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西鶴本版写小考

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

西鶴本版写小考

塩村, 耕

名古屋大学文学研究科

http://hdl.handle.net/2324/4741967

出版情報:雅俗. 9, pp.63-74, 2002-01-30. 雅俗の会 バージョン:

権利関係:

(2)

西鶴を研究する者の誰しもが夢想願望するのは︑従来存在の知られざる西鶴本の逸書ー—『難波の白ハは伊勢の

白粉﹄﹃椀久一世の物語﹄﹃椀久二世の物語﹄といった不

完全伝存本をも含めてIが出現すること︑それからた

とえ断簡でもよいから浮世草子の草稿が発見されること︑

に尽きよう︒後者についていえば︑草稿はおろか︑浮世

草子に限るならば︑西鶴のテキストは基本的に版本以外

にはないという状況にある︒そのために︑作家がいかな

る推敲を重ねたのか︵あるいは重ねなかったのか︶︑素

材をいかなる秘技を用いて彫琢していったのか︑公刊す

るに際し写本段階とは別の配慮が成されたのか︵あるい

は成されなかったのか︶︑すべては霧の中で︑想像をめ

ぐらせる以外にない︒つまり︑成稿ないし改稿︵成長な

西鶴本版写小考

﹃丹波太郎物語﹄と﹃西鶴名残の友﹄

特巣◇写本と刊本

いし変形︶の過程に於ける︑別々の時点の姿を反映した

複数のテキストを比較検討することによって︑作品の本

質に近づくという魅力的な方法は︑西鶴文学研究にはか

つて無縁であった︒

小稿では︑わずかに知られる西鶴本の異文テキストを

取り上げ︑それが右の例外となりうるような︑由緒ある

異文であるのかどうか︑吟味考察を加えてみようと思う

ので

ある

1﹃丹波太郎物語﹄は西鶴没後二十二年の正徳五年春序︑

ゑじまや市郎左衛門刊︑横本三巻三冊︒丹波の人︑助太

郎という横車押しのいたずら者を主人公とする噺本風の

塩 村

(3)

浮世草子である︒江島其碩による序文の全文は︑

浪華の俳林西鶴法師がかける草子を師として︑歳久

しくかなわぬ筆をうごかしやつて見れど︑いかな

/\およぶものにはあらず︒誠に瓦石は百歳磨ても

清光出ぬ類なるべし︒是を笑止がりて同じ心の難波

の友︑鶴翁自筆の卿案を持来りて︑せめては是を綴

りなをして︑愚作にまぎらかせよといへり︒あらも

ったいなや︑およばぬ筆を添てよごさふより︑自筆

其ま4梓にちりばめ︑我にひとしき人に見せばや︒

とあり︑難波の友人より贈られた西鶴自箪の遺稿をその

まま模刻したものであることを標榜する︒ここで取り上

げたい問題は︑本作中の二章が︑元禄十二年に世に出た

西鶴最後の遺稿集﹃西鶴名残の友﹄中の二章と︑行文の

多くが共通することである︒

ただし︑﹃丹波太郎﹄が西鶴の真作でも自筆でもない

ことは既に諸先学の指摘が備わり︑たとえば中村幸彦

﹁万の文反古の諸問題﹂︵﹃中村幸彦著述集﹄第六巻所収︶

は︑﹃丹波太郎﹄と﹃名残の友﹄との行文共通箇所の版

下を比較し︑前者が後者を謄写したものであるとし︑西 鶴作を明確に否定する︒以上の結論は動かないところで︑要するに﹃丹波太郎﹄は﹃名残の友﹄の剰窃であって︑由緒ある異文ではあり得ない︒ここでは︑そのような場合の異文テキストのあり方を見ておきたいのである︒

まず﹃丹波太郎﹄巻二の四﹁呑たらぬ樽の秋の野﹂と

﹃名残の友﹄巻二の五﹁和七賢の遊典﹂について︒﹃名残

の友﹄では伏見の俳人蒲錬のもとに集うた諸国の俳人仲

間が︑﹃丹波太郎﹄では助太郎と近き里の暇人たちが︑

竹林で七賢風の遊興をする話である︒両者を比較するに︑

章の冒頭部分で登場人物等の設定が異なる以外︑ほとん

ど同文である︒数少ない異同として︑酒樽を空にしてし

まった一同が︑なお呑み足りず寂しく思う場面で︑﹃名

残の友﹄では﹁酒に古里こひしく﹂とあるのが﹃丹波太

郎﹄では﹁酒に我が家々こひしく﹂となっている︒これ

は︑前者では主体が諸国からやってきた俳人たちである

から自然であるのに対し︑後者は近隣の住人たちである

からこのように改変したのであろうが︑いかにも無理な

行文である︒刺窃に基づく改変であることが一目瞭然で

あろ

う︒

(4)

次に﹃丹波太郎﹄の最終章である巻三の七﹁月代はそ

りさげの糸撰﹂と﹃名残の友﹄巻五の五﹁年わすれの糸

皆﹂︒﹃名残の友﹄では西鶴自身と思しい語り手が大和屋

甚兵衛・坊主百兵衛ら役者たちと道頓堀の大黒風呂に入っ

た後︑玉造の観音堂より河内の姥が火を見物する話であ

る︒﹃丹波太郎﹄では︑これも登場人物の設定を変える

以外ほぽ同文に近い︒ただ︑﹃名残の友﹄では風呂上が

りに坊主百兵衛が男に月代を剃らせようとして︑男から

﹁物節季の心おちつきませぬ時は男と坊主との糸智のさ

かいが見えませぬ﹂と気の利いた返答で断られる場面が

ある︒当然︑糸署頭が売り物であった実在の役者﹁坊主﹂

百兵衛であってこその行文である︒ところが︑﹃丹波太

郎﹄では坊主百兵衛ではなく助太郎であるのに同じ台詞

を用いるのは︑これまた無理がある︒

以上の例から確認できることは︑周到な意味付けが成

された行文と緊密な構成を備えた文章を︑部分的な表現

の剥窃であるならばともかく︑ある程度の分量にわたっ

て流用したり︑改変を加えたりすることには無理が伴う

ものであろうということである︒

二 ︱

E付け加えておくと︑八文字屋本等に見ら

れる上記のような剰窃︑あるいはさらに部分的な行文の

流用でさえも︑我々にとっては研究上大きな意味がある︒

同時代に近い読者を論ずるための資料に別して乏しい西

鶴にあって︑八文字屋本等による剰窃は一種の読者とし

ての享受の表明であり︑重要な資料たり得る︒この視点

については︑なお今後の研究課題としておきたい︒

﹃見聞談叢﹄と﹃西鶴織留﹄

﹃見聞談叢﹄は西鶴の数少ない伝記資料として知られ

2ている︒同書は伊藤仁斎の次男で備後福山藩文学であっ

た伊藤梅宇︵詭長英︒字重蔵︶の雑記随箪で︑元文三年

八月の自序がある︒その巻六に西鶴の伝に関わる有名な

記述があり︑その後に西鶴の芸道論とも言うべき文章が

引かれている︒それが元禄七年三月刊の西鶴第二遺稿集

﹃西鶴織留﹄巻三の二﹁芸者は人をそしりの種﹂の異文

とも称すべきものであった︒

この文章の出所について︑梅宇は次のように語ってい

る︒まず引用の前に︑

ただ

し︑

(5)

つくれる内︑何の書に出でたるもきかず︑人のうつ

しをきてみせけるが︑あまり世上の事をよくとける

ゆへ︑左にしるす︒

とあり︑引用の後に︑

この一段何より見玉ひしか︑長英戌の歳︑定省に上

京の刻︑夜のはなしの次手に︑几辺よりよこ切り紙

にかきたるをとり出し給ひ︑紹述先生︵梅宇の兄︑

伊藤東涯︶示し玉ふて宣ふは︑︵中略︶その後当所

にて子どもの見る草紙の内に右の西鶴が一段あり︒

京にて見しとはすこしちがへり︒京よりうつし来れ

るは︑をきどころ失記ゆへ当地にて見しをしるし侍

るが︑ちがひとても助字などのちがひ斗なり︒

4とある︒つまり︑①戌の年︵享保十五年か︶に備後福山

より帰京中︑兄東涯より見せられた︑切り紙に書かれた

写しを︑梅宇が転写して福山に持ち帰ったもの︑②その

後福山で見た﹁子どもの見る草紙﹂中の一部︑の二つの

テキストがあり︑いま①は行方不明になったので②を写

したが︑助字等の小異があったという︒この﹁子どもの

見る草紙﹂というのが謎である︒が︑もしも﹃織留﹄そ のものであったならば︑右の注記部分に﹁何の書に出でたるもきかず﹂とか﹁この一段何より見玉ひしか﹂とかは記さないであろうから︑﹃織留﹄以外の︑何らかのかな書きの版本であったろう︒想像をたくましゅうするならば︑たとえば﹃一代男後日﹄なる逸書がある︒幕末期

5の考証随筆である﹃世々集草﹄︵岩瀬文庫蔵︶に同書よ

り耳の垢取りの話が引用されており︑その説明によれば︑

刊年記はないものの書中に西鶴二十五年忌追善の文言が

あるというから享保二年の成立刊行であったらしい︒あ

るいはこのような西鶴追慕者の出した書物に︑西鶴の遺

文を収録することがあったのかもしれない︒

さて︑これらの二つのテキストについては︑はやく吉

江久弥﹁見聞談叢と織留の一章﹂︵﹃年刊西鶴研究﹄

1 0 ︑

昭和

32

1 2 月所収︶の中で主要な異同が検討され︑﹃見

聞談叢﹄所収の本文は﹁或る意図のもとに原作を変容し

てゐると考へることができる﹂︑つまり後人が書写した

際に改変を加えたものとの結論が下されている︒果たし

てそうであろうか︒ここで︑いま一度慎重に検討を加え

てお

きた

い︒

(6)

▼れんして何か世のたすけ身のためにもならず人間の第 まず全文の校異本文を掲げて︑異同の様相を確認して

おこう︒行頭に▼印を付したのが﹃西鶴織留﹄の本文で︑

﹃見聞談叢﹄所収本の異同を小字で傍記した︵文字遣い

の異

同は

無視

した

︶︒

▼入る事なかれと古人の言薬ひとつもたがふ事なし唐土

ナシ

▼の郡燕といふ人策に五十年来の心をつくし七十余歳に

▼して妙を得たり六月に冬の調子をふきて庭前に霜をふ

▼らし万人此音律に目をよろこばしけるかくのごとく学

ナシ

▼ぴ得て程なう世をさりしに身の一大事の覚悟もなく子

▼孫に伝へ難くわづかの遊楽何の益なし此外左慈道人我

▼朝の果心居士これらが伎術の法は乱のもとひ年月しゅ

▼諸芸を鍛練する事それ人\の家業の外はふかう其道に

▼の成がたし万事あるにまかせて佗たるをよしといひ伝

闊 ど も

▼一は筆道執行の後学文の外なし今の世の人心分限相応

▼より高うとまり鞠場の柳陰に日を暮し九損一徳に早足

ナシ

▼がきけばとて別の事なし闇き夜は挑灯もたせて静に行

I f

▼ば溝へははまらぬ物也殊更楊弓・官女

. . .  

の業なり

▼いかにしても大男の慰み事にはぬるしなをまた諸職人

▼の鎚鋸を持たる手には似合ずよし又百筋ながら当りあ

ヵ▼るひは大金書の看板に付てから・何・此矢自然の時の

I t

▼用に立せめて盗人を射とめる・・にもあらず肴引

. .  

▼猫にあて4も更におどろく事・なし十姓香はいよ/\

▼福徳そなはれる隙人の花車あそび是・聞分る鼻にて食

▼のこげ・るを聞出し釜の下の薪をひかすれば始末の種

しき

▼にも成ぞかし茶の湯は道具にたよれば中/\貧

. .  

(7)

▼へり是利休の言葉にもせよ貧家にてはおもしろからず

元来のおこりは

繁昌

なる時代よりおこればわぴがもと4

▼ ... . 

ていふともこ4ろの内には道具のそなわりたるがこのもしか▼ ... . 

らん▼••ことのたりたる宿にして物好をさびたるかまへに

日に七五三のよき理をあがりし人は▼いたせる事ぞかし

. .

. .

. .

. .

. .

. .

. .

. .  

あひだに茶にやきみそもおもしろし五五三はいやじゃふだ▼ ... . 

ん茶づけにやきみそがよきと云人一︳一界にあらんか茶人のわび▼ ... . 

がもと4は茶はたてだし本法の通りに人のやうにはな

•••••••••••••••••••••••

••

らずへりちなり

I t s

の席にてこ▼・・・・・・・しかじ世に住めるからは

. . . .

. .  

ひちやの出るばへもつらなるゆへ

▼・・・・・・・・・・・・・功者の中程に居て人並に なる人の

▼呑ほどの事は知るべし又能はやし乱道成寺まで伝受し

ること人のなさみは各別常の人▼て其身太夫に望みなく素人芸には用なし耳ちかきこう

︱ っ

二っ

阻 肱

▼たひ

. . .

.  

覚えて近所の祝言ぶるまひの間にあはす れも一身になんぞの道に身をはめてつとむる▼れば済事なり

. .

. .

. .

. .

. .

. .

. .

. .

. .  

ものはその座にて人はうたへどもわれ独なひしうたはねばと▼ ... . 

▼・・・・・・・・・地狂言は子ども・時・・・也髭の

▼はへたる口から罷出たる者は大いうつけの沙汰・して

▼見る人汗をかきけるに此男の母親ばかり誉ける立花は

の 間

▼宮御門跡がたの御手業なり野辺・遠き四季の草花品

▼人を見給はぬ人のために深山木の松柏しば人の手に

▼か

4るを集めてあそばされしに近年いづれも奢る心よ

▼り用捨せず継木の椿をもぎ取鉢植の梅もどきを引切霊

ろ/\にためく4り皆作りものその人のこAろもこれにてしれり▼地の荷葉を折せ神山の椙をとりよせ我ま4のふるまひ

▼草木心なきにしもあらず花のうらみも深かるべし是只

家業ある者

▼一日の詠め世の費なり扱又小商人の碁将基侍の三味線

かれ▼町人の兵法出家の浄留利百性の諸礼がた是皆よしなし

(8)

▼をおぼえず同音に誉て持扇のはしに書付好る人に是を ▼てもよろしき付句をいたされし時は座中肝にめいじ我

▼世問に此類あまた有されば和歌は和朝の風俗にしてう

ナシ▼ぐひす蛙までも其声其すがたなりいはんや生ある人の

▼此心ざしなくて有べからず時に連歌の掟をゆるがせに

▼して俳諧といふもこれ歌道の一鉢なりむかしは世を隙

すむ

▼になす人あるひは神主又は武士のもてあそびにして有

ナシ▼けるをちかき年世上にはやり過人のめしつかひの小者

ナシ▼下女までもいたさぬといふ事なし惣じて芸事すゑ人\

▼の手に渡りて捨れるためし有昔日の俳諧師は歌書を大

なくしゅれ▼かたに見わたり道しる人に礼式を習ひ

. . . .

. . .  

んして

I t

店 .

▼・・・貴人法体の下座に付諸事宗匠の下知にまかせて

ナシ▼心にまことあれば自然と神慮に叶ひぬいづれの連衆に ▼道のわきまへあってすこしのさし合同字見おとしの吟

ナシ▼味をとげてたがひの執行になしぬ今時の点者といふを

名の為め利の為め

▼みればきのふまで馬は生類になりますか牛は闇に二句

▼嫌ふかとたづねはなひ草口から四枚も覚へぬ者が菓子

得読ま

▼袋に押やう成印判をこしらへ軒号にびくりさせ一句一

▼銭の点取に読ぬ所は評書なしに付墨し鹿のうちこしに

▼烏は連歌やら何をひとつも聞分る事なし作者唐人なれ

▼ばこそ其ま4に済事なれ此点者に成て諸国に名をしら

▼る4程の人は先

. . .

.  

廿年・・・・をへて八百八品

▼のさし合を中に覚へ是より見合文台に当座の了簡かぎ ▼紅葉鳥をしらず有馬の湯は水辺に成事も鴎は俳諧やら ▼は百約一句/\聞かたを脇書にして明白也又作者も俳 ▼聞せけるまた点取の巻してつかはしけるに其比の点者

(9)

▼さへかくすたりゆけばましてや外の諸芸の師匠も是に

おなじ

▼なぞらへてしるべしさりとてはかしこ過て今うたての

▼人心にはなれり

. . . .

. . . .

. . . .

. . . .

.  

▼をまことの宗匠なりまことに和歌のはしくれなる俳諧 ▼のなきゅへなり作者の貧福にかまはずまことをさばく ▼なり扱下座より宗匠をさしをき平連衆よりさし合の吟▼味是法になき事なりつら/\おもふに点者愚にして徳 ▼して居はをのれがよろしからぬ句をいたせる時のため ▼見るにたとへよき句をいたしても気に入らぬ貞つき ▼いったと御白ハをふらせ給ひて請たまふまじ此時の一座 ▼ふとも神は見通しないぢんからまことなき俳諧師がま ▼振成とも見習ひ給へ此偽りの心からは住吉へ参詣し給 く出るなり▼りなき物ぞかしかりそめながら此程の宗匠達せめて席

ぬ稽古にて印可ゆるしうけとりたるとて人に物をったへんと▼ ... . 

するはをしなめて名聞のため聖人のまなこよりは盗と云ひ玉▼ ... . 

▼ 

..

 

以上の通り︑無視できない︑大小数多くの異同を備え

た異文テキストであった︒問題は︑﹃見聞談叢﹄の本文

が後人の改変であるのか︑それとも西鶴の別の稿本に基

づくのか︑という一点である︒

まず比較的細かな異同についてみるに︑冒頭部の︑

万人此音律に目︵イ︑耳︶をよろこばしける

や︑蹴鞠について述べた︑

九損一徳に早足がきけばとて︵イ︑ナシ︶別の事な

および︑無用の遊芸を戒めた︑

︵イ︑家業ある者︶の碁将基侍の︵イ︑ナシ︶小商人

三味線

のうち﹁侍の﹂の脱落︑以上三箇所は単純な誤写である

可能性があるとしても︑﹃見聞談叢﹄の方が意味の上か

(10)

ら見てやや不適切である︒が︑その外の異同については

文意や文脈に障るような不適切は見られない︒

次に長文にわたる異同については︑﹃見聞談叢﹄の方

に一部意味不明の行文︵﹁茶はたてだし本法の通りに﹂

﹁われ独なひしうたはねば﹂︶を含むものの︑文脈に無理

を生ずるほどの改変があるとは思われない︒さらに︑主

観をおそれずに言えば︑﹃見聞談叢﹄独自の行文箇所に

は︑やや冗長の感を与えるものがあるが︑それでも西鶴

の口吻が十分に看取出来る︒たとえば︑茶道に関する

﹁元来のおこりは繁昌なる時代よりおこれば︑わびがも

4口にていふとも︑こ4ろの内には道具のそなわりた

るがこのもしからん﹂や立花に関する﹁いろ/\にため

V 4

り皆作りもの︑その人のこ4ろもこれにてしれり﹂

といったシニカルな言及︑あるいは末尾の﹁をしなめて

名聞のため︑聖人のまなこよりは盗と云ひ玉はん﹂など︑

いかにも西鶴の口調であるように思われる︒

また︑前述したように︑西鶴の文章に︑文脈を破綻さ

せることなく︑かくも大分量にわたって改変を加えるこ

とは至難の業であろう︒たとえば︑﹃西鶴織留﹄の本文 で言うと︑末尾近くにある﹁諸芸の師匠も是になぞらへ

てしるべし﹂の﹁是﹂が何を指すのかを見てみたい︒

﹃西鶴織留﹄では︑実力も徳もない宗匠がはびこる当代

の俳諧の堕落を指し︑他の芸道も同様と慨嘆するのに対

し︑﹃見聞談叢﹄では︑多年の修練を積んだ宗匠であっ

てはじめて自由自在の句作を成すことが出来ることを指

し︑それほどの域に達していない者が人の師となること

の罪深さを説く︒何れも一幅の文章と言うべきで︑破綻

をきたしていない︒これなど︑論旨を完全に把握した者

でなければ︑かかる改変は困難であろう︒結局︑﹃見聞

談叢﹄は︑由緒ある異文︑すなわち西鶴の別の草稿に基

づく本文である可能性を考慮に入れる必要があるのでは

なか

ろう

か︒

次に︑もしもこれを西鶴による別段階の草稿であると

仮定するならば︑そこから何が見えてくるであろうか︒

まず︑成立の前後について考えたい︒

一般に作家には︑沈思黙考を重ねて行文を精み重ねて

ゆく者と︑溢れ出る発想を取り敢えず文章につなぎ止め︑

後から彫琢の斧を振るう者との二つの型があるとするな

(11)

らば︑西鶴は後者の典型であったろう︒そのように考え

る根拠は︑西鶴が矢数俳諧の達人であった事実の印象だ

けではない︒何よりも参考となるのは﹃西鶴置土産﹄の

存在である︒﹃置土産﹄は西鶴没後四カ月目に世に出た

第一遺稿集で︑それだけに西鶴の草稿の姿を最も留めて

いる作品と言ってよい︒そこでは珠玉の場面描写が︑些

か贅沢すぎるほどにこれでもかと連ねられており︑その

創作作法を物語っている︒西鶴自身によって刊行に至っ

たならば︑斧正の手が相当に入り︑現在の姿はなかった

はず

であ

る︒

﹃西鶴織留﹄と﹃見聞談叢﹄とを比較すると︑後者に

あって前者にない部分と︑前者にあって後者にない部分

とがあり︑単純な改削の関係にはないため︑判断が難し

い︒﹃見聞談叢﹄にあって﹃西鶴織留﹄にないのは︑茶

道および能囃に関する部分で︑逆に﹃西鶴織留﹄にあっ

て﹃見聞談叢﹄にないのは俳諧に関する部分である︒ま

た︑後半から末尾部分の異同に注目すると︑両者の趣意

には微妙な差が生じていることがわかる︒すなわち︑

﹃見聞談叢﹄では﹁数年多︵他︶事なくしゅれんして﹂ とか﹁先余の事なく廿年もしゅれんをへて﹂とか﹁七八年十年も外のわざなくはまりこんで﹂以下の末尾の部分に明らかなように︑人の師たる者は多年の修練を要する︑ということが強調される︒一方︑﹃西鶴織留﹄にはこれらの行文は何れもない︒ただ当代の俳壇の堕落ぶりがより詳細に描かれるばかりである︒

もしも成立の順が﹃西鶴織留﹄←﹃見聞談叢﹄であっ

たとする︒後半部分は俳諧関係の記事を大幅に削ぎ落と

したこととなり︑たしかに論旨はすっきりする︒が︑前

半部分の茶道や能に関する独自行文が︑意図不明な無用

の増補となってしまい︑この方向の改稿は考えがたい︒

よって︑﹃見聞談叢﹄←﹃西鶴織留﹄︑すなわち︑後半部

分に敢えて俳諧に関する記述を大幅に増補する改稿を行っ

たものと考えられる︒

それは行文の削除という︑おそらくは一般的であった

と思われる西鶴の推敲手順に反するものであったろう︒

そして︑芸道の師匠は多年の修練を要する︑という︑いっ

たん出来上がった一般的な趣意を崩し︑俳諧に無縁の人

には通じにくい特殊な文章となることをもかまわず︑敢

(12)

えて当代の俳諧の堕落したあり方を慨嘆したかったとい

うこととなる︒﹃見聞談叢﹄をより早い段階の草稿と見

ることによって︑当時の西鶴が俳諧に対して如何に深い

失望感を抱いていたかが︑一層浮かび上がってくるよう

6

に思

われ

る︒

以上︑小稿で述べきたったのは︑﹃見聞談叢﹄所収本

文が﹃西鶴織留﹄の由緒ある異文である可能性のあるこ

と︑そしてもしもそうであるならば︑どのようなことが

見えてくるか︑という問題であった︒ただし︑右の前提

にかかわる判断は多分に主観に属するもので︑別の見解

も当然ながらあり得る︒が︑かの本文を後人の改変であ

ると一蹴するまでには慎重の上に慎重を重ねる必要があ

るのではないか︒外に異文テキストのない西鶴文学にあっ

て︑万が一にも千金の玉を淵に拠つことがあってはなら

ない

﹃丹波太郎物語﹄は天理図書館蔵本による翻刻が

﹃八文字屋本全集﹄第五巻に所収︒ケソブリッジ大

学図書館蔵本︵国文学研究資料館蔵写真による︶を

参照

した

以下﹃見聞談叢﹄の引用は︑著者自箪本︵現在天

理図書館古義堂文庫蔵︶による岩波文庫本の翻刻に

よる︒なお︑同書に見える西鶴伝記記事の主要部分︑

①本名平山藤五説︑②有徳人説︑③旅行家説︑は︑

その何れもが傍証を得ず︑必ずしも侶を措きがたい︒

塩村﹁素顔の西鶴ー書簡を通してー﹂︵﹃別冊国 文学・西鶴必携﹄平成五年二月︑学灯社︶および

﹁西鶴の隣人たち﹂︵﹃東海近世﹄十号︑平成十一年

五月

︶参

照︒

﹃西鶴織留﹄は遺稿集であり︑厳密に言えば真偽

や補筆の有無について吟味すべきではあるが︑少な

くとも巻三の二については西鶴真作であるとし︑こ

の前提については論じないものとする︒ 3  2 

(13)

6  4 享保十九年甲寅の記憶違いかとする説あり︒﹃剛

補西鶴年譜考証﹄五十七頁︒

﹃世々集草﹄には︑外にも﹃舞あふぎ﹄なる未見

の書より西鶴の遺語を引き︑﹁舞あふぎ︿元禄十七

年板﹀の序に云大坂の西鶴が咄にちひさい風呂敷包

をせなかにかけて猫の蚤とろ/\といひて口過する

者ありと語られし云々とみへたれば︵下略︶﹂とあ

る︒この話は﹃西鶴織留﹄巻三の四に見えるところ

であるが︑この記述は同書に拠ったのではなく︑西

鶴の直談に基づくように思われる︒

西鶴晩年の俳諧観については拙稿﹁﹃西鶴名残の

友﹄の芭蕉評について﹂︵﹃国語と国文学﹄︑平成二

年三月︶を参照されたい︒ 5 

参照

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