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精子を受精の場まで導くことおよび精子を受精可能な状態にすることは、哺乳類の 受精および受胎に必須な重要イベントである。この2つのイベントのいずれか一方で も達成できなければ受精に至ることはできず、胚発生、着床、分娩といったその後の 全てのプロセスに進むことすらできない。よって、雌性生殖器内で精子機能を介して これら2つの機構を制御している雌性因子を特定することは受精ならびに受胎性制 御機構の理解につながるといえる。従って、本研究は人工授精における受胎率の低下 が大きな問題となっているウシを実験対象とし、ウシ精子の運動能ならびに受精能を 制御する雌性因子を特定し、その制御機構を解明することに着目した。
第2章より、ウシ精子においてSDF1がその受容体CXCR4やカルシウムチャネル
CatSper を介して精子の運動能を制御し、受精の成立のために精子を卵母細胞へと誘
導する雌性因子であることが示された。また、第3章より、ウシ精子においてNTが 受精能獲得と先体反応といった精子の受精能を制御し、精子を受精可能な状態にする 雌性因子であることが示された。以上より、本研究はウシにおいて、精子を受精の場
まで導く、さらに精子を受精可能な状態にする雌性因子SDF1ならびにNTを特定す ることに成功した。従って、本研究はマウスやヒトなどの他の動物種と比較して圧倒 的に知見の少なかったウシにおける受精ならびに受胎性制御機構の解明に貢献した と考えられる。
また、興味深いことに、本研究が特定したSDF1およびNTはいずれも雌性生殖器
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内に存在し、その受容体が精子に存在していた。よって、本研究結果は、哺乳類の受 精において雌側リガンド-雄側受容体ペアを介した両者のシグナル伝達が重要な役割
を果たしていることを支持している。特にSDF1に関しては、その受容体 CXCR4が 一部の精子のみに存在していること、さらに本研究の追加実験によりSDF1によって 誘引された精子は誘引されなかった精子と比較して、核内のDNAダメージが少なく、
ミトコンドリアの活性が高いことが示唆されている。従って、卵母細胞からの SDF1 によるシグナルを利用してCXCR4が発現した優良精子のみを誘導・選別することで 受精の成立を担保している機構が存在している可能性がある。
今後の課題としては、これら雌性因子と実際のウシの各個体の受胎性との関連を 明らかにすること、これら雌性因子を利用した人工授精への応用を検討すること等が 挙げられる。これらの課題を解決していくことで、ウシにおける人工受精の受胎率低 下の原因探究および打開策の提案へと貢献できると考えられる。
SDF1 に関する研究の今後の展望としては、前述の通り SDF1-CXCR4 を介したシ グナリングがウシにおいて優良精子選別機構として機能している可能性があること から、体外受精や顕微授精などのウシをはじめとした畜産動物における生殖補助技術 への応用が期待される。ウシにおける体外受精や顕微授精における産仔作出効率は未 だに低く、その理由の1つとしてそれら技術が雌性生殖器内で起こるとされている精 子選別を省いた方法であるという点が挙げられる [44, 45]。従って、ウシの雌性生殖
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器内で機能しているであろう SDF1-CXCR4 による精子選別機構を利用して、選抜し た精子を体外受精や顕微授精に用いることでそれらの産仔作出効率の改善が期待で きる。
一方、NTに関する研究の今後の展望としては、体外受精時のNT添加により、実 際にその後の受精ならびに卵割効率や初期胚の質が向上したことから、ウシにおける
体外受精や人工授精技術への応用が期待される。ウシの雌性生殖器内でのNT発現量 は、性周期ならびに季節により変動することが知られており [31, 46]、受胎率も同様 に性周期ならびに季節ごとに大きく変動することから、NT がウシの受胎性を決定す る律速因子の1つである可能性がある。よって、人工授精時に精液もしくは雌性生殖
器内にNTを注入することでウシの受胎率の安定化もしくは改善が期待できるかもし れない。さらに、ウシの生産現場においては胚移植(Embryo Transfer)が行われる場 合もある。胚移植とは体外受精ならびに体外初期胚発生により生産した胚盤胞をレシ ピエントとなる雌牛の子宮に移植して産仔を得る技術である。日本では特に、肉用牛 である黒毛和種の胚を乳用牛であるホルスタイン種のレシピエントに移植して、乳牛 から肉牛の子牛を生産し、乳と肉を効率的に生産するために行われている。本研究に より、NT を利用してより良質なウシの胚盤胞を作出することに成功したことから、
体外受精時にNTを用いることで胚移植によるウシ生産技術のさらなる向上が期待さ れる。
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