マ ス ト 細 胞 の 二 面 性
―アレルギーと感染防御―
松 江 弘 之
山梨大学医学工学総合研究部皮膚科学講座 要 旨:従来,マスト細胞はアレルギー疾患において主に研究されてきたが,最近,病原体に対す る感染防御にも重要な役割を担っていることがその機序とともに解明されつつある。マスト細胞の 感染防御における役割には,マスト細胞の解剖学的位置,マスト細胞がもつ病原体を認識し反応す るレセプターシステム,マスト細胞が放出する種々のメディエーターの関与が明らかにされてきた。 それらを介して,マスト細胞は生体が病原体を排除する際の自然免疫反応と獲得免疫反応に関与す る重要な免疫細胞であることが明らかにされてきた。今後さらに,感染防御におけるマスト細胞の 役割が明らかになれば,その人為的制御によりアレルギー反応を含む種々の免疫応答を制御できる 可能性がある。 キーワード マスト細胞,自然免疫,獲得免疫,アレルギー,Toll-like receptor(TLR) Ⅰ はじめに マスト細胞は高親和性 IgE 受容体(FcεRI) を介した活性化によってアレルギー反応を惹 起・持続させるエフェクター細胞であることは よく知られているが,アレルギー領域以外の免 疫機構を研究している免疫学者にとっては,無 関係な細胞として長い間無視されてきた。しか しこの 10 年くらいの間にマスト細胞が,感染 防御にとって重要な自然免疫と獲得免疫からな る免疫システムに少なからず関与していること が明らかにされつつある。それには,以下に述 べるようなマスト細胞の特性が関与している。 (1)マスト細胞の解剖学的位置の重要性:マス ト細胞は全身,特に外部環境にさらされている 器官(皮膚,呼吸器,消化器)の結合組織内に 広く分布し,それらの器官・組織においては主 に血管に近接して存在している。したがって血 管透過性,他の免疫細胞の感染局所へのリクル ートに関与するのに都合が良い解剖学位置に分 布している。(2)マスト細胞から放出される生 物活性物質の多様性:何らかの刺激で活性化さ れた組織中のマスト細胞からは様々な生物活性 をもつ物質が放出される。特にマスト細胞は脱 顆粒によって顆粒中に含まれる生理活性物質を 組織中に迅速に放出する。顆粒中に含まれる物 質としては,ヒスタミン,セロトニン,コンド ロイチン硫酸,ペプチドグルカン,各種タンパ ク分解酵素,TNF,VEGF などのサイトカイン, 細胞成長因子などが含まれる。また短時間に生 成放出されるものとしては各種活性酸素種,ロ イコトリエン,プロスタノイドなどの脂質由来 のメディエーターなどがある。さらに遅れてタ ンパク合成を経て放出されるものとして,数十 種類に及ぶサイトカイン,ケモカインを放出す る。(いかに多くの生物活性物質を産生するか は最近の総説,参考文献 1 をご参照頂きたい) 〒 409-3898 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東 1110 受付: 2005 年 6 月 13 日 受理: 2005 年 6 月 30 日総 説
したがって,マスト細胞は様々な細胞に影響を 及ぼすポテンシャルをもつ細胞であると考えら れている。
最 近 の Toll 様 受 容 体 ( Toll-like receptor; TLR)などの自然免疫の分子機構の解明により, マスト細胞においても同様の分子機構の関与が 明らかにされ,マスト細胞の感染防御の関与が 報告されてきている。本稿では,まずアレルギ ー反応におけるマスト細胞の役割を簡単に概説 し,次に,最近明らかにされてきたマスト細胞 の感染防御における役割について述べる。 Ⅱ アレルギーとマスト細胞 FcεRI を介したマスト細胞の活性化がアレル ギーの惹起や持続に重要である。即時型の反応 では IgE がマスト細胞上の FcεRI に結合し,そ れがアレルゲンによって,2 個以上架橋される と,レセプターの凝集が起こり,マスト細胞が 活性化される。活性化されたマスト細胞は脱顆 粒を起こし,ヒスタミンや各種脂質メディエー ターを放出し,血管の透過性を亢進させ,たと えば蕁麻疹では膨疹ができたりする。また,粘 液細胞に働き,粘液の分泌を亢進させ,花粉症 では鼻汁の分泌を起こす。あるいは,気道平滑 筋を収縮させ,喘息において気管狭窄を起こす。 このようなアレルギーの惹起だけでなく,アレ ルゲンによって活性化されたマスト細胞から は,少し遅れていわいる IL-4, IL-13 などの Th2 サイトカイン,RANTES, TARC などのケモカ インが放出され,好酸球の遊走やその後の Th2 反応の誘導に関与しアレルギー反応の維持にも 関与している。 Ⅲ 感感染防御とマスト細胞 このようにマスト細胞は IgE アレルギーに関 与しているが,この古典的なマスト細胞の機能 に加えて,最近,感染防御,特に自然免疫にお けるマスト細胞の役割が明らかにされつつあ る。寄生虫,細菌,ウイルス感染においてマス ト細胞はそれらの感染防御にどのようにかかわ っているのだろうか? A In vivo における感染防御 前述したようにマスト細胞からは多くの細胞 に影響を及ぼすポテンシャルをもつ数多くの生 物活性物質が放出されるため,in vitro の実験 結果から,in vivo でのマスト細胞の機能を拡大 解釈するのは危険である。したがって,ここで は病原体動物感染モデルを用いた報告を概説す る。 1 寄生虫感染におけるマスト細胞の役割 感染した寄生虫に対して Th2 反応によって IgE の産生,マスト細胞数の増加が起こること は 古 く か ら 知 ら れ て い た が , マ ス ト 細 胞 の FcεRI を介した活性化がどのように寄生虫の排 除に関与しているかのメカニズムは不明であ る。しかし,マウス腸管線虫感染モデルを用い て,最近そのメカニズムのひとつが明らかにさ れた。マウスに経口的にある種の線虫を感染さ せると腸管粘膜下にマスト細胞の集積がみら れ,腸管上皮の透過性が亢進し,線虫が排除さ れる。その透過性の亢進には腸管上皮細胞間の タイトジャンクションを分解するマスト細胞由 来の mMCP-1(mouse mast cell protease-1)が 関与することが証明された2)。 2 細菌感染におけるマスト細胞の役割 1996 年に in vivo でマスト細胞が細菌感染に おける生体防御に関与していることが,初めて 報 告 さ れ た3 , 4 )。 マ ス ト 細 胞 欠 損 マ ウ ス (W/Wv)と野生型マウス(+/+)の腹腔に細 菌を注射するか,盲腸に穴を開けることで急性 細菌性腹膜炎を引き起こすと,+/+と比べて W/Wv の方が死亡率が高く,+/+より 20 倍ほ ど細菌をクリアランスする能力が低下してい た。さらに W/Wv の腹腔にマスト細胞を再構 成するとその能力は+/+同様に回復し,死亡 率も低下した。さらに詳細な実験により,腹腔 内マスト細胞が細菌感染により TNFαを放出 し,それが腹腔内の好中球の遊走に重要で,こ の好中球遊走を介した自然免疫反応が死亡率に 影響していることが示された。
3 ウイルス感染におけるマスト細胞の役割 実験動物においてウイルスを感染させて,感 染部位でのマスト細胞数の増加,活性化が報告 されているのみで,マスト細胞がウイルス感染 における生体防御に関与していることを示した 報告は今のところない。しかし,後で述べるよ うに in vitro においてマスト細胞はウイルス構 成成分により活性化されるので,ウイルス感染 における生体防御にマスト細胞が関与している かの実験動物での研究の展開が期待されてい る。 B 抗菌ペプチド 最近,マスト細胞が抗菌ペプチドを産生する こ と が 報 告 さ れ た 。 魚 の マ ス ト 細 胞 は Piscidin5),ヒト皮膚マスト細胞は Cathelicidin (LL-37)6)という抗菌ペプチドを産生する。マ スト細胞由来抗菌ペプチドの殺菌作用は,マス ト細胞の解剖学的位置を考えると細菌の血管へ の進入を防ぐための免疫系を介さない最後の最 前線の防御に関与している可能性がある。 Ⅳ マスト細胞と病原体の相互作用 それではどのように病原体がマスト細胞を刺 激するのだろうか? 最近,マスト細胞が病原 体を認識し,反応するのに関与する受容体が明 らかになってきた。それには病原体を直接認識 する受容体と間接的に認識する受容体がある。 A 直接的に認識する受容体 マスト細胞は表 1 に示すように種々の TLR を発現していることが明らかにされてきた。こ れらはおのおの特異的な病原体の成分を認識す る。たとえば,TLR2 はグラム陽性桿菌の膜成 分のペプチドクリカン,TLR3 はウイルス由来 の double-stranded RNA, TLR4 はグラム陰性桿 菌の膜成分に存在するリポポリサッカライド (LPS),TLR5 はある種の細菌の鞭毛成分であ るフラジェリン(flagellin),TLR7 はウイルス 由来の single-stranded GU-rich RNA を認識す る。また,微生物のゲノム DNA にはシトシン (C)とグアニン(G)の繰り返し配列(CpG) が多く含まれ,しかもメチル化されていない。 CpG は 免 疫 ア ジ ュ バ ン ト と し て Th1 細 胞 , CTL の活性化を強く誘導する。TLR9 はこの CpG 配列を認識する。TLR 以外ではマスト細 胞はマンノースレセプターの CD48 を発現し, 大腸菌などの Gram 陰性菌の FimH タンパクを 認識する。 最近われわれは,マウス胎児皮膚由来のマス ト細胞(fetal skin-derived mast cells; FSMC)が TLR2, 4 に加えて TLR3, 7, 9 を高発現してお り , そ れ ぞ れ の TLR の リ ガ ン ド の 刺 激 で , TNFα, IL-6 などのサイトカイン,MIP-1α, MIP-2, RANTES などのケモカインを産生すること を報告した7)。これらの TLR リガンドの刺激 では FSMC からの脱顆粒は認められなかった。 一方,IgE の刺激で,FSMC は脱顆粒し,また Th2 サイトカインの IL-13 の産生が認められ た。TLR3, 7, 9 の刺激では IL-13 の産生は認め られなかった。以上の結果から,われわれはマ スト細胞には次のような二面性があると考えて いる。前述のごとく,マスト細胞は細胞表面に 発現する FcεRI への IgE の結合及びアレルゲン による受容体の架橋により脱顆粒し,種々のメ ディエーターを放出する。その為,I 型アレル ギー反応のエフェクター細胞と考えられてい る。また,IgE からの刺激によって IL-13 など の Th2 サイトカインを産生し,免疫応答を Th2 反応にシフトさせる役割が考えられている (図 1)。この古典的な機能に加え,上述したよ うにマスト細胞は TLR などを介して病原体に 反応し,好中球,マクロファージなど自然免疫 を担当する細胞を感染部位にリクルートする。 さ ら に , 活 性 化 マ ス ト 細 胞 か ら 放 出 さ れ る PGE2, TNFα, IL-1, IL-16, IL-18, CCL5 などのメ ディエーターは抗原提示細胞である樹状細胞の 感染部部位へのリクルートに関与する。さらに, 病 原 体 を 排 除 す る た め の 効 率 的 な 獲 得 免 疫 (Th1 反応,CTL 反応)の誘導にもマスト細胞 からの脂質メディエーター,サイトカイン,ケ モカインによるそれらの細胞のリクルートを介 して関与していると考えられている。すなわち
マスト細胞は二つの異なる免疫応答(アレルギ ー反応と自然免疫・獲得免疫からなる感染防御 免疫反応)に関与する能力を備えていると考え られる(図 1)。 B 間接的に認識する受容体 マスト細胞は FcεRI 以外に IgG 受容体,補体 系の受容体を発現し(表 1),特に病原体の再 感染時に,病原体と補体,病原体と抗体の複合 体がマスト細胞を刺激する可能性があり,この 系もマスト細胞の生体防御に関与している可能 性がある8)。 Ⅴ 獲得免疫への直接的影響 in vitro の実験系でげっ歯類のマスト細胞は 樹状細胞と同様に抗原提示能があり,直接的に 図 1.マスト細胞の二面性 ―アレルギーと感染防御― 表 1.生体防御に関与するマスト細胞受容体システム 受容体 リガンド Toll 様受容体(TLR) TLR1 Lipopeptide TLR2 PGN, zymosan TLR3 Double-stranded RNA TLR4 LPS and F protein of RSV TLR6 PGN and zymosan TLR7 Single-stranded RNA TLR9 CpG-containing DNA マンノースレセプター CD48 FimH Fc 受容体 FceRI IgE FcgRI, FcgRII, FcgRIII IgG 補体系受容体
CR2, CR4, CR5 補体およびそのフラグメント C3aR, C5aR
PGN, peptidoglycan; LPS, lipopolysaccharide; RSV, respiratory syncytial virus; FimH, FimH protein ex-pressed by fimbriated Gram-negative bacteria.
抗原特異的 T 細胞を活性化すると報告されて いる。in vivo でマスト細胞が病原体由来の抗原 を T 細胞に提示しているかは不明である1)。 Ⅵ アレルギーと感染防御の関係 感染症が病原体とマスト細胞との反応を介し てアレルギー性疾患を悪化させている可能性が 示唆されている。たとえば,アトピー性皮膚炎 では,S. aureus の表皮感染が高頻度に認められ るが,この病原体に対するマスト細胞の反応が 皮膚炎を悪化させている可能性がある。また, 気管支喘息においては種々のウイルス感染が喘 息発作を誘導・増悪させると報告されており, ウイルスに対するマスト細胞の反応が関与して いる可能性がある。すなわち,病原体に対する マスト細胞の反応が,アレルギー疾患における マスト細胞の関与を修飾している可能性があ る。アレルギー性疾患における病原体とマスト 細胞の関与の臨床的意義に関しては今後の研究 が期待される。 Ⅶ 結 語 免疫系は自然免疫,獲得免疫,アレルギー反 応に関与する細胞,メディエーターが複雑に関 与し合っているシステムである。マスト細胞は 直接的,あるいは多様なメディエーターを介し て,あらゆる生体における免疫反応に影響を及 ぼすポテンシャルをもつ細胞であり,決して無 視できない免疫調節細胞である。この点で,マ スト細胞による免疫制御によって,免疫が関与 する多くの疾患の治療が可能になるかも知れな い。 Ⅷ 謝 辞 私にマスト細胞を研究する機会を与えて下さ いました当科の島田眞路教授,皮膚マスト細胞 培養系を開発し,それを用いて TLR を含む多 くの先駆的研究を遂行した山田信夫先生,松嶋 宏典先生に感謝致します。 文 献 (詳細は最近の総説,文献 1,8 をご参照下さい。) 1) Galli SJ, Nakae S, Tsai M. Mast cells in the
devel-opment of adaptive immune responses. Nat Im-munol, 6: 135–142, 2005.
2) McDermott JR, Bartram RE, Knight PA, Miller HR, Garrod DR, Grencis RK. Mast cells disrupt epithelial barrier function during enteric nema-tode infection. Proc Natl Acad Sci U S A, 100: 7761–7766, 2003.
3) Echtenacher B, Mannel DN, Hultner L. Critical protective role of mast cells in a model of acute septic peritonitis. Nature, 381: 75–77, 1996. 4) Malaviya R, Ikeda T, Ross E, Abraham SN. Mast
cell modulation of neutrophil influx and bacteri-al clearance at sites of infection through TNF-α. Nature, 381: 77–80, 1996.
5) Silphaduang U, Noga EJ. Peptide antibiotics in mast cells of fish. Nature, 414: 268–269, 2001. 6) Di Nardo A, Vitiello A, Gallo RL. Mast cell
an-timicrobial activity is mediated by expression of cathelicidin antimicrobial peptide. J Immunol,
170: 2274–2278, 2003.
7) Matsushima H, Yamada N, Matsue H, Shimada S. TLR3-, TLR7-, and TLR9- mediated production of proinflammatory cytokines and chemokines from murine connective tissue type skin-derived mast cells but not from bone marrow-derived mast cells. J Immunol, 173: 531–541, 2004. 8) Marshall JS. Mast-cell responses to pathogens.