宿泊客の高価品の盗難に関するホテルの不法行為責 任と宿泊約款上の責任制限
著者 来住野 究
雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal
巻 91
ページ 193‑208
発行年 2011‑08‑31
その他のタイトル Case Study on Commercial Law : Decision of Supreme Court, 2nd Petty Bench, Feb. 28th, 2003
URL http://hdl.handle.net/10723/1760
宿泊客の高価品の盗難に関する
ホテルの不法行為責任と宿泊約款上の責任制限
来住野 究
最高裁平成 15 年2月 28 日第2小法廷判決 平成 13 年(受)第 1061 号損害賠償請求事件
判時 1829 号 151 頁,判タ 1127 号 112 頁,金判 1179 号 25 頁
〔事 実〕
X (原告・被控訴人・上告人)は,宝石・貴金属の販売を業とする会社である。
Y (被告・控訴人・被上告人)は,ホテル経営を業とする会社であり,神戸市内に おいて甲ホテル(本件ホテル)を経営している。
Xの代表取締役であるAは,Xが神戸国際展示場で開催される宝飾展に商品 展示をする予定であったことから,平成9年6月 13 日午後5時 30 分ころ,バッ グ2個及び段ボール箱1個を持参して宿泊のため本件ホテルに赴いた。上記 バッグ2個には,X所有のペンダント・イヤリング・ネックレス等の宝飾品が 入っていたところ,これらの宝飾品の価額は 2,846 万 8,181 円を下らない。Aは,
フロントにおいて宿泊手続を済ませた後,本件ホテルのベルボーイであるB に対し,在中品の内容を告げることなく上記バッグ2個を客室まで運搬するこ と及び段ボール箱を宅配便で東京へ発送することなどを依頼した上,客室へ向 かった。Bが,その後間もなく,Aから預かった段ボール箱を宅配便で発送す る手続をしていたところ,上記バッグ2個が何者かにより盗まれた(本件盗難)。 本件盗難当時の本件ホテルの宿泊約款 15 条2項には,「宿泊客が当ホテル内
【判例研究】
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にお持込みになった物品又は現金並びに貴重品であって,フロントにお預けに ならなかったものについて,当ホテルの故意又は過失により滅失,毀損等の損 害が生じたときは,当ホテルは,その損害を賠償します。ただし,宿泊客から あらかじめ種類及び価額の明告のなかったものについては,15 万円を限度と して当ホテルはその損害を賠償します。」という規定があった(本件特則)。 そこで,Xが,Yに対し,本件盗難についてBには過失があるなどと主張し て,民法 715 条1項に基づき,前記宝飾品の価額相当額及び出展費用の損害金 の内金 1,456 万 2,495 円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。Yは,
本件盗難については本件特則が適用されると主張し,Xは,Bには本件盗難に ついて重大な過失があり,本件特則によりYの損害賠償義務の範囲が制限さ れることは相当ではないと主張した。
第1審(神戸地判平成 12 年9月5日判時 1753 号 145 頁)は,次のように判示し,
Bの重過失を認定し,約款の適用を否定した。「本件約款は,宿泊約款の規定 ではあるが,その文言内容に照らせば,Yが債務不履行責任を負う損害につい てだけでなく,Yが不法行為責任を負う損害を含む全損害についての特則を定 めたものと解される。」「そうすると,本件盗難被害については,約款2項(そ の責任制限特則)が適用される場合に当たる。」「しかしながら,宿泊客がフロ ントに預けず,Yに貴重品の種類,価額等を明告しなかった場合であっても,
Y側の故意又は重大な過失によって生じた損害についてまでYの責任額に制 限を設けるのは極めて不合理なものであり,約款2項の責任制限特則は,Yの 故意又は重大な過失によって生じた損害に係る部分は,公序良俗に反するもの として無効のものと解するのが相当である」。
これに対して,原審(大阪高判平成 13 年4月 11 日判時 1753 号 142 頁)は,次の ように判示して約款の適用を認めた。「本件約款は,その規定の内容に照らし,
商法 594 条及び 595 条と同趣旨に出たものと解される。」「595 条の立法趣旨は,
594 条と統一的にみると,場屋営業者は,客から,種類及び価額の明告を受け
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て寄託された高価品については,不可抗力の立証をしない限り,その滅失毀損 により生じた損害の賠償義務を負う旨の重い責任を負う反面,高価品について は,Yのようなホテルなど不特定多数の出入りのある場屋では,盗取などの危 険がとりわけあり得ることから,客から予め寄託される金品の種類及び価額の 明告を受けることによって,場屋営業者及び被用者らは,滅失毀損の結果を招 来しないように,その保管に一層の注意を払うことができるのに対し,明告が ない場合には,場屋営業者らに,このような注意を期待するのは酷であるとこ ろから,場屋側の責任を免除したものと解される。」「このような両法条の立法 趣旨及び 595 条に重過失の場合の除外規定がないことにかんがみると,場屋営 業者は,客からの上記明告のない高価品の滅失毀損については,寄託の有無に かかわらず,重過失の場合にも同条によって免責されるものといわなければな らない。」「そして,595 条は,債務不履行についてのみならず,不法行為にも 類推適用されるものと解するのが相当である。なぜならば,そのように解さな ければ,客が高価品の滅失毀損による場屋営業者に対する損害賠償請求権を行 使するに当たって,債務不履行に基づく場合と不法行為に基づく場合とで,法 律構成如何によって結論を異にする結果を招き,同条を設けた趣旨を没却する ことになるからである。」「そうすると,商法 595 条と同趣旨に基づき設けられ た約款2項の責任制限特則もまた,同様に解釈されるべきであって,場屋営業 者は,客からの明告のない高価品の滅失毀損について,たとえ場屋営業者又は その使用人に重過失があった場合にも同責任制限特則の適用を受けて,免責さ れるものというべきである。」
〔判 旨〕 破棄差戻
「本件特則は,宿泊客が,本件ホテルに持ち込みフロントに預けなかった物品,
現金及び貴重品について,ホテル側にその種類及び価額の明告をしなかった場
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合には,ホテル側が物品等の種類及び価額に応じた注意を払うことを期待する のが酷であり,かつ,時として損害賠償額が巨額に上ることがあり得ることな どを考慮して設けられたものと解される。このような本件特則の趣旨にかんが みても,ホテル側に故意又は重大な過失がある場合に,本件特則により,Yの 損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは,著しく衡平を害するもので あって,当事者の通常の意思に合致しないというべきである。したがって,本 件特則は,ホテル側に故意又は重大な過失がある場合には適用されないと解す るのが相当である。」
〔研 究〕
1 旅館・飲食店などの場屋営業の施設には,多数の客が頻繁に出入りし,し
かもある程度の時間そこにとどまって施設を利用することが予定される。その 際,客としては,場屋の施設を利用する上で所持品を手放すことが必要または 便利であり,仮に客が自ら所持品を身につけていたとしてもその安全について 注意が散漫となりうるため,客の携帯品について盗難・紛失の危険が高まる(1)。 そこで,商法は,来集する客が安心して場屋を利用できるようにし,かつ場屋 営業者の信用を高めるために,客の荷物について場屋営業者に厳格な責任を負 わせている。第一に,場屋営業者は,客から寄託を受けた物品の滅失または毀 損については,それが不可抗力によって生じたことを証明しない限り,損害賠 償責任を免れない(商 594 条1項)。この責任は,ローマ法上のレセプツム(
re-
ceptum
)責任に由来するものである。第二に,客が特に寄託しなかった場合であっても,場屋内に携帯した物品が場屋営業者またはその使用人の不注意に よって滅失または毀損した場合には,場屋営業者は損害賠償責任を負う(同2 項)。この責任は,場屋営業の特殊性に由来し,場屋利用契約の当事者ではな い客をも対象としていることに鑑みれば,場屋の利用関係に基づく特別法定責
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任であると解される。ただし,貨幣・有価証券・宝石などの高価品については,
客がその種類及び価額を明告した上で寄託しなければ,場屋営業者はその物品 の滅失または毀損につき損害賠償責任を負わない(商 595 条)。受寄物が高価品 であること及びその価額を知らされていれば,場屋営業者は損害賠償額を予測 することができ,また厳重に保管するであろうから,それを知らない場合に高 額な損害賠償責任を負わせることは場屋営業者に酷だからである。
本件では,宿泊約款 15 条2項本文は商法 594 条2項に相当する。但書につ いては,高価品の滅失・毀損につき,本来であれば商法 595 条によりホテルは 免責されるところ,宿泊客の携帯品には高価品も少なくないであろうことに鑑 み,いわば 15 万円を超えるものを高価品とみなすことによって高価品か否か の判断を不要とし(2),そのリスクを 15 万円を限度としてホテルが負担するこ とを示したものと評価される(3)。なお,本件の宿泊約款 15 条1項本文には商 法 594 条1項に相当する規定が置かれ,その但書では,宿泊客による明告がな くてもホテルは 15 万円を限度として損害を賠償する旨定められていたが,そ の趣旨は2項但書と同様であると解される。
本判決は,故意または重過失による不法行為責任について本件約款 15 条2 項の高価品特則の適用を否定したものであるが,商法 594 条の責任と不法行為 責任の関係は明らかではない。というのも,宿泊約款が宿泊契約に基づく法律 関係のみを対象とする以上,不法行為責任に宿泊約款が適用されないことは当 然であり,本件においてXが商法 594 条2項の責任ではなく不法行為責任を 追及する理由もそこにあると推測される。債務不履行責任と不法行為責任の関 係については,主に法条競合説と請求権競合説の対立があることは周知の通り である。商法 594 条2項の責任は特別法定責任であると解されるが,不法行為 責任とは異なる責任である以上,同様の議論が妥当する。請求権競合説が判 例(4)・通説であるが,この立場を貫くと,商法 578 条・595 条のように運送人・
場屋営業者の免責を認める規定が不法行為責任に適用されない結果,有名無実
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となりかねない。そこで,請求権競合説を修正し,責任を緩和する規定は不法 行為責任にも適用されると解されるようになってきた(5)。判例では,純粋な請 求権競合説に立脚しつつ,不法行為責任に基づく損害賠償額の算定において,
明告を懈怠した荷送人・客の過失を認定して,過失相殺による柔軟な解決を図 る判例も少なくないが(6),修正請求権競合説に立脚して,不法行為責任にも高 価品特則の適用を認める傾向が強くなっていたところ(7),最判平成 10 年4月 30 日判時 1646 号 162 頁は,宅配便業者の損害賠償額を一定の限度額に限定す る旨の約款の定めは,荷受人に対する不法行為に基づく責任にも適用されるも のとした。本件の原々判決も原判決も,請求権競合説を前提としつつ,商法 595 条と同趣旨に基づく宿泊約款の規定は不法行為責任にも適用されることを 明らかにしている。一方,本判決は,軽過失による不法行為責任には宿泊約款 の適用は認めており,また故意または重過失がある場合には約款が適用されな いとする根拠を当事者間の衡平と当事者の意思に求めていることに鑑みれば,
商法 594 条2項の責任と不法行為責任の競合を前提とした上で,両者の区別を 特に意識していないものと思われる。その意味では,本判決は近時の判例の傾 向に沿うものである。思うに,場屋営業者の不法行為責任の可能性は客が場屋 を利用したことを契機とするのであるから,場屋営業に固有の商法上の責任に 吸収されると解することにも十分な理由があるが,請求権競合説に立脚すると しても,商法上の免責規定の趣旨は合理的なリスク分配に基づき場屋営業者を 保護するという政策目的にある以上,その適用について債務不履行責任と不法 行為責任とを区別すべきではないし,その趣旨を逸脱しない責任制限約款の適 用についても同様に解すべきであろう。なお,本件では宿泊契約の当事者がX とAのいずれであるかは明らかではなく,上告理由でも主張されているよう に当事者がAとYであるとすれば,第三者たるXに対して宿泊約款の効力を 及ぼしたことになるが,この点は本件の争点になっていないため,検討は割愛 する。
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また,本判決は専ら本件特則の適用範囲の問題として判示しているが,本件 特則の趣旨は商法 595 条の趣旨と同一であるから,故意または重過失がある場 合に本件特則の適用を否定することは,商法 595 条の適用をも否定することを 意味する。したがって,本判決は,寄託の有無にかかわらず,高価品の滅失・
毀損につき場屋営業者側に故意・重過失があるときは商法 595 条の適用はなく,
免責約款によりその責任を減免することも許されないとしたものと評価するこ とができる。
ちなみに,場屋営業者の損害賠償責任をめぐって,「債権法改正の基本方針」
【3.2.11.19】は,責任主体を宿泊役務提供者に限定した上で,寄託を受けた物 品の紛失・滅失・損傷については,現行商法 594 条1項とほぼ同様の厳格な責 任を課する一方,高価品については,宿泊客がその種類と価額を明告しなけれ ば,1日当たりの宿泊料の一定倍に相当する額を限度とする責任を負うものと する。また,寄託を受けない携行品の紛失・滅失・損傷については,宿泊役務 提供者の善管注意義務違反の有無を問わず責任を負うものとしつつ,善管注意 義務を尽くした場合には1日当たりの宿泊料の一定倍に相当する額を限度とす る甲案と,宿泊役務提供者が宿泊施設の管理者としての注意義務に違反した場 合にのみ責任を負うものとする乙案とが併記されているが,高価品については,
いずれの案においても,宿泊役務提供者に故意または重大な義務違反がない限 り,1日当たりの宿泊料の一定倍に相当する額を限度として責任を負うものと する。そして,これらの責任を予め免除または制限する合意または告示は無効 とする(8)。
2 この問題につき,高価品の明告がなくても,場屋営業者側が故意に客の高
価品を滅失・毀損した場合には,場屋営業者は損害賠償責任を免れないと解さ れており,これに異論はあるまい。客の携帯品を故意に滅失・毀損させた場合 には,それが普通品であるか高価品であるか,明告があったか否かということ とは関係がなく,故意による損害は明告があれば生じなかったということはで
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きないからである。本判決は,場屋営業者側に重過失があった場合にまで商法 595 条の適用除外を拡大したことに意義があり(9),学説上も多くの支持を得て いる。その理由としては次の諸点が考えられる。①重過失は故意に近似する著 しい注意欠如の状態をいう(10)から,故意に準じて扱うことが妥当である。②場 屋営業者側に重過失があった場合には免責されないとしても,客が高価品の明 告を怠ったことを理由として,過失相殺により損害賠償額が大幅に減額される 可能性が高いため,妥当な利害調整が可能となり,場屋営業者に過重な負担を 強いることはならない。③平成9年に起こった本件には平成 12 年成立・平成 13 年施行の消費者契約法は適用されないが,消費者契約法8条1項2号・4 号は,事業者の故意または重過失による債務不履行または不法行為に基づく損 害賠償責任の一部を免除する消費者契約条項を無効としている(11)ため,かかる 立法の動向も無視できない。また,運送人の債務不履行責任と不法行為責任の 関係をめぐって,運送品の取扱に通常伴うような原因による滅失・毀損につい ては,荷送人は運送人の不法行為責任を黙示的に免除していると解することが できるのに対して,運送人が故意または重過失により運送品を滅失・毀損した 場合のように,通常契約に予想された範囲を逸脱する行為があったときには,
不法行為責任が発生し,債務不履行責任と競合すると解する見解(12)もあるが,
本判決はこの見解から示唆を受けているのかもしれない(13)。そして,この場合 に重過失の有無の判断基準として想定されているのは,普通品としての注意義 務であろう。すなわち,普通品としての注意義務さえ著しく欠いている場合に は,もはや場屋営業者の免責を認める必要はないという理由に基づくと思われ る。
しかし,高価品としての明告・寄託がない場合に場屋営業者の免責が認めら れるのは,場屋営業者が単にその滅失・毀損による損害賠償額が多額となるこ とを予測できないからではなく,受寄物の保管にあたって高価品としての注意 義務が要求されないからである。場屋営業者が高価品であることを知らされて
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いれば,厳重に保管するであろうから,それにより滅失・毀損自体が生じない 可能性が高い以上,場屋営業者に責任を負わせることはできない(14)。したがっ て,高価品が寄託された場合には,場屋営業者の重過失を理由として免責を否 定することは妥当ではない(15)。「債権法改正の基本方針」も,寄託された高価 品の滅失・毀損に関する免責については,場屋営業者側に重過失があった場合 を例外としていない。
一方,客が寄託しない高価品の滅失・毀損についても,場屋営業者は高価品 に応じた安全管理ができない以上,過失の軽重を問わず場屋営業者は免責され ると解するのが論理一貫するようにも思われるが,その修正の可否については 検討の余地がある。商法 594 条2項は,客が物品を所持している以上,本来そ の安全は自らの責任において確保すべきところ,場屋営業の特殊性に応じて,
その滅失・毀損につき場屋営業者に不注意があった場合には,そのリスクを場 屋営業者に転換するものである。しかも,旅客の携帯手荷物の滅失・毀損に関 する旅客運送人の責任は「過失」を要件としている(商 592 条)のに対して,
客の携帯品の滅失・毀損に関する場屋営業者の責任は「不注意」を要件とし,
「不注意」とは「過失」よりも軽いものを想定している(16)ことに鑑みれば,場 屋営業者の責任に対する商法の厳格な態度を看取することができる。そして,
客は高価品を身につけていることも少なくないが,それを場屋営業者に明告し ないことはむしろ当然である(17)から,客の携帯品の安全確保に関する場屋営業 者の注意義務は普通品と高価品とで異ならない(18)。そこで要求される注意の内 容は,客の携帯品の滅失・毀損の危険性を低減することにあると思われる。し たがって,滅失・毀損の現実的な危険性を増大させた場合やその危険性の増大 を知りつつそれを漫然と放置した場合には,それが高価品であっても,そのリ スクを場屋営業者に負担させることには十分な合理性がある。例えば,宿泊客 が客室に荷物を置いたまま外出している間に,ホテルの従業員がベッドメイキ ングのために入室したところ,退室時に客室の施錠を怠ったために荷物が盗難
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にあった場合や,ホテルのロビーで利用客が荷物をその場に置き忘れて立ち 去ったのを従業員が気づきながら,それを放置したためにその荷物が盗難に あったような場合には,ホテル側に重過失があったとして,免責は否定される べきである。もっとも,商法 594 条2項は,客の携帯品の滅失・毀損のリスク を不注意のあった場屋営業者に負担させるものである一方,595 条は明告・寄 託のない高価品の滅失・毀損のリスクを客に負担させるものであるから,重過 失があった場合に場屋営業者の免責を否定することは,両条の調整として過失 相殺を妨げるものではなく(19),むしろ過失相殺により損害賠償額を調整するこ とにこそその実際上の意義がある(20)。
3 そこで,本件について検討すると,非常に悩ましい事案であるといわざる
をえない。
本件では,バッグをフロントに預けたわけではないので,商法 594 条1項・
本件約款1項の適用場面ではなく,商法 594 条2項・本件約款2項の適用場面 にあたりそうである。しかし,商法 594 条にいう寄託は,民法 657 条に規定す る寄託と同義に解さなければならないわけではなく,場屋営業者に物品の占有 を移転しさえすれば,寄託があったと評価する余地もある(21)。客が物品の占有 を手放す以上,場屋営業者は専らその責任において物品の安全を確保すべきで あると考えられるからである。しかも,バッグの在中品が約 2,800 万円相当の 宝飾品であることをベルボーイが認識していれば,本件のような軽率な取扱は しなかったであろうことは容易に推測できるから,まさに高価品特則の趣旨が 妥当し,Yに高価品としての多額の損害賠償責任を負わせることは酷である。
むしろ,ベルボーイの本件の取扱は,普通品であれば盗難にあう可能性は非常 に低いと想定したからこそ行ったのだとすれば,軽過失にすぎないと評価する 余地もある(22)が,滅失・毀損の現実的な危険性を増大させたことをもって重過 失の判断基準とすれば,短時間とはいえ目の届かないところにバッグを放置し たことは重過失にあたると認定されても仕方がないであろう。
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他方で,原々判決が認定しているように,宿泊客がその携帯荷物の客室まで の運搬をベルボーイに託す場合,それは短時間の補助的なものであるから,あ えて在中品が高価品であることを告げなかったとしても,そこに過失があると はいいがたい。高価品の明告が期待できない場面であるからこそ,商法 594 条 2項・本件約款2項の適用場面とすることが適当であるともいえる。
本判決は,場屋営業者に重過失がある場合には商法 594 条2項・本件約款2 項の適用を排除して審理を原審に差し戻したのは,過失相殺による妥当な解決 を期待したからであろうが,本件においてXにはいかなる過失を認定しうる のであろうか。本件では差戻審で和解が成立したため,結果的には難しい過失 相殺の判断は回避された。ホテルが商用に利用されることもある以上,宿泊客 がきわめて高額な高価品をホテル内に持ち込んだことについては,過失がある とはいいがたいであろう。商法 594 条2項・本件約款2項は,物品が客の支配 下にあることを前提としている以上,Xはベルボーイと共同してバッグを管理 すべきところ,Xが何らの留保もせずにバッグの管理をベルボーイに委ね,バッ グに対する監視を怠ったことに過失があることになるのであろうか(23)。 4 最後に,判例研究としては蛇足であるが,前掲した「債権法改正の基本方
針」について若干の検討を加えておきたい。
客の寄託しない高価品の滅失・毀損につき場屋営業者に重過失があった場合 に免責を否定することは,場屋営業者と客との間の妥当なリスク分配を模索す るものである。高価品の滅失・損傷については,明告・寄託の有無にかかわら ず,宿泊役務提供者が一定額までは損害賠償責任を負うものとされているのも,
宿泊客は宿泊施設内に高価品をも携帯することが多いことを前提として,高価 品としての明告・寄託については高額な損害賠償額を宿泊役務提供者に予測さ せるという機能のみを重視し,高価品の滅失・損傷に関するリスクを一定額ま で宿泊役務提供者に負担せしめるものであると評価できる。そうであれば,高 価品の滅失・損傷について,宿泊役務提供者の規模・格式等に応じて負担すべ
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き損害賠償額が予め設定されれば,それ以上に客の保護を図る必要はないと思 われる。したがって,損害賠償額の合理的な上限さえ設定すれば,重過失によ る適用除外を認める必要はないと考える。
また,場屋営業者の責任を宿泊役務提供者のみに限定することにも疑問が残 る。
責任主体を宿泊役務提供者に限定する理由としては,次のようなものが挙げ られている。①場屋営業者の厳格責任に関する現行規定は,対象を宿泊契約等 に限定する諸外国の立法例と比較すると異例な規律であり(24),このような対象 を広くしたままの形で厳格責任を維持することには,あまり合理性が認められ ない(25)。②多くの客の出入りを自由に許容する施設では物品の紛失や盗難の危 険が高いことを理由とする危険責任の論拠をもって厳格責任を正当化するのは 無理があるし,多数の客の来集に適する物的・人的施設という観点からすれば,
場屋営業に限定する理由はなく,さらにその対象が拡張されるべきことになる から,この論拠も説得的でない(26)。③宿泊営業者について厳格責任が正当化さ れる理由は,宿泊施設には,旅行者に危険な街道からの庇護を与える公共的施 設としての性格が認められ,そのような公共性ゆえに,合理的理由なく宿泊を 拒絶できないことを前提として,宿泊客に安全な財物の保管場所が提供される 社会的制度を維持しつつ,旅館の営業を継続できる責任制度のあり方(責任制 限等)を定めることにある(27)。④商法のレセプツム責任は,そもそも場屋営業 者は寄託を受けない旨を定める約款の規定により空文化している実情にあり,
またそのことをもって不当な対応であるとは評価し難く,場屋営業者が寄託を 受けた物品については寄託契約上の一般的な受託者の注意義務,ロッカーのよ うな設備の利用を認める場合には施設利用契約の附随的義務としての設備の安 全性についての注意義務の合理的な解釈により責任の有無を判断することで,
客の保護としては十分である(28)。
思うに,責任主体を宿泊役務提供者に限定すれば,保護の客体も当然に宿泊
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客に限定されることになるが,同じくホテル・旅館の施設の利用客でありなが ら,その携帯品の滅失・毀損に関する責任のあり方について,パーティーへの 招待客・会議への出席者・レストランの食事客・日帰り入浴客などと宿泊客と を区別することはできるのであろうか。ホテルの営業上のサービスが多様化し ているからこそ,それらを広く対象とする場屋営業の概念に意義を見出すこと ができよう。また,宿泊施設以外の客の所持品の滅失・毀損については,寄託 契約上の注意義務または施設利用契約上の附随義務の違反に基づく責任をもっ て,客の保護としては十分なのであれば,治安のよい我が国の宿泊施設では格 別に盗難等の危険が高いわけではないから,やはり寄託契約・宿泊契約上の義 務違反の責任として処理すれば足りるはずであり,厳格責任を維持する必要性 は乏しいのではないか。そもそも,現行の場屋営業者の厳格責任は,冒頭で述 べたように,客の携帯品が滅失・毀損する危険性の高さに由来するものであっ て,場屋営業者が営業として行う契約内容の如何を問わないが,これを宿泊役 務提供者の責任に限定することは,単に適用範囲を縮減するのではなく,宿泊 契約に基づく法律関係として再構成することを意味する。したがって,責任主 体の範囲・厳格責任の必要性のいずれについても,より慎重な検討を要すると いうべきである。
注
(1) 拙稿「判批」法学研究(慶應義塾大学)78 巻 10 号(2005 年)95〜96 頁,洲崎博 史「判批」商事法務 1788 号(2007 年)142 頁。
(2) 増田史子「本件原審判批」商事法務 1744 号(2005 年)121 頁。
(3) 梅津昭彦「客の持込品についての場屋営業者の責任」東北学院大学論集(法律学)
60 号(2002 年)51〜52 頁参照。
(4) 場屋営業者の責任につき,大判昭和3年6月 13 日新聞 2864 号6頁,大判昭和 17 年6月 29 日新聞 4787 号 13 頁。運送人の責任につき,大判大正 15 年2月 23 日民集5巻2号 104 頁,最判昭和 38 年 11 月5日民集 17 巻 11 号 1510 頁等。なお,
運送人の債務不履行責任と不法行為責任の関係に関する判例・学説については,
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拙稿「判批」法学研究(慶應義塾大学)69 巻 11 号(1996 年)170〜172 頁参照。
(5) 国際海上物品運送法の平成4年改正により新設された 20 条の2第1項は,運 送人の不法行為責任にも商法 578 条を準用している。なお,同5項は,運送品に 関する損害が,運送人の使用する者の故意により,または損害の発生のおそれが あることを認識しながらしたその者の無謀な行為により生じたものであるとき は,商法 578 条の適用を否定しているが,後者の主観的要件については通常の重 過失を意味するものとは解されていない(戸田修三=中村眞澄編『注解国際海上物品 運送法』(1997 年・青林書院)442 頁[山田泰彦執筆]参照)。
(6) 場屋営業者の責任につき,東京控判昭和8年2月 27 日新聞 3538 号5頁,東京 高判昭和 27 年 11 月 21 日下民集3巻 11 号 1626 頁,東京地判昭和 46 年7月 19 日判時 649 号 53 頁,東京高判昭和 49 年3月 20 日下民集 25 巻1
-
4合併号 189 頁。運送人の責任につき,東京高判昭和 54 年9月 25 日判時 944 号 106 頁,東京高判 平成1年2月 28 日金判 819 号 18 頁,神戸地判平成2年7月 24 日判タ 743 号 204 頁。
(7) 運送人の責任につき,東京地判昭和 41 年6月 21 日下民集 17 巻5
=
6号 435 頁,東京地判昭和 50 年 11 月 25 日判時 819 号 87 頁,東京地判昭和 57 年5月 25 日金 判 658 号 32 頁,東京地判平成2年3月 28 日判時 1353 号 119 頁。
(8) 民法(債権法)改正検討委員会『詳解債権法改正の基本方針Ⅴ各種の契約(2)』
(2010 年・商事法務)231 頁以下。
(9) 運送契約における責任制限条項につき,運送人に重過失がある場合には適用さ れないとした判例として,東京高判昭和 54 年9月 25 日判時 944 号 106 頁。運送 人に重過失があった場合には商法 578 条は適用されないとした判例として,東京 地判平成2年3月 28 日判時 1353 号 119 頁。
(10) 大判大正2年 12 月 20 日民録 19 輯 1036 頁,最判昭和 32 年7月9日民集 11 巻 7号 1203 頁。
(11) これを受けて,本件特則の但書に相当するモデル宿泊約款 15 条2項但書は,
現在「ただし,宿泊客からあらかじめ種類及び価額の明告のなかったものについ ては,当ホテル(館)に故意又は重大な過失がある場合を除き,***万円を限 度として当ホテル(館)はその損害を賠償します。」と改められている。
(12) 戸田修三「運送人の契約責任と不法行為責任」北沢正啓=浜田道代編『商法の 争点Ⅱ』(1993 年・有斐閣)245 頁。
(13) この見解に基づいて本判決を評価(原判決に反対)するものとして,中元啓司「場 屋営業者の責任と高価品の特則・責任制限約款」法学新報 109 巻9=10 号(2003 年)
452 頁以下,浜田惟道「高価品の紛失に関するホテルの不法行為責任」白門 60 巻 3号(2008 年)27〜34 頁。
207
(14) 小島孝「運送人の責任」鈴木竹雄=大隅健一郎編『商法演習Ⅱ』(1960 年・有斐閣)
71 頁,倉沢康一郎「判批」判例時報 966 号(1980 年)182 頁,吉原和志「判批」ジュ リスト 764 号(1982 年)127 頁。
(15) このように,商法上重過失免責に合理性がある場合もあり,消費者契約であっ ても重過失免責条項を一律に無効とすべきではないとすると,消費者契約法 11 条1項が消費者契約法を商法の特別法と位置づけているため,両者の関係が問題 となる。
(16) 日本近代立法資料叢書 19「法典調査会商法委員会議事要録」446 頁。「不注意」
の意味については,広瀬久和「レセプトゥム(receptum)責任の現代的展開を求 めて(四)」上智法学論集 26 巻1号(1983 年)93〜98 頁参照。ただし,通説は「不 注意」とは「過失」を意味するものと解している。
(17) 客が高価品であることを明告したが,寄託しなかった場合について,場屋営業 者はその寄託を求めるべきであり,もし求めないのであれば,寄託を受けないま まで監視の責任を負う黙約をしたと解しうるとして,商法 594 条による免責を否 定する見解もあるが(小町谷操三『商行為法論』(1943 年・有斐閣)426〜427 頁,田中誠 二ほか『コンメンタール商行為法』(1973 年・勁草書房)520 頁[原茂太一執筆]),同条が 明告と寄託を一体として場屋営業者の責任の要件としていることは文言上明らか であるし(森川隆「引渡を受けない高価品に関する旅客運送人の責任」倉澤康一郎先生古 稀記念『商法の歴史と論理』(2005 年・新青出版)862〜864 頁参照),仮に客が携帯する 高価品の種類及び価額を明告したとしても,それに伴い客からその安全確保をめ ぐって何らかの作為・不作為が要求されない限り,場屋営業者に格別の注意義務 が要求されるわけではないと解すべきである。したがって,本件特則の「宿泊客 からあらかじめ種類及び価額の明告のなかったものについては」という文言は無 意味であり,むしろホテルにとっては有害無用である。
(18) 沢野直紀「本件原審判批」私法判例リマークス 25 号(2002 年)93 頁。
(19) 運送人の責任に関する高価品特則を定めた商法 578 条は,明告懈怠をもって荷 送人の過失として 100%の過失相殺を法定したものであるとの評価もあり(倉沢・
前掲注(14)182 頁,清河雅孝「高価品の明告懈怠と免責範囲の調節」川又良也先生還暦記 念『商法・経済法の諸問題』(1994 年・商事法務研究会)305 頁),客が場屋営業者に対 して物品を寄託する際に高価品の明告をしなかった場合には,同様に解すること はできるとしても,寄託しない高価品については,寄託しなかったこと自体が客 の過失とはいいがたいから,過失相殺の余地はある。
(20) 山田純子「本件判批」『商法(総則商行為)判例百選〔第5版〕』(2008 年・有斐閣)
219 頁。
(21) 拙稿「判批」法学研究(慶應義塾大学)76 巻2号(1996 年)127 頁以下。
208
(22) 増田・前掲注(2)122 頁。
(23) 沢野・前掲注(18)93 頁。
(24) 宿泊客の携帯品に関するホテル・旅館の責任について,比較法的考察に基づき その厳格化を主張するものとして,須永醇「ホテル・旅館宿泊契約の一側面」遠 藤浩=林良平=水本浩監修『現代契約法大系第7巻』(1982 年・有斐閣)135 頁以 下参照。
(25) 民法(債権法)改正検討委員会・前掲注(8)232 頁・234 頁。
(26) 民法(債権法)改正検討委員会・前掲注(8)236 頁。
(27) 民法(債権法)改正検討委員会・前掲注(8)236〜237 頁。松井智予「本件判批」
ジュリスト 1260 号(2004 年)246 頁参照。
(28) 山下友信「運送営業・倉庫営業・場屋営業」(日本私法学会シンポジウム「商法の 改正」資料)
NBL
935 号(2010 年)58 頁。本判決の評釈・解説としては,上記に引用したもののほか,梅津昭彦・法学教室 275 号(2003 年)112 頁,笹本幸祐・法学セミナー586 号(2003 年)110 頁,大久保邦彦・
民商法雑誌 129 巻2号(2003 年)96 頁,野村直之・判例タイムズ 1154 号〔平成 15 年 度主要民事判例解説〕(2004 年)142 頁,中村肇・NBL796 号(2004 年)84 頁,稲田俊信・
秋田経済法科大学法学部法律政治研究所紀要 20 号(2004 年)71 頁,斉藤武・龍谷法 学 42 巻4号(2010 年)434 頁がある。原判決の評釈・解説としては,笹本幸祐・法学 セミナー564 号(2001 年)110 頁,石原全・金融商事判例 1132 号(2002 年)62 頁,林竧・
判例時報 1779 号(2002 年)211 頁,永谷幸恵・判例タイムズ 1096 号〔平成 13 年度主 要民事判例解説〕(2002 年)116 頁,行澤一人・ジュリスト 1224 号〔平成 13 年度重要 判例解説〕(2002 年)105 頁,山田純子・『商法(総則商行為)判例百選〔第4版〕』(2002 年・有斐閣)220 頁,梅村悠・損害保険研究 66 巻3号(2004 年)195 頁,岡本智英子・
法学研究 77 巻3号(2004 年)75 頁がある。また,本件を素材とする論文として,蓑 輪靖博「盗難事故とホテルの責任」九州産業大学商経論叢 44 巻4号(2004 年)145 頁 がある。