吉岡賞受賞論文
〔書鵬薦22箏麟63覇〕
上皮性細胞の分化に関する形態学的観察
(1)外界鞘組織構築のcell kinetics
東京女子医科大学 第一解剖学教室(主任 フジ サワ ケイ コ藤 澤 敬 子
(受付 昭和63年8月19日) 串田つゆ香教授)Observations on the Differentiation of Epithelial Cells (1) Cell Kinetics in Cytoarchitecture of Outer Root Sheath
Keiko FUJISAWA
Department of Anatomy(Director:Prof. Tsuyuka KUSHIDA)
Tokyo Women’s Medical College
The outer root sheath has been regarded to constitute only a minor part in the hair organ.
Therefore, morphologists have taken relatively little notice to this tissue system. However, this cell group appears to have unique properties among those cell groups which constitute the hair root and hair follicle. The outer root sheath changes its morphological and functional properties corresponding to the hair cycle. In the present report, the outer root sheath was studied histologically on anagen hair follicles to elucidate possible significance of the topical variation found in its cellular morphology and cytoarchitecture. The outer root sheath corresponding to the lower third of the hair bulb was observed to change its properties in accordance with differentiation of the inner cell groups that move upward.
On the one hand, the moving vector of hair constituting cells and their accompanying inner root
sheath cells which together differentiate as they move upward to the surface of the skin is vertical to it. On the other hand, the outer root sheath cells exert inward pressure by multiplying to become layered. The two vectors cross with each other at right angle. It is concluded that the outer root sheath makes such remarkable metamorphosis, partly on the basis of the cellular dynamics which plays
between the outer root sheath and the more internally situated matrix of the hair proper.
はじめに 上皮および上皮性組織が示す細胞構築や形態分 化の仕方には,この組織が担っている機能と環境 とが密接に関連しているように思われる.最も眼 に触れ易い上皮性組織である皮膚の表皮を構成し ている一要素に毛器官がある.本論文で取り上げ る外根鞘は,毛包の最外層を形作る細胞群である ため,従来毛器官の付随的・従属的な一小部分と して扱われてきた.しかし,著者は外根鞘の構築 やこれを構成する細胞の性質が,それより内側の 毛器官のすべての細胞集団と著しく異なっている ことに注目した.そして外根鞘の細胞の性状や組 織構築が部位により著しく変化することを観察 し,この変化が内根鞘や毛構成細胞の分裂増殖・ 移動・分化の過程と明らかに関連していることを 認めたので,これらの観察結果について報告する. 材料と方法 成熟した雄性ウイスター系シロネズミの有毛皮 膚より標本を作製し,成長期毛包を選んで観察し た.2%paraformaldehyde,2.5%glutaralde− hyde混合液(cacodylate buffer, pH 7.4)で灌 流固定し,切りだした組織片は同一固定液の中で 一1219一
藤澤論文付図1
藤澤論文付図II
承壷・ 蝿、 難 1{ 慰 鷺瓢・1耀
網羅、 写真1a.毛根の上部1/2.完成した毛幹(←).外根鞘 (ORS)は,1b.に比べて層数が減少し,細胞も扁平 化している.1b.毛根の下部1/2.毛球部の膨らみを 作っているこの多数の毛母基細胞群(⇔)が上方に 移動して分化を完了すると,a.(矢印)のように全体 が連続した繊維性ケラチン・タンパクの緻密な塊で ある一本の毛として分化を完了する.括孤印:外根 鞘の多層化領域.内側の細胞群は,この領域で急激 に分化が進展する,(1a,1bは*印で連続)愚、
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養霧 [瓢纈
、餅{ ・i:毎紺 写真説明 (×580) 写真2 太い毛の毛球 ORS.:外根鞘. He:ヘソレ細胞層. SC:鞘小皮細 胞.HC:毛小難細胞. HCo:毛皮質細胞. Matrix Ce11:毛母基細胞.*:難球を取り巻く毛細血管網. 神経網はこの部位には見られない. 写真3 毛球上部の外根鞘 BL:基底膜.*:分裂像.基底膜上の細胞は,長軸 を動軸の中心に向け,厚さを増し,分裂能を発揮し, 多層化し始めている. 一1221一3
藤澤論文付図III
藤澤論文付図IV
(×400) 写真4 HCo:毛皮質細胞.毛皮質細胞の細胞質は上 方ではほぼケラチン線維で埋め尽くされ,扁平化・ 緻密化が進む.毛小脳(HC)と鞘小野(SH)の間 に間隙が生じ始める高さで外開鞘(ORS)は再び層 数と厚さを減ずる. (×700) 写真5 HS:毛幹. HC:毛小国. SC:鞘小事. IRS: 内鍵鞘.ORS:外根鞘.毛構成細胞の角化が進むと, 毛編皮一鞘小謡間の結合が失われる. 一1223一、 λ
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今 ( 図 毛器官下部の模式図 ▲印は細胞移動の方向を示す, 細切し,さらに数時間室温固定継続,その後0.1M cacodylate buffer(6%庶糖添加, pH 7.4)で30 分洗い,2%OsO4(cacodylate buffer)4時間 固定の後,アルコール系列で型通り脱水,Epon 812包埋.1μmの準超薄切片を作製し,toluidine blueとbasic fuchsinとによる重染色1)を施した, 観察結果 毛の縦断的全体像(写真1a,1b)において外根 鞘の細胞構築を観察すると,毛根の部位に対応し て著しく変化していることが認められる,すなわ ち,直球下部の細胞ではきわめて扁平であるが, 上方に向かうにつれて次第に厚さを増してゆく. おのおのの細胞の厚さが増すぽかりでなく,細胞 分裂が頻発し,細胞の多層化が進む(写真3).毛 球直上部から毛根の下翼1/3の領域で最も厚くな り(写真1b),それより上方では再び薄くなり,脂 腺開口部・漏斗部を経て,ついには上皮基底細胞 に連続する(写真1a).細胞分裂は外根鞘の肥厚部 にもっとも頻繁に観察され,それより上方では認 められなかった.基底膜上の外根鞘細胞の長軸は, 模式図(図。)のように変化し,肥厚部でぱ基底膜 に垂直に内方に向かう.すなわち,分裂による細 胞移動の方向は毛軸の中心である.一方,魚鋤鞘 を除いた内側の細胞群の変化をみると(図b),毛 球部の母基細胞群の中では,内内鞘の三種の細胞列のうち最初に外土鞘に接するヘンレ細胞質
(He)が,ついで鞘小皮細胞層(SC),ハックスレ イ細胞層(Hu)が分化を開始する(写真2,4, 5).縦断切片上で,これら内根鞘の細胞は毛球上 部に向かう領域で明瞭な分化を示し,細胞は大き さと厚さを増す(写真1b,2).毛を構成するのは 毛髄(Med),毛皮質(HCo),毛粗皮(HC)の細 胞群である(写真2).縦断切片においてこれらの 細胞群は毛乳頭周囲の母基細胞の分裂によって上 方に押し上げられてゆく縦に並んだ細胞柱または 細胞列として観察される(写真2,4).毛南部の 大部分を占める毛母基細胞は,上方に移動するに したがって,急激に分化の過程が進行し(写真2, 4,5),細胞質はケラチン線維束で埋め尽くされ る(写真4).さらに,線維間に最後まで残存・散 在していた核(写真4)およびリボゾームや糸粒 体は細胞が扁平で緻密な線維タンパクへと圧縮さ れるとともに消失する(写真5). 考 察 毛根の細胞群の中で外根鞘の細胞は独特であ る.第一に,外根鞘は内根鞘や毛母基細胞のよう な分化(角化)を示さない2)∼6).第二に,歯根鞘細 胞の性状・極性・構築が部位によって変化する(図 a,c).第三に,外根鞘の分裂能が発揮され細胞構 築に多層化が起こるのは,成長期毛根の下槍1/3に 限定されている.以下本項では,外根鞘の領域に よる多様性を細胞力学の視点から考察してみた い. 外根鞘は,上皮基底細胞由来の組織であるが, 基底側では基底膜を介して真皮に接し,極性方向 には上皮性細胞が本来備えている自由表面を失っ ている.それだけではなく,分化しつつ非常な速度で上方移動する内根鞘(Henle, Huxley, sheath cuticle)および毛構成細胞群(hair cuticle, hair
cortex, medullary cell)と直交するように密に接 してこれに圧を加えている.すなわち,ここには およそ90度も方向の異なる二つのベクトルが接し ており,細胞力学的に稀な複雑な条件が成立して いる. 外根鞘の細胞分裂は,多層化した肥厚部で最も 活発に起こっており,この部の細胞移動の方向は 内方の毛軸中心に向かっているので,細胞移動に よる圧力の負荷が内方の毛構成細胞群の分化に関 与している可能性を考えさせる.なぜならば,毛 上部の膨らみの大部分を占めている未分化な毛母 基細胞群は,付図(写真1a,1b)に示すように外 根鞘が肥厚し(内弁鞘も伴行ずるが),多層化して いる領域を通過する間に細胞列毎に独特な分化の 過程を終了し6)7),細胞群全体が連続した線維性ケ ラチン・タンパクの緻密な塊である一本の毛とし
て分化を完成していくからである(写真1a矢
印).これらの細胞の分化過程の詳細については, すでに多くの電顕的研究がなされている2)∼4). 太い毛の毛球は大きく,そこに含まれる毛母基 細胞の数も多い(写真2).太い毛で豊根鞘の多層 化が著しいのは,多数の毛母基細胞がケラチン化 し,緻密化し,さらに扁平化して圧縮されるため には,細い毛の毛形成におけるよりもより大きな 圧力を外根鞘が毛母基細胞に対して加える必要が あるからではないか.逆にまた,太い毛の外註鞘 は本来自由表面を備えているべき極性方向に,多 数の母基細胞からより大きな圧力を受けているこ とになろう.このような状況が,本領域に限局し て外心鞘の分裂能が発揮されていることと関係し ているように考えられる. 上述した観察結果と考察との結論として,毛構 成細胞の急激な分化(ケラチン線維形成・扁平化・ 緻:密化)と心根鞘細胞構築の連続的変化(極性の 変化・分裂・増殖・多層化)との間には図a,cに 示したような緊密な相関関係の存在する可能性 を,著者は強調したく思う. ま と め 外根鞘は毛根の各部に対応して細胞形態や構築 が著しく異なるが,この形態上の可変性・多様性 の意味付けは現在まで殆どなされていなかった. 本論文では,毛根の下約1/3の領域における外根鞘 の変化を,これに密着して上方移動する内方の細 胞群の分化との関連において光顕的に検索し,か つ考察を加えた.一方において,分化しつつ上方 移動する毛構成細胞群と毛形成の最終段階まで密 着して血行する白根鞘とが示す移動ベクトルがあ り,他方でこれに向かって周辺から内方に向かう 外根鞘の分裂による多層化のベクトルがあり,こ の二つのベクトルが相互に直角に交叉している. つまり,連続的に変化する外根鞘の細胞構築と毛 母基細胞群の分化とを細胞力学的関連に立って観 察すると,図aが示すようにそれぞれの本来の分 裂増殖方向のベクトルと環境因子として加わる外 圧のベクトルとが密接に影響しあった結果の産物 であると理解できるように思おれる. 串田教授の御校閲を感謝致します. 本論文の骨子は第270回東京女子医科大学学会例会 において発表した。本研究は第25回吉岡弥生研究奨励 金による. 文 献1)Alsop DW:Rapid single solution polychrome staining of semithin epoxy sections using Poly− ethylene glycol 200(PEG)as a staining solvent, Stain Tech 49:265−272,1974
2)黒住一昌:毛および立毛筋の形態。「現代皮膚科学 大系第3巻A」pp133−160,中山書店,大阪(1982) 3)Montagna W, Parakkal PF:Structure and
Function of Skin, pp203−205, Academic Press,
N.Y.&London(1985) 4)橋本 謙:毛包とくに外毛根鞘の構造と分化.「明 日への皮膚科展望」p68,金原出版,東京(1982) 5)馬場俊一:ヒト成長期毛包の電子顕微鏡的研究。 一皮会誌 95:1065−1076,1985 6)藤澤敬子:上皮性細胞の分化に関する形態学的観 察(2)外根鞘の部位による形態分化.東女医大誌 58 :1226−1236, 1988 7)藤澤敬子:毛包構成細胞の分化に関する電子顕微 鏡的観察.東女医大誌 54:645−664,1984 _1225一