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雌性因子によるウシ精子機能制御機構の解明

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(1)

雌性因子によるウシ精子機能制御機構の解明

著者

梅津 康平

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301甲第19319号

(2)

博士論文

雌性因子によるウシ精子機能制御機構の解明

東北大学大学院農学研究科

応用生命科学専攻 博士課程後期

平成

29 年 4 月博士課程後期進学

B7AD1203 梅津 康平

指導教員

種村健太郎 教授

(3)

1

目次

第1 章 緒論 4

第2 章 ウシ精子を卵母細胞へ導く因子の特定

- Stromal cell-derived factor 1 と運動能の関連について-

緒言 9 第1節:SDF1 およびその受容体の発現解析 材料と方法 10 結果と考察 15 第2節:SDF1 による精子走化性解析 材料と方法 17 結果と考察 20 第3節:卵母細胞までの精子遊走解析 材料と方法 22 結果と考察 23 小括 24

(4)

2 第3 章 ウシ精子受精能と受精・発生を制御する因子の特定 - Neurotensin と受精能の関連について- 緒言 27 第1節:NT およびその受容体の発現解析 材料と方法 29 結果と考察 33 第2節:NT による精子受精能への影響解析 材料と方法 35 結果と考察 38 第3節:NT による受精・初期発生への影響解析 材料と方法 40 結果と考察 43 小括 44 第4 章 総合考察 47

(5)

3

第5 章 総括 51

図表 53

引用文献 64

(6)

4

1 章

緒論

(7)

5 ウシは、わが国を含む世界中の多くの国々の食糧生産を支える重要な家畜である。 わが国においては、現在、乳用牛および肉用牛ともにそのほぼ全てが凍結精液を用い た人工授精によって生産されている。この繁殖技術により、優良雄牛の効率的利用、 育種改良の促進、管理スペースとコストの削減、生殖器を介した伝染性疾患の予防、 精液の長期保存ならびに遠距離輸送等が可能となることから、ウシにおける人工授精 技術は食糧生産分野に多大な利益をもたらしている。しかしながら、近年、わが国や 欧米先進国でウシの人工授精における受胎率の低下が指摘されている [1, 2]。人工授 精の受胎率の低下はウシの生産性の低下に直結することから、わが国の食糧生産分野 に大きな経済的損害が生じている。この低受胎率の改善のためにこれまで多くの研究 が試みられてきたものの、受胎率低下の原因さえ未だに把握できておらず、年々低下 の一途をたどっているのが現状である。従って、受胎率低下の原因探究のためにはま ず、ウシにおける受胎性制御機構の理解が必要であると考えられる。 受胎の成立のためには精液の注入、受精、胚発生、着床等の多くのプロセスを経 る必要があるが、これらプロセスの皮切りとなっているのが精液の注入から受精に至 るまでのプロセスである。すなわち、精液の注入から受精に至るまでのプロセスが受 胎の成否を左右する最初の障壁であり、このプロセスを完了することができなければ その後の全てのプロセスに進むことすらできないといえる。さらに、この精液の注入 から受精に至るまでのプロセスには、精子を受精の場まで導くことと、精子を受精可

(8)

6 能な状態にすることの2つの大きなイベントが存在する。これらの2つのイベントの いずれか一方でも達成できなければ受精に至ることはできないことから、精子を受精 の場まで導く機構および精子を受精可能な状態にする機構の理解を深めることは、ウ シにおける受精ならびに受胎性制御機構の解明につながる。 精子を受精の場まで導く機構および精子を受精可能な状態にする機構にはそれ ぞれ運動能と受精能という2つの精子機能が深く関与している。精子の運動能と受精 能は射出または注入されてから受精に至るまでダイナミックに変動しており、受精の 成立のためには、これら精子機能が雌性生殖器内で適切に制御される必要がある。先 行研究より、射出された精子は受精能を持たず雌性生殖器内で受精能を獲得すること、 また、排卵された(卵母細胞が存在する)卵管により多くの精子が集まることが古く から知られている [3, 4]。よって、これら運動能および受精能はともに雌性生殖器由 来の因子、すなわち雌性因子により制御されているということが推察される。しかし ながら、ウシにおける精子機能を制御している雌性因子に関する知見はマウスやヒト 等の他の動物種と比較して圧倒的に少ないのが現状である。以上より、ウシ精子機能 を制御する雌性因子を特定することが受精ならびに受胎性制御機構の理解に貢献し、 ひいては生産性の向上に貢献することが期待できると考えられる。 従って、本研究の目的はウシ精子の運動能ならびに受精能を制御する雌性因子を 特定し、その制御機構を解明することである。本研究の構成については、まず第2 章

(9)

7

にて、ウシ精子の運動能を制御し、精子を卵母細胞へと導く雌性因子の特定を試みた。 続いて第3 章にて、ウシ精子の受精能を制御し、その後の受精と胚発生までを制御す る雌性因子の特定を試みた。

(10)

8

2 章

ウシ精子を卵母細胞へ導く因子の特定

(11)

と運動能の関連について-9

緒言

体内受精により産仔を作出する哺乳類において、射出または注入された精子は、 子宮ならびに卵管峡部を経て卵母細胞が存在する受精の場である卵管膨大部まで遊 走する必要がある。一回の射出精子数は動物種により様々で、おおよそ数億から数十 億個ほどであるが、最終的に卵管膨大部までたどり着くことができる精子数は数百個 程度である [5]。従って、ごく少数の精子しか受精の場までは到達することはできず、 卵母細胞までの精子遊走は受胎の成否を左右する最初の重要なステップである。さら に、ウシはヒト等と同様に単胎動物であり、基本的には受精の場にはたった1つの卵 母細胞しか存在せず、精子は卵管膨大部という広大な受精の場から直径数百マイクロ メートル程度の卵母細胞を探し出さなければならないことを考慮すると、卵母細胞へ の精子遊走を手助けする機構の存在が予想される。 実際に、哺乳類の精子遊走には様々な制御機構が存在している。具体的には、物 質の濃度勾配により精子を誘引する走化性、雌性生殖器内の温度の差異により誘引す る走温性、雌性生殖器内の流れにより精子を誘引する走流性、子宮および卵管の収縮 による精子の受動輸送の4つの機構である [6]。これら精子遊走制御機構の中でも、 走化性のみが短距離の誘導に適しており、ある一定のポイント(物質の放出源)へ精 度の高い誘導が可能である。一方、その他の走温性、走流性、子宮および卵管の収縮 による精子の輸送は長距離の誘導が可能であるものの、その誘導精度は走化性と比較

(12)

10 して低いというのが特徴である。よって、広大な受精の場からたった1つの卵母細胞 まで精密に精子を誘導することができる制御機構は走化性だけであるといえる。従っ て、受精ならびに受胎性制御機構の解明のためにはウシ精子を卵母細胞に導く走化性 因子を特定する必要がある。 これまでにマウスやヒトにおいて様々な精子走化性因子が報告されている [7-12]。 しかしながら、未だにウシにおける走化性因子は特定されていない。さらにもう1つ の課題として、走化性因子による精子誘引作用が実際に卵母細胞への遊走に寄与して いるか否かについてはこれまで検証されてこなかった。よって、(1)ウシ精子走化 性因子である、(2)卵母細胞への遊走に寄与している、という2つの条件を満たす 雌性因子を特定する必要がある。この目標達成のために、本研究ではウシ精子が卵胞 液に対して走化性を示すことに着目し [13, 14]、ヒト卵胞液中に存在するケモカイン であるStromal cell-derived factor 1(SDF1)を候補因子として解析を行った。以上より、 本章の目的はSDF1 が卵母細胞へとウシ精子を導く走化性因子である可能性を検討す ることである。

第1節:

SDF1 およびその受容体の発現解析

材料と方法

(13)

11

卵丘細胞-卵母細胞複合体ならびに凍結精液の準備

仙台市食肉処理場において黒毛和種の卵巣を採取し、その卵巣の直径2-8mm の卵 胞からシリンジを用いて卵胞液を吸引した。採取した卵胞液を 10 分間静置し、実体 顕微鏡下で沈殿物から卵丘細胞-卵母細胞複合体(COC)を回収した。その後、COC を体外成熟培地(IVMD101 medium, Research Institute for the Functional Peptides Co., Yamagata, Japan)中で、38.5 °C・5% CO2の条件下で0、8または24 時間の体外成熟

培養を行った。培養後、Reverse transcription-polymerase chain reaction (RT-PCR)に関し ては、卵母細胞および卵丘細胞それぞれにおける発現量を解析するためにヒアルロニ ターゼを用いて COC を裸化処理し、卵母細胞ならびに卵丘細胞を回収した。これら 体外成熟培養時間の異なる COC、卵母細胞および卵丘細胞は後述の通り免疫組織化 学ならびにRT-PCR に供し、SDF1 の mRNA ならびにタンパク質レベルでの発現の有 無、およびCOC の成熟過程における SDF1 発現量の動態を解析した。 正常な受胎率を示すことが知られている黒毛和種の凍結精液4個体分を本研究に 供した。凍結精液は、38.5 °C のウォーターバス中で 15 秒間浸漬させることで融解し た後、phosphate-buffered saline (PBS, pH 7.4, Nacalai Tesque, Kyoto, Japan)を 1ml 加え、 430 × g で5分間遠心分離した。遠心後、精子が含まれている沈殿物を回収し、bovine gamete medium 1 (BGM-1) 培地を加えることで精子濃度を 1×107 cells/mL に調整した。

(14)

12 SDF1 の受容体である CXCR4 の発現および局在を解析した。 BGM-1 培地の組成 ・NaCl 5844 mg ・KCl 231 mg ・NaHCO3 2100 mg ・NaH2PO4 36 mg ・Na-lactate(w/v = 60%) 672 µl ・Hepes 2383 mg ・CaCl2 (2H2O) 294 mg ・Mg Cl2 (6H2O) 81 mg ・Na-pyruvate 110 mg ・Bovine serum albumin (BSA) 6000 mg

・Milli Q 水 pH7.4 に調整し、Mess up to 100 ml

免疫組織化学

調整した COC と精子を2% パラホルムアルデヒド(Nacalai Tesque)および 1% Triton-X(Nacalai Tesque)を含む PBS 溶液中で浸漬することで固定処理ならびに透過 処理を行った。PBS で洗浄後、COC には1% bovine serum albumin(BSA)(Nacalai Tesque) を含むPBS 溶液を、精子には Blocking One(Nacalai Tesque)を加えて1時間ブロッキ ング処 理し た 。 続 いて 、rabbit monoclonal anti-SDF1 antibody(ab155090, Abcam,

(15)

13

Cambridge, UK; 100 倍希釈)もしくは rabbit monoclonal anti-CXCR4 antibody(ab124824, Abcam; 100 倍希釈)を用いて一次抗体処理を行い、4℃で一晩インキュベートした。 PBS で洗浄後、二次抗体として Alexa Fluor 488 または 555 標識抗体(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA; 500 倍希釈)を用い、室温で2時間処理した。核は Hoechst 33342(Nacalai Tesque; 5,000 倍希釈)、精子の先体は FITC-conjugated peanut agglutinin lectin (PNA; J Oil Mills, Tokyo, Japan; 1,000 倍希釈)で染色した。一次抗体および二次抗体、Hoechst、PNA は、Blocking One および PBS の混合溶液で希釈した。染色像は、共焦点レーザー顕微 鏡(LSM-710, Carl Zeiss, Jena, Germany)または BZ-X710 蛍光顕微鏡(Keyence, Osaka, Japan)で観察し、付属の BZ-X Viewer ソフトウェアで画像を取得した。

RT-PCR

COC から分離した卵母細胞および卵丘細胞は PBS で洗浄後、液体窒素中で急速凍 結し、RNA を抽出するまで-80 °C で保存した。RNA の抽出は RNeasy micro kit(Qiagen, Venlo, Netherlands)を用いて行い、cDNA への逆転写は ReverTraAce(TOYOBO, Osaka, Japan)を用いて行った。発現量はリアルタイム PCR(TaKaRa Thermal Cycler Dice Realtime System II, Takara Bio Inc., Shiga, Japan)により 95 °C で 5 秒間、60 °C で 10 秒 間、72 °C で 20 秒間のプログラムで 45 サイクルを行った。プライマーの配列は SDF1 (forward: CAACACTCCAAACTGCTCCC; reverse: TCGGGTCAATGCACACTTGC) と

(16)

14

β-actin (forward: CATCGGCAATGAGCGGTTC; reverse: ACAGCACCGTGTTGGCGTAG) を用いた。得られた増幅物は2%のアガロースゲルを用いて、電気泳動を行い、目的 の遺伝子が増幅されていることを確認した。SDF1 の mRNA 発現量は得られた Ct 値 (Threshold Cycle)から 2-ΔΔCt 法で算出し、β-actin の値で標準化した後、0時間体外 成熟培養区の卵母細胞の値を1とした時の相対値で表した。

ウエスタンブロッティング

調整した精子サンプルに対して、遠心分離により精子をペレット状にした後、 RIPA buffer (50 mM Tris-HCl, pH 7.6, 150 mM NaCl, 1% Nonidet P-40, 0.5% sodium deoxycholate, and 1% protease inhibitor) (Nacalai Tesque)を加えて、氷上で3分間のソニ ケーションを行った。遠心分離によりタンパク質が抽出された上清のみを回収後、等 量のβメルカプトエタノール含有サンプルバッファーソリューション(Nacalai Tesque) を加えて、5分間の煮沸により熱変性処理を行った。 電気泳動には、10 %ポリアク リルアミドゲルを使用し、150 V、90 分の条件で電気泳動を行った。その後、 polyvinylidene difluoride membrane (PVDF 膜)を使用して、0.4 A、90 分の条件で転 写した。転写したPVDF 膜に Blocking One を加え、室温で1時間ブロッキング処理を した。続いて、rabbit monoclonal anti-CXCR4 antibody(ab124824, Abcam; 1,000 倍希釈) を用いて一次抗体処理を行い、4℃で一晩インキュベートした。翌日、0.1% Tween 20

(17)

15

を含むTris Buffered Saline(TBS-T)(Nacalai Tesque)で3回洗浄した後、 HRP 標識 した二次抗体(horseradish peroxidase -conjugated anti-rabbit immunoglobulin G; Promega, Madison, WI, USA; 500 倍希釈)を室温で2時間反応させた。TBS-T で3回洗浄した 後、Chemilumi-One (Nacalai Tesque)で化学発色させ、LAS-3000-mini Lumino Image Analyzer (Fujifilm, Tokyo, Japan)を使用して検出した。

統計解析

各試験は3 回以上繰り返され、SDF1 の mRNA 発現量の比較に関しては、卵母細 胞ならびに卵丘細胞についてそれぞれ0、8または 24 時間体外成熟培養区の計6群 を Tukey-Kramer 法により多重比較検定した。なお、データは平均値 ± 標準誤差 (Standard Error: SE)で表され、P 値が 0.05 以下を有意と判定した。

結果と考察 ウシのCOC における SDF1 発現解析 0、8、24 時間と体外成熟培養時間の増加に伴い、卵丘細胞の膨化が進行するこ とが観察され、本実験の成熟培養により COC の成熟が進行していることが確認され た(図1A)。 COC の免疫組織化学の結果より、0、8、24 時間の全ての体外成熟培養区の卵母

(18)

16 細胞ならびに卵丘細胞においてSDF1 の蛍光シグナルが観察された。また、その蛍光 強度に関しては、体外成熟培養時間の増加に伴いSDF1 の蛍光シグナルが増強するこ とが認められた(図1A)。続いて、RT-PCR の結果より、成熟培養時間の増加に伴い、 卵母細胞および卵丘細胞それぞれのSDF1 mRNA 発現量が増加することが確認された (図1B)。 以上より、卵母細胞および卵丘細胞それぞれにおいて SDF1 の発現が認められ、 その発現量は受精に向けた成熟過程に伴い増加することが明らかになった。 ウシ精子におけるCXCR4 発現解析 SDF1 の受容体 CXCR4 の発現の有無に関しては、まずウエスタンブロッティング の結果より、CXCR4 の分子量である 39 kDa 付近に特異的なバンドが検出された(図 2A)。続いて、免疫組織化学の結果より、ウシ精子において CXCR4 の蛍光シグナル が観察され、CXCR4 は精子の赤道面および尾部に局在していることが示された(図 2B)。さらに、CXCR4 は一部の精子のみで発現していたことから、その陽性精子率 を各個体ごとに算出したところ、41.7%から 77.2%まで大きなばらつきがあることが 明らかとなった(図2C)。一方で、受精能獲得による CXCR4 陽性精子率への影響に 関しては、1個体(図2C の個体 A)のみが受精能獲得処理により、陽性精子率が 20% 程低下したものの、その他の3個体では受精能獲得処理による陽性精子率への顕著な

(19)

17 影響は確認されなかった。従って、精子におけるCXCR4 発現の有無は、精子の成熟 過程で変化するというよりも、個体ごとに潜在的な差異が存在することが示唆された。 以上より、約半数のウシ精子の赤道面および尾部にSDF1 の受容体 CXCR4 が発現 していることが示された。

第2節:

SDF1 による精子走化性解析

材料と方法 精子走化性解析 SDF1 がウシ精子走化性因子であるか否かを解明するためにケモタキシスチャン バーを用いた走化性解析を行った [15]。ケモタキシスチャンバー(CytoSelect 96-well Cell Migration Assay, Cell Biolabs, San Diego, CA, USA)の上層に誘引物質候補である SDF1(ab202786; abcam)、または CXCR4 阻害剤である AMD3100(ab120718; abcam) を含むBGM-1 培地を加え、下層にウシ精子を含む BGM-1 培地を加えた。SDF1 は終 濃度を0 (Control), 0.1, 1, 10 ng/ml に、AMD3100 は 20 µM に、精子は 1 × 107 cells/ml の

濃度に BGM-1 培地を用いてそれぞれ調整した。それら2層を精子が自由に通過でき る8µm の穴が空いた特殊な膜により仕切ることで、上層から下層にかけて SDF1 の 濃度勾配を作成した。SDF1 濃度勾配下で精子を室温で 30 分間培養後、上層の培地を

(20)

18

回収し、Lysis buffer/CyQuant GR Fluorescent Dye solution を加えて、室温で 20 分間静 置することで上層に移動した精子の融解および染色を行った。プレートリーダー (Beckman Coulter DTX 880 Multimode Detector, Analytical Instrument Brokers LLC, MN, USA)を用いて、蛍光強度を数値化することで上層へ移動した精子数を算出した。

SDF1 濃度勾配下における精子運動の観察

ウシ精子はどのように SDF1 高濃度方向へと遊走しているかについて解析するた めに、ケモタキシススライドを用いてSDF1 濃度勾配下での精子運動を観察した(図 4A)。左側のエリア、右側のエリア、それらの間に位置する観察エリアの3つのエリ アから成るケモタキシススライド(μ-Slide Chemotaxis, ibidi, Bavaria, Germany)を使 用して、左側のエリアに BGM-1 培地のみを加え、右側のエリアに SDF1 の濃度を 1 ng/ml に調整した BGM-1 培地を加えることで、右から左方向への SDF1 濃度勾配を作 成した。SDF1 濃度勾配が存在する観察エリアへ 1 × 107 cells/ml に濃度調整した精子

を含むBGM-1 培地を加えて、BZ-X710 倒立顕微鏡(Keyence, Osaka, Japan)で精子の ふるまいを観察した。観察の際に、観察エリアから左側のエリアである低濃度エリア へ遊走した精子と、観察エリアから右側のエリアである高濃度エリアへ遊走した精子 の2つのグループに観察精子を分類した。さらに、進行方向から180 度以上の急激な 方向転換をターン運動と定義し、その割合をそれぞれのグループにおいて算出した。

(21)

19

細胞内カルシウムイオン濃度の定量

細胞内カルシウムイオン濃度測定キット(FluoForte Calcium Assay Kit, Enzo Life Sciences, M, USA)を用いて、鞭毛の屈曲性を制御している精子の細胞内カルシウム イオン濃度を定量した。まず、5.0×106 cells/ml に濃度調整した精子を細胞内カルシウ

ムイオン濃度に応じて蛍光シグナルを発するFluoForte Dye-Loading Solution で 37 °C の条件下で45 分間処理した。処理した精子をケモタキシスチャンバーの下層に加え、 上層に0 (コントロール区) もしくは 1 ng/ml の濃度に調整した SDF1 を含む BGM-1 培地を加えた。室温で 30 分間培養後、下層の精子を回収し、蛍光強度をプレートリ ーダーにより測定することで細胞内カルシウムイオン濃度を測定した。SDF1 濃度勾 配の有無による精子の細胞内カルシウムイオン濃度への影響を検討するために、濃度 勾配の存在しないコントロール区の精子の細胞内カルシウムイオン濃度の値を1と したときの相対値で表した。 CatSper チャネル阻害剤による精子走化性への影響解析 精子内カルシウムイオン濃度を制御しているカルシウムチャネルと SDF1 による 精子走化性との関連を解析した。本研究では、精子の鞭毛に局在する精子特異的なカ ルシウムチャネルであるCatSper チャネルに着目し、その阻害剤として知られている

(22)

20

NNC 55-0396 dihydrochloride (NNC; ab120265, abcam)を CatSper チャネル阻害剤として 使用した。前述した通りに、ケモタキシスチャンバーを用いた精子走化性解析を行い、 上層および下層の培地に終濃度が10 µM になるように NNC をさらに加えることで、 NNC を添加したときの SDF1 が存在する上層へ移動する精子数への影響を解析した。

統計解析

各試験は 3 回以上繰り返され、走化性解析による上層へ移動した精子数の比較に 関しては、Control 区と他の全ての区を Dunnett’s test により多重比較検定した。ター ン運動率、細胞内カルシウムイオン濃度および NNC による上層へ移動した精子数に おける2群間の比較に関しては、スチューデントのt 検定を用いた。なお、データは 平均値 ± SE で表され、P 値が 0.05 以下を有意と判定した。 結果と考察 SDF1 によるウシ精子走化性解析 ケモタキシスチャンバーを用いた走化性解析の結果から、検討したいずれのSDF1 濃度(0.1, 1, 10 ng/ml)においても、SDF1 の上層への添加により上層に移動した精子 数の有意な増加が確認された(図3)。また、この上層の精子数の増加はCXCR4 阻害 剤である AMD3100 の上層への添加により抑制されることが示された(図3)。よっ

(23)

21 て、ウシ精子はSDF1 高濃度方向へと遊走する、つまり SDF1 はウシ精子走化性因子 であるということが示唆された。 SDF1 濃度勾配下における精子のふるまい ケモタキシススライドを用いたSDF1 濃度勾配下での精子のふるまいの観察から、 最初にSDF1 低濃度方向へ遊走していた精子が鞭毛の非対称的な屈曲によるターン運 動により方向を転換し、最終的に高濃度方向へ遊走するという精子が多く観察された (図4B)。さらに、実際にターン運動率を算出したところ、SDF1 濃度勾配存在下で 高濃度へ遊走した精子グループが最も高いターン運動率を示した(図4C)。よって、 SDF1 による精子走化性において、鞭毛の非対称的な屈曲によるターン運動が関与し ているということが示唆された。 SDF1 による精子走化性とカルシウムチャネルを介した細胞内カルシウムイオン濃度 調整との関連 まず、鞭毛の屈曲性を制御している精子の細胞内カルシウムイオン濃度について 解析を試みた。その結果、SDF1 濃度勾配下において精子の細胞内カルシウムイオン 濃度は有意に上昇していることが示された(図5A)。 次に、精子の細胞内カルシウムイオン濃度を制御している CatSper チャネルと

(24)

22 SDF1 による精子走化性との関連を解析した。CatSper チャネル阻害剤である NNC の 上層および下層への添加により、SDF1 が存在する上層へ移動した精子数は有意に減 少した(図5B)。 以上より、精子上のCatSper チャネルを介した外部のカルシウムイオンの取り込み がSDF1 によるウシ精子走化性に関与していることが示唆された。

第3節:卵母細胞までの精子遊走解析

材料と方法 12 ウェルディッシュを用いた COC までのウシ精子遊走解析 本節では、第2節で明らかとなった SDF1 によるウシ精子走化性が実際に精子の COC までの遊走に関与しているか否かについて 12 ウェルディッシュ(ART Culture Dish 12; NIPRO, Osaka, Japan)を用いて解析した。まず、無処理区と CXCR4 阻害剤で あるAMD3100 処理区(20 µM)の2つの区の精子を準備した。縦3ウェルと横4ウ ェルから成る12 ウェルディッシュを体外受精培地(IVF100 medium; Research Institute for the Functional Peptides Co.)で満たし、24 時間の体外成熟培養後の COC を左上端の ウェルに、精子を右上端と左下端の規定のウェルにそれぞれ配置した(図6A、B)。 この状態で精子は自由にウェル間を移動することができ、この条件下で3時間の共培

(25)

23 養を行った後、COC を配置したウェル、および COC のウェルと反対側の対称の位置 にある右下端の空のウェル、それぞれから培地を一定量回収した。回収した培地をス ライドガラスに塗抹した後、この塗抹切片を使用してHoechst 33342 による核染色を 行い、精子を可視化した。それぞれの切片をBZ-X710 蛍光顕微鏡(Keyence)で観察 し、ランダムに 10 視野分の精子数をカウントした。無処理区と AMD3100 処理区の それぞれの精子群における COC を配置したウェルおよび反対側の位置にある空のウ ェルへ移動した精子数を比較した。 統計解析 各試験は3 回以上繰り返され、COC を配置したウェルおよび反対側の空のウェル へ移動した精子数の比較については、無処理区とAMD3100 処理区の2つの精子群に おける各ウェルの精子数の計4群を Tukey-Kramer 法により多重比較検定した。なお、 データは平均値 ± SE で表され、P 値が 0.05 以下を有意と判定した。 結果と考察 無処理精子における共培養3時間後のそれぞれのウェルの観察から、COC を配置 したウェルは反対側の対称の位置にある空のウェルと比較して、より多くの精子の凝 集像が観察された(図6C)。さらに、実際に精子数をカウントしたところ、COC を

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24 配置したウェルに存在する精子数は空のウェルと比較して有意に多いことが示され た(図6D)。 次に、CXCR4 阻害剤である AMD3100 処理区の精子を用いた結果においては、無 処理区と比較して COC を配置したウェルの精子の凝集像が減少していることが観察 された(図6C)。実際に精子数をカウントしたところ、観察結果と同様に COC を配 置したウェルの精子数は無処理区と比較して有意に減少していた(図6D)。 以上より、COC はウシ精子を誘引していることが実験的に示され、そのウシ精子 のCOC までの遊走の一端を SDF1-CXCR4 を介した精子走化性が担っていることが示 唆された。

小括

第1節より、SDF1 はウシの卵母細胞および卵丘細胞に発現しており、その発現量 は受精に向けた COC の成熟過程において増加すること、ならびに約半数のウシ精子 に CXCR4 が発現していることが明らかとなった。第2節より、SDF1 が新規のウシ 精子走化性因子であることが示され、またその制御機構として、(1)CatSper チャネ ルによる外部カルシウムイオンの取り込み、(2)精子の細胞内カルシウムイオン濃 度の上昇、(3)鞭毛の非対称的な屈曲により生じるターン運動を介した運動の方向

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25 性の制御という一連のメカニズムが示唆された。第3節より、SDF1-CXCR4 を介した 精子走化性が、実際に受精直前の卵母細胞までのウシ精子遊走に関与していることが 明らかとなった。 以上より、本章によって、SDF1 は精子上の受容体 CXCR4 を介してウシ精子の卵 母細胞までの遊走を制御する新規の雌性因子であることが示された。さらに、本研究 は COC が精子を誘引するために走化性を利用していることを哺乳類で実験的に証明 することに成功した研究であるともいえる。ウシの卵管の長さは約20 – 30 cm であり、 そのうち受精の場である卵管膨大部がその3分の2を占めているとされている [16, 17]。一方、第3章で使用した 12 ウェルディッシュにおける COC から精子までの長 さは約5cm 以下である。従って、ウシにおいて走化性は短距離における精子誘導機 構として、卵管膨大部において精子遊走の目的地までの最終調整を担っていることが 推察される。

(28)

26

3 章

ウシ精子受精能と受精・発生を制御する因子の特定

- Neurotensin

(29)

と受精能の関連について-27

緒言

第2章より、ウシ精子を卵母細胞へ導く雌性因子の特定に成功したことから、本 章ではもう1つの重要な精子機能である精子の受精能を制御する雌性因子の特定を 試みる。 哺乳類では、射出直後または注入された直後の精子は受精能を有しておらず、ホ ルモン、イオン、酵素等の雌性生殖器由来の様々な因子、すなわち雌性因子を介して 受精能を獲得する。この精子の受精能獲得に伴い、精子膜中のコレステロールの除去、 精子タンパク質中のチロシンのリン酸化、先体反応ならびに超活性化運動の誘起など 様々な生理的変化が雌性生殖器内で起こることが知られており、いずれの機能的変化 も受精に重要である [18-21]。この中でも、精子頭部先端付近に位置する先体からヒ アルロニターゼ等の酵素を放出する一連の反応である先体反応は、精子の透明帯への 通過および卵母細胞との膜融合タンパク質IZUMO1 の露出を担っていることから、受 精に必須な精子機能である [22, 23]。よって、雌性生殖器内での雌性因子による精子 の受精能獲得および先体反応の誘起は受精に必要不可欠である。しかしながら、ウシ におけるこれら受精能を制御する雌性因子に関する知見は他の動物種と比較して圧 倒的に少ないのが現状であり、受精能を制御する雌性因子を特定することはウシにお ける受精ならびに受胎性制御機構の解明につながると考えられる。 雌性因子の多くは精子上の受容体を介して作用しており、精子には様々な受容体

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28 が存在している。近年、興味深いことにγ-アミノ酪酸、ドーパミン、セロトニン等 の主に中枢神経系で働く神経伝達物質の受容体が精子にも存在していることが明ら かになってきた [24-26]。その中でもニューロテンシン(Neurotensin: NT)は、13 個 のアミノ酸からなる神経伝達物質であり、中枢神経系や回腸・空腸等に存在し、摂食 行動の調節、血圧降下作用および腸管収縮作用など様々な生理機能の調節に関与して いる [27-29]。しかしながら、これまで NT と生殖機能との関連は不明であったが、 当研究室の先行研究により、卵管ならびに卵丘細胞に発現するNT が精子上の受容体 を介してマウス精子の受精能獲得および先体反応を促進することが示された [30]。ま た、他の先行研究より、ウシの卵管におけるNT mRNA 発現量は非発情期と比較して 発情期で有意に上昇することも報告されている [31]。従って、本研究では、ウシにお ける新規の精子受精能を制御する候補因子としてNT に着目した解析を試みた。さら に、NT による精子受精能促進作用がその後の受精および発生に影響を及ぼしている のか否かについてはこれまで検証されていないことから、NT の精子受精能だけでな く受精ならびに初期胚発生の影響まで解明することを目指した。 以上より、本章の目的は、NT がウシ精子の受精能およびその後の受精・発生へ及 ぼす影響を解明し、NT が受精能を制御している新規の雌性因子であることを検討す ることである。

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29

第1節:

NT およびその受容体の発現解析

材料と方法 凍結精液ならびに精巣の準備 正常な受胎率であることが知られている黒毛和種の凍結精液4個体分を実験に供 した。凍結精液は、38.5 °C のウォーターバス中で 15 秒間浸漬させることで融解した 後、PBS を加え、430 × g で5分間遠心分離した。遠心後、精子が含まれている沈殿 物を回収し、BGM-1 培地を加えることで精子濃度を 1×107 cells/mL に調整した。この 調整精子を後述の通りウエスタンブロッティングならびに免疫組織化学に供し、NT の受容体であるNTR1 ならびに NTR2 の発現および局在を解析した。 精巣に関しては、61、63 および 66 ヶ月齢の性成熟した黒毛和種3頭分の精巣を家 畜改良事業団(Morioka AI Center, Livestock Improvement Association of Japan, Inc., Morioka, Japan)より分譲して頂き、後述する RT-PCR の実験に供した。

卵母細胞と卵丘細胞および子宮と卵管の準備

仙台市食肉処理場において採取した黒毛和種の卵巣の直径2-8mm の卵胞からシ リンジを用いて卵胞液を吸引した。その卵胞液を 10 分間静置し、実体顕微鏡下で沈 殿物からCOC を回収した。続いて、500 µl の IVMD101 培地中に 50 個以下の COC

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30 を38.5 °C・5% CO2の条件下で24 時間の体外成熟培養を行った。培養後、卵母細胞お よび卵丘細胞それぞれにおける NTR 発現量を解析するためにヒアルロニターゼによ り裸化処理を行い、卵母細胞と卵丘細胞それぞれを回収し、RT-PCR に供した。 雌性生殖器に関しては、黒毛和種3個体分の子宮および卵管を仙台市食肉処理場よ り分譲して頂き、細かく解剖した後、RT-PCR に供した。 RT-PCR 黒毛和種の精巣、卵母細胞ならびに卵丘細胞を RT-PCR に供し、NT の受容体であ るNTR1 および NTR2 の mRNA の発現を解析した。精巣は細かく解剖した後、RNA の抽出まで-80 °C で保存し、RNA の抽出には ISOGEN(Nippon Gene, Tokyo, Japan) を用いて情報に従って行った。卵母細胞ならびに卵丘細胞に関しては、PBS での洗浄 後、液体窒素中で急速凍結し、RNA を抽出するまで-80 °C で保存し、RNA の抽出は RNeasy micro kit(Qiagen)を用いて行った。それぞれのサンプルの cDNA への逆転写 はReverTraAce(TOYOBO)を用いて行った。PCR は 95 °C で 5 秒間、62 °C で 10 秒 間、72 °C で 20 秒間のプログラムで 40 サイクルを行い、プライマーとして NTR1 (forward: TCGGAGTCCGTACCAGCG; reverse: AGTTGTACAGCTCCACAGGC)、 NTR2 (forward: ATTGTGGCCGTGTATGTCGT; reverse: GCTAGGCACTCAGGGTTGTT) 、 β-actin (forward: CATCGGCAATGAGCGGTTC; reverse: ACAGCACCGTGTTGGCGTAG)

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31

を用いた。得られた増幅物は2%のアガロースゲルを用いて電気泳動を行い、ethidium bromide で染色した。その後、ゲルは ChemiDoc Imaging System(Bio-Rad Laboratories, California, USA)を使用して可視化し、画像を取得した

免疫組織化学

黒毛和種の精子を免疫組織化学に供し、NTR1 および NTR2 の発現および局在を解 析した。精子を2% パラホルムアルデヒド(Nacalai Tesque)および1% Triton-X (Nacalai Tesque)を含む PBS 溶液中で 30 分間浸漬することで固定処理ならびに透過 処理を行った。PBS で洗浄後、Blocking One(Nacalai Tesque)を加えて室温で1時間 ブロッキング処理した。続いて、mouse monoclonal anti-NTR1 antibody(sc-374492, Santa Cruz Biotechnology, Dallas, Texas, USA; 100 倍希釈)もしくは goat polyclonal anti-NTR2 antibody(sc-25050, Santa Cruz Biotechnology; 100 倍希釈)を用いて一次抗体処理を行 い、4℃で一晩インキュベートした。PBS で洗浄後、二次抗体として Alexa Fluor 488 または555 標識抗体(Invitrogen,; 500 倍希釈)を用い、室温で2時間処理した。核は Hoechst 33342(Nacalai Tesque; 5,000 倍希釈)で染色した。一次抗体および二次抗体、 Hoechst 33342 は、Blocking One および PBS の混合溶液で希釈した。染色像は、共焦 点レーザー顕微鏡(LSM-710, Carl Zeiss)で観察し、付属のソフトウェアで画像を取 得した。

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32

ウエスタンブロッティング

黒毛和種の精子をウエスタンブロッティングに供し、NTR1 および NTR2 の発現を 解析した。調整した精子サンプルに対して、 RIPA buffer(Nacalai Tesque)を加えて、 3分間のソニケーションを行った。遠心分離により上清のみを回収した後、等量のβ メルカプトエタノール含有サンプルバッファーソリューション(Nacalai Tesque)を加 えて、5分間の煮沸により熱変性処理を行った。サンプルは 12 %ポリアクリルアミ ドゲルを使用して電気泳動を行った後、PVDF 膜に転写した。続いて、Blocking One を用いて室温で1時間ブロッキング処理を行い、mouse monoclonal anti-NTR1 antibody (sc-374492, Santa Cruz Biotechnology; 1,000 倍希釈)もしくは goat polyclonal anti-NTR2 antibody(sc-25050, Santa Cruz Biotechnology; 1,000 倍希釈)を用いて4℃で一晩インキ ュベートすることで一次抗体処理した。翌日、TBS-T で3回洗浄した後、HRP 標識し た二次抗体(horseradish peroxidase -conjugated anti-mouse immunoglobulin M; Promega; 1,000 倍希釈、もしくは horseradish peroxidase -conjugated anti-goat immunoglobulin G; Promega; 2,000 倍希釈)を室温で2時間反応させた。TBS-T で3回洗浄した後、 Chemilumi-One Super (Nacalai Tesque)で化学発色させ、LAS-3000-mini Lumino Image Analyzer (Fujifilm)を使用して検出した。

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体の発現を解析した。細かく解剖した子宮と卵管をRIPA buffer(Nacalai Tesque)を加 えて、氷上で計15 分間のホモゲナイズを行った。続いて、氷上で 3 分間のソニケー ションを行った後、遠心分離により上清のみを回収した。等量のβメルカプトエタノ ール含有サンプルバッファーソリューション(Nacalai Tesque)を加えて、5分間の煮 沸により熱変性処理を行った。15 %ポリアクリルアミドゲルを使用して電気泳動を行 った後、PVDF 膜に転写した。続いて、Blocking One によりブロッキング処理を行い、 rabbit polyclonal anti-NT precursor antibody(sc-20806, Santa Cruz Biotechnology, Dallas, Texas, USA; 1,000 倍希釈)を用いて一次抗体処理を行った。翌日、TBS-T で洗浄した 後、HRP 標識した二次抗体(horseradish peroxidase -conjugated anti-rabbit immunoglobulin G; Promega; 2,000 倍希 釈) を 2時 間 反応さ せ た 。TBS-T で3 回 洗浄 した 後 、 Chemilumi-One で化学発色させ、LAS-3000-mini Lumino Image Analyzer を使用して検 出した。 結果と考察 NTR1 および NTR2 の mRNA 発現解析 NTR1 と NTR2 の RT-PCR の結果より、ウシの精巣においてのみ NTR1 ならびに NTR2 の mRNA の発現が確認され、卵母細胞および卵丘細胞においてそれらの発現は 確認されなかった(図7A)。

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34 NTR1 および NTR2 のタンパク質発現解析 まず、NTR1 のウエスタンブロッティングの結果から、NTR1 の分子量である 48 kDa 付近に特異的なバンドが検出された(図7B)。続いて、免疫組織化学の結果より、ウ シ精子においてNTR1 の蛍光シグナルが観察され、NTR1 は精子の頸部に局在してい ることが示された(図7C)。 NTR2 に関しては、ウエスタンブロッティングの結果から、NTR2 の分子量である 48 kDa 付近に特異的なバンドが検出された(図7D)。さらに、免疫組織化学の結果 より、ウシ精子においてNTR2 の蛍光シグナルが観察され、NTR2 は精子の中片部お よび尾部に局在していることが示された(図7E)。 NT 前駆体の発現解析 ウエスタンブロッティングの結果から、NT 前駆体の分子量付近に特異的なバンド が検出された(図7F)。よって、NT 前駆体のタンパク質の発現がウシの子宮ならび に卵管において確認された。 以上より、ウシ精子ならびに精巣においてNTR1/2 の発現が、子宮ならびに卵管に おいてNT の発現が示唆された。

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35

第2節:

NT による精子受精能への影響解析

材料と方法 精子タンパク質中のチロシンのリン酸化量の定量 NT とウシ精子の受精能との関連を解明するために、受精能獲得の1つの指標であ る精子タンパク質中のチロシンのリン酸化量をウエスタンブロッティングにより定 量した [21]。黒毛和種の凍結精液を融解、遠心分離による洗浄後、BGM-1 培地を用 いて精子濃度を1×107 cells/mLに調整した。この精子サンプルに NT(ab141173, abcam)

をそれぞれ0(コントロール区),0.1,1,10 µM 添加し、受精能獲得処理として 38.5 °C、 5% CO2の条件下で4時間インキュベートした。その後、遠心分離により精子を回収

し、洗浄するためにPBS を加えて、再度遠心分離し、精子を回収した。各サンプルに RIPA buffer(Nacalai Tesque)を加えて、ソニケーションを行った。遠心分離により上 清のみを回収後、等量のβメルカプトエタノール含有サンプルバッファーソリューシ ョン(Nacalai Tesque)を加えて、5分間の煮沸により熱変性処理を行った。続いて、 12 %ポリアクリルアミドゲルを使用して電気泳動を行った後、PVDF 膜に転写した。 1% BSA を含む TBS-T を用いて室温で1時間ブロッキング処理を行い、mouse monoclonal anti- phosphotyrosine 4G10 antibody(05-321, Merck Millipore, Darmstadt, Germany; 20,000 倍希釈)を用いて4℃で一晩インキュベートすることで一次抗体処理

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した。また、内部標準として、anti-α-tubulin antibody(T9026, Merck Millipore; 10,000 倍希釈)を用いた一次抗体処理も行った。翌日、TBS-T で洗浄後、HRP 標識した二次 抗体(horseradish peroxidase -conjugated anti-mouse immunoglobulin G; Promega; 2,000 倍 希釈)を室温で2時間反応させた。洗浄後、Chemilumi-One により化学発色させ、 LAS-3000-mini Lumino Image Analyzer を使用して検出した。取得したブロッティング 画像は付属のソフトウェアImage Gauge v4.22 analysis software (Fujifilm)を用いて解析 した。ブロッティング画像から各群の総タンパク質のチロシンのリン酸化量を数値化 し、それをα-tubulin の値で標準化し、コントロール区の値を1とした時の相対値で 比較した。 ウシ精子における先体喪失率の算出 精子の先体反応については、ウシ精子先体に結合するPNA を用いたレクチン組織 化学により先体喪失率を算出することで NT による先体喪失率への影響を解析した [32]。黒毛和種の凍結精液を融解、遠心分離による洗浄後、BGM-1 培地を用いて精子 濃度を 1×107 cells/mL に調整した。受精能獲得を誘起させるために精子サンプルを 38.5 °C、 5% CO2の条件下で4時間インキュベートした。その後、NT をそれぞれ終 濃度が0(コントロール区),0.1,1,10, 100 µM となるように添加し、38.5 °C、5% CO2 の条件下でさらに 30 分間インキュベートした。各サンプルはスライドガラスに塗抹

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し、風乾させた。続いて、Blocking One を用いて1時間室温でブロッキング処理を行 った後、fluorescein isothiocyanate-conjugated peanut agglutinin lectin (FITC-PNA, J Oil Mills, Tokyo, Japan; 500 倍希釈)を用いて2時間処理し、精子の先体を染色した。また、 核はHoechst 33342(Nacalai Tesque; 5,000 倍希釈)で染色し、FITC-PNA および Hoechst 33342 は Blocking One および PBS の混合溶液で希釈した。PBS で洗浄後、蛍光顕微鏡 を用いてPNA のシグナルから先体の有無を判断した。各群 100 以上の精子を観察し、 先体部位の PNA の蛍光シグナルが確認されない精子を先体喪失精子と定義し、各群 の先体喪失率を算出した。

精子運動性解析

運動性については、精子運動性解析装置(Sperm Motility Analysis System: SMAS, DITECT, Tokyo, Japan)を用いて NT 添加による精子運動率(Motile, %)、直線速度 (straight-line velocity: VSL, µm/sec)、曲線速度(curvilinear velocity: VCL, µm/sec)、直 進 性 (linearity: LIN = VSL/VCL×100, % )、 頭 部 振 幅 ( amplitude of lateral head displacement: ALH, µm)、頭部振動数(beat-cross frequency: BCF, Hz)という6つの精 子運動パラメーターへの影響を解析した。黒毛和種の凍結精液を融解、遠心分離によ る洗浄後、BGM-1 培地を用いて精子濃度を 1×107 cells/mL に調整した。受精能獲得を

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38 それぞれ0(コントロール区),0.1,1,10, µM 添加した。添加後、0、10、30 もしく は 60 分 後 に 、 各 サ ン プ ル を SMAS 用 の ス ラ イ ド ガ ラ ス ( SC 12-01-C; Leja, Nieuw-Vennep, Netherlands)にセットし、SMAS による解析を行った。各群において 異なる5視野から200 以上の精子から運動パラメーターのデータを取得し、それらの 平均値による比較を行った。 統計解析 各試験は3 回以上繰り返され、コントロール区、0.1 µM NT 添加区、1 µM NT 添 加区、および10 µM NT 添加区の計4群(先体喪失率に関しては 100 µM NT 添加区を 含む計5群)を Tukey-Kramer 法で多重比較検定した。なお、データは平均値 ± SE で表され、P 値が 0.05 以下を有意と判定した。 結果と考察 NT による精子のチロシンのリン酸化量への影響解析 まず、得られたブロッティング画像から、NT 添加による容量依存的な精子タンパ ク質中のチロシンのリン酸化量の全体的な増加が観察された(図8A)。特に、85、70 および30kDa 付近のタンパク質における NT 添加によるチロシンのリン酸化量の増加 が顕著であった。受精能獲得処理によりウシ精子の30kDa 付近のタンパク質のチロシ

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39 ンのリン酸化が助長されることは先行研究で報告されている [33]。さらに、これらの ブロッティング画像からチロシンのリン酸化量を数値化し、比較したところ、観察結 果と同様にNT による容量依存的なチロシンのリン酸化量の有意な増加が認められた (図8B)。 従って、受精能獲得により精子中タンパク質のチロシンのリン酸化量は増加する ことが知られていることから [21]、NT はウシ精子の受精能獲得を促進することが示 唆された。 NT による精子の先体喪失率への影響解析 まず、PNA による精子のレクチン組織化学の観察結果から、ウシ精子の先体は PNA により可視化でき、精子を先体が存在する精子と先体喪失精子に分類することができ ることが確認された(図8C)。各群における先体喪失率を比較したところ、NT 添加 の容量依存的に精子の先体喪失率は増加することが示された。よって、NT はウシ精 子の先体反応を促進することが示唆された(図8D)。 NT による精子の運動パラメーターへの影響解析 SMAS による精子運動性解析の結果より、いずれの運動パラメーター、いずれの タイムポイント、いずれのNT 濃度においても NT 添加による有意な影響は確認され

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40 なかった。よって、NT はウシ精子の運動性には大きな影響を及ぼさないことが示唆 された(表1)。 以上より、NT はウシ精子の運動性制御因子ではなく、受精能獲得と先体反応の促 進因子であることが明らかとなった。

第3節:

NT による受精・初期発生への影響解析

材料と方法 凍結精液およびCOC の準備 本節では第2節で明らかとなった NT のウシ精子における受精能促進作用が、実 際に受精ならびにその後の初期胚の発生にどのような影響を及ぼすかについて解析 した。 黒毛和種の凍結精液は、37 °C のウォーターバス中で 30 秒間浸漬させることで融 解した後、PBS を加え、500 × g で5分間遠心分離した。遠心分離後、精子が含まれ ている沈殿物を回収し、BSA -free mTALP 培地を加えることで精子濃度を 2 ×107

cells/mL に調整し、以下の通り実験に供した。

COC の準備に関しては、黒毛和種の卵巣の 2-8mm の卵胞から卵胞液を吸引して、 10分間静置後、実体顕微鏡下で沈殿物からCOC を回収した。COC は 5% fetal bovine

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serum、0.1 IU/ml of follicle-stimulating hormone (Antrin; Kyoritsu Seiyaku, Tokyo, Japan)、 50 ng/ml of epidermal growth factor (Upstate Biotechnology, Lake Placid, NY, USA)および 0.2 mM pyruvic acid (Nacalai Tesque)を含む TCM199 (Thermo Fisher Scientific)培地で洗 浄後、この培地中で38.5 °C・5% CO2の条件下で22 - 24 時間の体外成熟培養を行った。

その後、卵丘細胞が膨化した成熟した COC のみを選択し、以下の通り体外受精の実 験に供した。

体外受精

調整した精子を含む培地に、等量の体外受精培地として3 mg/ml BSA および 10 IU/ml heparin (NOVO Heparin, Mochida Seiyaku, Tokyo, Japan)を含む mTALP 培地を加え た。この際、体外受精培地にNT を添加しない区(コントロール区)と1 µM の NT を添加したNT 添加区の2群を設けた。この精子を含む培地から 100 µl のドロップを 作成し、その中に50 個以下の COC を加え、6時間共培養することで体外受精を行っ た。その後、ピペッティングにより卵丘細胞を裸化した卵母細胞を以下の通り体外初 期胚発生に供した。 体外初期胚発生

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10 µl/ml nonessential amino acid solution (100×, Gibco BRL)、1 mM glycine、2 mM taurine、 ITS supplement (5 µg/ml insulin, 5 µg/ml transferrin, 5 ng/ml selenium; Sigma-Aldrich) お よび6 mg/ml fatty acid-free BSA (Sigma-Aldrich)を含む synthetic oviduct fluid (mSOF)培 地を用いた [34]。体外受精後の裸化した卵母細胞 10 – 20 個を 50 µl の mSOF 培地中 に移し、38.5°C, 5% CO2, 5% O2, 90% N2の条件下で体外初期発生培養を行った。 卵割率および胚盤胞発生率の算出 体外受精開始から27 および 72 時間後にそれぞれ早期卵割率と卵割率を算出し、7 日後および8 日後に胚盤胞発生率を算出することで、体外受精時のみに NT を添加し たことによるその後の卵割率ならびに胚盤胞発生率への影響を解析した。卵割率に関 しては、体外受精に供した全ての卵母細胞数から2細胞期以降の細胞まで発生した胚 の割合で表した。胚盤胞発生率に関しては、2細胞期以降まで発生した胚の数から胚 盤胞に発生した胚の割合で表した。 胚盤胞細胞数の算出 体外受精開始から8日後の胚盤胞を用いて初期胚の質的評価として、胚盤胞細胞 数の算出を行い、体外受精時のNT 添加によるこれら細胞数への影響を解析した。ま ず、胚盤胞において、将来胎盤となる細胞である栄養外胚葉(trophectoderm: TE)を

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100 µg/ml の Propidium iodide ( Sigma-Aldrich ) お よ び 0.2% (v/v) Triton X-100 (Sigma-Aldrich)で 40 秒間処理することで染色した。次に、25 µg/ml の Hoechst 33342 を含む99.5%エタノール溶液で処理することで、固定ならびに胚盤胞内部にあり、将 来胎児となる細胞である内部細胞塊(inner cell mass: ICM)の染色を行った [35]。そ の後、各胚盤胞をスライドガラスにマウントし、蛍光顕微鏡下で観察することでICM 数とTE 数を算出した。 統計解析 各試験は 3 回以上繰り返され、各タイムポイントにおける卵割率ならびに胚盤胞 発生率におけるコントロール区とNT 添加区の2群間の比較に関しては、カイ二乗検 定(chi-square test)を用いた。また、胚盤胞の各細胞数におけるコントロール区と NT 添加区の2群間の比較に関しては、スチューデントのt 検定を用いた。なお、データ は平均値 ± SE で表され、P 値が 0.05 以下を有意と判定した。 結果と考察 体外受精時のNT 添加による卵割率および胚盤胞発生率への影響解析 体外受精から27 時間後と 72 時間後のいずれのタイムポイントにおいても、コン トロール区と比較して NT 添加区の卵割率の有意な上昇が確認された(表2)。よっ

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44 て、体外受精時のNT 添加によりその後の初期胚の卵割が促進されることが示唆され た。 一方、胚盤胞発生率に関しては、体外受精から7日後と8日後のいずれのタイム ポイントにおいても、NT 添加区はコントロール区と比較して高い胚盤胞発生率を示 したものの、有意な差異は確認されなかった。 以上より、NT がウシの受精効率もしくは卵割に至るまでの初期発生を助長するこ とが示唆された。 体外受精時のNT 添加による胚盤胞細胞数への影響解析

まず、Hoechst 33342 および Propidium iodide による胚盤胞の ICM と TE それぞれ の細胞を可視化した観察結果から、NT 添加区はコントロール区と比較してそれぞれ の細胞数が多いことが観察された(図9A、B)。実際にそれぞれの細胞数をカウント した胚盤胞の評価結果より、NT 添加により ICM 細胞数ならびに総細胞数が有意に上 昇することが示された(図9C)。一方で、TE 細胞数については NT 添加区がコント ロール区と比較して高い値を示したものの、有意な差異は確認されなかった。マウス やウシにおいて胚盤胞の細胞数はその後の胎児の発育と正の相関があることが報告 されていることから [36, 37]、以上の結果は NT がウシの胚盤胞の質を向上させたこ とを示唆している。

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45

小括

第1節よりNT は子宮および卵管に発現し、その受容体 NTR1 ならびに NTR2 が 精子および精巣に発現していることが明になった。子宮は精子の受精能獲得が誘起さ れる場であり、卵管は精子の先体反応が誘起された後に受精に至る場であることから、 この結果からも NT-NTR を介したシグナリングが受精現象に関与していることが推 察される。 第2節より NT はウシ精子の受精能獲得および先体反応を促進することが示され た。精子の受精能獲得の指標であるチロシンのリン酸化量の増加には、精子内のcAMP 濃度の上昇によるプロテインキナーゼ(PKA)の活性化が必要であることが知られて いる [38]。さらに、他の様々な細胞において NT が cAMP 濃度を調節していることも 報告されている [39-41]。よって、NT がウシ精子においてもその受容体を介して cAMP 濃度の上昇に関与していることが推察される。また、先体反応は精子内のカルシウム イオン濃度の上昇によって引き起こされることが知られている [42, 43]。マウス精子 における先行研究から、NT が精子内のカルシウムイオン濃度の上昇を引き起こすこ とが観察されており [30]、ウシ精子においても NT 添加によるカルシウムイオン濃度 の上昇が引き起こされ、先体反応が誘起されたと考えられる。

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46 第3節より体外受精時の NT 添加によりその後の卵割率および初期胚の質が向上 することが明らかになった。卵母細胞および卵丘細胞にはNT 受容体 NTR1 ならびに NTR2 は発現していないことから、受精時に NT は精子のみに作用し、精子の受精能 を促進させることで、実際にその後の受精と初期胚の質の向上に寄与していることが 示唆された。 以上より、本章によって、NT はウシ精子受精能とその後の受精・発生を制御する 新規の雌性因子であるということが示された。ウシ卵管におけるNT の発現量は発情 周期によって変動し、発情期でピークを迎えることが報告されているという先行研究 [31]と本章の結果を考慮すると、雌側の NT 分泌量の変動がウシにおける受胎性決定 因子となっている可能性が考えられる。よって、今後、NT 発現量とウシの受胎成績 等との相関を検討し、NT 添加処理等を含めたウシ人工授精における受胎率改善へと 向けた応用研究が期待される。

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47

4 章

総合考察

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48 精子を受精の場まで導くことおよび精子を受精可能な状態にすることは、哺乳類の 受精および受胎に必須な重要イベントである。この2つのイベントのいずれか一方で も達成できなければ受精に至ることはできず、胚発生、着床、分娩といったその後の 全てのプロセスに進むことすらできない。よって、雌性生殖器内で精子機能を介して これら2つの機構を制御している雌性因子を特定することは受精ならびに受胎性制 御機構の理解につながるといえる。従って、本研究は人工授精における受胎率の低下 が大きな問題となっているウシを実験対象とし、ウシ精子の運動能ならびに受精能を 制御する雌性因子を特定し、その制御機構を解明することに着目した。 第2章より、ウシ精子においてSDF1 がその受容体 CXCR4 やカルシウムチャネル CatSper を介して精子の運動能を制御し、受精の成立のために精子を卵母細胞へと誘 導する雌性因子であることが示された。また、第3章より、ウシ精子においてNT が 受精能獲得と先体反応といった精子の受精能を制御し、精子を受精可能な状態にする 雌性因子であることが示された。以上より、本研究はウシにおいて、精子を受精の場 まで導く、さらに精子を受精可能な状態にする雌性因子SDF1 ならびに NT を特定す ることに成功した。従って、本研究はマウスやヒトなどの他の動物種と比較して圧倒 的に知見の少なかったウシにおける受精ならびに受胎性制御機構の解明に貢献した と考えられる。 また、興味深いことに、本研究が特定したSDF1 および NT はいずれも雌性生殖器

(51)

49 内に存在し、その受容体が精子に存在していた。よって、本研究結果は、哺乳類の受 精において雌側リガンド-雄側受容体ペアを介した両者のシグナル伝達が重要な役割 を果たしていることを支持している。特にSDF1 に関しては、その受容体 CXCR4 が 一部の精子のみに存在していること、さらに本研究の追加実験によりSDF1 によって 誘引された精子は誘引されなかった精子と比較して、核内のDNA ダメージが少なく、 ミトコンドリアの活性が高いことが示唆されている。従って、卵母細胞からの SDF1 によるシグナルを利用してCXCR4 が発現した優良精子のみを誘導・選別することで 受精の成立を担保している機構が存在している可能性がある。 今後の課題としては、これら雌性因子と実際のウシの各個体の受胎性との関連を 明らかにすること、これら雌性因子を利用した人工授精への応用を検討すること等が 挙げられる。これらの課題を解決していくことで、ウシにおける人工受精の受胎率低 下の原因探究および打開策の提案へと貢献できると考えられる。 SDF1 に関する研究の今後の展望としては、前述の通り SDF1-CXCR4 を介したシ グナリングがウシにおいて優良精子選別機構として機能している可能性があること から、体外受精や顕微授精などのウシをはじめとした畜産動物における生殖補助技術 への応用が期待される。ウシにおける体外受精や顕微授精における産仔作出効率は未 だに低く、その理由の1つとしてそれら技術が雌性生殖器内で起こるとされている精 子選別を省いた方法であるという点が挙げられる [44, 45]。従って、ウシの雌性生殖

(52)

50 器内で機能しているであろう SDF1-CXCR4 による精子選別機構を利用して、選抜し た精子を体外受精や顕微授精に用いることでそれらの産仔作出効率の改善が期待で きる。 一方、NT に関する研究の今後の展望としては、体外受精時の NT 添加により、実 際にその後の受精ならびに卵割効率や初期胚の質が向上したことから、ウシにおける 体外受精や人工授精技術への応用が期待される。ウシの雌性生殖器内でのNT 発現量 は、性周期ならびに季節により変動することが知られており [31, 46]、受胎率も同様 に性周期ならびに季節ごとに大きく変動することから、NT がウシの受胎性を決定す る律速因子の1つである可能性がある。よって、人工授精時に精液もしくは雌性生殖 器内にNT を注入することでウシの受胎率の安定化もしくは改善が期待できるかもし れない。さらに、ウシの生産現場においては胚移植(Embryo Transfer)が行われる場 合もある。胚移植とは体外受精ならびに体外初期胚発生により生産した胚盤胞をレシ ピエントとなる雌牛の子宮に移植して産仔を得る技術である。日本では特に、肉用牛 である黒毛和種の胚を乳用牛であるホルスタイン種のレシピエントに移植して、乳牛 から肉牛の子牛を生産し、乳と肉を効率的に生産するために行われている。本研究に より、NT を利用してより良質なウシの胚盤胞を作出することに成功したことから、 体外受精時にNT を用いることで胚移植によるウシ生産技術のさらなる向上が期待さ れる。

(53)

51

5 章

総括

(54)

52 本研究の総括として、(1)ウシにいて走化性を利用して精子を卵母細胞まで導く 雌性因子 SDF1 を特定することに成功した、(2)ウシにおいて精子受精能とその後 の受精・発生を制御する雌性因子NT を特定することに成功した。従って、本研究は ウシの受胎性制御機構に関するさらなる生物学的知見をもたらしただけでなく、ウシ における生殖補助技術ならびに人工受精の受胎率低下の原因探究および改善へ向け た応用研究へと向けた第一歩となる研究成果である。

(55)

53

(56)

54

図1. ウシの卵母細胞ならびに卵丘細胞における SDF1 の発現解析の結果

(A)免疫組織化学による COC における SDF1 の局在、Green: SDF1, Blue: Hoechst 33342, Bars = 200 µm.

(B)RT-PCR による SDF 1 の mRNA 発現量の比較(成熟培養0時間の卵母細胞の値を1に したときの相対値)、Tukey-Kramer test, mean ± S.E. n = 3, Different letters indicate a significant difference (p<0.05).

IVM for 0h

IVM for 8h

IVM for 24h

A

B

0

3

6

9

12

a

a

abc

ab

bc

c

R

el

at

iv

e S

D

F

1 m

R

N

A

le

ve

ls

IVM for 0h

IVM for 8h

IVM for 24h

Oocytes

Cumulus cells

(57)

55

図2. ウシ精子における CXCR4 の発現解析の結果

(A)ウエスタンブロッティングによるウシ精子における CXCR4 の発現

(B)免疫組織化学によるウシ精子における CXCR4 の局在、Red: CXCR4, Green: PNA (精子 先体), Blue: Hoechst33342, Bar = 10 µm.

(C)各個体(4個体 A から D)における CXCR4 陽性精子の割合、White bars: 無処理精子, Black bars: 受精能獲得精子, Upper: ケモタキシスチャンバーによって SDF1 が存在す

る上層へ移動した精子のCXCR4 陽性精子の割合

A

kDa 0 20 40 60 80 100 CX CR4 p os it iv e ce ll s (% ) A B C D Upper

Non-capacitated sperm

Capacitated sperm

B

C

(58)

56

図3. ケモタキシスチャンバーを用いた SDF1 による精子走化性解析の結果

Dunnett’s test, mean ± S.E. **p < 0.01 vs Control. n = 3.

0 100000 200000 300000 400000 500000 600000

Con

tr

ol

Con

tr

ol

+

AM

D3100

SD

F1

0.

1 n

g/

m

l

SD

F1

0.

1 n

g/

m

l +

A

M

D3100

SD

F1

1

ng/

m

l

SD

F1

1

ng/

m

l +

A

M

D3100

SD

F1

10

ng/

m

l

SD

F1

10

ng/

m

l +

A

M

D3100

(cells/ml) ** ** **

N

o. of

s

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rm

in U

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ha

m

be

r

参照

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