九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
つらゆきの野望、と、その挫折
いりぐち, あつし
国文学研究資料館
http://hdl.handle.net/2324/4742048
出版情報:雅俗. 15, pp.99-104, 2016-07-30. 雅俗の会 バージョン:
権利関係:
◉学術エッセイ ◆ 学問のいりぐち (2)
つらゆきの野望、 と、 その挫折 いりぐち あつし
ゲームのなまえではありません。ねんのため。
学生のころからやまとことばだけで論文をかくという野望をもっていた。しかし、これがなかなかむずかしい。つかわなければならないことばに漢語、漢字熟語がおおいからである。それをつかわずにはすませない。ということで、あえなく挫折。自分ができないものだから、大学での講義のときに、学生にやまとことばだけでミニレポートをかかせたりしている。こちらのいいかたがわるいようで、かんがえがうまくつたわらないこともおおく、漢語をひらがなにしただけのものがかなりまじっている。あるいは、漢語とは意識せずにつかっているのかもしれない。いずれにせよ、やまとことばだけで論理的な文章をかくことはむずかしい。古今和歌集のかな序はよくできた文章だとおもう。ほぼやまとことばだけでできており、内容はよくしられているように、うたの歴史、うたよみの評価など評論の文章である。しかも、えどの国学者たちの和文にくらべてわかりやすい。はたして、つらゆきはこの文章をなにも無理をせずにかいたのだろうか。ひとまろやあかひとの評価はたかいのに、六歌仙の評価がひく い。いずれものちに歌仙とよばれるようになるくらいだから、へたなうたよみたちではないだろう。うたのことはよくわからないが、おおいにもてはやされているひとまろやあかひとにくらべて、こまちやなりひらがそれほどおとっているようにはおもわれない。なにか、なんくせをつけているようにかんじるのだ。ここにつらゆきのふかいおもいがかくされているのではないか。それは、国風暗黒時代とよばれるような漢詩文全盛時代を、つまりくにをあげての中国文学への傾倒を批判しているのではないかとかんがえるのである。本当は直接漢詩文なんかわれわれのやることかと批判したかったのだ。しかし、勅撰集まであまれている漢詩文を批判することは、勅撰集をつくらせた天皇そのひとを批判することになる。これはまずい。いくらなんでも天皇をわるくいうことはできない。そういう雰囲気はいまもかわっていないし、当時の宮廷周辺にあってはいまかんがえるよりも、よほど天皇批判はむずかしかっただろうとおもう。なによりもつらゆきは官僚のひとりにすぎないのだから。そのかわりに、その漢詩文全盛時代のうたびとたちをくさすことで、その時代を、あるいはその時代の漢詩文全盛を暗に批判しているとかんがえたいのである。漢詩
文全盛時代にろくなうたよみなどいるはずがない、ということなのだ。しかし、これはあくまでポーズだろう。へただといっているのに、なりひら三十首、遍昭十八首、こまち十七首と、かれらのうたはおおくとられてもいる。くさしながらもとってはいるわけで、かれらはかな序のなかで、く 国にぶ 風りく 暗らや 黒みのみ 時よ 代へのつらあてのために、不当にひくく評価されたという面もあるだろう。このようにかんがえてみると、つらゆきはあえて漢語をつかわないようにかいているのではないかとおもうのだ。かな序だからあたりまえといえばあたりまえだけど。からのことのはなんぞをつかわなくても、これくらいのものはかけるのだと、つよくいいはっているようにおもわれる。新むらいづるの広辞苑の序文がおもいだされる。旧かなづかいをつかわなくったって、工夫次第で旧かなづかいにそむかないものはかけるのだから。つらゆきの野望というゆえんである。そのつらゆきの野望は、あえなく挫折する。和漢混淆文が日本語の主流になっていくのだ。いうまでもなく、そののちの日本人はやまとことばだけの文章からどんどんはなれていき、いまのわれわれのつかう日本語になってしまう。なにをいうにも漢語ぬきにはままならないのである。あらたまったときや、あたらしい概念をいうときなどは、ことに漢語がいるようになってしまった。あらたまのとしをいわうことばにしても、謹賀新年はいうまでもないが、あけましておめでとう御在ますやおめでとう存知ますのおいわいのことばでさえ、漢語由来のことばがしのびこんでいる。やまとことばは、やまとうたやわたくしのこころのなかのお もいにのみつかわれていくようになるのである。いや、やまとうたでさえ、サラダ記念日などということばがつかわれるようになり、西洋語と漢語にいろどられるようになってしまった。つらゆきのなげき、おもいやるにあまりあるではないか。つらゆきの野望は古今和歌集のかな序にだけみられるわけではない。とさ日記もそれにおとらぬ野望をひめているようにみる。とさ日記といえば、文学史においては、平安の女性かな日記のさきがけとして評価される。しかし、つらゆきのおもいもっとほかのところにあったのではなかっただろうか。そのことを本のかたちからかんがえてみたい。ふじわらのさだいえのうつしたものが、尊経閣文庫につたわっている。むつ半列帖装のますがた本。ただし、そのおくがきにつらゆき自筆本の書誌がしるされており、もとのすがたかたちはわかるようになっている。かみのおおきさは、たて一尺一寸三分よこ一尺七寸二分。そのかみを廿六まいついだものだとする。さらに表紙が一枚、そうけいでたてはおよそ三十七センチ、よこはおよそ千四百七十五センチ(+表紙)にもおよぶおおきなつぎがみである。このおおきさとまきものというかたちになみなみならぬつらゆきの野望がかくされているとみたいのだ。勅撰の和歌集はともかくも、ひらがなでかかれたものが、このようなかたちとおおきさでかかれることは、特異なことだったろう。当時一般の漢文日記はおおきなまきものであった。さだいえ自身の明月記も大きな巻子本である。そのなかにあって、ひらがなの日記をおおきなまきものにしたてることは、挑戦的であったとみたいのだ。だ
からこそ、さだいえも、どこまでおもいやってのことかはわからないが、わざわざそのかたちをしるしておいたのではなかったか。おしいことだが、そのかたちをまねてうつしておいてくれればどれほどよかっただろうか。しかし、さだいえはつらゆきのおもいをくむことなく、ひらがなのもろもろのものがたりとおなじようにあつかい、むつ半のちいさな冊子本にしてしまったのだった。ここにもまたつらゆきの挫折をみる。ひらがな日記を漢文日記と同等の地位にひきあげようとした野望はあえなく挫折したのである。さらにはそれを記録した書誌そのもの、書写おくがきが漢文でかかれていることが、ふたつめの挫折。ただし、これについては、すでに古今和歌集そのものにその萌芽がみられる。まな序である。つらゆきはまな序はつけたくなかっただろうとおもう。しかし、ひらながだけでは、天皇に奏進するにふさわしい、あらたまった正式のものとはみとめてもらえなかったのだろう。すでにここにつらゆきの挫折ははじまっていたのである。もっといえば、ひらがなでかいておいたやまとことばさえ、わかりやすくするために、漢字をあてられてしまったこと、これがみっつめの挫折といえるだろうか。有名な冒頭の一文、おとこもすなる日記といふものををむなもしてみんとてするなり、を、さだいえは、おとこもすといふ日記といふ物ををむなもして心みむとてするなり、とかえてしまう。わかりやすくすることはよいだろうが、なにもやまとことばにわざわざ漢字をあてなくてもよいだろうに、とつらゆきはおもってないだろうか。 ところで、漢語漢文脈をひらがなでかくことがあるが、それはよめたのだろうか。たとえばつぎのようなもの。きおんしやうしやのかねのこゑしよきやうむしやうのひゝきありしやらさうしゆのはなのいろしやうしやひつすいのことはりをあらはす……しんのてうかうかんのわうまうりやうのしういたうのろくさんこれらはみなきうしゆせんくはうのまつりことにもしたかはすたのしみをきはめいさめをもおもひいれす……いわずとしれた和漢混淆文の代表作、平家ものがたりの冒頭部分である。われわれはすでにしっているから、きおんしやうしや、に、祇園精舎をあててよむわけだが、まったくしらない作品でこういうふうにかかれていてはすぐにはよめないだろう。ひらがな本が発音のためにあるのだとしても、きおんしやうしやをすぐにぎおんしょうじゃとよむこともむずかしそうである。たとえば棄恩笑止哉ではどうだろう。なんとなくきよもりがいいそうなことにおもわれるけど。よみおくいしよはとれ〳〵そ先一はんにたいせいろんみやくきやうのうとくうんきろんちよれいなんきやうくわいしゆんやいかくそうてんわくふんにそもんれいすふしよ本そういりんしうようげんりうまて風のふく夜もふかぬよも……これなどまったくおてあげ。かな草子竹斎の一節である。みそは七五調であるということだろう。七五調の音律で区ぎってはじめて本のなまえのかたまりがわかり、さらにそれに漢字をあてていかなければならない。七五調でなければ、もっとわかりにくい
のだ。七五調の効用といってもいいのではないか。七五調でなければなしえなかった文章と表記だともいえよう。しっているひとにはやさしいけれど、しらないものにはまったくわからないのである。ひらがなでかいているからといって、かならずしもやさしいわけではないことは、このようなものをみてみればよくわかるだろう。われわれはよめすぎているのではないだろうか。おかしな反省ではあるが、このところそういうことをしきりにかんがえるようになってきた。だからといって、いい加減によんでおいてよいということでもないのだが。さて、さだいえがうつしたつぎのとし、むすこのためいえがおなじくつらゆき自筆本をうつしている。こちらは本文を忠実にうつしたとされているのだが、そのためいえでさえ、本のかたちをむつ半列帖装にしていることは、この問題のねぶかさをものがたっているようにおもわれる。もっとも、自筆本はあったわけだから、わざわざそのかたちまでのこすことは、かんがえなくてもよかったともいえるけれど。しかし漢文日記においては、もとの本だけではなく、そのうつしも巻子本やおおきな本にしたてられるのがつねである。とさ日記は漢文日記とおなじようにはあつかってもらえなかったのだ。つらゆきのなげきはともかくも、さだいえはよくぞ本のかたちについてしるしおいてくれたものである。書誌などというものは、その対象が特殊なものになってはじめてでてくるものかもしれない。さだいえも、このかたちになにかひっかかりをかんじたからこそ、わざわざしるしておいたのだろう。いまわれわれのま わりにありふれている本について、書誌をうんぬんすることはない。このあと、デジタル化がすすみ、かみの本が絶滅しかかったとき、はじめて現代の本の書誌学がなりたつのだろうか。よく講義の導入につかうのだが、文庫本だけでもいろいろおもしろい問題がある。わかりやすいのは、天の化粧だち。おり丁製本だから、小口と地はきらないわけにはいかないが、天はそのままのこしておいてもよいわけだ。いわなみ文庫と新潮文庫は化粧だちしておらず、そのほかの文庫は化粧だちしているものがおおい。新潮文庫についてはひものしおりをつけているために、化粧だちできないという製作上の制約があるからだとわかる。いわなみ文庫はなぜだろう。新刊のかどかわ文庫にはおなじ題名のものでも、版によって化粧だちのあるものとないものとがある。これも理由はわからない。こんなことでも、もう百年もすれば、書誌学の教科書で説明されるようになるだろうか。ブックオフでうられている新潮文庫には天を化粧だちしたものがある。これはよごれをおとすためにブックオフでグラインダーにかけたため。なかをみてみると、ちぎれたひものしおりがのこっていることがある。百年後の書誌学的説明をさらに複雑にする要因だろう。昭和平成のみよのたみぐさは、つかいにくそうなみじかいひものしおりをつかっていたなどとおもわれてはたまらない。でも、そうとおくないさきに、こういうことをみつけてはよろこんでいるマニアがいるんだろうな。ちなみに、泡坂妻夫『生者と死者
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酩探偵ヨギ ガンジー透視術―
』(新潮文庫)は、おり丁製本アンカットであることを趣向にしたよくできた本である。いまではまれなアンカットの実例としてもつかえるのでおすすめ。はなしはとんで太平洋戦争中のこと。英語が敵性言語としてつかわれなくなったことは、だれでもしっている。つらゆきもさぞかしよろこんでいるかとおもうのだが、そうはいかない。かえって漢語漢文脈の文章がふえているのだ。いさましさをあらわすためには、やまとことばはむいていない。だから源氏ものがたりをめのかたきにしたわけではないだろうが、戦争中においては、英語もやまとことばもひやめしをくわされていたわけである。中国ともいくさをしていたのだけれど、漢語を敵性言語とみとめて禁止しろというような主張はなかったのだろうか。まあ、あったとしても、それでは実際には作文不可能だったわけだけど。それほど漢文脈は日本語として定着しているともいえるだろう。えどのなかばから国学がさかんになるのだが、そこでつかわれていた和文もやはり定着しなかったのである。つらゆきの野望も、やっとはたされるのかとおもいきや、またまた挫折したわけだ。いまでも右翼のほうが、いさましい漢語をならびたてているのは皮肉なことだとおもわれる。和魂漢才、天神さまのいうとおり。諸君らのつらゆきはないておるぞ。戦後日本語はますます危機におちいることになる。敵性言語から一転、英語がはばをきかせるようになる。そしてついには、日本国内の日本企業で英語を公用語化する動きもでてきた。政府によって英語特区さえもうけられている。わたしは英語は必要だとおもっているし、日本人には英語をふくめたほかの外国語もどん どんまなんで、海外で活躍してほしいと心そこねがっている。でも、英語公用語化のニュースを聞いてから、○天や○○クロとはおとりひきをしないことにした。楽○はもとからあまりつかっていなかったのでへっちゃらである。ユニ○○はそのねだんのやすさからよくつかっていたので、ちょっとこまったけれど、そんなことはいってられない。やむにやまれぬやまとだましい。あいてはいたくもかゆくもないだろうが、ひのもとにこういう馬鹿がひとりくらいいてもいいだろう。ただ、誤解のないようにくりかえしいっておくが、日本人にはどんどん外国語を習得して、どんどん海外にでていってほしいとおもっている。そもそも敵性言語などといって禁止するようなことだから、戦争にもまけるのだ。敵をしらずにいくさができるか。こういうことも、しらす次郎がいえばかっこいいんだろうけど、語学がまったくできないわたしがいうと、とおぼえにきこえるだろうか。でも実際とおぼえです。はじめにゲームじゃないとことわったけど、これゲームになりそうなきがする。漢字とカタカナとひらがなの三つどもえのたたかい。カタカナはどちらかというと漢字より。ときどき形勢をみながらひらがなのなかにまじったりする。特にミとニとテとハ。でも油断はできない。かれらはひらがなをおびやかすために漢字軍からおくられてきたスパイかもしれないのだ。漢字軍本隊も融通無碍である。楷書であればわかりやすい。しかし、いかにもひらがな日本語にみえるように、行書草書の連綿体でだらだらつながっているのだが、可被下候、奉存候などとこっそりと漢文脈をしのびこませていてこれまた油断もすきもない。ときおり古活字
版うたい抄や延寿撮要のように、楷書漢字とひらがなの混成軍ができたりもするのだが、この勢力はどうしても弱小である。ところが、明治の御一新以降、一気に楷書ひらがな混成軍団が主流となってしまう。形勢不利とみたカタカナは、ALPHABET軍とてをむすび、そのいきのこりをかけるようになる。漢字もまた西洋語の訳語として勢力拡大に成功し、ひらがなをルビというわきやくにおいやってしまうのだ。こぜりあいならともかくも、おおきないくさがはじまると、いさましさにおいて漢字軍は群をぬいており、ひらがなの形勢はわるくなる。たとえになるかどうか、へたな句をふたつ。つばめきてひばりのそらをうばいけり燕襲来雲雀ノ制空奪取セリしかし、ALPHABET軍とのいくさがはじまると、漢字カタカナひらがなはかつてのいさかいをわすれ、同盟をむすんで ALPHABET 軍とたたかう。同盟軍がALPHABET 軍にやぶれたあと、ALPHABET軍が進駐し、すべてを制圧。ABCD包囲網とはよくいったものだ。Cは漢字のおやだまだけど。いさましさの元凶とみなされた漢字はかなりの制限をうけるようになり、その機に乗じてすかさずひらがながまきかえしをはかる。かつては
ALPHABET 軍のてさきとしてもはたらいていたカタカナであったが、直接ALPHABET軍がのりこんできて活動をはじめると、苦戦をしいられるようになる。そこで、たてがきを死守することで、たてがきにはなじみにくいALPHABET軍の侵攻を必死にくいとめようとするのであった。 ひらがな軍の大将は当然つらゆきで、漢字軍は天神さまがひきいる。カタカナは僧侶を代表して空海に総帥をしてもらお
ALPHABET 軍はやはりMacArthur 元帥だろうか。だれかつくてくれないかなあ。アイデアはだしますから。世界中をまきこめるのだから、スケールはのぶながの野望とはくらべものにならないくらいおおきい。ストーリーが面倒くさいようだったら、スプラトゥーンのようなシューティングゲームでも。インクのかわりに文字をうちあって漢字の沃野をどんどんひらがなにぬりかえていけばいい。このゲームを構想するのにもってこいの本がある。『世界の字と記号の大図鑑