博 士 ( 医 学 ) 下 川 淳 一
学 位 論 文 題 名
肥大心の左室心筋細胞における ATP 感 受 性 K+ チ ャ ネ ル の 性 質
―パッチクランプ法を用いた虚血類似条件における検討―
学位論文内容の要旨
I. 背 景
高 血圧 性心 肥大 患者 では ,突 然死 を含 む心 臓 死が 増加 する とい われ てい る.心臓突然死 の大 部分 は, 頻脈 性心 室性 不整 脈に よる 心停 止 が原 因と 考え られ てい るが ,その最大の原 因と して ,急 性心 筋梗 塞が あげ られ る. 動物 実 験で は, 冠動 脈結 紮に よる 心室性不整脈出 現は 肥大 心モ デル にお いて 増加 する と報 告さ れ てお り, 急性 虚血 時の 電気 生理学的活性は 心肥 大に よる 修飾 を受 けていると推測される.ATP感受性K゛チャネル(KATPチャネル)は心 筋虚 血な どの スト レス によ り細 胞内ATPの 減少 が生 じる と活 性化 (開 口) し ,K゛電流を増 加さ せる とし ゝう 性質 を有している.その性質か ら,KATPチャネルは虚血時に生じる電気生 理学 的変 化に おい て重 要な 役割 を担 って いる と 考え られ るが ,肥 大心 にお けるKATPチャネ ル活 性に つい て検 討さ れた 報告 は少 ない ,一 方 ,左 室心 筋壁 内の 電気 生理 学的性質には貫 壁性 の不 均一 性が 存在 する .さ らに ,心 内膜 側 では 心外 膜側 に比 ベ, より 虚血に晒され易 く, 虚血 に対 する 電気 生理学的反応にも相違があ ,る事が指摘されているが,肥大心の左室 心筋 壁内 にお けるKATPチャ ネル 活性 の分 布お よ びそ の虚 血に よる 変化 につ いてはよくわか って いな い,
II. 目 的
本 研究 では 、肥 大 心における虚血 時の心室性不整脈発生の機序のーっとして,KArPチャ ネル の活 性化 およ び その壁内分布の 変化が大きく関与していると仮説をたてた.これを検 討す るた めに ,正 常 心と肥大心にお ける心内膜側および心外膜側より単離した左室心筋細 胞を 用い て, パッ チ クランプ法によ りKATPチャネル電流を計測し,虚血類似条件による相 違を 比較 検討 した .
III. 方 法
18週 令 か ら22週 令 のWKYお よ びSHRそ れ ぞ れ よ り 摘 出 し た 潅 流 心 の 心 外 膜 側 お よ び 心 内 膜 側 よ り 単 離 し た 心 筋 細 胞 を 計 測 の 対 象 と した .全 細胞 電流 計測 では ,Perforated patch methodを 用 い て ,‑40 mVの 保 持 電 位 か ら0mVの バ ル ス 電 位 へ の 膜 電 位 固 定 を 与 え る 事 に よ り 生 じ る 膜電 流を ,6秒毎 に 計測 した .コ ント 口ー ルと して30秒 間の 計測 後,
心 筋 細 胞 周 囲 を 虚 血 類似 条件 とし ,510秒間 計測 を続 けた .虚 血類 似条 件は ,ブ ドウ 糖非 含 有Tyrode液 に2mM CN‑を 添 加 し , 細 胞 周 囲 を 潅 流 す る 事 に よ り 成 立 さ せ , コ ン ト 口 一 ル 電 流 に 対 す る 外 向 き 電 流 の 増 加 分 をKATPチ ャネ ル電 流と みな した .単 一チ ャネ ル電 流 計 測 で は ,open cell‑attached methodを 用い て, 細胞 内電 位を‑60 mVに 膜電 位固 定し
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た 時 の 内 向 き 電 流 を 計 測 し た . 細 胞 表 面 を1%digitoninに 暴 露 す る 事 に よ りopen cell‑attached patchが 形 成 さ れ た 後 , 細 胞内 液のATP濃 度(VM)を0,3000,1000,300, 100,30へ 変 更 す る 事 に よ り ,KATPチ ャ ネ ルの 開口 確率 と細 胞 内ATP濃 度の 関連 を比 較検 討 し た ,
Iv. 結 果
全細 胞電 流計 測の 対象 とな った 心 筋細 胞に おける細胞 膜容量(C。)は,心外膜側 および 心 内 膜 側 心 筋 細 胞 の い ず れ に お い て も ,SHR群 がWKY群に 比ベ 有意 に大 きか った .全 細胞 電 流 計 測 で は ,心 筋 細胞 周囲 を虚 血類 似条 件と する と, 大部 分の 細胞 でOmVにお ける 外向 き 電流 に経 時的 な増 加が みら れた . この 外向 き電 流の 増加 分は ,KATPチ ャネルの活 性化に よ り生 じる と考 えら れる ため ,0 mVにお ける 外向 き電 流の ,虚 血類 似条 件前後での 差(増 加 分) を, 全細 胞KATPチャネ ル電流(IK,ATP)と定義した,計測した心筋細胞の一部 では,
虚血類似条件によ るIK.ATPの増加が生じなか ったため,KATPチャネル活性化の有無を比較検 討 した .SHR群で は,KATPチャ ネル の活 性化 が心 内膜側において少ない傾向がみられ たが,
統 計学 的有 意差 は得 られ なか った , 虚血 類似 条件によるIKI ATPの増加は,心内膜側 心筋細 胞 で はSHR群 がWKY群 に 比 べ 少 な か っ た が ,心 外 膜側 では 両群 間に 差は みら れな かっ た.
IK,ATP活性化の開始から,rK,ATPの最大値に達するまでの時間(Tonseltopeak)は,心内膜にお い てはSHR群 がWKY群 に比 ベ延 長し て いた が, 心外 膜側 では 両群 間に 差が みられなか った.
単 ー チ ャ ネ ル 電流 計 測で は, 細胞 内液 のATP濃 度 を100 vMとし た時 のKATPチ ャネ ル開 口確 率 (Po)は , 心 内 膜 側 に お い てWKY群 に 比 較 し ,SHR群 で 有 意 に 小 さ か った ,一 方, 心外 膜 側 で は ,SHR群 がWKY群 に 比 ベ 小 さ い 傾 向 を 認 め た が , 有 意 差 に は 至 ら な か っ た .
v. 考 察
今 回 の 検 討 で は , 肥 大 心 に お い てKATPチ ャネ ルの 活性 化が 減弱 して い る事 およ び, さ ら にそ の変 化は ,虚 血に 晒さ れ やす い心 内膜 側に 生じ てい る事 が示 され た. 冠動脈閉塞に よ る急 性心 筋虚 血が 生じ ると , 心筋 細胞 では 外来 性の 酸素 およ びブ ドウ 糖の 供給が急激に 減 少 し , そ の た め細 胞内 にお ける エネ ルギ ー 産生 が障 害さ れ, 細胞 内ATPの減 少を もた ら す . こ の 際 に み ら れ るKATPチ ャ ネ ル の 活 性 化は ,活 動電 位持 続時 間( 活 動電 位幅 )を 短 縮 し, その 結果 とし て細 胞内 へ のCa2+流 入を 抑制 する 事に より ,虚 血に よる 心筋細胞障害 か ら保 護す る機 能を 担っ てい る と考 えら れて いる .こ の活 性化 の低 下が 心内 膜側のみに生 じ る事 は, 活動 電位 持続 時間 に 代表 され る電 気生 理学 的特 性の 心筋 壁内 にお ける不均一性 を 増 強 さ せ 得 る ,心 筋壁 内. にお ける 活動 電 位幅 の不 均一 性は ,phase2reentryに よる 不 整 脈発 生の 基質 にな り得 ると 考 えら れて いる が, 肥大 心に おけ る虚 血時 の致 死性不整脈発 症 増 加 に は , 本 実 験 で 得 ら れ たKATPチ ャ ネ ル活 性化 の低 下が ,そ の機 序 のー っと して 関 わ って いる 可能 性が 示唆 され た .
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
肥大心の左室心筋細胞における ATP 感 受 性 K+ チ ャ ネ ル の 性 質
―パッチクランプ法を用いた虚血類似条件における検討ー
高血圧性心肥大患者では,突然死を含む心臓死が増加するといわれている,心臓突然死の 大部分は,頻脈性心室性不整脈による心停止が原因と考えられているが,その最大の原因 として,急性心筋梗塞があげられる.動物実験では,冠動脈結紮による心室性不整脈出現 は肥大心モデルにおいて増加すると報告されており,急性虚血時の電気生理学的活性は心 肥大による修飾を受けていると推測される. ATP感受性K゛チャネル(KATPチャネル)は心筋 虚血などのストレスにより.細胞内ATPの減少が生じると活性化(開口)し,K゛電流を増加 させるという性質を有している,このためKATPチャネルは虚血時に生じる電気生理学的変化 において重要な役割を担っていると考えられるが,肥大心におけるKATPチャネル活性につい て検討された報告は少ない,一方,左室心筋壁内の電気生理学的性質には貫壁性の不均一 性が存在する,心内膜側では心外膜側に比べ,より虚血に晒され易く,虚血に対する電気 生理学的反応にも相違がある事が指摘されているが,肥大心の左室心筋壁内におけるKATP チ ャ ネ ル 活 性 の 分 布 お よ び そ の 虚 血 によ る 変 化に つ い て はよ く わ かっ て い なぃ , 本研究では、肥大心における虚血時の心室性不整脈発生の機序のーっとして,KATpチャネ ルの活性化およびその壁内分布の変化が大きく関与していると仮説をたて,これを検討す るために,正常心と肥大心における心内膜側および心外膜側より単離した左室心筋細胞を 用いて,パッチクランプ法によりKATPチャネル電流を計測し,虚血類似条件による相違を比 較検討した,
18週令か ら22週令 のWKYお よぴSHRそれぞ れより摘出した潅流心の心外膜側および心内 膜側より単離した心筋細胞を計測の対象とした,全細胞電流計測では,Perforated patch methodを用 いてOmVー膜電位 固定を 与える事 により 生じる膜 電流を 経時的に計測した.
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之 一
明
裕 聡
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筒 三
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授 授
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教 教
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査 査
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主 副
副
虚血類似条件は,ブドウ糖非含 有Tyrode液に2mM CN−を添加し,細胞周囲を潅流する事に より成立させ,コントロール電流に対する外向き電流の増加分をK^TPチャネル電流(IK,A↑P) とみなした,単一チャネル電流計測では,open cell―attached methodを用いて,細胞内電 位を−60 mVに膜電位固定した時の内向き電流を計測した, 細胞表面を1%digitoninに暴 露す る 事に よりopen cell−attached patchが形成された後,細胞内液のATP濃度(pM)を O,3000,1000,300,100,30ヘ変更する事により,KATPチャネルの開口確率と細胞内ATP 濃度の関連を比較検討した.
全細胞電流計測における虚血類似条件によるIK.AIPの増加は,心内膜側心筋細胞ではSHR 群がWKY群に比べ少なかったが,心外膜側では両群間に差はみられなかった,IK.ATP活性化 の開始から,IK, ATPの最大値に達するまでの時間は,心内膜においてSHR群がWKY群に比ベ 延長していたが,心外膜側では両群間に差がみられなかった.単一チャネル電流計測では,
細胞内液のATP濃度を100 uMとした時のKATPチャネル開口確率(P。)は,心内膜側におい てSHR群で有意に小さかっ.たが心外膜側では差を認めなかった.
今回の検討では,肥大心においてKATPチャネルの活性化が減弱している事およぴ,さらに その変化は,虚血に晒されやす い心内膜側に生じている事が示された.肥大心における虚 血時の致死性不整脈発症増加には,本実験で得られたKA rPチャネル活性化の低下が,その機 序のーっとして関わっている可能性が示唆された,
口頭発表に際し、副査の川口教授からKATPチャネル活性化の変化をもたらす機序について とKATPチャネルの活性化におけるG蛋白の関与についての質問がなされた,次いで副査の三 輪教授より,オープンセルアタ ッチ法におけるジギトニンの使用にっいておよび虚血類似 条件におけるサイアナイド使用 の意義についてのコメントと質問がなされた,最後に主査 の筒井教授から肥大心モデルと して使用したSHRの特徴につ いてのコメントと,その心筋 細胞を使用する意義についての 質問がなされ,いずれの質問に対しても、申請者は研究結 果 に 基 づ ぃ て 、 あ る い は 文 献 的 知 識 に よ り 、 概 ね 適 切 な 回 答 を 行 っ た , この論文は,肥大心における虚血時の心室性不整脈発症リスクの増加に対する肥大心心内膜 側KATPチャネルの活性化の低下の関与を指摘したとして意義のあるものと評価され,審査員 一同はこれらの成果を高く評価 し,大学院課程における研鑚や取得単位なども併せ申請者 が 博 士 ( 医 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 充 分 な 資 格 を 有 す る も の と 判 定 し た .
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