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雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal

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(1)

農業協同組合における理事責任追及請求の名宛人が 代表理事であった場合の組合員代表訴訟の適法性

著者 来住野 究

雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal

巻 94

ページ 91‑103

発行年 2013‑01‑31

その他のタイトル Case Study on Corporation Law : Decision of Supreme Court, 3rd Petty Bench, Mar. 31st, 2009

URL http://hdl.handle.net/10723/1711

(2)

農業協同組合における理事責任追及請求の名宛人が 代表理事であった場合の組合員代表訴訟の適法性

来住野   究

  最高裁平成 21 年3月 31 日第三小法廷判決   平成 20 年(受)第 442 号組合員代表訴訟事件

  民集 63 巻3号 472 頁,判タ 1314 号 136 頁,判時 2065 号 145 頁,金判 1342 号 39 頁

〔事 実〕

 A農業協同組合ほか3つの農協(「旧4農協」)は,平成 13 年2月 15 日,同 年9月1日に合併してB農業協同組合を新設する旨の契約を締結した。本件 合併契約は,5条1項において「前条に規定する合併日の財産目録及び貸借対 照表並びにこれに附属する各種書類に,故意又は重大な過失による誤びゅう脱 落若しくは隠れた瑕疵があったため,新組合が損害を受けたときは,その損害 を与えた被合併組合の役員は,各個人の資格において連帯して賠償の責に任ず るものとする。」(「本件賠償条項」)と定めている。

 その後,A農協の貸借対照表等において個別貸倒引当金が過少に計上されて いることが判明したことなどから,B農協は,個別貸倒引当金を1億円以上積 み増すことを余儀なくされた。

 B農協の組合員であるXら(原告・控訴人・上告人)は,平成 15 年6月 26 日,

B農協に対し,A農協において貸倒引当金を過少に計上するなどしていたとし て,本件賠償条項に基づき,A農協の理事及び監事であった者に対してB農 協の貸倒引当金の不足額等をB農協に支払うことを求める訴訟を提起するよ

【判例研究】

(3)

う請求する書面を送付したが,同書面には,B農協の代表者として代表理事組 合長であるY1が記載されていた。A農協の理事であったY1ら6名(被告・被 控訴人・被上告人)は,本件提訴請求の時点でB農協の理事であった。

 Y1は,平成 15 年6月 30 日に開催されたB農協の理事会において,出席し ていた理事及び監事に対し,本件提訴請求についての審議を求め,その際,本 件提訴請求書の記載内容を読み上げた。B農協は,同年7月 23 日に開催され た理事会において,監事出席の下,上記記載内容に沿ってA農協の理事及び 監事であった者に対する訴訟を提起することを決議した。しかし,B農協は,

更に財務状況が悪化し,事業譲渡等の措置を執らなければならない状況となっ たことから,内部において訴訟問題等で紛糾している時ではないとして,平成 15 年 12 月 22 日に開催された理事会において,訴訟を提起しないことを決議 した。

 そこで,Xらは,平成 16 年2月 17 日,本件組合員代表訴訟を提起した。

 第1審(前橋地判平成 19 年4月 25 日民集 63 巻3号 496 頁)は,Y1らに対する訴 えを却下し,Y2ら(Y1ら以外の被告・被控訴人・被上告人)に対する請求を棄却 したため,控訴したところ,原審(東京高判平成 19 年 12 月 12 日民集 63 巻3号 524 頁)は,概ね次のように判示して第1審判決を支持した。

 農業協同組合の理事に対する組合員代表訴訟を提起しようとする組合員は,

あらかじめ農業協同組合に対し,書面をもって,当該理事に対する訴訟の提起 を請求する必要があり,また,この提訴請求を受けることについては,監事が 農業協同組合を代表するものであるところ,XらがB農協に送付した本件提 訴請求書には,同農協の代表者として代表理事組合長であるY1が記載されて いたのであるから,本件訴えのうち本件提訴請求の時点で同農協の理事であっ たY1らに関する部分は,適式な提訴請求を欠くものとして不適法である。なお,

本件提訴請求について審議した同農協の理事会に同農協の監事が出席していた としても,Y1らについて適式な提訴請求がされたことにはならない。

(4)

 本件合併契約は,旧4農協を当事者とするものであり,Y2ら又はその被相 続人を当事者とするものではないから,Y2ら個人と旧4農協との間で本件賠 償条項に基づく責任を負う旨の合意をしたと認められる特段の事情のない限 り,Y2らが上記責任を負うことにはならない。Xらは,上記特段の事情として,

Y2らがA農協の理事会において本件合併契約の締結に賛成し,又は異議を唱 えなかったと主張するけれども,それだけでは,Y2らが上記合意をしたとい うことはできないし,また,他に上記特段の事情を認めるに足りる証拠もない。

 仮に,Y2らが本件賠償条項に基づく責任を負う余地があるとしても,それは,

B農協に具体的な損害が生じた場合に限られると解される。同農協は,本件合 併によりA農協の財産をそのまま引き継いでいるのであるから,A農協の貸 借対照表等に誤びゅう脱落,隠れた瑕疵があったとしても,これをもってB 農協に具体的な損害が生じたということはできない。

〔判 旨〕 一部破棄自判・破棄差戻

(1) 組合員代表訴訟の適法性について

 「平成 17 年法律第 87 号による改正前の農業協同組合法(以下,単に「農協法」

という。)39 条2項において準用する同改正前の商法 275 条ノ4によれば,農 業協同組合の理事に対する組合員代表訴訟を提起しようとする組合員の提訴請 求を受けることについては,監事が農業協同組合を代表することとなる。

 しかし,上記のとおり監事が農業協同組合を代表することとされているのは,

組合員代表訴訟の相手方が代表理事の同僚である理事の場合には,代表理事が 農業協同組合の代表者として提訴請求書の送付を受けたとしても,農業協同組 合の利益よりも当該理事の利益を優先させ,当該理事に対する訴訟を提起しな いおそれがあるので,これを防止するため,理事とは独立した立場にある監事

(5)

に,上記請求書の記載内容に沿って農業協同組合として当該理事に対する訴訟 を提起すべきか否かを判断させる必要があるからであると解される。

 そうすると,農業協同組合の理事に対する代表訴訟を提起しようとする組合 員が,農業協同組合の代表者として監事ではなく代表理事を記載した提訴請求 書を農業協同組合に対して送付した場合であっても,監事において,上記請求 書の記載内容を正確に認識した上で当該理事に対する訴訟を提起すべきか否か を自ら判断する機会があったといえるときには,監事は,農業協同組合の代表 者として監事が記載された提訴請求書の送付を受けたのと異ならない状態に置 かれたものといえるから,上記組合員が提起した代表訴訟については,代表者 として監事が記載された適式な提訴請求書があらかじめ農業協同組合に送付さ れていたのと同視することができ,これを不適法として却下することはできな いというべきである。」

 「前記事実関係によれば,B農協の代表理事組合長であったY1は,平成 15 年6月 30 日に開催された同農協の理事会において,出席していた理事及び監 事に対し,本件提訴請求についての審議を求め,その際,本件提訴請求書の記 載内容を読み上げたというのであり,その結果,同農協は,同年7月 23 日に 開催された理事会において,いったんは,その記載内容に沿ってA農協の理 事及び監事であった者に対する訴訟を提起することを決議したというのであ る。そうすると,B農協の監事には,同年6月 30 日の時点で,本件提訴請求 書の記載内容を正確に認識した上でY1らに対する訴訟を提起すべきか否かを 自ら判断する機会があったというべきであるから,本件訴えは,本件提訴請求 の時点において同農協の理事であったY1らに関する部分についても,適式な 提訴請求があったのと同視することができ,これを不適法として却下すること はできないというべきである。」

(6)

(2) 理事及び監事の責任の有無について

 「確かに,本件合併契約は,旧4農協を当事者とするものであり,Y2らを当 事者とするものではない。

 しかし,Y2らのうちA農協の理事会に出席して同農協が本件合併契約を締 結することに賛成した理事又はこれに異議を述べなかった監事に該当する者に ついては,本件合併契約の中に,旧4農協のうちのいずれかの農業協同組合の 貸借対照表等に誤びゅう脱落等があったためにB農協が損害を受けた場合に は,そのことに故意又は重過失がある当該農業協同組合の役員は個人の資格に おいて賠償する責任を負う旨を明記した本件賠償条項が含まれていることを十 分に承知した上で,A農協が本件合併契約を締結することに賛成するなどして,

その締結手続を代表理事にゆだねているのであるから,同農協の代表理事を介 して,旧4農協に対し,個人として本件賠償条項に基づく責任を負う旨の意思 表示をしたものと認めるのが相当である。また,旧4農協においても,本件合 併契約の締結に至っている以上,上記の意思表示について承諾したものと認め るのが相当である。そうすると,少なくとも,Y2らのうち上記のような理事 又は監事に該当する者については,旧4農協の権利義務を承継したB農協に 対する関係でも,本件賠償条項に基づく責任を免れないものというべきである。」

 「確かに,本件賠償条項においては,『賠償の責に任ずる』場合について,『新 組合が損害を受けたとき』と定められているところであり,その文理に照らす と,原審のように解する余地もないわけではない。

 しかし,旧4農協のうちのいずれかの農業協同組合の貸借対照表等に誤びゅ う脱落等があったために,B農協の資産が流出するなどして,同農協に具体的 な損害が生じた場合には,当該農業協同組合の理事及び監事は,軽過失のとき であっても,法律上当然に,B農協に対する損害賠償責任を負うのであるから

(農協法 33 条2項,39 条2項),故意又は重過失の場合に限って旧4農協の理事

(7)

及び監事が責任を負うものとする本件賠償条項について上記のように解するの は,当事者の合理的意思に合致しないものというべきである。

 前記事実関係によれば,本件合併契約には,B農協に引き継がれる旧4農協 の財産が貸借対照表等どおりのものであることを前提とする条項(4条1項)

が設けられており,平成 13 年2月 25 日に開催されたA農協の臨時総会では,

不良債権であるのに,そうでないように見せ掛けるなどした場合に,同農協の 役員が本件賠償条項に基づく責任を負うことになることから,そのような事態 の発生を回避するために,同農協の職員において注意して自己査定を行ってい る旨の説明がされているというのである。また,前記事実関係によれば,本件 合併の前後を通じて,A農協及びB農協において,不良債権を適正に評価し,

必要な貸倒引当金を計上し,財務の健全性確保に努め,自己資本比率の維持,

向上を図っていくことが重要な課題となっていたことは,明らかである。

 これらの事情に照らすと,本件賠償条項は,不良債権が適正に評価され,必 要な貸倒引当金が計上されていることを含めて,旧4農協の貸借対照表等が正 確であることを担保する趣旨の定めというべきであり,旧4農協のうちのいず れかの農業協同組合において,不良債権が適正に評価されておらず,貸倒引当 金が過少に計上されていることが判明した場合には,過少に計上したことに故 意又は重過失のある当該農業協同組合の理事及び監事に対して,引当不足額相 当額をB農協にてん補する義務を負わせる趣旨を含むものと解するのが相当 である。」

〔研 究〕

 結論には賛成するが,理由づけには疑問がある。

1 本件の争点は,①農業協同組合の理事の責任を追及する組合員代表訴訟に おいて,その前提として要求される提訴請求の名宛人が監事ではなく代表理事

(8)

であった場合,不適法として訴えを却下すべきかという点と,②農協の合併契 約において,被合併組合の貸借対照表等の誤謬等により新設組合が損害を被っ たときは故意または重過失のある被合併組合の役員個人が賠償責任を負う旨の 条項がある場合,被合併組合の理事会において上記契約の締結に賛成した理事 等は,新設組合に貸倒引当金の過少計上による引当不足額相当額を填補する責 任を上記条項に基づいて負うかという点である。

 なお,本件で追及されているのは,合併契約の条項に基づき被合併組合の役 員が新設組合に対して負う責任であり,農協法に基づく役員固有の責任ではな いため,これが組合員代表訴訟の対象となるかも重大な問題となる。株式会社 においても株主代表訴訟によって追及できる取締役の責任の範囲について判 例・学説上争いがあり,取締役としての地位に基づく会社法上の責任に限ると 解する見解(限定債務説)・取締役が会社に対して負担する一切の債務に及ぶと 解する見解(全債務説)・折衷説とに分けられるが,最判平成 21 年3月 10 日金 判 1315 号 46 頁は,取締役の地位に基づく責任のほか,取締役の会社に対する 取引債務についての責任も含まれるとした。本件では,第1審においてこの点 が争われているが,原告が追及する責任はA農協の理事または監事として本 件賠償条項に基づき負うこととなった責任であるとして,一蹴されている。役 員としての資格に基づく責任であれば契約上の責任であっても代表訴訟の対象 となるかという問題については,その責任は理事会限りで免除できるかとの関 係において再検討の余地があるし,ましてY2らはB農協の理事にはなってい ないため,合併前のA農協の役員としてB農協に対して負う責任が代表訴訟 の対象となるかについては大いに疑問があるが,上告審では争われていないた め,この問題の検討は割愛する(1)

2 農業協同組合の組合員が理事の組合に対する責任を追及する代表訴訟を提 起するには,事前に組合に対して理事の責任を追及する訴えを提起するよう請 求する必要があり,その請求については監事が組合を代表する(現農協 35 条の

(9)

5第5項・会 386 条2項1号)。これは,組合・理事間の訴えにおいては,馴れ合 い訴訟を防止して訴訟追行の公正を期するため,監事が組合を代表すること(現 農協 35 条の5第5項・会 386 条1項)に対応して,監事が理事の責任追及の是非 を判断できるよう提訴請求の受領権限を認めたものである。株式会社において も,取締役の責任を追及する株主代表訴訟における事前の提訴請求について監 査役が会社を代表するため,本判決の射程は株式会社にも及ぶ。

 株主が提訴請求の名宛人を誤った場合に関する判例として,東京地判平成4 年2月 13 日判時 1427 号 137 頁は,取締役の責任を追及する提訴請求の名宛人 を代表取締役とした場合につき,大阪地中間判昭和 57 年5月 25 日判タ 487 号 173 頁・大阪地判平成 12 年6月 21 日判時 1742 号 146 頁は,商法特例法上の 小会社の取締役の責任を追及する提訴請求の名宛人を監査役とした場合につ き,いずれも不適法な請求であるとしたのに対して,大阪地判平成 12 年5月 31 日判時 1742 号 141 頁は,取締役及び監査役の責任を追及する提訴請求の名 宛人を単に会社とした場合につき,一般に担当部署に回付する仕組みが整備さ れていることを理由として,不適法とまではいえないとした。なお,大阪地判 平成 12 年9月 20 日判時 1721 号3頁(大和銀行事件)は,取締役の責任を追及 する提訴請求を監査役に横滑りした同人に対して行った場合につき,「取締役 の責任を追及する訴えについて,監査役に対して事前の提訴請求を行っており,

形式的には前記法条の要件を具備しているけれども,実質的には,被告に対す る提訴の要否及び当否を同被告自身に判断させることとなり,商法が会社に対 する事前の提訴請求を要求する趣旨に照らし,原告らが事前の提訴請求を行っ たものと評価することはできない。すなわち,右提訴請求における手続上の瑕 疵は重大であり,加えて,訴訟要件を具備するか否かの判断は明確であること が要請されるから,提訴請求を受けた同被告が他の監査役に提訴請求書を見せ,

監査役会で提訴しない旨決議したこと,大和銀行が,同被告の取締役としての 責任を追及する本件訴えが提起された事実を知りながら,訴えを提起したり共

(10)

同訴訟参加したりしなかったこと等の事情を勘案しても,同被告に対する本件 訴えのうち取締役としての責任を追及する部分については不適法であり,却下 を免れないものと解するのが相当である。」と判示している。

 学説においては,厳格にこれを不適法な請求と解する見解(2)もあるが,会社 に対して提訴請求がなされた以上,それを受領権者に回付すべきであり,不適 法ではないとする見解(3),現実に受領権者に回付された場合には瑕疵が治癒さ れると解する見解(4)が少なくない。

 思うに,会社法 847 条1項は会社に対する提訴請求を要求しているにすぎず,

会社法 386 条2項1号も監査役が提訴請求の受領権限を有することを定めてい るにすぎないから,提訴請求の名宛人を監査役としなければならないわけでは ない(5)。監査役が受領権限を有するということは,提訴請求を監査役が受領す れば会社に到達したと法的に評価されるということである。したがって,社会 通念上会社宛と認められる提訴請求がなされ,監査役またはその代理人がそれ を受領すれば,その請求は効力を生ずると解すべきである。監査役が受領する かは会社内部の文書回付の問題にすぎず,提訴請求書が会社の管理下に入りさ えすれば会社に到達したと評価することは,請求書到達の有無・時期が明確で あるという利点はあるが,監査役の受領権限を法定した意義を乏しくする。監 査役を名宛人とすれば確実に監査役に回付され,誤って代表取締役を名宛人と すれば,代表取締役が提訴請求を握りつぶして監査役に回付しないおそれがあ るということにすぎない(6)。株主が名宛人を誤った場合,監査役またはその代 理人が請求書を受領したことの立証のリスクは株主が負担せざるをえない。

 しかるに,本判決は,専ら提訴請求について監事が代表することになってい る趣旨を重視し,提訴の是非を判断する機会を与えるという趣旨に反しなけれ ば,名宛人を誤った提訴請求も不適法ではないと解し(7),従来の判例・学説と は異なる見解を示した。確かに,代表訴訟の前提要件たる提訴請求があったと 評価できるかという点にのみ着目すれば,かかる実質論で十分であるようにも

(11)

思われる。しかし,代表訴訟を提起するには原則として提訴請求後 60 日を待 たなければならず,その期間は提訴請求の到達日を基準として起算されるとこ ろ,本判決では提訴請求はいつの時点で効力を生ずるのかが明らかではない。

60 日の期間内に監事が不提訴の決定をしたとしても,その決定に法的拘束力 はなく,代表訴訟の提起が妨げられるわけではないし,60 日の経過前に代表 訴訟を提起しても,当然に却下されるわけではなく,60 日の経過によってそ の瑕疵が治癒されると解する余地がある(8)ことに鑑みれば,提訴請求の到達時 を確定する実益は乏しいともいえるが,理論的には看過しえない。本判決にお いては,監事の出席する理事会において請求書の記載内容が読み上げられたこ とをもって監事が請求を受領したと評価するのであれば,むしろその点が強調 されるべきである(9)。とすると,本判決は,監事において請求書の記載内容を 正確に認識した上で理事に対する提訴の是非を自ら判断する機会があれば,瑕 疵が遡って治癒され,その請求書を代表理事が受領した時をもって請求は効力 を生ずると理解すべきことになろうか。

3 本件賠償条項については,それが役員の意思に基づいている限り,その効

力を否定する必要はあるまい。この点につき,大判昭和6年 11 月 28 日新聞 3345 号 17 頁は,甲乙会社の合併契約において,「乙会社ノ帳簿ニ現存セサル 債務ノ負担其ノ他甲会社ノ損失ニ帰スヘキ過漏アルトキハ乙会社ノ取締役連帯 シテ之ヲ所弁スル旨」の条項がある場合につき,「二個ノ株式会社カ合併ヲ為 スニ当リ之ニ附帯シテ合併ニ因リ消滅スル会社ノ取締役ヲシテ其ノ会社ノ債務 ニ関シ合併後存続スル会社ニ対シ個人トシテ賠償ノ責ニ任セシメムトスルカ如 キ契約ハ其ノ取締役タル個人ト相手方タル会社トノ間ニ於ケル債務契約ニ過キ サルヲ以テ両会社ノ合併契約以外ニ右契約ノ当事者間ニ於テ特ニ右事項ニ付合 意ヲ為シタル場合ニ非サレハ其ノ契約ノ効力ヲ生セサルコト勿論ナリトス」と した上で,株主総会に出席して合併契約を承認しただけでは足りず,取締役が 両会社の合併契約に関与するなど,取締役・甲会社間において右条項を内容と

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する合意の成立を窺うことのできる事実を要するとした。本判決も,A農協の 理事会に出席して本件合併契約の締結に賛成した理事またはこれに異議を述べ なかった監事は,代表理事を介して旧4農協との間で意思表示を交換すること によって,本件賠償条項に基づいて責任を負う旨の契約が成立したと構成する ようである(10)。なるほど,主契約の人的担保としての機能に鑑みれば,本件賠 償条項は保証契約に準じて役員・合併当事組合との間で締結される契約と評価 する余地がある。しかし,合併当事組合にとって各役員が本件賠償条項に賛成 しているかどうかは必ずしも明らかでない以上,各役員との間で黙示の意思表 示を交換していると解するのはかなり無理がある。また,本件賠償条項に基づ く役員の責任は,合併契約の効果として新設組合に対して負うものであるから,

合併契約の内容を構成し,役員を当事者とする契約の効果として生ずるもので はない(11)。すなわち,本件賠償条項は役員に一定の責任を負わせる旨のA農 協の意思であるから,それに同意する役員の意思はA農協に対して表示され ていればよいというべきである。そして,本件において,役員は本件賠償条項 に基づき責任を負う旨の明示の同意をしていない以上,合併契約の内容の決定 に対する関与の態様によって黙示の同意の有無を判断するほかはないが,A農 協の理事会に出席して本件合併契約の締結に賛成した理事及びこれに異議を述 べなかった監事には黙示の同意があったと評価してよかろう。

 次に,本判決は,本件賠償条項の合理的意思解釈として,役員は具体的な損 害の有無を問わず引当不足額填補責任を負うものと解しており,その根拠とし て,組合に対する役員の責任に関する平成 17 年改正前農協法 33 条2項(現 35 条の6第1項)との関係を挙げている。しかし,本件賠償条項に基づく責任は,

A農協の役員が合併の効力発生後にB農協に対して直接負うものであって,

役員のA農協に対する責任(A農協が役員に対して有する損害賠償請求権)をB農 協に承継せしめるものではない。したがって,引き合いに出すべきは,農協法 33 条2項ではなく,役員の第三者に対する責任に関する3項・4項(現 35 条

(13)

の6第8項・9項。会社法 429 条に相当する)である。そこで,役員の第三者に対 する法定責任と対比すれば,悪意・重過失による任務懈怠に基づく損害賠償責 任という点では,本件賠償条項は旧農協法 33 条3項と同一内容となり,格別 の意味はないことになるし,計算書類の虚偽記載に基づく損害賠償責任につい ては,旧農協法 33 条4項は悪意・過失の有無に関する立証責任を役員に転換 しているのに対して,本件賠償条項は悪意・重過失の場合に限定する点におい て責任を緩和することとなってしまう。とすれば,本件賠償条項の文理からは 乖離するが,本件の諸事情に即した合理的意思解釈としては,旧農協法 33 条 3項・4項とは異なる独自の責任を定めたものであり,A農協の役員はB農 協に対して貸倒引当金の過少計上による引当不足額相当額を填補する責任を負 う余地があると解さざるをえない。

(1) 会社法上のこの論点に関する私見については,拙稿「判批」朝日法学論集 28 号(2002 年)119 頁以下参照。

(2) 出口正義「判批」ジュリスト 1241 号(2003 年)101〜102 頁,新谷勝『会社訴訟・

仮処分の理論と実務〔第2版〕』(2011 年・民事法研究会)379 頁。

(3) 倉沢康一郎「判批」法学研究 70 巻 11 号(1997 年)175 頁,江頭憲治郎=門口 正人編集代表『会社法大系4』(2008 年・青林書院)440 頁[松山昇平=門口正人執 筆],奥島孝康ほか編『新基本法コンメンタール・会社法2』(2010 年・日本評論社)

242 頁[野村修也執筆]。立法論として,北沢正啓「判批」ジュリスト 1024 号[平 成4年度重要判例解説](1993 年)118 頁。

(4) 森本滋「判批」判例時報 1455 号(1993 年)218 頁,𠮷本健一「判批」商事法務 1434 号(1996 年)33 頁,齊藤真紀「本件判批」民商法雑誌 144 巻2号(2011 年)

240 頁。

(5) この点は上告受理申立理由でも主張されている。

(6) 会社への郵便物は総務部の従業員が代表取締役または監査役の代理人として受 領するのが通常であろうが,会社または代表取締役が名宛人となっているものに ついては代表取締役の代理人として受領するにすぎない。

(7) 本判決によれば,前掲大阪地判平成 12 年9月 20 日の事案においては,提訴請

(14)

求書が他の監査役にも見せられ,監査役会で提訴しない旨決議された以上,代表 訴訟が不適法として却下されることはないはずであるが,それ以前に,提訴請求 を受領した監査役が責任追及の対象となっている取締役であったとしても,監査 役を提訴請求の名宛人とし,監査役がそれを受領している以上,提訴請求自体に 何ら瑕疵がないものと評価すべきである。

(8) 北沢正啓『会社法〔第6版〕』(2000 年・青林書院)452〜453 頁,新谷・前掲注⑵ 383 頁,東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ〔第3版〕』(2011 年・判 例タイムズ社)291 頁[名島享卓=森岡泰彦=川原田貴弘=小濱浩庸執筆]。

(9) また,書面が受領されたといえるかも問題である。この点につき,上告受理申 立理由では,「会社に対して取締役に対する提訴を求める内容が明確であれば,

同項の『書面』の要件を満たすというべきであり,当該書面が提出された事実を 受領権限がある者が確知できればそれで同項の要件を充足すると解すべきであ る。」と主張している。

(10) 学説上も,消滅会社の財産の瑕疵に関する取締役の責任に関する条項につき,

取締役会でその条項を含む合併契約を承認した取締役は,会社を代表して合併契 約を締結する代表取締役に,責任負担の契約をなすことについての代理権を与え たと解されている(上柳克郎『会社法・手形法論集』(1980 年・有斐閣)214 頁,上柳克 郎ほか編『新版注釈会社法⒀』(1990 年・有斐閣)191 頁[今井宏執筆]。佐久間毅「本件判批」

ジュリスト 1398 号[平成 21 年度重要判例解説](2010 年)82 頁も参照)。

(11) かかる理由により,役員と合併当事組合を当事者とする第三者(新設組合)のた めにする契約と構成することも困難である。

 本判決の評釈・解説として,上記に引用したもののほか,黒田直行・JA金融法務 456 号(2009 年)49 頁,奈良輝久・法の支配 156 号(2010 年)180 頁,後藤元伸・法学 教室 353 号別冊付録判例セレクト 2009[Ⅰ](2010 年)12 頁,絹川泰毅・ジュリスト 1401 号(2010 年)83 頁,同・法曹時報 642 号(2012 年)203 頁,吉垣実・私法判例リマー クス 41 号(2010 年)110 頁,和田宗久・監査役 575 号(2010 年)94 頁,近藤光男・私 法判例リマークス 42 号(2011 年)74 頁,釜田薫子・ジュリスト 1420 号[平成 22 年 度重要判例解説](2011 年)140 頁,髙部眞規子・別冊判例タイムズ 32 号[平成 22 年 度主要民事判例解説](2011 年)218 頁がある。

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