博 士 ( 水 産 科 学 ) 松 野 孝 平
学 位 論 文 題 名
Spatial and temporal changes in plankton community in the western Arctic Ocean
(西部北極海におけるプランクトン群集の時空間変動に関する研究)
学位論文内容の要旨
近年、北極海では夏季に海氷の大規 模な衰退が観測されている。海氷衰退はべーリング 海から温暖な太平洋水が流入する太平 洋側北極海(西部北極海)において顕著で、海洋生 態系に及ぼす影響が危惧されている。 プランクトン群集は環境変動の影響を受けやすいた め、今後の北極海生態系に起こりうる 変化を予測する上で重要な生物である。しかし、北 極海はこれまで海氷のために船舶によ る観測が困難であったため、西部北極海のプランク トン群集に関する知見は、季節や海域 の限られたスナップショット的な研究に限られ、そ の内容も動・植物プランクトンいずれ かに関する研究がほとんどで、季節的または経年変 動に関する知見も乏しいのが現状であ る。
本研究は、海氷衰退が著しい西部北 極海において、マイクロおよびメソプランクトン群 集の空間、季節および経年変動を明ら かにすることを目的として、以下の4つの課題を設け て行った。すなわち、1.マイクロプランクトン群集の水平分布、2.メソ動物プランクトン 群集の水平分布、3.メソ動物プランクトン群集の経年変動、4.メソ動物プランクトン群集 の季節変動である。これらの解析によ って得られた結果に基づぃて、北極海における近年 の急速な海氷衰退に伴う海洋環境の変 化が、プランクトン群集に与える影響について考察 を行った。得られた結果は以下のよう に要約される。
1. マ イ ク ロプ ラ ン ク ト ンの 水 平 分 布
水 平 分 布 解 析 試 料 は 、 西 部 北 極 海 に お い て2010年9月 か ら10月 に か け てJAMSTEC海 洋 地 球 研 究 船 み ら い 船 上 に て 採 水 を 行 い 得 た 。 マ イ ク ロ プ ラ ン ク ト ン の 細 胞 密 度 は 、 珪 藻 類 は0ー138,640 cellsL・1、渦 鞭毛藻 類は0―16,460 cells L‑l、 繊毛虫 類はO―10,933 cellsL―1の 範 囲 に あ り 、 い ず れ も 陸 棚 域 で 高 か っ た 。 珪 藻 類 は25属50種(Pseudo‑nitzschia属 と Cylindrotheca closteriumが 優 占 ) 、 渦 鞭 毛 藻 類 は13属50種(Prorocentr um属 とGymnodinium 属 が 優 占 ) 、 繊 毛 虫 類 は21属32種 ( .Strombidium属 が 優 占 ) が 出 現 し た 。 細 胞 密 度 に 基 づ く ク ラ ス タ ー 解 析 の 結 果 、59観 測 点 は 大 き く5群 に 分 け ら れ た 。 最 も 多 く の 観 測 点 ( 各 々22 と25観 測 点 ) が 含 ま れ る2群 の う ち 、 ひ と っ は 海 盆 域 に 見 ら れ 、 細 胞 密 度 が 低 く 、 繊 毛 虫 類 の 占 有 率 が 高 い グ ル ー プ で あ っ た 。 も う 一 方 は 、 陸 棚 域 に 見 ら れ 、 細 胞 密 度 が 高 く 、 珪 藻 類 が 卓 越 す る グ ル ー プ で あ っ た 。 前 者 は マ イ ク ロ バ イ ア ル ル ー プ が 活 発 に 駆 動 し 、 後 者 は 高 栄 養 塩 な 太 平 洋 水 の 流 入 に よ っ て 高 い 一 次 生 産 量 を 持 つ 群 集 と 考 え ら れ た 。 少 数 の 観 測 点 が 含 ま れ る 残 り3群 は 、 水 平 的 に 両 者 の 中 間 の 陸 棚 斜 面 域 に 位 置 し 、 複 雑 な 水 平 分 布 を し て お り 、 こ れ は 高 気 圧 性 渦 と い っ た 複 雑 な 海 洋 物 理 構 造 の 反 映 と 考 え ら れ た 。
2.メソ動物プランクトンの水平分布
動物 プラ ンク トン の水 平分 布試 料は 、2008年と2010年の9月 から10月 に かけ て上 記1 と 同様 の観 測点 にて 、NORPACネットの鉛直曳きを行 い得た。動物プランクトン出現個体 数と湿重量は、それぞ れ0.03−2.74Xl05 ind.m・2と3―678gWMn1・2の範囲にあり、陸棚域
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で高かっ た。カイアシ類は出現個体数の8−95%を占め、優占分類群であった。両年の出現 個 体数 に基 づく ク ラス ター 解析の結果 、動物プランクトン群集は4群に分けられた。各グ ル ープの水 平分布は水深とよく対応しており、それぞれ陸棚域、陸 棚斜面域、斜面域およ び 海 盆 域 群 集 と 呼 称 し た 。 各 群 集 の 特 徴 種 は 、 陸 棚 域 で は 沿 岸 性 カ イ ア シ 類 の Pseudocalanus属とべントス幼生で、陸棚斜面域では北極海産カイアシ類のC ぬ門鯲gぬcぬ瓜 とAたケ 施め 卿の 若い 発育 段階 が多く、個体数も多かった。斜面域 と海盆域では深海性種 が 多か った 。2008年と2010年で 動物 プラ ンク トン 群集 の水平分布 を比較すると、2010年 は 陸棚域か ら海盆域へと水深に対応して群集が明瞭に区分されてい たが、2008年は陸棚斜 面 域群集が 高緯度にまで見られ、斜面域群集と混在していた。これ は2008年の海氷面積減 少 が2010年 よりも著しかったことによる、ボーフオート循環の強化 または流路変化の影響 と考えられた。
3.メソ動物プランクトンの経年変動
経 年 変 動 解 析 試 料 は 、1991年、1992年 、2007年 およ ぴ2008年 の7月 から8月 にか けて チ ャ ク チ 海 に お い て 北 海 道大 学水 産学 部 附属 練習 船お しょ ろ丸 船上 にてNORPACネ ット の鉛直曳 きを行い得た。動物プランクトン出現個体数は0.04−3.16xl05 ind.m−2の範囲にあ り 、2008年 に最 も 多か った 。バ イオ マス は7一286g WMm一2の範囲にあり、2007年に多か っ た。 クラ スタ ー 解析 の結 果、動物プランクトン群 集は大きく4群に分けられた 。各グル ープの分 布は経年的・水平的に明確に分離しており、1991/92年は同様の水平分布であった が 、2007/08年は 各グ ルー プの 水平分布が北にシフトしており、特に2007年はべ ーリング 海峡近く に、Eucalanus属などが多い ことによって特徴づけられる、太平洋産種の群集が見 ら れた。出現個体数とバ イオマスは1991/92年よりも2007/08年の方が多く、これ は海氷面 積 の減少が動物プランク トン現存量や生産量という観点では正の効果があること を示唆し ている。 一方、2007/08年に各動物プ ランクトン群集の水平分布が北にシフトしていたこと は 、海氷域の衰退が北極 海固有の生物群集を北方に駆逐し、太平洋産種が優占す る群集を 北 極海にもたらしていた 。すなわち、生物相の改変があるため、海氷域の減少は 動物プラ ンクトン 群集という観点では負の効果があることを示している。
4.メソ動物プランクトンの季節変動
メ ソ動物プランクトン の季節変動を評価するために、西部北極海St. NAP (75°00′N, 162°00′W)の 水深180mに設 置し たセ ジメ ント トラ ップ によ って 、2010年10月か ら2011 年9月 に か け て 約2週 間 間 隔で 試料 を採 集 した 。採 集試 料の うち サイ ズが1 mm以上 の動 物プランクトンスウィマーを解析に用いた。動物プランクトン輸送量は5―44 ind.n1・2(lay・1 の範囲にあり、7月―10月に多く、カイアシ類が18―94%を占め優占していた。クラスター 解析 の結果、全26試料は3群(A.IC)に分けられた。各グループの出現には明確 な季節性 が あ り 、7月 か ら10月 は グ ル ー プA、11月 か ら1月 は グ ル ー プB、3月 か ら6月 は グ ルー プCが見 られ 、 結氷 下で も群 集が 変化することが明らかとなった。優占カイアシ 類の個体 群構造は種毎に異なり、C, ぬ門瓣めpピ′6D陀鯲はほとんどがC6Fで、2月―4月には成熟個体 が優占していた。Aた ケ潴ロめ′瑠りとPgぬcぬぬは1月―5月にC6Fが優占し、6月―10月に初 期発 育段 階の 割合 が高 かっ た。 あb胞m舶ロ6dぬ門D川嚠cwは11月―2月にC5が優占し、3月
―5月にC6F/Mの割合 が増加していた。太平洋産種のArPDcロた研wc′む細觚は周年を通して 出現 し、海氷が衰退する6月一9月に多かった。このように、西部北極海における 動物プラ ンク トン群集構造および 主要カイアシ類の個体群構造には明確な季節変動があり 、その季 節性は海氷の季節変動や各々の生活史に起因すると考えられた。
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5.プランクトン群集の将来予測
夏季の西部北極海におけるプランクトン群集は、陸棚域と海盆域に2分されることが明 らかになった。将来的に、陸棚域では富栄養な太平洋水の流量が増すため、植物プランク トン一次生産量は増加するが、動物プランクトン群集も増加し、水柱内での有機物消費量 が増えるため、結果的に海底への沈降粒子量は減少すると予想される。一方、海盆域では 貧栄養な海氷融解水が増加して一次生産量が低下し、深海への沈降粒子量が減少すると考 えられる。海氷衰退により北極海へ輸送される太平洋・大西洋産カイアシ類は増加すると 考えられるが、彼らの生活史戦略は北極海の環境に適応していないため、個体群が北極海 に定着することは困難であると考えられる。今後は、北極海の環境変動がプランクトン群 集に与える影響を正確に評価するために、陸棚域や海盆域といった海域毎にモニタリング を行っていくことが重要である。
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学位論文審査の要旨 主査 副査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 教授 准教授 准教授 准教授
桜 井泰 憲 今 井一 郎 久 万健 志 山 口 篤
バウア・ジョン・リチ ャード 平 譯 享
学 位 論 文 題 名
Spatial and temporal changes in plankton community in the western Arctic Ocean
(西部北極海におけるプランクトン群集の時空間変動に関する研究)
近年、北極海では夏季に海氷の大規模な衰退が観測されている。海氷衰退はべーリング 海から温暖な太平洋水が流入する太平洋側北極海(西部北極海)において顕著で、海洋生 態系に及ばす影響が危惧されている。
本研究は、海氷衰退が著しい西部北極海において、マイクロおよびメソ動物プランクト ン群集の空間、季節および経年変動を明らかにすることを目的として、以下の4つの課題を 設けた。すなわち、1.マイクロプランクトン群集の水平分布、2.メソ動物プランクトン群 集の水平分布、3.メソ動物プランクトン群集の経年変動、4.メソ動物プランクトン群集の 季節変動である。得られた結果は以下のように要約される。
1.マイクロプランクトンの水平分布
西部北極海に おいて、2010年9月から10月 にかけて探水試料を得た。マイクロプラン ク トン の細 胞密 度は陸棚 域で高かった。珪藻類は25属50種、渦鞭毛藻類は13属50種、
繊毛虫類は21属32種が出現した。細胞密度に基づくクラスター解析の結果、59観測点は 大 きく5群に 分け られた。最も多くの観測点(各々22と25観測点)が含まれる2群 のう ち、ひとっは海盆域に見られ、細胞密度が低く、繊毛虫類の占有率が高く、もうー方は、
陸棚域に見られ、細胞密度が高く、珪藻類が卓越していた。前者はマイクロバイアルルー プが活発に駆動し、後者は高栄養塩な太平洋水の流入によって高い一次生産量を持つ群集 と考えられ、水深がマイクロプランクトン群集を決定する、重要な要因であることが示さ れた。
2.メソ動物プランクトンの水平分布
動物 プラ ンク トンの水 平分布試料は、2008年と2010年の9月から10月にかけて上記1 と同様の観測点にて得た。動物プランクトン出現個体数と湿重量は陸棚域で高かった。両 年の出現個体数 に基づくクラスター解析の結果、動物プランクトン群集は4群に分けられ た。各グループの水平分布は水深とよく対応しており、陸棚域、陸棚斜面域、斜面域およ −718―
び 海 盆 域 群 集 と 呼 称 し た 。 各 群 集 の 特 徴 種 は 、 陸 棚 域 で は 沿 岸 性 カ イ ア シ 類 と べ ン ト ス 幼 生 で 、 陸 棚 斜 面 域 で は 北 極 海 産 カ イ ア シ 類 の 若 い 発 育 段 階 が 多 く 、 個 体 数 も 多 か っ た 。 斜 面 域 と 海 盆 域 で は 深 海 性 種 が 多 か っ た 。 こ の よ う に 、 メ ソ 動 物 プ ラ ン ク ト ン に お い て も 水 深 が 群 集 を 分 け る 要 因 で あ る こ と が 分 か っ た 。
3. メ ソ 動 物 プ ラ ン ク ト ン の 経 年 変 動
経 年 変 動 解 析 試 料 は 、1991年 、1992年 、2007年 お よ び2008年 の7月 か ら8月 に か け て チ ャ ク チ 海 に お い て 得 た 。 動 物 プ ラ ン ク ト ン 出 現 個 体 数 は2008年 に 最 も 多 く 、 バ イ オ マ ス は2007年 に 多 か っ た 。 ク ラ ス タ ー 解 析 の 結 果 、 動 物 プ ラ ン ク ト ン 群 集 は 大 き く4群 に 分 け ら れ た 。 各 グ ル ー プ の 分 布 は 経 年 的 ・ 水 平 的 に 明 確 に 分 離 し て お り 、1991/92年 は 同 様 の 水 平 分 布 で あ っ た 。 た だ し 、2007/08年 は 各 グ ル ー プ の 水 平 分 布 が 北 に シ フ ト し て お り 、 特 に 2007年 に は べ ー リ ン グ 海 峡 近 く に 、 太 平 洋 産 種 の 群 集 が 見 ら れ た 。 海 氷 面 積 の 減 少 は 動 物 プ ラ ン ク ト ン 生 産 量 と い う 観 点 で は 正 の 効 果 が あ る が 、 群 集 構 造 を 改 変 す る 負 の 効 果 も あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。
4. メ ソ 動 物 プ ラ ン ク ト ン の 季 節 変 動
西 部 北 極 海 の 水 深180mに 設 置 し た セ ジ メ ン ト ト ラ ッ プ に よ っ て 、2010年10月 か ら2011 年9月 に か け て 約2週 間 間 隔 で 試 料 を 採 集 し た 。 採 集 試 料 の う ち サ イ ズ が1mm以 上 の ス ウ ィ マ ー を 解 析 し 、 メ ソ 動 物 プ ラ ン ク ト ン の 季 節 変 動 を 評 価 し た 。 動 物 プ ラ ン ク ト ン 輸 送 量 は 夏 季 に 多 く 、 カ イ ア シ 類 が 優 占 し て い た 。 ク ラ ス タ ー 解 析 の 結 果 、 全26試 料 は3群 に 分 け ら れ た 。 各 グ ル ー プ の 出 現 に は 明 確 な 季 節 性 が あ り 、 結 氷 下 で も 群 集 が 変 化 す る こ と が 明 ら か と な っ た 。 優 占 カ イ ア シ 類 の 個 体 群 構 造 に は 明 確 な 季 節 変 動 が あ り 、 そ の 季 節 性 は 海 氷 の 季 節 変 動 や 各 々 の 生 活 史 に 起 因 す る と 考 え ら れ た 。
5. プ ラ ン ク ト ン 群 集 の 将 来 予 測
夏 季 の 西 部 北 極 海 に お け る プ ラ ン ク ト ン 群 集 は 、 陸 棚 域 と 海 盆 域 に2分 さ れ る こ と が 明 ら か に な っ た 。 将 来 的 に 、 陸 棚 域 で は 富 栄 養 な 太 平 洋 水 の 流 量 が 増 す た め 、 ー 次 生 産 量 は 増 加 す る が 、 動 物 プ ラ ン ク ト ン 群 集 も 増 加 し 、 水 柱 内 で の 有 機 物 消 費 量 が 増 え る た め 、 結 果 的 に 海 底 へ の 沈 降 粒 子 量 は 減 少 す る と 予 想 さ れ る 。 一 方 、 海 盆 域 で は 貧 栄 養 な 海 氷 融 解 水 が 増 加 し て 一 次 生 産 量 が 低 下 し 、 深 海 へ の 沈 降 粒 子 量 が 減 少 す る と 考 え ら れ る 。 今 後 は 、 北 極 海 の 環 境 変 動 が プ ラ ン ク ト ン 群 集 に 与 え る 影 響 を 正 確 に 評 価 す る た め に 、 陸 棚 域 や 海 盆 域 と い っ た 海 域 毎 に モ ニ タ リ ン グ を 行 っ て い く こ と が 重 要 で あ る 。
上 記 の 内 容 は 、 西 部 北 極 海 の 低 次 生 産 過 程 に 関 わ る 各 分 類 群 の 変 動 パ タ ー ン を さ ま ざ ま な 時 空 間 ス ケ ー ル か ら 解 析 し て お り 、 そ の 成 果 は 近 年 変 化 の 著 し い 北 極 海 の 低 次 生 産 過 程 の 理 解 に 大 き く 貢 献 す る も の と し て 高 く 評 価 で き る 。 よ っ て 審 査 員 一 同 は 、 申 請 者 が 博 士
( 水 産 科 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 の あ る も の と 判 定 し た 。
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