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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

環状切欠きを有するオーステナイト系ステンレス鋼 SUS304の疲労寿命特性に関する研究

永石, 尚昭

https://doi.org/10.15017/4060166

出版情報:九州大学, 2019, 博士(工学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)

環状切欠きを有するオーステナイト系ステンレス鋼

SUS304 の疲労寿命特性に関する研究

令和 2 年

永石 尚昭

(3)
(4)

目次

1 章 序論 ... 1

1.1. 本研究の背景... 1

1.1.1. 金属疲労に関する研究の歴史 ... 1

1.1.2. 応力集中部の疲労 ... 3

1.1.3. 水素環境下における金属材料の疲労強度特性の評価法 ... 5

1.1.4. オーステナイト系ステンレス鋼の疲労特性 ... 9

1.2. 応力集中部の疲労強度評価法に関するこれまでの研究 ... 12

1.2.1. 応力集中部の疲労に関する一般事項 ... 12

1.2.2. 実験式に基づく切欠き係数Kfの予測法 ... 15

1.2.3. 局部ひずみ手法による疲労強度の評価法 ... 20

1.2.4. オーステナイト系ステンレス鋼の切欠き部の疲労強度評価の課題 ... 24

1.3. 本研究の目的と概要 ... 25

第1章の参考文献 ... 28

2 章 各種試験方法および解析方法 ... 33

2.1 緒言 ... 33

2.2 供試材 ... 35

2.3 各種試験方法... 37

2.3.1 荷重制御疲労試験 ... 37

2.3.1.1 試験片... 37

2.3.1.2 試験条件 ... 38

2.3.2 ひずみ制御疲労試験 ... 41

2.3.2.1 試験片... 41

2.3.2.2 試験条件 ... 41

2.3.3 疲労き裂進展試験 ... 42

2.3.3.1 試験片... 42

2.3.3.2 試験条件 ... 42

2.4 解析方法 ... 44

2.4.1 有限要素解析 ... 44

2.4.1.1 有限要素解析モデル ... 44

2.4.1.2 弾塑性モデル ... 46

2.4.1.3 材料定数のキャリブレーション指針 ... 54

(5)

2.4.2 疲労き裂進展特性に基づく疲労寿命の予測 ... 58

2.5 ECCI, EBSDによる微視組織の観察と硬度測定 ... 62

2.5.1 試験片の調製 ... 62

2.5.2 ECCI, EBSD による微視組織観察 ... 63

2.5.3 硬度測定の条件 ... 63

2.6 第2章の結言... 64

第2章の参考文献 ... 65

3 章 各種試験結果および解析結果 ... 67

3.1 緒言 ... 67

3.2 各種試験結果... 67

3.2.1. 荷重制御疲労試験 ... 67

3.2.2. 疲労き裂進展試験 ... 72

3.2.3. ひずみ制御疲労試験 ... 74

3.3 疲労寿命予測結果 ... 82

3.3.1. 疲労き裂進展特性に基づく疲労寿命の予測結果 ... 82

3.4 有限要素解析結果 ... 84

3.4.1. 材料定数のキャリブレーション結果 ... 84

3.4.2. 各種試験片の疲労限度における切欠き部の繰返し変形挙動 ... 89

3.5 第3章の結言... 99

第3章の参考文献 ... 101

4 章 環状切欠きを有するオーステナイト系ステンレス鋼 SUS304 の疲労寿 命特性に対する影響因子 ... 103

4.1. 緒言 ... 103

4.2. 環状切欠き丸棒試験片の有限寿命域における影響因子 ... 103

4.2.1. 切欠き部の降伏状態の影響 ... 103

4.2.2. 切欠き底に生じる疲労き裂の発生寿命に関する考察 ... 110

4.3. 環状切欠き丸棒試験片の疲労限度に対する影響因子 ... 112

4.3.1. 切欠き部の繰返し変形挙動と平滑材の疲労寿命特性の関係 ... 112

4.3.2. 疲労過程における切欠き部の硬度および微視組織の変化に関する考察 ... 114

4.3.2.1. 硬度と微視組織の変化に及ぼす応力比の影響 ... 114

4.3.2.2. 疲労き裂発生強度に及ぼす硬化の影響 ... 123

(6)

4.3.3. SUS304環状切欠き丸棒試験片の疲労限度の決定メカニズム ... 128

4.4. 結言 ... 129

第4章の参考文献 ... 130

5 章 総括 ... 133

謝辞

(7)
(8)

第1章 序論

1

1 章 序論

1.1. 本研究の背景

1.1.1. 金属疲労に関する研究の歴史

航空機,自動車,工作機械,発電設備に代表される多くの機械構造物は静的な力のみでな く変動する力を受ける部材を含んでいる.このような変動する力を受ける状態では,静的な 引張強さ以下の応力であっても材料は破壊することがあり,この現象は「疲労破壊(fatigue fracture)」と呼ばれている.

金属の疲労破壊は19世紀初頭に鉱山用チェーンや鉄道車両の車軸の折損事故を通じて初 めて認識された.Albertらによって,チェーンの実物疲労試験が行われたのが疲労に関する 研究の始まりである[1], [2].1830年頃からイギリス,ドイツ等で鉄道の利用が始まり,車軸 や鉄道橋の破壊事故が大きな問題となり,1850 年代半ばからWoehler らにより車軸の実物 疲労試験が行われた. 1880年代にはWoehlerが試験片を用いた回転曲げ疲労試験を実施し,

ここで初めて疲労現象が試験片を用いて系統的に研究された[1]–[3]. Woehlerの研究は疲労 挙動を応力振幅-寿命(S-N) 曲線によって特徴付けること,および疲労の「耐久限度」という 概念を導いた[2].1860年代においては,Fairbairn は繰返し応力を負荷した材料は極限強さ の3 分の 1で損傷するという結論を導き,疲労強度と材料の機械的性質の間には強い相関 があることを示した.その後,多くの研究者らによって,大部分の鋼や銅合金の耐久限度は 引張強さの30~50%であることが示された [2].さらに,GerberやGoodmanらは,平均応 力の異なる繰返し負荷に対する疲労寿命の計算法(疲労限度線図と呼ばれる)を開発した.彼 らの研究によって導き出されたS-N 線図,耐久限度,疲労限度線図は 150年経過した現在 においても部材の疲労強度を評価する際に頻繁に利用されている.

上述のように,過去から現在にいたるまで疲労破壊現象について膨大な数の研究が行わ れてきたが,現在においても機械構造物の破壊事故の多くが「疲労」がきっかけとなって起 きていることはよく知られている.Fig. 1. 1は機械・構造物の破損事故例を様式別に分類し たものである[4].高温疲労,腐食疲労,フレッチング疲労を含めた疲労による破損事例が約

60%を占めている.不安定破壊が20%を占めているが,不安定破壊のうちかなりの事例では

初期欠陥から使用中の繰返し応力により疲労き裂が進展し,き裂が限界寸法に達した点で 不安定破壊を起こしていることから,破損事故のうち約 80%は疲労が関係しているといっ ても過言ではない[4].

疲労破壊が原因となって大きな事故が発生した事例は数多く,航空機事故の例を挙げる と,1950年代のジェット旅客機コメット号の墜落事故,1985年の日本航空123便の墜落事 故,1988年のアロハ航空の事故がよく知られている[1], [3].これらの事故は,窓コーナー部 やリベット孔から発生した疲労き裂が破壊の起点となっている.

原子力関連施設における疲労破壊事故の例を挙げると,1991 年の美浜発電所の蒸気発生

(9)

第1章 序論

2

器の伝熱管破断による原子炉緊急停止,1995 年の高速増殖原型炉「もんじゅ」の温度計の さや管の破断によるナトリウム漏洩事故がよく知られている[1], [5].これらの事故は,流体 振動によって形状変化部に生じた疲労き裂が破壊の起点となっている.

最近では,2017 年に新幹線のぞみ号の車両台車枠の変形により「列車の運転の安全に支 障をおよぼす故障,損傷,破壊等が生じた事態」と認められ,重大インシデントとして調査 された事例がある.車両台車枠の溶接不完全部から疲労き裂が進展し,台車枠が変形したた め,歯車形たわみ軸継手が許容範囲を超えて変位し,損傷したことにより発生したと報告さ れている[6].この事例では,形状的にも材質的にも不連続部とみなせる溶接初期欠陥部お よび材質変化部から疲労き裂が発生し,進展している.

航空機,原子力関連機器,鉄道においては言うまでもなく,疲労破壊が起きると大規模な 事故につながる危険性が高い.また,身近な機械構造物においても,疲労破壊によって人命 が失われる事故は後をたたない.現在の機械や構造物の使用環境は以前より過酷となり,部 材に要求される強度が高くなる一方であるが,機械構造物の疲労破壊を未然に防止し,安全 性,信頼性を確保することは過去から現在に亘り共通の課題とされている.

Fig. 1. 1 Classification of fracture cases of mechanical structures [4]

(10)

第1章 序論

3

1.1.2. 応力集中部の疲労

前述のとおり,実際の機械構造物の疲労破壊現象は孔,段,キー溝,溶接ビードなどの形 状不連続部からき裂が発生・進展し,最終的に破断に至る場合が多い.疲労破壊の起点とな る機械や構造物の形状や材質が変化する部分は局所的に応力が高くなるため「応力集中部

(Stress concentrator)」と呼ばれる.その例をFig. 1. 2に示す.また,この局所的に応力が高く

なる現象のことを「応力集中(stress concentration)」と呼ぶ.Fig. 1. 3は応力集中の概念図で ある.その程度は以下の式(1-1)で定義される「応力集中係数(stress concentration factor),Kt」 であらわされる.

𝐾t=𝜎max

σn (1-1)

maxは応力集中部の最大応力,nは最小断面に対して計算される公称応力である.Ktは材料 の性質とは無関係に寸法比だけで決まる.

応力集中部は「切欠き(notch)」とも呼ばれ,1.1.1で述べたとおりほとんどの疲労破壊は切 欠きの表面で発生した疲労き裂が内部に進展することによって引き起こされる.以下では,

切欠きのある部材を「切欠き材」,切欠きのない部材を「平滑材」と呼ぶ.一般的に切欠き 材の疲労強度は平滑材に比べ低下することが知られており,切欠きによる応力集中に起因 して疲労強度が低下することを「切欠き効果 (Notch effect)」という.機械や構造物は設計上 平滑部のみでは構成されず形状変化部,つまり応力集中部を有している.従って,実際に機 械や構造物の設計をする際に切欠き効果を正しく理解したうえで応力集中部の疲労強度を 評価することは,製品の信頼性向上に直結するため大変重要な検討項目であると言える.

(11)

第1章 序論

4

Fig. 1. 2 Schematic illustrations of stress concentrators.[1]

Fig. 1. 3 Stress concentration factor. [1]

(12)

第1章 序論

5

1.1.3. 水素環境下における金属材料の疲労強度特性の評価法

1760 年ごろからイギリスではじまった産業革命で蒸気機関が利用されるようになり,化 石燃料が大量消費されるようになった.それから約260年経った現在でも,石炭や石油をは じめとする化石燃料が主なエネルギー源として地球規模で大量に使用されている.これら は利用のたびに二酸化炭素を排出するため,大気汚染や地球温暖化の原因となっている.

地球環境の悪化を防ぐために環境への負荷が少ない太陽光および熱,風力,地熱等の自然 エネルギーの利用が世界的に推進されているが,これら自然エネルギーの発電量は日射量 や風の吹きぐあいといった気象条件によって左右され,そのままでは安定した電力供給が 難しいという問題点がある[7].そこで,自然エネルギーで発電した電力を必要なときに備 えて蓄えることができる電力貯蔵技術と組み合わせることで,電力供給システムの安定性 を高めることができると期待されている[8].

そういった状況の中,電力貯蔵の形態として注目されているのが「水素」である.自然エ ネルギーで発電した余剰電力を「水素」という形で蓄え,必要な時にエネルギーに変換し,

利用する仕組みが世界的に構想されている.水素をエネルギー源として利用する場合,燃焼 反応による熱,化学反応による電気としてエネルギーが得られ,両者ともにエネルギー変換 の際に二酸化炭素を一切発生しないため,きわめて環境負荷が少ないエネルギーとして認 知されている.日本のエネルギー自給率は東日本本大震災後,6 ~ 7%と低く,また,化石燃 料供給の大半を中東をはじめとした外国からの輸入に依存している[9].水素エネルギーは エネルギー自給率の低い日本において将来の主力エネルギーとして期待されており,安全・

安心な水素エネルギー社会の実現に向けて,克服すべき様々な問題への取り組みが国内外 で盛んに行われている.

金属材料分野において克服すべき課題のうち最も重要視されているのが,水素環境下で 使用される機械構造物の材料選定方法である.水素エネルギー利用の仕組みの中で使われ る金属製の蓄圧器や配管,弁などは,必然的に高圧水素ガスに曝される.水素は金属材料の 強度・延性を低下させる水素脆化を引き起こすことが知られている.これらの機械構造物の 確かな安全性を実現するためには,材料の水素脆化に対する感受性を考慮して慎重に材料 を選ぶ必要がある.

水素脆化は材料の種類,水素ガスの圧力,温度,負荷状態など,様々な因子が影響してい ることが知られており,いまだ不明な点が数多く残されている.それゆえに,水素脆化メカ ニズムに関する研究や,水素環境下で使用される材料に対する水素の影響を評価する手法 に関する検討,設計強度の決定を目的とした規格や標準の策定に関する議論が世界規模で 行われている.

水素ガス環境下における金属材料の疲労強度特性を調査した日本国内の報告例をみてい くと,平滑丸棒試験片を用い,荷重制御疲労試験(応力比R = −1)の結果を基礎とし,水素ガ スの影響を議論しているものがほとんどである[10]–[16].それに対し,欧米における報告例 の多くが環状切欠き丸棒試験片を用いた応力比が正の荷重制御疲労試験の結果を基礎とし

(13)

第1章 序論

6 ている[17]–[21].

2014年にカナダ規格協会が提案した材料の水素適合性評価法”CHMC-1 : The Test Method for Evaluating Material Compatibility in Compressed Hydrogen Applications – Phase 1 – Metals”

[22], [23]は,環状切欠き材の片振り疲労試験の結果を基礎とするものである.CHMC-1にお

ける材料選択のフローチャートをFig. 1. 4に示す.CHMC-1で提案されている材料評価の選 択肢とは,”Safety factor multiplier method” である. CHMC 1-2014では,大気中で用いられ る安全係数Fsに「安全係数倍数,SFM(Safety Factor Multiplier)」を乗じた値(Fs×SFM)を 水素ガス中における安全係数FsHとして用いる安全係数倍数法が提案されている.

この安全係数倍数 SFMは,Fig. 1. 5に示すように大気中及び水素ガス中での環状切欠き 丸棒試験片(応力集中係数が3以上で代表的な切欠き形状はFig. 1. 6 [24])を用いたSSRT試 験と応力比 R = 0.1 の疲労試験の結果から決定され,大気中と水素ガス中の引張強度の比 (SF0)および103,104,105サイクルにおける大気中と水素ガス中の時間強度比(SF3SF4SF5) のうち,最大のものがSFMと定義するとしている.例えば低合金鋼SCM435の場合,SFM

= 3が環状切欠き丸棒試験片を用いた疲労試験により求められている.また,公式による設 計(無限寿命設計,疲労限度設計)の場合,とるべき安全率はFs = 3.5 ~ 4.0とされている[25],

[26].CHMC-1に従ってこれにSFMを乗ずると,安全係数はFsH = 12と大きな値となり,

無限寿命設計が困難になることが指摘されている[27], [28].

環状切欠き試験片を用いるその背景には,高圧水素ガス雰囲気疲労試験機において,Oリ ングの摺動抵抗により荷重の零点を正確に確認するために特殊なひずみゲージを用いるな どの配慮が必要となるため,両振りの疲労試験が難しいことがある.また,水素関連機器に 利用拡大が期待されているオーステナイト系ステンレス鋼のような降伏応力が低い材料を 用いて平滑材の片振り疲労試験を行うと,極初期のサイクルで大規模な塑性変形が避けら れない.したがって,公称応力の最大値を下げる目的で試験片に環状切欠きを導入し,片振 りの疲労試験を実施することは,最も実現可能で適当な試験法とみることができる.

このように水素エネルギー社会の普及のために国際統一評価法の制定が急がれている状 況の中,日本で主に用いられている「平滑丸棒試験片,応力比R = -1」と,欧米で主に用い られている「環状切欠き丸棒試験片,応力比R = 0.1」のそれぞれで取得されたデータを同 じ基準で評価する方法が提案された[20].しかしながら,その評価基準の物理的根拠は説明 されておらず,あくまでもそれぞれの実験結果に基づいて決定されたものである.

水素環境下に限らず,大気中における応力集中部の疲労強度の評価方法は依然として経 験則に基づいており,疲労破壊のメカニズムに対する物理的解釈が進んでいないという背 景が,提案された評価基準の物理的根拠の説明を困難にしている理由である.合理的な評価 基準の制定のためには,応力集中部の疲労破壊メカニズムの物理的解釈が必要とされてい る.

(14)

第1章 序論

7

Fig. 1. 4 Logic flow diagram for materials qualification in the CHMC1 standard. [23]

Fig. 1. 5 Schematic of safety factor multiplier method from the CHMC1 standard.[23]

(15)

第1章 序論

8

Fig. 1. 6 Shapes and dimensions of notched specimen for tensile test and fatigue test.[24]

(16)

第1章 序論

9

1.1.4. オーステナイト系ステンレス鋼の疲労特性

近年注目されている水素エネルギー関連機器においてオーステナイト系ステンレス鋼の 高い耐水素脆性能に注目が集まっており,水素の影響を受けにくい材料として利用範囲の 拡大が期待されている.

ステンレス鋼は耐食性ばかりでなく,強度,高温特性,低温特性など優れた特性を活かし て,石油・化学工業などの各種プラントにおける装置用材料,流し台に代表される家庭用・

業務用機器,さらには建材を中心とした建築・土木分野,輸送機器分野,電気機器分野,自 動車排気系分野への適用など,非常に幅広い分野で使用されている.

オーステナイト系ステンレス鋼は,18-8 ステンレス鋼と呼ばれる SUS304 を代表鋼種と し,一般に他のステンレス鋼よりも耐食性,低温靭性,高温強度,加工性に優れ,固溶化熱 処理の状態で非磁性であるのが特徴である.製品形状は薄板が最も多く,その他厚板,棒,

管,線,鋳物など全般に亘り,製造量は全ステンレス生産量の60%を越える[29].

SUS304 は,SUS316,SUS316L などの他のオーステナイト系ステンレス鋼に比べオース

テナイト相の安定化を担うNi量が少ないため,オーステナイト相が冷間加工に伴い’マル テンサイトに変態する特徴がある.オーステナイト相の安定性を示す指標にはNi等量Nieq

および積層欠陥エネルギーSFなどが挙げられる.Nieqは,平山らが提案した式(1-2) [30]や,

Takakiらが提案した式(1-3) [31]が用いられる.

Nieq= Ni + 0.65Cr + 0.98Mo + 1.05Mn + 0.35Si + 12.6C (1-2) [mass%]

Nieq= Ni + 19.32C + 1.11Mn + 0.72Cr + 0.88Mo − 0.27Si + 7.55N (1-3) [mass%]

また,SFは,SchrammとReedが提案した以下の式(1-4) [32]が用いられる.

γSF= −53 + 6.2Ni + 0.7Cr + 3.2Mn + 9.3Mo [mJ/m2] (1-4)

’マルテンサイトはオーステナイト相に比べて硬度が高いため,変態が生じると著しい 加 工 硬 化 を 示 す . 冷 間 加 工 に よ っ て 生 じ る’マ ル テ ン サ イ ト を 利 用 す る こ と で , TRIP(Transformation Induced Plasticity)[33]と呼ばれる強化機構を発現させ,本来の加工硬化 特性をより向上させることができる.また,繰返し負荷の過程でもマルテンサイト変態が生 じることが報告されており,母相のオーステナイト相に比べて硬度が高い’マルテンサイ ト相の存在は,材料の疲労強度特性を決定づける重要な役割を担っていると予想される.

機械や構造物に使用される材料の疲労特性を明らかにし,設計に反映することは,信頼性 を高めるために必要不可欠である.オーステナイト系ステンレス鋼にも同様のことが言え,

これまでに高サイクル・低サイクル疲労特性,環境が疲労特性に与える影響,疲労過程にお

(17)

第1章 序論

10

ける材料内部の微視的構造の変化に着目したものなど,様々な研究が行われてきた.

竹内ら[34]は,回転曲げ疲労試験で室温におけるSUS304平滑材の疲労強度特性を取得し,

回転曲げ試験で試験片表面が塑性変形する場合の応力評価法,および機械加工による試験 片表面の加工層及び試験中の繰返し硬化の影響について検討している.その結果,回転曲げ 疲労試験中に生じる試験片表面の塑性変形を考慮して試験応力を整理し直すと,軸荷重疲 労試験の結果と概ね一致すること,および試験片調製時の加工層は疲労試験結果に著しく 影響を及ぼすことを明らかにしている.

釜谷ら[35],川久保ら[36]は,SUS316平滑丸棒試験片を用いて軸方向荷重制御による疲労 試験を実施し,平均応力が疲労強度および疲労限度に及ぼす影響について調べている.その 結果,オーステナイト系ステンレス鋼において,最大応力が材料の引張強さを超えるような 過大な平均応力でない限り,平均応力によって疲労強度が低下することはなく,疲労限度も 低下しないと報告している.その理由として,平均応力を負荷することによって塑性ひずみ 振幅が減少し,ひずみ振幅が減少することが要因としている.従って,疲労設計においても,

平均応力の影響を考慮する必要がないと結論付けている.

Colinら[37]は,SUS304L平滑丸棒試験片を用いて荷重およびひずみ制御疲労試験を行い,

平均応力および平均ひずみが疲労強度に与える影響を調査した結果,釜谷ら,川久保らと同 様,平均応力および平均ひずみのいずれも影響は小さいと結論付けている.

中島ら[38]は,マルテンサイト変態が温度の影響を受け同一加工度(ひずみ)でも加工時 の温度が低いほど変態量も多くなる性質を利用し,低温下で予ひずみを付与することによ って,室温下で同一のひずみを付与した場合よりも多量の加工誘起マルテンサイト変態を 生じさせたSUS304平滑丸棒試験片を用いて大気中及び3%NaCl溶液中で疲労試験を行い,

疲労挙動に及ぼすマルテンサイト変態の影響について検討している.その結果,大気中の疲 労強度は予ひずみの付与による硬度上昇により増加するが,予ひずみ付与温度によらず疲 労強度は同一であり,マルテンサイト変態量の影響は認められなかったと報告している.

先述したとおり,オーステナイト系ステンレス鋼は繰返し変形の過程でマルテンサイト 変態を生ずる.マルテンサイト相の存在は繰返し変形挙動(繰返し硬化もしくは軟化)を決定 する重要な因子であることから,繰返し負荷の過程における転位構造や相変態などの微視 組織の変化について検討した研究例も多数存在する.

津﨑ら[39]は,SUS304の平滑丸棒試験片を用いてひずみ制御引張圧縮疲労試験を実施し,

低サイクル疲労の過程でマルテンサイト変態が生じる時期とそれが疲労特性に与える影響 について調査している.ひずみ振幅が大きい場合,マルテンサイト変態は疲労の初期段階 (繰返し硬化段階)で生じ破断するまで硬化が続くが,逆にひずみ振幅が小さい場合,繰返し 硬化もしくは軟化が飽和する段階を経た後にマルテンサイト変態が生じ,その後再硬化す る挙動を示すと報告している.また,マルテンサイト変態が疲労強度に与える影響について も述べており,疲労き裂が生じる前にマルテンサイト変態が生じた場合,マルテンサイト相 から積極的に疲労き裂が発生し,疲労寿命を低下させるが,疲労き裂発生後にき裂先端でマ

(18)

第1章 序論

11

ルテンサイト変態が生じた場合,疲労き裂の進展を抑制し,結果的に疲労寿命を長くすると 報告している.

Bayerleinら[40]は,SUS304L平滑丸棒試験片を用いて,塑性ひずみ制御引張圧縮疲労試験

を行い,試験後の試験片の微視組織をTEM(Transmission Electron Microscopy)観察し,マルテ ンサイト変態を含む微視組織の変化と繰返し硬化特性の相関性を明らかにしている.マル テンサイト変態が起きるには,特定の値を超えた塑性ひずみ振幅を負荷する必要があり,累 積塑性ひずみがある値に到達した後にマルテンサイト変態が生じると説明している.さら に, マルテンサイト(h.c.p:hexagonal close-packed)と’マルテンサイト(b.c.c:body-centered cubic)の結晶構造が異なる二種類のマルテンサイト相が生じ,’マルテンサイトは直接オー ステナイト相から変態するか,もしくは中間段階のマルテンサイトを介して順次変態する かのどちらかであること,また,マルテンサイトは変形中に形成された積層欠陥(Stacking fault)に優先的に生じることを報告している.

上記の平滑丸棒試験片を用いて行われた研究から,オーステナイト系ステンレス鋼平滑 材の疲労強度特性について重要と思われる知見は,以下の2点である.

・応力比が疲労寿命特性に与える影響は小さい.

・SUS304などの低積層欠陥エネルギー材は疲労過程においてマルテンサイト変態による 硬化が起き,変態発生時期によっては疲労寿命特性にポジティブに働く.

これらの知見は,一般的な鋼材には見られない複雑なメカニズムによって疲労寿命特性が 決定されていることを示唆している.実際の機械や構造物などではさらに応力集中という 要素が加わることでさらに複雑になることが予想される.

(19)

第1章 序論

12

1.2. 応力集中部の疲労強度評価法に関するこれまでの研究

1.2.1. 応力集中部の疲労に関する一般事項

材料の切欠き効果を評価するということは,式(1-5)で定義される切欠き材の疲労限度w

に対する平滑材の疲労限度w0の比「切欠き係数(fatigue notch factor),Kf」を求めることで ある[1].一般的にw0 > wであり,Kf > 1となることが知られている.

𝐾f=𝜎w0

𝜎w (1-5)

さらに,Ktは材料の性質とは無関係に寸法比だけで決まるがKfは寸法比の他に寸法その ものと材料の性質が関係して決定されるため,一般的にKtKfは一致せず,Kt > Kfとなる [41].

また,切欠き効果の初期の研究においては,切欠き材の疲労限度は切欠き底にき裂が発生 するか否かの限界を意味すると考えられてきた[42].しかし,鋭い切欠きの場合にはき裂が 発生しても試験片が破断せず,き裂が停留したままの状態となることが明らかとなり,切欠 き材の疲労限度wには,「き裂の発生限界, w1」と「き裂の進展限界, w2」の二つの疲労限 度 が 存 在 す る こ と が 知 ら れ て い る . こ の よ う な 停 留 し た ま ま の き 裂 は 「 停 留 き 裂

(Nonpropagating crack)」と呼ばれる.低炭素鋼の切欠き材にみられた停留き裂[43]をFig. 1. 7

に示す.

炭素鋼の切欠き材を例にとると,最小直径dと切欠き深さtを一定とし,切欠き半径を 変化させて回転曲げ疲労試験を行い,縦軸に最小断面で計算した公称曲げ応力,横軸に応力 集中係数をとって結果を整理するとFig. 1. 8のようになる.図中A点は平滑材の疲労限度

w0である.切欠きが鋭く,すなわち応力集中係数が大きくなるにつれて疲労限度はA点か らB点へと低下し,ある程度以上鋭くなるとBCのように水平になる.BCでは,切欠き底 に停留き裂が現れる.停留き裂はBDに囲まれた範囲で観察される.つまり,B点を境に疲 労限度は切欠きが鈍い場合はABで示される「き裂の発生限界」で決まり,切欠きが鋭い場 合はBCで示される「き裂の停留限界」で決まる.ABDの応力をw1で表し,BCの応力を

w2で表す.

切欠き材の疲労限度に関連したき裂の発生や停留の条件は,切欠き底の一点の応力maxだ けではなく,切欠き底近傍のある領域内に生じる応力分布にも依存して決まる.Fig. 1. 9は,

だ円孔をもつ広い板が遠方で引張りを受ける場合について,その時のだ円孔長軸端近傍に 生じる弾性応力分布を示している.縦軸は次式で定義される無次元化弾性応力である.Fig.

1. 9から,maxをそろえても切欠き寸法が異なれば応力分布の形が異なることがわかる.max

が等しいときに,材料内部に向かって緩やかに減少する応力分布のほうが切欠き底近傍の 材料にとって負担が大きい.つまり,先に述べたKtKfは一致せずKt > Kfとなるのは,切 欠き材の疲労限度の決定条件が単純に切欠き底表面における最大応力のみで決定されるの

(20)

第1章 序論

13

ではなく,切欠き底の近傍の応力分布(勾配)や,局所的な塑性変形の影響を受けて決まるた めであると考えられる.従って,切欠き効果の評価には,maxの他に切欠き底近傍における 相対応力分布を代表する尺度が必要になる.過去の研究者らは,切欠き効果を予測するにあ たり応力分布を考慮することが重要であると指摘している.

𝜎=𝜎(𝑥)

𝜎max (1-6)

Fig. 1. 7 Examples of non-propagating cracks.[43]

(21)

第1章 序論

14

Fig. 1. 8 Relationship between fatigue limit and stress concentration factor, Kt.[1]

Fig. 1. 9 Distribution of non-dimensional elastic stress in the vicinity of notch root. [1]

(22)

第1章 序論

15

1.2.2. 実験式に基づく切欠き係数Kfの予測法

平滑材と切欠き材の疲労強度を関連付けている切欠き係数 Kfが明らかになれば,切欠き 部の疲労強度の予測が可能となる.切欠き係数Kfを求める方法として最も直接的かつ信頼 度が高いのは実験であるが,切欠き係数は上述のとおり形状,寸法,負荷形式などの影響を 受ける.設計段階で機械構造物それぞれの材料および形状毎に実験を行って切欠き係数を 求めるのは費用や時間の面でも非効率的であり非現実的である.こういった問題を解決す るために,切欠き係数を簡便に求める方法として,Neuber,Peterson,Seibelらはそれぞれ各 種疲労試験結果を整理し,評価式を提案した.日本においても同様に,日本機械学会が各種 疲労試験結果を統計的に整理し,設計資料として発行,さらにそれらから導き出された切欠 き部の疲労強度評価に用いる評価式を提案した.以下では,上述の評価式について説明する.

Neuber の式[44]

Neuberは切欠き半径rと材料物性を定義し,それらを関連付けた切欠き係数の予測式(1-

7)を提案した.は材料毎に決まる長さであり,評価対象の材料の引張強さと関連付けたFig.

1. 10に示す線図から決定される.

𝐾f= 1 + 𝐾t− 1

1 + √𝜌 𝑟⁄ (1-7)

Petersonの式[41], [45]

Petersonは,Neuberが提案した式(1-7)と類似の評価式(1-8)を提案した.rは切欠き半径,a

は材料毎に決まる長さである.

𝐾f = 1 + 𝐾t− 1

1 + 𝑎 𝑟⁄ (1-8)

Petersonは,材料の引張強さとaの関係を表す以下の式(1-9)もあわせて提案しており,引張

強さが明らかであれば,Kfを求めることができる.

𝑎 = 0.025 ∙ (2070 𝜎B

)

1.8

(1-9)

𝐾f= 1 + 𝐾t− 1 1 +

0.025 ∙ (2070 𝜎B )

1.8

𝑟

(1-10)

(23)

第1章 序論

16 Seibelらの方法[1][4]

前述の通り,切欠き材の疲労限度は切欠き底の一点の応力maxだけではなく切欠き底近傍 のある領域内に生じる応力分布にも依存して決まる.Seibelらは切欠き底近傍の応力分布を 定めるため,切欠き底の最大応力maxの他に切欠き底における応力勾配χに着目した.この 応力勾配χは式(1-11)で表され,応力分布は切欠き底近傍でほぼ直線になるため,maxとχの 二つのパラメータによって切欠き底の応力分布を特徴づけることができるとしている.代 表的な切欠き形状のχはTable 1. 1に示す近似式が提案されている.

𝜒 = |𝑑𝜎 𝑑𝑥|

𝑥=0

(1-11)

Seibelらは材料毎に切欠き材の疲労限度wについて,maxとχの関係を実験的に調べ Fig.

1. 11のように整理した.任意の材料かつ形状の切欠きのKfは,次の手順で求められる.

(1) 対象の切欠き材の寸法と負荷形式からTable 1. 1を使ってχを求める.

(2) Fig. 1. 11中の評価対象の材料の線図から縦軸の値Kt/Kfの値を読む.

(3) Ktをハンドブックなどで求め,Kfを求める.

Fig. 1. 11 の曲線は右上がりの程度によって材質が切欠きに対して敏感か鈍感かを表して

いる.曲線が水平に近かければ極めて切欠きに敏感な材質であり,傾斜の大きい右上がりで あれば切欠きに鈍感な材質であることを示している.なお,Seibelらの方法は「き裂の発生 限界, w1」を求めるものである [4].

日本機械学会の実験式による方法[1], [4], [41]

切欠き係数 Kfは試験片の形状,寸法,寸法比,材料の引張強さ,負荷形式などの因子に よって変化するものとして,膨大な実験結果を整理し実験式としてまとめたものが日本機 械学会発行の資料に公表されている[41].試験片の形状は段付丸棒,環状 V 型切欠き付丸 棒,円孔付丸棒の3種類である.負荷形式は,回転曲げ,両振り引張圧縮,両振りねじりの 3種類である.この方法は材料の引張強さBと試験片形状が与えられれば,応力集中係数を 用いずに切欠き係数Kfを計算で求めることができる.切欠き係数計算図の一例をFig. 1. 12 に示す.実験式および計算図は,「段付丸棒の回転曲げ」,「段付き丸棒の両振ねじり」,「環 状Vみぞ付丸棒の回転曲げ」,「環状Vみぞ付丸棒の両振引張圧縮」,「環状Vみぞ付丸棒の 両振ねじり」,「円孔付丸棒の回転曲げ」,「円孔付丸棒の両振引張圧縮」,「円孔付丸棒の両振 ねじり」の8種類が提案されている.基礎となる式(1-12)を以下に示す.ここで,「環状Vみ ぞ付丸棒の両振引張圧縮」の場合,は以下の式(1-13)(1-17)で表される.c1 ~ c5は荷 重の種類によって変わる定数である.Bは材料の引張強さ,dは切欠き部直径,Dは試験片

(24)

第1章 序論

17 直径,は切欠き半径,は切欠き角度である.

𝐾f= 𝛽 = 1 + 𝜉1𝜉2𝜉3𝜉4𝜉5 (1-12)

𝜉1= 𝑐1+ 𝑐2𝜎𝐵 (1-13)

𝜉2= 1 − 𝑒−𝑐3𝑑 (1-14)

𝜉3= 1 − 𝑒−𝑐4𝑑/𝜌 (1-15) 𝜉4= 1 − 𝑒−𝑐5{1−(𝑑/𝐷)} (1-16) 𝜉5= 1 − 𝑒−𝑐6(𝜋−𝜃) (1-17)

c1 = 0.15, c2=0.0195. c3=0.40, c4=0.082, c5=12, c6=1.7

上述の切欠き係数Kfの予測法は,実験結果から導き出された実験式に基づいたものであ り,機械構造物の切欠き部の疲労強度を簡便に評価することができるという利点を持って いるが,切欠き材の疲労強度,特に疲労限度の決定機構に関する物理的な意味を含めて決定 された式ではないことに注意しなければならない.

(25)

第1章 序論

18

Fig. 1. 10 Neuber’s material characteristic length √𝝆 versus tensile strength for steel alloys. [44]

Table 1. 1 Formulas for predict stress gradient. [1]

(26)

第1章 序論

19

Fig. 1. 11 Relationship between max and 𝝌 under fatigue limit condition. [1]

Fig. 1. 12 Example of Kf calculation diagram for circumferentially for V-notched round bar under tension-compression loading condition. [41]

(27)

第1章 序論

20

1.2.3. 局部ひずみ手法による疲労強度の評価法

切欠きを有する部材に対する従来の疲労強度評価法は,Fig. 1. 13 に示すように,切欠き 底に仮想的な平滑材を想定することによって,平滑材の低サイクル疲労強度に関連づけら れるのが一般的である.この方法はLocal strain concept (局部ひずみ手法)[44], [46]と称され,

対象となる材料の低サイクル疲労寿命特性と,切欠き部に繰り返される応力範囲やひずみ 範囲などの情報が必要となる.切欠き部の応力-ひずみ状態を得るには,ひずみゲージ等の センサーを用いて実機稼働中のひずみ量を直接取得するか,数値解析によって推定する方 法がとられる.数値計算によって簡易的に推定する方法として,代表的なものがNeuber則

(Neuber’s rule)[47]である.Neuberは,深い切欠きを有する部材が面外せん断を受ける場合の

理論計算から拡張して,弾塑性応力集中係数Kとひずみ集中係数Kの幾何平均は弾性応力 集中係数Ktに等しいとする以下の関係式(1-18)を導いた.

𝐾𝜎𝐾𝜀= 𝐾t2 (1-18)

公称応力をn,公称ひずみをn,切欠き底の局所応力を,局所ひずみをとすると,弾塑性 応力集中係数とひずみ集中係数はそれぞれ Kn,Kn であるので,式(1-19)で表 される.

𝜎 𝜎n

𝜀

𝜀n= 𝐾t2 (1-19)

整理し直すと,式(1-20)となる.

𝜎 ∙ 𝜀 = 𝐾t2∙ 𝜎n∙ 𝜀n (1-20)

繰返し塑性変形を生じる場合にも,静的な応力-ひずみ関係の代わりに繰返し応力-ひずみ 関係を用いれば,同様にしてNeuber則により切欠き底の応力範囲とひずみ範囲が得られる.

公称応力とひずみの範囲をn,n,切欠き底での応力とひずみ範囲を,とすると,以 下の式(1-21)で表される.

∆𝜎 ∙ ∆𝜀 = 𝐾t2∙ ∆𝜎n∙ ∆𝜀n (1-21)

この関係と,ひずみ制御疲労試験で得た材料の繰返し応力-ひずみ関係を連立して解く(Fig.

1. 14 に示すように,Neuber則による双曲線と,繰返し応力-ひずみ曲線の交点を求める)こ

とで,切欠き底における,の値が得られる.繰返し応力ひずみ関係は一般的に次式(1-

(28)

第1章 序論

21

22)で表される.ここで,n’は繰返し硬化指数,K’は繰返し強度係数である.

∆𝜀 =∆𝜎 𝐸 + (∆𝜎

𝐾′)

1 𝑛

(1-22)

一方,引張を受ける切欠き材の小規模降伏領域における応力・ひずみ集中係数の有限要素 法による解析値をNeuber則による推定値と比較すると,Neuber則による応力集中係数は解 析値に近くなるが,ひずみ集中係数はやや大きな値を与えることが分かっている.そのため,

切欠き底のひずみ範囲に基づく疲労寿命予測においては,安全側の値が得られることが指 摘されている.

今日では,市販の 3D-CAD ソフトウェアにも弾性有限要素解析(EFEA:Elastic Finite

Element Analysis)の機能が備わっている場合が多く,Neuber 則に頼らずとも簡便により現

実的な解を得ることができるようになった[48].

Fig. 1. 15 に示すようにNeuber則やFEAで得た評価部の応力やひずみの情報と,平滑材

で取得された疲労寿命特性(S - N線図や - N線図)とを比較することで,切欠き部の疲労寿 命を推定することができる.また,引張-圧縮のみではなく,同時にねじりも加わるような 複雑な負荷モードの部位を評価する場合,単純に数値解析で得た評価部の応力-ひずみの値 だけでなく,それらを参照して計算されるパラメータを用いて評価する手法も提案されて いる.例えばFatemiらが提案したFatemi-Socie Parameter [49]を用いて多軸応力状態におけ る配管の疲労寿命を予測し,実験結果とよく一致したと報告している研究例[50]–[52]は多数 ある.

上述の切欠き部の疲労強度を評価する方法は,疲労過程における平滑材のマクロな材料 挙動と切欠き部のミクロな領域でのそれは等しいという前提で成り立っている.

(29)

第1章 序論

22

Fig. 1. 13 Schematic illustration of low cycle fatigue of notch root. [2]

Fig. 1. 14 Notch strain determination by Neuber’s rule. [44]

(30)

第1章 序論

23

Fig. 1. 15 Schematic illustration of local strain concept

(31)

第1章 序論

24

1.2.4. オーステナイト系ステンレス鋼の切欠き部の疲労強度評価の課題

1.1.4 に述べた通り,オーステナイト系ステンレス鋼の疲労挙動は,繰返し軟硬化および

マルテンサイト変態による硬度変化が疲労き裂の発生や進展に影響を与えるため非常に複 雑なメカニズムで決定されている.

1.2.1 に述べた通り,切欠き部の疲労強度には最大応力のみならず切欠き部近傍の応力勾

配が影響する.さらに材料によってその感度が異なることが切欠き部の疲労強度特性の決 定メカニズムの理解をより複雑にしている.

粟谷ら[53]は,応力集中係数Kt = 3.1および4.05のSUS304環状切欠き丸棒試験片を用い て引張圧縮疲労試験を行い,停留き裂の存在と疲労過程で起こる材料内部の組織や損傷の 変化が一般的な鋼と如何に異なるかを調査し,SUS304の場合,鋭い切欠きでも停留き裂は 確認されず,その理由は疲労試験のきわめて初期の段階において高い転位林が形成される ことで切欠き底の硬度が上昇し,き裂の発生応力が高くなっているためと説明している.こ の硬度上昇はマルテンサイト変態によるものではなく,繰返し変形による転位密度の増加 が原因と結論付けている.また,SUS304は平滑材の疲労強度よりも切欠き材の疲労強度の ほうが高くなる場合もあるが, 試験片作製後に溶体化処理したものについては平滑材の疲 労強度よりも低くなると述べており,試験片調製時の加工ひずみが疲労強度に著しく影響 すると説明している.

幡中ら[54]は,応力集中係数Kt = 3.4 および4.1のSUS304環状切欠き丸棒試験片を用い て室温および高温環境下で回転曲げ疲労試験を行い,室温試験条件下では停留き裂を生じ ないのに対し,500℃および 700℃の高温試験条件下では停留き裂を形成することを明らか にし,停留き裂の生成には力学的因子のみではなく析出や時効などの金属学的因子が寄与 していると指摘している.

水素環境下における金属材料の疲労強度特性の評価法として検討されている CHMC-1 [22], [23]では環状切欠き試験片を用いることとなっているが,これに従って水素環境下で用 いられる機械構造物の候補材であるオーステナイト系ステンレス鋼を評価する場合,上述 の材料固有の問題と,切欠きによる応力集中の問題が実験結果の解釈を難しくし,さらに試 験片が水素ガスに曝されれば,試験片表面近傍で水素濃度の分布が形成されるため,転位運 動の易動度も一様ではなくなることが及ぼす影響を考慮しなければならず,実験結果が示 す物理的意味の解釈がより一層困難であると予想される.

(32)

第1章 序論

25

1.3. 本研究の目的と概要

金属材料の疲労破壊現象が認知されて 200 年近く経過し,過去から現在に亘り疲労破壊 現象について膨大な数の研究が行われてきた.しかし,現在においても機械構造物の破壊事 故の多くが「疲労」がきっかけとなって起きていることはよく知られており,破損事故のう

ち約80%は疲労が関係している.

実際の機械構造物の疲労破壊現象は孔,段,キー溝,溶接ビードなどの応力集中部からき 裂が発生・進展し,最終的に破断に至る場合が多いことから,設計の段階で応力集中部の疲 労強度を正しく評価することが疲労破壊を防止するためのカギとなる.

しかし,実際に応力集中部の疲労強度の評価に用いられる方法は,膨大な実験結果から導 き出された実験式,もしくは疲労過程における平滑材のマクロな材料挙動と切欠き部のミ クロな領域でのそれは等しいという前提に基づき,Neuber則やFEAで得た評価部の応力や ひずみの情報と,平滑材で取得された疲労寿命特性(S - N線図や - N線図)と比較すること で疲労寿命を推定する局部ひずみ手法である.両者は機械構造物の切欠き部の疲労強度を 簡便に評価することができるという利点を持っているが,切欠き材の疲労強度,特に疲労限 度の決定機構に関する物理的な意味が込められていない.

近年注目されている水素エネルギー関連機器の候補材として SUS304 を代表鋼種とする オーステナイト系ステンレス鋼が注目を集めている.その理由は,一般的な炭素鋼よりもオ ーステナイト系ステンレス鋼は比較的高い耐水素脆性能を有しているためである.オース テナイト系ステンレス鋼の中でも流通量が多く,比較的安価なSUS304は特に今後利用範囲 の拡大が期待されている.これら各種金属材料の疲労強度に対する水素の影響は,日本では 平滑丸棒試験片の完全両振り疲労試験の結果をベースに議論されてきた.一方,欧米が中心 となって検討を進めたCHMC-1 では,環状切欠き丸棒試験片の片振り疲労試験の結果を基 礎とすることとしており,国際統一化が図られていないのが現状である.

今後,世界規模での水素エネルギー社会の普及のためにも,評価方法の統一化は避けて通 れない課題である.こういった状況の中,日本で主に用いられている「平滑丸棒試験片,応 力比R = −1」と,欧米で主に用いられている「環状切欠き丸棒試験片,応力比R = 0.1」の それぞれで取得された疲労試験のデータを同じ基準で評価する方法が提案されたが,その 評価基準の物理的根拠は説明されておらず,それぞれの実験結果に基づいて決定されたも のである.欧米が検討を進めているCHMC-1 では環状切欠き丸棒試験片を用いることとし ているものの,水素環境下に限らず大気中における応力集中部の疲労強度の評価方法は依 然として経験則に基づいており,疲労破壊のメカニズムに対する物理的解釈が進んでいな い.また,オーステナイト系ステンレス鋼の疲労寿命特性は応力比の影響がなく,疲労過程 でマルテンサイト変態が起きるなど,複雑なメカニズムによって疲労寿命特性が決定され ていることを示唆する研究例が多数存在する.さらに応力集中という要素が加わることで,

より複雑化すると予想される.複雑な現象の中から水素の影響を抽出し,評価することは極 めて困難であると思われる.水素環境下における金属材料の疲労強度特性の評価法の確立

(33)

第1章 序論

26

は早急に解決しなければならない課題であり,まずは日本で主に用いられている平滑丸棒 試験片および欧米で主に用いられている環状切欠き丸棒試験片で得られたオーステナイト 系ステンレス鋼の疲労強度特性の決定機構を明らかにすることが,合理的な評価基準の確 立のために最も近道であると考える.

本論文は特に環状切欠き丸棒試験片の疲労強度特性の決定機構や影響因子を解明するこ とを目的として取り組んだものである.従来の切欠き材の研究では,疲労試験に代表される 力学試験と,試験中の試験片の力学的挙動を予測するために数値解析を行ったものが多く 存在する.一方,力学試験後の試験片に対して微視組織の観察を行ったものは対象が平滑材 に限られており,繰返し負荷を受けた切欠き部近傍の転位構造や相変態の状態を観察した 研究例はみられない.つまり,力学的観点および材料学的観点の双方から同時に切欠き部の 疲労現象が論じられていない.そこで,同一の供試材に対して行った力学試験,数値解析,

微視組織の観察の結果を基に切欠き部の疲労現象について力学的,材料学的観点から総合 的に論ずることで,切欠き部の疲労強度特性の決定機構の解明を実現できると考えた.本論 文では,従来から実施されている環状切欠き丸棒試験片を用いた力学試験に加え,複雑な繰 返し塑性変 形挙動を表現できる弾 塑性モデルを用いた有 限要素 解析,ECCI (Electron Channeling Contrast Imaging)およびEBSD (Electron Backscattered Diffraction)を用いた破壊現 象のマルチスケール観察を系統的に行い,検討した結果をまとめた.

本論文は,5章から成り,以下のような内容で構成されている.

第 1 章では,本研究の背景となる応力集中部における疲労現象の概要と従来からの疲労 強度の評価法,オーステナイト系ステンレス鋼の疲労強度特性,水素適合性試験の国際統一 化に関わる事項についてまとめ,オーステナイト系ステンレス鋼切欠き材の疲労強度特性 の決定機構や影響因子を解明することの重要性について述べ,本研究の目的を示す.

第2章では,本研究で行った力学試験,数値解析,微視組織の観察方法について述べる.

供試材の疲労強度特性を示す基礎的なデータを取得することを目的に行った実験である平 滑丸棒試験片および環状切欠き丸棒試験片による荷重制御疲労試験,平滑丸棒試験片を用 いたひずみ制御疲労試験,CT (Compact Tension)試験片による疲労き裂進展試験の方法を示 す.また,数値解析については,疲労き裂進展解析の概要,有限要素解析で用いた材料モデ ルの概要,材料パラメータのキャリブレーション指針,解析条件をまとめる.さらに微視組 織の観察については,サンプルの調製方法,ECCIの概要,EBSDの概要を示す.

第3 章では,第 2章で説明した方法に基づいて行った力学試験,数値解析の結果につい て述べる.力学試験の結果は従来から用いられている整理方法を参考にS-N線図,-N線図,

-線図,da/dN-K線図として整理する.数値解析についてはまず疲労き裂進展解析によっ

(34)

第1章 序論

27

て予測した S-N 線図を実際の疲労試験結果と比較した結果を示す.さらに有限要素解析に よって得られた切欠き部の応力やひずみの値を各試験片・試験条件毎に示す.

第4章では,第3章に示した結果に基づき,オーステナイト系ステンレス鋼SUS304の切 欠き部の疲労強度特性に対する影響因子について考察した結果を述べる.有限寿命域にお ける影響因子として,切欠き部の降伏状態,疲労き裂発生寿命を挙げて検討した結果,およ び局部ひずみ手法により疲労限度を予測した結果を示す.また,疲労過程における切欠き部 近傍の硬度ならびに微視組織の変化が疲労限度に及ぼす影響について調査した結果を基に,

オーステナイト系ステンレス鋼 SUS304 切欠き材の疲労限度の決定メカニズムについて検 討する.

第5章では,本論文の総括を行い,今度の展望について述べる.

(35)

第1章 序論

28 第1章の参考文献

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Fig. 1. 4 Logic flow diagram for materials qualification in the CHMC1 standard. [23]
Fig. 1. 6 Shapes and dimensions of notched specimen for tensile test and fatigue test.[24]
Fig. 1. 9 Distribution of non-dimensional elastic stress in the vicinity of notch root
Fig. 1. 10 Neuber’s material characteristic length  √
+7

参照

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