• 検索結果がありません。

雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

取消し, 錯誤無効,債務不履行解除,信託の終了の 主張が認められなかった事例(東京地裁平成30年10 月23日金法2122号85頁)」

著者 伊室 亜希子

雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law

journal

巻 109

ページ 125‑147

発行年 2020‑08‑28

その他のタイトル On Trust Contract including the clause of Terminarion of Trust due to Death of the Settlor and Beneficiary and Residual Assets vesting in the Trustee

URL http://hdl.handle.net/10723/00003972

(2)

【判例研究】

「死因処分を含む信託契約の検討:

信託契約の詐欺取消し,錯誤無効,債務不履行解除,

信託の終了の主張が認められなかった事例

(東京地裁平成 30 年 10 月 23 日金法 2122 号 85 頁)」

伊 室 亜希子

1

.事案の概要

 XとYとの間で,Xを委託者兼受益者,Yを受託者とする信託契約(以下,「本 件信託契約」という)が締結され,これに基づき,本件各不動産につきXからY への所有権移転(持分全部移転)及び信託登記がなされていることについて,

①主位的に,本件信託契約は,詐欺によるものであるから取消し,要素の錯誤 があるから無効であり,債務不履行があるから解除する旨を主張し,Yに対し,

各不動産の所有権(共有持分権)による妨害排除請求権,又は信託契約の解除 による原状回復請求権に基づき,各不動産につき所有権移転(持分全部移転)

及び信託登記の抹消登記手続をすることを求め,②予備的に,本件信託契約は,

信託の目的を達することができなくなった(信託法 163 条 1 項)か,委託者兼受 益者Xの意思による(同法 164 条 1 項)などの事由により終了した旨を主張して,

Yに対し,信託の終了による原状回復請求権に基づき,本件各不動産につき同 日信託財産引継を原因とする所有権移転(持分全部移転)登記手続及び信託登

(3)

記抹消登記手続をすることを求める事案である。

2

.事実関係の概要

1)当事者

 Yは,XとAの二男である。Bは,XとAの長男であり,平成 16 年にDと 婚姻し,平成 26 年 5 月に死亡した。Xは,Aとともに,平成 27 年 12 月 2 日,

姪のCを養子とする養子縁組をし,平成 28 年 1 月 5 日,Dを養子とする養子 縁組をした。

2)各不動産の状況

 Xは平成 4 年 3 月 25 日頃,cの土地を売買により取得した。同土地上では,

平成 6 年から平成 28 年 11 月まで,ラーメン店の営業が行われていた。Xは,

平成 27 年 12 月 28 日,cの隣地を売買により取得した(以下,略)。

3)Xの借入れ及びYの連帯保証等(略)

4)本件信託契約の締結

 XとYは,平成 28 年 11 月 16 日,公正証書を作成して,Xを委託者兼受益者,

Yを受託者とし,本件各不動産を信託財産とする信託契約(本件信託契約)を 締結した。

 信託目的について,「第 2 条本件信託は,前条の不動産を本件信託財産とし て管理及び処分(建物の建築を含む。)を行い,受益者の生活・介護・療養・借 入金返済・納税等に必要な資金を給付して受益者の幸福な生活及び福祉を確保 すること並びに資産の適正な管理・運用・保全・活用を通じて資産の円満な承

(4)

継を実現することを目的として信託するものである。」

 信託の終了について,「第 8 条本件信託は,次の事由によって終了する。① 委託者兼受益者であるXが死亡したとき。②本件信託財産が消滅したとき。」「第 11 条 受益者は,受託者との合意により,本件信託の内容を変更し,若しく は本件信託を一部解除し,又は本件信託を終了することができる。」

 残余財産の帰属については,「第 15 条 本件信託終了後,残余の信託財産に ついては,受託者に帰属させる。」との規定がある。

 Xは,Yに対し,本件信託契約に基づき,平成 29 年 2 月 21 日,各不動産に つき,所有権移転(持分全部移転)及び信託登記手続をした。

5)本件訴訟経過

 Xは,平成 29 年 5 月 17 日,Yに対し,本件信託契約を詐欺により取り消す との意思表示をした。 Xは,平成 29 年 7 月 26 日,本件訴えを提起した。

 Xは,本件訴訟により,本件信託契約をYの債務不履行により解除するとの 意思表示をし,本件訴状は,平成 29 年 8 月 9 日,Yに送達された。

 Xは,平成 29 年 10 月 13 日の本件第 1 回弁論準備手続期日において,Yに 対し,委託者兼受益者として,信託法 164 条 1 項により,本件信託契約を終了 させるとの意思表示をした。

3

.争点

 ①本件信託契約の締結が詐欺によるものか否か,②本件信託契約が錯誤無効 となるか否か,③本件信託契約に債務不履行解除の事由があるか否か(以上,

主位的請求関係),④本件信託契約に終了事由があるか否か(予備的請求関係)で ある。

127

(5)

4

.本判決

(1)

:棄却

 まず,X及びYが,平成 28 年 11 月 9 日と 26 日に公証役場を訪れ,公証人 から本件信託契約の各条文につき読み聞かされ,各自各条文を閲覧した上,公 証人作成に係る本件公正証書に署名,押印して,本件信託契約を締結したこと。

そして,公証人の証言,Y本人の供述及びYの陳述書の記載は採用することが できるが,X本人の供述は採用することができないと,認定している。

①争点 1(本件信託契約の締結が詐欺によるものか否か〔主位的請求関係〕)について  本件信託契約の締結前,Yが,Xに対し,Xが高齢であるので信託をしない と融資できないとI信金が述べている旨を告げたとの事実は認められない。

 また,Xは,本件各不動産に係る信託の内容につき繰り返し説明を受けたも ので,80 歳を過ぎた高齢者とはいえ,その判断能力が低下した様子もみられ ないから,Xにおいて,本件信託によって,本件各不動産につき自己の所有権 ないし共有持分権を自由に行使できなくなるなどの法的効果が生じることを認 識していなかったと認めることはできない,とし,本件信託契約の締結が詐欺 によるものであるというXの主張は,前提を欠いており,採用することができ ない,と判示した。

②争点 2(本件信託契約が錯誤無効となるか否か〔主位的請求関係〕)について  Xにおいて,本件信託によって,本件各不動産につき自己の所有権ないし共 有持分権を自由に行使できなくなるなどの法的効果が生じることを認識してい なかったと認めることはできないから,この点に関するXの錯誤無効の主張は,

前提を欠く。

 また,動機の錯誤については,本件信託契約 2 条に本件信託の目的として規 定されている内容は,抽象的なものにとどまり,他の規定をみてもc新築計画 の具体的な内容に言及するものはないから,c新築計画の推進というXの動機

(6)

が,本件信託契約の内容とされたとは認められない,として,本件信託契約が 錯誤無効となるというXの主張は,採用することができない,と判示した。

③ 争点 3(本件信託契約に債務不履行解除の事由があるか否か〔主位的請求関係〕)に ついて

 ( 1)c新築計画の推進というXの動機が,本件信託契約の内容とされたと は認められず,同計画の推進が本件信託契約の目的となっているとはい えないから,c新築計画の推進を拒絶するYにつき債務不履行となると いうXの主張は,前提を欠く。

 ( 2)c新築計画の推進が契約の目的となっているとはいえない本件信託契 約が,I信金による建築資金の融資につきYが借入れの連帯保証人にな るという本件当事者間の合意と,その目的において相互に密接に関連付 けられているということはできない。

 したがって,Yにおいて,Yが借入れの連帯保証人になることを内容とする 上記合意の履行を拒んだからといって,それが本件信託契約の解除事由に当た るとはいえない,として,本件信託契約に債務不履行解除の事由があるという Xの主張は,採用することができない,と判示した。

④争点 4(本件信託契約に終了事由があるか否か〔予備的請求関係〕)について  ( 1 )信託法 163 条 1 号に基づく終了

 信託の目的不達成による終了については,本件信託契約において,c新築計 画の推進が契約の目的となっているとはいえないし,本件信託契約が,I信金 による建築資金の融資につきYが借入れの連帯保証人になるという本件当事者 間の合意と,その目的において相互に密接に関連付けられているともいえない。

更に本件信託契約 2 条に規定されている内容も考慮すれば,本件信託について,

その目的を達成することができなくなった(信託法 163 条 1 号)との事情は認め られない,と判示した。

 ( 2 )信託法 164 条 1 項に基づく終了 129

(7)

 委託者及び受益者は,いつでもその合意により信託を終了することができる が,信託行為に別段の定めがあるときは,その定めるところによる。

 本件信託契約 11 条は,信託法 164 条 3 項にいう信託行為における「別段の 定め」であって,本件信託において,同法 164 条 1 項に優先して適用される規 定であるというべきである。

 また,本件信託契約 11 条に基づく本件信託を終了させる旨の合意があった と認めることはできず,Xの前記主張は,採用することができないとして,本 件信託契約について,信託法 163 条 1 号に基づく終了事由及び同法 164 条 1 項 に基づく終了事由はいずれも認められず,同契約 11 条に基づく終了事由もこ れを認めることはできない,と判示した。

【判例評釈】

 事実認定によるところがほとんどであるので,本判決の結論に異論はない。

しかし,いくつかの興味深い論点と,このような死因処分を含む信託の解釈に ついて以下,検討する。叙述の順序は,1.信託契約(信託行為)と信託の区別,

2.信託契約(信託行為)の無効・取消し,3.信託契約の債務不履行,4 信託 の終了,5,死因処分としての信託契約,6.まとめ(私見)である。

1

.信託契約(信託行為)と信託との区別

 本件では,信託を設定する法律行為である信託契約自体の詐欺取消し,錯誤 無効,債務不履行解除の問題(主位的請求)と設定された信託の終了の問題(予 備的請求)に分けられる。

 信託法では,信託を設定する法律行為(信託行為)として,信託契約,遺言,

信託宣言の 3 つがある(信託法 3 条)。

 本件は,信託契約によって信託が設定されているが,「信託が信託契約によっ

(8)

て設定されることと,信託が契約であることとは別問題である。抵当権が契約 で設定されるが,契約ではない。」(2)。また平成 18 年の改正前信託法(以下,「信 託法改正前」というのは,平成 18 年改正前信託法をいう)では,信託契約を財産の 処分があって初めて成立する要物契約とする見解も有力であったが,現行信託 法では,信託契約の締結だけで信託は有効に成立し,信託契約の締結によって 信託の効力が発生する(信託法 4 条 1 項)と規定されている。

 以下,信託行為のうち,信託契約を念頭において議論する。

2

.信託契約(信託行為)の無効・取消

 本件では主位的請求は,事実認定のレベルでいずれも認められなかったが,

信託契約すなわち信託設定行為自体が詐欺や錯誤その他の理由により無効・取 消しとなることがありうる。

1)学説

 信託法改正前の学説になるが,四宮説を紹介する(3)。改正前には信託行為は,

契約と遺言によるものの 2 つである。

 信託行為の無効・取消の効果は,詐害行為取消の場合を除き,無効・取消に 関する一般原則(民 119 条〜126 条)に従う。信託行為が無効か取り消されたと きは,信託財産は,委託者または相続人に復帰する。受託者に報酬を与える信 託行為が無効か取消となった場合に,受託者がすでに信託財産を管理したり固 有財産から租税を支払ったりしたときは,委託者に対し,事務管理に基づく請 求権のほか不当利得に基づく請求権を取得する。受益者が第三者である場合で も,受託者は,無効・取消の効果を受益者に対して対抗することができる(民 539 条参照)。すなわち,無効取消の一般原則に従うので,遡及効が認められる。

 それに対して,現行法における効果について,見解が分かれている。

131

(9)

①遡及効否定説(山田説)

 この点について,信託行為の無効・取消しの効果について,委任契約の解除 について遡及効を否定する民法 652 条の法意により,遡及効を否定すべきとす る見解がある(山田説)(4)。受託者と取引をした第三者(債権者)は,原則として,

受託者の固有財産だけはなく,信託財産も自己の債権の引き当てにできるとこ ろ,信託契約が遡及的に無効となった場合,信託財産に属する財産を引き当て にできなくなり,また,受託者は債権者に対して固有財産で責任を負い続ける ことになるからである。

 「信託行為の遡及的無効は,信託財産の清算を複雑にするばかりでなく,受 託者と取引を行った第三者に不測の損害を与え,ひいては信託制度に対する社 会的信頼を損なうことになりかねない。」そこで,無効・取消しの遡及的主張 が招く弊害を回避するための解釈論として,「信託行為が継続的法律関係であ る委任契約としての要素を有することに着目して,民法 620 条を準用する民法 652 条の法意を類推し,無効・取消しについても遡及効を否定して,将来に向 かってのみ効力が生じるものとする」(5)。その後は,遡及効が否定される結果,

信託が終了した場合と同様に信託法 175 条以下が適用されるとする。

②遡及効肯定説(道垣内説)

 遡及効否定説に対しては,「たしかに,受託者が詐欺・強迫における被欺罔 者であるときには,受託者を保護する必要があるが,錯誤においては,委託者 と受託者の帰責性を衡量する必要があるし,公序良俗違反を理由とする無効の 場合には,やはり遡及効を認めるべきである。受託者の保護については,債権 者に対する弁済に要する費用(受託者が受ける利益を控除する必要はある)等につ いて不法行為を理由とする損害賠償請求権を委託者に対して有する限りにおい て,受託者は,当該請求権を被担保債権として信託財産に属する財産について 留置権(民 295 条)を行使できると解することによって対処するのが適当であ ろう。」(6)として,原則として遡及効を認めつつ,受託者の保護については信託

(10)

財産に属する財産について,受託者に留置権を認めることで対処するとする見 解がある。

2)法人の規定

 信託財産は法人格をもたないが,信託と同様の機能を持つものとして比較の 対象となるのが,法人(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下,「一般 法人法」という),と会社法)の規定である。

 一般法人法において,一般社団法人の設立無効・取消しは,訴えをもっての み主張することができ,その訴えは,法人の成立から 2 年以内に提起しなけれ ばならない(一般法人法 264 条 1 項 1 号,267 条)。判決には対世効が認められ(同 273 条),判決の効力は,将来に向かってのみ生じる(同 274 条)とある。

 会社法 828 条 1 項,834 条,838 条,839 条,475 条 2 項も同様の規定がある。

 また,一般財団法人については,設立者は,一般財団法人の成立後は,錯誤,

詐欺または強迫を理由として財産の拠出の取消しをすることができない(改正 後一般法人法 165 条)。

3)検討

 立法論としては,法人の規定を参考にして,信託行為の無効・取消しについ て,一定程度制限する(訴えをもってのみ主張できる,期間制限,判決の効力,遡及 効制限等)としたり,一般財団法人の規定のように信託成立後は,錯誤,詐欺 または強迫を理由とする取消しをすることができないといったことも考えられ る。しかし,すでに指摘されているように(7),明文の規定なく,このような効 果を生じさせることは難しい。また立法論としても,信託行為において,そも そも取消しができないとしたり,遡及効を一律に制限したりということ自体の 当否が問題となる。

 山田説では,委任の規定を類推適用して遡及効を制限していた。信託と委任 133

(11)

が類似するのはその通りだが,継続するのは,信託契約の結果設定された信託 なので,委任契約が継続するのとは,この場合は異なる。まだ,法人の設立の 方が信託行為と信託の関係に近いし,さらにいえば,明文の規定がないという ことであれば,抵当権設定と抵当権の関係の方がより近いのではないか。

 ところで,信託行為が遡及的無効ということなった場合に,そもそも信託自 体がどうなるか。本件のような不動産信託の場合,不動産の所有権(信託財産)

が委託者(または相続人)に復帰し,そもそも受託者に移転しなかったことに なる。それでは,例えば不動産のための借入れなど信託のために受託者が第三 者と締結した契約はどうなるか。信託のためにした契約は,受託者自身がした ものとなるので,影響を受けず,有効なままだと解される。契約当事者の存在

(権利能力)そのものが問われることがない点が法人とは決定的に異なる。そ れゆえ,信託契約が無効となると,信託のためにした契約は有効だが,信託債 権者(第三者)の引き当て財産が,受託者の固有財産のみになり,他方,受託 者は,債務を負うが,それを自己の固有財産で負担しなければならないという 不都合が指摘されるわけである。そこで山田説のように遡及効が制限され,信 託の終了という処理がされると,それまでの債務は,原則は,元・信託財産で 処理されるということになると解される。

 本件は委託者が受託者に騙された,あるいは委託者が錯誤に陥ったと主張す る事例であった。詐欺取消しの主張が認められたとすれば,受託者を保護する 事案ではない。錯誤に関しては,少なくとも錯誤に陥ったとすれば,詐欺とま ではいかなくとも,本件では受託者からの情報提供に齟齬があった事例である。

また信託設定後,信託債権者が登場していたかは定かではないが,信託契約後,

時を置かずして,訴訟提起がされており,受託者が別件で連帯保証人となるこ とを断っているようなので,おそらく本件では債権者(第三者)が害されると いう状況でもなく,受託者および信託債権者(第三者)の保護を考える必要は なかったと解される。無効の遡及効を制限すべき事情は,少なくとも本件では

(12)

みあたらない。事実認定で詐欺取消しおよび錯誤無効は認められなかったが,

認めても信託契約上は特に問題のない事案であった。

 信託行為と信託そのものが区別されるということ,信託財産が法人格をもた ないという点で法人と区別されるということ,さらに信託自体は継続すること が予定されているが,信託行為自体は一回きりのものであるこということで,

委任契約といった継続が予定される契約とも区別されること,信託の性質(議 論はあるが,信託財産(の移転)が重要,物権的性質を重視する)も加味して考 えると,信託行為と信託は,抵当権設定行為と抵当権の関係に近いのではない か。信託契約そのものの無効・取消を認め,遡及効を認めること自体(本件で は事実認定で無効原因がなかったが)問題ないと解する。

3

.信託契約の債務不履行解除

 信託契約の無効・取消しが認められるということであれば,信託契約の債務 不履行解除も認められる。それは信託契約が契約の一種であるから当然である。

本件では,信託契約そのものの債務不履行と,別の契約(I信金による建築資金 の融資につきYが借入れの連帯保証人になるという本件当事者間の合意)の債務不履 行との密接関連性による解除と 2 通りの主張がされたが,どちらも否定されて いる。

1)学説

 信託改正前の四宮説(8)によると,信託行為が要件を具備すると,委託者(ま たは相続人)が受託者に信託財産を引き渡し公示方法を履践すべき義務が発生 するほか,信託財産を中心とする,いわゆる信託関係が発生する。受益者その 他の関係人が信託の効力を第三者に対抗するためには,原則として,財産権の 性質に従ってそれぞれ対抗要件を備えなければならない。

135

(13)

 基本的信託行為が行われて,その効力が発生すれば,たとえ処分行為が後に 留保された場合でも,撤回のなされない限り,委託者またはその相続人(遺言 の場合)は信託行為を完成すべき義務を負い,他方,信託契約当事者たる受託 者または遺言信託の受託者を引き受けた者は,委託者と協力して信託を成立さ せるべき義務を負う。したがって,委託者もしくは相続人または受託者が,信 託完成の義務を怠ったときは,一般原則によって債務不履行の効果を生ずるこ とになる,とされる(9)

 また,これと区別するものとして,信託違反すなわち信託目的に反する受託 者の行為・不行為には,受益者に対する給付義務の不履行と信託財産を侵害す る義務違反という 2 つの態様がある。受益者に対する給付義務の不履行の場合 には,受託者は民法の原則に従って受益者―場合によってはなお委託者あるいはそ の相続人―に対して債務不履行の責任を負う。信託財産自体の侵害の場合には,

信託法に特色ある規定がある。この信託法の規定が民法の規定に対して特別法 の関係に立つと解すべきである,なぜなら,信託財産自体が侵害される場合に は,受益者といえども―信託関係の存続するかぎり,信託行為所定の時期以外に給付 を受ける権利は原則としてないのだから―賠償の信託財産への編入を認める信託法 の規定に従って請求すべく,民法の原則に従って受益者に直接賠償することは 許されるべきではないからである,とする(10)

2)検討

 本件では,信託行為自体の債務不履行解除が問題とされていて,上記で説明 したとおり,信託行為自体の債務不履行も当然観念される。しかし,本件にお ける信託契約そのものの債務不履行解除という主張には多少の違和感を覚え る。信託契約の主要な債務としては,委託者が財産の一部を信託財産として受 託者に移転することだと解され,四宮説では,信託完成の義務とされているも のである。本件では,信託財産は受託者に移転しており,そういう意味での債

(14)

務不履行はない。これ以外に,安易に信託行為自体の債務不履行解除を認めて よいのかという疑問がある。

 本判決では,c新築計画の推進が本件信託契約の目的(内容)となっている とはいえないということで債務不履行解除が否定されているが,そもそも,c 新築計画の推進が契約の内容となっているとはどういうことか。信託行為には 条件を付けることが許されているので,受託者が連帯保証人になること(I信 金による建築資金の融資につきYが借入れの連帯保証人になるという本件当事者間の合 意)を信託契約の停止条件(または連帯保証人にならないことを解除条件)にする ことは可能だったかもしれない。しかし,c新築計画の推進というのは,設定 された信託の目的であるべきものだから,そこは信託契約とは明確に区別した うえで,信託自体の問題として扱うのが順当であろう。つまり,本件とは異な り,c新築計画の推進が本件信託契約の内容と認められたとしても,それはあ くまで設定された信託の目的であり,推進しないことを理由とする信託契約自 体の債務不履行解除は認められず,信託目的違反として扱うべきあり,信託法 上の規定で処理する問題であって,民法の債務不履行責任の問題ではない(つ まり,信託契約の解除はできない)のではないか。本件とは事実関係を異にし,

本判決もそもそも債務不履行の主張が前提を欠くとして,結論として債務不履 行解除を認めていないので,仮の議論ではあるが,信託設定行為が有効で,財 産も受託者に移転した状況では,信託完成義務以外の債務不履行解除という法 的構成を安易にとるべきではないであろう。それにより信託目的が不達成とな るなら,信託を終了させるべきであって,信託行為自体に無効取消し原因があ る場合とは別に議論すべきである。

137

(15)

4

.信託の終了

1)信託法 163 条 1 号に基づく終了

 信託契約の取消し,債務不履行解除が認められない場合の予備的請求として,

信託の終了が主張された。信託の終了事由はいくつか規定されているが,その 1 つとして信託の目的を達成したとき,または信託の目的を達成することがで きなくなったとき(信託法 163 条 1 号)がある。本件信託について,その目的を 達成することができなくなったとの事情は認められない,としている。

2)信託法 164 条 1 項に基づく終了 

 信託法 164 条 1 項によると,委託者及び受益者の合意でいつでも信託を終了 することができ,本件では,委託者兼受益者Xの意向で,任意の時期に信託を 終了させることができることになる。これは任意規定とされ,別段の定めがあ る場合は,そちらが優先する(本条 3 項)。本件では,本件信託契約 11 条「受 益者は,受託者との合意により,本件信託の内容を変更し,若しくは本件信託 を一部解除し,又は本件信託を終了することができる。」との規定が 164 条 3 項の信託行為に別段の定めがあるときにあたるとされ,受託者の合意がないの で,信託終了は認められなかった。

 信託終了について,本来は委託者兼受益者Xの意思で終了できるはずだが,

信託契約で受託者Yの同意が加重され,その受託者Yの同意は認定されなかっ た事例である。

3)残余財産の帰属主体

 気になるのは,信託の終了時点と財産の帰属主体である。本件信託契約では,

(16)

信託の終了について,「第 8 条本件信託は,次の事由によって終了する。①委 託者兼受益者であるXが死亡したとき。②本件信託財産が消滅したとき。」とし,

残余財産の帰属については,本件信託契約では,「第 15 条 本件信託終了後,

残余の信託財産については,受託者に帰属させる。」としている。信託終了原 因の 1 つが委託者兼受益者Xの死亡とされている点,残余財産の帰属主体が受 託者であるという点である。

 信託法 182 条に定める残余財産の帰属主体の第 1 順位は,信託行為において 残余財産の給付を内容とする受益債権に係る受益者(残余財産受益者)となるべ き者として指定された者,または,信託行為において残余財産の帰属すべき者

(帰属権利者)となるべき者として指定された者である(信託法 182 条 1 項 1 号お よび 2 号)。第 1 順位の残余財産受益者と帰属権利者の区別は,残余財産受益者 が信託終了事由の発生する前から受益者としての地位を有していて,受託者等 に対する監督権限等を有するのに対し,帰属権利者は,信託の清算期間中のみ 受益者とみなされる存在であって(信託法 183 条 6 項),それまでは何らの権利 も有しないという点である。残余財産受益者または帰属権利者の指定に関する 定めがない場合や,指定を受けた者すべてが権利放棄したときは,委託者また はその相続人その他の一般承継人が第 2 順位となる(信託法 182 条 2 項)。第 3 順位は,清算受託者(3 項)である。

 つまり,本来は,第 3 順位の受託者が,帰属権利者として指定されている。

本件信託は,委託者兼受益者Xの死亡によって,信託が終了し,信託の清算を 経た残余財産は,帰属権利者として二男・受託者Yに帰属することになる。受 託者Yは,Xの二男であり,推定相続人である。これは死因贈与契約に類似する。

5

.死因処分としての信託契約

 本件では,委託者兼受益者X死亡時に信託が終了し,信託終了後は受託者で 139

(17)

ある二男Yに不動産が帰属することになっている。これは,実際は,信託設定 により,二男Yに不動産を相続させるのに等しい(11)。これに関連して,死因処 分としての信託契約について検討する。

1)学説

 信託法改正前には,死因処分としての信託契約に関しては,特に撤回可能性 が問題となる,とされていた(12)。遺言の撤回の規定の類推適用があるかについ て,死因贈与については,遺贈に関する規定がその方式を除いて準用され(民 554 条,最判昭 32 年 5 月 21 日民集 11 巻 5 号 732 頁),贈与者はいつでもその贈与 を撤回することができると解されている(民 1022 条)。死因贈与と同じ契約で ある死因処分としての信託契約についても同様に遺言の撤回の規定が類推適用 されるということになる。

 それに対して四宮説は,死因処分としての信託契約も契約であることには変 わりがないので,遺言の撤回の規定の類推適用は否定すべきであろうとしてい た(13)。「終意処分については,贈与者の最終意思を尊重すべきであるという要 請と,「合意は拘束される」という近代法の要請とのいずれを優先させるべきか,

という問題である。」が,あえて後者を採りたいということであった。 

2)遺言代用信託

 現行信託法では,信託契約を利用するものとして,遺言代用信託(遺言代用 の信託ともいう)について規定がされている(信託法 90 条)。遺言代用信託とは,

「典型的には,委託者となる者がその財産を信託して,委託者生存中の受益者 を委託者自身とし,委託者死亡後の受益者を委託者の配偶者や子などを定める ことによって,自己の死亡後の財産の分配を信託によって実現しようとするも のであり,生前行為によって自己の死亡後における財産の分配を図るという点 において,死因贈与と類似する機能を有する」(14)ものである。民法上の遺言が

(18)

いつでも撤回できるのと合わせて,受益者変更権等が規定されている。委託者 は,信託行為において別段の定めをしない限り,原則として受益者を変更する 権利を有する。また,2 号に規定する,委託者の死亡の時以後に受益者が信託 財産に係る給付を受ける旨の定めのある信託の受益者については,信託行為に 別段の定めがない限り,委託者が死亡するまでは受益者としての権利を有しな いこととし(同条 2 項),委託者が信託を変更したり,終了させたりする場合に 原則として受益者の同意を得なければならない(信託法 149 条,第 164 条)とい う不都合を回避している。

 信託契約自体の撤回というよりは,委託者が受益者を死亡時まで任意に変更 できることで,契約でありながら,遺言の代わりになる,まさに遺言代用の信 託を認めたものである。遺言代用信託の設定はあくまで契約なので,信託契約 の撤回はみとめないが,信託の受益者を死亡時まで自由に変更できるという形 で立法がされたということができる。

3)検討

 本件では,委託者兼受益者Xの死亡時に信託が終了することとなっているの で,遺言代用信託ではないし,厳密には,死因処分としての信託契約ではない。

しかし,長男Bが死亡して,配偶者Aと二男Yが推定相続人であったところを,

委託者兼受益者Xは,相次いで姪Cと長男の嫁Dと養子縁組をして,推定相続 人を増やしている。これは死亡後の財産の行方につき考えて,CとDにも財産 を残そうとしていることは明らかである。それなのに,本件信託は,委託者死 亡により信託が終了し,信託財産の残余財産の帰属先は,推定相続人のうちの ひとり(法定相続分 6 分の 1)の二男・受託者Yである。これは,信託財産は,

受託者にすべて相続させるというのに等しく,信託終了後の財産の扱いは,ま さに二男Yへの死因贈与と同様である。信託財産であったもののほかにも委託 者Xには財産があるかもしれないので,あくまで推測の域をでないが,他の相

141

(19)

続人の遺留分を侵害して,二男が遺留分を請求される可能性は十分にある(15)。  遺言代用信託は,遺言の撤回と同じ機能を果たせるように,受益者変更権と いう形で規定されている。委託者兼受益者Xの死亡により信託が終了して,財 産が受託者Yに全部行くという信託は,死因処分としての信託契約ではないが,

死因処分を含む信託契約ということはいえるのではないか。そうなると,死亡 と同時に信託が終了するので,遺言代用信託では規律できないこういう信託は,

引き続き,撤回可能性が議論されるべきではないか。考え方としては,2 通り ある。

 1 つは,死因贈与契約に遺言の撤回の規定が準用されるように,死因処分を 含む信託契約に遺言の撤回の規定が類推適用され,信託契約自体の撤回も許さ れるという考え方である。もう 1 つは,現行信託法では,遺言代用信託が規定 されたことから,遺言代用信託の規定を類推適用するという考え方である。敷 衍すると,本件のような事例,すなわち,残余財産帰属権利者(所有者)として,

委託者の死亡により受益者以上の地位を受ける者に対しては,当然,受益者変 更権ならぬ残余帰属権利者変更権が委託者のみに留保されるとするものであ る。遺言代用信託の 90 条 1 項 1 号の信託は,残余財産帰属権利者に対応し,

90 条 1 項 2 号の信託は,残余財産受益者に対応する。

 90 条 1 項は,受益者変更権を任意規定とし,信託行為に別段の定めを認め ている。遺言の撤回と同趣旨の規定と考えれば,受益者変更権を遺言代用信託 で認めないと特約をすることは,その点を明示する必要があると考える。そう すると,一般的な信託の変更要件に関する特約,本件におけるような「第 11 条 受益者は,受託者との合意により,本件信託の内容を変更し,若しくは本 件信託を一部解除し,又は本件信託を終了することができる。」というような 特約では足りず,残余財産帰属者の変更権についての別個の特約が必要と解す ることができるであろう。

 遺言代用信託の規定があること,また信託そのものに問題があるというわけ

(20)

ではなく,信託終了後の帰属権利者(死因処分)に問題があることからすると,

死因処分を含む信託契約そのものの撤回よりも,遺言代用信託の規定を類推適 用(本件では,90 条 1 項 1 号の規定の類推適用)し,残余財産帰属権利者変更権の 委託者への留保という解釈論の方が,死因処分だけを実質変更できるので,よ りよいと解する。

6

.まとめ(私見)

 本判決の結論に賛成する。しかし,本判決では主張されなかった新たな解釈 の可能性を提案する。

1)受託者に有利な信託(民法 90 条違反)

 本件信託契約そのものについては,受託者にきわめて有利な契約が締結され ている印象を受ける。信託終了について,本来は委託者兼受益者Xの意思で終 了できるはずだが,受託者の合意も必要だと終了要件が加重されている。この 特約自体に問題はないが,本来は,受託者は信託報酬さえもらえればよいはず なので,信託の継続には利害をもっていない。

 さらに,残余財産の帰属権利者が受託者と指定されているというのも通常と は異なる。この特約自体も問題はないが,通常は,残余財産受益者,帰属権利 者の定めがなく,委託者・相続人もいない場合に最後に受託者という順番であ る。本件で受託者Yは,推定相続人でもある。また,委託者の死亡が信託の終 了原因の 1 つであるが,この特約は別段問題がない。

 しかし,問題がない 3 つの特約を合わせると,「撤回不能な遺言をしたのに 等しい」(16)状態になり,受託者Yが有利な信託ということになる。撤回不能な 遺言と等しいのであれば,脱法行為として,例えば民法 90 条違反で信託契約 の(一部)無効ということも考えられる。3 つの特約を合わせると問題である

143

(21)

ということなので,問題となる信託変更特約,信託終了特約と帰属権利者の 3 つの特約を無効とすることもありうるが,個別には問題がない特約なので,3 つとも無効にする必要もない。特約をどこまで無効とすることができるのか,

すべきかというのは考える必要がある。撤回不可能ということが問題であるな らば,信託変更特約のみを無効とすればよいと解する。

 信託終了後の清算段階の話についてもふれておく。信託法改正前の議論であ るが,「「帰属権利者」は,単独受益者を兼ねるに至った単独受託者を含まず(信 託成立の余地がない)」という見解がある(17)。現行信託法では,明文で,受託者 が単独受益者として信託の利益を享受することを認めた(信託法 8 条)。しかし,

信託の終了事由の 163 条 2 号の規定により,単独受益者として信託の利益を享 受できるのは,1 年未満の期間に限られることとしている。つまり,1 年間は 単独受託者兼単独受益者が認められる。

 信託財産の帰属権利者は,残余財産受益者とは異なり,信託の終了後にはじ めて受益者としての権利を有する(信託法 183 条 6 項)。本件信託では,信託終 了後の話であり,直接禁止されているわけではないものの,帰属権利者(単独 受益者)と単独受託者を兼ねる状況となり,違和感が残る。単に,信託終了時 点で(清算前に)信託財産の完全な所有者となっているということではある。

 委託者兼受益者が死亡したら信託が終了し,信託財産は受託者のものとなり,

受託者の同意がないと信託の終了や変更を許さない信託契約というのは,全体 としてみると,「もっぱら受託者の利益を図る目的」の信託といってよいかも しれない。少なくとも「かなり受託者の利益を図る目的の信託」であるとはい える。そういう信託契約をした委託者兼受益者にも問題はあるが,信託契約が 有効であるとしても,信託内容の変更が一切認められないというのはどうだろ うか。信託変更特約,信託終了特約と帰属権利者の 3 つの特約が合わさると問 題なわけだから,帰属権利者を委託者兼受益者が変更できる方向で,以下で調 整を試みたい。

(22)

2)死因処分を含む信託契約として,委託者に帰属権利者変更権を認める

 上記 5(3)で指摘したとおり,本件信託契約の実質は,死因処分を含む信託 契約である。死因処分を含むというのは,委託者兼受益者の死亡が信託の終了 原因の 1 つとされており,信託財産の帰属権利者が受託者と定められている点 である。もちろん信託の清算を経るので,委託者兼受益者の死亡時の信託財産 がそのまま受託者にいくわけではないが,委託者兼受益者の死亡を原因として,

信託財産が二男・受託者Yに贈与されるという死因贈与に近いものがある。

 XにはYのほかに推定相続人が 3 人いる状況で,受託者Yの合意がなければ 信託終了できず,Xが死んだら,信託財産はYに帰属するという,受託者寄り の信託で,少なくとも委託者兼受益者Xは信託契約を取り消そうとし,信託そ のものをやめたがっている。遺言や死因贈与なら問題なく撤回できるし,本来 ならば委託者・受益者の意思で信託を終了させることもできるのだが,本件信 託だと特約があるのでできない。

 委託者兼受益者Xとしては,受託者Yの合意がなければ信託終了できないと いう条項に自ら合意した点が失敗だったといえばそれまでだが,本件の信託契 約を死後の財産処分を含んだ信託契約,すなわち,死因処分を含む信託契約と してとらえなおすことで,いささか脱法じみた信託契約の調整が図れると解する。

 遺言代用信託が現行信託法で規定されたが,本件は遺言代用信託ではない。

なぜなら委託者の死亡によって信託が終了するからである。しかし,実は本件 信託は,遺言代用信託の亜種,発展形といえるものである。本件契約では,委 託者死亡後の受益者を子に定めるのではなく,委託者死亡により信託を終了さ せて,信託財産の残余財産帰属者として子を指定して,受益権をはるかに上回 る所有権を与えているからである。遺言代用信託で受益者変更権が委託者に留 保されるのであれば,本件信託では遺言代用信託の規定を類推適用して,残余 財産帰属者変更権が委託者に留保されるべきである。変更権留保を認めない特

145

(23)

約は,それ自体を明記すべきで,一般的な信託内容の変更特約では足りないと 解すべきである。本件信託契約では,その旨の別段の定めがなされていなかっ たとすれば,委託者兼受益者であるXには,信託財産の残余財産帰属者変更権 はなお留保されていると解すべきであろう。

3)受託者の変更

 信託法 58 条 1 項によると,委託者及び受益者は,いつでも,その合意により,

受託者を解任することができる。特約の有無が不明だが,特約がないものと仮 定する。上記(1)の公序良俗違反での信託変更特約無効や,(2)の残余財産帰 属者変更権が委託者に留保されるという解釈のほかに,信託契約(特約)自体 が有効であるという前提の下では,委託者兼受益者Xである受託者Yを解任し て,別の者(他の推定相続人等)を受託者に据えるという方法もありうる。

 以上,3 点のいずれかが認められれば,Xの意図するところを実現できるの ではないかと解する。

【付記】2020 年 1 月 22 日に開催された共同研究・民事法最新重要判例研究会 における報告をもとに,加筆,修正したものである。

( 1 ) 東京地裁平成 30 年 10 月 23 日(平成 29 年(ワ)第 25091 号)金法 2122 号 85 頁。

判例評釈として,山田健太郎「判批」金法 2129 号 46 頁(2020)がある。

( 2 ) 道垣内弘人『信託法(現代民法別巻)}』(2017 年,有斐閣)55 頁以下。

( 3 ) 四宮和夫『信託法(新版)(平成元年,有斐閣)156 頁以下。

( 4 ) 山田希「信託行為の無効・取消しに関する一考察」トラスト 60 編『基礎法理 からの信託分析』1 頁以下(トラスト 60,2013)13 頁以下。学説の紹介として前掲(注 2)道垣内 57 頁を参照。

( 5 ) 山田希「信託行為の無効・取消しに関する一考察」トラスト 60 編『基礎法理 からの信託分析』1 頁以下,14 頁(トラスト 60,2013)

(24)

( 6 ) 前掲(注 2)道垣内 57 頁

( 7 ) 前掲(注 2)山田希 14 頁。遡及効を制限する解釈論としては,信託の財団的性 質を重視する観点から,一般財団法人に関する規定の法意を類推するという解釈 論も一応考えられるが,一般財団法人については,一般財団法人の成立後は,委 託者が意思表示の瑕疵を理由として信託行為の無効等を主張することは認められ なくなるが,信託法に明確な根拠規定のないまま,表意者の無効・取消しの主張 にここまでの強い制限を課すことはできないとしている。

( 8 ) 前掲(注 3)四宮 156 頁

( 9 ) 前掲(注 3)四宮 157 頁。

(10) 前掲(注 3)四宮 278 頁。

(11) 前掲(注 1)山田健太郎「判批」49 頁では,本判決事案のような信託終了時の財 産の帰属先を特定の法定相続人に限定した遺言類似の内容の信託契約について,

別段の定めを設け,委託者兼受益者による信託の終了を制限する事案の場合,受 益者の保護ではなく,委託者兼受益者の心変わりを防ぎ,撤回の制限された遺言 を作成させる機能を事実上有することになるとしている。

(12) 前掲(注 3)四宮 156 頁。

(13) 前掲(注 3)四宮 156 頁。

(14) 寺本昌広『逐条解説新しい信託法(補訂版)(2008 年,商事法務)256 頁

(15) 前掲(注 1)山田健太郎「判批」50 頁に,信託不動産の処分を内容とする遺言と 信託契約の関係について記述があり,既に存在する遺言を撤回し,撤回不能な遺 言をしたのに等しい状態となること,また 51 頁に推定相続人のとりうる対応に ついても記載されている。

(16) 前掲(注 1)山田健太郎「判批」50 頁。

(17) 前掲(注 3)四宮 353 頁。

147

参照

関連したドキュメント

て民訴 248 条の適用対象事例とみることが可能であるとの指摘もある。④につ いては,立証軽減の要請が大きく,裁判例も談合事件をはじめこの類型が比較 的多い (東京高判平成 10

(4) 場屋営業者の責任につき,大判昭和3年6月 13 日新聞 2864 号6頁,大判昭和 17 年6月 29 日新聞 4787 号 13 頁。運送人の責任につき,大判大正 15 年2月

 株主が提訴請求の名宛人を誤った場合に関する判例として,東京地判平成4 年2月 13 日判時 1427 号

その他のタイトル Legal Issues Concerning the Application of the Administrative Procedure Act to Dispositions

その他のタイトル A Consideration on Restriction of Period of Right to Demand Compensation for Damages in Tort in Case of the Defects of the Ground or

内陸部工業生産額の増加と大規模な振興工業都市 の建設によって,都市人口の急激な増加をもたら した。表 1 に示しているように,第一次五ヶ年計 画期において,都市人口は,1953

つまり,人が長い人生において最も成長でき成 熟すべき時期(標準的には 18 歳から 22

他方,低迷する消費動向の中で 100 円ショップ