博士(歯学)高田敏寿 学位論文題名
口腔内立体認知に関わる大脳皮質活動領域 学位論文内容の要旨
錯書
咀嚼とは,摂取した食物を細かく砕き,その食物を嚥下するまでの過程を言い,その進 行によって,初期,中期,および後期に区分されるが,この過程を通して,口腔内では常 に食片の大きさや性状,位置などが認識されており,その認識を元に食片の弁別がなされ ていると考えられている‐このような,口腔内にある物質の大きさ,性状,位置などを認 識する能カは,口腔内立体認知能カと呼ばれているが,これまで,口腔内立体認知と脳活 動との関連を明らかにした報告はない.
そこで本研究では,口腔内立体認知に伴って生じる大脳皮質活動領域を明らかにするこ とを目的として,fMRIを用いた検索を行った.
方法
本研究に参加した被験者は,右利きの成人男女12名で,脳MR画像ならびに顎口腔機能 に異常はみられなかった.
大脳皮質活動領域の検出には,20秒間の休止期間,および探索期間を交互に4回繰り返 すブロックデザイン法を使用し,各探索期間ごとに10スライス,計40ボリュームからな る機能MR画像を撮像した.撮像した機能MR画像の解析には,脳機能画像解析ソフトを使 用し,各課題によって得られた機能画像に対し,標準化と平滑化の前処理を行った後,休 止期間と比較して探索期間に信号の増加する賦活領域を描出して,標準脳への重ね合わせ を行った.また,各賦活領域における,前後4回の総探索期間,前半2回の前探索期間,
後 半 2回 の 後 探 索 期 間 の そ れ ぞ れ に つ い て 信 号 強 度 変 化 率 を 解 析 し た . 本研究の実験方法は,手指による立体認知に関する実験方法に準じたもので,実験開始 前に探索用試料を見せることはせず,実験開始直前に口腔内探索用の試料を口腔内に挿入 し,「これから口の中に入れるものが,どのようなものであるかを調べて下さい」という指 示を聴覚的に与えるものとした.
探索の方法は被験者に一任するが,閉眼で探索すること,休止期間中に口腔の運動を行 わ な い こ と , 探 索 期 間 中 は 探 索 活 動 を 継 続 す る こ と を 注 意 と し て 指 示 し た .
口 腔内 探索 用試 料は3種類 で, いず れも 縦15mm, 横30mm, 厚さ0.5rrmの プラ スチック 製 プ レ ー 卜 で あ り , プレ ートaの片 面に は, 直径Imm,高さ1mmの円 柱状 の突 起7個 を5mm 以上 の間 隔を あけ てラ ンダ ムに ,ま たプ レー トbの 片面には同じ大きさの突起4個を5mm以 上 の 間 隔 を あ け て ラ ンダ ムに 付与 して ある が, プレ ートcには 突起 は付 与し てい ない.
こ れら の試 料は ,予 備実 験の 結果 をも とに 作製さ れた もの で, プレ ートaでは4回の探 索期 間を 通し て探 索活 動が 継続 して 行わ れれ るよう に,プレートbでは前探索期間で探索 活動 が終 了す るよ うに ,ま た, プレ ートcでは ,探 索活動がすぐに終了してしまうように 設計 され てい る,
結果および考察
総探 索期 間に おけ る大 脳皮 質活 動領 域は ,探 索課題a, およ び探 索課 題bで は,一次運 動 感覚 野, 頭頂 連合 野,頭頂後頭溝の後方領域,および腹側前運動野であったが,探索課 題cでは,一次運動感覚野にのみ活動が観察された.
一般 に, 立体 認知 とは,視覚器や聴覚器からの入力情報を用いずに,触圧覚情報と深部 感覚情報のみによって対象物の三次元構造を認知する能カであると定義されている.また,
立体認知の成立には,一次体性感覚野による「形を認識する一次的認知」,および他の複数 の大脳皮質領域による「意味を認識する二次的認知」の2つの過程があると考えられている.
そこ で, 活動 の観 察された各領域の働きについて考察するために,信号強度変化率の比 較を行った.
一次運動感覚野における信号強度変化率の比較により,総探索期間における変化率がa, b,cの いず れも ほぼ 同じ値を示していること,および前探索期間と後探索期間での比較で は,aにおける変化率がb,cに比べてやや高い値を示しているものの,a,b,cのいずれも,
前 探索 期間 と後 探索 期間で差がないことが明らかとなった.このことから,一次運動感覚 野における脳活動は,探索そのものというよりはむしろ,単に口腔内に試料が入っていて,
それを動かしていることによるものであることを意味していると考えられ,「形を認識する 一次的認知」に関わっている可能性が示唆された.
頭頂 連合 野に おけ る信号強度変化率の比較では,総探索期間における変化率はaとbでは 変 わら ない が,bで は前探 索期 間に 比べ て後 探索 期間での変化率が大きく低下した.この こ とか ら, 頭頂 連合 野における脳活動は,探索そのものに関連していることを意味してい る と考 えら れる .こ の領域の活動は,触覚のみを使って対象の形態やパターンを認知させ た 場合 や手 指を 使っ た探索運動の際に活動がみられることから,おそらく空間認識に関与 し てい るの であ ろう と推測されており,口腔内立体認知に伴って生ずる頭頂連合野の脳活 動は,「意味を認識する二次的認知」のうち,特に口腔の探索運動によって得られた感覚情 報を使った空間認識に関わっているものと推測された.
頭頂連合野と同様に,頭頂後頭溝の後方領域における信号強度変化率は,総探索期間に おける変化率がaに比べてbで低下しているのに加え,bでは前探索期間に比べて後探索 期間での変化率が大きく低下した.このことは,頭頂連合野の場合と同様に,頭頂後頭溝 の後方領域における脳活動は,探索そのものに関連していることを意味していると考えら れる.頭頂後頭溝の後方領域は視覚の高次機能を司る視覚連合野であり,視覚対象の方向 を判別する場合など,具象的な認識,および心的な視覚イメージの形成にも関与している と考えられている.本研究では,視覚情報を全く与えていないことから,この領域の活動 は,「意味を認識する二次的認知」のうち,特に口腔内にある探索物を心にイメージしたこ とによる可能性が高いと推測された.
一方,腹側前運動野においては,aとbの両者で,前探索期間に比べて後探索期間での 変化率が大きく低下したことから,探索そのものに関わっている可能性は低いと考えられ る.腹側前運動野は口腔の高次な運動制御に関わる領域であると考えられていることから,
立体認知というよりは,むしろ口腔の高次な運動制御に関わっていると考えられる,
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
口腔内立体認知に関わる大脳皮質活動領域
審 査 は , 大 畑 , 赤 池 お よ び 吉 田 の 各 審 査 担 当 者 が 個 別 に , 学 位 申 請 者 に 対 し て 提 出 論 文 の 内 容 な ら び に そ れ に 関 連 す る 学 科 目 に つ い て 口 頭 試 問 に よ り 行 っ た .
口 腔 内 に お け る 食 片 の 大 き さ や 性 状 , 位 置 を 認 識 す る 能 カ は 口 腔 内 立 体 認 知 能 カ と 呼 ば れ て お り , 口 腔 粘 膜 , 舌 , 歯 根 膜 な ど の 皮 膚 ( 粘 膜 ) 感 覚 受 容 器 や 筋 紡 錘 , 腱 紡 錘 な ど の 深 部 感 覚 受 容 器 か ら の 情 報 を 活 用 す る こ と に よ り , 食 片 の 粒 度 が 約2 mmの も の ま で 正 確 に 弁 別 で き る こ と が 知 ら れ て い る . し か し , 口 腔 内 立 体 認 知 と 脳 活 動 と の 関 連 に 関 す る 基 礎 的 研 究 は 全 く 行 わ れ て い な い た め , 脳 の ど の 領 域 が 口 腔 内 立 体 認 知 に 関 わ っ て い る の か , あ る い は 口 腔 内 立 体 認 知 に よ り 脳 は ど の 程 度 活 性 化 す る の か な ど に つ い て は , 現 在 に 至 る も な お 不 明 の ま ま で あ る ・
そ こ で 学 位 申 請 者 は , 口 腔 内 の 立 体 認 知 に 伴 っ て 生 じ る 大 脳 皮 質 活 動 領 域 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て , 成 人 男 女 12名 を 被 験 者 と し , 縦30mm, 横15mm, 厚 さ 0.5mrnの プ ラ ス チ ッ ク プ レ ー ト を ,20秒 問 の 休 止 期 間 と20秒 問 の 探 索 期 間 を 交 互 に4 回 繰 り 返 し 行 う ブ ロ ッ ク デ ザ イ ン 法 に よ ル 口 腔 内 で 探 索 さ せ , 各 探 索 期 間 ご と に10ス ラ イ ス , 計40ポ リ ュ ー ム か ら な る 機 能MR画 像 を 撮 像 し た . な お , 口 腔 内 探 索 に 用 い た プ レ ー ト は3種 類 で , プ レ ー トaの 片 面 に は 直 径1 rnm, 高 さ1mmの 円 柱 状 の 突 起7 個 が5 mm以 上 の 間 隔 を あ け て ラ ン ダ ム に , ま た プ レ ー トbの 片 面 に は 同 じ 大 き さ の 突 起4個 が5 mm以 上 の 間 隔 を あ け て ラ ン ダ ム に 付 与 さ れ て い る が , プ レ ー トcに つ い て は 突 起 は 全 く 付 与 さ れ て い な い ・
撮 像 に はGE社 製Signa−LX1.5TMRス キ ャ ナ ー を 用 い , 脳 機 能 画 像 解 析 ソ フ ト で あ るSPM99を 使 用 し て , 各 課 題 に よ っ て 得 ら れ た4回 分 ( 総 探 索 期 間 : 計80秒 間 ) の 時 間 連 続 的EPI画 像 に つ い て 解 析 を 行 い , 標 準 化 と 平 滑 化 を 行 っ て 個 人 の 脳 形 態 の 特 徴 を 解 消 し た . そ の 後 , ポ ク セ ル 毎 にt検 定 に よ る 比 較 を 行 い , 休 止 期 間 と 比 較 し て 探 索 期 間tこBOLD信 号 の 増 加 す る ポ ク セ ル を 描 出 し た . ま た , こ れ と は 別 に , 上記 の解 析に よっ て 脳 活 動 が 明 ら か と な っ た そ れ ぞ れ の 大 脳 皮 質 領 域 に お け る 信 号 強 度 変 化 率 を , 各 探 索
光 昇
忠
重
田 畑
池
吉 大
赤
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
課 題ごと に,4回 分( 総探 索期 間:計80秒 間) の場 合, 前半 の2回分(前探索期間:計 40秒 間 ) の 場 合 , お よ び 後 半 の2回 分( 後探 索期 間: 計40秒間 )の 場合 の3通 りに 分 け て求め た.
以上の結果,口腔内探索により活動がみられる大脳皮質活動領域は,一次運動感覚野,
頭頂 連合 野, 頭頂 後頭 溝の 後方領域,および腹側前運動野の4野であることが明らかと なった.また,このうち一次運動感覚野は形を認識する一次的認知に,頭頂連合野は意 味を認識する二次的認知に,頭頂後頭溝の後方領域は二次的認知における心的な視覚イ メージの形成に,また腹側前運動野は口腔の運動制御に関わっている可能性が高いこと が示唆されたが,これらは単独に機能しているのではなく,相互に密接な連携を保って 機能していると考えられた.なお,口腔内探索活動は,頭頂連合野と頭頂後頭溝の後部 領域に,一次運動感覚野よりもはるかに大きい信号強度変化を起こすことが明らかとなっ たが,このことは,口腔内探索活動を行うことにより,一次運動感覚野のみならず,高 次 機 能 を 果 た す 大脳 皮 質 領 域 を も 賦活 化す るこ とが でき る可 能性 を示 唆し てい る.
これに対し,各審査担当者から
1. 咀 嚼 期 を3期 ( 初 期 , 中 期 , 後 期 ) に 分 けた 根 拠 2.咀 嚼 機 能 と 口 腔 内 立 体 認 知 と の 関 連 性
3.口 腔 内 立 体 認 知 と 体 性 感 覚 ( 触 圧 覚 情 報 , 深 部 感 覚 情 報 ) と の 関 連 性 4.口 腔 内 立 体 認 知 と 下 顎 運 動 制 御 と の 関 連 性
5.本 研 究 の 補 綴 臨 床 的 意 義
6.口 腔 立 体 認 知 の 脳 機 構 をfMRIで 探 る 研 究 にお い て , そ の プ口ト コー ルと 結果 の 解 析 方 法 は 妥 当 で あ っ た か
7.活 性 化 さ れ た 脳 領 域 は い か な る 機 能 を 持 っ て い る と 推 察 さ れ る か 8.高 次 視 覚 領 の 関 与 は ど の よ う な 意 味 が あ るか
9.研 究 の 発 展 を 行 う に は ど の よ う な 工 夫 が 必要 か
などに関する口頭試問が行われたが,いずれの質問に対しても明快な回答が得られたこ とから,学位申請者は本研究に直接関係する事項のみならず,関連分野全般に亘って広 い学識を有していると認められた.また,本研究は,口腔領域に関連する脳科学研究の 発 展 に 寄 与 す る も の で あ り , 研 究 の 将 来 性 も 十 分 に 高 い と 評 価 さ れ た . そこで 主査 なら びに 副査 は, 学位 申請 者は 博士(歯学)の学位を授与されるにふさわ しいと 認め た.