博 士 (水 産 学 ) 細川 雅 史
学 位 論 文 題 名
高 度 不 飽 和 脂 肪 酸 結 合 型 リン 脂 質 の 酵素 的 合 成 と 生 理 機 能 に 関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要旨
水 産 脂 質 に 多 く 舎 ま れ るn‑3系 高 度 不 飽 和 脂 肪 酸(HUFA)、 す な わ ち エ イ コ サ ベ ン タ エ ン 酸(EPA)や ド コ サ ヘ キ サ エ ン 酸(DHA)は 、 抗 血 栓 、 抗 ア レ ル ギ− 、 制ガン作 用など多く の優れた 生理機能 を有する ことが知 られて い る 。 近 年 で は 、 EPAと DHAの 生 理 機 能 がEPAやDHAの 結 合 し た 脂 質 の 化 学 形 態 に よ り 異 な る こ と も明 ら かに さ れ っっ あ る 。本 研 究で はEPAや DHAの 結 合 し た り ン 脂 質 に 着 目 し て 、 酵 素 反 応 に よ るEPA及 びDHA結 合 型 リ ン 脂質 の 合成方法 の確立を試 み、更に は合成し たりン脂 質のヒト 赤血球 膜 流 動 性及 び 変 形能 へ の影 響 、 ヒト 前 骨髄 性 自 血病 細 胞(HL‑60細 胞) の増 殖 と分化へ の影響に ついて検 討した。
第1章 で は 、 リ ン 脂 質 のsn‑l位 、sn‑2位の そ れぞ れ の 位置 にEPAやDHAの 選 択 的 導入 を 試 みた 。 その 結 果 、リ ゾ 型リ ン 脂 質とHUFAを 反応 基 質 とし て ブ タ 膵 臓 由 来 ホ ス ホ リ パ ー ゼA2 (PLA2)によ る エ ステ ル 合 成反 応 によ り 、 HUFAを り ン 脂質sn‑2位 に選 択 的 に導 入 する こ と が可 能 と なっ た 。一 方 、ト リ グリセリ ドのsn‑l,3位 に特異性 を有する 固定化リ パ―ゼLipozymeを用いて ホ ス フ ァ チ ジ ル コ リ ン(PC)とEPAの エ ス テ ル 交 換 反 応 に よ り 、 リ ン 脂 質 sn‑l位 にEPAの導入 が可能と なった。
HUFA結 合型 リ ン 脂質 の 合成 反 応 にお い て、 酵 素 を活 性 化す る た めに 添加 し た 水 分が 副 反 応で あ る加 水 分 解を 進 行さ せ 、 収率 の 低下 を 招 いた こ とか
ら、第2章では目的反応の収率を高めるために活性化必須水分の代替物の使 用を試みた。すなわち酵素タンパク質は水分子と多点水素結合を形成するこ とにより、主鎖の自由度を増し触媒活性が発現すると考えられていることか ら、この役割を代替できる物質を用いて酵素を活性化することにより加水分 解を抑制できると考えた。PLA2のエステル合成反応に翁ける必須水分代替 物の検索を行ったところ、高誘電率であるホルムアミドの添加によりPLA2 が活性化することを認め、合成率が61.0%に達した。水の添加では反応初 速度がホルムアミドとほぼ同じであるのにもかかわらず合成率が29.7%で あったことから、必須水分代替物としてホルムアミドを用いることにより、
水と同等に酵素を活性化しつつ合成率が高まることが判明した。次いで、
Lipozymeによるエステル交換反応における必須水分代替物の検索を行った 結果、プロピレングリコールやエチレングリコールなど分子内に‑OHを有 するアルコール系の物質が必須水分代替物として有効であることが判明し た。水とプロピレングリコールを併用することにより反応が一層効率的に 進行し 、水のみの 添加と比べ 回収率(基質PCに対する反応後残存するPC の割合)hr,25%程度高くなることを認めた。以上のことより、必須水分代替 物を活 用してPLA2及びLipozymeの位置特異的酵素反応を行い、更に、既 存のホスホリパーゼDによるホスフんチジル基転移反応を併用することによ り 、様 々 な化 学 形態 のEPA及びDHA結合型リ ン脂質分子 種を調製す るこ とが可能となった。
第3章 では 、 動脈 硬 化や血栓症 と関係が深 い、ヒト赤 血球(RBC)の 膜 流 動性 及 び変 形 能に お よぼすEPA及びDHA結 合型リン脂 質の影響に つい て検討 した。その 結果、PC、ホスフんチジルエタノールアミン(PE)及び ホ スフ ァ チジ ル セリ ン(PS)のいずれの 化学形態に おいてもEPA、DHA結 合型リ ン脂質処理RBCの膜流 動性が、比 較対照とし た大豆リシ脂質処理 RBCの 膜流動性よ りも高いこ とを認めた 。EPA結 合型リン脂 質とDHA結合
型 リ ン 脂 質 の 効 果 を 比 較 し た と こ ろ 、
PC
形 態 で はEPA
結 合 型 とDHA
結 合 型の 間 に差 が み られ な かっ たのに 対し、PE
形態で はDHA
結 合型、PS
形 態 ではEPA
結 合 型に お いて 膜 流動性 がより高め られること が判明した 。 更に、シリコン単結晶基板マイクロチャンネルを用いてりン脂質のヒトRBC 変 形能 へ の影 響 を 検討 し たと ころ、EPA
及びDHA結合型リ ン脂質処理RBC
においてRBC
懸濁液の流速改善効果がみられ、その効果を顕微鏡下で確認す る こ と が で き た 。PC
、PE
形 態 で はDHA
結 合 型 リ ン 脂 質 処 理RBC
に おい て、PS形 態ではEPA結合型リン 脂質におい てRBC
変 形能の改善 効果が顕著 であり 、膜流動性の向上とは現象的に一致していた。すなわち、EPA
やDHA 結合型リン脂質がRBC膜に取り込まれ、膜流動性を高めることにより間接的 に変形能の改善に至ったとみられ、その効果はりン脂質の分子種や脂質形態 により異なることが明らかとなった。第4章では、
HUFA
の 効果が注目 される制ガン作用について、ヒト前骨髄 性 自血 病 細胞(HL‑60
細 胞 ) を対 象 とし てEPA
及びDHA
結 合 型リ ン脂質の 影響を検討した。HL‑60細胞の分化(脱ガン)におよぼす影響について検討 し たと こ ろ、EPA
及 びDHA
結 合型リ ン脂質存在 下でHL‑60細 胞を培養し た 後に分 化誘導剤で あるレチノ イン酸(RA)
を添 加すること により、RAの細 胞分化 誘導作用が 促進される ことを認め た。その効 果はEPAやDHA
の脂肪 酸やエチルエステルの形態に比べ、リン脂質の形態において顕著であり、こ れはRAを10
倍量単独添加した場合の分化率に匹敵した。分子種間の効果を 比較す ると、EPA
結合型リ ン脂質に比 べてDHA結 合型リン脂 質の分化誘導 促進効 果が大きく 、DHA
結 合型PC分子種においては、sn‑l位がりノール酸 が主で ある大豆由 来の脂肪酸 やEPA
と 比べて、パ ルミチン酸(Pal)
やオレ イン酸(Ole)
が結合 した分子種 において促進効果が大きぃことを認めた。一方、化学形態の違いによる効果を比較すると、同一アシル基の場合、PCや
PS
に比 べ てPE形態 に おい て 分化 誘導作用の 促進効果が 大きかった 。EPA及 び
DHA
結 合 型PE
に お い て は 単 独 添 加(RA
非 存在 下 ) に おい ても 分化 誘導 作用 がみ られ た。こ れら のことからRAの細胞分化誘導能に対しEPA 及びDHA結合型リン脂質が分化率を高める促進的効果を示し、その作用が 分子 種や 化学 形態 により 異な るこ とが 明らか とな った 。HUFA結合型PE は、このようにHL‑60細胞の分化を最も促進するとともに、同時にこの細胞 の増殖も抑制していた。以上のように本研究では、RBCの膜流動性や変形能 の改善効果及びガン細胞増殖抑制効果や細胞分化誘導促進能の何れに摺いて もsn‑2位 にDHAの 結合 したPE
形態において効果が大きぃことを認めた。今後、リパーゼ剤やホスホリパーゼ剤の特異的な反応を活用することによ り、 高い 機能 性を 有した
EPA
及びDHA
結 合型リ ン脂 質を 作出し、最終的 にはこれらのHUFA結合型リン脂質が特定保健用食品や医薬品ヘ応用され ていくことが望まれる。学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教′授 教授 助教授
羽田野 太田 高橋
学 位 論 文 題 名
六男 古 ―:r 是太郎
高度 不飽和脂 肪酸結合型リン脂質の酵素的合成と .生理機 能に関 する研究
本 論 文 で は エ イ コ サ ベ ン タ エ ン 酸(EPA)及 び ド コ サ ヘ キ サ エ ン 酸(DHA) 結合 型 リ ン脂 質 分子 種 の 酵素 的合 成方法を 確立し、そ の生理機 能として ヒト 赤血 球 膜 流動 性 及び 変 形 能へ の影 響、ヒト 前骨髄性自 血病細胞(HL‑60細胞)
の 増 殖 と 分 化 に 及ぼ す 影 響に つ いて 、EPA及びDHA結合 型 リ ン脂 質 の分 子 種 や化学形 態と関連 づけて検 討を行っ た。
(1) リ ゾ 型 リ ン 脂 質 とEPA又 はDHAを 反 応 基 質と し て 、ブ タ 膵 臓由 来 ホ スホリパ ーゼA2によ るエステ ル合成反 応を行う ことにより、リ・ン脂質sn‑2位 にEPAやDHAの選 択 的導 入 が 可能 と な った 。 一方 、 卜 リグ リ セリドのsn‑l,3 位に 位 置 特異 性 を有 す る 固定 化リ パーゼLipozymeを 用いてホス フんチジ ルコ リン(PC)とEPAのエ ス テル 交 換 反応 を 行う こ と によ り 、 リン 脂質sn‑l位へ の EPAの導入が 可能とな った。
(2) 副 反 応 で あ る 加 水 分 解 を 抑 制 し 、EPAやDHA結 合 型リ ン 脂 質の 反 応 収率 を 高 める た め、 水 以 外の 物質 による酵 素の活性化 すなわち 必須水分 代替 物の 検 索 、使 用 を試 み た 。そ の結 果、ホス ホリパーゼA2によるエ ステル合 成 反応 に お いて 、 高誘 電 率 であ るホ ルムアミ ドを必須水 分代替物 として使 用す るこ と に より 、 従来 ま で の水 添 加 によ る 反応 に 比 べ合 成 率が30%程度上昇 し た。 一 方 、Lipozymeに よ るエ ステ ル交換反 応におい ては、必須 水分代替 物と して プ ロ ピレ ン グリ コ ー ルが 有 効 であ り 、プ ロ ピ レン グ リコ ール:水 (1:1 vMを 用 い る こ とに よ り 反応 収 率が 従 来 まで の 水分 調 整 の反 応 に 比べ25% 程 度高 く な った 。 以上 の こ とよ り、 必須水分 代替物を活 用してホ スホリパ ーゼ A2及 びLipoZymeの位 置 特異 的 酵 素反 応 や、 既 存 のホ ス ホ リパー ゼDによる ホ スフ ん チ ジル 基 転移 反 応 を併 用 す るこ と によ り 、 様々 な 化学 形態のEPA及 び
DHA結合型リン脂質分子種を調製が可能となった。
(3)EP」 結 合 型 及 びDHA結 合 型 リ ン 脂 質 の ヒ ト 赤 血 球 膜 流 動 性 に 及 ば す 影響 につ いて 検討 した 結果 、ホスファチジルコリン(Pの、ホスファチジルエ タノールアミン(PE)及びホスファチジルセリン(PS)のいずれの化学形態にお い て もEPA、DHA結 合型 リ ン 脂 質 が 赤 血 球 の 膜流 動性 を大き く高 める こと を 認め た。 更に 、シ リコ ン単 結晶 基板 マイク ロチ ャン ネル を用いてりン脂質の ヒ ト 赤 血 球 変 形 能 への 影 響 を 検 討 し た と こ ろ、EPA及 びDHA結合 型リ ン脂 質 で処 理し た赤 血球 にお いて 流速 改善 がみら れ、 その 効果 を顕微鏡下で確認す るこ とが でき た。 リン 脂質 の赤 血球 変形能 に対 する 改善 効果が、赤血球膜流 動 性 の 向 上 作 用 と 現象 的 に 一 致 し て い た こ とか ら、EPAやDHA結 合型 リン 脂 質が 赤血 球膜 流動 性を 高め るこ とに より間 接的 に変 形能 の改善に至ったと考 えら れ、 その 効果 はり ン脂 質の 分子 種や脂 質形 態に より 異なることが明らか と た っ た 。 特 に 、sn‐2位 にDHAの 結 合 し たPCやPE、 皿.1位にEPAの 結合 し たPSにおいて効果が顕著であった。
(4)EPA及 びDHA結 合 型 リ ン 脂 質 の 制 ガ ン 作用 を 明 ら か に す る た め 、 ヒト 前骨 髄性 自血 病細 胞. (HL‐60細胞) の分 化に およ ぼすE,PA及びDHA結 合 型 リ ン 脂 質 の 影 響に つ い て 検 討 し た 。HL・60細胞 培養液 にEPA及 びDHA結 合型 リン 脂質 を添 加し てあ らか じめ24時間 培養 する こと により、分化誘導剤 で あ る レ チ ノ イ ン 酸(RA) 単 独 添 加 に 比 べ 細胞 分化 率の上 昇が みら れ、 そ の効 果は りン 脂質 分子 種や 化学形態によって異なっていた。特に、塑‐1位に パ ル ミ チ ン 酸 や オ レイ ン 酸 が 結 合 し たDHA結 合 型PCに お い て 促 進 効 果 が 大 き い こ と を 認め た。 一方 、化学 形態 の違 いに よる 効果 を比 較す ると 、DHAの 遊離 脂肪 酸や エチ ルエ ステ ルに 比べ 、リン 脂質 形態 での 添加において細胞分 化 率 の 上 昇 が 顕 著 で あ り 、 リ ン 脂 質 形 態 の 中 で もPCやPSに 比 べ てPE形 態 に お い て そ の 効 果 は 大 き か っ た 。EPAやDHA結 合 型PEに お い て は り ン 脂 質 単 独 添 加 (RA非 存在 下 ) に お い て も 細 胞 分化 誘導 作用が みら れ、 また 、 強い細胞増殖抑制効果も有することが明らかとたった。
本 研究 によ り、 リパ ーゼ 剤や ホスホ リパ ーゼ 剤の特異的な反応を活用する こ と に よ り 、 機 能性 を 有 す るEPAとDHA結 合型 リン 脂質 分子 種の 調製 法を 確 立し 、こ れに より 高度 な三 次機 能を有 した 食品 設計や医薬品への応用の可能 性 を 明 ら か に し た。 こ れ ら の 点 を審 査員 一同 は高 く評 価し 、本 論文 が博 士
( 水 産 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 内 容 を 有 す る も の と 認 定 し た 。