博 士 ( 工 学 ) 深 澤
裕
学 位 論 文 題 名
氷および氷内部の水溶液のラマン散乱および中性子散乱 学位論文内容の要旨
過去30 万年に及ぶ地球環境の変動の解明を目的として、極地氷床の深層の氷が掘 削されている。この、氷床の氷の物性研究において、氷の中の分子原子の振動状態を 理解することが重要になっている。何故なら、振動状態の理解は古環境復元に不可 欠な氷の誘電的性質や水分子及び不純物(過去の火山活動が起源である硫酸や硝酸 等)の存在状態の解明をもたらすからである。また分光法を用いて、木星や土星の 月等の宇宙に存在する氷の物性を調査する上でも、氷の分子原子の振動と構造の関 係を解明する必要がある。さらに、最も身近な物質である水の過冷却の状態におけ る水素結合の研究においても、氷の水素結合強度とプ口トン配置の関係を振動スベ クトルから解析することが重要になっている。このように、氷の中の分子原子の振 動状態を解明することが、化学物理や地球の環境に関する研究において非常に重要 になっている。しかしながら、プロトンの振動状態や、氷に含まれる不純物の分布 と存在状態についての理解は乏しいのが現状である。
本研究では、氷の中の分子原子の振動状態の解明を目的として、氷Ih (プ口トン が無秩序な通常の氷)、氷XI (プロトンが秩序化した氷)及び極地氷床の深層から 掘削された氷の精密な顕微ラマン散乱及び中性子散乱を初めて測定した。得られた 振動スペクトルの解析を行い、以下の新しい発見をした。
プ口トンの秩序化にともなってプ口トンの振動のエネルギー幅が減少することを 明らかにした。さらに、プ口トンの配置と水素結合強度の関係を解明した。これら の結果と南極氷床の氷の顕微ラマン散乱及び中性子散乱の測定結果の解析を行い、
南極氷床においてプ口トン秩序相転移が生じていることを発見した。この発見から、
南極氷床の約
30%が秩序氷であり、木星や土星の月に存在する氷も秩序化している ことが推定される。
また、南極氷床の氷の顕微ラマン散乱測定を行い、氷に含まれている不純物(硫 酸及び硝酸)は三叉粒界(粒界が交差する線)に水溶液として偏析していることを 発見した。このことから、氷床の氷の電気伝導度が非常に高い値を示すのはこの溶 液の存在に起因していることがわかった。
本論文は、氷Ih 、XI 及び極地氷床の氷の中の分子原子の振動状態を、ラマン散乱 及 び 中 性 子 散 乱 の 実 験 研 究 か ら 解 明 し た 成 果 を 述 べ た も の で あ る 。
本論文は、全部で8 章から構成されている。
第
1章では本研究の背景と目的を述べる。 1
第2章 で は 南 極 氷 床 のVostok基 地 に て掘削 され た氷(Vostokコア 氷)の ラマ ン散 乱 を 測 定 し た 結 果 に つ い て 述 べ る 。得 られ たラ マン スペ クト ルか ら、格 子振 動の translational(束縛並進)モードの300 cm.lのピーク強度が、試料の深さとともに増 加 することを発見した。深さ500−2452mの増加において、220 cm‑1に対する300 cm‑1 の ピ ー ク 強 度 比 は6%増 加 し た 。 こ の結 果か らVostokコア 氷の プ口 トン配 置は 深さ にともなって変化していることを示した。
第3章で は南極 及び グリ ーン ラン ド氷 床の 多数 の地 点で 掘削 され た氷の ラマ ンス ペクトルを測定した結果について述べる。それらのスペクトルに見られるtranslational モ ードの225 cm‑lと300 cm‑lのピークに着目し、そのピーク強度が、深さ、年代、氷 床 温度( Ti)に対してどの様な変化を示すのかについて調べた。その結果、300 cm.l の ピ ー ク 強 度 はtに 依 存す る こ と が 明 らかに なっ た。 この ピー ク強 度は 、Tが237K 以 上の 場合 は一 定で ある が、237K以下 では 減少し た。 この 結果から、極地氷床氷の プ口トン配置はTiにともなって変化することを明らかにした。
第4章で は南極 氷床 に建 設さ れた ドー ムふ じ基 地に て掘 削さ れた 氷(ド ーム ふじ コ ア 氷 )の ラマ ン散 乱と 非干 渉性 非弾 性中性 子散 乱(IINS)の 測定 結果に つい て述 べ る。 ラマ ン散 乱の 解析 結果 は、Ti=237Kにおい てプ 口ト ン無秩序相から秩序相へ の 二次 相転 移が 生じ てい るこ とを 示し た。 さらに 、人 工の 氷Ihとそのプ口トン秩序 相 で あ る 氷XIのIINS測 定 を 行 っ た 。そ の結 果、 氷XIとド ーム ふじ コア氷 のス ペク トルはlibrational(束縛回転)モードにおいて79 meVにピークをもつのに対し、氷Ih は ピー クを もた ない こと がわ かっ た。 これ らの結 果か ら、 ドームふじコア氷のプ口 トンが氷XIと同様に秩序配置していることを発見した。
第5章 で は 深 さ201―2201mに お け る ド ー ム ふ じ コ ア 氷 のIINSス ベクト ルを 測定 した結果について述べる。ドームふじコア氷のスベクトルにおいて、librationalモー ド のピ ーク 強度 が疋 にと もな って 変化 する ことを 発見 した 。得られたスペクトルか ら 、 秩 序変 数( 氷中 の秩 序化 した プ口 トンの 割合 )のE依 存性 を計 算した 。こ の依 存 性は、氷Ihにおけるプ口トン配置からプ口トン秩序配置への秩序.無秩序相転移が t〓237Kに お い て 生 じ て い る こ と を 示 し た 。 こ の 結 果 か ら、t5237Kに お け る 南 極氷はプ口トン秩序配置をもつことが明らかになった。
第6章 で は 氷IhとXIのIINSス ベ ク ト ル を 測 定 し た 結 果 に つ い て 述べる 。測 定し た 氷Ih及 びXIの ス ベ ク ト ル に お い て27meVと36mevに ピ ー ク が 存 在 し た 。 氷XI に おけ るこ れら のピ ーク 強度 は氷Ihと 同じ であっ た。 この 結果から、氷と過冷却水 に 結 合 カの 異な る2種 類の 水素 結合 が存 在す ると いう 仮説 は否 定さ れるこ とを 示し た 。さらに秩序化によるプ口卜ン配置数の減少にともなってlibmtionalモードのピー クのエネルギー幅が減少することを明らかにした。
第7章で は南極 氷床 から 掘削 され た多 結晶 氷に おけ る三 叉粒 界の 顕微ラ マン 散乱 を測定した結果について述べる。ラマンスベクトルは硫酸及び硝酸水溶液中のHSOユ.、
NOヨ・、SO・42.のピークをもつことがわかった。従って、三叉粒界において硫酸と硝酸 がHSO。.、S042.、NOヨ.に解離している。この結果から、三叉粒界に硫酸及び硝酸水溶 液が存在することを発見した。
第8章では本研究の総括を行う。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
氷および氷内部の水溶液のラマン散乱および中性子散乱
最 近、 氷の 分子 原子 の振 動 と構 造の 関係を解明 する必要が増してきている。さらに、
最も身近な物質である水の過冷却の状態に おける水素結合の研究においても、氷の振動ス ペクトルを解析することが重要になってい る。このように、氷の中の分子原子の振動状態 を解明することが、化学物理や地球の環境に関する研究において非常に重要になっている。
しかしながら、プ口トンの振動状態や、氷 に含まれる不純物の分布と存在状態にっいての 理解は乏しいのが現状である。
本 論文 では 、氷 の中 の分 子 原子 の振 動状態の解 明を目的として、氷Ih(プ口トンが無 秩序 な通 常の 氷) 、氷XI( プ ロト ンが 秩序化した 氷)及び極地氷床の深層から掘削され た氷の精密な顕微ラマン散乱及び中性子散 乱を初めて測定した。得られた振動スベクトル の解析を行い、以下の新しい発見をした。
プ ロト ンの 秩序 化に とも な って プ口 トンの振動 のエネルギ一幅が減少することを明ら かにした。さらに、プロトンの配置と水素 結合強度の関係を解明した。これらの結果と南 極氷床の氷の顕微ラマン散乱及び中性子散 乱の測定結果の解析を行い、南極氷床において ブ口トン秩序相転移が生じていることを発 見した。
ま た、 南極 氷床 の氷 の顕 微 ラマ ン散 乱測定を行 い、氷に含まれている不純物(硫酸及 び硝酸)は三叉粒界(粒界が交差する線) に水溶液として偏析していることを発見した。
このことから、氷床の氷の電気伝導度が非 常に高い値を示すのはこの溶液の存在に起因し ていることがわかった。
本 論文 は、 氷Ih、XI及び 極 地氷 床の 氷の中の分 子原子の振動状態を、ラマン散乱及び 中性子散乱の実験研究から解明した成果を 述べたものである。
本論文は8章 から構成されている。
第1章では本 研究の背景と目的を述べる。
第2章 で は 南 極 のVostok基 地 に て 掘 削さ れたVostokコ ア氷 のラ マン 散乱 を測 定し た 結果について述べる。得られたラマンスペ クトルから、格子振動のtranslational(束縛並 進)モードの300 cm.1のピーク強度が、試料の深さとともに増加することを発見した。こ の結果からVostokコア氷のプロトン配置は 深さにともなって変化していることを示した。
第3章で は南 極及 びグ リー ンラ ンド 氷床 の多 数の 地点 で 掘削 され た氷のラマンスベク トル を測 定し た結 果に つい て 述べ る。 氷床温度(Ti)が237K以下で、300 cm.1のピーク
―807一
爾 郎
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授 授
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査 査
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主 副
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強 度は 減 少す るこ とが わか った 。こ の結 果か ら、 極地 氷床 氷の プ口トン配置はFにとも なって変化することを解明した。
第4章 では 南極 のド ーム ふじ 基地 に て掘 削さ れた ドー ムふ じコ ア氷のラマン散乱と非 干 渉性 非 弾性中性子散乱(IINS)の測定結果にっいて述べる。ラマ ン散乱の解析結果は、
Ti〓237Kにお いて プ口 トン 無秩 序相 から秩序相への二次相転移が 生じていることを示し た 。 さ らに 氷Ihと 氷XIのIINS測 定を 行っ た。 その 結果 、氷XIと ドー ム ふじ コア 氷の ス ペク トルはlibrational(束縛回 転)モードにおいて79 meVにピークをもつのに対し、氷Ih はピ ークをもたないことがわかった。これらの結果から、ド ームふじコア氷のプロトンが 氷XIと同様に秩序配置していることを発見した。
第5章 で は 深 さ201―2201mに お け るド ーム ふじ コア 氷のIINSスペ ク トル を測 定し た 結果 について述べる。ドームふじコア氷のスペクトルにおいて、librationalモードのピー ク 強度 がTiに とも なっ て変 化す るこ とを発見した。得られたスベ クトルから、秩序変数
(氷 中の秩序化したプ口トンの割合)のTi依存性を計算した 。この依存性は、秩序・無秩 序 相 転 移 がTi=237Kに お い て 生 じ てい る こと を示 した 。こ の結 果か ら、tぢ237Kに お ける南極氷はプ口トン秩序配置をもつことが明らかになった。
第6章 で は 氷IhとXIのIINSス ベ ク トル を測 定し た結 果に っい て述 べ る。 測定 した 氷 Ih及 びXIの ス ベ ク ト ル に お い て27 meVと36 meVに ピ ー ク が 存 在し た 。氷XIに おけ る こ れら の ピー ク強 度は 氷Ihと同 じで あった。この結果から、氷と 過冷却水に結合カの異 な る2種 類の 水素結合が存在するという仮説は否定されることを示 した。さらに秩序化に よる プロトン配置数の減少にともなってlibrationalモードのピークのエネルギ一幅が減少 することを明らかにした。
第7章 では 南極 氷床 から 掘削 され た 多結 晶氷 にお ける 三叉 粒界 の顕微ラマン散乱を測 定した結果にっいて述べる。ラマンスベクトルから、三叉粒界において硫酸と硝酸がHSOユ・、
S042‑、N03‑に解離していることがわかった。この結果から、三叉 粒界に硫酸及び硝酸水 溶液が存在することを発見した。
第8章では本研究の総括を行う。
これ を 要す るに 、著 者は 氷Ih、氷XI及び極地氷床氷の中の分子 原子の振動状態を顕微 ラマ ン散乱及び非弾性中性子散乱という高度な技術を有する 方法で測定し、氷結晶中の水 素原 子の配置に関する新しい事実を明らかにしたものである 。この新知見は水素結合の解 明 の発 展 に寄 与す ると とも に、 応用 物理学の発展に貢献するとこ ろ大なるものがある。
よっ て 著者 は、 北海 道大 学博 士( 工学)の学位を授与される資 格あるものと認める。
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