異性). 点Xk (k≥2)が,不定な値X2に依存する性質.
超離散特異点閉じ込めテスト(uSC)とは,超離散方程式に対する可積分性判定法である[3].任意の X0と特異点X1から時間発展させると,X2の値が不定になる.以降の時間発展は, X0の範囲とX2
の選び方によって異なる.必要に応じてX2の範囲を制限することにより,全てのX0に対して特異 性が消える方程式は, uSCに通るという(図1参照).さらに, uSCに通る超離散方程式は可積分であ ると考えられている.
図1: uSCの手順
4.1 超離散方程式(3.4)-(3.5)
(3.4)-(3.5)の特異点は,Xn= (1,A),(1,B)である.任意のX0とX1= (1,A)から時間発展させると X0= (σ0,X0),σ0=任意,X0=任意,
X1= (1,A),
X2= (σ2,X2),σ2=不定,X2≤A+B−X0. (4.1) 以降の時間発展は, X0の範囲とX2の選び方に応じて,以下の通りである.
1. X0>Bのとき:
X3= (1,B),
X4= (σ4,X4),σ4=不定,X4≤2B−X2. (4.2) 2. A<X0<Bのとき:
(a) X2<Aと選ぶと, 1と同じ.
5
(b) A<X2(≤A+B−X0)と選ぶと
X3= (−σ2,−A+B+X2), X4= (σ2,−2A+2B+X2), X5= (−σ2,−3A+3B+X2), X6= (σ2,−4A+4B+X2),
... (4.3)
3. X0<Aのとき:
(a) X2<Aと選ぶと, 1と同じ. (b) A<X2<Bと選ぶと, 2(b)と同じ. (c) B<X2(≤A+B−X0)と選ぶと
X3= (1,−A+2X2), X4= (σ2,−2A+3X2), X5= (1,−3A+4X2), X6= (σ2,−4A+5X2),
... (4.4)
全てのX0に対して, X2<Aと選ぶと,特異性が消える.X1= (1,B)のときも,同様の時間発展が得 られる. よって, (3.4)-(3.5)はuSCに通る.
4.2 超離散方程式(3.7)-(3.8)
(3.7)-(3.8)の特異点は,X1= (1,0)である.任意のX0とX1= (1,0)から時間発展させると X0= (σ0,X0),σ0=任意,X0=任意,
X1= (1,0),
X2= (σ2,X2),σ2=不定,X2=任意. (4.5)
X2>0と選ぶと
X3= (σ3,X3),σ3=不定,X3≤0. (4.6)
以降の時間発展は,X3の選び方に応じて,以下の通りである. (i) σ3=1, X3=0と選ぶと
X4= (σ4,X4),σ4=不定,X4=任意. (4.7) (ii) 他の選び方だと
X4= (−σ2,X2), X5= (1,0),
X6= (σ6,X6),σ6=不定,X6=任意. (4.8) 全てのX0に対して, X2>0と選ぶと,特異性が消える. よって, (3.7)-(3.8)はuSCに通る. これは,
(2.2)では特異性が完全に打ち消し合わないが,超離散系では打ち消し合っているように見えるため
である.
5 厳密解との対応
5.1 超離散方程式(3.4)-(3.5)
(1.5)-(1.6)を超離散化することで, (3.4)-(3.5)の解が得られる.特に,X0= (σ0,X0),σ0=任意, X0>
2B−AとX1= (1,A)に対する解は,以下の通りである. σn=
{
不定 (n=2)
σ0n−1 (n≥3), (5.1)
Xn
{ ≤A+B−X0 (n=2)
=B+ (n−3)(X0−A) (n≥3). (5.2)
(5.1)-(5.2)は,X0を回復する.
5.2 超離散方程式(3.7)-(3.8)
(1.8)-(1.11)を超離散化することで, (3.7)-(3.8)の解が得られる.特に,X0= (σ0,X0),σ0=任意, X0>0 とX1= (1,0)に対する解は,以下の通りである.
σn= {
不定 (n=2,4,6, . . .)
1 (n=3,5,7, . . .), (5.3)
Xn
{
>Xn−2 (n=2,4,6, . . .)
=0 (n=3,5,7, . . .). (5.4)
(5.3)-(5.4)は,特異性が無限に続く振舞いを示す.これは, (4.5)-(4.8)と対応しない.
6 結論
本稿で紹介したuSCを様々な超離散方程式に適用したところ,多くの方程式ではSCと同様の結果 が得られた. 一方で, (3.7)-(3.8)のような例外的な方程式も見つかっている. このような場合,超離 散方程式の厳密解(や保存量)を補助的に用いると,特異点を通る解の振舞いをより詳しく理解でき ることがある.
参考文献
[1] A. Ramani, B. Grammaticos, J. Satsuma and N. Mimura: “Linearisable QRT mappings”, J. Phys. A:
Math. Theor. 44 425201 (2011).
[2] B. Grammaticos, A. Ramani and V. Papageorgiou: “Do integrable mappings have the Painlev´e prop- erty?”, Phys. Rev. Lett. 67 (1991), 1825.
[3] N. Mimura, S. Isojima, M. Murata and J. Satsuma: “Sinuglarity confinement test for ultradiscrete equations with parity variables”, J. Phys. A: Math. Theor. 42 315206 (2009).
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