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雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law

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(1)

憲法の地方自治規定の射程に関する考察―射程を画 する「基軸」の抽出を中心に―

著者 吉田 勉, YOSHIDA Tsutomu

雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law

journal

巻 95

ページ 129‑234

発行年 2013‑08‑31

その他のタイトル Consideration about the range of the

constitutional local autonomy regulation―

Mainly on the extraction of the standard to describe a range in

URL http://hdl.handle.net/10723/1578

(2)

憲法の地方自治規定の射程に関する考察

――射程を画する「基軸」の抽出を中心に――

吉 田   勉

 目 次   《はじめに》

  Ⅰ 憲法規定の意義・趣旨と地方自治権の議論の整理    1 日本国憲法の地方自治規定の概観

   2 地方自治権の理論的根拠を巡る議論    3 「地方自治の本旨」論と問題の所在   Ⅱ  憲法及び地方自治制度の生成過程からの考察     〜射程の「発射台」を見極める試み    1 地方自治制度の創設の系譜    2 明治以降の自治制度の沿革    3 憲法第8章の成立過程

   4 地方自治制度の骨格部分をなす諸制度の系譜    5 憲法の射程の発射台モデルの定立

   6 憲法改正論議と地方自治法改正の流れ   Ⅲ 憲法及び地方自治法制の構造からの考察     〜射程の「基軸」を抽出する試み    1 憲法各規定と地方自治法制の全体構造    2 憲法の射程の基軸へのアプローチの考え方    3 「地方自治の本旨」の指向性から抽出する基軸

     〜「補完性の原理」とそれが要請する「自律性の確保」

   4 地方自治制度の仕組みに関わる観点から抽出する基軸      〜「熟議のプロセス」

  Ⅳ 憲法の射程の基軸を見据えた地方自治制度のとらえ方    1 基軸の全体構成

   2 地方自治の成熟に見合った地方自治制度設計のとらえ方

(3)

《はじめに》

 憲法の地方自治規定は,現実の自治制度に対して,何を想定し,あるいは要 請しているといえるのであろうか。そして,憲法を受けて,自治制度のあり方 を考える際の基本概念はどのようなところにおくべきなのであろうか。

 すなわち,憲法に基づき構築されるべき地方制度についての立法上の指針や 指導理念をどう把握するか,換言すれば,憲法の「射程」を描く「基軸」とな る考え方をどうとらえていくべきかということである。

日本国憲法が,明治憲法にはなかった地方自治規定を新たに1章創設して,

その 92 条には,「地方自治の本旨」という概念を持ち出し,全4条文からなる 規定を構成した。その後,60 有余年を超えてもその形は一切変えずに,その 附属法典として位置づけられる地方自治法を始めとした自治体(1)の組織・業務 関連法の制定・改廃を駆使して,一定程度,安定した制度運営を果たしてきて いるわけである。

 特に平成の時代に入り,地方自治法は地方分権改革を契機して,大幅な改正 が加えられてきているといえる。

 その一方で,憲法における中核的概念の「地方自治の本旨」は文言上,極め て抽象的であり,地方制度の改正の方向性や考え方を照らす基軸となるような 概念,あるいはその概念を形成する考え方が定立されているとは言い難い状況 にある。これには,憲法学における地方自治研究の関心の脆弱な側面(2)もあっ て,必ずしも,自治制度のあり方やその方向性を憲法と併せて見極める総合的 な研究成果の提示が十分にはなされてきていないことも一因にあろう。しかし ながら,現代日本の民主政治の礎としての役割を担い続けてきた憲法は,地方 自治の側面においても,それに携わる者すべてに対して,このような状況に甘 んじることなく,絶えず,憲法の地方自治規定の意味内容とそれが射程とする

(4)

領域について,正しく把握する作業を続けながら,立法政策に提言していくこ とを求め続けてきているものと思われる。

 本稿では,これらの問題意識から,地方制度運営・改正の営みの原理・根本 において,憲法が視野に入れる我が国の地方自治制度の領域を描いていく基本 的な考え方はどのようなものなのか,それはどう決していくのか,すなわち,

憲法の地方自治規定の射程とする地方制度のとらえ方について探求していく。

 憲法 96 条による憲法改正手続の緩和が国会で議論になり,憲法改正が現実 的なものとして認識されつつある昨今,改めて,現代的意義での「地方自治の 本旨」を踏まえた地方自治法制のあり方を模索し,議論を提供していくことは 意義深いものと考える。

Ⅰ 憲法規定の意義・趣旨と地方自治権の議論の整理

 まず,最初に,憲法の地方自治規定をめぐる議論や見解を整理して,問題の 所在を明らかにしていきたい。

1 日本国憲法の地方自治規定の概観

 日本国憲法では,「地方自治」に関して,第8章として,4条文を規定して いる。

 これら条文の解釈・運用に際して,ほぼ,定説となっているものを概括する と以下のように整理できる。

(1)92 条~「地方自治の本旨」により第8章の総則規定の位置づけ

 92 条は,地方自治の一般的原則として,この第8章全体の総則的意義を有 するとされる。自治体の組織と運営に関しては,「地方自治の本旨」に基づき,

「法律」で定めるとされている。「地方自治の本旨」とは,地方自治の概念が,

(5)

世界的な地方自治の潮流をめぐる諸説から,「住民自治」と「団体自治」の2 つの要素にあるとされ,それを追求し,実現することにあるとされる。

 「住民自治」は,地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主主義 的要素であり,「団体自治」は,地方自治が国から独立した法人格を持つ団体 に委ねられ,団体自らの意思と責任の下でなされるという自由主義的・地方分 権的要素であるとされる。

 したがって,法律で自治体そのものを廃止したりすることは違憲ということ になるとされる。また,単に,憲法が,法律に白紙委任しているわけではなく,

「地方自治の本旨」に基づき定めるというロジックに特徴があって,法律で定 めても「地方自治の本旨」によらない場合は違憲の法律ということになること,

換言すれば,憲法で定めた「地方自治の本旨」が国会を制約して地方自治を保 障しているということになる。もちろん,自治体の「組織及び運営に関する事 項」を定めるのは必ず法律によるべきで,政令その他国の行政命令で決めるこ とは許されないということも意味する。

≪第8章 地方自治≫

92条:地方自治の基本原則

   地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて,法律 でこれを定める。

93条:議会の設置、長、議員等の直接選挙

 ①地方公共団体には、法律の定めるところにより、議事機関として議会を設置する。

 ② 長、議員及び法律で定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これ を選挙する。

94条:地方公共団体の権能

   地方公共団体は,その財産を管理し、事務を処理し,及び行政を執行する権能を有 し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

95条:地方自治特別法

   一の地方公共団体に適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方 公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制 定することができない。

【図表1】日本国憲法第8章の構成

(6)

 別の見方をすれば,自治体の組織及び運営に関しては法律によりその骨格が つくられることになること,すなわち,自治体が自主的に組織のあり方を決め ることは基本的にできないかわりに,その法律は「地方自治の本旨」に反して はならないということを義務付けたものという解釈が成り立つ(3)

 このような意味で,国の法律の介入を認めたうえでその法律は「地方自治の 本旨」に基づかなければならないという点で難解な規定と評価されることも多 い(4)

 そして,「地方自治の本旨」が具体的にどのような意味を有するのか判別で きないと違憲の判断ができないということも課題とされることもあり,戦後一 貫して,改憲論議の際には重要なテーマとなるとともに,地方分権などの取組 みの際にはその都度,再評価,再検証される概念となっている。

(2)93 条~住民による直接選挙による二元代表制と間接民主制を規定  次に,93 条では,1項で,議事機関として議会を置くとして,自治体の終 局的な意思決定を議会に求めつつ,その2項では,長と議員その他の吏員を住 民が直接選挙して自治体の組織を構成すると規定することにより,本条は「住 民自治」の実現に不可欠な規定と位置付けられている。

 これは,住民から直接選挙により選出された議員からなる議会による議事機 関と,同様に選出された長を執行機関として,これら「二元代表」による自治 体運営,すなわち,間接民主制を地方行政の基本にしたものとされている。つ まり,新憲法制定当時,当然の理解として長は執行機関として位置づけられて いたわけであって,それらの職を明確に直接選挙によることに眼目がおかれた にしても,この規定が憲法により自治体の組織と意思決定の基本を「二元代表 制」においていることは自明といえる。

 一方で,憲法で一律に自治体の組織を規定してしまうことについての疑問も 指摘されることがあり,これについては,「自治体の組織の多様化を妨げてい

(7)

る面があるが,総司令部の占領政策において,官選知事を廃止し,知事公選制 を実現することが日本の民主化のための重要政策とされたこともあり,日本国 憲法は,自治体の組織の多様性の要請よりも,民主的構造の保障を重視した」(5) との見方がなされることが多い。

 また,この規定の一方で,地方自治法には,町村総会と直接請求制度(国政 レベルにはみられない条例の制定改廃請求,リコール等)などの直接民主制的制度 も規定されており,これらをどう理解していくかも自治制度の成り立ちをみる うえで重要であり,後ほど検討する。

(3)94 条~自治体の幅広い権能を規定 

 94 条では,自治体の権能として,財産管理(取得,利用,処分)と事務の処 理の主体となり,「及び行政を執行する」としたことは,一般サービスに加えて,

権力的・統治的作用を行なうことを明確にしたものとされる。そして,「法律 の範囲内で条例を制定することができる」とし,法律の明示的な委任がなくて も独自に条例という法令を制定できることと併せて,条例は法律に違反するこ とができないという限界も規定している。

 このように,94 条が自治体に対して,積極的に権限付与機能という積極的 な側面を有しているのに比較して,先にみた 92 条は,国家権力の自治体に対 する介入が問題となるときに「地方自治の本旨」により防御機能を持つ(6)と解 されることもある。

(4)95 条~地方自治特別法

 95 条は,上記の3条文とは,性格を異にし,法律の具体的な制定手続規定 となっている。個別の地域に関する特別立法が多く制定され,地方自治が侵害 されたという米国の独特の歴史的経緯を前提に作られた規定とされている。す なわち,州議会による過剰・不当な干渉から自治体を保護するための規定が州

(8)

憲法に設けられており,日本においても国会がそのような干渉を行なう際には,

当該自治体の住民による投票によって過半数の同意を必要とする規定が取り入 れられてたわけである。

 実際には,この規定に基づき制定された地方自治特別法は,広島平和記念都 市建設法,長崎国際文他都市建設法など適用対象となる自治体の固有名が明示 されている法律が住民投票を経て制定されているが,戦後間もなくの時期であ り,その後,現在に至るまでまったくといっていいほどその例はない。

 その意味で,改憲論議の際には,その使命は終わり,廃止すべきという意見 も少ながらずみられるところである。

 しかしながら,この規定は,国会が唯一の立法機関であるとした憲法 41 条 の例外的な規定としても解釈可能であり,その点で,憲法が地方自治保障全体 に関する重大な概念をこの規定においていると考える証左を与えるような機能 を有しているとされることもある。

(5)第8章全体の構成

 以上の4条中で,92 条は,「地方自治の本旨」に基づく地方自治の尊重を保 障しているという意義を持ち,第8章全体の総則として,また,93 条以下の 3カ条の指針としての役割を持つとされるという見方が一般的である。

 すなわち,「地方自治の本旨」の規範内容の最小限度のものが3カ条に具体 化されていること,解釈に当たっては常に 92 条を指導原理とすべきとする考 え方である。

 そして,3カ条を下支えし,また,3カ条がカバーしきれていない「地方自 治の本旨」の具体化を補充するといった二重の機能を 92 条に見出し,憲法 13 条が憲法全体の人権保障の総則的規定を持つとされることと同様な意義を有す るという考え方(7)もある。

(9)

2 地方自治権の理論的根拠を巡る議論

 以上みたように,地方自治の内容は,「住民自治」と「団体自治」とに構成 され,それを実現するのが憲法 92 条に規定する「地方自治の本旨」であると いうのが定説であるが,その地方自治規定がどのようなところを根拠に生みだ されているのか,すなわち,地方自治権が何から由来していのか,理論的根拠 は何かという点も,地方自治論議の重要な論点となっている。

 「地方自治の本旨」の意味内容やその法的な意義をどう見いだすかというこ とは,自治権が何から由来すると考えるのかと密接に連動していると思われる わけであるが、これについては,「固有権説」と「伝来説」の対立を軸に,「伝 来説」を憲法的意義に発展させた「憲法伝来説」,そして,その論理的矛盾を 批判した「新固有権説」などが代表的なものである。

 現在の有力説は,「憲法伝来説」(制度的保障の一類型)にあり,それに基づく,

最もオーソドックスな考え方は次のようなものに代表することができる。

 憲法 92 条が,「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本 旨に基づいて法律でこれを定める」として法律に留保しているとはいえ,地方 自治制度の本質的内容を侵すことは許されない,すなわち,国民は憲法を通じ て,統治権力を中央と地方に分割して,立憲民主主義の観点からそれぞれにふ さわしい権力を配分したとみる考え方(8)である。

 しかしながら,この定説とされる「憲法伝来説」であっても,例えば,永ら く自治体の業務執行を中央政府の監督下に位置づけてきた機関委任事務制度の 論拠が,「地方自治の本旨」により法律が定めてきた事項に該当するこになっ てしまうなど,その不明確性とあいまって制度的保障説には実定法からくる限 界があるという見方も存する。

 そのため,地方自治強化論者のなかから出されている,基本的人権の内容と して適切な統治を国家に請求する権利を有するとする「新固有権説」も一定の

(10)

意義・趣旨 論 拠 等 疑問・批判

固有権説

 自治権は、自治体に本 来的に存する固有・不可

侵の権利 前国家的権利で国の立 法といえども濫りに制限 できない

地方自治、住民共同体が 近代国家の確定前から存 続していたという歴史的 沿革に沿う

国家によって濫りに制限・

剥奪されることを阻む理 論的根拠

近代国家における単一・

不可分の主権との関係で

調整困難欧米でも人権と異なり自 然権として根付いている 状況にない

92 条の地方自治の組織・

運営は法律で定めるとさ れていることと矛盾

(承認説)伝来説

 近代国家では主権、権 力は国家に統合される

 すべての権力は国家に 帰属し,自治権も国家主 権の一部として国家の意 思に基づき自治体に移譲 されたもの

 自治権は国の統治権に 由来。国家主権の一部が 自治体に移譲され、地方 自治は国家によって付与 されたもの

地方の事務は国家の事務 との関係で生じるもので あり、国の統治機構のな かで地方自治が生ぜざる を得ない

自治権はすべて国の立法 政策に委ねられてしまう

92 条が「地方自治の本旨」

をうたい、地方自治の本 質を国が侵害してはなら ないとすることに矛盾

憲法伝来説

(制度的保障説)

 日本国憲法は、伝来説 によりつつも、「地方自治 の本旨」に基づく地方制 度の形成を強く要求して おり、自治権は、国家主 権に由来するとしても、

地方制度のあり方は憲法 により枠づけられている

憲法以前に自然権として 存在するものではないの で固有権説を否定(憲法 改正によっては自治制度 は廃止可能)

法律によって地方自治の 本質的内容を否定するこ

とは違憲形式的には伝来説に理論 的根拠(自治法も憲法に より国法秩序に位置づけ)

国の立法権も憲法上の制 約を受ける

憲法によって制度的保障 が与えられている本質的 内容(地方自治の本旨)

が明確でない

憲法によって地方自治を 否定する可能性があるこ とになる(「地方自治の本 旨」が不明確であること もその一因)

憲法の変えてはならない 基本原則に地方自治権が あるかどうか明確でない

新固有権説

 団 体 自 治 を 自 然 法 に よって根拠づけるもので なく、日本国憲法の定め る国民主権原理と基本的 人権保障の規定を根拠に 団体自治の根拠を再構成

 基本的人権の保障は個 人の自己決定権の保障を 意味するが、それと同様 に、自治体も団体基本権 を保障されているとみる

べき 憲法伝来説によっては 自治制度の変容・否定が 可能、まずもって、国法 の裁量により憲法の解釈 が自由になることを制約 する意義

住民が自己に最も身近な 地域社会を基礎に自治体 を形成し、共同事務の処 理を通じて、自らの自由 と権利を守り、伸張する のは人間の基本的人権に 属しており、憲法の保障 する「幸福追求権」「自己 決定権」(13 条)の重要

な一部地方自治は人民主権の実 現のための近代国家の中 核 概 念 で あ り、 憲 法 を もっても廃止できないと する考え

基本的な人権と同様だと すると、国家が介入でき ない「自治体固有の事務」

が何かを確定する作業が 必要となり、結局は制度 的保障説と同根の課題を 抱えることになる

前国家的な自治体の固有 権の実証性が十分に説明 されていないとの批判も されることがある

【図表2】地方自治権の所在に関する学説の整理

(11)

説得力を持っているところである。自治権の所在を歴史に認めるのではなく,

人権保障や国民主権の憲法原理に見出そうとするところが固有権説とは異なる ものである。しかしながら,新固有権説は,制度的保障説の課題であるところ の「地方自治の本旨」は何か,自治制度の本質的内容は何かが明確でないと同 じ意味で,国家介入できない「自治体の固有の領域」とは何かを憲法原理から 解釈し確立させるのは難しいという課題を有しており,両者に大きな差異はな いと考えるのが一般的な考えとなっている。ただし,新固有権説を取る立場の 論者が指向する民主制の形に対する切り口や観点が制度的保障説をはじめとし た従来の立場とは大きく異なる部分もあり,その結果,地方自治制度のあり方 に関する結論を大きく異ならせる場合もあるので,本稿でも重要な考え方とし てとらえていくこととしたい。

3 「地方自治の本旨」論と問題の所在

(1)総説

 92 条について,憲法の地方自治規定中の総則的な地位を裏付ける文言であ る「地方自治の本旨」の具体的な意味やその範疇を憲法自体は全くといってい いほど,明らかにしていないが,その内容を「住民自治」と「団体自治」の実 現に求めることに異論は見当たらない。団体自治は住民自治を実現する手段と してとらえることもできるし,憲法が地方自治を保障しているのは,この「住 民自治」「団体自治」の基本原則を侵してはならないということだと理解され ている。

 しかしながら,現実に,共通認識が確定しているといえるのはこのレベルま でであって,その意義や法的な効果については,論者ごとにその強調する側面 が相当程度に異なっている状況にある。

 「地方自治」の内容のとらえ方についても,「住民自治」「団体自治」ととら えるだけでは,いまだ一般的・抽象的の域を出ず,その具体的な内容は 93 条

(12)

から 95 条に明示しているところと法律による個別の定めを検討することに よって得られるという見解(9)もある。

 以下では,「地方自治の本旨」をめぐって,それにどのような意義や効果を 認め,位置づけようとしているのかについての議論を抽出して,本稿が取り組 むべき意義を整理する。

(2)法的意義とその効果をめぐる議論

 原田は,憲法が地方自治を保障した意義は大きいとし,「自治体の組織・運 営は,「地方自治の本旨」に基づくとされ,国の立法権でも奪い得ないものと された」「「地方自治の本旨」は,自治権を不当な侵害から防御する「法規概念」

であるとともに,地方制度とその運用に目標を与え,これを誘導する「指標概 念」である」(10)ともしている。

 また,松本は,「「地方自治の本旨」に適合しない法律(地方自治制度の実体的 内容を破壊し,その本質的要素を奪うような法律)は,憲法違反ということになる」(11) とし,小林は,「裁判的保障機能を持ち,それに違反する法令を排除する違憲 審査基準としての役割を持つ」(12)とし,法規範としての意義を有すると主張し ている。

 「地方自治の本旨」(あるいはそれにより守られる「自治権」)をもとに,自治体 が国に対して出訴できるか,個々の住民の出訴の根拠となるかについては,議 論のあるところである。

 地方分権一括法により創設された国地方係争処理手続以外に,自治体の抗告 訴訟の許容性については消極的な見解が提示されることがあるが,「国の監督 権の違法な行使は,自治体たる法人が国に対して有する自治権の侵害にあたる のであって,憲法の地方自治の保障の充実からすると,これに対して自治体は 裁判所に救済を求めることができ,行政事件訴訟法の抗告訴訟に該当するので はないか」(13)とする考え方もある。

(13)

 また,住民が「地方自治の本旨」に反する法令について出訴する根拠となる かどうかについては,「地方自治の本旨」が侵害されれば,その中心的一内容 である住民の生存権が脅かされるととらえ,このような間接的権利侵害も出訴 要件を満たすと構成すべきではないかとの見解(14)も存する。

 しかしながら,実際の裁判例においては,「憲法 92 条以下の規定は自治体に 対して一定の自治権能を付与しているといえるが,人権のように国家から侵害 されないものとして実体的な権利として保障していると解することはできな い」(15)などと判示されることが一般的である。

 また,「今日では地方自治の本旨に基づかない法律は,理論的に憲法違反と なる。けれども国会の裁量権の限界を超え,あるいは地方自治の本旨に反して 立法が濫用される場合に限って,違憲となるのであり,その他の場合には法律 に合憲性の推定がある」(16)との見解も相変わらず有力でこれを明らかに否定す る明確な論調はないのが現況である。

(3)地方自治の本旨により制定されるべき法律

 「地方自治の本旨」に基づいて制定されなけれならない法律の対象「自治体 の組織と運営に関する事項」とは何であろうか。

 基本的には,地方自治法を中心とした自治体の組織・運営に関する骨格を定 める法律というのが定説であり,現在のところ,地方自治法を中心として,地 方財政法,地方公務員法等の地方自治関係の一般法であるとされている。

 一方で,「地方自治に関する法律は地方自治の本旨に基づかなければならな い」として,幅広く行政作用法の分野においても法律と条例との間の衝突が生 じたときは,「法律の先占論」ならぬ,「憲法の先占論」(「『地方自治の本旨』の 先占論)が働かなければならないと主張する意見もある。例えば公害問題にお ける条例の上乗せ基準の適法性を論じる際には,人権保障(この場合は住民の健 康の保持)を内実とする「地方自治の本旨」に適合的であるかどうかでその優

(14)

劣を決すべきという思考方法が正当であるという考え方(17)などであり,「新固 有権説」の立場から主張されるものである。しかしながら,このような考え方 に基づき,自治体が直面する法令全体すなわち自治体業務関係法(行政作用法)

にまで「地方自治の本旨」によりダイレクトに違憲立法審査がなされるという のは,実務面はもとより解釈論としても若干に飛躍的な論調に思われる。

 結局のところ,憲法がダイレクトに対象とする法律は,まさに「組織と運営」

に関するものが主となるものであり,個別の業務関係法に基づく具体の政策・

行政領域については,憲法に基づき法律が規定する国と地方の事務配分の原則 等の規定を通じて「地方自治の本旨」が実現されるものと解するのが妥当では なかろうか。

(4)国の立法権への「地方自治の本旨」の制約の仕方

 以上の整理から,基本的には「国の立法権も『地方自治の本旨』に服する」

ことになるわけであるが,具体的にどの範囲までを制約すると考えるべきであ ろうか。

 まず,自治体の「組織運営」全般に国法が網をかぶせることは不可能ではな いが,それには繰り返し述べてきたように「地方自治の本旨」に基づかなけれ ばならないという限界が憲法上存在することは間違いない。

 一方で,国が法律で自治体に関係する事務を国の事務としたり,法定受託事 務に加えたりすることは無条件に可能であろうか。すなわち,地方行政の本質 的要素をなす地域的事務であっても自由に国の事務として吸い上げ,自治体の 権限から除外することなど,国と地方の事務配分には「地方自治の本旨」はど のように関わるのであろうか。

 憲法に地方自治規定のない明治憲法の時代は,可能かつ妥当であったかもし れないが,憲法が「地方自治の本旨」に基づく地方行政の「運営」を保障して いる以上,すべて国法が自治体の事務を国の事務としたり,法定受託事務とし

(15)

たりすることを無条件に許されてはいないはずとする見解(18)は説得力を持つ であろう。

 また,憲法の地方自治の保障は,自治体が自主的に処理すべき一定の行政領 域を「固有の自治事務」として自治体に留保しており,その領域には法律とい えども濫りに侵奪することはできないと主張する考え方,すなわち,「新固有 権説」の立場が唱える「固有の自治事務論」の見解もある。さきほどの環境分 野などについては住民の健康な生活環境の保持ということでなじみやすいとさ れている。

 しかしながら,これについても先に述べたように,その領域の画定は難しい 問題であって,環境の保全がなぜ条例の優先的領域になるのか,その範囲はど のようなのか必ずしも明確ではなく裁判規範にはなじみにくい(19)と考えるの が多数説といえよう。

(5)「地方自治の本旨」に基づく射程の基軸を追究する意義

 以上のように,やや観念的な議論が主流を占めざるを得ないというのが,92 条の解釈論・運用論であり,様々な論点に関し幅広く,分かれる見解を有する という特徴もある。それゆえ,その射程の範囲を画する基軸,すなわち,地方 制度の創設上の指導理念を定め,憲法の射程論を総合的な観点から構築してい く必要性が強く認識されるのである。

 そうしたなか,92 条の対象とする領域とその捉え方について,塩野は,「92 条において,法律は地方自治の本旨に基づくものであるべきであるから,地方 自治を制約することは本来認められないはずである」としたうえで,92 条で 想定される法律の領域としては「(国と地方の)事務配分に関する定めのような 当然存在しなければならない法律」,さらには,「「自治体の内部組織」のうち 地方自治の本旨を実現する意味から必要とされる基本的枠組みを示す法律」の 2つをあげている(20)

(16)

 そして,本来,自治体の意思決定は住民の意思に全てを委ねることが地方自 治の本旨に合致したことになるが,憲法自体が,議会の設置,議員と長の公選 制等を定めるなど,住民自治に関する部分を規律していることから,我が国の 地方制度の発展段階に鑑み,なお,住民自治確保のため,国の立法者が一定程 度,介入することを憲法自身が認めていると解することができるとしている。

 これらは,本稿が探求しようとする本質に接近する極めて重要な指摘であり,

検討のアプローチにも直接関係するものである。すなわち,住民の意思決定に 委ねることを指向するものが「地方自治の本旨」であるとすれば,その意思決 定の仕組みとして憲法が間接民主制を直接規定していることの意義はどこにあ るのか,そして,このことを追究することが,憲法の射程とする地方自治制度 を構築するための基軸を明らかにすることにあるのではないかと思われる。

 「地方自治の本旨」の概念は,社会の情勢や地方制度の発展段階に応じて,

左右される可能性の高く,固定的なものではない性格を持つことは,塩野ほか 多くの論者が指摘するところではある。そして,そのことから憲法の地方自治 規定の射程とする領域も変容していくものであろうが,それを描く「基軸」と なる概念は,射程の変容よりは相対的には一定の普遍性をもって,存在するの ではないか,また,存在してしかるべきではないかと思われる。これについて 地方自治規定のその成り立ちやその後の議論を踏まえて,その規範的意味やそ こから抽出されるべき指導概念を可能な限り明らかにしていくことが本稿の中 心的課題である。

Ⅱ 憲法及び地方自治制度の生成過程からの考察

  ~射程の「発射台」を見極める試み

 さて,憲法の規定する第8章と,その中核たる「地方自治の本旨」概念を整 理したが,次に,その生成過程を検証していくことにより憲法の地方自治規定

(17)

の意義を理解していくことが本稿前半の作業となる。

 「日本国憲法」の地方自治規定の成り立ちをみることは,その「射程」を描 くいわば「発射台」について,それがどう構築されたのかを把握することにな るものであり,それを追究することが「射程」の「基軸」を見極めることにつ ながるものである。また,この「発射台」の把握に当っては,憲法の4条文の みならず,同時期にそれらと合わせて制定された地方自治法制の法律内容を併 せてみていくことが肝要である。つまり,「地方自治の本旨」の具体的な内容 は 93 条から 95 条に明示しているところと法律による個別の定めを検討するこ とによって得られるとする伊藤の見解(21)に基づく接近法を取りたいと思う。

1 地方自治制度の創設の系譜

 第二次世界大戦で日本が連合軍側のポツダム宣言を受諾し,無条件降伏によ り戦後が始まったわけであるが,それはとりもなおさず新しい憲法制定のス タートということになる。

 一方で,新憲法の施行(昭和 22 年(1947)5月)と前後して,①東京都制,

府県制,市制及び町村制の改正(昭和 21 年(1946)10 月)とこれらを統合した 形で②地方自治法の制定(昭和 22 年(1947)5月)とその直後の2度にわたる 同法改正(昭和 22 年〜23 年(1947〜48))が行われており,それが現代に続くま での地方制度法制の原型を形づくっているといえる。先に述べたように,戦後 の地方制度の始まりは,憲法の4条文の制定に加えて,これらの①,②の制度 改正を一覧でみて,構築された形を評価できるものといえる。①を戦後の第1 次地方制度改革,②のうち,地方自治法制定を第2次,その直後の2度の改正 を第3次,第4次と呼ぶこともあるぐらいである。

 そして,連合軍側の総司令部の強い要請により新憲法が形づくられていると いうことも事実であろうが,戦前の明治以来の我が国の地方自治制度の流れを 新憲法が遮断して新たな自治制度を組み立てたとみるべきか,あるいは,従来

(18)

の制度を取り組む形で発展したのか,また,両者の間のどのあたりに位置する ことになるのかということも検討しなければならない。

 その意味で,終戦直後の制度制定改廃の一時点を見るのではなくて,明治以 来の地方自治の形が新憲法制定を機にどのように変容し,形づくられたかとい う大きな流れの視点からも考察を加えていきたい。

 新憲法制定過程を中心に従来の自治制度の流れも併せて,年表的にまとめ る(22)と【図表 3】のようになる。特に新憲法制定過程の年代は詳細な記載とし ている。

《戦前》

明治4年(1871 年)

◇戸籍法制定 全国に区設置(行政区域)、戸長・副戸長配置

◇ 廃藩置県  全国の3府 302 県を設置 

◇府県官制制定 府県に知事(その後、県は県令)を置く 明治 11 年(1878 年)

◇三新法制定(郡区町村編制法・府県会規則・地方税規則)

・ 府県の下に、郡と区町村を設置。郡長・区長・(町村に)戸長を配置(区長は知事 等が任命)

・ 府県に公選議員からなる府県会を設置(地租5円以上の納税者による直接選挙)、

府県会に予算審議権付与

・ 府県会の論説が安寧侵害・法規違反のときは、知事等は、内務卿に報告し、内務 卿は府県会解散命令可

・3種の地方税とこれにより支弁するべき 12 の経費設定、会計手続を規定 明治 13 年(1880 年)

◇区町村会法制定

・ 区町村に公選議員からなる区町村会を設け、公共に関する事件その経費の支出等 の議決権を付与

・ 区長又は戸長が区町村会の評決を不適当と認めるときは、その施行を止めて知事 等の指揮に従う

・ 知事等が区町村会に違法の事実を認めたときはこれ中止し、又は解散・改選が可 明治 14 年(1881 年)

◇府県会規則改正

・府県会の議決が適切でないときは、知事等は再議に付すことが可

【図表3】我が国の近代的地方自治制度の系譜

(19)

・ 府県会が法律上議定すべき事案を議定しないときは、知事等が内務卿の認可を得 て原案執行

明治 19 年(1886 年)

◇地方官制制定 府知事・県令の名称を知事に統一 明治 21 年(1888 年)

◇市制・町村制制定〜自治制度の骨格の構築

・ 市と町村を基礎的自治体として法人格を付与 

・市は府県に包摂、町村は郡に包摂、郡は府県に包摂

〈議事機関〉 市町村会(公民の等級選挙制に基づく公選議員)

      ・市町村に関する一切の事件・委任事件を議決       ※公民=男子、納税者、一戸の家主、満 25 歳以上等

        等級選挙制=納税額による選挙人層を区分し、票の重みを付けるもの

〈執行機関〉 市=市長・市参事会(市長・助役・名誉職会員) 町村=町村長

〈選任〉 市長=市会推薦の候補者(3人)から内務大臣選任 町村長=町村会で選 挙し、府県知事の認可

・ 必要事務(主として機関委任事務)と随意事務を処理すること  

・条例・規則の制定権付与

・必要事務には知事等の強制予算権限

・市町村会が予算を議決しない場合は府県参事会又は郡参事会が代議決

・ 内務大臣の市町村条例の設定変更権、市町村議会解散権、市町村の違法・越権・

不当議決に対する修正権 明治 22 年(1889 年)

◇大日本帝国憲法制定・公布(2月)

明治 23 年(1890 年)

◇府県制・郡制制定〜府県会の権限強化の一方で知事の府県会コントロール規定

〈議決機関〉府県会(府県内の郡市の複選制選挙による名誉職議員)

      ・予算決定、決算報告認定の議決権付与

       副議決機関:府県参事会(知事・高等官・名誉職会員)

      ・府県会の委任事項・急施事件の議決

〈執行機関〉 知事(国機関)

      ・府県会・府県参事会議決の執行       ・参事会未成立又は緊急の際の専決処分

      ・ 府県会の議決が公益を害するときは執行停止、再議可(再議決のと きは内務大臣の指揮)

      ・ 府県会が行政上必要な経費を否決又は議決しない場合は、内務大臣 の指揮のもと専決処分

 ※ 郡制→議事機関は、郡会(町村会選出議員(複選制)と高額納税者互選議員)

と郡参事会(郡長、名誉職参事会員)。執行機関は郡長

(20)

◇第1回帝国議会開会(11 月)

明治 32 年(1899 年)

◇ 府県制、郡制全文改正〜府県の自治強化の一方で知事権限強化による中央集権体 制の確立

・ 府県を法人と明定 官の監督を受け、法律命令の範囲内で公共事務・委任事務を 処理

・ 府県会は、複選制廃止、各選挙区からの選出議員で構成(直接国税3円以上の納 税者による直接選挙)

・ 府県知事の権限強化(府県の統括代表者、担任事務の概要を規定、補助執行・委任・

代理規定を整備)

・財務規定の整備拡充

・ 郡会議員の複選制・高額納税者議員制廃止 明治 44 年(1911 年)

◇市制、町村制改正〜町村長の権限強化

・町村の代表者がこれまでの町村会から町村長へ移行を明記

・専決処分の権限移行

 〈市〉府県知事から市参事会へ〈町村〉郡の参事会から郡長の指揮を受けて町村長へ

・ 市町村が国の機関委任事務を執行しない場合の郡長等による代執行規定が創設 大正 10 年(1921 年)

◇郡制廃止→地方公共団体を二層制 大正 15 年(1926 年)

◇府県制、市制、町村制等改正

・市町村会議員、道府県会議員の普通選挙制導入

・ 市町村長は、市町村会での選挙により選任 

・選任時の内務大臣裁可・府県知事の認可廃止 昭和4年(1929 年)

◇府県制、市制、町村制等改正〜自治権の範囲拡張、国の行政監督を緩和

・府県に(市町村同様)条例・規則制定権を付与

・内務大臣の府県予算削減権の廃止、内務大臣の要許可事項の範囲の縮小

・ 議員の議案(予算以外)の発案権付与、府県会における議員の招集請求権付与(定 数1/3以上)

・知事、市町村長の原案執行権の制限、知事の府県会の停止権限の廃止 昭和 18 年(1943 年)

◇府県制、市制、町村制等改正 東京都制、東京都官制制定〜戦時体制へ

・国政事務の委任方式の簡素化(国策の推進)

・ 市長は市会の推薦を受けて内務大臣の選任、町村長は町村会選挙で府県知事認可 等の方式を復活

・町内会、・部落会を市町村長の支配下に制度化

(21)

・市町村への事務委任根拠を法律から命令まで拡大

・ 東京府・東京市・区を廃し、東京都設置。旧東京市の区域に法人格を有する区を 設置。都の長は都長官。

《戦後》 ○:新憲法制定関係 ★:地方自治法(地方制度改革)関係 昭和 20 年(1945 年)

  8月15日 無条件降伏、ポツダム宣言受諾

 10 月4日 ○ マッカーサー総司令部最高司令官が近衛文麿国務大臣に憲法改正の 必要性を示唆

       ○ これをもとに近衛大臣と佐々木惣一が内大臣御用掛に任命、憲法改 正を検討開始

 10 月9日  幣原喜重郎首班内閣発足(東久邇宮総理辞任に伴う)〜21 年5月 22 日

 10 月9日 ○ マッカーサーが幣原総理に憲法改正を指示(明治憲法を自由主義化 すべき)

 10 月25日 ○憲法問題調査会設置(松本国務大臣が委員長)

昭和 21 年(1946 年)

  2月1日 ○ 政府が憲法改正の要旨を総司令部に提出(憲法問題調査委員会の検 討を踏まえ)

       →①天皇の統治権総攬原則、②地方自治規定の不存在等

  2月3日 ○ 政府内容に不満だった、マッカーサーが総司令部が草案を作成する ことで民政局に指示

 2月13 日 ○マッカーサー草案提示

      ・天皇象徴制、国民主権、戦争放棄、地方自治規定   3月6日 ○憲法改正草案要綱決定(閣議)

 4月10 日 戦後初の総選挙(女性参政権、20 歳以上の男女による普通選挙)

 4月17 日 ○憲法改正草案(内閣草案)決定

 5月22 日 吉田茂首班内閣(第1次)発足〜22 年5月 24 日

 6月20 日 ○ 憲法改正案が帝国議会衆議院に提出、以後、衆議院・貴族院で審議・

修正等

 10 月5日 ★ 東京都制、府県制、市制、町村制の改正法施行(第一次地方制度改革)

         ①都道長官、府県知事、市町村長、東京都の区長の直接選挙          ② 20 歳以上の男女への選挙権の拡充

         ③条例制定改廃、長・議員の解職の直接請求制度の創設

         ④ 議会の不信任議決と長の解散権、⑤住民の内務大臣に対する議会 解散要求の権利の付与

        総司令部と調整不十分だったため、「地方自治制度の改正案」

を検討提出することを約束に総司令部が同意したもの

 10 月5日 ★ 地方制度調査会設置(内務大臣の諮問に応じて地方行政のあり方を

(22)

2 明治以降の自治制度の沿革

 明治4年(1871 年)の廃藩置県により府県が設置され,旧来のマチやムラが 廃止され,その後,明治 11 年(1878 年)には,「三新法」(郡区町村編制法,府県 会規則,地方税規則)の制定により,府県の中に郡の区(後の市)を置き,郡の

審議)

 10 月6日 ○ 憲法改正案が貴族院で可決→衆議院で修正案同意→帝国議会審議完 了

 11 月3日 ○新憲法公布 昭和 22 年(1947 年)

 3月 11 日 ★地方制度調査会の答申をもとにした地方自治法案要綱が閣議決定  3月 28 日 ★地方自治法が可決成立(4月 17 日公布)

 4月 5日 ★ 初めての北海道長官、東京都長官、府県知事の直接選挙、市町村長 選挙

 5月 3日 ○新憲法施行

       ★ 地方自治法施行(第2次地方制度改革)←東京都制、府県制、市制、

町村制を統合

         ①地方自治の種類(二層制の自治体制度)

         ②自治体の事務の規定(公共事務、機関委任事務等の区分)

         ③議会の解散の直接請求権の付与          ④都道府県知事、市町村長の解職

          (弾劾裁判所に内務大臣→知事、知事→市町村長の訴追)

  5月 24日 片山哲首班内閣発足〜23 年3月 10 日

 12 月 5日 ★ 地方自治法改正(第3次地方制度改革〜総司令部の政府に対する改 正意見を基に内容確定)

         ① 条例制定権の拡大と条例中への罰則規定の創設(総司令部の強い意向)

         ②知事・市町村長に対する職務命令執行訴訟制度の創設          ③地方債の許可制度

昭和 23 年(1948 年)

 3月 10 日 芦田均首班内閣発足〜10 月 15 日(吉田2次内閣へ)

 8月1日 ★ 地方自治法改正施行(第4次地方制度改革〜総司令部との折衝を経 て内容確定)

        ①自治体が処理する事務の例示

        ② 条例の制定改廃の直接請求制度の対象制限(税の賦課徴収等除外)

        ③地方議会の議決事件の追加(財産取得、損害賠償の決定等)

        ④住民監査請求制度等の創設

(23)

下に町村が位置する地方制度ができ,府県に公選議員で組織する府県会が設置 された。その後,明治 13 年(1880 年)の区町村会法により区町村に公選議員 による区町村会が設置されるに至り,各自治体に公選議員からなる議会がそれ ぞれ位置づけられたわけである。

 そして,我が国の近代的な地方制度は,明治憲法が制定される前年の明治 21 年(1888 年)に市制・町村制が制定されたときに始まる。

 市制・町村制は,全国の市・町村を自治体として承認し,議事機関として市 会・町村会が設置され,国税2円以上の納税者による制限選挙とはいえ,住民 の直接選挙により議員が選出されるに至った。そして,執行機関として市町村 長を置き,議会が推薦した者を政府が裁可して任命するといった選任過程と なっていた。

 そして,明治 23 年(1890 年),府県制,郡制が制定され,府県,郡,市町村 という三段階の自治体制度が敷かれた。府県議会は当初,市会・町村会による 間接選挙(複選制選挙)により構成されていた(その後,明治 32 年(1899 年)に 直接選挙に改められた)。

 一方,府県知事は政府の任命する官吏がこれに当てられ,府県会の招集権,

議決の再議・取消権等の議会への強い監督権限を有し,市町村に対しても包括 的な監督権が認められることとなった。官吏であるところの府県知事が中心と して地方自治を営むという形が確定されたのである。

 このように,市制・町村制と府県制を基本とした自治制度が,明治 22 年(1889 年)の明治憲法の制定に相前後して一挙につくられたのであるが,その背景と しては,国会開設を明治 23 年(1890 年)に控え,当時の過激的な自由民権思 想の洗礼を受けることが想定される中央の政局から地方の行政組織を独立さ せ,薩長を中心とする中央政府とその下にある官僚機構の支配下にとどめて行 政の混乱を回避しようとする狙いがあったこと,そして,そのために,当時の ドイツ人の法律顧問アルバート・モッセの指導下により中央集権的色彩の強い

(24)

プロイセン型地方制度の移入が急がれたもの(23)とされる。

 そして,このような背景を持って明治時代に形作られた戦前の地方自治にお ける自治体の実態については,中央政府の末端機構,中央政府の従属物と扱わ れていたもの,中央集権的な地方支配,官僚統制の用具としての限定的な自治 制度と評価する見方が主流である(24)

 しかしながら,その一方で,江戸時代の政治を軍事と外交(幕府と藩の関係)

以外のことは自治に任せていたとする見方をしたうえで,「明治政府は,外交 や防衛,それに国家としての最低限の姿を作り上げるのに手一杯で,地方行政 を支配しようとするようなものではなく,江戸の自治を引き継いだ明治の自治 は基本的に住民自治を基盤とした分権的なものであり,中央政府から派遣され た官選知事が大きな権力を有してはいたが,それは江戸時代でのいわば「お代 官様が威張っていたようなもの」で,中央集権とは異質なものであった」とす る見解(25)もあるなど,必ずしも伝統的な見方一辺倒ではないことは留意すべき であろう。

 また,国会開設を機に自治制度が形づくられた経緯についても,モッセは地 方自治制度・分権制度をまず整備し,町村会から府県会へという手順を踏んで,

地方の自治に任せることによって内治の安定を図ることができ,それにより国 会開設に臨むことが立憲制の実現のために必要であるという考え方をとってお り,これが当時の内務卿から内務大臣,首相として,地方自治制度立案の任に あたった山縣有朋の考えていた立憲国家像に一致し,取組みが進んだとの考察

(26)もある。これらは,後述する,現代的自治の基本的な指向性としての基礎的 自治体優先の原理にも相通じるものと考えられるのが興味深いところでもある。

 さて,その後,明治 32 年(1899 年)には,府県会議員の間接選挙が廃止され,

直接選挙に移行し,大正 13 年(1924 年)には,地方議員に対する普通選挙が 実施された。大正 15 年(1936 年)には,市町村長の選任について,これまで の政府の認可によっていたものから市町村会の自主的な選任に移行している。

(25)

 このように,自治体の自立性を高める制度改正が大正時代全般を通じなされ てきたが,その後,昭和6年(1931 年)の満州事変を転機に,再び中央集権的 色彩を強め,昭和 18 年(1943 年)には,市長は市会の推薦に基づき内務大臣 が任命,町村長は町村会の推薦に基づき府県知事が認可して任命されるに至っ た。

 これらのことは,市町村が処理すべき事務の性格の変遷においても同様にみ られる。

 明治 21 年(1888 年)の市制町村制では,「必要事務」と「随意事務」に区分し,

必要事務は国が市町村に執行を命ずることができるようにし,その主要部分は 国からの機関委任事務が占めることになった。機関委任事務は法律・勅令によ るものに加え,知事や郡長が必要と認めるもの,国の省庁が必要と認めるもの も含まれ,これらの予算を市町村が計上又は実行しない場合は,知事(市の場合)

又は郡長(町村の場合)が,強制的に予算を計上等させること(強制予算)がで きるとされた(27)

 機関委任事務や強制予算のような仕組みは,当時の制度の手本とされたプロ イセンやフランスでは法律に基づく事務に対してのものであったが,我が国の 場合は,「市町村の需要に於いて欠くべからざるもの」と知事が認められたも のにも適用があるとされる特徴を有していた。

 その後,大正デモクラシー期になって,自治拡充の議論がなされる中で,機 関委任事務は各省庁の命令ではなく,法律または勅令によらなければならない とされた。それが,戦時色が強まる昭和 18 年(1943 年)には,再び,各省庁 の命令でもよいとの制度に戻され,多用されるに至っている(28)わけである。

 次に,終戦直後の新憲法第8章の成立過程を整理していく。

(26)

3 憲法第8章の成立過程

(1)マッカーサー草案から政府の草案要綱までの経緯

 日本国憲法は,大まかには,マッカーサー草案をもとにして,日本側と総司 令部が協議して,最終的な成案となるわけであるが,第8章部分の作成経緯の うち,【図表4】に示すようなポイントとなる時点の条文案から考慮された事 項をおっていきたいと思う。

 まず,(ⅰ)マッカーサー草案で,提案された内容は,①長や議員は地域社 会内の直接選挙による,②自治体は財産,事務,政治を処理し,法律の範囲内 で自治体自身の憲章を作成する権利を認める,③その選挙民の大多数の受諾が なければ地域的な法律を制定してはならない,という3つから構成されている。

 そのうち,特筆すべきは,②のうちの憲章制定権,すなわち,いわゆる「ホー ムルール」規定であり,自治体自らが多様な中から自治体の組織等のあり方を 選択できるという米国の自治体組織を念頭においた規定が置かれていることで ある。

 ホームルール(自治憲章)は,米国独自の地方自治制度であり,「地方政府が 州政府などの外部から加えられる統制を最小限にとどめ,自らの問題を自らで 解決していくことができる権限」であるとされ,米国のほとんどの州で,州憲 法又は州法により認められているものである。当初は,州政府からの干渉を最 小限に抑える機能であったが,次第に,住民に自らが地方政府の形態や職務権 限を選択できる権限を付与することにその性格を変容させてきているといわれ ている。憲章は,主として市が持っていることが多く,それに基づいて,権限,

議決機関,執行機関,予算手続等が定められることなっているものである。

 それに対して,(ⅱ)日本側起草案では,②の自治体の憲章制定を含む立法 権や自治体の権能の記述がなくなり,ほとんどの規定で「法律の定めるところ により」という冠が付されたうえで,「議決機関としての議会の設置」「長,議

(27)

(ⅳ)憲法改正草案要綱(昭和 21 年(1946 年)3月6日)

【第8章 地方自治】

 第88 地方公共団体ノ組織及運営ニ関スル事項ハ地方自治ノ本旨ニ基キ法律ヲ以テ之ヲ定ムル ベキコト

 第89 地方公共団体ニハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ議事機関トシテ議会ヲ設クベキコト地方公 共団体ノ長、其ノ議会ノ議員及法律ノ定ムルソノ他ノ吏員ハ当該地方公共団体ノ住民ニ於テ 直接之ヲ選挙スベキコト

 第90 地方公共団体ハ其ノ財産ヲ管理シ、行政ヲ執行シ及事務ヲ処理スルノ権能ヲ有シ、且法 律ノ範囲内ニ於テ条例ヲ制定スルコトヲ得ベキコト

 第91 一ノ公共団体ニノミ適用アル特別法ハ法律ノ定ムル所ニ依リ当該地方公共団体ノ住民多 数ノ承認ヲ得ル非ザレバ国会之ヲ制定スルコトヲ得ザルコト

(ⅲ)日本側提出案(昭和 21 年(1946 年)3月4日)

 【第8章 地方自治】

 第101 条 地方公共団体ノ組織及運営ニ関スル規定ハ地方自治ノ本旨ニ基キ法律ヲ以テ之ヲ定  第ム。102 条 地方公共団体ニハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ議事機関トシテ議会ヲ置クベシ。地方 税徴収権ヲ有スル地方公共団体ノ長及其ノ議会ノ議員ハ法律ノ定ムル所ニ依リ当該地方公共 団体ノ住民ニ於テ之ヲ選挙スベシ。

 第103 条 地方公共団体ノ住民ハ自治ノ権能ヲ有シ、法律ノ範囲内ニ於テ条例及規則ヲ制定す スルコヲ得。

 第104 条 一ノ地方公共団体ニノミ適用アル特別法ハ法律ノ定ムル所ニ依リ当該地方公共団体 ノ住民多数ノ承認ヲ得ルニ非ザレバ国会之ヲ制定スルコトヲ得ズ。

【図表4】マッカーサー草案から政府の草案要綱までの地方自治規定の経緯(重要な論 点を下線表示)

(ⅰ)マッカーサー草案(昭和 21 年(1946 年)2月 13 日)…外務省訳文  【第8章 地方政治(地方政府)】

 第86 条 府県知事、市長、町長、徴税権ヲ有スル其ノ他ノ一切ノ下級自治体及法人ノ行政長、

府県議会及地方議会ノ議員並ニ国会ノ定ムルそノ他ノ府県及地方役員ハ夫レ夫レ其ノ社会内 ニ於テ直接普通選挙ニ依リ選挙セラルヘシ

 第87 条 首都地方、市及町ノ住民ハ彼等ノ財産、事務及政治ヺ処理シ並ニ国会ノ制定スル法 律ノ範囲内ニ於テ彼等自身ノ憲章ヺ作成スル権利ヲ奪ハルルコト無カルヘシ

 第88 条 国会ハ一般法律ノ適用セラレ得ル首都地方、市又ハ町ニ適用セラルヘキ地方的又ハ 特別ノ法律ヲ通過スヘカラス但シ右社会ノ選挙民ノ大多数ノ受諾ヲ条件トスルトキハ此ノ限 ニ在ラス

(ⅱ)日本側起草案(第1稿)(昭和 21 年(1946 年)2月 28 日)

 【第8章 地方行政(地方政治)】

 第 1条 地方公共団体ノ組織及運営ニ関スル条規ハ地方自治ノ本旨ニ基キ法律ヲ以テ之ヲ定ム ルベシ。

 第 2条 地方公共団体ニハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ議事機関トシテ議会ヲ設クベシ。

 第 3条 (地方税徴収権ヲ有スル)地方公共団体ノ長及其ノ議会ノ議員ハ法律ノ定ムル所ニ依 リ当該住民ニ於テ之ヲ公選スベシ。

 第 4条 一地方又ハ一ノ地方公共団体ニノミ適用アル特別法ハ一般法ニ依ルコトヲ得ザル特別 ノ事由アル場合ヲ除ク外法律ノ定ムル所ニ依リ当該地域ノ住民ノ多数ノ承認ヲ得ルニ非ザレ バ其ノ効力ヲ生ズルコトナシ。

(28)

員の(直接選挙でなく)公選」が規定され,また,新しく「地方自治の本旨」が 登場した形で総則的な規定が置かれることになった。

 その後,すぐに,出された(ⅲ)日本側提出案では,条例・規則の制定権が 明記されることになり,総合司令部と日本側の協議により,①の直接選挙,② のうちの自治体の権能が復活して規定し直されたという経過をたどり,(ⅳ)

憲法改正草案要網のように成案に近づいている。

 総司令部側としては,自治憲章制定権を付与することにより,自治体の組織 が多様となることをイメージしていたとされるが,日本側は最初の段階から憲 章に関する規定を置かず,冒頭に総則的規定として「地方自治の本旨に基づき 法律で定める」の趣旨の規定が置かれ,その後に先に見たように「憲章」が「条 例」に置き換えられている。結局これらの流れのなかで,自治体の組織が法律 により画一的になる性格を持つ制度が作られたことになるが,これについては,

「総司令部側が「地方自治の本旨」という言葉に大いに魅せられて,憲章制定 権の趣旨と矛盾することに気づかなかった」という興味深い報告(29)もあると ころである。

 新憲法の制定過程において,総司令部側が自治体における「ホームルール」

による多様な地方自治を目指したのであるが,それにも増して,こだわったの は,長の直接選挙であった。日本側は「公選」というやや間接的な表現を考え,

「知事まで直接選挙するのは行き過ぎではないか」という内務大臣の意見もあ り,直接選挙以外の方法も模索したこともうかがえる(30)。しかしながら,こ れまでの「内務省が任命する知事が地方行政を行うという中央集権的な行政シ ステム」が特に問題とされ,最終的にマッカーサー草案の「直接選挙」が復活 している。

(2)第8章「地方自治」の創設

 明治 22 年(1889 年)に制定された明治憲法には地方自治に関する規定は何

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