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硬度と微視組織の変化に及ぼす応力比の影響

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第 4 章 環状切欠きを有するオーステナイト系ステンレス鋼 SUS304 の疲労寿

4.3. 環状切欠き丸棒試験片の疲労限度に対する影響因子

4.3.2. 疲労過程における切欠き部の硬度および微視組織の変化に関する考察

4.3.2.1. 硬度と微視組織の変化に及ぼす応力比の影響

Fig. 3. 1(a), (b) に示したS-N線図を,Kt2, Kt 3について試験片毎に再度整理しなおしたも

のをFig. 4. 7 (a), (b)に示す.破線〇で囲んだA,B,C,D,Eは硬度測定および微視組織の観察を

行った試験片であり,破線□で囲んだものは硬度測定のみ実施した試験片である.硬度測定 開始点は切欠き底から試験片中心軸に向かって50mの位置を1点目とした.2点目以降は 切欠き底から試験片中心軸に向かって100mの位置から200m間隔で測定を行った.圧痕 の対角長さの平均値は13~17mであった.平均結晶粒径43mに対して圧痕の大きさは小 さいため,測定される硬度は一結晶内の平均的な値となる.測定開始点および隣接する圧痕 の中心間の距離はJIS Z 2244[23]に規定されている値(圧痕中心から試験片中心までの距離:

2.5d以上,隣接する圧痕の中心間距離:3d以上)を満足することを確認している.

Kt2のA, B, Cに対し,試験片中心軸を通る断面上の硬度を測定した結果をFig. 4. 8 (a)に

示す.横軸は切欠き底からの距離を示している.また,供試材の元の硬度を破線で示してい る.試験片A (応力比R = 0.1,N = 1.0×107cycles) の場合,硬度分布は均一で,切欠き底近 傍であっても供試材の元の硬度とほぼ同じであった.一方,試験片B (応力比R = −1,N =

107 cycles) の場合,切欠き底 ~ 300mの範囲で著しい硬度の上昇がみられた.また,試験

片の内部に進むにつれて供試材の元の硬度(破線)に漸近した.また,途中で試験を中断した

試験片C(応力比R = −1,N = 1.0×105 cycles)の硬度分布についてもFig. 4. 8 (a)にプロットし

ているが,試験片Cに硬度の上昇は認められないことから,試験片Bの硬度上昇は105 cycles 以降で発現したものと考えられる.

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さらに,それぞれの試験条件下における 1 サイクル目の塑性ひずみ範囲plasticの分布を 有限要素法によって予測した結果をFig. 4. 8 (a)上に示した.試験片A (応力比R = 0.1) の場 合,切欠き底の近傍であってもplasticの値はほぼ0であった.対照的に試験片B (応力比R

= −1) の場合はplasticの値は最大で0.15%であり,引張-圧縮の繰返し塑性変形が生じていた

ことが示された.試験片A,Bにおける硬度の分布とplasticの分布には相関があることから,

試験片B (応力比R = −1)に見られた切欠き底近傍の局所的な硬化現象は,繰返し塑性変形の

結果生じたものと考えられる.以上より,Kt2の試験片において,応力比R = 0.1の場合の疲 労限度は供試材の元の状態で決定されたが,応力比R = −1の場合,繰返し負荷のサイクル 数の増加に伴って徐々に切欠き底の状態が変化した結果,疲労限度が決定されたことが明 らかとなった.

次に,切欠き底近傍の微視組織をECCIおよびEBSD法によって可視化した結果をFig. 4.

9 (a) ~ (n)に示す.Fig. 4. 9 (a) ~ (c)はKt2の試験片A (応力比R = 0.1,N = 1.0×107 cycles) の 観察結果である.微視組織は絡み合った転位が部分的に存在する状態で構成されており,切 欠き底に近い位置でも転位密度は極めて低い状態であった. Fig. 4. 9 (d)およびFig. 4. 9 (e)

~ (g)はKt2の試験片C (応力比R = −1,N = 1.0×105 cycles) および試験片B (応力比R = −1,

N = 107 cycles)の観察結果である.試験片Aとは微視組織の様相が大きく異なっており,束 状になった積層欠陥が主すべり面に対して平行に分布していた(Fig. 4. 9 (d)).さらに繰返し 数が増えると,束状の積層欠陥は厚みを増して密度が増加した様相を呈していた(Fig. 4. 9

(g)).EBSDによる相解析を行った結果(Fig. 4. 9 (h)),部分的に’マルテンサイトが誘起され

ていることが明らかとなった.先述のとおり,本研究における硬さは,結晶粒内の平均的な 値である.試験片C (応力比R = −1,N = 1.0×105 cycles)では束状となった積層欠陥が高密度 に分布していたものの(Fig. 4. 9 (d)),硬度上昇はなかったことを考慮すると,切欠き底近傍 での硬度上昇には粒内に部分的に誘起された’マルテンサイトが関係していると考えられ る.

上述した微視組織の変化に対する応力比の影響が生じるメカニズムについて,Fig. 4. 10に 示す模式図を用いて説明する.疲労試験開始後 1 サイクル目の引張荷重が試験片に負荷さ れたとき,応力比によらず切欠き底でわずかに塑性変形が生じることで,若干転位密度が増 加する.これによって,切欠き底はわずかに加工硬化する(Fig. 4. 10 (a), (d)).応力比R = 0.1 の場合,疲労試験は荷重制御状態で実施されているので,その後の負荷サイクルによる繰返 し塑性変形による転位の運動は生じず,切欠き底の応力-ひずみ応答は飽和し,低い転位密 度のままで弾性応答を繰り返す状態となり,疲労限度が決定される(Fig. 4. 10 (b), (c)).一方,

応力比R = −1の場合,疲労試験の前半においては,切欠き底の応力-ひずみ応答は弾塑性応 答であり,引張-圧縮の繰返し負荷により転位の往復運動が促され,徐々に積層欠陥が増殖 するなどして,切欠き底近傍の微視組織は刻々と変化する(Fig. 4. 10 (e)).十分に引張-圧縮 の繰返し負荷を受けた試験の後半のあるタイミングで’マルテンサイト変態が誘起されて 硬化する.切欠き底近傍の変形挙動は硬化によって弾性応答へと遷移し,最終的に疲労き裂

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が発生せずに (Fig. 4. 10 (f))疲労限度が決定したものと考えられる.つまり,疲労試験の過 程で動的に疲労限度が向上する現象が切欠き底近傍の限定された領域で起きたものと予想 される.

一般的に,SUS304のように積層欠陥エネルギーSFが低い材料では,転位はわずかに拡張 した状態で存在する.Y. LiらやP. LiらのSUS316やCu-Zn合金の低サイクル疲労試験後の 試験片の観察結果によると,平行な位置関係にある隣接したすべり面上の拡張転位は,重な り合った幅広の積層欠陥として存在する[24], [25].上田らは,隣接したすべり面上に位置す る転位がそれぞれ逆方向に運動することにより,幅広の積層欠陥の生成を促進すると述べ ている[26].一旦積層欠陥の核が生まれると,隣接したすべり面上に存在する拡張転位が 次々に積層欠陥を生み,Fig. 4. 9 (d)に示したように疲労過程途中の段階で密度の高い束状の 積層欠陥が形成される.OlsonとCohenが提唱したモデルに基づくと,これらの重なり合っ た積層欠陥は’マルテンサイトの核として機能する.しかし,bccへ結晶構造が変化するた めには,別のすべり系が活動することによって生じるせん断力が必要である[27], [28].Murr らは一軸引張試験およびディスクパンチ試験における SUS304 中の変形誘起マルテンサイ トの生成,成長挙動を調べ,マルテンサイト相の拡大が単一核の成長ではなく,変形帯交差 部で点在的に生成した核同士の結合によって生じることを明らかにしている[29].これにつ いて環状切欠き丸棒試験片の切欠き底近傍の力学条件から考察すると,応力集中部では三 軸応力度が高く多軸の引張-圧縮応力状態にさらされるため,切欠き底では複数のすべり系 が同時に活動しやすい状態にあり[30], [31],上述の変形帯交差部が生じる確率は高いと予想 される.さらに,引張荷重下で生じる膨張の静水圧応力が,fccからbccに遷移する際に生 じる体積膨張を容易にする[32], [33]ことで,マルテンサイト変態しやすい状態となることも 可能性として考えられる.つまり,マルテンサイト変態に好都合な一連の条件が切欠き底で 局所的に満たされたため,plasticが0.1%程度と小さい値であってもマルテンサイト変態が 誘起されたと考えられる.

Kt3のD, Eに対しても同様に,試験片中心軸を通る断面上の硬度を測定した結果および1 サイクル目の塑性ひずみ範囲plasticの分布を有限要素法によって定量化した結果をFig. 4. 8

(b)に示す.硬度測定開始点は切欠き底から試験片中心軸に向かって25mの位置とした.そ

の理由は,有限要素解析の結果,切欠き底~70mの範囲で繰返し塑性変形が生じることが 明らかとなり,その領域における硬度上昇の有無を確認する必要があったからである.JIS

Z2244 に規定されている試験片の縁までの距離と圧痕対角線長さの関係(圧痕中心から試験

片中心までの距離:2.5d 以上)を満たさないが,ここでは同じ材料,同形状の試験片同士の 硬度の差を明らかにすることが目的であるので,差し支えないと判断した.

試験片D (応力比R = 0.1,N = 1.0×107 cycles) の場合,切欠き底 ~ 25mの範囲で硬度の

上昇が確認されたが,それよりも内部の位置では供試材の元の硬度とほぼ同じであった.一 方,試験片E (応力比R = −1,N = 1.0×107 cycles) の場合,切欠き底 ~ 50mの範囲で著し い硬度の上昇が確認された.また,切欠き底から50mの位置よりも内部では供試材の元の

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硬度に漸近した.Kt2の試験片Aと同様に,試験片D,Eにおける硬度分布とplasticの分布に は相関があることから,切欠き底近傍の局所的な硬化現象は繰返し塑性変形による試験片 内部の微視組織の変化の結果生じたものと考えられる.試験片Dおよび試験片Eの硬度上 昇量の差については,plasticの最大値から説明できる.試験片Dのplasticの最大値は0.24%

であるのに対し,試験片Eのplasticの最大値は0.08%であるため,疲労試験中に負荷された 繰返し塑性変形の総計の差が硬度上昇の差として現れたと考えられる.Fig. 4. 9 (i) ~ (k)は Kt3の試験片D (応力比R = 0.1,N = 1.0×107 cycles) の観察結果である.応力比が同じKt2の

試験片A (R = 0.1) には見られなかった束状の積層欠陥が確認された.また,Kt3の試験片E

(応力比R = −1,N = 1.0×107 cycles)の結果をFig. 4. 9 (l) ~ (n)に示す.応力比が同じKt2の試 験片 B と同程度の高い密度で束状の積層欠陥が分布しており,部分的に’マルテンサイト へと変態している様相を呈していた.’マルテンサイト変態のメカニズムは,試験片E (応 力比R = −1)の場合はKt2の試験片B (応力比R = −1)の場合と同じくFig. 4. 10(d) ~ (f)で示し たとおりである.一方,試験片D (応力比R = 0.1)の場合の模式図をFig. 4. 10(g) ~ (i)に示す.

試験片D は応力集中係数が大きいため,Kt2の試験片A (R = 0.1)に比べ1サイクル目に切欠 き底近傍に生じる引張塑性ひずみの絶対値が大きいことから,負荷反転時にシェイクダウ ン状態となり,圧縮側再降伏が生じる.応力-ひずみ関係はヒステリシスループを描き,つ まり繰返し塑性変形が生じるため,部分的に’マルテンサイトへと変態したと予想される.

以上をまとめると,応力比R = −1で試験されたKt2の試験片BおよびKt3の試験片Eに みられた切欠き底の局所的な硬度上昇は,疲労試験の過程で転位密度が上昇し,束状の積層 欠陥が形成され,最終的にその領域で’マルテンサイトが誘起されたことによるものであ る.一方,応力比R = 0.1で試験されたKt3の試験片Dでは,試験応力比が正であるにもか かわらず,シェイクダウンにより切欠き底での局所応力比が負となり,繰返し引張圧縮変形 が生じ,若干の硬度上昇へとつながったと考えられる.一方,Kt2の試験片Aにおいては疲 労試験中に繰返し塑性変形がほとんど生じなかったため,硬度の上昇がみられなかったと 考えられる.

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Fig. 4. 7 Relationship between stress amplitude and number of cycles to failure (S-N diagrams) of circumferentially-notched specimens of SUS304. (a) Kt2 specimen, (b) Kt3 specimen.

(b)

(a)

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Fig. 4. 8 Vickers hardness, HV, and cyclic plastic-strain range distributions, as functions of the distance from the notch-root at the fatigue limit stress level under R = 0.1 and R = −1 conditions. (a) Kt2, (b) Kt3.

(a)

(b)

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