博士(水産科学)城 幹昌 学位論文題名
函館湾におけるマコガレイ仔稚魚の耳石日周輪を用いた 成長解析と初期生残仮説の検証
学位論文内容の要旨
マ コガレイPseudopleuronectes|/oわヵamaeは、函館湾において底建網や刺網の 重 要 な漁 獲 対 象 種で あ り 、異 体 類 の中 で は ヒラメ に次い で種苗生 産量の 多い種で あ る。 しかし 、本種の 資源量 変動機構 は未詳 のままと なってお り、こ の解明には仔稚魚 期 の 生残 過 程 を 明ら か に する 必 要 があ る 。 函館湾 では、 これまで に本種 の初期生 態 に関する研究が行われており、小型十脚類エビジャコ〔ね′璢り冖〃′ぬ/によるマコガレ イ 仔 稚 魚 の 被 食 が 確 認さ れ て いる 。 海 産魚 類 の 初 期生 残 を 説明 す る 仮説 は 多 数提 唱 さ れて き た が 、そ れ ら のう ち 成 長― 被 食 仮説は 、生残 の可能性 が高い 仔稚魚は 被 食 さ れや す い 期 間を 短 期 間で 切 り 抜け る 個 体で、 主要な 死亡原因 は飢餓 ではなく 被 食に あると いう考え 方に基づくものであり、有カな仮説のーつである。この「成長ー被 食 仮 説」 を 検 証 する た め には 、 個 体ご と の 成長履 歴の推 定が不可 欠であ る。耳石 日 周 輪 は 、 初 期 生 活 史 研究 に お いて 孵 化 日や 成 長 履 歴を 推 定 でき る 有 効な ツ ― ルで ある が、こ れまでに マコガ レイ仔稚 魚につ いて日周 輪解析を 行った 事例はない。そこ で本 研究で は、「成 長―被 食仮説」 などい くっかの 初期生残 仮説を 検証し、本種の初 期 生 残過 程 を 解 明す る こ とを 目 的 とし て 、 飼育実 験によ る耳石微 細輪紋 の日周性 確 認 、 およ び 固 定 によ る 体 長収 縮 の 程度 の 調 査を行 った上 で、函館 湾で採 集された マ コ ガ レイ 仔 稚 魚 の耳 石 日 周輪 を 解 析し 、 孵 化日、 仔稚魚 の日間成 長率と それに影 響 を与 える環 境要因、 生残し たと考え られる 個体とそ うでない 個体と の間で成長履歴を 比べた。
フ オルマリ ンとエタ ノール で固定し た時の 体長収縮率を調べた。5%フオルマリン溶 液 で マ コ ガ レ イ 仔 魚 を 固 定 し た 場 合 、 す べ て の 体 長 階 級 ( 脊 索 長NLで く5mm,
5.1ー7.Omm,>7mm)に お い て 有 意 な 体 長 の 収 縮 が み ら れ 、 固 定 開 始 後1.5年 で は 固 定開始後30日よりもさらに体 長が収縮していた(30日:3.3−5.2%;1.5年:3.8ー6.3%)。―
方 、90%エ タ ノ ― ル 溶 液 で は 、5mm NLよ り 大 き い 仔 魚 で は 体 長 収 縮 は 認 め ら れ ず 、 固 定 期 間 に よ る 収 縮 率 の 違 い も み ら れ な か っ た 。 ま た 、5mm NL未 満 の 仔 魚 の 体 長 収 縮 も わ ず か で あ っ た ( 最 大0.3 mm)。 従 っ て 、90%エ タ ノ ― ル 固 定 で は 、 固 定 後 に 体 長を補正する必要はほとんど ないと判断された。
マ コ ガ レ イ 仔 魚 の 耳 石 微 細 構 造 の 観 察 と 、 輪 紋 形 成 の 日 周 性 の 確 認 を 行 っ た 。 Sagittaとlapillusの 両 耳 石 上 に は 、 開 口 や 卵 黄 吸 収 完 了 が 起 こ る と き に 通 常 よ り 太 い 輪 紋(inner check)が 観 察 さ れ 、 飼 育 実 験 の 結 果 、 こ の 輪 紋 は 函 館 湾 の マ コ ガ レ イ 産 卵 期 の 水 温 に 近 い8°Cで は 孵 化 後13日 目 に 形 成 さ れ た 。Sag.lttaと |ap川usと も に innercheckよ り 外 側 に は 明 瞭 な 輪 紋 が 形 成 さ れ 、 こ の 輪 紋 数 と 日 齢 の 関 係 を 表 す 回 帰直 線の 傾 きは1と 有意 に異 なら ない こ とか ら(t検 定: それ ぞれp 0.28, =0.07)、 輪 紋 は 日 周 輪 で あ る こ と が 確 認 さ れ た 。 従 っ て 、 函 館 湾 の マ コ ガ レ イ 仔 稚 魚 の 日 齢 は 、 innercheckよ り 外 側 の 輪 紋 数 に13を 加 え る こ と で ほ ぼ 推 定 で き る 。Sagitta上 に は 、 眼 球 移 動 完 了 前 後 に2次 原 基 が 形 成 さ れ 、 稚 魚 期 のsagittaは 複 雑 な 構 造 を 呈 し た 。 一 方 、 |ap川usで は 仔 稚 魚 期 を 通 じ て 同 心 円 状 に 輪 紋 が 形 成 さ れ 、 耳 石 の 肥 厚 は sagittaよ り も 緩 や か で あ り 、 日 周 輪 解 析 に 適 し て いた 。 さら に、IapiIIus上 には 眼球 移 動 開 始 期 に 通 常 よ り 太 い 輪 紋 (outercheck) が 形 成 さ れ 、1本 のI輪 紋 幅 計 測 軸 上 で 浮遊期と底生期をわけて日周 輪解析ができることがわか った。
2001―2003年 に お い て 、 推 定 さ れ た マ コ ガ レ イ 仔 稚 魚 の 浮 遊 期 間 は 最 短27日 間
(2002年 ) 、 最 長46日 間 (2003年 ) で あ っ た 。 ま た 、2001−2003年 の マ コ ガ レイ 仔稚 魚 の 孵 化 日 中 央 値 に は 有 意 差 が み ら れ ( ク ラ ス カ ル ・ ウ ォ リ ス 検 定p<0.001) 、2002年 は 他 の 年 よ り 孵 化 が 早 期 に 偏 っ て い た (2001年 :3月21日 ,2002年 :3月14日 ,2003 年 :3月24日 ) 。2003年 に は3月 下 旬 に 過 去7年 間 の 最 低 水 温 (4.9℃ ) を 記 録 し た が 、 こ れ は 沿 岸 親 潮 系 水 の 流 入 に よ る も の と 判 断 さ れ た 。 こ の 年6−8月 に 採 集 さ れ た 標 準 体 長 (SL)15.4mmよ り 大 型 の 稚 魚 と3ー5月 に 採 集 さ れ た15.4mmSL以 下 の 仔 稚 魚 の 間 で 孵 化 日 組 成 を 比 較 し た 結 果 、2003年 に は こ の 低 水 温 を 経 験 し た 仔 魚 は ほ と ん ど 死 亡 し て い た と 判 断 さ れ た 。 マ コ ガ レ イ 仔 魚 は 水 温 が7.5℃ 以 下 で は 餌 を ほ と ん ど 捕 食 で き な い こ と か ら 、2003年 の 産 卵 期 の 前 半 に 生 ま れ た 仔 魚 は 、 「 低 水 ―1333―
温 摂 餌 障 害 」 に よ っ て ほ と ん ど 死 亡 し て い た も の と 判 断 さ れ た 。 マコ ガレ イ仔 魚期 ・稚 魚期の日間成長率の 年変動と環境要因(水温と餌豊度)との 関 係 を 調 べ た 。 マ コ ガ レ イ 仔 魚 の 日 齢 と 体 長 の 関 係 は 、 上 に 凸 の2次 曲 線 で 表 さ れ 、眼 球移 動期 にお ける 脊索 末端 の 屈曲 ・退 縮に よっ て、 仔魚 期末 期の 日問 成長率 は 負 の 値 と な っ た 。 体 長 増 加 が 停 止 す る ま で の 仔 魚 期 の 平 均 日 間 成 長 率 は 0.20ー0.24mm/dであ り、 高水温年であった2002年において最も高く、変態開始も早か っ た 。 着 底 直 後 の 稚 魚 ( 約40−60日 齢 ) の 日 間 成 長 率は0.04mm/dと低 かっ たが 、 徐 々に 増加 して102一113日齢 では0.45−0.54mm/dと最 も高 い値 を示 した 。2002年の 稚 魚期 の日 間成 長率 は他 の年 より 低 く、 仔魚 期と は逆 の傾 向を 示し たが 、そ の原因 は 特定 でき なか った 。稚 魚の 平均 逆 算体 長を 時系 列に そっ て並 べた 結果 、2002年で は 早期 の着 底開 始が 主要 因となって、他の年 より早くにエビジャコによる被食期間を 切り抜けていたと 考えられた。
浮遊 仔魚 期に おい て、 より 体長 が 大型 であ った 個体 、よ り成 長が 速か った 個体が 生 残し てい たの かを 検証 する ため に 、6−8月 に採 集さ れた15.4 mm SLよ り大 型の稚 魚(survivor: SVと略す)と3−5月に採集され たそれらの元個体群(population: PLと略 す )と の間 で、 輪紋 幅か ら推定した浮遊仔魚 期の逆算体長・日間成長率を比較した。
浮 遊 仔 魚 期 に つ い て は 、SVの 逆 算 体 長 は2001年 のinner check形 成 後15日 と 、 2003年 のinner check形 成 後5日 に お い て 、PLの 逆 算 体長 より も有 意に 大き かっ た
(クラスカル‐ウォリス検定:それぞれ、p=0.03,=0.002)。また、2003年のinner check 形 成後5日に おい て、 大型 の個 体の みが 生残 する と考 えられた(bigger‑is−better仮 説 )。 また 、高 齢の 雌親 が産 む大 型 卵に 由来 する 仔魚 は大 型で ある こと から (東谷 2004)、 低 水 温 年 に は 「 母系 効 果仮 説」 も仔 魚の 生残 に寄 与す るの かも しれ ない 。 底 生 期 に お け る 体 長 選 択 的 ・ 成 長 率 依 存 的 生 残 過 程の 有無 を検 証す るた めに 、 SVとPLと の 間 で 輪 紋 幅 か ら 求 め ら れ た 着 底 以 降 の 逆 算体 長・ 日間 成長 率を 比較 し た 。2001−2003年 す べ て の年 で、 眼球 移動 期に あた るouter check形成 後10日に お い て はSVの 逆 算 体 長 はPLよ り も 有 意 に 小 さ く 、 日 問 成 長 率 はSVの 方 が 体 長 の 退 縮 率 が 高 く 、 変 態 が 早 く 進 行 し て い た 。 従 っ て 、outer check形 成 後10日 で は
「bigger−IS−better仮説」は適用されず、成長の速い(退縮が速く進行する)個体が選 択 的に 生残 する 「成 長一 被食 仮説 」 が適 用さ れる と判断された。Outer check形成後 一1334―
20
日以降では、2002年のouter check形成後20日を除くすべての日齢においてSV の逆算体長はPLよりも大きく、日間成長率はPLよりも高かったことから、稚魚期に は成長率に依存した生残過程に加え、大型の個体が選択的に生残していることが考 えられた。以上の結果から、函館湾のマコガレイでは、孵化日選択的な生残過程は低水温の年 に限ってみられ、浮遊仔魚期には体長選択的・成長率依存的生残過程は生じにくい と判断された。―方で、底生期の体長選択的・成長率依存的生残過程は浮遊仔魚期 とは異なりいずれの年でも観察され、底生期の体長と成長率は、累積生残率を大きく 左右する要素であると考えられた。飼育環境下における仔稚魚の行動的特徴からマ コガレイにとっては変態期も死亡しやすい時期であることが報告されているが、本研 究は成長履歴解析によりこれを野外において実証した。また、マコガレイについて生 活段階に応じて生ずる様々な生残・死亡過程の存在が明らかとなった。さらに、本種 の成長様式は水温に強く影響を受けることから、生息北限域にあたる函館湾周辺海 域では、津軽暖流による熱輸送が本種の再生産を支える重要な要素であると推察さ れた。今後は、天然で採集されたエビジャコの胃から採取されたマコガレイ仔稚魚の 耳石と、同時・同所的に生息するマコガレイ仔稚魚の耳石との聞で成長履歴を比較 す るこ とに より 、成長 率依 存的 な被食を直接的に実証することが必要である。
学位論文審査の要旨 主 査 教授 高橋豊 美 副 査 教授 桜井泰 憲 副査 助教授 中谷敏邦
学 位 論 文 題 名
函館湾におけるマコガレイ仔稚魚の耳石日周輪を用いた 成長解析と初期生残仮説の検証
函館湾およびその周辺海域においてマコガレイは重要な漁業資源である。しかし、これ まで本種仔稚魚にっいて耳石日周輪解析が行われた事例はない。本研究は、飼育実験によ ルフオルマリン・工タノール固定による体長収縮、および耳石微細輪紋の日周性について 調べ、2001年から2003年に函館湾で採集されたマコガレイ仔稚魚の孵化日組成、仔魚期・
稚魚期の成長様式、個体ごとの成長履歴(過去の体長と日間成長率)を明らかにした。そ の上で、本種の初期生残過程を総合的に考察したものである。
本論文において評価される点は次の通りである。
1
)仔魚を5%フオルマリン溶液で固定した場合には、体長の収縮が大きい。一方、90%エタノール溶液で固定した場合、脊索長5 mm未満の仔魚の体長収縮はわずかであ
り(最大0.3 mm)、脊索長5mmを超える仔魚では体長の収縮は認められなかった。
このことから、
90
%エタノール固定標本については、体長を補正する必要がほとんどないと判断した。
2
)飼育実験を行った結果、sagittaとlapillus両耳石には開口や卵黄吸収完了の時期に通常より太い輪紋(inner check)が形成され、inner checkの外側には日周輪が形
成されることを明らかにした。また、函館湾のマコガレイ仔稚魚の日齢は輪紋数に
13
を加えることで推定できることを示した。さらに、lapillusには眼球移動開始期に通常より太い輪紋(outer check)が形成されることから、1本の輪紋幅計測軸
上で浮遊生活期と底生生活期に分けて成長履歴解析ができることを明らかにした。
3
)2003
年3月下旬に過去7年間の最低水温(4.9゜C)が記録されたのは、沿岸親潮系水の流入のためであることを指摘した。野外採集された仔稚魚の孵化日組成を調べ
た結果、上記の低温な水塊に遭遇した仔魚はほとんど全て死亡していたことを指摘
した。マコガレイ仔魚は水温7.5゜C以下ではほとんど摂餌できないことが知られて
おり、
2003
年の産卵期の前半に生まれた仔魚の死亡要因は、「低水温摂餌障害」による飢餓であると推察した。
4
)仔魚期の日間成長率には餌密度よりも水温が影響し、高水温で推移した2002年では、2001.2003年と比べて仔魚期の日問成長率が高く、変態の開始も早いことを示
‑ 1336−
し た 。 また 、2001.2003年 の稚 魚 期 日間 成 長 率は2002年 と 比べ て 高 く、 而 年 の 稚 魚 は 比 較的 短 期 間で エ ビ ジャ コに被 食されに くいサ イズに達 し、仔 稚魚期の 累積的 な生残率が高くなった可能性を示唆した。
5) 同じ日齢でも成長の良い個体・大型の個体は生残に有利であるとする「成長(―被食)
仮説」.「bigger‑is‑better仮説」を検証した。浮遊仔魚期の体長選択的・成長率依存的 生 残 過 程は2002年 に おい て は 認 めら れ ず 、浮 遊 仔 魚期 に お いて 而 仮 説は 年 に よっ て は 適 用さ れ な いこ と を 示し た。ま た、眼球 移動期 では「成 長―被 食仮説」 が、稚 魚 期 で は両 仮 説 がい ず れ の調 査 年 で も適 用 さ れた 。 こ のよ う に 、浮 遊 仔 魚期 の 体 長 ・成長 率と生残 の関係は 生じに くい一方 で、底 生仔稚魚 期の成長(体長・成長率)
は 本 種 の 初 期 生 残 過 程 に お い て 重 要 な 要 素 で あ る こ と を 指 摘 し た 。 6)本 種の初期 成長様 式は水温 に強く 影響され 、低水 温は仔稚 魚期を通 じてそ の生残に 強 い 影 響を 与 え るこ と が 明ら か と な った 。 生 息北 限 域 にあ た る 函館 湾 周 辺海 域 で は 、 津 軽暖 流 に よる 熱 輸 送は 本種の 再生産を 支える 重要な要 素であ ることを 推察し た。
以 上の結果 は、マ コガレイ 仔稚魚 にっいて 初めて 耳石日周 輪解析を行い、初期生残過程 を 検討し、 本種の 加入量変 動機構 を解明す る上で、 重要な 新知見を 提供した点が評価され る 。よって 審査員 一同は、 本論文 が博士( 水産科学 )の学 位を授与 される資格のあるもの と判定した。
な お 、平 成17年2月16日の 研究科教 授会最 終審査に おいて 、投票数32票、可 とするも の32 票で研究科委員全員が合格と判定した。
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