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李白と杜甫の「飛揚」について

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(1)Title. 李白と杜甫の「飛揚」について. Author(s). 後藤, 秋正. Citation. 北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編, 63(1): A1-A9. Issue Date. 2012-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/6827. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第六十三巻 第一号 平成二十四年八月. 李白と杜甫の「飛揚」について. 北海道教育大学札幌校漢文学研究室. 後 藤 秋 正. の語なども参照する。ちなみに『漢語大詞典』は、この語を以下のように五. 項目に分けて説明している(唐代以後の用例は適宜省略)。. ①放縦。《荘子・天地》「趣舎滑心、使性飛揚」。. ②飄揚。飄蕩。《史記・高祖本紀》「大風起兮雲飛揚。」唐杜甫《冬日洛城 北謁玄元皇帝廟》詩「冕旒倶秀発、旌旆尽飛揚。」. ③飛挙。飛騰。戦国楚宋玉《高唐賦》「雕鶚鷹鷂、飛揚伏竄。」漢揚雄《羽 猟賦》「及至罕車飛揚、武騎聿皇。」. ④形容心神不安。《後漢書・袁安伝》「魂魄飛揚、形容已枯。」. ⑤昂揚。振奮。有時亦形容得意。金周昂《早起》詩「飛揚他日事、去住此 時情。」 このうち『荘子』には、 . とあって、取捨選択する判断が心を乱して、本性を落ち着かず浮ついたもの. 夫失性有五。……五曰、趣舎滑心、使性飛揚。此五者、皆生之害也。 みだ して、性をして 夫れ性を失うに五有り。……五に曰う、趣舎 心を滑 飛揚せしむ。此の五者は、皆な生の害なり。. 本稿は杜甫の詩における詩語の用法についての研究の一環をなすものであ る。今回は「飛揚」の語を取り上げて、李白との比較を試み、杜詩における. にしてしまうと言う。また、『漢語大詞典』はこれらとは別に「飛揚跋扈」. 概 要. 「飛揚」の語について、その特徴を考察したい。この語の用法を分析するこ. の見出しを立てて、次のように述べる。. ①意気挙動、越出常軌、不受約束。《北史・斉紀上・高祖神武帝》「景(侯 景)専制河南十四年矣、常有飛揚跋扈志。」唐杜甫《贈李白》詩「痛飲. とは、両者の詩風の差異の解明にも資するであろう。. はじめに. 『漢語大詞典』の分類の当否は措くとして、参考にはなるだろう。なお孫 寿瑋編『唐詩字詞大辞典』(華齢出版社、一九九三)は「飛揚」について、「向. 狂歌空度日、飛揚跋扈為誰雄?」驕横放肆。 杜甫の詩には「飛騰」の語が七例、「飛動」の語が六例見えており、「飛揚」 (1) と「飛翻」の語も各四例が見えている。いっぽう、李白の詩には、「飛翻」. 上飄起。」と言い、後に引く韓愈「聴穎師弾琴」詩の用例を挙げるのみである。 (2). まず、李白と杜甫以前の詩に見える「飛揚」の語について見ておこう。『楚. 一 李白・杜甫以前の「飛揚」. が六例のほか、 「飛揚」が四例見えているが、 「飛騰」は一例のみであり、 「飛 動」は一例も見えない。 以下、李白と杜甫の詩にそれぞれ四例ずつが見えている「飛揚」の語を取 り上げ、この語が杜詩においてどのように用いられているか、李白の用例と 比較しつつ、その特徴について検討を加えてみたい。必要に応じて「飛颺」. 1.

(3) 後 藤 秋 正. ようよう. 宋玉「高唐賦」(巻一九)は『漢語大詞典』の③に引かれていた。. の句がある。. ほうはい. たり潜んで隠れたりしていることを言う。楊雄「甘泉賦」(巻七)には、次. ちょうがく. 辞』 『文選』 『玉台新詠』から用例を拾うことにする。『楚辞』には「飛颺」 こんろん. を含めると三例が見えている。 「九歌」河伯には次のように言う。. 鶚 鷹鷂 雕鶚鷹鷂 雕 ふくざん 竄す 飛揚伏竄 飛揚 伏 とは、高唐の台館の周囲では、わしやみさご、たかやはやぶさが飛び上がっ. 崙に登りて四望すれば 登崑崙兮四望 崑 こうとう 心飛揚兮浩蕩 心飛揚して浩蕩たり 王逸注は、. も. 言己設与河伯倶遊西北、登崑崙万里之山、周望四方、心意飛揚、志欲 陞天、思念浩蕩而無所拠也。 し河伯と倶に西北に遊び、崑崙万里の山に登り、四方を周望す 己 設 のぼ れば、心意は飛揚し、志は天に陞らんと欲するも、思念は浩蕩して拠る. 沛たり 雲飛揚兮雨滂沛 雲飛揚して雨滂 ここ みな に胥徳ありて万世に麗し 于胥徳兮麗万世 于 李善注には「言恩沢之多、若雲行雨施、君臣皆有聖徳、故華麗至于万世也。」 し (恩沢の多きこと、雲行き雨施くが若し、君臣皆な聖徳有り、故に華麗は万. 世に至るを言う。)とある。「飛揚」はここでは雲が天空に浮かび飛ぶさまだ. 所無きを言うなり。 と言う。崑崙山に登って周囲を見渡せば、 天にものぼる心境になるのである。. が、雲に喩えられた恩沢が行き渡ることの比喩でもある。揚雄「羽猟賦」(巻. ひ よう. そう か. いつこう. 躅 するを知り 知離夢之躑躅 離夢の躑 おも う 意別魂之飛揚 別魂の飛揚するを意. てきちょく. 「別賦」(巻一六)には次のようにある。. 揚」は、禽獣を捕える網を載せた車が飛ぶように走り回るさまを言う。江淹. という用例は、『漢語大詞典』の③に引かれていた。「羽猟賦」における「飛. 車 飛揚し、武騎 聿皇たるに至るに及んでは、……、天宝を追い、 罕 一方に出す。. かんしゃ. 八)の、. 「九弁」四には「飛颺」がある。併せて見ておこう。 何曾華之無実兮 何ぞ曾華の実無くして 従風雨而飛颺 風雨に従って飛颺する もちろん比喩が含まれているのだが、結実しない花の花びらが風雨によっ て飛び散るのである。 「九懐」株昭に見える、 鳳皇不翔兮 鳳皇は翔らず じゅんあん 鴳は飛揚す 鶉鴳飛揚 鶉 とは、 うずらとふなしうずらとが得意げに空を翔ることを言うが、王逸注に、 な. 『漢語大詞典』は『楚辞』の用例を一切引かないが、「飛揚」の語には『楚 辞』において既に、鳥や花といった動植物が飛び上がったり舞い上がったり. という断篇を引いており、劉良注には、「別魂飛揚不安。」(別魂は飛揚して. は曹植「悲命賦」 (李善注引)の「哀魂霊之飛揚」 (魂霊の飛揚するを哀しむ). 「小人得志、 作威福也。 」 (小人 志を得て、 威福を作すなり。)とあるように、 賢臣が退けられて寵臣が権勢を得ることに喩えられている。. するという意味だけではなく、感情が昂揚したり、権勢を得て勝手気ままに. 安んぜず。)と言っている。つまり、『漢語大詞典』の④、心が乱れて落ち着. 別離に際しては、別れて行った人の心も行き悩んで晴れないだろうし、別 れた人の心も空中に漂うように落ち着かないだろうというのである。李善注. 振る舞ったりするといった、 抽象的な意味が付与されていることが判明する。. は『後漢書』巻四十五、袁敞伝に載せる、張俊の獄中からの上書の一節であ. かないさまに相当すると考えてよかろう。『漢語大詞典』がここに示す出典. 『文選』には「飛揚」の語が五例 次に『文選』の用例を確認してみよう。 見られ、うち四例は賦における用例である。. 2.

(4) 李白と杜甫の「飛揚」について. 形容已枯。 」 (廷尉は鞫遣し、欧刀は前に在り、棺絮は後に在り、魂魄は飛揚. り、刑の執行を前にした心境が、 「廷尉鞫遣、欧刀在前、棺絮在後、魂魄飛揚、. (湯恵休「秋風歌」、巻九). 夜長思君心飛揚 夜長くして君を思えば心は飛揚す. きくけん. し、形容は已に枯る。 )と述べられている。. . . 按剣心飛揚. 推轂出猛将. . . 轂を推して猛将を出し. こく. 明主不安席 明主 席に安んぜず 剣を按じて心飛揚す. さか. 「出自薊北門行」(『李太白文集』巻五)は、安旗主編『新版李白全集編年 注釈』(巴蜀書社、二〇〇〇)では、天宝十一載(七五二)の作としている。. あり、唐軍の武功を讃えるものになっている。. 部分については、唐軍は西域が平定された後に漢の武帝の「歌」を歌うので. 補ったものとする見解もあってはっきりしない。ただ、「但歌……」以下の. 但歌大風雲飛揚 但だ歌わん大風 雲飛揚し いず くにか猛士を用いて四方を守らしめんと 安用猛士兮守四方 安 「胡無人」は李白が天宝二年(七四三)前後に朝廷にいた時の作とされる しょう し ひん が、ここに引用した末尾の三句は、 蕭 士贇注が指摘しているように後人が. んなり 胡無人、漢道昌 胡に人無く、漢道昌 よわい 陛下之寿三千霜 陛下の 寿 三千霜 . 李白には「飛揚」の語が四例見られる。「胡無人」(『李太白文集』巻三) を見よう。. 二 李白の詩における「飛揚」. とれる。. この「飛揚」の語は、心が相手の男性のもとに飛んでいくとも、『漢語大 詞典』の④に言う、心がふわふわと漂うように落ち着かない状態を指すとも. 『文選』巻二十八には漢の高祖・劉邦(前二 また、時代はさかのぼるが、 (3) 四七~前一九五)の「歌一首」が載せられる。 大風起兮雲飛揚 大風起こりて雲飛揚す 威加海内兮帰故郷 威 海内に加わりて故郷に帰る いず 安得猛士兮守四方 安くにか猛士を得て四方を守らしめん 李善注は第一句について、 「風起雲飛、以喩群兇競逐而天下乱也。」(風起 こり雲飛ぶは、以て群兇競い逐いて天下乱るるに喩うるなり。)と言う。異. (4). 説もあるが、風雲が起こり飛ぶというのは戦乱が起こることの比喩であると 考えてよかろう。. かんせん. 』中の用例を見ておこう。 『玉台新詠』には二例がある。 ついで『玉台新詠 与君結新婚 君と新婚を結び まさ に別離すべし 宿昔当別離 宿昔 当 涼風動秋草 涼風 秋草を動かし しつしゅつ 蟀 鳴いて相い随う れつれつ. 蟋蟀鳴相随 蟋 冽 寒蟬吟じ 冽冽寒蟬吟 冽 蟬吟抱枯枝 蟬吟じて枯枝を抱く 枯枝時飛揚 枯枝 時に飛揚し . 身体忽遷移 身体 忽ち遷移す (魏文帝・曹丕「於清河見輓船士新婚与妻別」、巻二) . 枯れ枝を抱くようにして鳴いていたひぐらしが、枯れ枝が風に吹き飛ばさ れると、そのからだも舞い上がり飛んでいったと言うのである。. 連旗登戦場 旗を連ねて戦場に登る. 嫋 として曲房に入り. じょうじょう. 秋風嫋嫋入曲房 秋風は 嫋. …… ……. 収功報天子 功を収めて天子に報ぜんとし. 羅帳含月思心傷 羅帳は月を含んで思心傷む 蟀 は夜鳴きて人の腸を断ち. しつしゅつ. 蟋蟀夜鳴断人腸 蟋. 3.

(5) 後 藤 秋 正. される。これも冒頭の四句を引こう。 平明登日観 平明 日観に登り. の語釈では『楚辞』九歌・河伯の「心飛揚兮浩蕩」を出典として示し、「心. 如出天地間 天地の間を出づるが如し. 精神四飛揚 精神は四もに飛揚し. 挙手開雲関 手を挙げて雲関を開く. は飛揚してとりとめない。 」 と述べている。続く句から考えるならば、『楚辞』. 行歌帰咸陽 行歌して咸陽に帰る 「按剣」の句について、武部利男『李白』 (世界古典文学全集二七、筑摩 書房、一九七二)は、 「剣に手をかけて心は飛び立つ思い」と訳し、 「心飛揚」. の句を踏まえつつも、敵の侵攻を報じられた天子の心は勇み立つと解したほ. 三 杜詩における「飛揚」. 泰山山頂の日観峰から眺望をほしいままにすると、心のわだかまりがとけ て、四方に飛び上がるような心持ちになったというのである。. うがよかろう。前掲『新版李白全集編年注釈』は「明主」の二句について、 鮑照の「代出自薊北門行」から、「天子 剣を按じて怒る」の句を引いている。 この句を踏まえたものだとすると、怒りに心がふるえて飛び立つようになる さいそう し. では杜詩における「飛揚」の語はどのように用いられているのであろうか。 制作年の順に見てみよう。まず、天宝四載(七四五)秋の作である、七絶「贈. さまを言ったことになるだろう。 「酬崔五郎中」 ( 『李太白文集』巻一六)は、 左司郎中崔宗之の「贈李十二」 ( 『全唐詩』巻二六一)に酬いた詩であり、 『新版李白全集編年注釈』は開元. ひょうほう. 李白(秋来相顧尚飄蓬)」(『杜詩詳注』巻一。以下、『詳注』)がある。. かっこう. は. 相い顧みれば尚お 飄 蓬 . 秋来 . 二十年(七三二)の作としている。冒頭の四句を引こう。. 秋来相顧尚飄蓬 . 未就丹砂愧葛洪 未だ丹砂に就かず葛洪に愧ず わた 痛飲狂歌空度日 痛飲 狂歌して空しく日を度る . 朔雲横高天 朔雲 高天に横たわり 万里起秋色 万里 秋色を起こす 壮士心飛揚 壮士 心飛揚し. 扈 誰が為にか雄なる. ばっ こ. 飛揚跋扈為誰雄 飛揚 跋. 鈴木虎雄『杜少陵詩集』が指摘しているように、この詩が誰を対象とした 記述であるのかについてはさまざまな議論があり、全体が李白について言う. 奈何懐良図 奈何せん良図を懐いて うつゆう 悒として独り愁坐するを 鬱悒独愁坐 鬱 と言うから、満たされない胸中を述べた句であることは確かである。雄飛し. 不遇なるを惜しむなり。)と言っている。また『詳注』は、『漢語大詞典』と. 白之興豪不遇惜也。 (此の詩は自ら失意・浪遊を歎ず、而して白の興豪して. 落日空歎息 落日 空しく歎息す 「壮士」の二句は李白の心境を詠じたものとされる。この詩の第九・十句 に、. ようとする志がかなえられぬままに心は動揺し、落日を眺めては嘆息する、. 同じく「飛揚跋扈」の出典として『北史』巻六、斉本紀上、高祖神武帝紀の. ととるか、転・結句のみ李白について言うととるかによって大きく見解が分. というのであろう。ちなみに郁賢皓 『李白選集』(上海古籍出版社、一九九〇). 興和四年(五四二)の記事に見える、神武(高歓)が、侯景の動向を危惧す. . 神武曰、景専制河南十四年矣、常有跋扈飛揚之志、顧我能養、豈為汝. る世子(高澄)に語った発言を引く。. かれる。例えば『詳注』は後者の説に立って、「此詩自歎失意・浪遊、而惜. は「心飛揚」について、 「形容心情動蕩、難以平静。」と注を加えている。 〈其三〉 ( 『李太白文集』巻二〇)は、詩題を「天宝元年四 「遊泰山六首」 月従故御道上泰山」に作る一本があることから、天宝元年(七四二)の作と. 4.

(6) 李白と杜甫の「飛揚」について. 駕御也。 景 専ら河南を制すること十四年、常に飛揚跋扈の志有り、 神武曰く、 我が能く養うことを顧みれば、豈に汝の駕御と為らんや。 『九家集注杜詩』に引く趙彦材(次公)注は、この記事を引用し、続けて 以下のように言う。 飛揚之義、如鷙鳥不受絆紲而飛去。……飛揚跋扈皆強狠不臣之謂。公 意謂如吾輩之痛飲狂歌亦空度日而已、如強狠之輩跋扈飛揚亦何所為而自 し ちょう. はんせつ. 雄皆不若句〔勾〕漏令之能養生為有益於身也 鳥 絆紲を受けずして飛び去るが如し。……飛揚跋 飛揚の義は、鷙 きょう こん 扈は皆な 強 狠不臣の謂いなり。公の意は吾輩の痛飲狂歌して亦空しく きょう こん. . . べんりゅう. 冕旒倶秀発 冕 旒 倶に秀発し せいはい ことごと 旌旆 尽 く飛揚す. 旌旆尽飛揚. 天宝八載(七四九)の冬、洛陽の北郊、北邙山にある老子の廟に参詣して 作った詩であり、ここに引いた句は、廟の墻壁に描かれた呉道士の画を詠じ. かたど. ている。第二十句について、『九家集注杜詩』は、陸機「挽歌三首」〈其三〉 (『文選』巻二八)の、. げいせい. るも 備物象平生 物を備えて平生に 象 はため く 長旌誰為旆 長旌 誰が為に 旆 という句を引き、 「飛揚、於旌旆之義、則選賦云、蜺旌飄以飛揚。」(飛揚は、. 旌旆の義に於いては、則ち選賦に云う、蜺旌 飄として以て飛揚するなりと。) と言う。ここに言及される「選賦」、『文選』に収録される賦とは、張衡「思. わた. ひ よう. 日を度るが如きは、 強 狠の輩の跋扈飛揚するが如きを謂う、亦何の為. めぐ. 玄賦」(『文選』巻一五)を指しており、これには「氛旄溶以天旋兮、蜺旌飄 うご. す所にして自ら雄とす、皆な句〔勾〕漏の令の能く養生して身に有益為. 漏の令」は『抱朴子』を著した東晋の葛洪を指す。趙注は「贈李白」の承句. 2炎蒸毒我腸 炎蒸 我が腸を毒す. 1永日不可暮 永日 暮る可からず. 「夏夜歎」(全二四句、『杜詩詳注』巻七)は乾元二年(七五九)五月、華 州での作である。. ふんぼう. るに若かざるなり。. 以飛颺」(氛旄 溶きて以て天は旋り、蜺旌 飄として以て飛颺す)の句が ある。飛揚(飛颺)はここでは旗が風にひるがえるさまである。. 勝手気ままで心服しないこと。「句〔勾〕漏令……」とは、 「強狠不臣」は、 杜 甫 の 五 律「 為 農 」 ( 『 詳 注 』 巻 九 ) に、 「 遠 慚 勾 漏 令、 不 得 問 丹 砂 」( 遠 く こうろう. が「為農」の尾聯と類似していることから、 「痛飲」以下は杜甫自身のこと. 勾漏の令に慚ず、丹砂を問うことを得ざるを)とあるのを指している。「勾. を言うと見なして、何らの拘束を受けずに気ままに振る舞うことと解釈する. . . 羽虫亦飛揚 羽虫も亦飛揚す 物情無巨細 物情 巨細と無く もと 自適固其常 自適するは固より其の常なり. …… …… せんごう 9虚明見繊毫 虚明 繊毫を見る . のである。杜甫以前の詩に「飛揚跋扈」の語を用いた例はなく、唐詩におい ても他には見られない。 『漢語大詞典』が「意気挙動、越出常軌、不受約束。」、 つまり、心持ちや振る舞いが常軌を逸していて制約を受けないとして杜甫の この句を引いているのは妥当である。. つら. 夜の暑さに耐えかね、軒を開けて戸外を見やると、小さな昆虫が羽を振る わせて飛んでいるのが目に入る。『詳注』は阮籍「詠懐詩八十二首」〈其七十 りゅうこん. おお. (全二八句、 『詳注』巻二)には次の句があ 「冬日洛城北、謁玄元皇帝廟」 る。. 三〉の、 い 再撫四海外 再び四海の外を撫. 5. 20 19 12 11 10. 袞を聯ね 五聖聯竜袞 五聖 竜 つら 千官列雁行 千官 雁行を列ぬ. . 18 17.

(7) 後 藤 秋 正. 羽翼自飛揚 羽翼 自ら飛揚す という句を引く。なお、阮籍の「詠懐詩」 〈其三十九〉にも、 身死魂飛揚 身死して魂飛揚す 豈為全軀士 豈に全軀の士と為らんや とあって、 「飛揚」の語が用いられる。 (全一一二句、 『詳注』巻一六)の第八十七句から四句を引こう。 「壮遊」 ぬす み 備員窃補袞 備員 補袞を窃. こんてい. 音色は、「浮雲」や「柳絮」が空中を飛び回るように軽やかだと言う。. じんこう. 5浮雲柳絮無根蔕 浮雲 柳絮 根蔕無く かつえん 遠にして飛揚に随う 6天地闊遠随飛揚 天地 闊 柳宗元「唐鐃歌鼓吹曲十二篇・涇水黄」(全二四句。『全唐詩』巻一七・巻 せつきょ 三五〇)は、隋末、隴西に拠って反乱を起こした薛挙の亡き後、あとを継い. だその子の仁杲が、武徳元年(六一八)、李世民に捕えられて長安で斬られ まみ. 脳塗原野 脳は原野に塗れ 魄は飛揚す . たことを詠ずる。 . 魄飛揚. 憤」して心が昂揚したことを言う。この「飛揚」は、李白「出自薊北門行」. 2別離三断腸 別離して三たび断腸す. の語はどのような様相を呈してゆくのであろうか。 李白・杜甫以降、「飛揚」 『全唐詩』から、 いくつかの用例を拾ってみよう。李端の五律「与鄭錫遊春」. り残った花々も、春が尽きるのにつれてあちこちへ飛び散ったことを言い、. る. たお. 水に入りて死し . 三人が別れ別れになったことに喩えている。 楚屈 . ( 『全唐詩』巻二八五)の頸聯に次のように言う。. 1楚屈入水死. . 12 11. 「詩孟」は、孟郊自身を指す。元和九年(八一四)、 「楚屈」は、楚の屈原、. (「答盧仝」全三四句、『全唐詩』巻三七八). . 有時春鏡破 時有りて春鏡破れ 百道声飛揚 百道 声飛揚す. …… ……. . 2詩孟踏雪僵 詩孟 雪を踏んで僵. 天糸軟弱虫飛揚 天糸 軟弱にして虫は飛揚す (全一八句。 『全唐詩』巻三四〇)は、穎師の弾く琴の 韓愈「聴穎師弾琴」. 紅煙満戸日照梁 紅煙 戸に満ちて日は梁を照らし. (『全 一句は水辺を蝶が飛び回ることを描写する。また、王建の七律「春詞」 唐詩』巻二九八)も昆虫が飛び回ることを言う。起聯を引く。. 映花鶯上下 花に映じて鶯は上下し よ 過水蝶飛揚 水に過ぎりて蝶は飛揚す . 四 李白・杜甫以後の「飛揚」. の用例に近いであろう。. 1会合一時哭 会合して一時に哭し. 唐軍が薛仁杲の軍を打ち破った際には、彼らの脳髄が原野を一面に汚し、 その魂魄も飛んで消え去ったことを言う。孟郊の詩には四例がある。. . 22 21. 3残花不待風 残花は風を待たず 4春尽各飛揚 春尽きて各おの飛揚す (「汴州離乱後憶韓愈李翺」全一八句、『全唐詩』巻三七八) り こう べんしゅう 翺の三人は汴 州 (河南省開封市) 貞元十三年(七九七)、孟郊と韓愈、李 で出会い、この詩が作られた貞元十五年までに別れている。第三・四句は散. 憂憤心飛揚 憂憤 心飛揚す や けたるに感じ 上感九廟焚 上は九廟の焚 きず うれ 下憫万民瘡 下は万民の瘡つくを憫う 大暦三年(七六六)秋、虁州での作。安史の乱の際に、杜甫が左拾遺に任 じられていたことを回顧した部分である。第八十八句は、国家の困難を「憂. 90 89 88 87. 6.

(8) 李白と杜甫の「飛揚」について. するのである。. てい よ けい. 鄭余慶に招かれて興元府(陝西省漢中市の東)に赴任しようとした孟郊が、 ろ どう. 興元府行きに反対していた盧仝に答えた詩である。第十一・十二句は、春に. 白居易「輓歌詞」(全一六句、『全唐詩』巻一九・巻四三五)の冒頭には次 のように言う。. なって鏡のような氷が割れて解け、その音があちらこちらから響いてくるこ. 丹旐何飛揚 丹. 旐 何ぞ飛揚する. たんちょう. とを言う。. 驂 亦悲鳴す 素驂亦悲鳴 素 葬列を先導する、故人の姓名などを記した赤いはたが風にひるがえり、柩 か けい 車を牽く白馬が悲しげにいななくのである。また白居易が下邽(陝西省渭南. . りょうしょう. 一塵不飛揚 一塵すら飛揚せず 天下は穏やかに治まり、わずかな塵すらも舞い上がることがないように、 戦乱の気配もなかったのである。. . 群生到寿域 群生 寿域に到り ひゃくへき おもむ 百辟趨明堂 百 辟 明堂に 趨 く い えん 四海正夷宴 四海 正に夷宴し. 庭筠「鴻臚寺有開元中錫堂、……偶成四十韻」 (『全唐詩』巻五八三)は、 温 平和であった開元年間の治世を回顧して次のように言う。. おんていいん. 鍾 分自ずから当たる 竜鍾分自当 竜 「吹簸」は吹いてあおり上げること。一句は友人たちの助力にもかかわら ず、なかなか飛躍できないことを言う。. . 提携労気力 提携して気力を労し すい は 吹簸不飛揚 吹簸すれども飛揚せず 拙劣才何用 拙劣 才何ぞ用いん . 詩一百韻」(『全唐詩』巻四三八)にも飛揚の語がある。. そ さん. 1等閑拝日晩 等閑 日を拝すること晩く いた む 2夫妻猶相瘡 夫妻 猶お相い瘡 つみ せらる 3況是賢人冤 況んや是れ賢人の冤. 市の北)に退居していた時の作である「渭村退居、寄礼部崔侍郎翰林銭舎人. おそ. 4何必哭飛揚 何ぞ必ずしも飛揚を哭さん. り ちゅう. 「謝李輈再到」全一八句。 『全唐詩』巻三八〇) ( わかりにくい表現ではあるが、第三・四句について、華忱之・喩学才『孟 郊詩集校注』 (人民文学出版社、一九九五)は、「『況是』二句、『賢人』、当 謂李輈。疑彼時李輈銜冤未伸、故東野加以勧慰。」と言う。つまり、李 輈 は 冤罪によって不遇な境地に陥り、落ち着かない生活を送っていたということ であり、その不安定なさまを「飛揚」と表現したのではあるまいか。だとす れば、賢人はいつの世においても迫害される定めにあるのだから、李輈が不 安定な精神状態にあっても、 嘆き悲しむことはあるまいと慰めたことになる。 1志士不得老 志士 老ゆることを得ず 2多為直気傷 多く直気の為に傷つく. 委地難飛揚. …… …… 清塵無吹嘘 清塵 吹嘘無く す 地に委てられて飛揚し難し . 「哭李観」全三四句、 『全唐詩』巻三八一) ( (浙江古籍出版社、一九九五) 前掲『孟郊詩集校注』と韓泉欣『孟郊集校注』 は、いずれも「清塵」を孟郊自身の比喩と見なし、後者は「清塵、東野自喩、. い. 呉融の五律「秋興」(『全唐詩』巻六八四)の起聯・顎聯では次のように言 う。 微雨過菰葦 微雨 菰. 葦を過ぎ. こ. 二句は孟郊が誰の援助も得らぬまま科挙に登第できず、したがって清らかな. 野居生早涼 野居 早涼生ず. 表示位卑身微。吹嘘、吹払。這裏比喩従旁相助。」と述べている。つまり、. 74 73 72 71. 20 19 18 17. 塵が軽く空に舞い上がるようには官界で才能を発揮できないことを言うと解. 7. 16 15.

(9) 後 藤 秋 正. 清爽欲飛揚 清爽 飛揚せんと欲す. 襟期漸蕭灑 襟期 漸く 蕭. 唐詩において「飛揚」の語に詩語としての価値を認め、積極的にその詩歌 に取り入れたのは李白である。李白の用例においては、この語は精神が躍動. 要素は、六朝末期までにほぼ出そろったと言えよう。. を逸して放埒に振る舞う状態になる場合とがある。この語の意味する基本的. 灑. しょうさい. 微かな雨がまこもやあしの原を通り過ぎて涼気がただようようになり、胸 の内もさっぱりとして、心も軽やかに舞い上がるようだと言うのである。. 与え暗鬱な色彩を施したのは孟郊であっただろう。. (5). 氷の割れる音、塵や魄に至るまで拡大される。この語にいっそうの奥行きを. の唐詩においてもこの語の使用は継続されるが、飛揚するものの範囲は琴や. 語を用いた。このような用例は王建にも見られるが稀少な例である。その後. の詩に取り入れたばかりでなく、虫のように微細な存在にも目を向けてこの. し、解放されるという視点から用いられることが多い。この語の使用範囲を. さらに押し広げたのは杜甫である。杜甫は「飛揚跋扈」の語を詩語としてそ. こうとう. 〈其一〉 (『全唐詩』巻七〇五) 最後に黄滔の七律「喜侯舎人蜀中新命三首」 を引こう。第二句に「飛揚」の語がある。. さいごう. 八都詞客漫喧然 八都の詞客 漫に喧然 よ 誰解飛揚誥誓間 誰か解く誥誓の間に飛揚せん 五色綵毫裁鳳詔 五色の綵毫 鳳詔を裁し ひら 九重天子豁竜顔 九重の天子 竜顔豁く き そう 中和元年(八八一)正月、黄巣の乱を成都に避けていた僖宗(在位八七三 こうそう ~八八八)によって、幕賓であった侯 が中書舎人・翰林学士に登用された. この語の特質を考える上では、「飛飜」や「飛翻」、さらには「飛動」など の語との関連も視野に入れなければなるまい。例えば『文選』には「飛飜」. が詔勅の起草に際し、能力を発揮して. ことを喜ぶ詩であり、第二句は、侯. の語が二例あって、王粲「贈蔡子篤」(巻二三)には、次の句がある。. こうかん よ. しば. 余を揆るは皇鑒発りすれば. はか. また沈約「和謝宣城」(巻三〇)には次のように言う。. 孰能飛飜 孰. 鱗は淵に在り 潜鱗在淵 潜 き がん すなわ と 帰鴈載軒 帰鴈は 載 ち軒ぶ いやし こうちょう くも 鴻 鵰 に非ざれば 苟非鴻鵰 苟 たれ か能く飛飜せん. せんりん. 活躍することを言う。孟郊「哭李観」に似た用法と言えよう。. 終わりに 「飛揚」の語はもともと、存在していた地点を離れて飛び上がることを言 う。また、 一定の地点にとどまらないことも意味する。しかし、飛び上がる、. 揆余発皇鑒. 短翮屢飛飜 短. 翮なるも屢しば飛飜せり. たんかく. かなどの視点の違いによって、 多様な意味を有することになる。花びら、塵、. もしくは舞い上がるものが何であるのか、また飛び上がってどこに向かうの. . 鳥、車、旗などの具体物について言う場合は、その原義を分かりやすく反映. 『文選』における「飛飜」は、もっぱら鳥と関わって用いられるが、沈約 の例は、羽が短くて遠くまで飛べない鳥を意味する「短翮」が、自己を謙遜. . している。. の考察については別稿に譲りたい。. して言うように、「飛飜」も朝廷で活動したことに喩えている。これらの語. そもそも『荘子』の用例や『楚辞』河伯の用例のように、心や心性につい て言う場合は、これが不安定な状態になるのか、何物にも拘束されない自由 な状態になるのかによって意味は分かれることになる。さらに拘束されない 状態になるといっても、精神が昂揚した意気軒昂な状態になる場合と、常軌. 8.

(10) 李白と杜甫の「飛揚」について. 注 考」を準備して い る 。. (1)これらの語のうち、「飛動」と「飛騰」については、別稿「『飛動』考」と「 『飛騰』 (2)『杜詩引得』(哈仏燕京学社特刊一四、一九四〇。台北影印、一九六六) 、及び『李 白歌詩索引』(京都大学人文科学研究所、一九五七)などによる。 (3)序については『史記』巻八、高祖本紀、『漢書』巻一下、高帝紀に載せるものと若 干の異同があるが、「歌詩」には異同はない。 (4)呉兆宜『玉台 新 詠 箋 注 』 に よ る 。 (5) 孟 郊 の 詩 語 の 特 徴 の 一 端 に つ い て は 、 拙 稿 「 孟 郊 詩 の 詩 語 の 特 異 性 に つ い て ― 六 朝・唐代の「噫」の用法の検討を通して」(「六朝学術学会報」第六集、二〇〇五) で述べたことが あ る 。. (札幌校教授). 9.

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