博 士(水産科学)山本 潤 学位論 文題名
日本海南西海域におけるスルメイカ秋生まれ群の 再生産機構に関する研究
学位論文内容の要旨
スルメイカ(TodaroめS朋ロ/〃¢び£SteenStrup,1880)を含むスルメイカ類は単年 性の ツツ イカ 類で ,ア カイカ 科0mastrephidaeに属している.スルメイカ類は世界で 22種 ほどが生息し,水産資源として最も重要なイカ類であるが,その資源変動は極め て大きいことが知られている,例えば,日本列島に沿って南北回遊するスルメイカは,
過去 の漁 獲量 で約10倍 の変動 を示 し, カナ ダ東 岸に 来遊 する 同属のカナダイレック ス,///餅///号ロめ朋ざwを対象とする漁業は,80年代の急激な漁獲減以降中断され たま まとなっている,この資源変動の主な要因は,過剰漁獲と考えられてきた.最近 にな って,国際頭足類諮問機構(CIAC)は, 短命なイカ類資源の変動要因は,過剰 漁獲 に加えて,再生産一加入過程の成否に対する気候変化に伴う物理・生物的海洋環 境 変 化 で あ る と の 見 解 を 公 表 し , こ の 分 野 の 研 究 の 必 要 性 を 提 言 し た , ス ルメイカは,発生季節別に,秋生まれ群,冬生まれ群,および春・夏生まれ群に 便宜 的に分けられている.ただし,スルメイカ漁業を支えているのは,このうちの秋 生ま れ群と冬生まれ群で,その主な再生産海域は対馬海峡を含む日本海南西部から東 シナ 海である.これら再生産海域でのスルメイカふ化幼生の分布・豊度に関する知見 は得 られているものの,再生産海域における産卵場の特定,産卵された卵の存在や,
そ の 後 の ふ 化 幼 生 の 生 残 と , そ の 海 洋 環 境 条 件 な ど , 未 だ 不 明 な 点 が 多 い . そ こで本研究では,秋生まれ群のスルメイカを対象として,実際の再生産海域にお ける スル メイ カの 産出 卵塊か らふ 化幼 生の 分布 特性 と輸 送過 程を含めた再生産機構 を, 海洋環境との関連で明らかにすることを目的とした.具体的には,スルメイカ秋 生ま れ群の再生産海域の―部である隠岐諸島周辺海域をモデル海域として設定し,水 中テ レピカメラロボットを用いた産出卵塊の存在深度と分布環境の特定.さらに,ふ
化 幼生 を深度別に採集することにより,成長に伴う幼生分布特性を調べた.次に,秋 生 まれ 群の主要な再生産海域である日本海南西海域を対象として,卵塊の存在しうる 物 理環 境とふ化幼生の分布特性の経年変化を調べ,卵塊およびふ化幼生の生残可能な 物 理環 境条件について検討した,さらに,秋生まれ群の再生産海域で卓越する対馬暖 流 と幼 生分布との関係を調べ,輸送による幼生の生息環境の変化について検討し,秋 生 まれ 群の 再生 産機 構に 関わ る海洋 環境 変化 とス ルメ イカ 資源 変動との関係につい て考察した,
1999年と2000年の11月 上旬 から下 旬の 問に ,ス ルメ イカ 秋生 まれ群の再生産海域 の 一部 である日本海南西海域の隠岐諸島周辺をモデル海域に設定し,水中ロボットカ メ ラ(ROV)を 用い た産 出卵 塊の 存在 深度 と分 布環 境の 特定 ,さら に,MOCNESSネッ卜 を 用い て深度別にふ化幼生を採集して,卵塊から成長に伴う幼生分布特性を調べた.
その 結果 ,隠 岐諸 島周 辺海 域でのROVによる卵境探査から,スルメイカ卵塊は,卵 境 内の 発生卵の生残に適した水温範囲(15―23℃)の混合層と季節的水温躍層との境 界 深度 付近に分布していることが明らかになった.この結果から,実際の再生産海域 に おい ても,躍層上部の暖水中で産出された卵塊が,中性浮カとなる躍層の上層まで 沈 降し ,その深度に存在していたと推定された.また,スルメイカの産出卵塊は陸棚 上 に位 置する海域で発見されていることから,本種の産卵場は.大陸棚およびその縁 辺 海域 上の 季節 躍層 が中 層に 存在す る海域と推定された.MOCNESSネットで層別採集 し た幼 生の 分布 では ,ふ 化直 後の外 套長1nm未満の幼生は,海表面近くに多く分布す る 傾向 を示していた.このことから,中層の躍層付近でふ化した幼生は,海表面に向 か って 移動し,海表面近くに滞留する習性を持っと考えられた.これよりも大きな外 套 等1mm以上 のサ イズ の幼 生で は〜 昼間,薄明・薄暮時,夜間の分布に明確な差異は 認 めら れず,スルメイカ幼生は,日周鉛直移動をしないか,したとしてもその鉛直移 動 は小 さい と推 定さ れた .水 温躍層 と幼生分布との関係では,外套長2mm未満の幼生 が 海表 面と 混合 層内 に相 対的 に高密 度に分布し,2mm以上の幼生は,躍層内まで出現 し た, このことは,幼生の生息深度が海表面―混合層から混合層一躍層へと,成長す るにっれて生息水深範囲が広がることが示唆された.
次に, スルメイカ卵塊は,ふ化まで滞留するための季節的水温躍層の発達が重要 と の再 生産仮説に基づき,秋季における主要な再生産海域である日本南西海域で.毎 年 ,日 本海区水産研究所が実施しているスルメイカ幼生分布調査結果に用いて,1991
年から1994年における表層暖水の混合層深度と躍層形成状況と,卵塊の存在する海 域が推定できるふ化直後の外套長Imm未満の幼生分布とを比較し,卵塊およびふ化幼 生の生残可能な物理環境条件について検討した.
その結果,1991年から1994年の日本海南西海域おける混合層深度・水温躍層深度 の水平分布は,年,海域によって異なり,外套長1mm未満のふ化幼生が多く出現する 海域,っまり卵塊が混合層下部の躍層に存在すると推定される海域の海洋構造は.陸 棚およびその縁辺上の中層に季節的水温躍層が顕著に発達していることが検証でき た.逆に,ふ化幼生が出現しない海域では,躍層が海底近くか,海底近くまで達して いる海洋構造であると推定された.この躍層と幼生の出現との関係から,卵塊がふ化 するまで形状を維持するためには,躍層が存在するばかりではなく.混合層の下部か ら海底までの距離,すなわち卵塊が緩やかに沈んでも海底に達しないことが重要と判 断された.
次に,1991年から1994年の問の調査で,対照的な幼生分布を示した1992年と1993 年の日本海南西部における海洋環境の違いと,推定される産卵場からのスルメイカ幼 生 の サ イ ズ 別分布 ,特 に流 れ場 におけ る分 布・ 移動 などと の関 係を 調べた . その結果,日本海南西海域の対馬海峡から隠岐諸島に至る海域でのスルメイカ幼生 の分布は,複数の産卵場を起源とする様々なサイズの幼生が混在し,これらが年によ って異なる水塊構造(対馬暖流分枝の流軸・流量変化など)の中で収斂・拡散してい ることが示唆された,このことから.秋の日本海南西海域における幼生分布の経年変 化は,東シナ海から対馬海峡の出口付近までの複数の産卵場から由来するふ化幼生 が,この複雑な流れ場の中で混在・輸送されると考えられた,また,幼生は,年によ って日本海南西海域全体に分散分布,フロン卜域に集中分布,さらに,朝鮮半島の東 岸に輸送されるなどの変化が想定され,当該海域における流れ場の経年変化は,スル メ イ カ 幼 生 の そ の 後 の 成 長 と 生 残 に 強 く 影 響 す る こ と が 示 唆 さ れ た . 以上の結果に基づぃて,スルメイカの資源変動に関わる再生産過程の成否と気候変 化に伴う海洋環境変化との関係を考察した,スルメイカの再生産機構が資源変動に影 響する要因として,これまで報告されている卵・ふ化幼生の生残のための適水温海域 の拡大・縮小の他に,産出卵塊がふ化まで滞留するための表層暖水の混合層深度・季 節的水温躍層深度の時空間的分布.幼生の好適な餌環境海域への輸送経路などの要因 が考えられた.この中でも,再生産海域における混合層深度・季節的水温躍層の深度
分布の経年変化は,温暖・寒冷レジ―ムシフトや冬季季節風の強さなどの気候変化に 応答すると想定され,スルメイカ資源変動のメカニズムの解明に極めて重要な環境要 因であると言える.
学位 論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 助教授 助教授 助教授
齊 藤 誠 一 三 宅 秀 男 磯 田 豊 桜 井 泰 憲 宮 下 和 士
学 位 論 文 題 名
日本海南 西海域におけるスルメイカ秋生まれ群の 再生 産機構 に関する 研究
ス ル メ イ カ (Todarodes pacificus, Steenstrup,1880)を 含 む ス ル メ イ カ 類 は 単 年 性 の ツ ツ イ カ 類 で , ア カ イ カ 科Ommastrephidaeに 属 し て い る 。 ス ル メ イ カ 類 は 世 界 で22種 ほ ど が 生 息 し , 水 産 資 源 と し て 最 も 重 要 な イ カ 類 で あ る が , そ の 資 源 変 動 は 極 め て 大 き い こ と が 知 ら れ て い る 。 ス ル メ イ カ は , 発 生 季 節 別 に , 秋 生 ま れ 群 , 冬 生 ま れ 群 , お よ び 春 ・ 夏 生 ま れ 群 に 便 宜 的 に 分 け ら れ , な か で も 資 源 量 の 多 い 秋 生 ま れ 群 と 冬 生 ま れ 群 は , 対 馬 海 峡 を 含 む 日 本 海 南 西 部 か ら 東 シ ナ 海 が 再 生 産 海 と さ れ て い る 。 こ れ ら 再 生 産 海 域 で の ス ル メ イ カ ふ 化 幼 生 の 分 布 ・ 豊 度 に 関 す る 知 見 は 得 ら れ て い る も の の , 再 生 産 海 域 に お け る 産 卵 場 の 特 定 , 産 卵 さ れ た 卵 の 存 在 や , そ の 後 の ふ 化 幼 生 の 生 残 と , そ の 海 洋 環 境 条 件 な ど , 未 だ 不 明 な 点 が 多 い 。
1. 本 研 究 で は , 秋 生 ま れ 群 の ス ル メ イ カ を 対 象 と し て , 実 際 の 再 生 産 海 域 に お け る ス ル メ イ カ の 産 出 卵 塊 か ら ふ 化 幼 生 の 分 布 特 性 と 輸 送 過 程 を 含 め た 再 生 産 機 構 を , 海 洋 環 境 と の 関 連 で 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し た 。 ま ず , ス ル メ イ カ 秋 生 ま れ 群 の 再 生 産 海 域 の 一 部 で あ る 隠 岐 諸 島 周 辺 海 域 を モ デ ル 海 域 と し て 設 定 し , 水 中 テ レ ビ カ メ ラ ロ ボ ッ ト を 用 い た 産 出 卵 塊 の 存 在 深 度 と 分 布 環 境 の 特 定 , さ ら に , ふ 化 幼 生 を 深 度 別 に 採 集 す る こ と に よ り , 成 長 に 伴 う 幼 生 分 布 特 性 を 調 べ た 。 次 に , 秋 生 ま れ 群 の 主 要 な 再 生 産 海 域 で あ る 日 本 海 南 西 海 域 を 対 象 と し て , 卵 塊 の 存 在 し う る 物 理 環 境 と ふ 化 幼 生 の 分 布 特 性 の 経 年 変 化 を 調 べ , 卵 塊 お よ び ふ 化 幼 生 の 生 残 可 能 な 物 理 環 境 条 件 に つ い て 検 討 し た 。 さ ら に , 秋 生 ま れ 群 の 再 生 産 海 域 で 卓 越 す る 対 馬 暖 流 と 幼 生 分 布 と の 関 係 を 調 べ , 輸 送 に よ る 幼 生 の 生 息 環 境 の 変 化 に つ い て 検 討 し , 秋 生 ま れ 群 の 再 生 産 機 構 に 関 わ る 海 洋 環 境 変 化 と ス ル メ イ カ 資 源 変 動 と の 関 係 に っ い て 考 察 し た 。 得
られた結果を要約すると以下のようにまとめられる。 スルメイカ卵塊は,卵塊内 の発生卵の生残に適した水温範囲の混合層と季節的水温躍層との境界深度付近に分 布していることが明らかにした。この結果から,躍層上部の暖水中で産出された卵塊 が,中性浮カとなる躍層の上層まで沈降し,その深度に存在していたと推定した。ま た,ふ化直後の外套長Imm未満の幼生は,海表面近くに多く分布する傾向が認められ,
躍層付近でふ化した幼生が,海表面に向かって移動し,海表面近くに滞留する習性を 持っと考えた。これよりも大きな外套等Imm以上のサイズの幼生では,昼間,薄明・
薄暮時,夜間の分布に明確な差異は認められず,スルメイカ幼生は,日周鉛直移動を しないか,したとしてもその鉛直移動は小さいと推定した。また,幼生の生息深度が 海表面―混合層から混合層一躍層へと,成長するにっれて生息水深範囲が広がること を示唆した。
2. 日本海南西海域おける混合層深度・水温躍層深度の水平分布は,年,海域によっ て異なり,外套長Imm未満のふ化幼生が多く出現する海域,っまり卵塊が混合層下部 の躍層に存在すると推定される海域の海洋構造は,陸棚およぴその縁辺上の中層に季 節的水温躍層が顕著に発達していることを検証した。逆に,ふ化幼生が出現しない海 域では,躍層が海底近くか,海底近くまで達している海洋構造であると推定された。
この躍層と幼生の出現との関係から,卵塊がふ化するまで形状を維持するためには,
躍層が存在するぱかりではなく,混合層の下部から海底までの距離,すなわち卵塊が 緩やかに沈んでも海底に達しないことが重要と判断した。
3. 日本海南西海域の対馬海峡から隠岐諸島に至る海域でのスルメイカ幼生の分布 は,複数の産卵場を起源とする様々なサイズの幼生が混在し,これらが年によって異 なる水塊構造の中で収斂・拡散していることを示唆した。このことから,秋の日本海 南西海域における幼生分布の経年変化は,東シナ海から対馬海峡の出口付近までの複 数の産卵場から由来するふ化幼生が,この複雑な流れ場の中で混在・輸送されると考 えた。また,幼生は,年によって日本海南西海域全体に分散分布,フロント域に集中 分布,さらに,朝鮮半島の東岸に輸送されるなどの変化が想定され,当該海域におけ る流れ場の経年変化は,スルメイカ幼生のその後の成長と生残に強く影響することを 示唆した。
上記の内容は,これまで未知な点が多い再生産海域におけるスルメイカの再生産機構 を明らかにしたばかりだけではなく,スルメイカ類の再生産機構に関わる資源変動を研 究する上で,非常に有益な情報を提供するものとして高く評価できる。よって,審査員 一同は, 本論文が博 士(水産科 学)の学位 論文として 価値あるも のと認定した。