超高周波の電波ばく露装置および ばく露評価に関する研究
椎名 健雄
2016
年
1
目次
第1章 序論 3
1.1
ミリ波帯電波の周波数利用の進展
. . . . 31.2
ミリ波ばく露の安全性をめぐる課題点
. . . . 41.3
細胞ばく露実験及び実験装置に関する従来の研究
. . . . 61.4
本研究の目的と各章の概要
. . . . 7第2章 超高周波数帯電磁波のばく露装置とばく露評価 9 2.1
超高周波ばく露装置の種類と開発の目標
. . . . 92.2
超高周波ばく露装置の評価するばく露条件
. . . 122.3
ばく露評価に用いる数値計算法と妥当性評価の方法
. . . 132.4
ばく露評価に用いる数値解析モデル
. . . 152.5
本章のまとめ
. . . 18第3章 放射型ばく露装置の開発 19 3.1
放射型ばく露装置の構成
. . . 193.2
放射型ばく露装置の解析方法
. . . 213.3
インピーダンス整合層挿入時の効率の向上と均一度変化の低減
. . . 223.4
放射型ばく露装置の吸収電力の効率と空間分布の一様性の評価
. . . 253.5
本章のまとめ
. . . 27第4章 漏れ波型ばく露装置の開発 28 4.1
漏れ波型ばく露装置の構成
. . . 284.2
漏れ波型ばく露装置の電磁界解析によるばく露評価
. . . 314.3
数値解析結果の妥当性評価
. . . 354.4
放射型ばく露装置に対する漏れ波型ばく露装置の有効性
. . . 394.5
本章のまとめ
. . . 42第5章 漏れ波型ばく露装置のばく露に対する周波数特性 43 5.1
漏れ波型ばく露装置の構成
. . . 435.2
漏れ波型ばく露装置の解析方法
. . . 465.3
数値解析結果の妥当性評価
. . . 475.4
周波数
40 GHz近傍での統計的なばく露特性
. . . 505.5
周波数
40, 60, 120 GHzでの統計的なばく露特性
. . . 515.6
漏れ波型ばく露装置の周波数無依存性の前提条件
. . . 535.7
本章のまとめ
. . . 54第6章 漏れ波型ばく露装置の偏波特性 56 6.1
漏れ波型ばく露装置の偏波状態の評価方法
. . . 566.2
漏れ波型ばく露装置の統計的な偏波の状態の解析結果及び考察
. . . 576.3
本章のまとめ
. . . 59第7章 細胞実験への放射型および漏れ波型ばく露装置の適用 61 7.1
超高周波での電波ばく露量に関する国内外のガイドライン
. . . 617.2
設定したばく露条件とガイドラインとの比較
. . . 627.3
超高周波ばく露装置の正常な細胞培養環境への検証
. . . 667.4
超高周波ばく露による細胞の生理的影響
. . . 687.5
本章のまとめ
. . . 72第8章 結論 74 8.1
本研究の成果
. . . 748.2
今後の課題
. . . 76参考文献 77 付録A アンテナと培養容器間での多重反射の影響 84 付録B 漏れ波型装置のばく露に対する統計的な特性 87 B.1
統計的な特性の評価方法
. . . 87B.2
電界強度の振幅特性
. . . 87B.3
漏れ波型装置のばく露に対する統計的な分布関数の導出
. . . 90付録C 放射型300GHzばく露装置の開発とばく露評価 92 C.1 300 GHz
放射型ばく露装置の構成
. . . 92C.2 300 GHz
放射型ばく露装置の解析条件
. . . 93C.3
実測結果と数値解析結果の比較
. . . 96C.4 300GHz
放射型ばく露装置のばく露評価
. . . 101C.5
本章のまとめ
. . . 103研究業績 105
謝辞 108
2
3
第 1 章
序論
1.1
ミリ波帯電波の周波数利用の進展
情報通信技術が発達し,ブロードバンドとスマートフォンの利用が急速に普及している.
最近では,一般的なインターネット閲覧のほか、Youtube などのインターネット上での動画 配信の利用と,ビデオオンデマンドやテレビ放送配信などの動画映像のニーズが多くなりつ つある.また,モバイル向けのコンテンツやサービスも増加している. 国内でのデータ流通
量は直近
9年間
(2005–2014年) で
9.3倍に増加し,推移している
[1].無線通信における搬送波もまた年々高周波化し,無線通信の伝送速度の高度化がなされている
[2].ミリ波とテラ ヘルツ波の周波数領域には未使用な周波数が多く存在しており,大学や企業でミリ波利用の 検討が積極的に進められている.
ミリ波は,波長
1–10 mmで周波数
30–300 GHzの電波の総称である.テラヘルツ波は,定 義が複数存在するが,周波数
0.1–10 THzの電磁波を指し示すことが多い
[2].本論では,ミリ波とテラヘルツ波を含めて超高周波とする.国内のミリ波テラヘルツ波の能動的利用は,
大別すると,通信システムとイメージング
(レーダー)システムへの利用が認められている.
しかしながら,産業的に超高周波の利用されていない周波数の帯域はまだ多く残っている.
ミリ波帯とテラヘルツ波帯
(3 THz以下) の周波数の国内の割り当て状況は,図
1.1の通りで
ある
[3].表1.1には,電波の使用状況に関する補足説明を示す.
通信とイメージングシステムの応用が進み,超高周波にばく露される頻度,合計のばく露 時間が増え,長期間のばく露につながる可能性がある.超高周波デバイスの周波数利用を進 める中で,超高周波数帯の電磁界ばく露による,生体に対する作用,安全性評価への関心は 高まってきている.人体への超高周波のばく露については,電磁界の安全性
[4],東欧と旧ソ連を中心とした医療応用
[5],皮膚がんの早期診断などへのバイオ·生体分析への応用
[6]の観点などから盛んに研究が実施されている.
1.2
ミリ波ばく露の安全性をめぐる課題点
図
1.1.総務省の電波利用ホームページから抜粋
[3].平成
27年
5月現在
表
1.1.図
1.1の括弧付きのミリ波帯電波の使用状況に関する補足説明
[3].番号 周波数帯
(GHz)主な用途等
欄外
29.5–31.0電気通信業務等データ中継固定衛星
[4] 36.0–37.5, 43.5–45.2
公共機関の画像伝送
[2] 41.0–42.0, 54.25–55.78, 116–134
放送事業者の番組素材の中継用
[9] 55.78–59.0
高速無線回線システム等
[10] 57.0–66.0
画像伝送用システム,データ伝送用システム等
[11] 71.0–76.0, 81.0–86.0 80GHz
帯高速無線伝送システム
1.2
ミリ波ばく露の安全性をめぐる課題点
高周波ばく露の生体作用は,熱作用と非熱作用に分けて論じられることが多い.超高周波 を含む高周波数帯
(100 kHz以上) では,熱作用の存在が確立されている.熱作用は,体内 に吸収された電波のエネルギーが生体分子を振動,回転させて発生する熱による,人体全 身または部分的な体温上昇に伴う作用である.非熱作用は,熱を介さず人体に影響を及ぼ す電磁界の直接的な作用と考えられる.超高周波ばく露の非熱作用は,1970 年代に
Fr¨ohlichにより提唱されている理論的なモデル
[7]がよく知られている .しかしながら,現在も超高 周波ばく露の非熱作用は確立されていない.
Fr¨ohlich
は,生体内のコヒーレントな電気振動の存在を理論的な仮説として示し,細胞内
の制御に重要な役割を果たしていると考えた
[7].Fr¨ohlichは,生体膜上での振動と超高周波 の電磁界が結合することによって,ばく露の周波数と強度に依存する非熱作用を示唆した.
非熱作用のばく露条件となる電気振動の振動数は,細胞膜の厚みと音速の値を用い,0.1–1
THz,強度の閾値は1 µW/cm2
と推定されている.
Grundler
らの実験報告
[8]は,Fr¨
ohlichの仮説を支持する報告の1つである.周波数
41GHz
付近の微弱な超高周波によって,イースト菌や大腸菌の増殖速度が周波数依存的に鋭敏 に増減することを報告した.続いて,Grundler らは,同様の現象を繰り返し確認した
[8, 9].4
第
1章 序論
表
1.2に,Fr¨
ohlich仮説に関する過去の実験報告をまとめた.Furia らが行った再現実験で は,反対に,周波数依存性の非熱作用が認められなかった
[10].欧州委員会により公表された近年の細胞実験結果の評価
[11]においても,非熱作用を認める報告と認められない報告 が散見され,超高周波の非熱作用の有無は結論付けられていない.
非熱作用の生物学的な実験を更に実施していくために,超高周波ばく露装置の確立が必 要である.本研究で着目する装置は,非熱作用の有無への探索に適したばく露特性を持ち,
ばく露条件が明確な装置である.両条件を満たすばく露装置の確立は,Fr¨
ohlich仮説を含 めた非熱作用が認められないといった科学的根拠を与える.反対に,ばく露条件が明確で,
Fr¨ohlich
仮説の非熱作用を生じるばく露条件を明確にする実験が可能になる.超高周波ばく
露装置の確立による研究の意義は,安全で安心な電波利用社会の構築と医療応用,生体の制 御のための実験に役立つことである.
表
1.2. Fr¨ohlich仮説に関する過去の研究.
簡単な出典等 照射周波数 実験内容 結果
Webb, 1969 [12] 64–75 GHz
大腸菌の吸収スペクトル 周波数に依存して変化
Grundler, 1977 [8] 41.4–41.8 GHz
イースト菌の増殖速度 周波数に依存する
Gandhi, 1980 [13] 26.5–90 GHz
大腸菌,イースト菌, 周波数に依存しない
カンジダ等の吸収スペクトル
Grundler, 1983 [14] 41.4–41.8 GHz
イースト菌の増殖速度 周波数に依存する
Furia,1986 [10] 41.4–41.8 GH
イースト菌の増殖速度 周波数に依存しない
Grundler, 1988 [9] 41.4–41.8 GHz
イースト菌の増殖速度 確かに周波数に依存する
Gos, 1997 [15] 41.68–41.71 GHz
イースト菌の増殖速度 周波数に依存しない
過去の研究での生物学的な評価項目とばく露条件の関係を図
1.2に示す.Grundler らは,
生物学的な評価項目を細胞の増殖速度とした,周波数(窓型)と強度(閾値型)に対し生 物学的な評価項目の関係性を示している
[8, 16].ミリ波の周波数領域には,強度の窓があるといわれている
[17].ばく露特性に依存する生物学的な反応変化を抽出するためには,周波数,ばく露量の変化可能な幅が,それぞれ十分に大きいことが必要である.さらに,周波数 か強度のどちらかのばく露条件を変化させたときの他のばく露条件を考え,周波数,ばく露
量
(偏波特性),温度上昇が,周波数と強度に無依存なことが必要である.周波数の具体的なばく露条件は,屋内で通信に利用される周波数
60, 120 GHzなど,
Grundler
らが実験で使用した
40 GHz近傍,Fr¨
ohlich仮説での周波数範囲
100 GHz以上 が
対象となる.強度に対しては,身のまわりの電磁界の強度,Fr¨
ohlich仮説の閾値付近が対象
となる.身のまわりの電磁界の強度については,国際非電離放射線防護委員会
(ICNIRP)や
1.3
細胞ばく露実験及び実験装置に関する従来の研究
(a) (b)
図
1.2.過去の研究から推測されるばく露条件による生物学的な反応変化の型.
(a)周波数の窓 型
(Grundler, 1977 [8])あるいは強度の窓型
(Belyaev, 1996) [17]の非熱作用
, (b)強度の閾値型
(Grundler, 1992) [16]の非熱作用.
IEEE
等により,国際的な人体防護ガイドラインが示されている
[18, 19].ICNIRPの基本制 限に従うとき,20 mW/cm
2までの比較的高い強度の超高周波に,人体がばく露される可能 性がある.この場合,高強度にばく露する性能が必要となる.
1.3
細胞ばく露実験及び実験装置に関する従来の研究
現状の細胞用超高周波ばく露装置では,開口面アンテナを用いた(放射型)ばく露装置
[20]が使用されることが多い.放射型ばく露装置は,培養容器底の下側から細胞の存在する空間 をばく露する.細胞が存在する空間でのばく露の空間分布は,可能な限り一様にすべきとさ
れる
[21].ホーン近傍(フレネル領域)に培養容器を配置したとき,高強度のばく露と,空間分布の一様性の両立が可能になる
[20].放射型ばく露装置を用いた超高周波ばく露装置の現状の課題を述べる.培地の入った培養 容器と空気の境界面には,インピーダンス不整合による反射波が発生する.反射係数は,培 養容器底面の厚みによって最大
−5 dBと高い
(周波数 42.2, 53.6 GHz) [22].文献 [20]を元 に,培養容器がホーンアンテナのフレネル領域に配置されるとき,培養容器の反射と,電源 側の反射とホーン部での反射により,培養容器とホーンアンテナの間に多重反射が存在す ると考えられる.従って,ばく露装置の使用上での課題としては,位置設定の誤差などミリ メートル以下の多少の離隔距離の変動でばく露量が変わる可能性があることである.次に,
無依存なばく露条件への課題の1つ目は,高強度ばく露で生じる熱が培地内から放熱されに くいことである.自由空間の伝搬を阻害できないため,培養容器への放熱素子の取り付けが 困難である.また,2つ目は,ばく露量の周波数特性に着目したばく露条件が殆ど定量化さ
6
第
1章 序論
れていないことである.放射型ばく露装置の開発は十分でなく,新たな構造のばく露装置も 必要である.
1.4
本研究の目的と各章の概要
本研究の目的は,超高周波ばく露の非熱作用の有無の探索および周波数と強度のばく露特 性に対する生物学的な反応変化を抽出しやすい装置を確立することである.1 つ目に,周波 数に着目した非熱作用探索のための装置を確立する.周波数依存性の非熱作用の探索用の 装置は,細胞の存在する範囲でのばく露条件が明確で,統計的なばく露特性の周波数無依存 性を持つ装置である.2 つ目に強度に着目した非熱作用探索のための装置を確立する.強度 依存性の非熱作用の探索用の装置は,入力電力に対する高い吸収電力効率を得る装置,高強 度ばく露で生じる熱を培地内から逃がす装置である.3 つ目に,開発したばく露装置を用い た細胞実験を実施する.体表の細胞への長時間ばく露時の非熱作用の有無を検討する.
図
1.3に本論文の構成と章立てを示す.本章では,序論として,本研究の目的及び位置づ けを示した.第
2章では,超高周波のばく露装置開発の全体像を示した.超高周波数ばく露 装置の基本的な考え方と開発に必要とされる性能を整理し,放射型ばく露装置と新たに開 発した漏れ波型ばく露装置の基本的な構造と設計での指針を示した.第
3章では,放射型ば く露装置の問題点としてアンテナと培養容器の間の多重反射に起因する使用上の課題を解 決した.放射型ばく露装置の構成とばく露評価,離隔距離の変化の影響,従来の超高周波ば
く露装置
[20, 23]との比較について述べた.第
4章では,熱作用を排除するための漏れ波型
ばく露装置を開発した.ばく露装置の構成と,数値解析と実測によるばく露評価,放射型 ばく露装置との特性の比較について述べた.第
5章では,周波数依存性の非熱作用の探索用 のばく露装置を確立するために,漏れ波型ばく露装置での周波数
40 GHz近傍と周波数
60,120 GHz
の周波数への無依存なばく露特性を示して,ばく露装置の周波数無依存性を示し
た.第
6章では,漏れ波型ばく露装置のばく露条件の明確化のため,統計的な偏波の状態を 定量化した.第
7章では,細胞実験を通して,漏れ波型ばく露装置と放射型ばく露装置の細 胞実験における有用性を実証した.第
8章では,本研究で得られた知見を総括し,今後の展 望と課題を整理した.
第
3章,第
5章および第
6章は電子情報通信学会論文誌に,第
4章の内容は
IEEE Microwave Theory and Techniquesで採録された
[24–26].1.4
本研究の目的と各章の概要
図
1.3.本論文の構成と章立て.
8
9
第 2 章
超高周波数帯電磁波のばく露装置とばく露評価
本章では,超高周波のばく露装置開発の全体像を示した.まず,超高周波ばく露装置の開 発に必要な性能を整理した.整理した性能から,ばく露の効率,空間分布の一様性の評価指 標と数値目標を示した.最後に,本論文の超高周波ばく露装置のばく露評価と主な解析手法 を整理した.
2.1
超高周波ばく露装置の種類と開発の目標
2.1.1
超高周波ばく露における細胞実験の方法の選択
非熱作用の研究には,研究室間の相互評価が必要である
[11].そのため,細胞実験の細胞増殖などの評価指標に広く適用でき,装置として汎用性が高い細胞実験の方法を選択した.
装置の汎用性を高めるために,ばく露の対象は商用の培養容器を用いた典型的な平面培養さ れる細胞とした.平面培養ができ,汎用性の高い培養容器
[27]として,35 mm, 60 mm, 90
mm
シャーレ
(ペトリディッシュ)を用いた.細胞の性質には,培養容器の底面に接着し,
伸展を行う接着性と,浮遊した状態で増殖する浮遊性がある.接着性の細胞と浮遊性の細胞 が存在する空間は,十分に時間が経過した場合,どちらも容器内
(培地内)底面である
[28].図
2.1.対象とする平面培養.
2.1
超高周波ばく露装置の種類と開発の目標
今回は,細胞が存在する空間全体をばく露の対象とした.ばく露する対象の大きさは,ば く露装置開発で達成する目標の
1つとした.必要な培養容器内の底面積は,
50 cm2以上に 大きいことが提案されている
[29].培養容器の底面積が増加することで,ばく露される細胞数と増殖可能な領域が増える.特に,遺伝毒性の細胞実験において統計的に有意な結果を得 る場合に必要である
[30].超高周波帯における培地に対する電波の透過性は小さい.培地は超高周波帯において純水 と近い電気的特性を有する
(周波数20–67 GHz [31],周波数 300–3000 GHz [32]).超高周波帯 電波の侵入深度は、純水内で
1 mm以下 である
[33].培地内の侵入深度は,培地の厚み (例えば,
2–5 mm)に比べて浅い.従って,超高周波のばく露でのエネルギー吸収は,電波入射
側の培地内の表面付近に集中していると考えられる.
2.1.2
放射型ばく露装置とその開発の目標
開口面アンテナを用いた放射型ばく露装置は,細胞用の高強度かつ一様なばく露のために 有効なばく露の方法である
[20].放射型ばく露装置は,培養容器底の下側から細胞の存在する空間をばく露することができる.放射型ばく露装置の開発では,周波数
60 GHzを中心と して,適した開口面アンテナの種類と,アンテナと培養容器間の適した離隔距離への知見が 得られている
[20, 34].培養容器とアンテナの開口面の間の離隔距離は,ばく露の効率と,ばく露の空間分布の一 様性を変化させる.また,図
2.2のように,ばく露の効率と,ばく露の空間分布の一様性は,
トレードオフの関係がある.離隔距離を長くするにつれて,細胞が存在する空間における電 磁界分布は一様になるが,ばく露の効率は低下する
[34].両者を両立する離隔距離は,開口 面に近いフレネル領域内
(周波数60 GHz)にあることが
Zhadobovらによって示された
[20].Zhadobov
らの放射型ばく露装置
[20]を,本研究でのばく露の効率とばく露の一様性を比
較する対象として用いた.また,ばく露の効率と空間分布の均一度を
Zhadobovらの放射型 ばく露装置と同程度以上にすることを目標とする.
ばく露の一様性の目標では,他のばく露実験,あるいは他のばく露装置と,同程度以上の 空間分布の均一度を目指す.Kuster らは,細胞用のばく露量の空間分布を出来るだけ一様 にすべき
[21]と提案している.Kuster らが対象とする周波数は,Kuster らの研究グループ が開発しているばく露装置の使用周波数
[29]から,3 GHz 以下の低い周波数と考えられる.
本研究で開発する超高周波のばく露装置の一様性の考えは,Kuster らの一様性の提案
[21]10
第
2章 超高周波数帯電磁波のばく露装置とばく露評価
と異なる.一様性の考えを周波数によって変えるべき理由は,細胞実験に使用する超高周波 の波源の出力電力の違いと,波長と培養容器の大きさの関係から生じる干渉の発生しやすさ の違いである.超高周波のばく露は,空間分布の一様性とばく露の効率の両立性が求められ
ている
[20].一様な入射波でも,超高周波のばく露は細胞の存在する空間での分布が完全に一様にならない
[35].従って,ばく露の一様性の目標は,他のばく露実験あるいはばく露装置と,同程度以上のばく露を目指した.
図
2.2.ばく露の効率と,ばく露の空間分布の一様性と離隔距離のトレードオフ関係.
2.1.3
漏れ波型ばく露装置とその開発の目標
図
2.3に漏れ波型ばく露装置の主な構造を示す.平板アプリケータに載せた培養容器に対 して漏洩波を直接ばく露する.平板アプリケータ内の平行平板に電波を拡散させ,薄い平 行平板を介して放熱する.平板アプリケータでの電磁界は,平行平板の周囲から給電され,
互いに重ね合わさる.
漏れ波型ばく露装置は,
•
ほぼ閉空間な構造で、電力損失が低い,
•
温度制御素子を容易に取り付け可能,
•
平行平板内での波の重ね合わせにより周波数に依存しないばく露特性 の特徴を持つ.
温度制御素子の取り付けは,細胞への熱作用を排除するために,高強度のばく露により発
生する培地内の熱を放熱する狙いがある.温度制御素子によって,ばく露量の変化時も,培
地内を任意の温度に制御することを目的とした.今回実験に用いる商用のインキュベータ
2.2
超高周波ばく露装置の評価するばく露条件
図
2.3.漏れ波型ばく露装置の構造.
(IT400,Yamato Scientific Co., Ltd,Tokyo)
の温度分布精度は,0.2
◦Cである.熱作用をで きる限り排除するために,温度上昇を
0.2◦C以下に抑えた.
波の重ね合わせと周波数に依存しないばく露特性を関係付ける.電界の空間分布は,次の 条件で,各方向成分のフェーザの実部と虚部
(各瞬時値)が互いに独立な性質を持ち,正規 分布に従う
[36].1つ目の条件は,中心極限定理への前提条件として,同一性がほぼ成り立 ち,互いに独立な多数の方向に伝搬する波が重なり合うことである.同一性の条件は,つま り,直接波が影響しない場合である.5 波以上重なると,分布関数によく近似できる
[37].2つ目の条件は,空間分布の格子点が多く,空間分布が波長に比べて十分に広いことである.
2
つの条件を満たす場合に,瞬時値及び絶対値のヒストグラムが分布関数に近似できる.こ のとき,統計的に導出された分布関数は,周波数に対して直接的に変化しない.従って,周 波数の幅広い変化に対する統計的なばく露量変化の低減に役立つ.
2.2
超高周波ばく露装置の評価するばく露条件
評価するばく露条件は,ばく露の効率,ばく露の一様性,培地内の温度上昇と,偏波状態 の空間分布と一様性とした.
偏波の状態は,非熱作用の発生条件に関わる.Belyaev は,X 線ばく露により損傷を受け た大腸菌への円偏波ばく露によるたんぱく質発現への影響を示唆した
[38].また,周波数依存性の非熱作用と関連する,形状の異なる
DNA鎖と偏波状態の共振効果の非熱作用を示唆
した
[39].電磁界の実効値と瞬時値の関係は,偏波の状態に依存する.円偏波は,最大値と12
第
2章 超高周波数帯電磁波のばく露装置とばく露評価
実効値の差が
−3 dBで,直線偏波は,最大値と実効値の差が
0 dBである.超高周波のばく 露は一様でないため,偏波状態の一様性の定量化が必要である.
ばく露の効率は,入力電力に対する電磁界強度,入力電力に対する培地内で吸収される電 力の効率とした.入力電力に対する培地内で吸収される電力の効率
ηaは,
ηa= Pa
Pin
=
Ni
∑
i=1 Nj
∑
j=1 Nk
∑
k=1
σ|E(i, j, k)|2∆x∆y∆z Pin
(2.1)
で与えられる. ここで,
Paは培地内の単位セルあたり吸収される電力の総和
[W], Pinはア ンテナ入力電力
[W], i, j, kは培地内の各座標,
Ni, Nj, Nkは培地内の格子数,
|E(i, j, k)|は電 界強度の実効値
[V/m],σは培地の導電率
[S/m],∆x,∆y,∆zは直交座標上での各格子サイ ズ
[m]である.
ばく露の一様性を評価する指標は,先行研究の中で複数定義されている
[20, 40].細胞へのばく露装置開発およびばく露評価の一部の研究では,空間分布の相対標準偏差
(RSD:relative standard deviation)
が
30%以下であることを開発の目標とすべきという考えがみら
れる
[21].標準偏差もしくは相対標準偏差は, ばく露量の均一度を表す唯一の指標ではない.例えば,培養容器への入射する電界強度の空間分布が,一様な平面波に近い場合,ま たビーム形状で,ガウス分布に近似できる場合がある
[40].この場合,最小値と最大値の比 (Max.-to-Min.)もまた妥当な指標である.
細胞の存在する空間での電界分布は,ビーム形状のガウス分布と明らかにかけ離れた形状 となることもある
[20].このとき,ばく露量の均一度の妥当な指標は,ばく露量の一定幅の中に存在する相対的な細胞数である.例えば,空間平均値に対する
±3 dB領域
(Ave. ± 3 dB), または ± 5 dB領域
(Ave. ± 5 dB)が用いられている
[20].本論では,4つの指標,
RSD, Max.-to-Min., Ave. ± 3 dB, Ave. ± 5 dB
によってばく露の一様性を議論した.
2.3
ばく露評価に用いる数値計算法と妥当性評価の方法
2.3.1電磁界解析
ばく露評価の電磁界解析には,
Finite-Difference Time-Domain (FDTD)法を用いた.FDTD
法は,マクスウェルの微分方程式 を空間領域および時間領域で差分化し,微小直方体(セ
ル)に分割した解析領域の電磁界分布を算出する
[41].超高周波の電力吸収は培地内底面に2.3
ばく露評価に用いる数値計算法と妥当性評価の方法
て局所的に生じるため,微小な空間分解能での電磁界分布の測定は困難である.そのため,
FDTD
法は,細胞ばく露実験のばく露評価に有効な数値解析手法であり,複数の研究機関で 使われている
[20, 23, 42].2.3.2
数値解析の妥当性評価の方法
数値解析の妥当性評価では,ばく露中の培地上面へのサーモグラフィカメラによる温度 測定と数値解析が近い結果であることを確認した.電磁界測定に使われる従来の導波管プ ローブは,培地内の近傍界分布の擾乱を生じる可能性がある.そのため,培地内での電磁界 に対し,導波管プローブを用いた直接的な測定は難しい. サーモグラフィカメラの温度測定 法は,物体表面の温度分布の測定により,電磁界分布を評価の対象とすることができる.ま た,温度測定が非侵襲で,対象の超高周波の電磁界への擾乱が少ない.
図
2.4にサーモグラフィカメラでの測定実験の構成を示す.細胞が存在する空間である培 地底面の温度分布は,培養容器材料のポリスチレンによる赤外線放射の吸収により,直接測 定できない.培地底面に替えて,培地表面の温度分布をサーモグラフィカメラにより測定す る.培地内の電磁界の吸収に対する電磁界解析結果と,培地表面の温度上昇分布に対する熱 解析を組み合わせた結果を妥当性検証の対象とした.
図
2.4.サーモグラフィカメラでの測定実験の構成.
14
第
2章 超高周波数帯電磁波のばく露装置とばく露評価
温度上昇分布は,ばく露により発生する熱が拡散する熱と比べて十分に大きいとき,培地 内の内部電磁界の分布と強く相関がある.電磁界の吸収と温度上昇の相関関係を向上する ため,高強度なばく露で,かつ培地底面と培地表面の温度分布が対応付く短時間のばく露時 間を設定した.培地底面と培地表面の温度分布を対応付けるために,培地の厚みを薄くし,
培地表面へ熱が伝わり,測定器の精度範囲以上に温度を計測できるばく露時間を設定した.
2.3.3
熱解析
熱輸送方程式は,基礎方程式を
(2.2)式とし,空間領域および時間領域で差分化して,微小 直方体(セル)に分割した解析領域の温度分布を算出した.
ρc∂T
∂t =−∆·(−k∆T) +ρSAR (2.2)
ここで,
T (◦C)は培地内の温度,
Tairは,容器と接する空気の温度
(◦C),ρは密度
(kg/cm3),c
は比熱
(J/kg·K),kは熱伝導率
(W/m·K)とした.SAR
(Specific Absorption Rate)は比エ ネルギー吸収率である.SAR は,熱源として代入した.
境界条件は,(2.3) 式の通り,ノイマン条件とした.
⃗
q·nˆ=h(T−Tair) (2.3)
ここで,⃗
qは,境界における法線方向の熱流束
(W/m2)とした.h は,熱伝達率
(W/m2·K)とした.
2.4
ばく露評価に用いる数値解析モデル
数値解析でモデルとする試料は,培地と培養容器を用いた.
培養容器に用いられるポリスチレンの誘電率は,周波数分散性がほぼ見られない
(周波数 35–340 GHz) [43].従って,各周波数 40, 60, 120, 300 GHzの培養容器の電気定数は,関東電 子応用開発により周波数
60 GHzでデータ提供された複素比誘電率
2.58-j0.006を使用した.
培地の電気定数は,Ellison らの純水の誘電緩和モデル
[44]を参照値とし,純水の
Debye分 散における遅い緩和と速い緩和の誘電応答を加えた次式より求めた
[44].ε∗=ε′+jε′′
=ε∞+ ∆1
1−jωτ1
+ ∆2
1−jωτ2
(2.4)
εs−ε∞= ∆1+ ∆2 (2.5)
∆i=a(i) exp(−b(i)T) (2.6)
τi=c(i) exp(d(i)/(T+tc)) (2.7)
2.4
ばく露評価に用いる数値解析モデル
i = 1,2
とした.ここで,ε
∞は,角周波数
ω → ∞のときの純水の複素比誘電率の実部,ε
sは静電磁界での純水の複素比誘電率の実部,∆
nは,
τnは各緩和時間である.T は温度
(◦C),tc
はガラス転移温度を考慮した
critical温度である.a(n), b(n), c(n), d(n) はフィッティング より得られる.
各周波数
40, 60, 120, 300 GHzの純水の誘電率と培地の誘電率を同一にみなすために,周
波数
40–100 GHzと周波数
300 GHzで純水と培地の誘電率を比較した.まず,室温での培地
の測定結果と純水の参照値の比較を示す.周波数
110 GHz以下の培地
Ham’s F-12の誘電率 は,同軸プローブ法
[45]を用いて測定した.周波数は,0.5 GHz–110 GHz (0.5 GHz 刻み) と した.使用する機器には,ベクトルネットワークアナライザ
(E8361A, Agilent Technologies),本体の
RF信号のアップコンバート,ダウンコンバートを行う周波数拡張ユニット
(N5260A, Agilent Technologies)を用いた.
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図
2.5.純水の参照値と同軸プローブ法を使った培地の測定値の比較.測定値は実験回数
3回の平 均値.
図
2.5に同軸プローブ法での培地の測定結果と純水の参照値を示す.純水の参照値の温度 は
26◦Cとした.周波数に対する比誘電率の実部と虚部の変化はそれぞれ似通っており,周
波数
22 GHz以上でともに単調に減少した.周波数
100 GHzにおいて,測定した複素比誘
電率の実部は
9.73,虚部は13.1であった.周波数
100 GHzにおける参照値の比誘電率の実
部は
8.71,虚部は14.3であった.周波数
100 GHz以下の培地の誘電率の測定値は,純水の
16
第
2章 超高周波数帯電磁波のばく露装置とばく露評価
参照値に比べ,10% 以下の差異で概ね一致した.周波数
100 GHz–110 GHzの誘電率は,両
者で実部
1.0,虚部 1.0程度の差異があったものの,一定の幅に収まった.
次に,ばく露実験に使うインキュベーター内の温度と同じ,
37◦Cでの純水と培地の誘電率 の比較を示す.図
2.6に,純水の参照値と過去の培地の誘電率測定結果
[31, 32]の比較を示 す.周波数
20–67 GHzの培地の誘電率測定の報告では,Zhadobov らの同軸プローブ法によ
る温度
37◦Cの培地
(DMEM)の複素比誘電率の測定値
[31]を示す.培地の測定値と純水の
参照値は,周波数
20 GHzから
67 GHzにおいて十分に近い値であった.周波数
300 GHz以 上の培地の誘電率測定の報告では,京都大学白神らによる
THz TD-ATR分光を使った培地
(RPMI-1640)
の温度
37◦Cでの複素比誘電率の測定値
[32]を示す.参照値の純水の複素比誘
電率は,周波数
300 GHzのとき実部で
5.38で,虚部で
6.65であった.白神らの培地の複素 比誘電率は,周波数
300 GHzのとき実部で
5.77で,虚部で
6.69であった.培地と純水の誘 電率は,周波数
100 GHz以下に加えて,300 GHz 付近で
10%以下の差異で概ね一致した.
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O2+D-9+13/0+1,
図
2.6.純水の参照値と培地の測定値
[31, 32]の比較.測定手法は
Zhadobovらが同軸プローブ法,
白神らが
THz TD-ATR分光法.文献データは,グラフ分析ソフト
GSYSによって作成.
周波数
40, 60, 120, 300 GHzの数値解析モデルには細胞層を含めなかった.細胞層の有無
によるばく露量への影響は小さいと仮定した.細胞の主成分が比誘電率の大きな水分と考
えると, 細胞層の有無によるばく露量の変化は無視できない可能性がある.細胞層の厚み が
2.5
本章のまとめ
12.5 µm
以下のとき,アンテナ側への反射電力は,周波数
50 GHzの平面波
(垂直)入射の多 層平板モデルに対して変化しない
[46].接着培養時に測定された,ヒトの接着性細胞の厚みは,大腸腺がん
(DLD-1)細胞, 株化ヒト胎児腎
(HEK293)細胞,ヒト子宮頸がん
(HeLa)細 胞に対し,6.5–8.0
µmである
[47].報告された細胞層の厚みは 12.5µmより薄いため,細胞 層の有無によるばく露量への影響は小さいと考えた.
2.5
本章のまとめ
超高周波ばく露の非熱作用の有無と,強度と周波数への依存性を探索しやすい装置の確立 のため,ばく露装置の開発の全体像を整理した.強度の幅広い変化量および強度に無依存な ばく露条件のために,ばく露の効率と一様性を両立する放射型ばく露装置を既存とし,漏れ 波を用いた新たなばく露方法による熱作用の排除の可能性を示した.周波数に無依存で明 確なばく露条件のため,統計的な仮定に基づき周波数に無依存なばく露量が得られるばく 露方法を示し,明確化するばく露条件として,細胞の存在する空間のばく露量,分布の一様 性,偏波の状態について示した.
18
19
第 3 章
放射型ばく露装置の開発
本章では,高強度のばく露と,細胞の存在する面内での十分な強度の均一性を可能とする 放射型ばく露装置を確立するために,放射型ばく露装置の多重反射に起因する使用上の課題 を解決する.本章の放射型ばく露装置は,先行研究と同じく,開口面付近のフレネル領域へ 配置した細胞培養容器へばく露する方法とする.培地の入った培養容器と空気の境界面に おいて生じる反射波を打ち消すために,円錐ホーンアンテナと培養容器の間にインピーダン ス整合層を新たに挿入し,数値解析によって有用性を示す.1 つ目に,ばく露の効率を向上 する効果と,2 つ目に,アンテナと培養容器間での多重反射に起因するミリメートル以下の 離隔距離の変化によるばく露量の変化を低減する効果について考察する.次に,培養容器内 に接着している細胞へのばく露の効率と一様性を評価する.最後に,評価結果から,開発し たばく露装置の性能と先行研究の放射型ばく露装置の比較結果を示す.使用した周波数は,
無線
LAN等の近距離高速無線通信システムへの実利用が進められている周波数
60 GHzと した.
3.1
放射型ばく露装置の構成
図
3.1に,ばく露システムのブロック図とインキュベータ内部でのばく露装置の構造につ いて写真を示す.アンテナと培養容器はインキュベータの内側に設置した.インキュベー タ内では,細胞培養での好ましい環境に合わせ,温度,湿度及び
CO2濃度が制御できる.ア ンテナは,第
2章で述べた先行研究の放射型ばく露装置
[20]と同じく,細胞が存在する位置 の培地底面にて高いばく露量を与えるために,培養容器の直下に設置した.
アンテナには,円錐ホーンアンテナ
(QWH-VCCR0Z141, Quinster technology, inc.,絶対利
得
21 dBi)を用いた.円錐ホーンアンテナの放射特性は,角錐ホーンアンテナ及び開放終端
導波管アンテナと比較したとき,空間分布の均一性がほぼ同じとなる離隔距離において,E
3.1
放射型ばく露装置の構成
図
3.1.ばく露システムのブロック図とインキュベータ内部でのばく露装置の構造について.
面と
H面の放射パターンの対称性が高く,細胞培養容器を高強度に照射できる
[34].円錐 ホーンアンテナでの遠方界領域は,アンテナ開口面から
2D2/λ (λは自由空間内の波長,D は開口面の大きさ) 以上の離れた領域である
[48].ばく露の効率を高めるために,遠方界領域となる離隔距離
244 mmより近いフレネル領域に培養容器を配置した.ここで,細胞培養 容器の底面とアンテナ開口面の間の距離を離隔距離
dとした.
アンテナと培養容器の間の離隔距離
dは,
30 mm (± 0.5 mm)と
90 mm (± 0.5 mm)にて検 討した.先述の
Zhadobovらによる開口面のフレネル領域に培養容器を配置するばく露装置 では,アンテナと培養容器の間の最適な離隔距離を
25 mmと推定している
[20].遠方界領域となる距離と離隔距離との比率が,d
= 30 mm付近のときに先行研究と同程度になった.
d = 90 mm
については,本検討のばく露装置では培養容器底面の径が
52 mmであり,先行
研究の
35 mmに比べ大きいため検討した.
図
3.1に示すように, アンテナと培養容器の間, 培養容器底面の下にインピーダンス整合 層を挿入した.インピーダンス整合層の材料はポリカーボネイトとした.ポリカーボネイ トの複素比誘電率は
2.74−j0.07 (周波数60 GHz) [49]と使用周波数において低損失である.
培地の入った培養容器への反射係数を十分に小さくするため, 図
3.1に示す, インピーダンス 整合層の厚み
tIMLと空隙の厚み
tgapを,入手可能な材料を用いて設計した.反射係数は,
電磁界の入射側から培地上面側までを見込んだ多層平板モデルを用いて求めた.このとき,
20
第
3章 放射型ばく露装置の開発
多層平板モデルは,入射側からインピーダンス整合層, 空隙
(空気),培養容器, 培地
(半無限長) の
4層とした. 以上より, それぞれ
tIML = 2 mm, tgap= 2.75 mmと決めた.
3.2
放射型ばく露装置の解析方法
電磁界解析手法に
FDTD法を用いたばく露評価を行った.数値解析ソフトウェアに は,FDTD 法を用いた商用のソフトウェア
SEMCAD X version 14.8 (Schmid & Partners Engineering AG)を用いた.
図
3.2に,解析モデルと各寸法を示す.解析モデルには, 培養容器,インピーダンス整合層 に加え,アンテナ部を含めた.付録にて, アンテナ部を含めた場合の解析結果と,TF/SF 境界条件
[50]を適用した場合の解析結果の差異を示した.アンテナのテーパー部での階段 近似による誤差を小さくするために, CFDTD (Conformal FDTD) 法
[51]を使用した.解析 領域終端の境界条件は, UPML (Uniaxial Perfectly Matched Layer) 吸収境界条件
[50]を用い た.ホーンアンテナに給電する円形導波管内で,周波数
60 GHzの円形
TE11モードを励振 した.ホーンアンテナと円形導波管は完全導体とした.
数値解析に用いた電気定数を表
4.1に示す.培養容器の電気定数は,関東電子応用開発に よりデータ提供された値を使用した.培地の電気定数は,室温
26◦Cでの導波管貫通法によ る実測値を使用した
[52].インピーダンス整合層の電気定数は橋本らの報告 [49]の値を用 いた.
表
3.1.周波数
60 GHzにおける
CFDTD法に使用した電気定数
比誘電率 導電率
[S/m]培地
[52] 12.1 69.4培養容器
2.58 0.05インピーダンス整合層
[49] 2.75 0.00アンテナ入力電力は,円形導波管内での入力電力を基準として
1 Wとした.使用した 格子サイズは,培地内で最大
0.125 mm,自由空間内で最大 0.3 mmとした.隣り合う格 子サイズの変化率は
1.2倍以下とした.CFDTD 法の時間刻み幅を, 陽解法での
CFL条件
(Courant-Friedrichs-Lewy Condition)を満足する最大の時間刻み幅に対し
0.7–0.8倍とやや小 さくすると, 完全導体表面での階段近似による誤差を小さくできると報告されている
[51].時間刻み幅は,CFL 条件の最大の時間刻み幅に対して
0.74倍とし, 16.7 ps とした.
ばく露量を評価する範囲は, 細胞が存在する位置にあたる, 培地内底面とした.このとき,
3.3
インピーダンス整合層挿入時の効率の向上と均一度変化の低減
図
3.2.電磁界解析の解析モデル.
培地内底面は,培地として定義されている格子モデルの最下層の格子の中心とした.
3.3
インピーダンス整合層挿入時の効率の向上と均一度変化の低減
超高周波ばく露装置でのインピーダンス整合層の有用性について示す.付録では, TF/SF 境界条件を用いて,離隔距離の変化
(d = 29.5–30.5 mm)とともに電界分布が顕著に変化す る理由は,アンテナと培養容器の間の多重反射が存在によるものと示した.離隔距離は,
d= 30,90 mm
を中心に
± 0.5 mmの範囲にて
0.25 mm刻みで変化させた.距離
1 mmは,周
波数
60 GHzにおいて
TEM波の定在波の
1/2波長とほぼ同じ長さである.離隔距離
1 mmの変化で周期的な分布の変化の特徴を概ね掴めることが期待される.
図
3.3には,各離隔距離に対する培地内底面での電界分布を示す.離隔距離
1 mmの変化 に対する電界分布の変化は,離隔距離
d = 30 mm付近で顕著な変化が生じ,離隔距離を
d = 89.5–90.5 mm
と長くすると, 小さくなる傾向が見られた.離隔距離の変化による分布
22
第
3章 放射型ばく露装置の開発
の変化を抑制するため,離隔距離は
90 mm付近にした.
29.50 mm
w/ IML
29.75 mm
30.00 mm
30.25 mm
30.50 mm
w/o IML
d [mm] w/o IML w/ IML
89.50 mm
89.75 mm
90.00 mm
90.25 mm
90.50 mm d [mm]
(a) (b) (c) (d)
Nomalized |E| (dB)
図
3.3.インピーダンス整合層無し
(w/o IML),インピーダンス整合層有り
(w/ IML)での培地内 底面での電界分布
.各空間分布中の最大値で規格化.
図
3.4は,d
= 90±0.5 mmでのプロフィルグラフ
(入力電力 1 Wで規格化) を示す.イン ピーダンス整合層有りのとき,電界分布は全体的に高くなった.
表
3.2には, 図
3.3の培地内底面での電界分布の空間平均値, 相対標準偏差, また, 培地内で 吸収される電力の効率
ηaを示す.また,離隔距離
1 mmの範囲内での平均値,最小値及び 最大値とした.全ての比較においてインピーダンス整合層を挿入した場合,電界の空間平均 値が高くなった.インピーダンス整合層を挿入した場合は,培地内で吸収される電力の効率
ηaがそれぞれ
10%前後向上した.インピーダンス整合層を挿入することにより, 細胞の位 置でのばく露の効率, および吸収される電力の効率が高くなることが分かった.
図
3.3(c)と図
3.3(d)を比較すると,離隔距離
1 mmの変化に対する電界分布の変化は, イ
3.3
インピーダンス整合層挿入時の効率の向上と均一度変化の低減
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/(0%123 /(%123
図
3.4.インピーダンス整合層無し
(w/o IML),インピーダンス整合層有り
(w/ IML)での培地内 底面での電界分布
. y軸沿い
(x= 0 mm).入力電力
1 Wで規格化.
ンピーダンス整合層を挿入することで, より小さくなる傾向が見られた.表
3.2から,離隔 距離
1 mmの変化に対する各値の変化量は,インピーダンス整合層の挿入により,全体的に 小さくなった.d
= 89.5–90.5 mmの範囲内でインピーダンス整合層有りのとき, 空間平均値 の最大値と最小値は, 離隔距離での平均値に対して
10%以下の差異に収まった.同じ条件に て, 離隔距離による電界分布の均一度の変化は,相対標準偏差で
6ポイントと,分布自体の 均一度
24%の不均一性に比べて十分に小さくなった.
表
3.2.培地内底面での電界分布の空間平均値とその相対標準偏差の離隔距離に対する平均値
(最小 値,最大値
).培地内で吸収される電力の効率
ηaの離隔距離に対する平均値
(最小値,最大値
).入 力電力は
1 Wにて規格化
.d[mm]
空間平均値 相対標準偏差 吸収される電力の効率
ηaの平均値 の平均値 の平均値
(
最小値
–最大値
) [V/m] (最小値
–最大値
) [%] (最小値
–最大値
) [%]w/o 30 (29.5–30.5) 137 (135–144) 61 (50–87) 63 (61–69)
IML 90 (89.5–90.5) 110 (105–113) 31 (22–37) 43 (39–47)
w/ 30 (29.5–30.5) 146 (144–147) 65 (58–77) 71 (70–72)
IML 90 (89.5–90.5) 125 (120–130) 24 (22–28) 55 (51–59)
図
3.1中のポート
1での反射係数
|S11|,および培養容器の外側またはホーンアンテナの
24