高分子量ポリエチレン繊維を用いた 繊維補強コンクリートの調合設計と
耐爆構造材としての応用に関する実験的研究
平成21年3月
熊本大学大学院自然科学研究科
山ロ 信
目次
第1章 序論
1.1 研究の背景
1.2 研究の目的および範囲 L3 本論文の構成
第1章の参考文献
(2)
(3)
(5)
(6)
第2章 既往の研究
2.1 序
22 繊維補強コンクリートの調合および力学的特性に関する既往の研究 2.2.1 繊維補強コンクリートの定義
2.2.2 繊維補強セメント・コンクリートの構成要素 (1)セメント・コンクリート補強用繊維
(1.1)セメント・コンクリート補強用繊維に要求される性能 (1.2)高分子量ポリエチレン繊維の特性
(2)マトリックス
2。2.3 繊維補強セメント・コンクリートの強化理論 (1)複合則理論(Law of・mixture)
(2)繊維間隔理論(Fiber spacing theory)
(3)架橋則(Bridging law)
2,2.4 繊維補強セメント・コンクリートの力学的特性および基礎物性 (1)引張特性
(1.1)セメント・コンクリートの引張破壊過程 (1.2)繊維素材の影響
(1.3)繊維形状の影響 (1.4)繊維体積率の影響 (1.5)繊維分散性の影響 (1.6)繊維配向性の影響
(1.7)繊維一マトリックス界面特性の影響 (2)曲げ特性
(3)圧縮特性 (4)耐衝撃性
(5)耐久性等に関わる基礎物性 (5.1)乾燥収縮特性
(5.2)耐火性
(5.3)凍結融解抵抗性 (5.4)中性化抵抗性
2.2.5 近年の繊維補強セメント・コンクリートの開発動向とその応用 (1)超高強度繊維補強コンクリート
︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶8889991344781111345568891112233︵︵︵︵︵︵1111112222222222223333333 ︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵
(1.1)調合および製造 (1.2)力学的特性 (1.3)応用例
(1.3.1)土木分野における応用例 (1.3.2)建築分野における応用例
(2)複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複:合材料 (2.1)材料および製造
(2.2)力学的特性 (2.3)応用例
(2.3.1)土木分野における応用例 (2,3.2)建築分野における応用例
2.3 爆発荷重を受ける鉄筋コンクリート版の挙動に関する既往の研究 2.3.1 鉄筋コンクリート構造物の耐衝撃性に関する研究の動向 2.3.2 衝突・爆発荷重による鉄筋コンクリート構造物の破壊形態 2.3.3 爆発荷重を受ける鉄筋コンクリート構造物・部材の損傷予測法 (1)爆風圧と建物被害
(2)接触爆発を受ける鉄筋コンクリート版の局部破壊 2.4 まとめ
第2章の参考文献
第3章 ポリエチレン繊維補強コンクリートの靭性確保を目的とした調合と その基礎物性に関する研究
3.1 序
3.2 ポリエチレン繊維補強コンクリートの靭性確保を目的とした調合の検討 3.2.1 材料開発の概要
(1)フレッシュPEFRCのコンシステンシーの評価方法 (2)硬化したPEFRCの各種力学的特性の評価方法
(2.1)圧縮試験 (2.2)割裂引張試験 (2.3)曲げ試験 (2.4)破壊靭性試験
3.2.2 予備実験「吹付けSFRC仕様マトリックスの適用性の検討」
(1)研究目的 (2)実験方法
(3)実験結果および考察 (4)まとめ
3.2.3 実験1「マトリックスのベース調合の検討」
(D研究目的 (2)実験方法
(3)実験結果および考察
︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶34445556778999334893333333333333344444︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵ ︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶899990022444688880555556666666666667︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵
(4)まとめ
3.2.4 実験H「繊維体積率の検討」
(1)研究目的 (2)実験方法
(3)実験結果および考察 (4)まとめ
3.2.5 実験皿「繊維の集束性状の検討」
(1)研究目的 (2)実験方法
(3)実験結果および考察
(3.1)ネットカットタイプを使用した場合 (3.2)集束タイプを使用した場合
(4)まとめ
3.2.6 実験IV「繊維形状とマトリックス調合の組合せの検討」
(D研究目的 (2)実験方法
(3)実験結果および考察
(3.1)原糸カットタイプを使用した場合 (3.2)PP/PE集束タイプを使用した場合 (4)まとめ
3.2.7 実験:V「最適調合の選定」
(1)研究目的 (2)実験方法
(3)実験結果および考察 (4)まとめ
3.2.8 実験:VI「使用材料変動の影響の検討」
(1)研究目的 (2)実験方法
(2.1)実験VI−A「高性能AE減水剤添加率の影響の検討」
(2.2)実,Wt VI 一B「細骨材としての砕砂使用の影響の検討」
(3)実験:結果および考察
(3,1)実験VI・一A「高性能AE減水剤添加率の影響の検討」
(3.1」)高性能AE減水剤添加率がスランプおよび各種力学的特性に 及ぼす影響
(3.1.2)繊維分散性の間接的評価
(3.2)実験VI−B「細骨材としての砕砂使用の影響の検討」
(3.2.1)砕.砂置換率がスランプおよび各種力学的特性に及ぼす影響 (3。2.2)繊維分散性の間接的評価
(4)まとめ
3.3 PEFRCの各種力学的特性および基礎物性の評価
︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶4445601115509990227122249000013377777888888999900001111112222222︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵lllllllllllll1111 ︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵
(123)
(124)
(127)
(127)
(129)
(132)
(134)
3.3.1研究目的
3.3.2 PEFRCの各種力学的特性の評価 3.3.3 PEFRCの基礎物性の評価
(1)乾燥収縮特性 (2)耐火性
(3)凍結融解抵抗性 (4)中性化抵抗性 3。4 まとめ
第3章の参考文献
第4章 ポリエチレン繊維補強コンクリートの耐爆構造材としての応用 に関する研究
4。1 序
4.2 ポリエチレン繊維補強コンクリートの耐心構造材としての有用性の検討 4.2.1 ポリエチレン繊維補強コンクリートの接触爆発に対する耐爆性能 (1)研究目的
(2)実験方法
(2.1)使用材料および調合 (2.2)素材試験方法
(2.3)接触爆発試験方法 (2.3.1)試験体条件
(2.3.2)試験設備および装置 (2.3.3)外部損傷寸法の測定方法 (3)実験結果
(3.D素材試験結果 (3.2)接触爆発試験結果
(3.2.1)PEFRCの使用が外部損傷に及ぼす影響 (3.2.2)PEFRCの使用が内部損傷に及ぼす影響 (4)損傷評価
(4.1)普通コンクリートを対象とした既往の損傷予測式との対応 (4.1.1)クレータ形状
(4.1.2)スポール形状
(4.1.3)クレータ深さおよび全損傷深さ (4.L4)貫通孔直径
(4.2)接触爆発を受けるPEFRC版の全損傷深さの整理 (5)まとめ
4.2.2 各種繊維補強コンクリートとの耐爆性能の比較検討 (1)研究目的
(2)実験方法
(2.1)使用材料および調合
(134)
(134)
(139)
(139)
(139)
(139)
(143)
(144)
(145)
︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶89999922256666602333577900004444445555555556666666667777︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵
(2.2)素材特性
(2.3)接触爆発試験方法 (2.3.1)試験体条件
(2.3.2)試験設備および装置 (2.3.3)外部損傷寸法の測定方法 (3)実験結果
(3.1)外部損傷状況 (3.2)内部損傷状況 (4)損傷評価
(4.1)クレータおよびスポール寸法の比較
(4.2)普通コンクリートを対象とした既往の損傷予測式との対応 (4.2.1)クレータ形状
(4.2.2)スポール形状
(42.3)クレータ深さおよび全損傷深さ
(4.3)S−PEFRCを対象とした全損傷深さ予測式との対応 (5)まとめ
4.3 ポリエチレン繊維補強コンクリートを用いた耐爆構造部材の開発 4.3,1 小型要素の現場積層による耐爆構造版の開発
(1)研究目的 (2)実験方法
(2.1)使用材料および調合 (2.2)素材特性
(2,3)接触爆発試験方法 (2.3.1)試験体条件
(2.3.2)試験設備および装置 (2.3.3)外部損傷寸法の測定方法 (3)実験結果および考察
(3.1)接触爆発試験体の破壊性状 (3.1.1)外部損傷状況
(3.1.2)内部損傷状況
(3.2)外部損傷寸法の測定結果 (4)まとめ
4.3.2 PEFRC 2層構…造版の耐爆性能に及ぼす中空層および緩衝材挿入の影響 (1)研究目的
(2)実験方法
(2」)使用材料および調合 (2。2)素材特性
(2.3)接触爆発試験方法 (2.3.1)試験体条件
(2.3.2)試験設備および装置
︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶444555503366660122222244448880123333566777777778888888999999999999999000000000001111111111111111111111111111122222222222
(2.3.3)外部損傷寸法の測定方法
(3)実験結果および考察
(3.D接触爆発試験体の破壊性状 (3.1.1)外部損傷状況
(3.1.2)内部損傷状況
(3.2)外部損傷寸法の測定結果
(3.2.1)中空層挿入が2層構造版の耐爆・性能に及ぼす影響 (3.2.2)コンクリートの種類が中空層挿入2層構造版の 耐爆性能に及ぼす影響
(3.2.3)中空層の厚さが2層構造版の耐爆性能に及ぼす影響 (3.2.4)緩衝材の種類が2層構造版の耐爆性能に及ぼす影響 (3.2.5)緩衝材の厚さが2層構…造版の耐爆性能に及ぼす影響
(4)まとめ
(207)
(208)
(208)
(208)
(214)
(217)
(217)
(219)
(220)
(221)
(222)
(223)
4.4 ポリエチレン繊維メッシュおよびシートを用いた既存鉄筋コンクリート部材
の耐爆補強工法の開発 (224)
(1)研究目的 (224)
(2)実験方法 (224)
(2.1)使用材料 (224)
(2.2)素材特性 (226)
(2.3)接触爆発試験方法 (226)
(2.3.1)試験体条件 (226)
(2.3.2)試験設備および装置 (230)
(2.3.3)外部損傷寸法の測定方法 (230)
(2.3.4)シー一一一ト剥離の非破壊診断方法 (230)
(3)実験結果および考察 (231)
(3.1)接触爆発試験体の破壊性状 (231)
(3.1.1)外部損傷状況 (231)
(3.1.2)内部損傷状況 (236)
(3.2)シート剥離の非破壊診断結果 (238)
(3.3)外部損傷寸法の測定結果 (240)
(4)まとめ (243)
第4章の参考文献 (244)
第5章 結論 (247)
付録
付録一1 PBO繊維補強コンフリー一・トの調合と力学的特性 Ll 序
1.2 実験1「マトリックスの最適調合の選定」
(1)研究目的
(254)
(254)
(254)
(254)
(2)実験方法
(3)実験結果および考察 (4)まとめ
1.3 実験H「繊維体積率の検討」
(1)研究目的 (2)実験方法
(3)実験結果および考察 (4)まとめ
1.4 PBOFRCの各種力学的特性の評価 L5 まとめ
付録一2 高流動コンクリート仕様マトリックスを適用した 鋼繊維補強コンクリートの力学的特性
(1)研究目的 (2)実験方法
(3)実験結果および考察
(3.1)SFRCのコンシステンシーおよび各種力学的特性 (3.2)SFRCの各種力学的特性の評価
(3,3)各種力学パラメータ推定式との対応 (4)まとめ
付録の参考文献 謝辞
発表論文 英文要旨
︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶460000266955666666662222222222︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵ ︶︶︶︶︶︶︶︶︶000226912777777788222222222︵︵︵︵︵︵︵︵︵
(283)
(287)
(295)
第1章
序論
1.1 研究の背景
近年,諸科学技術・産業分野で沸き起こっている技術革新のうねりの中で,エレクトロ ニクス,バイオテクノロジーおよび新エネルギーと並んで新素材がその主役を担っており,
諸分野における「キーテクノロジー」として社会的関心も高く,その動向は今後の建築技 術にも少なからず影響を及ぼすことが予想される1)。歴史的に見ても,新素材の出現と進 歩が人間社会と産業形態に時代を画するインパクトを与え,その時代の技術革新における 先導的な役割を担ったことは明らかである。建築分野においても例外ではなく,新素材の 導入による建築材料の革新は従来の建築物の形態や構造に変化を与え,より高度の機能性
を有する各種構造物や新居住空間の創出を可能とする鍵となってきたと考えられる。
特に,幾つかの素材を組み合わせ,単体で有するそれぞれの素材の長所を最大限に活用 しながら互いの短所を補完し,強度・剛性,軽量性,耐食性,耐熱性等の材料特性の向上 を図るとともに,単体では得られない優iれた特性を引き出す「複合材料(Composite Materials)」の考え方は,竹や木などの天然材料に見られる複合材料構造を考えると理想的 であり,近年,その開発研究が急速に成果を挙げ注目されている。この面で,現代の建築 分野における基幹構造材料のひとつであるコンクリートも,微視的にはセメントペースト をマトリックス(基材)として粗骨材や細骨材を補強材とする粒子分散強化型複合材料で あるが,圧縮強度に比して引張および曲げ強度が小さく,延性や靭性に乏しいという本質 的な弱点を有する。それを改善するために,短繊維材料や連続繊維材料を用いて強度およ び靭性を向上させる手法は古くから用いられており,前者の例としては石綿セメント,後 者の例としては鉄筋コンクリL一一Lトやプレストレストコンクリートが挙げられる。しかし,
特に短繊維補強コンクリートの用途としては,建築分野では±:間コンクリートやカーテン ウォールといった比較的法規制が緩やかな非構造部材への適用に限定されており,その特 性を十分に活かした用途開発は未だ試行錯誤の状態にあるのが現状である。この理由とし て,材料のコストが高いことや,提案されている繊維強化理論に疑問や異論があり,未だ 統一的な理論として確立されるに至っていないこと,材料設計および部材設計法が未確立 であること等が考えられる。
また,近年の紡糸技術の発展に支えられ,従来の合成繊維が有する軽量性・耐食性とい った特性に加えて,引張強度等の力学的性能を大きく向上させた新素材合成繊維の開発が 盛んに進められており,そのコンクリート補強用繊維としての有効利用とそれに伴う鉄筋 コンクリート構造物の性能向上が期待されている2)。本研究で検討対象とする高分子量ポ リエチレン繊維も,合成繊維としては極めて高い引張強度を有することや,強度と伸度の バランスの良さから高いエネルギー吸収性を期待できること等から,セメント系材料に高 靭性を付与し得る補強用素材として,その建築分野への有効な導入が期待されているもの である。しかしながら,首尾よく同材料の建築分野への導入を図るためには,各種力学的 特性,耐久性,防・耐火性の評価や,最近では地球環境に及ぼす影響等も含めて諸々の観 点から十分な検討が必要であり,建築基準法との絡みも考慮した上で,適切な評価,設計 体系を含めた有効な利用技術の確立が不可欠となる。
ところで,近年の建築分野において新たに必要とされている研究として,意図的攻撃に よる爆発に対する鉄筋コンクリート構造物の耐爆性能向上に関する研究が挙げられる3 4)。
一2一
これまでに,コンクリート構造物に作用する衝撃外乱としては,落石,土石流,波浪など の自然的要因によるものと,航空機の墜落,車両・船舶の衝突,重量物の落下,火薬・可 燃性ガス,液体燃料の爆発などの人為的事故によるものとが考えられていた。しかし,2001 年の米国同時多発テロ,2004年のスペイン列車爆破テロ,2005年の英国ロンドン地下鉄爆 破テロ等が発生して以降,重要構造物の設計にあたっては,当初から耐爆・耐衝突防護を 実施することの必要性が生じている4)。特に,我が国における重要産業施設の増加や都市 の過密化は,衝撃外乱による社会的リスクを加速度的に助長する要因となっており,この ことは,施設・構造物の損害だけでなく,人命・財産の危機あるいは社会の経済的混乱が 引き起こされる可能性の増大を意味している。
予測が困難な意図的攻撃による衝撃外乱に対して無被害で完全に安全な施設・構造物を 建設することは困難であると考えられるが,我が国の政治・経済・運輸・エネルギーに関 係する社会的に重要な公共施設・構造物に関しては,より安全で合理的な耐爆設計を適用 する必要がある。第2章において後述するように,鉄筋コンクリート構造物の耐爆設計に おいては引張応力波の伝播に起因する裏面剥離(スポール)を低減することが防護上の最 重要課題となるが3・4),本質的に引張強度が小さく,脆性的な通常のコンクリートにそれ
を期待することは困難であり4),この面で,コンクリートの脆性的性質を材料レベルで改 善し,靭性を付与した繊維補強コンクリートの適用が有効となる可能性が期待される。近 年,圧縮強度150N/mm2を超える超高強度繊維補強コンクリートや,合成繊維を用いた高 靭性繊維補強コンクリートの開発が盛んに行われており,一部に実用化の例も見られるも のの,現在のところ爆発荷重に対する検討は実施されていない。将来的には,高速衝突や 爆発荷重を受ける構造物・構造部位への繊維補強コンクリートの適用が期待されており3),
その耐衝撃性・耐心性の把握など,早急な実験的研究の着手が望まれている。
1.2 本研究の目的および範囲
本研究は,高分子量ポリエチレン繊維を用いた高靭性繊維補強コンクリートの開発と,
その実用化を想定した上で必要と考えられる基礎物性の評価,耐爆構造材としての有用性 の検証ならびにそれを用いた耐爆構造部材の開発を目的とするものである。以下に,その 内容および範囲について述べる。
(1)高分子量ポリエチレン繊維を用いた高靭性繊維補強コンクリートの開発
強度と伸度のバランスの良さからエネルギー吸収性に優れ,補強・プロテクト素 材としての用途が期待されている高分子量ポリエチレン繊維を用い,粉体系高流動 コンフリー一一・トの使用材料(高炉スラグ微粉末と高性能AE減水剤)に準じたマトリ ックスの調合と繊維の集束性状を工夫することにより,高い靭性とプレキャストコ ンクリートへの適用を想定する上で十分なスランプを両立するポリエチレン繊維 補強コンクリートの開発を行った。また,上記の研究結果に基づき,曲げタフネス が最大となるポリエチレン繊維補強コンクリートの最適調合を提案した。
一3一
(2)ポリエチレン繊維補強コンクリートの各種力学的特性および基礎物性の評価
ポリエチレン繊維補強コンクリートを首尾よく実用に供するためには,その力学 的特性とともに,耐久性等に関わる基礎物性の把握も重要な課題となる。そこで,
上記の研究の結果得られたポリエチレン繊維補強コンクリートに関して,既報の鋼 繊維補強コンクリートとの比較による各種力学的特性の評価ならびに主に繊維無 混入のプレーンコンクリートとの比較による乾燥収縮特性,耐火性,凍結融解抵抗 性および中性化抵抗性の評価を行った。
(3)ポリエチレン繊維補強コンクリートの耐前山造材としての有用性の検討
上記の研究の結果得られたポリエチレン繊維補強コンクリートの耐爆構造材と しての有用性について検討することを目的に,ポリエチレン繊維補強コンクリート 版の接触爆発試験を実施し,普通コンクリートや他の各種繊維補強コンクリートと の比較による爆発面破壊(クレータ),スポール等の局部破壊や表面および内部の ひび割れ発生状況等の評価を行った。また,得られた実験結果と普通コンクリート を対象とした既往の損傷予測式との対応性について調査し,ポリエチレン繊維補強 コンクリートの高靭性を考慮した損傷深さ予測手法について検討した。
(4)ポリエチレン繊維補強コンクリートを用いた耐爆構造部材の開発
いつ遭うか判らない意図的攻撃からの防護を考える場合,施工の迅速性の観点か ら,ポリエチレン繊維補強コンクリートをプレキャストコンクリートとして適用す ることが望ましいと考えられるが,その際,運搬・取り付け等の施工性の面で,要 素寸法の低減による軽量化が重要な課題となる。そこで,薄板,ブロック等の小型 要素の現場積層を想定した各種耐爆構造版の接触爆発に対する耐爆性能に関して 実験的検討を行った。また,薄板の現場積層により施工性向上を図り,尚且つ総厚 が等しい単版よりも更に高い耐爆性能を有する耐爆構造版の開発を目的に,薄板間 に中空層および緩衝材を挿入したポリエチレン繊維補強コンクリート2層構造版に 関しても同様の検討を行った。
(5)ポリエチレン繊維メッシュおよびシートを用いた既存鉄筋コンクリート部材の耐爆 補強工法の開発
既存構造物の長寿追尋や施工の合理化,省力化といった社会的要求を考慮した場 合,既存鉄筋コンクリート構造物の耐爆性能向上を目的とした補強工法を検討する ことは意義深いと考えられる。そこで,既存鉄筋コンクリート構造物の耐爆補強工 法の開発を目的に,ポリエチレン繊維メッシュ,ポリエチレン繊維シートおよび炭 素繊維シート等の各種連続繊維補強材により裏面補強した普通鉄筋コンクリート 版の接触爆発に対する耐爆性能に関して実験的検討を行った。なお,ここで検討対 象とした連続繊維メッシュおよびシL一一一ト補強コンクリート版は,第2章に定義を示 す通り連続繊維を用いた「繊維補強コンクリート」に分類されるものであり,本論 文の主旨と矛盾しないと判断してここで検討するものである。
一4一
1.3 本論文の構成
本論文は,高分子量ポリエチレン繊維を用いた繊維補強コンクリートの開発とその耐爆 構造材としての応用技術に関して実験的検討を行ったものであり,以下の5章により構成
される。
第1章「序論」では,研究の背景および目的ならび本論文の構成について述べている。
第2章「既往の研究」では,繊維補強セメント・コンクリ・一一・トの構成要素,強化理論,
各種力学的特性および耐久性等に関わる基礎物性に関する基礎的事項ならび繊維補強セメ ント・コンクリートの近年の開発動向に関して文献調査を行った結果を総括している。ま た,鉄筋コンクリート構造物の耐衝撃性に関する研究の動向について概説するとともに,
衝突・爆発荷重を受ける鉄筋コンクリート構造物の破壊形態や,接触爆発を受ける鉄筋コ ンクリート版の損傷予測法の概要についても取りまとめている。
第3章「ポリエチレン繊維補強コンクリートの靭性確保を目的とした調合とその基礎物 性に関する研究」では,粉体系高流動コンクリートの使用材料に準じたマトリックスの調 合とポリエチレン繊維の集束性状を工夫することにより,高い靭性とプレキャストコンク リートへの適用を想定する上で十分なスランプを有するポリエチレン繊維補強コンクリー トの開発を行ってきた一連の研究について取りまとめている。また,得られたポリエチレ ン繊維補強コンクリートに関して,鋼繊維補強コンクリートとの比較による各種力学的特 性の評価ならびに主に繊維無混入のプレーンコンクリートとの比較による乾燥収縮特性,
耐火性,凍結融解抵抗性および中性化抵抗性等の耐久性に関わる基礎物性の評価を行った 結果について述べている。
第4章「ポリエチレン繊維補強コンクリートの耐爆構造材としての応用に関する研究」
では,第3章において開発を行ったポリエチレン繊維補強コンクリートの耐爆構造材とし ての有用性について調べることを目的に,ポリエチレン繊維補強コンクリート版の接触爆 発試験を実施し,普通コンクリートや他の各種繊維補強コンクリートとの比較による損傷 評価を行っている。また,構成要素の軽量化による運搬・取り付け等の施工性の向上とそ れに伴う施工の迅速化を目的に,薄板,ブロック等の小型要素の現場積層による各種の耐 爆構造部材を提案し,部材構成方法の違いがポリエチレン繊維補強コンクリート版の耐爆 性能に及ぼす影響について実験的検討を行っている。更には,既存鉄筋コンクリート構造 物の耐爆補強工法の開発を目的に,ポリエチレン繊維メッシュおよびシートにより裏面を 補強した普通鉄筋コンクリート版の接触爆発に対する耐爆性能についても検討している。
第5章「結論」では,各章の結論を取りまとめ,今後の研究課題について述べている。
なお,付録では,高強度・高弾性率の新素材合成繊維であるポリパラフェニレンベンゾ ビスオキサゾール繊維を適用した繊維補強コンクリートの靭性確保を目的とした一連の研 究について取りまとめている。また,本論文中で開発した高流動コンクリート仕様マトリ
ックスを適用した鋼繊維補強コンクリートの力学的特性に関する研究についても掲載して
いる。
一5一
第1章の参考文献
1︶
2)
3)
︶
4
福島敏夫著:新素材開発と建築一材料物性から地球環境まで一,技報堂出版,1993 本宮達也著:ハイテク繊維の世界,日刊工業新聞社,1999
大野友則:飛翔体の衝突に対するRC版の挙動に関する研究の現状,コンフリート
工学,Vol.41, No。4, PP.20−28,2003
社団法人日本建築学会:重要構造物の耐衝突・耐爆性能評価と防止対策,2006年度 日本建築学会大会(関東)構造部門(応用力学)パネルディスカッション資料,2006
一6一
第2章
既往の研究
2.1 序
本章は,繊維補強コンクリートの調合および力学的特性に関する既往の研究ならびに爆 発荷重を受ける鉄筋コンクリート版の損傷に関する既往の研究を取りまとめ,本研究に資 する知見を得ることを目的とする。
2.2節では,繊維補強セメント・コンクリートの構成要素,強化理論,各種力学的特性 および耐久性等に関わる基礎物性に関する基礎的事項ならびに繊維補強セメント・コンク
リートの近年の開発動向について述べる。
2.3節では,鉄筋コンクリート構造物の耐衝撃性に関する研究の動向について概説する とともに,衝突・爆発荷重を受ける鉄筋コンクリート構造物の破壊形態や,接触爆発を受 ける鉄筋コンクリート版の損傷予測手法の概要について述べる。
2.2 繊維補強コンクリートの調合および力学的特性に関する既往の研究 2.2.1 繊維補強:コンクリートの定義
繊維補強セメントおよびコンクリートは種々あるが,いずれもマトリックス(基材)で あるセメントペースト,モルタルまたはコンクリートを繊維(短繊維または連続繊維)で 補強した複合材料である。日本コンフリートエ学協会「繊維補強コンクリートの試験方法 に関する規準」1)では,これらの用語を次のように定義している。
①繊維補強セメント(Fiber・reinforced・cement):セメントペースト(少量の細骨材を 含む場合もある)中に繊維を補強材として用いた複合材をいう。
②繊維補強コンクリート(Fiber reinforced concrete):コンクリートまたはモルタル 中に繊維を補強材として用いた複合材料をいう。
③マトリックス(Matrix):複合材料において用いられる用語であって,補強材を分 散させている基材をいう。たとえば鋼繊維補強コンクリートでは,鋼繊維が補強 材,コンクリートまたはモルタルがマトリックスとなる。
④短繊維(Discontinuous discrete fiber):セメントペースト,コンクリートなどに,
主としてその力学的特性を改善するために分散させて用いる短い繊維をいう。
⑤連続繊維(Continuous fiber):セメント・コンクリートを補強するために用いる1 次元的または2次元的に連続な繊維をいう。
また,2007年に制定された土木学会「複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料
(HPFRCC)設計・施工指針(案)」2)では,これら繊維補強セメントおよびコンクリート を含め,セメント系材料を短繊維で補強した複合材料全般を繊維補強セメント複合材料
(Fiber reinforced cementitious composite;FRCC)と称することとしている。
なお,上記の定義によれば,連続繊維シートおよびメッシュにより補強されたコンクリ ートも「繊維補強コンクリート」に分類され,本研究の一部でも取り扱っているが,本節 では本研究の大部分において検討対象としている短繊維補強セメント・コンクリートに限 定して述べることにする。
一8一
2.2.2 繊維補強セメント・コンクリートの構成要素
(1)セメント・コンクリート補強用繊維
(1.1)セメント・コンクリート補強用繊維に要求される性能3・ 4・ 5・ 6・ 7・ 8・ 9・ 10)
表2.2.1にセメント・コンクリート補強用繊維の物理的特性,図2.2.1日半表的なセメ ント・コンクリート補強用繊維の比強度一比弾性率関係をそれぞれ示す。
繊維補強セメントおよびコンクリートにおける繊維の効果および力学的性能を議論する 際には,繊維の物理的性質が大きな因子となる。補強用繊維として具備すべき物理的条件 については,高引張強度であること,繊維一マトリックス間の高い付着強度が確保される こと,マトリックスに容易に混入可能であること等が考えられる。また,繊維の引張弾性 率も重要な因子であり,鋼繊維,炭素繊維等の高弾性繊維は主に引張強度の改善に,合成 繊維等の低弾性繊維は初期ひび割れ発生後の延性・靭性の改善にそれぞれ大きな効果を有 する。補強が主目的でない場合,例えば,乾燥収縮ひび割れ防止や火災時の爆裂防止等の 用途に使用する場合には,繊維の引張性能よりも繊維の形状の方が重要な因子となる。
繊維の径および長さは,セメント基マトリックスに対する補強において重要な因子であ る。長さは任意にカットすることで所要の長:さを得ることが可能であるが,単繊維の径は 繊維の製造方法と密接に関係するため,任意に選択できない場合が多い。また,繊維の引 張強度も繊維径によって影響され,一般的に単繊維の径は直径数μmから数十pm程度が製 造しやすく,高い引張強度の実現も容易である。一般的には,繊維径が大きくなると繊維 強度は低下するが,これは,繊維内部の均整度の低下や強度測定時の繊維把持の問題から 測定値が低くなるためである。また,繊維径が過度に小さい場合にも繊維強度が低下する
表2.2.1 セメント・コンクリート補強用繊維の物理的特性lo〕
繊維種別 密度
i9/cm3)
引張強度 i×10N/mm2)
引張弾性率
ikN/mm2)
破断時伸び
@ (%)
高分子量ポリエチレン繊維 0.97 220〜480 70〜175 3〜6
PBO繊維 1.56 580 180〜270 2〜4 炭素(PAN系)繊維 L90 250〜360 230〜350 1〜2 炭素(pitch系)繊維 2.00 76〜290 39〜98 1〜2 アラミド繊維 1.45 200〜290 62〜130 2〜4 高強力ポリビニルアルコール繊維 1.30 200〜260 39〜41 5〜6 ポリエチレン繊維 0.95 25〜70 1.4〜2.2 10〜15 ポリビニルアルコール繊維 1.30 69〜150 11〜36 3〜13 ポリプロピレン繊維 0.91 30〜75 1.4〜2.2 10〜15 ナイロン繊維 1.10 75〜90 3.9〜4.9 13〜25 アクリル繊維 1.18 20〜39 2〜11 25〜45
耐アルカリガラス繊維 2.78 250 74 2
鋼繊維 7.85 49〜98 200 一
石綿繊維 2.55 62 160 一
一9一
200 180 160
140
峯12。
Z国︶癬坦癖璽岐
図2.2.1 100
80 60 40 20 o
O 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500 5000 比強度(N/㎜2)
代表的なセメント・コンクリート補強用繊維の比強度一比弾性率関係
炭 繊維
糸
BO繊︑
下町 讐 ▲
石綿 維
一 、 轟 \ 」目^ o ︑
繊
口 ガラ 繊維
、 、 口
ポリ ロヒ。 ン繊糸
ことが知られている。セメント・コンクリート中に分散する繊維の強度はマトリックスか らの繊維引き抜け時における繊維表面の傷付き易さ等に関係することも報告されており,
繊維補強セメント・コンクリートの高靭性を得る上で適切な繊維径が存在する可能性が考
えられる。
繊維のマトリックスへの付着性能は非常に重要な性能であり,繊維の引張強度が活かさ れることなく引き抜けてしまった場合,十分な繊維補強効果は発揮されない。異形鉄筋等 から類推されるように,繊維表面に凹凸を設けたり,端部にフックを設けたりすることで,
機械的な引き抜け抵抗により付着性能を高めることが可能である(図2.2.2(a)〜(e))。同 様に,繊維フィルムをピンローリングによりメッシュ状に加工することでメッシュ内への マトリックスの充填による機械的な付着を作り出し,その効果を増大させた例も見られる
(図2.2.2(f))。一方,上記の機械的な引き抜け抵抗と並んで化学的な接着性も付着性能に 関係していると考えられる。ポリビニルアルコール繊維は,水酸基を含むために親水性が 大きく,セメントのような水硬性マトリックスに対する界面付着強度は非常に高くなる特 長を有する。逆に,ポリエチレン繊維,ポリプロピレン繊維等のポリオレフィン繊維は,
パラフィンに類似した分子構造を有するためにセメント硬化物との化学的な接着性は期待 し得ない。これは,セメント中のカルシウムは水酸基等の極性基と親和性を有するが,ポ リオレフィンは無極性であり,セメント基マトリックスへの親和性を有さないためである。
これら親水性のない繊維表面を化学変化させることにより化学的接着性を高める方法や,
繊維表面を処理剤により被覆することで付着性能を高める方法が検討されている。
以上の物理的因子に加えて,セメント・コンクリート補強用繊維にはセメントアルカリ
一10一
(a) (b) (c) (d) (e)
(a)異形ファイバー
(b)波形ファイバー
(c)両端フック付
(d)ドツグボーン
(e) ノ〈ドノレ
(f)フィブリル状ネットワーク
図2.2.2 繊維一マトリックス界面の付着性能向上を目した繊維形状の例
等に対する化学的耐久性が必要であり,その特性は繊維の化学的分子(原子)構造に関係 する。この面で,世界的に最も大量に生産されているポリエステル繊維は耐アルカリ性に 問題があり,セメント・コンクリート補強用繊維としての適用は困難であると考えられる。
ガラス繊維の場合,繊維強化グラステックス等に大量に使用されている汎用のE一ガラス繊 維は耐アルカリ性に問題があり,ジルコニア(ZrO2)を十数%含有させた耐アルカリガラ ス繊維が使用されている。また,かつてはココヤシ繊維,サイザル繊維等の植物繊維のセ メント・コンクリート補強用繊維としての適用が試みられたことがあるが,吸水に伴う繊 維の劣化が問題となり,広く普及するには至っていない。
ところで,表2.2.1および図2.2.1に示す繊維の中で,現在までに最も多量に使用され てきた補強用繊維は石綿繊維(アスベスト)である。これは,石綿繊維が高引張強度であ ることに加えて,セメントマトリックスの強アルカリに耐え,セメントの水和反応促進効 果を有する等の長所を有していたことに起因しており,Hatschek法による製造技術が確立
された1900年から1960世代初めまでに,石綿繊維以外の短繊維による繊維補強セメント・
コンクリートに関する目立った研究は実施されていない。しかしながら,石綿が発癌性物 質であり,呼吸器疾患の原因であることが問題提起されて以来,製造における安全管理と 作業環境整備に多大な労力が払われることとなった。同時に,石綿代替繊維の開発も重要 な研究課題となり,現在ではそのほとんどがポリビニルアルコール繊維等の合成繊維に代 替される傾向にある。このように,人体や環境に対する負荷が小さいこともセメント・コ ンクリート補強用繊維が具備すべき条件のひとつであると考えられる。
(1.2)高分子量ポリエチレン繊維の特性lo・11)
近年,紡糸技術の発展に支えられ,引張強度2.2kN/mm2以上,引張弾性率55kN/mm2以 上の力学的特性を同時に満足する「スーパー繊維」11)の開発が盛んに進められており,そ のセメント・コンクリート補強用繊維としての建築・土木分野への有効な導入と,それに 伴う鉄筋コンクリート構造物の性能向上が期待されている。前掲の表2.2.1および図2.2.1
に示した各種繊維の中で,炭素繊維,アラミド繊維,ポリパラフェニレンベンゾビスオキ サゾール(PBO)繊維および高分子量ポリエチレン繊維はいずれもその「スーパー繊維」
に分類されるものである。
ポリエチレン[一(CH2−CH2)n一]は屈曲性高分子であり,このことに起因して「超」のつく100
万オーダーの分子量になると分子の絡み合いが非常に多くなるため硬くなり,繊維にする ことはできないというのが従来の見解であった。しかし,1967年後半にペニングスらが溶
一ll一
剤で希釈して伸び易いゲル状にした超高分子ポリエチレンを超延伸と称される方法で引き 伸ばす方法を開発したことが契機となり,従来は10kN/mm2程度であったポリエチレンの 弾性率を90kN/mm2にまで高めることに成功している。この発明を基にした紡糸法は「ゲ ル紡糸法」として,スミスやレムストラらによって実用化され,現在ではポリエチレンだ
けでなくポリビニルアルコール等の紡糸技術にも導入されている。図2.2.3にゲル紡糸法 の概要を示す。超高分子量(100万〜400万程度)ポリエチレンを同手法で紡糸し,冷却固 化後,高倍率で延伸することにより,伸び切り鎖構造を有する高強度繊維が得られる。冷 却固化の方法には乾式と湿式とがあり,後者は水を使用するため乾燥工程が必要になるが,
繊維径を大きくすることが可能である等の長所を有する。
高分子量ポリエチレン繊維の特性を列挙すると,以下のようになる。
①密度0.97g/cm3の軽量材料である。
②屈曲性の高分子であるが非常に強度が高く,引張強度4.4kN/mm2を超える高強度 タイプも市販されるに至っており,また,4%前後の切断強度を有する。このため,
製織・製編などの後工程の通過性に優れている。
③強度と伸度のバランスの良さからエネルギー吸収性に優れており,プロテクト素 材,耐衝撃素材および補強素材への適用が有効であると考えられる。
④耐摩耗性,耐疲労性,振動減衰特性も良好である。
⑤原料のポリエチレンが有する化学的安定性のため,優れた耐候性を有するだけで なく,有機溶剤や酸・アルカリに対して高い抵抗性を示す。
⑥吸水することがないため水による劣化はなく,耐海水性も良好である。
⑦通常のポリエチレンと比較して,原料ポリマーは分子量100万を超える高重合体 であるため,耐熱性や寸法安定性に優れている。
⑧145℃で溶融するが,燃焼後は水(H20)および二酸化炭素(CO2)を生じるのみで,
人体および環境に対して有害な物質を生じない。
以上の特性を活かし,高分子量ポリエチレン繊維は既に,各種緊張材,n ・一プ,膜材,
加圧ピストン 加熱容器
ゲル状ポリマー ノズルまたは口金
冷却槽 ウエット状の
繊維フィラメント
巻取り機
図2.2.3 高分子量ポリエチレン繊維の製造工程の概略lo)
.12一
防護材料,繊維強化グラステックスの補強子等として実用化されており,その高いエネル ギー吸収性からセメント・コンクリート補強用繊維としての有効利用が期待されているも のである。
(2)マトリックス
繊維補強セメント・コンクリートの基部となるマトリックスは,基本的に通常の繊維を 含まないセメント系材料と同様に,骨材を結合材であるセメントで固結させたものである と考えることができる。マトリックスには,良好なワーカビリティーの確保のほかに,材 料分離が生じにくいことや,良好な繊維分散性が確保されることなどが要求される。また,
硬化後は,強度・剛性などの力学的特性,寸法安定性および耐久性等に加えて,繊維一マ トリックス界面の良好な付着性能が要求される。近年盛んに開発が進められている高靭性 セメント複合材料においては,ワS一一・カビリティーおよび繊維分散性確保のため,マトリッ クスにはセメントペーストおよびモルタルが適用される場合が多い。しかし,粗骨材を含 まないために乾燥収縮が大きくなり易いことも報告されている12)。一般に,繊維補強コン クリートは,通常のコンクリートと同様の方法で製造・施工することが可能であり,適用 対象範囲も3cm程度の薄い断面からマッシブな構造物まで広範囲にわたっている。一方,
繊維補強セメントの適用対象は,厚さ5〜20mm程度の比較的薄い2次製品に限定され,そ の用途は,カーテンウォールや外装パネル等の非構造部材が主体となっているようである 3・4)。代表的なマトリックスの物理的特性を表2.2.2に示す。
繊維補強セメント・コンクリートのマトリックスには,セメントとしてポルトランドセ メント,骨材として天然骨材および砕砂・砕石が用いられ,その他必要に応じてシリカフ ユームや高炉スラグ微粉末などの混和材,減水剤や増粘剤などの混和剤が使用される。ポ ルトランドセメントは,JIS A 5210「ポルトランドセメント」13)に規定されるいずれのも のでも使用可能であるが,マトリックスの水セメント比を小さくし高強度にする場合には,
ワーカビリティーの観点から,高珪酸塩率(SiO2/(A1203+Fe203)),低C3Aのものが良いと される14)。骨材としては天然骨材および砕砂・砕石等が用いられるが,ワーカビリティー の観点からは粒形の良い天然骨材が適しておりJ強度・剛性等の観点から石英砂やボーキ
表2.2.2 代表的なマトリックスの物理的特性5)
密度 ヤング係数 引張強度 破壊ひずみ
(kg/m3) (kN/mm2) (N/mm2) (×10 6)
普通ポルトランドセメント
2000〜2200 10〜25 3〜6 100〜500
・ペースト
高アルミナセメント
2100〜2300 10〜25 3〜7 100〜500
・ペースト
普通ポルトランドセメント
2200〜2300 25〜35 2〜4 50〜150
・モルタル
普通ポルトランドセメント
・コンクリート 2300〜2400 30〜40 1〜4 50〜150
一13一
サイト砂等が用いられた事例もある15)。また,特に骨材破断モードとなり骨材部が欠陥と なり易い高強度繊維補強コンクリートでは,粗骨材最大寸法が小さいほど破壊エネルギー や引張強度が大きくなることも報告されている16)。混和材としてポゾラン材を加えると,
セメントの水和反応によって生じる水酸化カルシウムをポゾラン反応により消費するため,
マトリックスが軸心になり,繊維一マトリックス界面の付着性能が改善されるとの報告も ある17)。化学混和剤として,マトリックスの高強度化を図る場合にナフタレンスルホン酸 系およびポリカルボン心止の高性能減水剤14)が,材料分離を防止する目的でセルロース 系,アクリル系等の増粘剤が用いられることもある。
マトリックスの調合は,要求されるフレッシュ状態のワーカビリティー,硬化体の力学 的特性に大きく影響するが,更に,補強用繊維の品質,形状および混入量:等によって大き
く異なる。一般に,繊維補強セメント・コンクリートは,良好なワーカビリティーを確保 し,尚且つ材料分離抵抗性を向上させるために,骨材の最大寸法は比較的小さく,粉体量 の多いいわゆる富調合となることが多い3・18)。マトリックスの調合と圧縮強度との関係は,
通常のコンクリートに適用される水セメント比湿,セメント水比説および空隙減等により 説明することが可能である。
2.2.3 繊維補強セメント・コンクリートの強化理論
セメント・コンクリートのような脆性マトリックスに対する繊維強化理論には,現在の ところ大きく分けて3つの説がある。その1つは,1方向連続繊維に対して古くから適用 されている複合則(Law of mixture)3・19・20)であり,短繊維がランダムに配向する繊維強 化複合材料に対してもその妥当性が明らかにされているものである。2つ目は,線形破壊 力学に基づくモデルを用いた繊維間隔理論(Fiber spacing theory)21)であり,1963年に Romualdiによって提唱され,現代の繊維補強セメント・コンクリートに関する研究の礎と
なったものである。3つ目は,比較的近年Liらによって提唱された架橋則(Bridging law)
22)である。架橋則は,ひび割れが生じた繊維補強セメントの挙動を繊維架橋応力とひび割 れ開口変位の関数としてモデル化したものであり,ECC(Engineered cementitious
composites)の材料設計技術に導入されている。
これらの理論は,いずれも論拠の仮定条件や実験結果との対応性に疑問や異論があり,
未だ統一的な理論として確立されるには至っていない。以下に,これらの繊維強化理論に ついて概説する。なお,繊維強化機構を論ずるとき,単純引張を受ける場合に帰結すると
言える。
(1)複合則理論(Law of mixture)3・19・20)
1方向配向連続繊維強化グラステックスを対象とした複合則理論は,①繊維の引張応カ ーひずみ関係は線形弾性とする,②少なくとも繊維が破断時ひずみに至るまでは複合体と して一体性を保つ,という仮定の下に導かれている。一方,繊維補強コンクリートのよう にマトリックスが脆性材料である場合は,マトリックスの破断時ひずみ(εmu)が繊維の破 断時ひずみ(Ef。)より小さいために,複合体として一体性を保つ領域はごく初期の段階に とどまり,その後の挙動は繊維一マトリックス問の付着抵抗によって支配されることとな
一14一
る(図2.2.4)。したがって,1方向配向連続繊維補強コンクリートに複合則を適用した場 合,その基本式は以下のようになる。
σ、u・ Cf(鋼乃+・ mu (1一 Vf)一一一一一一一一一…一一一一一一一・一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一〔2・2・1〕
ここに,σcu:複合体の引張強度
crf(。m。):マトリックスの破壊時ひずみにおける繊維の応力度 Vf:繊維体積率
crm u:マトリックスの引張強度
但し,Vfが大きくなると,破壊時ひずみに達したマトリックスのひび割れ進展によって複 合体はマトリックス部分が複数のブロックに分割されるが,荷重は繊維によって伝達され,
終局的には繊維破断によって破壊するため,式〔2.2.1〕は成立しなくなる。この場合,複 合体の引張強度は次式で与えられる。
a。uニσパリ
ここに, Ofu:繊維の引張強度
(2.2.2)
ここで,不連続繊維によって強化される場合には,連続繊維の場合とは異なり,荷重の 伝達が主として繊維一マトリックス界面を通じて行われるため,マトリックスに対する繊 維の付着特性,繊維のアスペクト比(繊維長さ/繊維径)などが重要な因子となる。不連 続繊維がマトリックス中に分散している状態は,実際には不規則な状態であるが,ここで は1方向に配向し,尚且つ均一に分散しているものとする。
画筆↑↑↑↑ 畢
連続繊維補強材
畢 ↓‡⁝↓↓↓↓
←←c↑↑↑↑↑ 畢畢 ⁝⁝↓今↓今
(a)延性マトリックスの場合 (b)脆性マトリックスの場合 図2.2.4 1方向連続繊維強化複合材料の破壊形式の差異
一15一