博 士 ( 農 学 ) 出 口 智 広
学 位 論 文 題 名
海洋環境変動に対するウトウの採餌繁殖生態的応答と ヒナの巣立ちを決めるメカニズム
学位論文内容の要旨
海洋生態系において、高次捕食 者である海鳥類は、恒温性で高い活動性を持っため、
エネ ルギ 一 消費 が大 きい こと から 、重 要な 役割 を果 たしていると考えられている。し たが って 、 マク ロな 海洋 環境 の変 動に 伴う 生態 系の 変化を理解する上で、海洋環境が 海 鳥 類 の 採 餌 と 繁 殖 に 影 響 を 及 ぼ す プ ロ セ ス を 明 ら か に す る こ と は 重 要 で ある 。 従 来、 海 洋環 境の 変動 に伴 う動 物プ ラン クト ンや 魚類の群集構造の変化は、海鳥が 利用 でき る 餌資 源を 変化 させ 、結 果と して 彼ら の繁 殖に強い影響を及ぼすとされてい る。 一方 、 この よう な餌 資源 の変 化に 対し て、 海鳥 類の繁殖が顕著に変化しないとい う報 告も あ る。 こう した 不一 致の 原因 とし て、 餌資 源の測定に際して、繁殖と対応す る時 間的 ス ケ― ルへ の配 慮が 不足 して いた こと が考 えられる。例えば、海鳥類におい て、 巣立 ち 時の 体重 が軽 い、 ある いは 巣立 つ時 期が 遅れたヒナは、その後の生存率が 低い 。一 方 、ヒ ナが 十分 な成 長を 得る よう に給 餌速 度を増加させたり、給餌期間を延 長し た親 鳥 は、 その 後の 繁殖 が阻 害さ れた り、 生存 率が低下する。っまり、当座の繁 殖だ けの 最 大効 率だ けを 問題 にし ても 不十 分で あり 、親鳥が自身の生涯繁殖成功度を 最大 にす る ため に、 餌資 源の 変動 に応 じて 、給 餌速 度や給餌期間を決めているという 可 能 性 も 含 め た 、 長 期 的 な 分 析 を 平 行 し て 行 う こ と が 必 要 と な る 。 本 研究 で は、 天売 島で 繁殖 する ウト ウが 、海 洋環 境変動に対して採餌と繁殖をどの ように変化させるか、これにとも なって、ヒナの成長と巣立ちの.パ夕一ンはどのよう に 変 化 す る か を 、 年 間 と 年 内 季 節 間 と い う2つ の 時 間 的 単 位 で 明 ら か に し た 。 1.海 洋環境の年変化がウトウの繁殖に影響を及ぽすプロセス
天 売島 の ウト ウで は、 親鳥 がカ タク チイ ワシ を多 く持ち帰った年ほど、ヒナの体重 増加 が速 い とさ れて いる 。天 売島 を含 む日 本海 の海 洋環境は、対馬海峡から北海道ま で北 上す る 対馬 暖流 に強 く支 配さ れ、 この 暖流 勢カ は大きな年変動を示す。回遊性の 暖海 性魚 類 であ るカ タク チイ ワシ は、 暖流 勢カ の増 大に伴って北上すると考えられて いる 。そ こ で、 まず 、対 馬暖 流の 年変 動が 天売 島周 辺の水温に影響を及ぼし、そこへ のカ タク チ イワ シの 来遊 時期 を決 める と考 えた 。次 に、力夕クチイワシの来遊時期が −1370ー
ヒナの餌中に占めるカタクチイワシの比率に反映し、その多少が繁殖成績に影響を及 ぼすという作業仮説を立てた。この仮説によって、利用可能なカタクチイワシと繁殖 成績の関係が説明可能かどうか、1992〜2002年の11年のデ一夕を用いて検証した。
解析の結果、春季の対馬暖流勢カが弱かった年では、育雛期の水温が低く、親烏が カタクチイワシを持ち帰り始める時期が遅れ、餌中に占めるカタクチイワシの重量比 が少なかった。このようなカタクチイワシの来遊時期と親鳥の育雛時期の非同調がヒ ナの体重増加を遅らせたと考えられた。
2. 海 洋 環 境 の 季 節 変 化 が ウ ト ウ の 洋 上 分 布 と 給 餌 に 及 ぼ す 影 響 天売島のウトウでは、遅く孵化したヒナの巣立ち体重が軽いことが知られている。
その原因として、暖流域の拡大にともなうカタクチイワシの北上が、育雛期の後半に おけるウトウの採餌域を天売島から遠ざけるためではないかと考えられる。そこで、
2001、2002年の5〜7月において、餌の分布と対応すると考えられるウトウの洋上分 布が、季節的にどのように変化するか、これに伴い、親鳥の給餌量と給餌頻度はどの ように変化するかを調査した。
調査の結果、暖流域の北上に伴い親鳥の採餌域は北へ広がり、育雛後期の7月に入 ると、利尻島と天塩の間の海域を、早朝に北上し、夕方に南下する個体が多く出現し た。このことは、7月に入ると親鳥の採餌域が調査海域よりもさらに北の海域、ある いは東のオホーツク海へ移動したことを示唆している。一方、親鳥が持ち帰った餌の 大部分は一貫してカタクチイワシであり、1回の給餌量は季節的には大きく変化しな かったが、7月に入ると給餌頻度が両年ともに顕著に低下した。これらのことから、
採餌域が速くに移動したことにより、7月の親烏は1日の給餌に投資できるェネルギ ー量や時間が制約され、結果として彼らの給餌頻度が低下したと判断された。そして、
この影響が繁殖開始の遅れた親鳥により強く働くため、遅く孵化したヒナの巣立ち体 重が小さかったと考えられた。
3.ウトウのヒナの巣立ち日齢と巣立ち体重を決める要因
ウ卜ウは巣立ち日齢と巣立ち体重が個体間で大きく異なる特徴を持つ。同じウミス ズメ科鳥類における先行研究では、ヒナの体重増加速度や孵化時期が、巣立ち日齢と 巣立ち体重の関係に影響を及ばすことは示唆されているが、その詳細は未だ明らかで はなかった。そこで、体重増加速度や孵化時期が、どのようなプ口セスで巣立ち日齢 と巣立ち体重の決定に関わるのかを明らかにするために、天売島のウトウを用いて、
1995〜2002年では年内、1984〜2002年では年間における両者の関係を解析した。
解析の結果、年内においては、孵化が遅いヒナほど巣立ち日齢が若く、巣立ち体重 が軽かった。これは、繁殖が遅れた親鳥が、ヒナが若く軽い段階で給餌頻度を急減さ せたためであり、先に明らかにしたように、繁殖後期に採餌場所が遠くなることがそ の理由と考えられた。同時に、体重増加が速いヒナほど巣立ち日齢が若く、巣立ち体 ー1371―
重が重いことがわかった。また、体重増加が速いヒナほどより速く翼が成長し、体重 増加が遅くとも翼の成長が大きく遅れることはなく、翼がある一定の長さに達した時 点でヒナは巣立った。巣立ち後のヒナは、捕食者から逃れ、崖から海まで安全に移動 し、自身で採餌を行わねばならないことから、翼の成長が巣立ちを決める重要な要因 となっていると考えられた。
一方、年間においては、平年よりも体重増加が速い年ほど、巣立ち日齢が若く、巣 立ち体重が重かった。同時に、平年よりも孵化が早い年ほど、巣立ち体重は重かった が、巣立ち日齢は孵化時期の影響をほとんど受けていなかった。4年計測した巣立ち 翼長の年間差はわずかであり、年内と同様の体重増加速度の影響が認められたことは、
いずれの年においても、翼がある一定の長さに達した時にヒナが巣立ったことを間接 的に示していると考えられた。一方、季節の推移に伴って利用できる餌資源が減少し ても、親鳥にとって生涯繁殖成功度を最大にするためには、孵化時期が異なる年間で 給餌期間を変えないことが有利になると仮定すれぱ、年内と年間の孵化時期の影響が 一致しなかった理由を説明すると考えられた。
以上をまとめると、年内季節間で見た場合、暖流域の拡大に伴って採餌域が大きく 北へ移動し、このことが繁殖後期におけるウトウ親鳥の給餌頻度の低下をもたらして いた。また、年間で見た場合、春季の対馬暖流勢カの変動が、親鳥のカタクチイワシ の利用時期に影響を及ぽして、ヒナの体重増加速度を決定していた。このような親鳥 の採餌域の季節的移動と、餌資源の出現時期の年変化は、ヒナの体重の増加パ夕一ン を変化させ、年内季節間、年間における孵化時期の違うヒナの「巣立ち日齢」と「巣 立ち体重」の関係を決める重要な要因となっていた。さらに、ウトウのヒナは、個体 間で大きく異なる体重増加パ夕一ンを経験しながらも、翼が一定の長さに達するまで 巣 に 留 ま り 、 巣 立 ち 後 の 最 低 限 の 生 存 を 保 障 し て い る と 考 察 さ れ た 。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査 教授 斎藤 裕 副査 教授 諏訪正明 副査 教授 前川光司
副査 教授 綿貫 豊(水産科学研究科)
学 位 論 文 題 名
海 洋 環 境 変 動 に 対 す る ウ ト ウ の 採 餌 繁 殖 生 態 的 応 答 と ヒ ナ の 巣 立 ち を 決 め る メ カ ニ ズ ム
本 論 文 は 、 図 表 を 含 め102ベ ― ジ 、 引 用 文 献165か ら な り 和 文 で 書 か れ て い る 。 他 に参 考 論 文2編 が 添え ら れ て いる 。
一 般 に 、 海 洋 環 境 の 変 動 に 伴 う 動 物 プ ラ ン ク ト ン や 魚 類 の 群 集 構 造 の 変 化 は 、 海 鳥が 利 用 で き る 餌 資 源 を 変 化 さ せ 、 結 果 と し て 彼 ら の 繁 殖 に 強 い 影 響 を 及 ぼ す と され て い る が 、 逆 に 餌 資 源 の 変 化 が 海 鳥 類 の 繁 殖 に 影 響 し な い と い う 報 告 も あ る 。 こ の よう な 不 一 致 は 、 餌 資 源 の 変 化 と 繁 殖 の 変 化 を 測 定 す る 時 間 的 ス ケ ― ル の 違 い に 起 因 す ると 考 え ら れる 。
本 研 究 で は 、 天 売 島 で 繁 殖 す る ウ ト ウ を 対 象 に 、 海 洋 環 境 変 動 に 対 し て 親 烏 が 採 餌と 繁 殖 を ど の よ う に 変 化 さ せ る か 、 そ の 結 果 、 ヒ ナ の 成 長 と 巣 立 ち の バ タ ー ン はど の よ う に変 化 す るか を 、 繁殖 シ ‐ ズ ン間 と 繁 殖シ . ズ ン内 と い う2つ の 時間 単 位 で明 ら か にし た。
1. 海 洋 環境 の 年 変化 が ウ ト ウの ヒ ナ に影 響 を 及ぼ す プ ロセ ス
天 売 島 の ウ ト ウ は 、 親 が カ タ ク チ イ ワ シ を 多 く 持 ち 帰 っ た 年 ほ ど 、 ヒ ナ の 体 重 増 加が 速 い と い う 報 告 が あ る 。 そ こ で 、 対 馬 暖 流 勢 カ の 影 響 下 に あ る カ タ ク チ イ ワ シの 来 遊 時 期 が ヒ ナ の 餌 中 に 占 め る カ タ ク チ イ ワ シ の 比 率 に 反 映 し 、 そ れ が ヒ ナ の 体 重 増加 に 影 響 を 及 ぽ す と い う 作 業 仮 説 の 下 で 、 利 用 可 能 な カ タ ク チ イ ワ シ と ヒ ナ の 体 重 増 加の 関 係 が 説 明 可 能 か ど う か 、1992 ‑‑‑2002年 の デ ー タ を 用 い て 検 証 し た 。 そ の 結 果 、 春 季 の対 馬 暖 流 勢 カ が 弱 か っ た 年 で は 、 育 雛 期 の 水 温 が 低 く 、 親 が カ タ ク チ イ ワ シ を 持 ち帰 り 始 め る 時 期 が 遅 れ 、 餌 中 に 占 め る カ タ ク チ イ ワ シ の 重 量 比 が 少 な か っ た 。 こ の よ うな カ タ ク チ イ ワ シ の 来 遊 時 期 と 親の 育 雛 時期 の 非 同調 が ヒ ナの 体 重 増加 を 遅 ら せた と 考 えら れ た 。 2. 海 洋 環境 の 季 節変 化 が ウ トウ の 洋 上分 布 と 給餌 に 及 ぼす 影 響
天 売 島 の ウ ト ウ で は 、 遅 く 孵 化 し た ヒ ナ の 巣 立 ち 体 重 が 軽 い こ と が 知 ら れ て い る 。そ の 原 因 を 明 ら か に す る た め に2001、2002年 の5〜7月 に お い て 、 餌 の 分 布 と 対 応 す る と 考 え ら れ る ウ ト ウ の 洋 上 分 布 と 給 餌 内 容 の 季 節 変 化 を 調 べ た 。 そ の 結 果 、 暖流 域 の 北
上に伴い親の採餌域が北ヘ広がり、育雛後期の7 月に入ると親の採餌域が調査海域より もさらに北の海域、あるいは東のオホーツク海ヘ移動したことが示唆され、同時に給餌 頻度が顕著に低下した。これらのことから、採餌域が速くに移動したことにより、7 月 には親の1 日に給餌に投資できるエネルギー量や時間が制約され、結果として給餌頻度 が低下し 、遅く孵化 したヒナの 巣立ち体重 の減少がも たらされた と判断された。
3
.ウトウのヒナの巣立ち日齢と巣立ち体重を決める要因
天売島のウトウにおいて、体重増加速度や孵化時期が、どのようなブロセスで巣立ち 目齢と巣立ち体重の決定に関わるのかを検討した。年内では、孵化が遅いヒナほど巣立 ち日齢が若く、巣立ち体重が軽かった。これは、先に明らかにしたように、育雛後期に 採餌域が速くなることがその理由と考えられた。同時に、体重増加が速いヒナほど巣立 ち目齢が若く、巣立ち体重が重いことがわかった。また、体重増加が速いヒナほどより 速く翼が成長するが、一方体重増加が遅くとも翼の成長は大きく遅れることはなく、翼 がある一定の長さに達した時点でヒナは巣立った。したがって、生存上重要な翼の成長 が巣立ちを決める主教要因となっていると考えられた。
一方、繁殖シーズン間では、平年よりも体重増加が速い年ほど、巣立ち目齢が若く、
巣立ち体重が重かった。同時に、平年よりも孵化が早い年ほど、巣立ち体重は重かった が、巣立ち日齢は孵化時期の影響をほとんど受けていなかった。巣立ち翼長の年の間に おける差はわずかであり、シ‐ズン内と同様の体重増加速度の影響が認められたことは、
いずれの年においても、翼がある一定の長さに達した時にヒナが巣立ったことを間接的 に示していると考えられた。
以上をまとめると、繁殖シ.ズン内で見た場合、暖流域の拡大に伴って採餌域が大き く北方ヘ移動し、このことが育雛後期における親の給餌頻度の低下をもたらした。また、
繁殖シ‐ズン間で見た場合、春季の対馬暖流勢カの変動が親鳥のカタクチイワシの利用 時期に影響を及ぼし、ヒナの体重増加速度を決定していた。このような親鳥の採餌域の 季節的移動と、餌資源の出現時期の年変化は、ヒナの体重の増加パターンを変化させ、
繁殖シ‐ズン内、繁殖シ‐ズン間における孵化時期の違うヒナの「巣立ち目齢」と「巣立 ち体重」の関係を決める重要な要因となっていた。さらに、ウトウのヒナは、個体間で 大きく異なる体重増加バターンを経験しながらも、翼が一定の長さに達するまで巣に留 まり、巣立ち後の最低限の生存を保障していると考察された。