博 士 論 文 概 要
論 文 題 目
非線形反応拡散方程式における ヘテロクリニック乱流の解析
Analysis of Heteroclinic Turbulence in Nonlinear Reaction Diffusion Equation
申 請 者
渡橋 憲司
Kenji Orihashi
物理学及応用物理学専攻
2 0 1 0 年 2 月
No.1
乱流とは時間・空間的な乱れが持続する現象を指し、組織だった乱流研究とし ては1883年にReynoldsの行った、円管を内臓した水槽を用いた流れ の観測実験を発端とする。その後、コンピューターの誕生・発達に伴い、197 0年代からナヴィエ・ストークス方程式のシミュレーションを用いた乱流研究が 目覚ましい発展を遂げた。流体乱流の解析とともに、シュミレーションを用いて、
流体以外の系を記述する様々な非線形偏微分方程式にも乱流が存在することが明 らかになり、乱流研究の対象は広がっている。
シミュレーションにより得られた乱流解に対する解析では、主に統計手法が行 われてきた。具体的にはスペクトル解析や相関解析が挙げられる。Kolmog orovの、等方性乱流の空間スペクトルの5/3乗則を導く現象論的解析に始 まり、スペクトルが数値計算により具体的に求められるようになると、様々な方 程式の乱流解について調べられた。一方、レイノルズ数の研究の流れから、系の 特性長・特性時間についても研究がなされ、またカオス理論の発展に伴い乱流の フラクタル性やリャプノフ指数についての数値的研究も有力な手法となっている。
そうした統計解析の発展研究のひとつに、統計力学と臨界現象の概念を用いた解 析がある。臨界現象の理論を乱流のフィールドに適用し、系の特性量として相関 長・時間やリャプノフ指数を選び、それらについて様々なパラメータ依存性を調 べ、乱流の普遍性についての知見を得ようとする試みがHohenberg等に よりなされ、乱流の理解を大きく進展させた。
反応拡散方程式の乱流解の発生点付近の振る舞いについての有効な理論的解析 として、位相縮約法が挙げられる。反応拡散方程式の解の分岐点近傍での縮約方 程式を用いて乱れの発生時に関する理論的な知見を得ることが可能となったが、
乱流の大域的構造については今なお未解明の部分が多い。
最近見つかった乱流の新たな発生機構として、生態系(ロトカ・ヴォルテラ系
)や遺伝子発現系(レプリケータ系)に典型的にみられる、ヘテロクリニックサ イクルによる乱流現象がある。ヘテロクリニックサイクルとは、複数の不安定な 鞍部点とそれらをつないだ軌道のことで、そのサイクル付近の解は、サイクル自 身ににたどり着かずに巡回しつづけ、その鞍部点付近の滞在時間は指数関数的に 長くなる特徴を持つ。ヘテロクリニックサイクル近傍の解が拡散項の効果により 乱流化することが2003年にペトロヴスキーによって明らかにされたが(この 現象をヘテロクリニック乱流と名付ける)、その乱流解の振る舞いについては、ほ とんど明らかになっていない。
本研究の目的は、ヘテロクリニック乱流という未知な乱流現象に対し、具体的 な反応拡散方程式の乱流解のシミュレーションを行い、その発生メカニズム・特 性を明らかにすることである。
1章では、本研究で扱う対象・用いる手法についての概説を行う。まず、シミ ュレーションを中心にこれまでの偏微分方程式の乱流研究のまとめを、今回扱う
タイプの乱流に限らずに行う。ナヴィエ・ストークス方程式や複素ギンズブルグ
・ランダウ(cGL)方程式、それ以外にこれまで研究されてきた様々な方程式 について、乱流発生メカニズムを中心に説明する。次にシュミレーションにより 得られた乱流解に対する、空間スペクトル・相関長・相関時間・リャプノフ指数 などの数値解析結果を中心にまとめ、また位相縮約法についても説明を行う。さ らに、本研究の中心のテーマであるヘテロクリニックサイクル、実際に扱うレプ リケータ力学系・ロトカヴォルテラ力学系について概説を行い、最後に本研究の 目的を述べる。
2章では、ヘテロクリニック乱流を実際にシミュレーションし、乱流の性質を 明らかにする。具体的には空間1次元3種の拡散レプリケータ方程式を周期境界 条件で扱う。最初に、パラメータ空間での相図を求める。その結果、乱流が空間 一様解のスーパークリティカルホップ分岐とともに現れることがわかった。第2 に、乱流発生点付近の統計的性質を詳細に調べる。空間スペクトル・時間スペク トルを計算し、空間スペクトルについては指数減衰し、時間スペクトルについて は低周波数でフラット、高周波数で−2乗のべき、そして中間領域でピークを持 つことを示す。また、統計量として相関長、相関時間、第1リアプノフ指数、そ してリアプノフ次元について乱流の発生点付近で詳細に調べ、それぞれの統計量 が分岐点近傍でクリアーなスケーリング則を持つことを示し、その臨界指数を求 める。さらに乱流解の発生点付近で縮約方程式としてcGL方程式を導出するこ とによりノーマルフォームを特定し、そのcGL方程式と拡散レプリケータ方程 式の対応関係を調べる。その結果、拡散レプリケータ方程式の乱流解の統計則が 特徴的なスケーリング則を持つのは、ホップ分岐の影響を強く受けた為である事 と、その指数は理論値からはわずかなずれを持ち、乱流の発生点ごく近傍でも純 粋なホップ分岐の描像からずれが生じる事がわかった。
3章では、2章と異なる系についてヘテロクリニック乱流を調べ、両者の比較 により、ヘテロクリニック乱流の性質を明らかにする。具体的には競争拡散ロト カ・ヴォルテラ方程式(メイ・レオナルドタイプ)の周期境界条件下での計算結 果を述べる。最初に、分岐パラメータとして、2章では1つのみを設定していた が、3章では系の持つ2つのパラメータとシステムサイズの計3つに拡張し、非 常に広いパラメータ空間での系のアトラクターの相図を求め、この乱流の発生構 造を詳細に調べる。そこではいくつかのアトラクター間の分岐線が線形安定性解 析と一致するように明確に得られる。また、乱流はどのパラメータ領域でも2章 と同様にスーパークリティカルホップ分岐とともに現れるが、パラメータを乱流 の発生領域から強い乱流の現れる領域まで変えていくと、前章とは異なり、乱流 以外にトラヴェリングウェーブや空間一様なヘテロクリニック解が発生するマル チベイシン構造が現れることがわかった。またその際の転移境界は非常にいりく んだ形になっている。他のパラメータとしてシステムサイズを減らしていくと、
No.3
乱流解の発生領域は小さくなり、最後には乱流が発生しなくなる。その過程で、
上記のマルチベイシン構造のいりくんだ転移境界が、非常に複雑に遷移すること も示す。次に、乱流の統計的性質を詳細に調べる。まずは2章で扱った統計量に ついて、2つのパラメータとシステムサイズ、計3つのパラメータ変化に対する 振る舞いを詳細に調べる。その結果、ロトカ・ヴォルテラ系では2章とは異なり、
臨界スケーリング則は発生点近くで観測されるが、あるパラメータでは発生点ご く近傍でもスケーリング則が破れる領域が現れることがわかった。ただし、その 場合も発生点から少し離すと、スケーリング則が観測された。それらについて臨 界指数を求め、その結果、ロトカ・ヴォルテラ系でも理想的なホップ分岐からは 発生点付近でもわずかなずれを持つことと、統計量の間にはいくつかの関係式が 観測される事がわかった。その後位相縮約法を用いて乱流のノーマルフォームを 導出する。最後に、ホップ分岐から離れた、ヘテロクリニックサイクルの影響を 強く受ける領域の乱流について、統計を詳細に調べる。それによりヘテロクリニ ック乱流特有の統計性質についてもまとめる。
4章では、空間2次元のヘテロクリニックサイクルによる乱流パターンの振る 舞いを明らかにする。空間2次元の3変数競争ロトカ・ヴォルテラ反応拡散方程 式を周期境界条件で扱う。最初に相図を作成する。結果、乱流解は1次元同様発 生し、1次元で発生したトラヴェリングウェーブは2次元では回転らせん波とし て観測されることがわかった。これらの解の多彩な振る舞いをスナップショット で示す。次に、乱流解の統計解析として、スペクトル、統計量共に2・3章と同 様の解析を行う。それにより、1次元と2次元のヘテロクリニック乱流の発生点 付近での振る舞いの類似点・相違点を調べる。最後に、境界にノイマン条件を用 い、回転らせん波と標的パターンを乱流発生点付近と乱流の充分発達した領域で 作為的に発生させ、それぞれの解の安定性を調べる。その結果から空間2次元の ヘテロクリニック乱流の発生点から離れた領域での特徴についてまとめる。
5章では結論と議論、今後の展望について述べる。ヘテロクリニック乱流はス ーパークリティカルホップ分岐と共に発生する。発生点近傍ではホップ分岐の性 質を色濃く持つ乱流が現れ、統計量についてスケーリング則を持つ。しかし純粋 なホップ分岐の性質からは、わずかなずれを持つ。また、発生点付近でのホップ 分岐の特徴と異なる他の点(スケーリング則の破れ・ノーマルフォームの特異性
)や、ホップ分岐から大きく離れた領域での乱流の振る舞い、2次元乱流での統 計解析やらせん波・標的パターンの解析について、ヘテロクリニック乱流固有の 性質を見据えながら議論する。さらに、研究結果からヘテロクリニック乱流が実 際の生態系に及ぼす効果に関して、予想を含めて議論する。最後に今後の展望を 述べる。
早稲田大学 博士(理学) 学位申請 研究業績書
氏 名 渡橋 憲司 印
(2010年 2月 現在)
種 類 別 題名、 発表・発行掲載誌名、 発表・発行年月、 連名者(申請者含む)
論文
国際会議
[1]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Lyapunov Exponents of the Turbulent Replicator Dynamics”、
Journal of Physics: Conference Series 31, pp. 181-182 (2006)
[2]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Heteroclinic Turbulence in the Lotka-Volterra Reaction Diffusion Equation”, Journal of the Korean Physical Society 50 No. 1, pp. 267-271 (2007)
[3]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Lyapunov Spectra in Diffusion Replicator Equation”, in press by American Institute of Physics, pp. 158-161 (2008)
[4]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Turbulence in Diffusion Replicator Equation”, Physica D 237, No23, pp. 3053-3060 (2008)
[5]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Global Aspects and Heteroclinic Turbulence in Competitive Diffusion Lotka-Volterra Equation”, Submitted in Physica D (2009).
[1]K. Orihashi and Yoji Aizawa,” The scaling law and Lyapunov exponents of the replicator turbulence”, 第3回COE自己組織系物理シンポジウム, Tokyo in Japan (2005)
[2]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Scaling Law and Lyapunov Exponents of Turbulent Replicator Dynamics with Diffusion”, Dynamics Days, Maryland in USA (2006)
[3]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Spatio-Temporal Chaos of three variable competitive Lotka-Volterra reaction diffusion equation”, 第3回COE国際シンポジウム, Tokyo in Japan (2006)
[4]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Spatio-Temporal Chaos of three variable competitive Lotka-Volterra reaction diffusion equation”, Dynamics Days Asian Pacific, Pohan in Korea (2006)
[5]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Heteroclinic Turbulence in the Lotka-Volterra Reaction Diffusion Equation”, Asian Winter School in SOKENDAI, Gifu in Japan (2007)
No.2
早稲田大学 博士(理学) 学位申請 研究業績書
種 類 別 題名、 発表・発行掲載誌名、 発表・発行年月、 連名者(申請者含む)
講演
[6]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Toward the ergodic probrem in nonequilibrium stationary system –statistical anarysis of Fermi-Pasta-Ulum βmodel”, 第4回COE国際シンポジウム, Tokyo in Japan (2007)
[7]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Turbulence in Diffusion Replicator Equation”, LET’S FACE CHAOS THROUGH NONLINEAR DYNAMICS, Maribor in Slovenia (2008)
[8]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Statistical property of diffusion Lotka-Volterra equation”, Dynamics Days Asia Pacific 5, Nara in Japan (2008)
[9]K. Orihashi and Y. Aizawa, “Statistical Analysis of Heteroclinic Turbulence in Diffusion Lotka-Volterra Equation, Dynamics Days Europe 2009, Gottingen in Germany (2009).
[1]渡橋 憲司,相澤洋二, “拡散を伴うレプリケータ方程式における乱流的振る舞い”, 日
本物理学会2004年秋季大会, 青森県青森大学 (2004)
[2]渡橋 憲司,相澤洋二, “拡散を伴うレプリケータ方程式における乱流的振る舞い”, 第
2回21世紀COE自己組織系物理シンポジウム”, 早稲田大学 (2004)
[3]渡橋 憲司,相澤 洋二, “3 種の競争 Lotka-Volterra 型反応拡散方程式に現れる時
空カオスについて”, 日本物理学会2006年春季大会, 愛媛大学 (2006)
[4]渡橋 憲司,相澤 洋二, “開放系のエルゴード問題に向けて-Fermi-Pasta-Ulumβ
モデルの統計解析-”, 日本物理学会2007年秋季大会, 北海道大学 (2007)
[5]渡橋 憲司,相澤 洋二, ”競争ロトカヴォルテラ拡散反応方程式の乱流解の統計的解
析”,日本物理学会2008年春季大会,近畿大学 (2008)
[6]渡橋 憲司,相澤 洋二, “拡散ロトカヴォルテラ方程式の乱流解の統計解析”, 第 18
回日本数理生物学会,同志社大学 (2008)
早稲田大学 博士(理学) 学位申請 研究業績書
種 類 別 題名、 発表・発行掲載誌名、 発表・発行年月、 連名者(申請者含む)