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第 5 章 総括
金属材料の疲労破壊現象が認知されて 200 年近く経過し,過去から現在に亘り疲労破壊 現象について膨大な数の研究が行われてきた.しかし,現在においても機械構造物の破壊事 故の多くが「疲労」がきっかけとなって起きていることはよく知られており,破損事故のう
ち約80%は疲労が関係している.
実際の機械構造物の疲労破壊現象は孔,段,キー溝,溶接ビードなどの応力集中部からき 裂が発生・進展し,最終的に破断に至る場合が多いことから,設計の段階で応力集中部の疲 労強度を正しく評価することが疲労破壊を防止するためのカギとなる.
しかし,実際に応力集中部の疲労強度の評価に用いられる方法は,膨大な実験結果から導 き出された実験式,もしくは疲労過程における平滑材のマクロな材料挙動と切欠き部のミ クロな領域でのそれは等しいという前提に基づき,Neuber則やFEAで得た評価部の応力や ひずみの情報と,平滑材で取得された疲労寿命特性(S - N線図や - N線図)と比較すること で疲労寿命を推定する局部ひずみ手法である.両者は機械構造物の切欠き部の疲労強度を 簡便に評価することができるという利点を持っているが,切欠き材の疲労強度,特に疲労限 度の決定機構の解明は課題とされたままである.
近年注目されている水素エネルギー関連機器の候補材として SUS304 を代表鋼種とする オーステナイト系ステンレス鋼が注目を集めている.その理由は,一般的な炭素鋼よりもオ ーステナイト系ステンレス鋼は比較的高い耐水素脆性能を有しているためである.オース テナイト系ステンレス鋼の中でも流通量が多く,比較的安価なSUS304は特に今後利用範囲 の拡大が期待されている.これら各種金属材料の疲労強度に対する水素の影響は,日本では 平滑丸棒試験片の完全両振り疲労試験の結果をベースに議論されてきた.一方,欧米が中心 となって検討を進めたCHMC-1 では,環状切欠き丸棒試験片の片振り疲労試験の結果を基 礎とすることとしており,国際統一化が図られていないのが現状である.
今後,世界規模での水素エネルギー社会の普及のためにも,評価方法の統一化は避けて通 れない課題である.こういった状況の中,日本で主に用いられている「平滑丸棒試験片,応 力比R = −1」と,欧米で主に用いられている「環状切欠き丸棒試験片,応力比R = 0.1」の それぞれで取得された疲労試験のデータを同じ基準で評価する方法が提案されたが,その 評価基準の物理的根拠は説明されておらず,それぞれの実験結果に基づいて決定されたも のである.欧米が検討を進めているCHMC-1 では環状切欠き丸棒試験片を用いることとし ているものの,水素環境下に限らず大気中における応力集中部の疲労強度の評価方法は依 然として経験則に基づいており,疲労破壊のメカニズムに対する物理的解釈が進んでいな い.また,オーステナイト系ステンレス鋼の平滑材の疲労寿命特性は応力比の影響がなく,
疲労過程でマルテンサイト変態が起きるなど,複雑なメカニズムによって疲労寿命特性が 決定されていることを示唆する研究例が多数存在する.さらに応力集中という要素が加わ
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ることでより複雑化すると予想される.複雑な現象の中から水素の影響を抽出し,評価する ことは極めて困難であると思われる.水素環境下における金属材料の疲労強度特性の評価 法の確立は早急に解決しなければならない課題であり,まずは日本で主に用いられている 平滑丸棒試験片および欧米で主に用いられている環状切欠き丸棒試験片で得られたオース テナイト系ステンレス鋼の疲労強度特性のそれぞれの決定機構を解明することが,合理的 な評価基準の確立のために最も近道であると考える.
本論文は特に環状切欠き丸棒試験片の疲労強度特性の決定機構や影響因子を解明するこ とを目的として取り組んだものである.従来の切欠き材の研究では,疲労試験に代表される 力学試験と,試験中の試験片の力学的挙動を予測するために数値解析を行ったものが多く 存在する.一方,力学試験後の試験片に対して微視組織の観察を行ったものは対象が平滑材 に限られており,繰返し負荷を受けた切欠き部近傍の転位構造や相変態の状態を観察した 研究例はみられない.つまり,力学的観点および材料学的観点の双方から同時に切欠き部の 疲労現象が論じられていない.そこで,同一の供試材に対して行った力学試験,数値解析,
微視組織の観察の結果を基に切欠き部の疲労現象について力学的,材料学的観点から総合 的に論ずることで,切欠き部の疲労強度特性の決定機構の解明を実現できると考えた.本論 文では,従来から実施されている環状切欠き丸棒試験片を用いた力学試験に加え,複雑な繰 返し塑性変 形挙動を表現できる弾 塑性モデルを用いた有 限要素解析,ECCI (Electron Channeling Contrast Imaging)およびEBSD (Electron Backscattered Diffraction)を用いた破壊現 象のマルチスケール観察を系統的に行い,検討した結果をまとめた.以下に得られた結論を 総括する.
第 1 章では,本研究の背景となる応力集中部における疲労現象の概要と従来からの疲労 強度の評価法,オーステナイト系ステンレス鋼の疲労強度特性,水素適合性試験の国際統一 化に関わる事項についてまとめ,オーステナイト系ステンレス鋼切欠き材の疲労強度特性 の決定機構や影響因子を解明することの重要性について述べ,本研究の目的を示した.
第 2 章では,本研究で行った力学試験,数値解析,微視組織の観察の方法について述べ た.供試材の疲労強度特性を示す基礎的なデータを取得することを目的に行った実験であ る平滑丸棒試験片及び環状切欠き丸棒試験片による荷重制御疲労試験,平滑丸棒試験片を 用いたひずみ制御疲労試験,CT試験片による疲労き裂進展試験の方法を示した.また,数 値解析については,疲労き裂進展解析の概要を述べ,有限要素解析で用いた材料モデルの概 要,材料パラメータのキャリブレーション指針,解析条件をまとめた.さらに微視組織の詳 細観察については,サンプルの調製方法,ECCIの概要,EBSDの概要を示した.
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第3 章では,第 2章で説明した方法に基づいて行った力学試験,数値解析の結果につい て述べた.得られた知見を以下に示す.
(1) 応力集中係数が異なる SUS304 環状切欠き丸棒試験片を用いて荷重制御疲労試験を実 施した結果,応力比が−1 において応力集中係数が大きいほど疲労限度は低下した.一 方,応力比が0.1のときは応力集中係数に関わらず同じ疲労限度を示した.また,応力 集中係数が6.6の環状切欠き試験片を用いて0.7MPa水素ガス中で荷重制御疲労試験を 実施した結果,有限寿命域では大気中に比べ疲労寿命は著しく低下した.一方,疲労限 度は大気中と同等であった.
(2) (1)の疲労試験によって取得された疲労限度に対して1.1.2 で述べた切欠き係数 Kfの予
測式が適用可能か否かを検討するために,従来から提案されている切欠き係数の予測 式を用いて各種環状切欠き丸棒試験片の切欠き係数 Kfを予測し大気中における実験結 果との比較を行った結果,全ての試験片において,予測結果は実験結果よりも1.5~2.0 倍高い値となり両者は一致しなかった.以上のことから,従来から提案されている切欠 き係数の予測式では,SUS304環状切欠き丸棒試験片の切欠き係数を予測することがで きないことが明らかとなった.
(3) 大気中および水素ガス中にて CT 試験片を用いて疲労き裂進展試験を実施した結果,
SUS304 の水素ガス中における疲労き裂進展は,大気中に比べ 10 倍速くなった.この
ことから, SUS304の疲労き裂進展は水素ガスによって加速することを明らかにした.
従って(1)に述べた有限寿命域における疲労寿命の低下は,き裂進展速度の上昇が原因 と考えられる.また,得られたda/dN-K関係はパリス則によって近似できることを確 認し,パリス則の材料定数を決定した.
(4) 平滑丸棒試験片を用いてひずみ制御疲労試験を行い,SUS304の低サイクル疲労特性を 取得した.制御ひずみ範囲が1%,1.5%においては,あるサイクル数に到達してから破 断に至るまで著しく硬化した.硬化の要因はマルテンサイト変態であると考えられ,
SUS304の疲労強度特性に大きく影響することが示唆された.また,制御ひずみ範囲が
0.5%の試験中に取得した応力-ひずみ関係,応力振幅の履歴を参照し,有限要素解析に 用いる材料モデルの材料パラメータを決定した.
(5) 応力集中係数が最も高い試験片(Kt = 6.6)について,環状切欠きを環状き裂とみなした疲 労き裂進展解析を行って疲労寿命を予測した結果,実際の疲労試験で得た結果と一致 しなかった.一致しない原因は,切欠き底の降伏状態,き裂発生寿命の影響が疑われた.