九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
チョウサアと現代英語
中山, 竹二郎
https://doi.org/10.15017/2557069
出版情報:文學研究. 13, pp.33-50, 1935-10-20. 九州文學會 バージョン:
権利関係:
チョウサアと
現 代 英 誦
チョウサアは十四泄紀の詩人であり︑従つてその言語は所謂﹁中泄英語﹂に届する0もつと詳しく云ふならば彼の
文學活動の最も華かであったのは千三百八十年代であり.彼の死を一四
00
年とすると︑彼の作品は皆中祉英語で歯 かれたものと考へて誤りはない︒この中泄英語と近代英語との限界に就ては學者の間に諧眈ありて一祉紀或は百五十
年の差を生することさへあるが︑何れにしても一四
00
年以前にまで近代英語の領域を脳けることはない︒であるか
らチョウサアの言語は正に中批英語に屈するといはなければならない︒しかしわが詩人の言語が中泄英語の本格的の
形態を具へてゐるか︑或は既に近代英語に推移してゆく過渡期的の欣態に在つたかは問題となり得る0
Wy ldは音控上
の考察から
して
︑
チョウサアは近代英語の初まりを問いたであらうと推論してゐるが︑
音控
上だけでなく語形︑文章
の方面でも︑チョウサアと近代英語との近似は寧ろ瀬箸なものがあるのではなからうか︒私どもがチョウサアを設ん
での感じから云ふ
と ︑ 彼の言薬は私どもの駆ぶ椋準近代英語に近く︑時には近代英語そのもの4古僻ではないかとさ
ヘ想はれる︒成揺時には近代英語にない奇異な表現にも造遇するが︑見たところェリザベス朝の文意かと想はれる部 ま
ヘ が き
チョウサア ~ J 現代英 語
中
山 竹
︵一阻七三︶
耶
︵一四七四︶
分も多い0チョウサアの英語が私どもに珈解し易い例證として彼の﹁曲女側設﹂の開巻最初の
三行
を引用
しよ
うー
A
th ou sa nd e ty me s
I
ha ve h er
d m
en t e
l l e ,
Th at the r e i s jo y in h ev en
e ,
an
d p
ey ne i n b el l
e ,
And I
ac or de w el t ha t i t i s so
. (
Te xt B )
この一節は恨令わが詩人の作品に接したことの
ない
︑
或は特に中祉英語の姉識のない人にとつても容易にそ
の意
味を
推姉し得べきほど近代英語的である︒そしてか4る程度の近似は彼の作品中に決して稀ではない︒
Go ss e
は近代英文の學の研究はその言語の理解の容易さからみてチョウサアの時代から始めるのを宜際的に便宜であると説
いて
ゐ
るが
︑ 殊に私ども英語を外國語として狼ぶ者にとりてはかうした言語上の考廊は重要である︒文學鑑貿の目納でチョウサア
含叡まうとする人は中枇英語
一般
の言語學的知識を得る前に︑まづ詩人の作品に親しむことが可能でもあり
1 1 1
切でも
あると信する︒チョウサア學者の中には︑古代英語の橡備知識なしにこ
の詩
人を韻む
こと の非を説く人もあるが︑綿
じて日本
の齢
者は上代は扱附き中拙英語
の諮
方言に到する親しみが剥いやうに思はれるから1無諭これは概括的に
云
ふの
で︑例外の
ある
のを認め
るが
ーー近代英語の仰
識を
以て直にチョウサアにあたつてゆくといふ在際的の方法を
枇めたい︒所詮私どもは近代英語の光に於てチョウサアを詔む外はないのではないか︒
しかし近代英語の光で訳むことは近代英語に疸
して
散むことを意味しない︒絃に従来屈々試みられたチョウサアの
近代認
に就 て一
言するのも従爾ではあるまい︒古くは
Dr yd en
がチョウサアの近代英語化を試み︑十九枇紀の初めに
は
Wo rd sw or th
の繹があり︑更に降つては
Ske a t
認S ' ︑
Ma
ck
ay
e an d Ta tl oc
k散文の繹︑最近には]
U• .
Ni
c ol so
n の
文 學
研
究
第十三輯
一四
はない︒だから
Ni co ls on
の謁
にはこの行に
d
w i [
t h
f r u i
"t
とい
ふ全く原文にない二語を附加
して
綴の不足を補つてゐ
る仕末である︒か4る填充語や代用語が原文の持つ味を落とすのは裳然である︒チョウサアに於ては何が語られるか
よりも如何に語られるかが重要であるゆえに︑原典をあるがまAに
訳む
外に郎の鑑政の術はない︒況んや語銀文法に
於てチョウサア英語と現代のそれとの間に類似が多く︑意味を汲み取るだけならば
Sk eGatloの簡潔な
s sa ry
で事足
りる有様であるのだからP
チョウサアの用ひた賠の多くは近代英語に描承され︑今日まで生きてゐる︒私はこの事宜を明かにするために次の
やうな計数的のテストを試みた︒即ちTa
t l o ck
and
Ke nn ed
y編する所のC苓唇
r
.C
︑ 姿 0
m
苓忌
(1
9 72)A中のから
M
まで
( I )
j
︾
を除いて︶+アルファベッツIの各々初めの百語を︿とり︑その百語の中︑現代英語で殷用に蹄した語こ ︒
︵但 し
固有
名詞
︑嬰
化形︑
純然
た
︶その結果は1
乞 叫 ヘ
ナる外
國語等は計卯に入
れない︒
A, 19; B,
1 4
; C, 16; D, 16; E, 20; F, 11; G, 28; H, 24: L, 12; M,
1 8.
チ ョ ウ サ ア
と
現 代 英 蔀
のでは綴の不足を来し韻律の乱れを生する︒ の﹁序話﹂第一行のA冷だヽは語尾の
一 五
︵一四七五︶ さらば
とて
原典の
Af r2 il }
に釘してはA
ヽミ以州
にこれに相裳する語
物語
﹂
︐ヽ
を繹
りか
せて三綴の語となつてゐるがこれを現
代英
語
︐ 念 込 に 斐 へ た
その﹁騎士物語﹂現代語認の序文に醜認の因難を述べ︑原文のi食さを
e たことなどを説明してゐ
る ︒
チョウサア現代繹の困難の原因は主に語尾の
' ヽにある私は考へる︒と﹁キャンタベリ
思 色 念
に焚
へ ︑
或行
には
iA
︑
r︑
を附加し る︒物語の説
明と
して
︑
或は
原文
の解料としては役立つであらうがその内容は異ったもの
とな
る︒良心的な
Sk
etaは
﹁ キ
ャン
タベ
リ物語﹂の全繹さへ出てゐる︒しか
しこ
れらの企ては原文に到する忠囲さの差はあるが要するに咽認であ
即ち 一
0 00
語巾価に一七八語︑
概略
一八
︒ハ
ーセ
ントの殷語を含むことを
姉り得た︒これはチョウサア英語が現代英
語に近似してゐる事囲に野する一の訛明となり得る
と考
へる
︒
チョウサアを
﹁濁 りな き英 語の 白水
﹂
と
Sp en se
のかた此句間に何となった︒しか1が稲へてからこは英文學徒の常套'
し此
w ^ [
el l o f E ng li sh u nd
ef y
ld
"
が餌に何を意味してゐるかは必すしも明でない︒
ングロ・サクソン語の純粋さを失って
mi xe d
la
ng ua
geと化してゐた︒中拙英語幾枇紀かの間を通じてフランス語は
絶ぇす英語の中に流入した︒殊に十四拙紀の後半に此側向が蒋
しく
︑
Je s pe
rs en
の試みた統計に拙つても
︑一 三五
0
ー一
四
0 0
年即ちチョウサアの時代は他の何れの半梱紀にもまさつてフランス語の流入 ︑ あっ
た︒言葉の藝術家として敏感な官能を持つたわが詩人がどうして此風潮に無脳
心で
あり得ょうか°殊にチ
ョウ サ
アは大陸文躯の影榔を深く受けた0そのためであるか︑或はチョウサア自身の中にフランス的じ素賀が在ったためか
或はその雨者
のためか︑何れにせよチョウサアには嶋國の霧に包まれた暗さが無い︒五月の朝に微笑む明朗さ︑肉慾の
醜さをも悪ぴれすに正説得るナイーヴテが彼をイギリス的の作家より慨別
する
︒
的活動をフランス期︑イタリア期︑イギリス期と駈分するのに四
し ︑
チョウサアは常にフランス的であると逍破した
, ︑
5 ︵
Leg
ou is
の説に私は左担するもの
であ
る︒
概括的に
云つ
て︑チョウサアは
l E 詩人の英語しくフランス的である︒ぃからばこのフランス的傾向乃至素質がわが
文 母 し
'
ヽチョウサアの語彙 研究
9 , '
\
L'
ノ寸
三肌
一般
の文學史家がチョウサアの文駆
一 六
フランス語の英語化を見たので チョウサア時代の英語は既にア ︵一阻七六
チ ョ ウ サ ア と 現 代 英 祁
C. T
. ,
Th
e C
'l er l,Tas
l e
Ro md
§
to fiぎ
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Lc
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Th e
H
ous
o f Fame
C. T
. ,
Th
e Prologue
‑ I = ‑
寄ロ領域であるから故にはまづ︑
してみよう︒
794 , 858 57 1 121
—
Iロ 叶
F F玄
'F ;= ‑;‑ 7 ' ~ co IJ' C'l CJ1 N i.::i i'
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5 5
500
5 8
2‑377 275 65 52 5
5
4 8
13
一七 計雰し︑前者の後者に野する比 グロ・サクゾン系の英語の数を
lO
ス或はラテン起源の英語とアン 13 の作品中の数ヶ所から地名人名 法で調究した︒即ちチョウサア に如何に作用したか︒果
して
彼の英語が﹁濁りなき﹂荊淳さを保ち得たのであらうか︒この問題は多而的な観察を嬰
求
する
︒その中痰音に脳する部分
の多
くは私などの容易に手を出せない方面であり︑また専門學者
の意
見と雖も臆測
以上に出でない黙が多いのであらう︒しかし語痰に脚する方而は計敷的な調査が可能であり︑比較的正確を期し得る
チョウサアがその用語に於てフランス乃至大陸
の影
緑﹄
を
ど
の程
度に受けてゐるかを考察
このことに就ては既に
E l l i
s
が
その
名秤﹁古英語嶺音考﹂に於て若干の研究を複表してゐる︒彼は﹁キャンタベリ
物語﹂の﹁序
話﹂
中に在るフランス系の語の数を計邸し
﹁ 序 話 ﹂ の綜
行数八五八行に鉗しフランス系の語数価に七六
一語に過ぎない︑即ち
一行
一
語以下の割に過ぎないことを褻見した︒そして彼は此事宜をさして﹁この作品が駆倒的
にイギリス風である證腺これに過
ぐる
も
のな
し﹂と云つてゐる︒私は
エリ
ス
の此の研究と同方而の事項を梢異つた方
などを除いて数百語づ入を選ぴ
その中に用ひられてあるフラン
︵一阻七七︶
の如き同意語の反復や︑また チョウサアはしかし徒に外國語を却けたのではなく︑ 英語の盆なきラテン化を戒憐したかの如く息はれる︒ 率を求めた︒その緒果は右表の通り平詢︱‑%といふ誠に低い率を示してゐる︒この調杏はその取材の範園が狭いの
で絶封
の信
頼は逍き得ないけれども︑チョウサアの語臨.が外國語の過度の佼入から守られてゐる大開の傾向を知るこ
とができる︒猶上記の比率が如何に低いかは同じ方法で得られた他
の詩
人の語臨
の統
計と封照すれば一暦明瞭となる
であらう︒いま甚だ概略ではあるが
Ke at s
と
Br ow ni n即ちチョウサアに於ける場合をみるに左表の通りであるg︒
の︱‑%に到し近代二詩人の比は一四
Ke at s
︱
‑ l
"
ぃ恥声応□叫 翌
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贔 詈
5 8 0
頭
I71 Br own i ng一 望羹
i n [ J an d t h e Bo ok
J t f1
ー 命 溢
ご
8SQQi l ' l }
I 7
全くの創作の場合と︑﹁學生の物
語﹂
の
如く外國文學の醜認の場合とで外来語の比率が甚だしく捜じないことである︒
わが詩人は
Pe tr ar ch
の原典を前に血
l l l
いて
筆を執りながら母國語と原作者の言葉との間にはつきりとけぢめを附けて︑
I
ha ve
a
le ys er a nd a sp ac e (F.
493)
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5ヽan d t ha t con
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1︑且 ロ
念
g o t
l 3
`屯翠5
文根研究第十三輯時には外國語を重言的に用ひてゐる
ー
│
7 7
15 14
興味を感じたことは﹁序話﹂のやうに 前掲チョウサア語盤の統計表に就て 乃至一五%を示してゐる︒
一八
︵ 一 四 七 八
︶
/ E11 "Fl
チョ
ウサア
と現代英拙
とい
ふ結果を得た︒この考察は小範園に局限されてゐるから絶幻性を持つわけでは
ない
が︑
大個の側向を競ふことは
できる︒︵
獅 苓 姿
iヽが助動詞として二綴を有つ例はA.760, B.
3 24 44 5,
5 935D6等酪. ,
所に
あ
る ︶ ︒
またWyldはチ
ョウ
サア
に於ける副詞が︐ヽで終る例として
W
el
co
ude he s
i t t
e on ho
r s
an
d f ire a
ry
de
( A .
94
)
綴 綴
^
X、 一
︵卜︶ ︵卜
. x
)
し列
︶ ー
I I II II
..... . わが詩人の文法に関する認家の説
にて
往々
私どもの首肯できないことがある︒例へばSkeatの如き大家
でも
そ
の叙
述に不確かな乃至不適切な黙がある︒例
へ ば 答
dd
ヽが
﹁
所有し
た ﹂ とい
ふ強意のときには通常二綴であると彼は云つ
て
ゐる
︒今﹁キャンタベリ物語﹂の﹁序
話﹂
だけの
中で
此語が用ひられてゐる十七箇所に就て調べて見るに の
の場合⁝⁝七例
7り
グ/
⁝・
‑ り :
二︑ sh
Ie fヽra
︑
Kiさyan
d she preyet
h (B. 1790)
一九 の如くアング
ロ ・
サクソン系の語と外國系の同義語
とで
到句を構成
する
場合などには特にチョウサアの外固語好みが
著しく感ぜられる︒しかし大儒としてみるに彼の作品中に含まれた外國系の語旋は概して純イギリス語に比し逝
にそ の数少く︑この黙からチ
ョウ
サアの英語は
その
純梓さを高度に
保つ
てゐると云へよ
う ︒ チョウサアの文
法に 就ての諸家の説
︵一四七九︶
子音の前に用ひられた
fr
ov十互例. 母音の前に用ひられた
fr o
例
hの前に用ひられた
fr o
六例
事囲わが詩人は決してか4る法則の束縛を受けない︒ 學,︑8 , `
を琺けてゐる︒しかし此例から三十行後
(A
.124)には
And
Fr en sh s sh e s pa k fu l f iare
an d f et i s ly
とあ
り︑
fa芍
は 韻律的に考察して正しく箪綴である︒かく語尾の
' ヽ が
屯 ﹄
かれても疲音されない
fa
ireの例はチョウ
⑨ サア中に多い︒それらは皆箪綴の語尾の無い副詞と認めなければならぬ︒何となれば
Wy ld
自ら云つてゐるやうに︑
中枇英
語の打際の音と綴字とは厳密に罷別しなければならぬ
から
︒
副詞的に用ひられる場合が多
く ︑
殊にHF.1.
5 303の索食HF芍..
3 3 2
の
も芍
最後にいま︱
つの
例を欅けよ
う ︒
チョウサアに於ける
fr
o1
︑ ︑
と
fr o
の院別に就て
gu la rl
"y)
舟昔叉はAにて始まる語の前では⁝⁝⁝fミ)Z
子音の前では:・・:
....
•....
...••
;……•••…••fミ .
︒
︵ が用ひられると述べてゐるが︑ またfa ir e
の外
に 芍 ぶ 食 も 芍 が
語尾なくして
0
︑§cき中に選ばれた例を取ってみ
E
:芍るに
︑
全く
te n Br in k
の設に反して
ゐる
︒
文
研
)しクツ第十三輯
の如きは綴
字に
も'
ヽが逸失して 四0
Ta tl oc k an d K en ne dy
編紐
叶の
te n Br in k
は﹁規則的に﹂("
r e,
︵一 四八
0)
チ ョ ウ サ ア と 現 代 英 齢
を焚見する︒
一
︑ 語 形 の 不 安 定
今
CA df
̀Q er cミ ` ミ ミ︑ さ
0簑 ヽ
四
喜
Li dd el l
は形容詞のw
ea k
f o r m
(~::
訊 ︐
C︶は固有名詞の前に用ひられると云つて︑
, ︑
ー︵ 欅けてゐる︒に拙れば S︑
y i
︑L
逗 な ど の 例 を の例は緯計二百十五あるが
︑
Li dd el l
の脱くやうに
we ak
f o r m
のS︑ゞ
茫
が用ひられたのは僅に二十四例に過ぎない︑即ち全個の
一 ︱
%
に過ぎな
い︒他は皆︐ヽの
ない
st ro ng
form~
用ひてゐる
︒ 享 ろ Li dd
el l
の説を逆にして
st ro ng
f o n p
が同有名詞の
前に来
ると云った方が事質に近い
︒ 狼
前に述べた弱斐化形の
二十
四例
中︑
れてゐるのは注意すべきである︒ 十七まではS
も 茫
Afミ
芍 の
如く女性名に冠せら
かくの如き翁敬すべき諸大家ー│殊に
Sk ea t
のやうなチョウサア學者の努力に到
しては私ど
もは深い恩義を感す
る︑私どもがチョウサアを今日のやうに鑑宜し得るのは彼に負ふ所が多
いと
信する
ー│
の 説
を検討
して
︑
そ
こに
記辿
の誤謬或は不十分さを漿見することは私ども
後朗
子の
戒め
となる︒チョウサアの言話は中祉英語から現代英郡
n I I
への
過渡
期に
あっ
て型の崩れが多く︑不規則性に富む故に︑また韻律の要求が語形を左右することが屈々あるが故に︑テクス
トに就て炭くその用例を求め節納的に考察するに非ざれば正確なる綜果に逹し難いことを悟るの
であ
る︒
チョウサアの文法の特災性の
一は
その語形の不規則にある︒即ち同じ意義同じ機能に於ける言葉の形態が一定しな
いことである︒詩人の立場から見ればこれは韻徘の調整上大きな自
1 1 1
を卒業することを意味する︒
' 現代の標準英語に S
︑ ゞ
i (
︑)
+
Pr op er
N
am e
︵一四八一︶
その中
語尾斐化の狸もそれ/\の語によつて固定され︑
い︒無論中には苔`伶aiヽの強勢位骰の不定('
'xx9Xxf 卜
) ︑
さ i r g
̀ 2 [ 9
母 ヽ
d r2裟の雨形
併用
︑ 形不 定( ih
︑]
︷吝
Smis g
t h ,
t h e
き
s
s s ︑姜A s) など 若干
の揺らぎはあるが大盟の形は規定され
て ︑
a
ミ `i ぷ
こざ
` を A ︑ の 如き ダプ レッ ト( do ub le ts )
の間にも用法
の差
異が制約されてある︒近代英語も十六批紀に遡ると﹁規則性﹂が減
じ ︑ 言薬の形や
働き が自 由に なる
︒S ha ke sp ea re の英 語が 如何 に
奔放であり﹁不規則﹂であるかは人の良く知る所である︒
更に遡つてて十五祉紀末の英語の不統一さはCax
t o n
の歎息に表象されたかの観がある︒彼は
﹁卵
﹂
を︑
gg
g
と呼ぶ
べき か︑ 将ま た︑ yr
︑
7
と云ふべきかに惑ひ︑裳時の英語に拙るべき定型のない
ことを慨歎してゐる︒十五︑十
六雨
世紀
の英語は過渡推移の朕態にあったがゆえに文法や語形に統一性を鋏いだといふ解籾がこの場合に可能であると思ふ︒
推移とは筈来の標準が崩れ︑これに代るべき新しい型が確立しない邪沌の欣態を謂ふ°十五︑十六雨批紀を推移の
時代と正しく呼び得るなら︑十四泄紀の︑チョウサアの英語も同様の︑或はそれ以上の意味で過渡時代の特性を具ヘ
てゐ
ると
云つて差支ない°私にはチョウサアの英語は中泄英語の完成された形態と認められない︒卑ろ中泄英語がそ
の特質の一部を捨てて近代英語の方向に進み寄った時代︑過渡期の
動稲
の多く現はれた時代だと考へられる︒そ
こに
概括的な文法論が駆々失敗する一因があるのではあるまいか︒
以下例を學けてチョウサアの文法に於ける不安定或は不規則性に就て二三の考察を試みよ
う ︒
イ︑強
勢 位 齢
の
不 安 定 現代 英語 にあ って は' ag
︑9 9d
︑芍 C2
あっては︑綴後音
は勿 諭︑
文學研究
,さ
n︑
t‑第 十 三 輯
︵ 一
四八二︶
︐ヽs
s ̀
,ゞig等のsuff
ix es には
主強勢を置かないのが原
則で
ある︑中には 四
き
s
s s︑2尽の複数 詩人に許されるラ
イセ ン
スの
範協が狭
, er
チョウサ
ア と 現 代 英 証
同一の物語中の同じ人物を指す同有名詞の
アク
セン
トも一定し
ない
︒
に就ても云はれる︒ ざ逗
き ` 卜X(A.
37 00
), の如く賞然ゲ
ルマ
ン
語風の強勢法が期行される場合にもフランス型が併用されて
ゐる
︒同じことは ‑i
ng
34l ix卜(Bkyng .
99
̲5C45Lx) )(, . ヽヽ
z 2 l l
ere , dom
X卜(A
37 05
) X卜x
(
A.
54 2)
卜x
(
54A.
5)
卜frcess(X︶のやな稀な例外はあ?してうと苔
も ︒
また時にはlーX
( L G
W.
39 7)
ともなる︒かく語尾に弛努を血
l i l
くのはフランス語に倣ったためで
あると解鐸され得る︒同様にAo
rrib
e(Bl.
75
1)もフラス語風に強勢されるまたン︒
奏rヽヽa
bl
eI﹄1xー(B.
76
687)XLx()
g
<.,も強勢位協が固定しない︒
, 4 ︵ 語に入った語であるゆえに英語化の過程の半ばにあったと解
し ︑
その
アク
セ
ント
不定もあながち怪しむに足りな
い ︒
しかるに古来の︑純粋のゲルマン系の言葉が同様の不安定
を示
すのは注目に値する︒例へば
, ho
od
f
︑0︑nr全
k逗箋ih裟
︵ ヽ
︶X
卜
︵
B38
44
)卜x,
(
2A.
10
3) X卜
(
46A).,
'̲ ;
x (
B.
38 32 )
以上は外國語系のsuff
ix es
であり︑ 唸
卜ssublex
x (
E.9
56
),
. .1 ‑
xx(B. 122
2)
となる
こと
が多く︑
四
﹁難訛士物語﹂の女主人公コンスクン
ス姫
し
かる
にチョウサアに於ては
g
rage
"
co ura ge : :
がX卜(
A.
22)
殊にag
r
︑
abl
ヽの如きはチョウサア時代に初めて英
(- •四八三)
ヽ ヽヽ
語
形⑥
不 同
A冷2茫
x
卜x(A.
1 )
,
Ap i l r
l ト
x
( B .
6 )
ないか︒終りに名詞の場合の
一例
を皐ければ
中祉英
語の特質の現はれである此の賠尾
にとつては正に詔きの石である' ヽはチョウサア詔者︒
例へば
連続してゐ
An d r ed e the
pr ou de w or des th at h e s ey de ( 3769 B, 70) .
も拘らす箪綴である︒この場合語尼︐ヽを保つか
否か
は箪
に甜律上の考廊のみによつて決定されて︑
副詞の語尾
ヽの不安定を示す好' 例として次の二行を引用しやう︒
Me n m ay s o lo n g
e
gr
av en i n a s
to on
(
F.
830
)
So 唸 lohnan,
th ey c on fo rt ed h e1
, •••
︵F.
8
32)
同じ副詞
l0
︑
i怨が第一例では二綴︑次例では箪綴として取扱はれてゐるのは韻律の
上か
ら説明する外はないの
では
約を超越
して
ゐると見なければならぬ︒ 第一行の;{ヽはその賠尾が有膝なるため二綴となり︑ K
︑
de
"・hic
h t h at he w as i n
Ma ch ab e e
る次の
二行
を取って
みる
にー
ー ー
文卑
ロ ︑ 語 尾
︐ヽ
の 不 安 定
研究.,'
一 し
L'
1竹 ^
l ‑ ‑ i l u
全く文法上の制 ︵一阻八阻︶
次行の同じ語はその文法的機能や窯蕊が全く同じであるに G`sia慈ヽはB.245ではX卜•B.1107では卜X卜と
なる
︒
四四
チ ョ ウ サ ア と 現 代
英研 一
︑複
数及び恥格の語形 同一の語が異つた綴︑猿昔
を布
つ例も多い°
動詞
︽
't o
di
"e の不定法は
.d
遠︹
fe
lo
ny e c . 1
喜︺︵
n .
644
)
の二形が行はれる︒また形容詞{^
hi gh ' '
にはA俎念︵ヽ︶" 念 ︵
ヽ︶の
形が
あり
︑
路憫が見られる︒数詞・'on
e:
.に
は
(0)0
︑ ` とそ
の縮形0(0)が併用されるが︑前者は自由な用法を有つに反し︑後者
は常に子昔の前に用ひられる︒斯る場合にこそ二形併存の理由が明かである︒
現代英語に於てはc^
be
" の
三人
稲複数叙行
法 現 在 は 盃
re:ーであり
︑梢 々古 くは
:せ
be
:ーも用ひられた︒チョウサア
にありては此二形の髪閤を少くとも万を竹文る︒即ち
] •
a.
wo mm en ar
e
bo rn t o t hr al do
m (
2B.
8 6)
b.
thi~e
am
th e wo rd es
(E342) .
2. a. to
Ro me be
th e y co me
711 (LGW.
2 ) Q. th e
y bee n th us y , me tt e
(D.
1 1 1 5 )
c . hu nt er s
be
t l t n at ho ol y me n
(A
. 1
7 8 )
何故かく多様な形がわが詩人によつて用ひられたかは説明に苦しむ︒たゞ前掲2.a. の場合︑
Lo
2ヽ︹痰音
r ?
m;iJ
の次にあるゆえ母音の衝突を避けて
芍 を
用ひたのであらうとは云
ひ得
る︒
dヽ
遠︹
se ye
c :
j fj l
奎 ︺
︵B.
5 2 5 )
四五
^︽m
err
こには︑︑匂翌吾`ry
箋︑
) zy
さ.2ヽ等の
︵一
阻八
五︶
拭硲忘娯ざ会
+‑111
再11‑‑m心令卜や竺"year"廷「阜灌起器滋」‑‑v...)¥‑', 忌ぶ
twenty yeer (A. 601), ten yer (T<;::. 1.60)
e呉▽茫〇心菜心~-華校—s誤e器報→燦誤孔菜心°呈心
many yeres (A. 1521), in yeres two (D. 916). 国i((1臣<➔く)
茄.;..!.・.<ash" Q卦砕訳讀器蒜裟ashenQ*!l ashes (G. 807)'‑Qお.,;;.'、'foe"!1廷foes‑‑v foon Q巨器哉*~:lt:も史
も心菜心゜
綜淀且甜¥‑'.,.:,匡滋e惑絲ぷ匠~,{l゜'.'father"Q踪逹廷柑迭-V匡逹や~_,;;.'
by my fader soule (A. 781, etc.)
吟
m
砂卜譴諏譴沢艇塙羞ふ(l;
...)茫群i!..lfa如s(B. 861)匹齊噂殴和む゜"lady"譴{a
!,1.,s:,
his ladッgrace(A. 88) ‑v my lady's depe sikes sore (TC. 5. 675)→巨逹粂ffi::6心菜心゜
伶"of"0等蛮
熙起報菰~0、'allmanner of things" !1忌担や心It‑‑m心令卜椒海廷
aile maner thynges (A. 2181)
や~..;,'4'0等nomaner wight (A. 71), swiclt m邸eredoctline (B. 1689)恥器瞬謡如竺巨菜.,JJ"manner"竺
4'0祁!1"of"・: 粂等空孔菜共共合「専冷母e踪迎」0~·立且起)0菜心゜→条...)~ffi::悉竺報富0悉芸や廷~-v-'
チ ョ ウ サ ア と 現
代
英 諮
I f
tht a
th ee h ap
e p
t o co me n
(D
. 1401) X卜X卜X卜X卜XAnd qu
ey nt e
ma
ne
r
of fig
ur es
(HF.
1 .
126)
の如
く
. .
of
こを用ひた韻文の例があり︑
6 .o fこか韻律調盤の任務を十分に果してゐる︒︾
これ
を決定するので︑散文では寧ろ"
ofを用ひる領向が強いやうに思はれる︒散文て書かれた﹁牧師の物語﹂の中こ
から'•mannerof"型のャ九例がT•K. の
Co nc or a0
ヽ岱に載せられ
てあ る︒
絃でいふ
im pe rs on al co ns tr uc ti on
とは
"
i t l ik e s
me"の如き梢造を邸味する︒この"
'i t ︑は必すしも表はされること
を要しない︑現代英語のへ'm
et hi nk
"sは正にその型の辿物である°概して現代英語ではこの梢造の文章は少くなり︑
{' i t
l i
"はc(Ik e s me
• l i
"k eと
咋 翠 じ︑即ち典格で表はされたものが主格に続つた︒さてチョウサアに於ては
im
p
g
.on
st .
甚だ多く︑彼の英語の一特徴に罪へ得る︒橡想され得るやうに"
"i t を伴ふ形国と省略する形佃との滉用が著
しい
︒
a.
An d so
bi fc l i t
on
a
Sa te rd ay (A
. 3
3 9 9 )
It
君 誓
d
on
a
da y
(A. I 1
8 9 )
b. Bi
f il th at i n th
at
se so n on
a
da
1y (A.
9 )
へ ︑
im ep rs no al co ns tr uc ti on
四七 次はこれに闊聯する格の問題に移らう0概してチョウサアには典格の代名詞が多いが︑時には主格を用ひる︒その
例として‑^lo
ta 'の伴ったh︑
im pe rs on al co!lstru且on~
取 っ て 見 る に
︑ 恙 息
rヽ
苓 忌 が 通 常
の塑
であ
るが
︑
︵一四八七︶ 此前置詞の使用省略は韻律が
x
惑忘 叙
絵 +‑ Ill
蕪'"i r/=
ヽ(1亘<<)I so lotli wa̲s that thy‑self it wiste (TC. 3. 369)
8
R‑ '
ヘ!.1me・: 条I!.1獄.:..)'さ恙0
¥...J "personal"妥苺栽心~(\.{.!.o匡遂!.1lヽ如re(= "rather") 8翁ぐ呼→厖mwerelevere~.Q卦謀貝菜虹盆⇒
/んavewel levere ever to suffre wo (F. 1531)
心:;,,.~絲惑-,.>~>(}゜
盛怨匡"woe"・:条匡.:..)‑v‑impersonal construction
‑a‑
!.1 i±2〇心ご心翠廷~m心令~!.1坦辿~:;,,.゜r‑1.J,̲̲̲')ゃso wo is me (B. 817), me is wo (BD. 572), wo is hym (B. ̲1200), so wo was hem (TC. 3. 1698)
e
涯尽以条'かo‑<
苺乏如匡竺臣条直<逹や唸心''.Q,:l;: ~ 匡や~"V"如匡S苺吋咽ぐ記ね$年3匿器条宦奎如忍v'志<廷Lord, this sely Troi!us was wo (TC. 5. 529)
以案¥...JTro珈s':知知や器<逹癸.s-{?-~竺恥釦g、科廷組咄位啜:;,,.o堅は州迩ぷ證叙患奴翌封繹冷忌辺ビや匡S翠
ぐ口や唸心゜
In this debat I was so woくBD.1191).
.L.' K:‑
裟 .
悉
, 痣起椒舗g以率¥‑‑1causative "make"竺"to"~桓迄⇒癸全←製悉ふ苺~o11'm心~f>--!J~.,;;;,ド廷1118瞬\'.;1娑,•
~ffi::
;:'.)•.S-菜心'呈心
a. without to: make a man be・en hool (HF. 3. 180)
b. with to: make yow to see (E. 23 72)
c. with for to: make hem for to grone (TC.1915)
輿匡ふJ心豆"ought"S'! 訳旦い叶に噂心'惑ギ報器g立J
8
芸酋匡S
巡!J.
to十infinitive~致等や心はぢ...)'~m心'?~廷迅盆廿8~{mj粂心Ill9~8丑写菜条如装-~皿-ffi~檸0~
―
a. without to: wel oghte a wyf rather hirselven slee (F. 1397)
b. with to: wel oghte ye to pleyne (Mars. 286)
c. with for to: wel oghte a preest ensample fo1、toyive (A. 505)
‑?t< !.1惑ど樹海は案ド竺"see","hear'ば四e笹怠溢匡8~!1「く」',粂斎心女「奉」,•女栄心粂ユ吾::.)\--'姜没悉斜廷喉米
中匡如苺
'i s, :
ね寮製や硲心'忌心"hearhim sing"斜廷''heara song s1↓ ng"・: 忍喉炉硲心゜It‑
m心令r‑ 9
HE悉竺
尽 S
呉...,,I製や~~゜
惑ギ樹醤訳讀竺
d.2
!.1荼~d.2翠―a:. I have herd men tell~(LGW. 1)
b. I have herd it told (G. 936)
悉心'和心王尽—
a. ye han herd me sayd (F. 1547)
b. a sooth I have herd seye (B. 3154)
1¥‑‑m~4'p.._心惑起楳若g臣呆(1亘-<~)
紋・
廷 惑 奴
蕊‑l‑Ill苺!f10 (1亘共〇)
(1) H. C. Wyld: A Short History oj E11glish,
e
152.(2) E. Gosse: .4. Short History of Modern邸glishLiteゲatuゲc,p. I.
(3) The Knight's Tale in "The King's Classics" Pref. xxi.
(4) O. Jespersen: Growth anrl Structttrc of the English Language,
e
95.(s) . ~-Legouis: A History of English Literature, Vol. I, p. 86.
(6) A. J. Ellis: On Early English Pronunciation, Pt. 3, p. 651.
(7) W.W. Skeat: The Complete Works of G. C., BK. V, p. 31 etc.
(8) H. C. Wyld: A Short History ̲of English,
e
332.(9) H. C. Wyld: A Short History of English,
e
152.(10) B. ten B1ink: The Langzwnc and M ctrc of Chaucer (Eng. trans.)~270.
(II) M. H. Liddell: Chaucer,~115 (d).
引用語句の出所を示す略熙解
A, B, C, D, ... GはtheCanterbury Talcs rドのGroupの名
BD = The Book of the D四hcssc.
Mars= Compleynt of i¥,faグs.
TC= Troi/1んsand Criseydc.
HF= The Ho硲ofFame.
LGW = The Le!Jend of Good Women.
Ven= The Comp!eynt of Venu.s.
い怜.択)