犬と猫の内分泌疾患
ハンドブック
(2011.9.11 版)
はじめに
すべての内分泌疾患は、ある特定のホルモンが 過剰になるか、あるいは不足することによって引 きおこされる。ホルモンが過剰になる原因の多く は、内分泌腺の腫瘍もしくは過形成である。ホル モンが不足する原因の多くは、内分泌腺の破壊か 萎縮である。考えてみれば(考えるまでもなく)内 分泌疾患の発症機序はかなり単純である。もちろ ん、ホルモンと名のつく物質は多種多様であり、 しかもそれぞれが密接な相互関係を保っているの で、実際の症例における病態はそれほど単純なも のにはならない。しかし、どれほど複雑にからみ あった病態でも、ホルモン測定値という正確で客 観的な指標がある限り、迷うことなく理詰めで診 断でき、診断できれば治療でき、それらの情報も 共有できるはずである。 一方、内分泌疾患の検査法や治療薬には、海外 では一般的だが国内では利用できないもの、逆に 国内でのみ利用できるものなどがあり、臨床に際 して制約が多いのは確かである。検査法や治療薬 の多くはヒトの医学に頼っているので、ヒトの医 学が少し変更されるだけで大きな影響をうけるこ ともある。このことから、内分泌疾患の臨床は「わ けのわからないもの」や「面倒くさいもの」だと思 われるかもしれない。しかし、動物の内分泌疾患 は、限られた検査法や治療薬のうち最も正しいも のを選択し、愚直に扱っていくのが王道である。 このハンドブックは東京大学附属家畜病院の学 生・研修医のために編集した。その目的は二つあ る。第一の目的は、獣医師に常識的に求められる common practice の範囲を示すことである。内 分泌学の専門書は情報過多であり、内科学の教科 書には足りない情報がある。このハンドブック は、おもに英米の common practice を意識して 記述した。第二の目的は、新しい検査・治療法や日 本独特の事情など、教科書に書かれていないこと を補完することである。◆一般的でない内容、著 者個人の経験に基づく内容、Tips(コツ)などは 斜体で表記してある。まずは、最近のスタンダー ドな教科書("Small Animal Internal Medicine" 第 3 版.の 49∼53 章を推奨)を一読し、このハンド ブックはそれを補完するものとして利用していた だきたい。もくじ
犬の糖尿病 p01 猫の糖尿病 p09 糖尿病性ケトアシドーシス p15 犬のインスリノーマ p19 犬のクッシング症候群 p22 猫のクッシング症候群 p32 アジソン病(副腎皮質機能低下症) p34 原発性アルドステロン症 p37 褐色細胞種 p38 犬の甲状腺機能低下症 p40 猫の甲状腺機能亢進症 p43 低 Ca 血症(副甲状腺機能低下症) p48 高 Ca 血症 p50 視床下部・下垂体の疾患 p53 内分泌疾患に使用する薬剤の副作用 p58 内分泌疾患に関連する検査の依頼先 p63注意と免責事項
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(c) Naoaki Matsuki 2004-2012 E-mail: amki@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
犬の糖尿病
概要
糖尿病はインスリンの絶対的または相対的な不 足により、持続的高血糖をはじめとする代謝異常 を呈する症候群である。代謝異常の程度によって 無症状からケトアシドーシスや昏睡にいたる幅広 い病態を示す。犬の糖尿病の診断は容易だが、厳 密な血糖コントロールはかなり難しい。犬では白 内障や腎症などの糖尿病合併症が起こりやすく、 数年単位の長期予後は要注意である。病因論:ヒトの糖尿病
ヒトの糖尿病はその病因に基づいて、以下の 4 つに分類されている(日本糖尿病学会, 1999)。 1) 1 型糖尿病 2) 2 型糖尿病 3) その他の特定の機序・疾患による糖尿病 ・遺伝子異常に伴うもの ・膵炎、副腎疾患などに伴うもの 4) 妊娠糖尿病 ヒトの1型糖尿病は自己免疫疾患と考えられて おり、膵島炎により膵 β 細胞が破壊され、絶対的 なインスリン不足により発症する糖尿病である。 2 型糖尿病は多因子性の疾患であり、家族歴、環 境、生活態度が発症因子となる。肝臓、脂肪組織、 骨格筋でのインスリン抵抗性が主因となって持続 的高血糖を示す。初期には膵臓のインスリン分泌 が亢進するが、次第に膵島へのアミロイド沈着に よって β 細胞が減少し、インスリンが不足するよ うになる。 ヒトでは糖尿病をおこす遺伝子異常として、ミ トコンドリア遺伝子異常、インスリン遺伝子異常、 インスリン受容体遺伝子異常などが知られてい る。膵炎や内分泌疾患などによる糖尿病は、(原発 性に対して)続発性糖尿病と呼ばれることもある。 妊娠糖尿病は黄体ホルモン(プロゲステロン)に よるインスリン抵抗性を主な原因とする。 ◆糖尿病が病因によって分類されるようになる以前には 「インスリン依存性糖尿病(IDDM)」と「インスリン非依 存性糖尿病(NIDDM)」という言葉が使われていた。こ れは患者の治療にインスリンが必要か否かという便宜 的な分類であり、病因を反映するものではない。このた め、現在では IDDM や NIDDM という言葉は使わない方 がよい。また、ヒトと動物では糖尿病の病態が異なるた め、IDDM や NIDDM という言葉を犬や猫にあてはめる と誤解が生じるおそれもある。病因論:犬の糖尿病
写真 1. 犬の「原発性」糖尿病でみられる膵島の空胞変 性。 犬の糖尿病は、およそ以下のように分類できる。 1) 膵島の空胞変性による原発性糖尿病 2) ヒトの 2 型糖尿病に類するもの? 3) 膵炎に伴う糖尿病 4) クッシング症候群に伴う糖尿病 5) 高エストロゲン血症に伴う糖尿病 6) 高プロゲステロン血症に伴う糖尿病 7) 先天性または若年性糖尿病 8) 医原性糖尿病 犬の糖尿病の多くは、写真 1 のように膵島の空 胞変性によってインスリン分泌が不足する糖尿病 である。犬では免疫介在性の膵島炎による真の 1 型糖尿病は報告されていないため(猫や牛では報 告がある)、このタイプの糖尿病は「原発性」糖尿 病と呼ぶのが適切だと思われる。 糖尿病の犬のなかには、ヒトの初期の 2 型糖尿 病のように、高インスリン血症がみられ、しかも 他の内分泌異常が認められないものがいる。これ らはおそらくヒトの 2 型糖尿病に類するのだと思 われるが、疾患像としては確立されていない。 急性膵炎や慢性膵炎は犬の糖尿病の基礎疾患と してしばしば認められ、原因として確定しやすい。 クッシング症候群、高エストロゲン血症、高プ ロゲステロン血症はいずれもインスリン抵抗性を 誘発して糖尿病の原因または増悪因子となる。そ の他の原因として、先天性の膵島形成不全による 若年性糖尿病がしばしば認められる。シグナルメント
日本国内では糖尿病の好発犬種は知られていな い。犬の糖尿病は年齢を問わず発生するが、中∼ 高齢(8 歳以上)の個体が 80%ほどを占める。雄よ り雌にやや多い傾向があり、これは発情と高プロ ゲステロン血症に関連した糖尿病が存在するため だと思われる。病歴と症状
犬の糖尿病症例の多くは典型的な症状(多飲、多 尿、体重減少)を主訴に来院する。他に基礎疾患 (とくに膵炎、クッシング症候群)がある場合に は、その基礎疾患に応じて色々な症状が混在する。 ケトアシドーシスに陥ると食欲不振、元気消失、 衰弱、嘔吐、下痢などを呈する。犬では非ケトン 性高浸透圧性昏睡はまれである。 問診では、食餌内容、過去数ヶ月の投薬歴(とく にホルモン製剤)、雌の避妊の有無、最終発情時期 を必ず聴取しなければならない。 写真 2. 原発性糖尿病により多飲、多尿、削痩、被毛粗 剛、糖尿病性白内障を呈する犬。身体検査
写真 2 に犬の糖尿病の典型例を示したが、この ような典型例はむしろ稀である。糖尿病の犬の栄 養状態は様々であり、痩せている場合が多いが、 肥満していることもある。現時点で肥満していて も、体重は減少過程にあることが多い。軽度の脱 毛、皮膚や被毛の乾燥、抜け毛が多いなどの皮膚 症状はしばしば認められる。白内障があるとして も初診時には軽度であることが多い。基礎疾患あ るいはケトアシドーシスなどの合併症がなけれ ば、犬は一見元気である。画像診断
犬の糖尿病に特異的な画像診断所見はない。し かし、腹部 X 線検査と腹部エコー検査は省略すべ きでない。 腹部 X 線検査では、肝腫大(糖尿病またはクッシ ング症候群)、内臓脂肪の増加(クッシング症候 群)、副腎腫大(副腎腫瘍)、子宮蓄膿症など、糖尿 病の基礎疾患あるいは鑑別疾患の発見に役立つ。 腹部エコー検査では、写真 3 のように慢性膵炎 が描出されることがある。正常な膵臓をエコーで 描出することは難しいが、慢性の浮腫性膵炎では 腫大した膵臓が容易に観察できる。さらに、肝臓、 膵臓、腎臓、膀胱、子宮、卵巣、前立腺などをスク リーニング的に観察することで、糖尿病の原因や 増悪因子となる内分泌疾患や炎症性疾患を発見す る努力をするとよい。 写 真 3. 糖 尿 病 の 基 礎 疾 患:12 歳、去 勢 雄、ヨ ー ク シャー・テリア。糖尿病を併発した膵炎のエコー像。膵 臓が腫大している。膵炎では低エコーと高エコーの縞 模様がみられることがある。血液検査
基礎疾患あるいは併発疾患がなければ、CBC に は異常が認められない。血液化学検査では以下の 変化が現れやすい。基礎疾患や合併症があれば、 それらに応じた異常が現れる。 ・基礎疾患や併発疾患がない場合 高血糖 高コレステロール血症 高トリグリセリド血症 ALP 活性上昇(非特異的) 低 Na(高血糖による見かけの低下) 高 K(インスリン不足による)・糖尿病性ケトアシドーシスの場合 低 Na 血症(尿への喪失) 低 K 血症(尿への喪失) 低 Cl 血症(尿への喪失) 低 P 血症(尿への喪失) ・非ケトン性高浸透圧性昏睡(犬ではまれ) 著しい高血糖(> 600mg/dL) 高窒素血症(腎不全・循環不全による) 高浸透圧血症(> 350 mOsm/L) ◆血漿浸透圧は以下の式でかなり正確に近似できる (mOsm/L) = 2(Na+K) + BUN/2.8 + Glu/18 (Na, K は mEq/L、BUN, Glu は mg/dL)
尿検査
無治療の糖尿病の犬では必ず尿糖陽性になる。 尿に含まれるグルコースのため尿比重は高くなる (1.025 以上)。さまざまな程度のケトン体が認め られる。 多くの犬では尿路感染のため、微生物(細菌、真 菌)、赤血球、白血球などが認められる。尿中のブ ドウ糖を細菌が分解してガスが発生し、気腫性膀 胱炎になることもある。尿路感染症は糖尿病治療 の障害になり、腎盂腎炎などのリスクを高める。 糖尿病の犬では尿細菌培養と、カンジダを含む真 菌培養も行うべきである。 ◆尿の培養検査は、糖尿病の診断時だけでなく治療中に も定期的に行うとよい。顕微鏡的に細菌や真菌が観察 できなくても、培養検査で陽性となることがある。糖尿病の診断
特徴的な症状(多飲、多尿、体重減少)、空腹時 高血糖、尿糖陽性の 3 項目がそろえば糖尿病と診 断してよい。しかし、以下に述べる基礎疾患や併 発疾患を診断し、解決することが重要である。基礎疾患・併発疾患の診断
犬を糖尿病と診断したら、糖尿病の疾患分類の ため、治療計画のため、あるいは予後判定のため に基礎疾患・併発疾患の検査をしなければならな い。改めて病歴聴取や身体検査をするなど、基本 に戻って基礎疾患や併発疾患を見落とさないよう にする。 犬でよくみられる基礎疾患・併発疾患を挙げる。 とくに、クッシング症候群、膵炎、雌犬の発情およ び卵巣疾患(黄体嚢腫など)は糖尿病の基礎疾患と して重要であり、必ず除外または診断・治療しなけ ればならない。 尿路感染症やその他の炎症性疾患、白内障やぶ どう膜炎による視力障害は、それぞれ犬に肉体的 あるいは精神的ストレスを与え、糖尿病治療の障 害となる。 ・糖尿病の基礎疾患 クッシング症候群 膵炎 発情 卵胞嚢腫 黄体嚢腫 子宮蓄膿症 ・糖尿病の併発疾患 尿路感染症 (膀胱炎、前立腺炎、腎炎) 慢性腎不全(腎症) 白内障 ぶどう膜炎 網膜症 皮膚炎・皮膚感染症 脱毛糖尿病治療の概要
糖尿病治療の目標は QOL の改善であり、具体的 には多飲・多尿の改善、合併症(白内障、網膜症、 腎症など)の予防などである。犬では血糖コント ロールを厳密にしても白内障や網膜症を防ぐのが 難しい。血糖コントロールが不良であれば、かな り早い時期に腎症(進行性の慢性腎不全)が問題と なる。たとえ臨床的な慢性腎不全が起こらなくて も、病理組織学的には糸球体や近位尿細管の障害 が進行しているので、糖尿病が犬の腎臓に与える 影響を軽視してはいけない。その他の合併症は短 期∼長期を通じてあまり問題にならない。雌犬の避妊の重要性
発情後には、黄体から分泌されるプロゲステロ ンが強力なインスリン抵抗性を引き起こす。糖尿 病の治療中に発情すると、血糖コントロールが著 しく困難になる。この状態は黄体が自然消退する まで 1 カ月以上も持続する。黄体嚢腫の例ではさ らに長期間の高プロゲステロン血症が糖尿病治療に悪影響を与える。このため、糖尿病と診断した 雌犬では可能な限り卵巣(子宮卵巣)摘出術を行 う。一過性の発情後高血糖であっても、将来(次回 発情時)の再発や糖尿病移行を予防するためには 手術するほうがよい。同様の理由で、一過性の発 情後高血糖を起こした雌犬は繁殖に使わないほう がよい。妊娠中の高血糖は母体と胎児に悪影響を 与える。 ◆プロゲステロン自体もインスリン抵抗性の原因にな るが、犬ではプロゲステロンが正常な乳腺組織を刺激 し、乳腺で異所性の成長ホルモン分泌を起こすといわれ ている。この現象は他の動物では知られていない。成 長ホルモンによるインスリン抵抗性はきわめて強力で ある。
食事と生活指導
犬の糖尿病を良好にコントロールするために は、食事療法と適度な運動が必要である。食事療 法には糖尿病用の処方食を用いるとよい。犬の糖 尿病処方食は食物繊維が強化されており、食後の 一過性高血糖を抑制する。処方食を好まない犬で は、成犬用または老犬用のドライフードまたは缶 詰を与える。半生フードには多量の糖分が添加さ れているので糖尿病治療には適さない。血糖コン トロールに必要でない限り、間食は避けるほうが 無難である。 運動はできるだけ毎日一定にする。インスリン 治療中の犬が急に激しく運動すると(競技犬、猟犬 など)、致命的な低血糖に陥る危険がある。インスリン療法
糖尿病に罹患した犬のほとんどは、膵臓でのイ ンスリン合成・分泌能を失っている。つまり、これ らの犬では生存あるいは血糖コントロールのため にインスリン療法が必要である。すぐにインスリ ン療法を開始しないのは、クッシング症候群や発 情後高血糖などの基礎疾患が明らかであり、かつ 糖尿病による臨床症状が軽度である場合に限られ る。これらの場合にも血漿インスリンを測定して 高値である(インスリンは過剰に分泌されている が、インスリン抵抗性により糖尿病が発生してい る)ことを確認するべきである。基礎疾患を完全 に把握していない限り、犬を糖尿病と診断したら インスリンの使用を躊躇してはならない。後述す るように、犬では経口血糖降下剤を使用する機会 はまずない。 a) インスリン療法の目標 糖尿病のインスリン療法では、血糖値をどの範 囲にコントロールするか、予め目標を立てておく 必要がある。犬では、比較的軽度の高血糖(200 mg/dL 程度)でも尿糖が陽性となり、その程度の 高血糖が持続すると白内障や腎症が現れる。一 方、血糖値が 60 mg/dL 程度になると低血糖症状 が現れる。このため、糖尿病の犬ではインスリン を適切に使用し、血糖値を 80∼180 mg/dL 程度 の範囲に厳密にコントロールしなければならな い。しかし実際には、このような厳密な血糖コン トロールはきわめて困難である。 b) インスリン製剤の選択 犬の糖尿病は、ヒト用に市販されている組換え ヒトインスリンで充分に治療できる。米国では、 豚インスリンを亜鉛懸濁インスリン製剤化したも の(商品名 Vetsulin)が販売されている。 ◆犬とヒトのインスリンは、アミノ酸の 1 次配列で 1 箇 所(B 鎖の末端)のみが異なる。犬と豚のインスリンは 全く同一である。犬に投与する場合、ヒト型インスリン と豚型インスリンの作用には事実上差がない。 インスリン製剤を選択するために大切なのは、 皮下投与した場合の持続時間である。 一般に、小 型犬では皮下投与したインスリンの作用時間が短 く、大型犬では長い。このため小型犬では作用時 間の長いインスリン、大型犬では作用時間が比較 的短いインスリンを使用する。犬に用いやすいイ ンスリン製剤を表 1 に示した。これらを単剤また は組み合わせて使用することで、糖尿病の犬のほ とんどに対応できる。また、これらの製剤は猫に も用いることができる。 インスリンの種類 インスリングラルギン インスリンデテミル 豚由来(Vetsulin) NPH 混合製剤(30Rなど) レギュラーインスリン 作用時間 長 短 守備範囲 小型∼ 中型犬 大型犬 表 1. 犬の糖尿病治療に用いやすいインスリン◆インスリンデテミル(レベミル:ノボ・ノルディスク) はヒトの持続型インスリンとして 2007 年に発売され た。犬では単位あたりの血糖降下作用が他剤よりも強 い。このため、他剤からインスリンデテミルに変更する 場合には、低血糖を起こさないように単位数を減量しな ければならない。 ◆国内ではすべてのインスリン製剤が 100U/mL 液とし て販売されている。インスリン製剤はできる限り希釈 せずに用いるべきだが、犬のサイズによってはやはりイ ンスリンを希釈しなければならないことがある。イン スリン製剤を生理食塩水で希釈する場合、希釈倍率はで きるだけ低く抑える(2 倍∼5 倍程度)。インスリングラ ルギン(ランタス)は特殊な酸性緩衝液に溶解されてお り、希釈できない。 c) インスリン療法の実際 犬では、1 日 2 回、決まった時刻に決まった食事 (前記の糖尿病治療食)を与え、食事の直後にイン スリン注射することを基本とする。 ◆わずかな例外を除き、犬へのインスリン投与は 1 日 2 回必要である。1 日 1 回のインスリン投与では充分に血 糖をコントロールできず、合併症が早期に現れるため長 期予後が悪化する。 d) 血糖曲線による初期の管理 「血糖曲線」は、インスリン投与後の血糖値の変 動をグラフ化したものである。グラフは紙に書か なくても、正しく想像できればよい。インスリン の作用時間の長さ、作用の強さを把握し、適正な インスリン治療を行うために、ときどき血糖曲線 を作成するとよい。 ◆ケトアシドーシスや非ケトン性高浸透圧性昏睡の犬 では血糖曲線を作成している余裕がない。これらの犬 では緊急治療が必要である。また、様々な併発疾患がイ ンスリン作用の強さや持続時間に影響する。血糖曲線 を作成するには、併発疾患を管理できているか、少なく とも併発疾患の存在が把握できており、犬が自宅で元気 に生活できるレベルでなければ意味がない。 血糖曲線を作成するときは、犬を数日間の予定 で入院させる。オーナーの生活習慣に合わせて食 事と注射の時間を決める。糖尿病用処方食を 1 食 につき 30∼40 kcal/kg 程度与える。肥満犬では この範囲で少な目に、削痩した症例では多めにし てよい。食べ残した場合には取り除き、インスリ ンを皮下投与する。犬のサイズに関わりなく、最 初は NPH インスリンを用いるとよい。NPH イン スリンは作用時間が中庸なので、犬で最初に血糖 曲線を作成するには都合がよい。 例)ノボリン N, 0.4 U/kg(q12h) 図 1 のように、インスリン投与前、投与後 3、6、 9 時間の血糖値を測定し、血糖曲線を引く。初期 の段階では、その犬におけるインスリン作用時間 を知ることが重要である。理想的には、インスリ ン注射後に血糖値がゆるやかに下降し、5∼7 時間 程度で極小(底:nadir)となり、次第に投与前値 に復帰するとよい。 図 1.インスリン初期治療の血糖曲線 インスリンの作用が短い場合には、より作用時 間の長いインスリン製剤に変更する(例:NPH→ イ ンスリングラルギン:表 1 を参照のこと)。インス リンの作用が長すぎる場合には、より作用時間の 短いインスリン製剤に変更する(血糖値が適正な 範囲で維持できるなら、1 日 1 回投与を試してみて もよい)。 使用するインスリン製剤が決まったら、投与前 の血糖値と、極小の血糖値の差(インスリン作用の 深さ)が 200∼250 mg/dL となるように、インス リン投与量を増減する(図 2)。インスリンを使用 し始めたばかりの段階では、血糖値を正常範囲 (100 mg/dL)に近づけようとしてはならない。 インスリンを過剰に投与すると低血糖の危険が ある。低血糖に陥った体内では、血糖値を上昇さ せるためにグルカゴン、グルココルチコイド、カテ コラミンが分泌され、血糖値は急激に上昇する。 また、これらの血糖上昇ホルモンは強いインスリ ン抵抗性をもつため、その後約 1 日はインスリン を投与しても血糖は降下しなくなる。これを「ソ モギー効果」という。
図 2.適正な血糖曲線とソモギー効果 ◆絶対的な低血糖(血糖値< 60 mg/dL)に陥らなくて も、血糖値が急激に低下すると同様の反応が起こる。 反対に、血糖が降下しない場合には、インスリ ンの 1 回投与量を 2∼5 割ずつ増やす。インスリン の 1 回投与量が 1.5 U/kg を越えても血糖が降下し なければ、重篤なインスリン抵抗性と判断し、併 発疾患(クッシング症候群など)を再検討する。 血糖曲線がちょうどよい状態になったら、その 時点のインスリンを当面の投与量として、犬を帰 宅させる。オーナーにはインスリン投与法、低血 糖時の対応、自宅での尿糖検査を指導する。 ◆犬では(猫と異なり)ストレス性高血糖はあまり目立 たないが、皆無でもない。分離不安やストレスを受けや すい犬の場合には、ある程度血糖コントロールの目安が 得られたら早期に退院させるほうがよい。 ◆ポータブル型の血糖測定器を使えば、採血時に犬に与 えるストレスが小さくなる。オーナーの理解があれば自 宅で血糖曲線を作成することもできる。ポータブル型の 血糖測定器の欠点は、測定値が低めになりやすいことで ある。検査機器と比較すると 30∼100 mg/dL ほど低 くなる。このため、実際にはコントロール不良でも、良 好だと勘違いすることになる。あるいは、実際には低血 糖でないのに低血糖だと勘違いし、インスリン投与量を 減らしてしまうことになる。 ◆ポータブル型で血糖を測る場合、耳介から採血すると 痛みが少ないようである。深爪は犬へのストレスがか かりやすく、繰り返しの検査がしにくくなる。耳介から 採血するには、耳介の内側(短毛なら外側でも可能)に 少量の黄色ワセリンを塗るのがコツである。黄色ワセ リンを塗った部分を 23G の針先で浅く刺すと、じわじ わと出血した血液がワセリンではじかれ、水玉のように なる。この血液を試験紙で吸い取り、機械で測定する。 ワセリンを塗らないと、血液は毛に吸い取られてしま う。針が飛び出すタイプの穿刺器具が機械に付属して いることもあるが、犬が驚くので細い注射針を薦める。 e) 維持治療とインスリン投与量の調節 自宅に帰ったら、インスリン投与量は一定にす る。初期治療で血糖値の底が高くても、しばらく 投与しているうちに、血糖曲線は全体に降下する (図 3)。これは外因性インスリン投与によって高 血糖が緩和されると、次第に内因性インスリンの 合成と分泌が復活して「グルコース中毒」が解消さ れることによる。これを考慮せずに不用意にイン スリンを増減してはいけない。これは血糖コント ロールで最も陥りやすい失敗のひとつである。 図 3. インスリン継続による血糖曲線の変化 治療開始後しばらくは 1 週間程度の間隔で再検 査する。朝、普段通りの時間に食餌を与えてイン スリン投与し、午後(血糖が最低になる時間帯が望 ましい)に来院してもらう。 来院時には動物の状態(飲水量、尿量、脱水の程 度、体重)を観察し、血糖測定を行う。体重はその 犬種の理想体重に近づけるようにする。血糖曲線 の底が 80∼180 mg/dL になることを目標にイン スリン投与量を調節する。できれば 1 日を通して 血糖値が 100∼250 mg/dL の範囲に入っている のが理想であるが、ここまでコントロールするの は非常に難しい。 インスリンを増量しても思ったようなコント ロールができないときは、併発疾患を探すか、血 糖曲線を書き直すほうが安全である。糖尿病を治 療しているうちにインスリン感受性や作用時間が 変化することもある。血糖曲線を見れば、適宜イ ンスリン製剤を変更する材料にもなる。インスリ ンをむやみに増量すると致死的な低血糖を起こす 危険がある。また、インスリン投与直後に急激な 血糖降下が起こり、ソモギー効果によって検査時 には高血糖になっているのかもしれない。
f) さらなるインスリン療法 図 4 のように、血糖曲線がいびつになった場合、 インスリン製剤を変更するか、2 種類以上のイン スリンを併用することで、よりよい血糖曲線にす ることができる。とくに、作用時間のより長い製 剤を併用すると、血糖曲線を平坦化しやすくなる ことが多い。 図 4. インスリン 2 剤併用による血糖曲線の改善 f) 長期管理 体重が安定し、尿糖が陰性∼弱陽性であり、臨 床症状が良好であれば、インスリン投与量をいっ たん固定して 4∼6 週間ごとに定期検査する。
その他の治療法
a) 経口血糖降下剤 犬で経口血糖降下剤を単独使用する機会はほと んどない。犬ではインスリンが絶対的に不足した 症例が多いため、膵臓のインスリン分泌を刺激す るスルフォニルウレア剤(SU 剤)は無効か、むし ろ有害である。ビグアナイド系の薬剤が部分的な 効果を示したという報告はあるが、ほとんど用い られない。 b) 糖吸収阻害剤 アカルボース(グルコバイ:バイエル)は小腸で の二糖類吸収を遅延させ、食後の急速な血糖上昇 を予防する。糖尿病処方食は、食物繊維を増量し て急激な血糖上昇を防ぐように設計されている。 しかし処方食の嗜好性が悪い場合や、他の疾患(膵 炎、腸炎、アレルギー疾患)の治療を並行する場合 には、通常の食餌または処方食に本剤を添加して 与える意義があるかもしれない。副作用としてし ばしば下痢・腸管での異常発酵(放屁)が認められ る。 グルコバイ: 2 mg/kg, BID c) 糖尿病性白内障の治療 糖尿病の犬では白内障がほぼ必発する。どれほ ど厳密な血糖コントロールをしたとしても、白内 障は避けられないことが多い。 グルタチオン点眼液やアルドース還元酵素阻害 剤の白内障予防効果はほとんどない。白内障の治 療には眼科手術が必要である。白内障が進行する と網膜もすぐに萎縮するため、手術で視力を温存 するには早期治療が重要である。網膜誘発電位 (ERG)検査で網膜機能が正常であることを確認 し、できるだけ早期に手術する。 糖尿病の犬ではブドウ膜炎や緑内障も起こりや すく、白内障治療の障害にもなる。糖尿病に併発 したブドウ膜炎には、非ステロイド系の消炎剤を 用いる。不用意にステロイド系点眼薬を用いる と、ステロイドが血中に入ってインスリン抵抗性 の原因になる。糖尿病のモニタリング
糖尿病の重症度や治療効果を評価するために、 フルクトサミン、糖化アルブミン、糖化ヘモグロビ ン(HbA1c)などの糖尿病マーカーが利用されて いる。 <フルクトサミン> 持続的な高血糖により血清蛋白が糖修飾をうけ たものである。過去 2 週間程度の血糖値を反映す る。健康な犬では 300 μM 未満(多くは 250μM 未満)であるが、糖尿病の犬の多くでは 400μM 以上(典型的には 500∼600 μM 以上)を示す。 動物検体の依頼先は巻末を参照のこと。 ◆国内では 2007 年に試薬販売が中止され、ヒトの検査センターでは測定できなくなった。 <グリコアルブミン> 持続的な高血糖により血清アルブミンが糖修飾 をうけたものである。フルクトサミンと同様に、 過去 2 週間程度の血糖値を反映する。測定値は% で表される。動物検体の依頼先は巻末を参照のこ と。 ◆ヒトの検査センターでは犬や猫のグリコアルブミンは 測定できない。 <糖化ヘモグロビン(HbA1c)> HbA1c は赤血球のヘモグロビンが糖化された ものである。HbA1c は全ヘモグロビンに対する 百分比で表され、健康犬では 1∼2%、糖尿病の犬 では 1∼6%の値を示す。高値は過去数週間∼数ヶ 月の高血糖を反映する。動物検体の依頼先は巻末 を参照のこと。 ◆犬や猫の HbA1c はヒトの検査センター(自動分析器) では測定できない。正確な数値が得られるのはアフィ ニティクロマトグラフィ法のみである。
予後
犬の糖尿病の予後は血糖コントロールの程度 や、基礎疾患・併発疾患の程度による。糖尿病その ものが死因になることはなく、心不全、肺炎、腎不 全、感染症、無関係の腫瘍、老衰などが最終的な死 因になる。猫の糖尿病
概要
糖尿病の動物では、インスリンの絶対的不足ま たは作用不足によって持続的な高血糖状態となり、 それとともに種々の特徴的な代謝異常が起こる。 猫の糖尿病は、その原因や程度によって無症状か らケトアシドーシスや高浸透圧性昏睡にいたる幅 広い病態を示す。糖尿病の原因によって治療方針 が異なるため、できる限り糖尿病の原因を明らか にしなければならない。糖尿病の猫の診療で重要 なのは、基礎疾患や併発疾患を正しく管理するこ と、インスリン製剤を正しく選択することである。 猫は糖尿病合併症を起こしにくいため、適切な診 断や治療ができれば長期予後は良い。病因
猫の糖尿病の原因を以下に挙げる。猫の糖尿病 のほとんどは、ヒトの 2 型糖尿病に類するもの、 慢性膵炎によるもの、あるいは医原性糖尿病であ る。このうち、慢性膵炎によるものが圧倒的に多 いと思われる。 1) 1 型糖尿病:自己免疫あるいは特発性の機序に より膵 β 細胞が破壊され、絶対的なインスリン不 足により発生する糖尿病である。猫ではいくつか の報告があるが、まれである。 2) 2 型糖尿病:ヒトの 2 型糖尿病は家族歴、肥満 などの危険因子、原因不明のインスリン抵抗性、 膵島へのアミロイド沈着などを特徴とする多因子 性疾患である。猫も類似の病態を示すが、ヒトの 2 型糖尿病と完全に同一かは不明である。猫の糖 尿病では肥満(去勢雄)が危険因子であるが、明ら かな家族歴は知られていない。猫で認められるイ ンスリン抵抗性の多くは薬物や診断可能な併発疾 患によるものであり、特発性のインスリン抵抗性 によるものは少ないようである。膵島へのアミロ イド沈着は猫でも高率に認められる。そのため、 最終的には膵島のインスリン分泌が障害され、治 療にはインスリン注射が必要となる。 3) 膵炎:慢性膵炎によって膵島がしだいに破壊さ れ、インスリン不足から糖尿病を発症する。エ コーの高性能化や膵特異的リパーゼの普及によっ て猫の慢性膵炎の検出率が高まった結果、糖尿病 の猫では高率(おそらく 50∼60%あるいはそれ以 上)で慢性膵炎に罹患しており、膵炎が糖尿病の 原因または増悪因子になっていると考えられるよ うになった。 猫の慢性膵炎で嘔吐や腹痛などのはっきりした 症状が認められることは少なく、波のある元気消 失や食欲不振など、非特異的な症状を呈する。糖 尿病の猫のうち、過去に肥満していなかった猫、 インスリン抵抗性のない猫(少量のインスリンで 血糖降下する猫)、しばらく治療しているうちに糖 尿病が寛解する猫、などは膵炎を原因とする糖尿 病である可能性が高い。 猫の膵炎は腹部エコー検査と血清中の膵特異的 リパーゼを併用して診断する。慢性膵炎の腹部エ コーでは膵臓が腫大しており、内部はほぼ均一な 低エコーか、低エコー主体のモザイクパターンと して観察される。膵臓周囲の脂肪組織は炎症が波 及して高エコーになっていることがある。 写真 1. 糖尿病に罹患した 7 歳、去勢雄、日本猫の膵臓エ コー写真。膵臓は腫大し、内部は一様に低エコーであ る。慢性膵炎による糖尿病と診断した。 血清中の膵特異的リパーゼは猫の膵炎に対して 感度と特異性が優れているとして、急速に普及し て き た。2011 年 現 在 は アイ デ ッ ク スラ ボ ラ ト リーズ社が "SpecfPL" として受託している。膵特 異的リパーゼは膵炎の活動期に上昇し、非活動期 には低値を保つので、活動期に検査しなければ意 味がない。エコーや膵特異的リパーゼで確定診断 できなくても、猫でよくみられる化膿性・非化膿性 の胆管肝炎には膵炎が併発していると考えるほうがよい。 猫の慢性膵炎の治療について、決定的なコンセ ンサスはまだない。食事療法(消化器疾患用の フード)、輸液、制吐剤(メトクロプラミド)、H2ブ ロッカー、広域スペクトル抗生剤、ステロイド剤 (プレドニゾロンとして 1 mg/kg/day 程度)を用 いて総合的に治療するが、改善には数日∼数週間 かかる。 写真 2. 約 10 歳で糖尿病に罹患し、17 歳で斃死した去 勢雄、日本猫の膵臓。重度の脂肪壊死がみられる。生前 には消化器症状やインスリン抵抗性もなく、血糖コント ロールは良好であった。慢性膵炎が再燃と改善を繰り 返すうちに、このような病変が形成されたと考えられ る。 4) 下垂体性クッシング症候群(PDH):犬と比較す れば猫での発生頻度は低いが、時折みられる。猫 の PDH では 9 割程度の高率で糖尿病を併発する。 犬と異なり、猫のクッシング症候群は外貌に変化 が現れることが少なく、末期に皮膚の脆弱化がみ られる程度である。このため猫のクッシング症候 群はインスリンに反応しない糖尿病として検出さ れることが多く、注意を要する(猫のクッシング症 候群の項を参照のこと)。 5) 副腎腫瘍:猫の副腎腫瘍はおもにエストロゲン やプロゲステロンなどの性ステロイドを分泌し、 グルココルチコイドを分泌することは少ない。過 剰の性ステロイドはインスリン抵抗性を介して糖 尿病を引きおこす。褐色細胞腫もカテコールアミ ン過剰によって糖尿病を引きおこす可能性がある が、かなりまれである。 6) 先端巨大症:下垂体の成長ホルモン分泌過剰に よるまれな病態である。成長ホルモンによるイン スリン抵抗性を介して糖尿病を併発する。成長ホ ルモンの強力な同化作用のため、先端巨大症によ る糖尿病の猫では体重が増加する。進行すれば典 型的な先端巨大症の症状(頭囲拡大、下顎の突出、 歯間の拡大など)が認められる。臨床症状、血清 ソマトメジン C(インスリン様成長因子 1:IGF-1) の高値、下垂体腫大から診断する。 7) 医原性糖尿病:猫のアレルギー疾患(喘息、アレ ルギー性皮膚炎など)に対してグルココルチコイ ドや黄体ホルモン製剤を投与しているうちに、こ れらの薬物のインスリン抵抗性によって一過性高 血糖もしくは不可逆的な糖尿病となる。ステロイ ド製剤だけでなく、さまざまな薬物が糖尿病をも たらす可能性が知られている。 8) その他ほとんどの併発疾患の影響:全身性の感 染症、炎症、悪性腫瘍、甲状腺機能亢進症、泌尿器 疾患、歯科疾患、消化器疾患、血液疾患、皮膚疾 患、などありとあらゆる疾患は、それ自体は糖尿 病の原因とはならなくても、猫に対するストレス となる。ストレス下ではカテコールアミンやグル ココルチコイドが分泌されてインスリン抵抗性の 原因となる。これらのストレスホルモンに加えて、 炎症性メディエータやサイトカインがインスリン 抵抗性に関与するかもしれない。併発疾患が全身 性であるほど、あるいは重篤であるほどインスリ ン抵抗性は大きくなる。1)∼7)までの糖尿病(基 礎疾患)を持つ猫では、併発疾患の存在によって糖 尿病が顕在化しやすくなり、重篤になり、治療も 複雑になる。
シグナルメント
中∼高齢の猫に多く、好発品種はとくにない。 去勢雄で多いとされるが、これはおそらく肥満に 関連している。まれに、先天的な膵低形成による 若年性の糖尿病がみられる。臨床症状
糖尿病そのものの症状は多飲、多尿、体重減少、 多食である。糖尿病の猫の 15∼20%は末梢神経 機能の低下により踵(飛節)を地面につけて歩行す る。猫では糖尿病性白内障はまれであり、起こっ たとしても軽度にとどまり、臨床的な視力障害に 至ることはない。ケトアシドーシスに陥ると急激な削痩、食欲不 振、元気消失、衰弱、嘔吐、下痢、昏睡などを呈す る。続 発 性 糖 尿 病 の 場 合 に は 基 礎 疾 患(膵 炎、 PDH、副腎腫瘍など)に応じた症状が混在する。 写真 3. 糖尿病による踵歩行 写真 4. 糖尿病の猫の白内障
診断
以下の 3 点を満たせば、猫を糖尿病と診断して よい。 a. しかるべき症状(多飲、多尿、体重減少) b. 持続的な空腹時高血糖(> 300 mg/dL) c. 尿糖陽性 実際には、猫を糖尿病と診断しただけでは治療 方針を立てることができない。前述のごとく、糖 尿病には様々な基礎疾患が存在するため、それら を一つ一つ見つけ出し、解決しなければならない。治療の概要
1) 治療の目標 猫の糖尿病治療の目標は、臨床症状の改善(適正 な体重の維持、多飲・多尿の消失)と合併症(末梢 神経障害)の予防である。具体的には、血糖値を 100∼300 mg/dL の範囲でコントロールする。 猫の腎臓の糖排泄閾値は約 300 mg/dL と高いた め、血糖値が 300 mg/dL 未満であれば尿糖は陰 性となり、糖尿病の症状も現れない。猫では白内 障や腎症などの糖尿病性合併症がほとんど問題に ならないため、血糖値がこの範囲に入っていれば 健康に生活できる。 ◆糖尿病の猫ではしばしば慢性腎不全がみられるが、こ れは糖尿病性腎症によるものではなく、猫でよくみられ る慢性腎不全である。慢性腎不全の猫では尿細管の障 害によって血糖値が 300 mg/dL 未満でも尿糖陽性にな ることがあり、尿糖陰性になるように血糖コントロール を強化するほうがよい。 2) 治療選択 猫の糖尿病治療では、 a. 基礎疾患・併発疾患の管理 b. 食事療法 c. 薬物療法 d. インスリン療法 を行う。基礎疾患や併発疾患を充分に治療するだ けで血糖値が下がり、それ以上の糖尿病治療が不 要となることもある。東大では、経口血糖降下剤 による糖尿病治療は事実上行っていない。食餌療法
猫の糖尿病治療では食事管理が重要である。適 正体重を維持し、基礎疾患を管理するために、積 極的に食事指導をしなければならない。 食事管理の目標は、猫を標準体型に保つことで ある。標準体型の猫には、適度の筋肉と脂肪があ る。筋肉と脂肪は主要なインスリンの標的組織で あるため、適度に必要である。削痩している猫で は皮下からのインスリンの吸収が悪かったり、作 用時間が短くなったりする。肥満した猫は過剰の 脂肪組織のためにインスリン抵抗性となる。糖尿 病治療がうまくいっている猫は概ね標準体型であ ることが多いので、猫を標準体型に保つことは糖 尿病治療の手段でもあり、目標でもある。糖尿病の猫が腎不全、膵炎、アレルギー疾患な どの基礎疾患・併発疾患を有しているときには、こ れらの疾患に対する食事療法を行う。つまり、腎 不全を併発している猫では腎不全用の低蛋白食、 膵炎を併発している猫では消化器疾患用の処方 食、食物アレルギー疾患の猫では適切な除去食を 与える。 これらの基礎疾患・併発疾患がなく、猫が標準体 重に近ければ、猫の糖尿病治療食として市販され ている高蛋白・低炭水化物の餌を与えるとよい (m/d、糖コントロール、血糖アシスト)。糖尿病 の程度によっては、高蛋白・低炭水化物食を与える だけで糖尿病が寛解することもある。 削痩した猫に高蛋白食を与えると、体重が増加 しないことがある。削痩した猫の多くでは膵炎や 腎不全などが見つかるので、それらに対する食事 を与える。基礎疾患がなければ嗜好性が良い仔猫 用のフードを与えてみるとよい。 高度に肥満した猫は、急に減量させると肝リピ ドーシスの危険があるので、ゆっくりと減量する ように注意する。体重が理想体重に近づくまで減 量用処方食または高蛋白食を与える。 1 日の給餌量は、理想体重に対しておよそ 60∼ 80 kcal/kg とする。給餌量は体重の変動にあわせ て増減する。一度に多量に食べると食後高血糖が 悪化するので、猫がゆっくり食べるように工夫す る。1 日量を 3∼4 回程度に分けて与えるか、ドラ イフードを置き餌にするか、タイマー式の餌出し 器を使ってもよい。
経口血糖降下剤
スルフォニルウレア剤(SU 剤)は、膵臓の β 細 胞に作用してインスリンの分泌を促進し、血糖降 下作用を発揮する。このため、β 細胞にインスリ ンの合成・分泌能が残っていることが使用の条件 である。 一方、β 細胞はインスリンと同時にアミリン(ア ミロイド前駆体)を分泌する。β 細胞がインスリ ンを多く分泌すると、自らの周囲にアミロイドが 沈着し、最終的には細胞死を起こす。つまり、SU 剤で内因性インスリン分泌を刺激し続けると、最 終的には β 細胞が疲弊し、数ヶ月∼数年のうちに 不応となる。これを SU 剤の「2 次無効」という。2 次無効の動物では必ずインスリン療法が必要とな る。これらのことを理解した上であれば、糖尿病 の猫に SU 剤を試してもよい。 SU 剤の適応となるのは、削痩しておらず、糖尿 病以外に基礎疾患や併発疾患がなく、一般状態の 良好な猫である。このような猫は、糖尿病の猫の 多くても 10%ほどである。著しい体重減少中の猫 や、ケトアシドーシスに陥っている猫では内因性 インスリンが絶対的に不足しているため、SU 剤を 使用してはならない。SU 剤には様々な種類があ るが、猫で定評があるのはグリピジドである。 グリピジド(海外から個人輸入) 2.5 mg/head, q12hr で開始、 血糖値をみながら 5.0 mg/head, q12hr まで増量 経口の糖尿病治療薬には SU 剤の他にもビグア ナイド系(メトホルミンなど)、α グルコシダーゼ 阻害剤(アカルボースなど)があるが、猫に使用す るコンセンサスはない。インスリン療法
a) インスリンの選択 猫の糖尿病の維持治療のため適切なインスリン は、2011 年現在以下の 4 種類である。 ・インスリングラルギン(ランタス) ・インスリンデテミル(レベミル) ・豚インスリン亜鉛懸濁液(Vetsulin) ・ヒトインスリン亜鉛懸濁液(ProZinc) 猫のインスリン療法における最大の問題は、ヒ トや犬と比較してインスリンの作用時間が短いこ とである。このため、ヒトでは持続型インスリン に分類されるインスリングラルギンもしくはイン スリンデテミルを選択する。猫にこれらの製剤を 皮下注射した場合の作用時間はいずれも 10∼20 時間程度であり、1 日 2 回(条件によっては 1 日 1 回)の注射で糖尿病をコントロールできる。 米国で犬および猫用に認可されている豚インス リン亜鉛懸濁製剤(商品名 Vetsulin)も比較的作用 時間が長く(おそらく猫では 7∼10 時間程度)、1 日 2 回の注射で血糖コントロールできる。2011 年現在、国内では正規販売されていない。 米国では 2009 年にヒトインスリン亜鉛懸濁製 剤(商品名 ProZinc)が猫用に認可され、発売され ている。2011 年現在、国内では正規販売されて いない。 犬でよく用いる NPH インスリン(ノボリン N、 ヒューマリン N)は、猫での作用時間は 3∼6 時間程度と短く、単剤での血糖コントロールは無理で ある。 b) 血糖曲線の作成と血糖コントロール 血糖コントロールの基本的な考え方は犬と似て いる。猫をいったん入院させ、適切な餌を与え、 持続型インスリンを 0.3∼0.5 U/kg 程度皮下注射 し、血糖曲線を作成する。 猫特有の問題として、ストレスや興奮で血糖値 が上昇し、血糖曲線をうまく作成できないことが ある。入院させる場合には静かな場所にケージを 置き、ケージにタオルなどをかけて薄暗くする。 人に慣れた猫であれば、スキンシップを欠かさな いようにする。採血では無理な保定をせず、内股 などから 27G 針で手早く採血する。あるいは、耳 介穿刺で採血し、ポータブル型の血糖測定器を 使ってもよい(犬と同様、測定値は実際より 30∼ 100 mg/dL ほど低くなることに注意)。可能なか ぎり猫にストレスを与えないように注意する。 インスリンの投与経路は皮下注射を基本とす る。筋肉内投与も可能ではあるが、毎日の筋肉内 投与は猫に強いストレスと侵襲を与えることを理 解すべきである。 一般に、猫が脱水するとインスリンの吸収が悪 くなり、血糖も降下しにくくなる。糖尿病の猫で は多飲・多尿のため、水和状態が日によって大きく 違うことがあり、血糖曲線が安定しにくい。 猫の血糖コントロールは、犬ほど厳密にしなく てもよい。1 日のうち大半の時間帯で、血糖値が 300 mg/dl を下回っていればよい。決して血糖値 を 100 mg/dl に近づけようとしないこと。 ◆インスリングラルギン(ランタス)は特殊な緩衝液に 溶解されており、生理食塩水で希釈してはならない(希 釈すると白濁沈澱し、作用が大きく変化する)。インス リンデテミル(レベミル)や亜鉛懸濁製剤(Vetsulin や ProZinc)は生理食塩水で希釈できる。1 単位未満のイ ンスリンを注射するときは、レベミルや Vetsulin を使う とよい。 c) 在宅治療 インスリンの種類と投与量をある程度決定した ら、飼い主にインスリン投与法、低血糖時の対応、 市販の試験紙を用いた尿糖検査を指導して退院さ せる。自宅での猫の一般状態、食餌量、インスリ ン投与時刻、尿量、尿糖などの治療日誌を作ると なおよい。 治療開始後は 1∼2 週間程度の間隔で、体重測 定、血糖値測定、尿検査を行う。体重は理想体重 に近づいていればよい。血糖は 1 日の最低となる 時間帯(例えばインスリン注射から 5∼6 時間後) に測定し、100∼200 mg/dL 程度の範囲に入って おり、著しい低血糖や高血糖でなければよい。尿 糖は陰性を目標とする。改善が不十分であれば、 インスリンを 1 割程度増量して 1∼2 週間に再検査 する。良好に安定すれば 4∼6 週間ごとに定期検 査する。
糖尿病治療のモニタリング
犬と同様にフルクトサミンや糖化アルブミンを 糖尿病マーカーとして使用できる。HbA1c は猫 では(犬やヒトと比較して)低値であることや、健 康猫と糖尿病症例の値が重なることから、猫の糖 尿病マーカーとしては使いにくい。長期治療中の注意点
a) インスリン要求量の変化:糖尿病の猫の 1/4∼ 1/3 程度では、インスリン治療開始後にインスリ ン要求量が減り、最終的にはインスリンが不要に なることもある。この現象はインスリン治療開始 から数週間以内に起こることが多い。自宅で低血 糖症状がみられた場合や、来院時に低血糖が確認 された場合には、インスリンを減量あるいは中止 する。 b) 肝リピドーシス:糖尿病の猫では肝リピドーシ スが起こりやすい。血糖コントロール不良や併発 疾患の存在により、肝リピドーシスの危険性は増 大する。臨床症状は無症状∼重度と様々である が、重度の肝障害に至った症例は予後不良である。 c) 尿路感染症:糖尿病の症例は感染症を起こしや すく、とくに尿路感染症はほぼ必発する。細菌性 膀胱炎の場合には可能な限り起因菌を同定し、適 切な抗生剤を投与する。カンジダ症の場合には尿 に移行のよい抗真菌薬(フルコナゾール>イトラコ ナゾール)を投与する。 フルコナゾール(ジフルカン、ファイザー) 50 mg/head PO q12hr d) 腎不全:糖尿病の猫では加齢による慢性腎不全 がしばしば認められる。BUN やクレアチニンを定 期的にモニターし、腎不全を発症したら食餌療法(高蛋白食 → 低蛋白食への変更)や輸液療法を開 始する。インスリン要求量も変化するため、投与 量の調節(一般的には増量)が必要となる。 ◆自宅で皮下輸液する場合には、頸部に輸液し、インス リンは輸液の影響が及ばない背部∼臀部に皮下投与す る。
糖尿病性ケトアシドーシス
概要
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は、急性膵炎 や急性腎不全と並んで内科的エマージェンシーの 最たるものである。犬に較べると、猫のほうが典 型 的 で 重 篤 な DKA に 陥 り や す い よ う で あ る。 DKA は、適切に治療する限り 2∼3 日で離脱でき る。病態生理
インスリンの枯渇 高血糖 浸透圧利尿 脱水・電解質喪失+アシドーシス 細胞内糖代謝の低下 脂肪の動員とβ酸化 ケトン体産生 ストレス 基礎疾患 血糖上昇 ホルモン・ 炎症性サイ トカイン 糖尿病 図 1. 糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の発生メカニズ ム 図 1 に DKA の発生メカニズムを模式化した。 DKA の原因として糖尿病が挙げられるのは当然だ が(図 1 の上端)、ほとんどの場合には何らかの基 礎疾患・併発疾患が DKA の引き金となる(図 1 の 下端)。 糖尿病によってインスリンが枯渇すると、高血 糖が生じる。高血糖状態では、浸透圧利尿のため に腎臓から水分と電解質(Na, K, Cl, P など)が失 われる。 また、インスリンが枯渇すると細胞内へのグル コース取り込みが不足し、細胞内の糖代謝が低下 し、細胞はエネルギー枯渇状態になる。細胞にエ ネルギーを与えるため、脂肪組織から大量の中性 脂肪が動員され、最終的に脂肪酸として細胞内で β 酸化される。脂肪酸の β 酸化はエネルギーと同 時に β ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンな どのケトン体を生成する。 過剰のケトン体は代謝性アシドーシス、消化器 症状、神経症状の原因となる。脱水やアシドーシ スによるストレス反応(カテコールアミン、副腎皮 質ホルモン、グルカゴン、炎症性サイトカインなど の上昇)がさらに病態を悪化させ、悪循環をひき 起こす。 糖尿病の存在下では、以下のような状況が DKA の引き金になりやすい。 ・血糖が上昇する状況 (クッシング症候群、様々なストレスなど) ・脱水しやすい状況 (嘔吐、下痢、腎不全など) ・炎症性疾患 (膵炎、胆管肝炎、口内炎、肺炎など) ・全身性疾患 (心不全、悪性腫瘍など) ・消耗性疾患 (感染症、甲状腺機能亢進症など)DKA の診断
・糖尿病である ・尿ケトン陽性 ・代謝性アシドーシス(重炭酸低下) の 3 点を満たせば DKA と診断する。尿ケトンが陽 性でも、明らかな代謝性アシドーシスでなければ ケトアシドーシスとは呼ばない(それはケトーシ ス)。肥満した糖尿病動物では体重が減少する過 程でしばしば尿ケトンが陽性になる。 臨床的に重要な DKA の診断基準は以下の通り である。このような状況では緊急治療が必要であ る。 ・糖尿病である ・尿ケトン陽性 ・電解質異常(低 Na、低 K、低 Cl)である ・全身症状(沈うつ、食欲不振、脱水)があるDKA 治療の概要
DKA 治療の要点は、高血糖、脱水、電解質喪失、 糖代謝の低下によるケトン体産生、基礎疾患の影 響による悪循環を断つことである。 このために、インスリン、水分、電解質、グル コースを充分に与える(輸液療法)。それと同時に基礎疾患を診断・治療しなければならない。
DKA の初期治療とチェックリスト
1. 検査の準備 以下の項目は頻繁(1∼4 時間ごと)にチェック しなければならない。頻繁に採血するため、採血 部位を確保しておく。検査機器も準備しておくこ と。 ・バイタルサイン ・尿量 ・血糖値 ・血清電解質(Na, K, Cl) ・血清 P ・血清 Ca 2. 輸液の準備 輸液療法には以下の薬剤を使用する。 ・生理食塩水 ・塩化カリウム溶液(KCl) ・リン酸カリウム溶液(リン酸二カリウム補正液) ・グルコン酸カルシウム溶液(カルチコール) 3. 輸液開始 生理食塩水を用いる。輸液の開始時から、必ず 以下のカリウム補正、リン補正を行う。 a) カリウム補正(2M の KCl 製剤の場合) 血清 K:3.0∼3.5 mEq/L のとき、輸液に 20 mEq/L(5 mL/500 mL)の KCl を添加 血清 K:2.5∼3.0 mEq/L のとき 40 mEq/L(10mL/500 mL)の KCl を添加 血清 K < 2.5mEq/L のとき 60 mEq/L(15mL/500 mL)の KCl を添加 b) リン補正 血清 P にかかわらず、輸液(生理食塩水)にリン 酸二カリウム補正液を 5 mL/500 mL 添加する。 10 ml/kg/hr で 輸 液 す る と リ ン 酸 と し て 0.05 mmol/kg/hr になる。この濃度(5 mL/500 mL) のリン酸二カリウム補正液は 10 mEq/L のカリウ ムを含むので、必要があれば KCl の添加量を減ら す。 ◆リンゲル液(乳酸リンゲル、酢酸リンゲルを含む)に はカルシウムが含まれているので、血清リン補正のため にリン酸カリウムを添加すると白濁する。DKA の輸液 療法には必ず生理食塩水を用いること。 c) 輸液量 輸液量 10∼15 ml/kg/hr で輸液開始する。最初 の 2∼4 時間以内に利尿がみられたら、6 時間まで この速度で点滴し、その後は水和状態をみながら 維持量まで(3∼5 ml/kg/hr)減らす。 最初の 2∼4 時間で利尿がなければ、輸液はいっ たん中止して急性腎不全の治療を考慮すること。 4. インスリン療法の開始 必ずレギュラーインスリンを用いる(東大では ヒューマリン R100)。インスリンは最初から開始 してもよいし、利尿を確認してから開始してもよ い。インスリンを開始すると血清 K と血清 P が急 激に低下する。治療開始前に重度の低 K 血症や低 P 血症がみられる場合には、まず輸液でこれらの 項目を補正してからインスリンを開始するほうが 安全である。 開始時のインスリンの投与量は 0.1 U/Kg/hr と する。操作の基本を以下に示す。インスリン量の ミスは致命的なので、必ず(できるだけ 2 人以上 で)検算すること。 ・50mL シリンジに生理食塩水を 50mL とる ・動物の体重(kg)と同じ単位(例:5 kg なら 5 単位)のヒューマリン R をロードーズシリンジで 計り、50mL シリンジの生理食塩水に加えてよく 混ぜる ・シリンジに延長チューブ(細いの)をつける ・チューブを通して液を 10mL 捨てる(ゆっくりと) ・シリンジポンプを準備して 5mL/head/hr で側管 (三方活栓)から点滴 ◆成書にはレギュラーインスリンの投与法が他にもい ろいろ書かれているが(間歇的に筋肉内注射するなど)、 シリンジポンプを使う方法がいちばん簡単で、血糖値の 変動もおだやかで、致命的な事故が少ない。治療のモニタリング
治療開始直後は 1∼2 時間ごとにバイタルサイ ン、尿量、血糖値と電解質(Na, K, Cl, P, Ca)をモ ニターする。以下のように、項目ごとに補正する。 1. 血糖値の目標は 250∼300 mg/dL とする。・1 時間あたり 50mg/dL を越えて下げない ・血糖降下が早すぎるときはインスリンの 流量を下げる ・血糖が降下しないときはインスリンの流量 を 2 倍まで増やす(これ以上は危険) 2. 血清 Na は著しい高 Na 血症に向かわなければ よい。 ・腎不全の症例は高 Na 血症になりやすい。 高 Na 血症になりそうな場合には、輸液を 1 号液に変更する 3. 血清 K は 3.0∼4.0 mEq/L を目標に、輸液への KCl 添加量を増減する。 4. 血清 P は 3.0∼4.0 mEq/L を目標に、輸液への コンクライト PK 添加量を増減する。 5. 輸液に P を添加すると血清 Ca が低下する。低 Ca 血症(< 7.5 mg/dL)になったらカルチコール (8.5%グルコン酸カルシウム注射液)1.0 mL/kg をきわめてゆっくりと静脈内投与する。カルチ コールは生理食塩水で適宜希釈すると、緩徐に静 脈内投与しやすい。 ◆輸液にリンを添加している限り、グルコン酸カルシウ ムを輸液に添加してはならない。リンとカルシウムはリ ン酸カルシウムとして不溶性の沈殿となる。可能なら 2 本目の留置針を追加する。あるいは、いったん輸液を停 止し、留置針をヘパリン加生理食塩水でフラッシュして からグルコン酸カルシウム液を静脈内投与すること。 ◆グルコン酸カルシウム、塩化カルシウムなどのカルシ ウム製剤を皮下投与してはならない。これらの製剤は、 十分に希釈したとしても、皮下投与によって広範な皮下 壊死を起こすことがある(塩化カルシウムでは皮下壊死 が必発する)。この皮下壊死は治療不可能なほど重篤に なることがある。 6. 血糖値が目標(250∼300 mg/dL)まで下った ら、輸液を 1/2 生理食塩水(生理食塩水と 5%ブド ウ糖液を等量混合したもの)または 1 号液に変更 する。インスリン点滴は継続する。血液検査の間 隔を 4 時間程度にあける。ケトンが消失し、摂食・ 飲 水 が 可 能 に な る ま で 血 糖 値 を 100∼300 mg/dL の範囲に保つ。電解質の管理も継続する。