博 士 ( 歯 学 ) 荒 敏 昭 学 位 論 文 題 名
口 腔 癌 細 胞 株 に お け る E ― カ ド ヘ リ ン の 癌 細 胞 浸 潤 抑 制 効 果
― MAPキ ナ ー ゼ カ ス ケ ー ド を 介 し たMTl‑MMPの 抑 制 ―
学位論文内容の要旨
癌の悪性 度を考える 上で癌細 胞の浸潤 は最も重 要な因子 のーっであるが、それ には細胞 間接着の低 下あるい は細胞遊 走能・細 胞外基質 分解能の 亢進など複数の 因子が関 与している 。上皮細 胞におけ る細胞間接着は主にEーカドヘリンによって 行われてし丶るが、種々の癌細胞でE―カドヘリンの発現の低下およびE‐カドヘリン 遺伝子の 変異が生じ ることに より機能 異常を引 き起こす ことが報 告されている。
さら に 、癌 細 胞 はマ ト リッ ク ス メタ ロ プ ロテ ア ーゼ(MMP)を 多 量に 分 泌 して細 胞 外 基 質 を 破 壊 す る 。 特 にMMP‑2とMMP‑9は 基 底 膜 の 構 成 成 分 で あ るIV型 コ ラーゲンを分解する。
近年、E. カドヘリン による細 胞間接着が基質分解能を抑制することが報告され ているが 、E−カドヘ リンが癌 の浸潤を抑制する機構に関しては、癌細胞が集団か ら離脱し にくくなる という考 えがある 以外には 直接的な 証拠が少 ない。本研究で はE‐カ ド ヘリ ン が 浸潤 能 に関 与 す るMMPの 発現およ び細胞遊 走能をど のように 変化させ るかを明ら かにする ために、 扁平上皮癌細胞株にE‐カドヘリンを強制発 現させて各因子の変化を検討した。
実 験 に は 舌 癌 由 来 扁 平 上 皮 癌 細 胞 株HN5を 使 用 し 、 通 法 に 従 い10%FBS含有 D−MEM培 地 で培 養した 。コント ロール発 現細胞およ びヒトE・ カドヘリ ン発現細 胞を そ れぞ れ 作成 し、それ ぞれHN5‑neo細胞 およびHN5−EC細 胞と名付 けた。Eー カドヘリ ンおよびア クチンの 局在を免 疫螢光組 織化学染 色で、各 細胞の浸潤能お よび 細 胞遊 走 能 の測 定 をポ イ デ ンチ ャ ン バー 法 で、 各 細 胞が 分 泌す るMMPの 検 出を ゼ ラチ ン ザ イモ グ ラフ ィ ー で、 各 遺 伝子の 発現をRT‑PCRで 行った。 また、
MAPキ ナ ー ゼ カ ス ケ ー ド の 活 性 化 は り ン 酸 化 型ERK (pERK)を ウ ェス タ ンブ ロ ット法で検出するニとにより行った。
HN5細胞 お よ びHN5―neo細胞 は 上皮 細 胞 様の 形 態お よ び 弱い 細 胞間 接 着を 示 した。こ れに対して 、HN5−EC細胞 は細胞間 接着の亢 進が認め られた。E―カドヘ リ ン の 発 現 はHN5細 胞 お よ びHN5‑neo細 胞 では ほ とん ど 見 られ な か った の に対 し、 HN5‑EC細胞では細胞膜表面に強く認められた。浸潤能を調べたところ、5Xl04 個 の 細 胞 に 対 し てHN5細 胞 およ びFIN5‑neo細 胞で は 約750個 で あっ た が、HN5‑
EC細 胞 は2ク 口 ー ン と も 約450個 と 約60%の 値 と なり 有 意に 低 下 した 。 抗E.カ ドヘ リ ン抗 体HECD‑1を添 加してE− カドヘリ ンの機能を 阻害した 場合、各 細胞と
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もFfN5細胞と同程度の浸潤能を示した。細胞遊走能は、SX10゜個の細胞に対して I{N5細 胞は約1900個、HN5−neo細胞は約1700個であったが、HN5‑EC細胞は2 ク口ーンとも約1300個と約70%の値となり有意に低下した。HECD‑1を添加する とHN5細胞と同程度の細胞遊走能を示した。MMPの発現を調べたところ、潜在 型MMP−2は各 細胞 間で 差は 見られ なか った が、 活性化 型MMP‑2はHN5細胞お よ びHN5‑neo細 胞と 比較し てHN5−EC細 胞で 明ら かに減 弱した。MMP‑2 mRNA に明らかな差は見られなかった。MMPー2はMT1ーMMPにより活性化され、TIMP‑2 により抑制されるため両者の発現を調べたとニろ、MTl‑MMPはHN5細胞および I{N5−neo細胞と比較してHN5‑EC細胞で明.らかに減少した。また、HECDー1を添 加 する とHN5‑EC細 胞と もHN5細胞およびHN5―neo細胞と同程度に発現した。
TIMP‑2の発現 に明 らか な差 は見ら れな かっ た。MTl‑MMPの発現はMAPキナー ゼカスケードにより制御されるため、その活性化の程度を調べた。pERK量はFfN5 細胞およびHN5ーneo細胞と比較してHN5−EC細胞では明らかに減少し、HECD‑1 を添加するとある程度回復した。また、チロシンリン酸化の程度は、HN5‑EC細 胞で約165、145、lOOkDaのタンパク質のりン酸化の程度が減少し、HECD‑1を添 加することによりHN5細胞と同程度まで増加した。
今回の研究でE−カドヘリンの発現により浸潤能は約60%、細胞遊走能は約70%
に減少した。両者の実験における差は癌細胞によるマトリゲルの分解能の違いに よ り生 じたも のと 考え られた。そこでMMPの変化を検索したところ活性化型 MMP‑2が減少し、その原因はMTl‑MMPの発現の低下によるものであった。また、
細胞接着を阻害することによりMT1ーMMPの発現が回復しており、細胞間接着に よるMTl‑MMPの制御が示唆された。これまでに、癌組織の免疫染色学的検索に よりE_カドヘリンとMMPの発現が負の相関を示していること、また、培養細胞 を 用 い た 研 究 に よ り 細胞 間 接 着 がMMP‑2、MMP‑7、MMP‑9な どのMMPの発 現 を制御することが報告されている。しかしその機序に関しては現在のところほと んど解明されていない。また、E.カドヘリンを強く発現している細胞株はMTl‑
MMPをほとんど発現しておらず、逆にE‐カドヘリンの発現が弱い細胞はMTl‑
MMPを強く発現しているという報告があり、今回の結果はこの報告と一致してい るが、E―カドヘリンを発現させることによりMTl‑MMPの発現の変化がみられた とぃう点は今回の研究が初めての報告であり、この両者の関連をより直接的に示 していると考えられる。
E_カドヘリンとMTl‑MMPの関係はまだ不明な点が多いが、細胞骨格の構成に より起こる情報伝達系の関与が考えられる。細胞骨格を破壊する薬物あるいは抗 Eーカドヘリン抗体処理により細胞骨格の構造の破壊とプロテアーゼ発現の増加が みられたり、あるいは、細胞外基質に接着している線維芽細胞はMT1−MMPをほ とんど発現していないが、コラーゲンゲル内で弛緩状態にするとアクチン線維の 消失とMTl‑MMPの発現が生じるなど細胞骨格の構成が細胞外基質の分解におい て重要な役割を果たしていることが報告されている。E.カドヘリンの発現あるい はカドヘリンに対する抗体を作用させることにより細胞骨格の構成が変化するた め、細胞骨格の変化がMTl‑MMPの発現を減少させた可能性が考えられる。次に、
MAPキナーゼカスケードを介したMTl‑MMPの制御機構が考えられる。今回の研 究では、細胞間接着の有無とpERK量が負の相関を示しており、E―カドヘリンに
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よ る 細 胞 間 接 着 がMAPキ ナ ー ゼ カ ス ケ ー ド を 抑 制 し てMTl‑MMPの 発 現 を 減 少 さ せ る 経 路 の 存 在 を 示 唆 し て い る 。 さ ら にチ 口 シ ンリ ン酸 化の 程度の 変化 が MT1ーMMPの 発現 を制 御し ている こと が報告されており、今回、E―カドヘリンの 発現によりし丶くっかのタンバク質のチロシンリン酸化の程度が著明な変化ではな い が減 少し、細胞間接着の阻害により回復している。ニれらのタンパク質の同定 は でき なか った が、MAPキ ナー ゼカ スケードと何らかの関連を持つ可能性が考え られる。
細胞 間接着により生じる情報伝達に関してはほとんど解明されていないが、一 っ の経 路だけで遺伝子発現が制御されているとは考えにくく、他の情報伝達系路 と の ク 口 ス ト ー ク を 明 ら か に す る こ と が こ れ か ら の 研 究 課 題 と 思 わ れ る 。
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学位論文審査の要旨
学位論文題名
口腔癌細胞株におけるE ―カドヘリンの 癌細胞浸潤抑制効果
―MAPキ ナ ー ゼ カ ス ケ ー ド を 介 し たMTl‑MMPの 抑 制 ―
審査は審査担当者が全員一堂に会して行われた。まず、論文提出者に研究内容 の説明を求めた。研究の概要は以下の通りである。
癌 の悪 性度 を考える上で癌細胞の浸潤は最も重要な因子のーっであり、細胞間 接着 の低 下あ るいは細胞遊走能・細胞外基質分解能の亢進など複数の因子が関与 している。上皮細胞における細胞間接着はE‐カドヘリンによって行われているが、
種々 の癌 細胞 でその発現低下および遺伝子変異が生じることが多い。さらに癌細 胞 は マ ト リ ッ ク スメ タ ロ プ ロテ アー ゼ(MMP)を 多量 に分 泌し て細 胞外 基質 を破 壊 す る 。 特 にMMP‑2とMMP‑9は 基 底 膜 の 構 成 成 分 で あ るIV型 コ ラ ー ゲ ン を 分 解する。近年、E‐カドヘリンによる細胞間接着が基質分解能を抑制することが報 告されているが、E‐カドヘリンが癌の浸潤を抑制する機構に関しては、癌細胞が 集団 から 離脱 しにくくなるという考えがある以外には直接的な証拠が少ない。本 研究 ではE,カ ドヘ リン がMMPの 発現お よび 細胞 遊走 能に どの よう に影 響するか を明らかにするために、扁平上皮癌細胞株にE‐カドヘリンを強制発現させて各因 子の変化を検討した。
実 験に は舌 癌由 来扁 平上 皮癌 細胞株HN5を使 用し 、遺 伝子 導入に よりHN5‑neo 細胞(コントロール発現細胞)およびHN5‑EC細胞(ヒトE‐カドヘリン発現細胞)
を 作 成 し た 。 ボ イデ ン チ ャ ン バ ー 法 に よ りHN5細 胞 お よ びHN5‑neo細 胞に 対し てHN5‑EC細胞 の浸 潤能 は約60% 、細胞 遊走 能は約70%と有意に低下した。抗E‐ カ ド ヘ リ ン 抗 体HECD‑1を 添 加し て細 胞間 接着 を阻 害す ると 各細 胞ともHN5細胞 と同 程度 の浸 潤能 また は細 胞遊 走能を 示し た。MMPの発現を調べたところ、潜在 型MMP‑2は 各 細 胞 間 で 差 は 見 ら れ な か っ た が 、 活 性 化 型MMP‑2はI{N5細 胞 お よ びHN 5‑neo細 胞と 比 較 し てHN5‑EC細 胞 で 明 ら か に 減 弱し た。MMPー2の 活性 化 因 子 で あ るMTl‑MMPはHN5細 胞 お よ びHN5‑neo細 胞 と 比 較 し てHN5‑EC細 胞 で 明 ら か に減 少 し 、HECD‑1を 添 加 す る とHN5細 胞 と 同 程 度 ま で 発 現 し た 。
博 男
章
隆
田 後
本
福 向
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授 授
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教 教
教
査 査
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主 副
副
MMP‑2の 抑 制 因 子 で あるTIMP‑2の 発 現 に 明 ら か な 差 は 見 ら れ な か っ た 。MTl‑
MMPの 発 現 はMAPキ ナ ー ゼ カ ス ケ ー ド に よ り 制御 され るた め、 その 活性 化の 程 度 を り ン 酸 化 型ERK (pERK)量 で 調 べ た 。pERK量 はHN5細 胞 お よ びHN5‑neo 細 胞 と 比 較 し てHN5‑EC細 胞 で は 明 ら か に 減 少し 、HECD‑1を添 加す ると 回復 し た 。ま た、HN5‑EC細 胞で 約165、145、lOOkDaのタ ンパ ク質 のり ン酸化の程度が 減 少 し 、 HECD‑1の 添 加 に よ りFfN5細 胞 と 同 程 度 ま で 増 加 し た 。 E‐ カ ド ヘ リ ン がMTl‑MMPの 発 現 を 減 少 さ せる 機序 に関 して はま だ不 明な 点 が 多 い が 、 以 下 の可 能性 が考 えら れる 。ま ずMAPキナ ーゼ カス ケー ドを 介し た MT1−MMPの 制 御 機 構 が 考 え ら れ る 。 細 胞 間 接着 の有 無とpERK量が 負の 相関 を 示 して おり、E−カドヘリンによる細胞間接着がMAPキナーゼカスケードを抑制し てMTl‑MMPの 発 現を 減少 させる こと が示 唆さ れた 。次 に、 細胞 骨格 の構 成に よ り生じる情報伝達系の関与である。E‐カドヘリンの強制発現あるいはカドヘリン に 対す る抗体を作用させることにより細胞骨格の構成が変化するため、細胞骨格 の 変 化 がMTl‑MMPの 発現 を減少 させ た可 能性 が考 えら れる 。さ らに チロ シン リ ン 酸 化 の 程 度 の 変化 がMTl‑MMPの発 現を 制御 して いる こと が報 告さ れて おり 、 今回、E―カドヘリンの発現によりいくっかのタンパク質のチロシンリン酸化の程 度 が減 少し、細胞間接着の阻害により回復している。これらのタンパク質は同定 で きな かっ たが 、MAPキナ ーゼ カス ケードと何らかの関連を持っことが考えられ る。
細胞 間接着により生じる情報伝達に関してはほとんど解明されていないが、一 っ の経 路だけで遺伝子発現が制御されているとは考えにくく、他の情報伝達系路 との関連を明らかにすることが必要と思われる。
続いて、口頭による試問が行われた。
使用 細胞 株の 選択 /細 胞接 着お よび 細胞 遊走 の機 序/ 癌細胞 の浸 潤に関与す ると思われる因子/本実験の臨床応用の可能性と限界にっいて等の質問があった。
論文提 出者 はこれらの質問に明快に回答し、十分な学識を有すると認められた。
本研究では、E.カドヘリンを発現していない舌扁平上皮癌細胞という適切な細 胞株を使用し、クリアーカットな実験結果を出している。また、この細胞株の入 手の苦労が察せられた。一方、特殊な細胞株を使用していることから、臨床症例 とのギャップも指摘された。
本 論 文 提 出 者 は 博 士 ( 歯 学 ) の 学 位 授 与 に 値 す る も の と 判 定 さ れ た 。