博 士 ( 薬 学 ) 虎 谷 学 位 論 文 題 名
ボ ツ リ ヌ ス 菌 体 外 酵 素 C3 に よ り ADP ―リボシル化されるGTP 結合蛋白質の研究
―マボヤ卵の活性化における役割―
学位論文内容の要旨
聡
精子 によっ て引き 起こさ れる 卵の活 性化は ,減数 分裂 の再開 や多精 拒否機 構の始 動という,受 精 後 の 正 常 な 胚 発 生 を 保 証 す る た め の 重 要 な 過 程 で あ る と 考 え ら れ て い る 。 本 研 究 で は ,受 精 研 究 の 材料 と し て 原 索動 物 マ ボ ヤHalocynthia roretziを用 いた 。マボ ヤ 未受精 卵に 精子を 添加す ると30分以内 に卵黄 膜の上 昇が 観察さ れる。 マボヤ の卵黄 膜上昇は,卵 細胞内 顆粒 のエキ ソサイ トーシ スの 結果引 き起こ される 現象で あり ,動物 細胞一 般の分泌現象と 同様の 機構 で起こ ると考 えられ る。 卵の活 性化を 卵黄膜 上昇と いう 特徴的 な形態 変化で容易に観 察でき るこ と,他 の動物 の卵に 比較 して卵のサイズが大きく顕微注入実験に用いやすいことから,
マボヤ1ま 卵の活 性化 の研究 に適し ている 。
本研 究では ,マボ ヤの受 精過 程の中 で,特 に卵の 活性 化にお ける細 胞内情 報伝達 機構を解明す る 目 的 で , ボ ツ リ ヌ ス 菌 体 外 酵 素C3に よ りADP― リ ボ シ ル 化 さ れ る 低 分 子 量GTP結 合 蛋 白 質 (G蛋 白 質 ) の生 理 機 能 に 着目 した 。その 低分子 量G蛋白質 の役割 を解 析する ツール として , ボ ツ リ ヌ ス 菌 体 外 酵 素C3お よ びC3酵 素 に よ る 低 分 子 量G蛋 白 質 のADP― リ ボ シ ル 化 を 阻 害 するモ ノク ローナ ル抗体 を調製 し, それら を用い た顕微 注入法 によ り,マ ボヤ卵 の活性化の機構 を解析 した 。
最 初 に ,低 分子量G蛋 白質の 生理機 能を解 析す るため のツー ルとし て, ボッリ ヌス菌 体外酵 素 C3を 精 製 し た 。 得 ら れた 精 製 酵 素 標品 は 還 元 , 非還 元 の い ず れの 条 件 下 で もSDS一 電 気泳 動 で 分子 量25,000の 位 置に 単 一 のバ ンドを 与え ,SephadexG―75を 用いた ゲル 濾過か ら求め られ た分子 量25,000と 良く一 致し た。本 酵素は分子間にジスルフアド結合を有しない分子量25, 000の 単量体 蛋白 質であ ること が明ら かに ナょっ た。
次 に , 精 製C3酵 素 標 品 を用 い てマ ボヤ卵 におけ るC3酵 素基質 となる 蛋白質 の検出 を行 った。
マボヤ 未受 精卵ホ モジネートを遠心分離して上清画分と沈搬画分を得,それぞれを用いて[°。P]
355
NADとC3酵 素存 在 下でADPー亠 リボ シル 化反 応 を行 い,SDS一電気泳動後のオートラ ジオ グラ フィーで放射活性を検出した 。その結果,マボヤ未受精 卵の沈澱画分中に,C3酵素で ADPーリボシル化される分子量23,000の蛋白質が存在することが明らかになった。なお,上清 画分には放射活性の取り込みは観察されなかった。
C3酵素によりADP―リボシル化 される低分子量G蛋白質の生 理機能を解析するためのもう 1っの `ソールとして,C3酵素に よる低分子量G蛋白質のADPーリボシル化を阻害するモノク 口ーナル抗体の調製を試みた。マボヤ未受精卵の膜画分および低分子量G蛋白質の部分精製標品 を免疫原として用いてマウスに免疫し,常法によルハイブリドーマ細胞を得た。その培養上清を 用い ,C3酵素によるマボヤ卵低分 子量G蛋白質のADP−リボシ ル化反応の阻害活性を指標に してハイブリドーマ細胞をスクリーニングし,4種のクローンを得た。免疫沈降法を用いた解析 から ,これら4種のク口ーンが産生するモノク口一ナル抗体は,いずれもC3酵素の基質となる 低分子量G蛋白質を認識することが明らかになった。
次に,マボヤ卵の活性化機構の解析を行った。媒精によって誘起される卵黄膜上昇は顕微注入 され たEGTAあるいはヘパルンにより完全に阻害されることから,マボヤの卵黄膜上昇に細胞 内カルシウ厶濃度の上昇が必要であり,そのカルシウ厶濃度の上昇は生成されるイノシト―ル三 リン 酸(IPヨ)の作用によることが示唆された。また,GTPアSの顕微注入によっても卵黄膜上 昇 が誘 起 され るが ,GTP7Sによ って 誘 起さ れる 卵黄 膜 上昇 もEGTAあるいはヘパリン の同 時注入により完全に阻害されることから,マボヤの受精過程でG蛋白質が活性化され,それが卵 の活性化を引き起こす可能性が示された。さらに,受精に伴って卵細胞内の遊離IPヨ量が増加 することが明らかになった。
マボヤ卵の活性化に関与するG蛋白質を明らかにするために,精製したC3酵素標品を`ソール として用い,それをマボヤ卵内に顕微注入し,低分子量G蛋白質の卵の活性化への関与を検討し た。その結果,C3酵素はそれを顕徴注入するだけでマボヤ卵の卵黄膜上昇を誘起するという興 味深 い知見が得られた。その卵黄膜上昇の誘起もEGTAあるいはへパリンの同時注入により完 全に 阻害された。以上の結果より,C3酵素の作用により低分子量G蛋白質が活性化され,IPヨ の生成が起こり,その結果,細胞内カルシウム濃度が上昇し,卵黄膜上昇が誘起されると考えら れる 。さらに,NAD存在下でのC3酵素処理により,マボヤ未受精卵の膜画分からIP』が遊離 されることが明らかになった。
C3酵素により誘起される卵黄膜上昇の過程で低分子量G蛋白質が活性化される可能性が考え られるので,同様の活性化が受精時でも起きているか否かを明らかにする目的で,C3酵素によ
356
る 低 分 子 量G蛋白 質 のADP― リ ボ シ ル 化を 阻 害 す る 抗G蛋 白 質 ・ モノ ク 口 ー ナ ル抗 体 を マ ボ ヤ 未 受精卵 内に 顕微注 入し, 媒精に よって誘起される卵黄膜上昇に対する影響を調べた。その結果,
抗 体を注 入す ると媒 精によ り誘起 される 卵黄 膜上昇 は阻害 され, さら に卵割 も進行しなかった。
以 上 の 結 果 は ,受 精 時 に 起 き る卵 の 活 性 化 にC3酵 素 に よりADP―リ ボ シ ル 化 され る 低 分 子 量 G蛋白 質が関 与する こと を示唆 してい る。
以 上の 結果よ り,本 研究に おい て,以 下のこ とが明 らかに なっ た。
(1)マ ボ ヤ 卵 の 膜画 分 に 存 在 す る,C3酵 素に よりADP― リボ シル化 される 低分子 量G蛋白質 がマボ ヤ卵の 活性化 に関 与する 。
(2) マ ボヤ 卵 に お い て, 低 分 子 量G蛋 白 質 の ,C3酵 素 に よ るADP一 リボ シ ル 化 を 介 して , IP』が生 成す る。
(3) マボヤ 卵の 活性化 過程に おいて ,受 精時に 生成されるIPヨが細胞内カルシウム濃度の上昇 を誘起 し,細 胞内顆 粒の エキソ サイト ーシス が起 こり, 卵黄膜 上昇に 至るという機構が示唆 された 。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
横沢 野村 徳光 沢田
英 良 靖 幸 幸 子 均
細 胞は外 来性 の情報 伝達物 質に応 答して その 情報を 細胞内 に伝達 する ,いわゆるシグナル伝達 シ ス テ ム を有 し て い る こと が 明 ら か に され つ っあ る。GTP結合 蛋白質 は,細 胞の シグナ ル伝達 に 関与す る重要 な蛋白 質で ,様々 なファ ミリ| を構 成して おり, それら の機能の解明はきわめて 重 要 な 問 題で あ る が , それ らGTP結合 蛋 白 質 の生理 機能 の詳細 にっい てまだ 不明 の点が 多く残 さ れてい る。
本 論 文 提 出 者 は ,GTP結 合 蛋 白 質 の 中 で , ボ ツ リ ヌ ス 菌 体 外 酵 素C3に よりADP―リ ボ シ ル 化 さ れ る 低 分 子 量GTP結合 蛋 白 質 に 着目 し , マ ボ ヤ卵 の 活 性 化 機構 に お け るGTP結 合 蛋 白 質 の 役 割 を 解 明 す る 目 的 で , 一 連 の 研 究 を 展 開 し , 以 下 の 成 果 を 納 め た 。
‑357
(1) ボ ツ リヌ ス 菌 の 培 養上 清 か ら 菌 体外 酵 素C3を精 製 し た 。そし て,C3酵 素に よりADP ‑ リ ボ シル 化 さ れ る 低 分子 量GTP結 合 蛋 白 質 がマ ボ ヤ 卵 に 存 在す る こ と を 明ら か に した。
(2)C3酵 素 に よ るADP― リ ボシ ル 化 を 阻 害 する モ ノ ク ロ ーナ ル 抗体を 産生す るハイ ブリ ドー マ細 胞クロ ーン を確立 した。 それら ハイブ リド ーマ細 胞が産 生するモノク口ーナル抗体は,
C3酵 素 の 基 質 と な る 低 分 子 量GTP結 合 蛋 白 質 を 認 識 し て い る こ と を 明 ら か に し た 。 (3)精子によって誘起されるマボヤ卵の活性化に,細胞内カルシウム濃度の上昇が必要であるこ と を 明ら か に し た 。 また , そ の カ ルシ ウム動 員はGTP結合 蛋白質 の活 性化に 伴うIPヨ の生 成に 起因す るこ とを明 らかに した。
(4)ボ ッリヌ スC3酵素 およ び上記 モノク ローナル抗体を用いてマボヤ卵内への顕微注入実験を 行 い ,C3酵 素 に よ りADP― リ ボ シ ル 化 さ れ る 低 分 子 量GTP結 合 蛋 白 質がIPヨ の 生成 を .介 するマ ボヤ卵 の活性 化機 構に関 与する ことを 明ら かにし た。
以上 の新知 見およ びそれ を得るために用いた研究技法は,卵の活性化機構の解析にとどまらず,
細胞の 広範 な生命 現象の 解析に 広く 利用し 得るも のであ り,細 胞の 生存に基本的でかつ重要な機 能 を果 た し て い るGTP結 合 蛋白 質 の 生 理 機能を 解明す る上で 重要 な寄与 をなす もので ある 。審 査員一 同こ のこと を高く 評価し ,本 論文提 出者が 博士( 薬学) の称 号を受けるにふさわしいもの と一致 して 判断し た。
‑358