博 士(水産科学)松原 創 学位論 文題名
ウナギ卵巣のステロイドホルモン合成機構および 卵成長の人為的制御に関する研究
学位論文内容の要旨
ニホンウナギ( Anguilla japonむ惣)は、水産養殖上極めて重要な魚種である が、種苗生産技術は確立していない。現在、サケ脳下垂体(SPH)を雌魚に毎 週1回連続投与することにより受精可能な卵を得ることができるが、受精率や仔 魚の生存日数にぱらっきが大きく、シラスウナギにまで達した個体は得られてい ない。従って、現行の人為催熟法を改良し、良質卵を得るためには、ウナギ卵巣 の発達機構をより詳細に調べることが必要である。 .
一般に、硬骨魚類の卵黄形成および卵成熟(最終成熟)は、脳下垂体から分 泌される生殖腺刺激ホルモンの作用のもと卵濾胞組織で各種ステ口イド合成酵素 により合成、分泌される性ステ口イドホルモンにより制御されている。卵黄形成 はエストロゲンであるエストラジオール−17p(E2)に、卵成熟は卵成熟誘起ス テロイドに制御されている。一方、 雄魚特有のアンドロゲンと考えられていた n−ケ トテストス テロン(11−KT)は、数種 の雌魚の血 中にも比較的高濃度 で存在す ることが最 近報告され たが、雌魚 におけるn■KTの機能、合成組織 および標的組織はほとんど判っておらず、卵形成への関与については全く不明で ある。
これまで、人為催熟されたニホンウナギにおいては、11−KT以外のステロイ ドホルモン量の変化について、週単位での動態が調べられているが、日単位でど のように変化しているかは明らかではない。さらに、催熟に伴う卵巣の各種ステ ロイド合成酵素遺伝子の発現量やステロイド合成酵素活性の変化について詳細に 解析した例はなく、その両者の関連性も不明である。また、ニホンウナギでは卵
黄形成初期より成熟段階の進んだ卵母細胞を有する個体が捕獲された例はなく、
天然条件下での性成熟過程は全く不明である。一方、ニュージーランドウナギ Anguilla dieffenbachiiでは、卵母細胞が卵黄形成中期に達した下ルウナギが捕 獲されており、天然での性成熟過程がある程度調べられている。従って、天然ニ ユー、ジーランドウナギと人為催熟ニホンウナギの性成熟過程を比較することは、
人為催熟法の問題点を知る上で極めて有効である。そこで本研究では、人為催熟 こホンウナギについて、卵巣のステロイド合成機構に関するより詳細な知見の集 積を行うとともに、天然ニュージーランドウナギにおけるそれと比較することで 問題点を明らかにし、それらの情報をもとに人為催熟法を改良することを目的と して以下の実験を行った。
先ず、人為催熟ニホンウナギ雌の血中ステロイド量が日単位でどのように変化 して いるかを調 ぺた。その 結果、各種 ステロイド 量は、SPH投与後2→4日目 に高値を示し、その後減少する傾向を示した。従って、この各種ステロイド量の 変化は内因性リズムではなく、SPH投与による変化であることが示唆された。
また 、これら性 ステロイド のうちE2は、卵成長後期に急激に増加した。さら に 、11−KTもE2と 同様 の 変化 を 示し た こと か ら、11―KTが卵 成 長に 関 与 している可能性が考えられた。次に、卵巣の発達段階ごとの5種のステロイド 合 成 酵 素 (P450scc、 P450c17、3p一HSD、17p−HSD−Iお よ びP450 arom) 遺伝 子 の発 現量を定 量した。そ の結果、E2合 成酵素であ るP450arom は、卵黄形成中期に最高値を示し卵黄形成中期以降減少する傾向が認められた。
しかし、自発産卵を行う他魚種において卵成長後期に血中E2量が高値を示す例 はないため、人為催熟ニホンウナギのエストロゲン合成は正常ではないことが示 唆された。さらに、これら5種のステロイド合成酵素の発現は、異なったステ ージで卵径が同じサイズの卵群間で差異が認められた。このことから、人為催熟 魚の卵濾胞におけるステロイド合成が正常に行われていないことが推察された。
次に、 ニホンウナ ギ雌の11−KT合成部位および合成機構について調べた。
各組 織における11−KT合成酵素の ーつである ステロイド11p―水酸化酵素(
P450iip)の発現を調べた結果、脳、脳下垂体、頭腎および卵巣で発現が認めら れた 。また、P450iipの発現が認 められた組 織と11−KTの合 成能を比較した
結果、11−KTは主に卵巣で合成されていることが判明した。卵巣におけるP4 soiip mRNAの 発 現 お よ び 活 性 変 化 を調 べ た と こ ろ、mRNA発現お よび 活性 ともに卵黄形成後期に最高値を示し、その後わずかに減少した。この変化は血中 n−KT量の 変 化 に 類 似 し て い た 。 従っ て 、P45011pmRNAの 発現お よび 活性 は血中11―KT量の変化を反映していることが示された。しかし、卵濾胞にお け るP450nprnRNAの発 現量は 、異 なっ たステ ージ で卵 径が 同じサ イズ の卵 群間 で差異 が認 めら れ、 卵濾胞におけるn―KT合成が正常に行われていない こ と も 示 唆 さ れ た 。 ま た 、ll−KTの 受 容 体 で あ る2種 のARmRNAの 卵 巣 に おけ る発現 を調 べた とこ ろ、AR6はARQよ りも 高い発 現を み甘た。従って、
卵 巣 で はARpが 主 要 なARで あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。ARpmRNA量 は 卵 黄 形成中期まで増加し、その後減少した。この動態は血中11−KT量に反映して いなかったが、ARpは再利用されている可能性が考えられた。このようにウナ ギ雌 の卵巣 にお いて 、n−KTが合成され、その受容体であるARの発現が認め られたことから、11−KTが卵巣においてなんらかの作用を担っていると恩われ た。
さらに、天然二ユージーランドウナギと人為催熟ニホンウナギとで血中ステロ イドホルモン量と卵巣のステロイド合成酵素mRNA量を比較した。その結果、
人 為 催 熟 開 始 直 後 の ニ ホ ン ウ ナ ギ の 血 中E2量 お よ び 卵巣 のP450aromの mRNA 量はニュージーランドウナギに比ベ有意に高値を示した。これらの結 果 、 人 為 催 熟 ニ ホ ン ウ ナ ギ のE2とP450arommRNAの 発 現は 、 ニ ュ ー ジ ー ランドウナギに比ベ過剰に発現していることが示唆された。そこで、卵成長後期 に過剰合成されるE2を抑制するために、P450arom阻害剤であるファドロゾー ル投与実験を行った。その結果、血中E2量の上昇を抑制することができ、天然 状態に近いと思われる囲卵腔の広い受精卵を得ることができた。従って、人為催 熟法を改良する手段のーつとしてファドロゾール投与が有効であると恩われた。
最後に、先述の結果を受け、未成熟ニホンウナギ雌に11ーKTを投与し、卵 母細 胞に及 ぼす 影響 を調 べた。ホルモン投与1ケ月後の卵母細胞は、11−KT 投与群ではコントロール群やE2投与群に比ベ油球の蓄積が多く認められた。一 方、 内因性 のE2の作 用が 除外さ れる11−KTと ファド ロゾ ール複合群の卵母 一69―
細胞でも、コントロール群やE2群に比べ油球の蓄積が多く認められた。従っ て、11 ‑ KTは、油球期の卵母細胞の成長を促進することが示された。また、
11−KTによる卵母細胞への油球の蓄積促進は、極めて低い濃度でも認められ た 。さ らに11ーKTにより初期卵成長が進行した個体では、SPH投与により高 い確率で成熟を誘起することができた。このように未熟な雌に11−KTを投与 する方法は、これまでに全く行われていなかった新しい早期成熟技法である。
以上本研究において、人為催熟ニホンウナギの卵巣におけるエストロゲン合成 の異常を指摘するとともに、アンドロゲン合成部位が卵巣であることを初めて明 らかにした。また、アンドロゲン投与による初期卵成長の促進およびファドロゾ ール投与による卵成長後期のエストロゲン合成の抑制が、現行の人為催熟法を改 良する手段として有効であることを提唱した。
学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授 助教授
山 内 晧 平 原 彰 彦 荒 井 克 俊 足 立 伸 次 東 藤 孝
学 位 論 文 題 名
ウナ ギ卵巣の ステロ イドホルモン合成機構および 卵成長 の人為 的制御に関する研究
ニ ホ ン ウ ナ ギ (AnguDla japonica) は 水 産 養 殖 上極 め て 重要 な 魚 種で あ る が 、種 苗 生 産 技 術 は 確 立 し て い な い 。 現 在 、 サ ケ 脳 下 垂 体 (SPH) を 雌 魚 に 毎 週1回 連 続 投 与 す る こ と に よ り 受 精 可 能 な 卵 を 得 る こ と が で き る が 、 受 精 率 や 仔 魚 の 生 存 日 数 に ば ら つ き が 大 き く 、 シ ラ ス ウ ナ ギ に ま で 達 し た 個 体 は 得 ら れ て い な ぃ 。 安 定 し た 種 苗 生 産 を 可 能 と す る 最 適 な 催 熟 技 術 の 確 立 に は 、 卵 質 の 向 上 が 不 可 欠 で あ る 。 硬 骨 魚 類 の 卵 黄 形 成 は エ ス ト ラ ジ オ ー ル ・17p(E2) に 、 卵 成 熟 は 卵 成 熟 誘 起 ステ 口 イ ド に 制 御 さ れ て い る 。 従 っ て 、 ウ ナ ギ の 卵 形 成 過 程 を 理 解 し て 続 御 し 良 質 な 卵 を 得 る た め に は 、 卵 漉 胞 組 織 に お け る ス テ ロ イ ド 合 成 機 構 に 関 す る 詳 細 な 研 究 が 必 要 で あ る 。 し か し 、 ニ ホ ン ウ ナ ギ 卵 巣 に お け る ス テ ロ イ ド 合 成 に つ い て は 不 明 な 点 が 多 い 。 そ こ で 本 研 究 でtよ 、 人 為 催 熟 ニ ホ ン ウ ナ ギ 卵 巣 の ス テ ロ イ ド 合 成 機 構 に 関 す るよ り 詳 細 な 知 見 の 集 積 を 行 う と と も に 、 天 然 ニ ユ ー ジ ー ラ ン ド ウ ナ ギAnUぬ 所 餠 むDa捌 に お け る そ れ と 比 較 す る こ と で 問 題 点 を 明 ら か に し 、 そ れ ら の 情 報 を も と に 人 為 催 熟 法 を 改 良 す る こ と を 目 的 と し て 実 験 を 行 っ た 。
先 ず 人 為 催 熟 ニ ホ ン ウ ナ ギ 雌 の 血 中 ス テ ロ イ ド 量 の 変 化 を 調 べ た と こ ろ 、E2は 卵 成 長 後 期 に 急 増 し た 。 次 に 、 卵 巣 の 発 達 段 階 ご と の5種 の ス テ ロ イ ド 合 成 酵 素 遺 伝 子 の 発 現 量 を 定 量 し た 。 そ の 結 果 、E2合 成 酵 素 で あ るP450aromは 、 卵 黄 形 成 中 期 に 最 高 値 を 示 し 、 卵 黄 形 成 中 期 以 降 は 減 少 す る 傾 向 が 認 め ら れ た 。 し か し 、 自 発 産 卵 を 行 う 他 魚 種 に お い て 卵 成 長 後 期 に 血 中E2量 やP450arommRNA量 が 高 値 を 示 す 例 は な い た め 、 人 為 催 熟 ニ ホ ン ウ ナ ギ の エ ス ト ロ ゲ ン 合 成 は 正 常 で は な い こ と が 示 唆 さ れ た 。 ま た 、 雄 魚 特 有 の ア ン ド ロ ゲ ン と 考 え ら れ て い た11・ ケ ト テ ス ト ス テ ロ ン (11―IKT) も雌 血
中に検出され、E2と同様の変化を示したことから、11・KTが卵成長に関与している 可能性が考えられた。
次に、ニホンウナギ雌の各組織における11 ‑ KT合成酵素であるステロイド11p‑水 酸化酵素(P45011[3)の発現を調べたところ、脳、脳下垂体、頭腎、卵巣で認められた。
また、それらの組織と11−KTの合成能を比較した結果、11―KTは主に卵巣で合成され ていることが判明した。そこで卵巣におけるP45011[3のmRNA量および活性の変化を 調べたところ、mRNA量およぴ活性ともに卵黄形成後期に最高値を示し、その後わず かに減少した。この変化は血中11 ‑ KT量の変化に類似していた。従って、P45011[3の mRNA発現および活性は血中11・KT量の変化を反映していることが示された。また、
11・KTの 受 容体で ある2種のアンド ロゲン受容 体(AR)mRNAの卵巣 における発 現 を調 べ たと こ ろ、ARpはARaより も高い発現 をみせた。 従って、卵 巣ではARpが主 要なARであることが示唆された。このようにウナギ雌の卵巣において、11−KTが合 成され、その受容体であるARの発現が認められたことから、11−KTが卵巣におぃて なんらかの作用を担っていると考えられた。
さらに、天然ニユーシーランドウナギと人為催熟ニホンウナギとで血中ステロイド ホルモン量と卵巣のステ口イド合成酵素mRNA量を比較した。その結果、ニホンウナ ギのE2量およ びP450arom mRNA量はニユージーランドウナギに比べ有意に高値を示 した。これ らの結果、 人為催熟ニホンウナギのE2とP450arom mRNAの発現はニユー ジーランドウナギに比ベ過剰に発現していることが示唆された。そこで、卵成長後期 に過剰合成されるE2を抑制するために、P450arom阻害剤であるフんドロソール投与 実験を行った。その結果、血中E2量の上昇を抑制することができ、天然状態に近いと 思われる囲卵腔の広い受精卵を得ることができた。従って、人為催熟法を改良する手 段 の ー っ と し て フ ん ド ロ ソ ー ル 投 与 が 有 効 で あ る と 考 え ら れ た 。 最後に、先述の結果を受け、未成熟ニホンウナギ雌に11―KTを投与し、卵母細胞に 及ほす影響を調べた。ホルモン投与1ケ月後の卵母細胞は、11 ‑ KT投与群ではコント ロール群やE2投与群に比ベ油球の蓄積が多く認められた。従って、11−KTは油球期 の卵母細胞の成長を促進することが示された。また、11,KTによる卵母細胞への油球 の蓄積促進は、極めて低い濃度でも認められた。さらに11・KTにより初期卵成長が進 行した個体では、SPH投与によって高い確率で成熟を誘起することができた。このよ うに未熟な雌に11・KTを投与する方法は、これまでに全く行われていなかった新しい 早期催熟技術である。
上記のように、本論文では人為催熟ニホンウナギの卵巣におけるエストログン合成 の異常を指摘するとともに、アンドロゲン合成部位が卵巣であることを初めて明らか にした。また、アンド口グン投与による初期卵成長の促進およびフんド口ソール投与 による卵成長後期のエスト口ゲン合成の抑制が、現行の人為催熟法を改良する手段と して有効であることを提唱した。これらの結果は、現行のニホンウナギ人為催熟法を
改良するばかりではなく、魚類の増養殖技術開発における重要な基礎的知見を提供し たものとして高く評価され、本論文が博士(水産科学)の学位を授与される資格のあ るものと判定した。