博 士 ( 医 学 ) 坂 田 芳 人
学 位 論 文 題 名
肥大型心筋症における肥大促進因子に関する研究
―組織レニンーアンジオテンシン系および細胞成長因子TGFB1
(Transforming Growth FactorB1) の 心 肥 大 へ の関 与 に つ い て―
学位論文内容の要旨
(緒 言)
持 発性 肥 大 型 心 筋症(HCM)は 原 因 不 明の 心 肥 大 の 進 行を 特 徴 と す る。 そ の 原 因 の解 明 に 際 し て , ヒト で は 心 筋 生 検時 の 少 量 の 検体 を 直 接 検 討す る 他 に 手 段が 乏 しいた め,最 近で は,
HCMのモ デ ル ハ ム スタ ー で あ るBI0 14.6を 用 い て様 々 な 検 討 が行 わ れ て い る。 そ の 結 果 ,ロ 受 容 体 ーGTP結 合 蛋白 質 , お よ び, ロ 受 容 体 ―ホ スフ ァチジ ールイ ノシト ール 系の細 胞情報 伝 達 系 の 異 常 が , 心 筋 肥 大 の 発 症 , 進 展 に 関 与 し て い る と の 報 告 が な さ れ て い る 。 一 方, 近 年 , 心 筋組 織 局 所 で レニ ン ー ア ン ジオ テンシ ン系(RーA系 )の 存在が 報告さ れ,末 梢 循 環 系のR―A系 とは 独 立し て心筋 細胞の 機能, 成長 ,増殖 に関与 してい る可 能性が 示され て い る 。 すな わ ち , 圧 負 荷心 筋 で は ア ンジ オ テ ン シ ノー ゲ ン(ATN)の 増 加が 観 察 さ れ , 心肥 大 と の 関 連が 指 摘 さ れ て いる 。 し か し ,圧 負 荷 に よらな い特発 性の心 筋肥大 へのR‑A系 の関与 に っい ては ,いま までに 詳細な 検討 はなさ れてい ない。 また, 細胞 成長因 子の一種である形質転換 因 子 ロ1 (TGFB1) は , 線 維 芽 細 胞 から 細 胞 外 基 質蛋 白 質 の 産 生を 促 進 す る こ とが 知 ら れ て いる が, 心筋問 質組織 の線維 化へ の関与 にっい ては不 明であ る。 本研究 では,肥大型心筋症の心 筋肥 大発 症要因 を心筋 実質細 胞の 肥大と 問質の 線維増 生のニ っに 分けて 考えて,肥大型心筋症モ デ ル 動 物BI0 14.6を 用 い, 培 養 心 筋 細胞 に お け るAIIに対す る細胞 内イノ シト ールリ ン脂質 代 謝 の 変 化 , 左 心 室 心 筋 に お け るATNm―RNAの 発 現 ,ACE活 性 , さ ら にTGFBlm― RNAの 発 現 を 分 析 し , 組 織R―A系 お よ び 細 胞 成 長 因 子TGFB1の 心 肥 大 へ の 関 与 を 検 討 し た。
( 材 料 と方 法 )
実 験 対 象動 物 と し て , 発症 前 期4週 齢, 肥 大 期20週 齢 のBI0 14.6ハム スター と正常 対照群 と
して同週齢 のFIロハムスターを用いて次の実験を行った。@対象動物の左心室から抽出され たRNAを サ ン プ ル と し て ,TGFB1と ア ン ジ オ テ ン シ ノ ー ゲ ン (ATN)のm―RNAの 左 心 室における発現を,各々,ノーザンブロット法またりボヌクレアーゼプ口テクションアッセイ法 (RPA)によ り検討した。◎左心室粗細 胞膜分画を調整してサンプルとして用い,[°H] Bz ーGly−GlyーGlyを 基質 と したTESSらの 方 法に 従っ て, 左心 室ACE活 性 を測定した。◎
単離心筋細胞を調整して,培養心筋細胞におけるA矼刺激に対するイノシトールリン脂質(PI) 代謝の変化 を検討した。これらはジア シルグリセ口ール(DAG)とイ ノシトール1,4,5, 三リン酸(IPヨ)の産生を測定して,ホスファチジールイノシトール(PIー),ホスファチジー ル イノ シト ー ル4,5, 二リン酸(PIP2一)特異的ホスフォリパー ゼC活性(PLC)を評価す ることにより検討した。
(結 果)
TGF口1,ATNのm一RNAは,BI0 14.6,FIロ の各 群 ,さ らに 各週 齢 の左 心室 で発 現し て い る こ と が 確 認 さ れ た 。TGFBlmーRNAの 発現 量は ,BI0 14.6でFIBに 較べ て各 週齢 で有意に亢進ており,さらにBI0 14.6群の中では,20週齢で4週齢に較べて有意に増大してい た。その一方で,ATNの発 現には群間,週齢間で発現に 有意差がみられなかった。心筋ACE 活性は,20週齢のBI0 14.6群で同週齢のFIロ群に較べ て,有意な高値を示した。またAH刺 激に対する心筋細胞のIPヨ ,DAGの産生量,並びにPIー ,PIPエ一特異的PLCの活性 は,20 週齢のBI0 14.6群で同週齢のFIロに較べて有意に亢進していた。
(考 察)
本研究の結 果,AHは,20週齢のBI0 14.6から得られた心筋細胞にお いて,PLCを活性化 し,DAGおよびIPヨの遊離を増大させた。このことは,Allが,イノシトールリン脂質代謝を 亢進させ,セカンドメッセンジャーであるIPヨ,DAGを介して細胞膜への刺激を細胞内ヘ情報 伝達するとい うことを示すとともに,20週 齢のBI0 14.6では,プ口テインキナ―ゼC(PKC) を 介し て蛋 白質 合 成を 亢進する可能性を示して いる。また,R―A系の気質で あるATNがm
‑RNAレベルで心筋組織内に発現していることから,シリアンハムスターの心室筋においても,
組織RーA系が存在することが明らかとナょった。さらに,左心室筋におけるACE活性が,20週 齢のBI0 14.6において亢進していたことから,この組織R一A系は活性化されていると考えら れる。以上の結果より,イノシトールリン脂質代謝および組織R―A系の亢進状態は,心肥大の
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発症よりむしろ進展,経過に影響をあたえていると考えられた。最近,動脈壁において,AIIが TGFロ1やプ口トオンコジー ンのc−fos c−mycを介し て,動脈平滑筋の肥大や間質の線 維化を誘導することや,さらに,培養心筋由来線維芽細胞において,AlI刺激によルコラーゲン 合成が促進されることが報告されている。心臓においても,心筋細胞のみならず問質細胞に作用 して,コラ―ゲン合成能,蛋白質合成能を亢進させ,肥大型心筋症における心肥大の発症に関与 する可能性が考えられる。一 方,Spornらのグループは,心筋組織において,細胞成長因子 TGF口1が心筋細胞,血管内皮細胞および平滑筋細胞に存在していることを確認している。彼 らは,その分布からTGFB1が問質線維の増生のみならず,心筋収縮蛋白質の産生のコントロー ルや心筋細胞の分化を抑制す る因子である可能性を推測している。従って,TGFB1の産生異 常が心筋蛋白質の質的異常,量的異常を招いて心筋肥大を生じる可能性が考えられる。本研究で は,TGFロ1の産生が心肥大発症前から増加しているため,肥大型心筋症の発症要因である可 能性が示された。今後は,TGF口1と組織R―A系との相互 関係にっいても検討が必要である と考えられた。
(結 語)
肥大型心筋症モデルハムスター(BI0 14.6)を用いて,肥大型心筋症の心肥大における組織 R―A系とTGF口1の関連を検討して,以下の結果を得た。
@20週齢 のBI0 14.6から 得た培養心筋細胞では ,A矼刺激に対応してPLC活性 が亢進し,
DAGおよびIPヨの遊離が増大していた。
◎シ リア ンハ ムス 夕 一の 左室 心筋 に おい て,ATNのmーRNAの発現を確認した 。BI0 14.6 とFIロの各群間で発現の程度に有意差は見られなかった。週齢に対応して有意な発現の変化 は見られなかった。
◎BI0 14.6の 心筋 細 胞膜 分画のACE活性は,4週 齢ではFIロと差を認めないが ,20週齢で は亢進していた。
@BI0 14.6の 心 筋 で は ,FIロ と 比 較 に し て,4週 齢よ りTGFBlm―RNA発 現の 増 大を 認 め,さらに,20週齢では4週齢に比較して発現が亢進していた。
以上の結果より,肥大型心筋症モデルハムスタ―において,組織R−A系が存在し,A矼はイ ノシトールリン脂質代謝を介して心肥大に関与する可能性が示された。また,R―A系のみなら
学位論文審査の要旨
特 発 性 肥 大 型心 筋 症(HCM)は 原 因不 明 の 心 肥 大の 進 行 を 特 徴 とし , そ の 原 因の 解 明 に 際 し て ,HCMモ デ ルハ ム ス タ ー であ るBI0 14.6を 用 い た 検 討 から , こ れ ま でに カ テ コ ル アミ ン 受 容体と 膜情 報伝達 系の異 常が心 筋肥大の発症進展に関与しているとの報告がなされている。一方,
近 年, 心 筋 組 織 でレ ニ ン ー ア ン ジオ テ ン シ ン 系(R―A系 )の産 生が確 認され ,圧 負荷時 の心肥 大 の 成 立 と 組 織R−A系 の 関 連 が 指 摘 さ れ て い る が , 圧 負荷 に よ ら な いHCMの 心肥 大 へ の 関 与 にっい ては不 明であ る。 さらに ,形質 転換成 長因 子ロ1 (TGF口1)は,種 々の 細胞の 増殖,
分 化を 調 節 す る ほか 強 カ な 問 質 線維 化 促 進 因 子で あるが ,HCMの心肥 大への 関与 にっい ては検 討 され て い な い 。そ こ で , 本 研 究で は ,HCMの 心肥 大発 症要因 を心筋 実質細 胞の 肥大と 問質の 線 維増 生 の ニ っ に分 け て 考えて ,肥 大型心 筋症モ デル動 物BI0 14.6を用い ,培養 心筋 細胞に お け るAHに 対 す る 細 胞 内 イ ノ シ 卜 ー ル リ ン 脂 質 代 謝 の 変 化 , 左 心 室 心 筋 に お け るATNm− RNAの 発 現 ,ACE活 性 , さ ら にTGFBlm−RNAの 発 現 を 分 析 す る こ と に よ り , 組 織R
―A系およ び細胞 成長 因子TGFB1の心 肥大 への関 与を検 討した 。
実 験 材 料 と して , 発 症 前 期4週 齢 , 肥 大期20週齢 のBI0 14.6ハ ムス ターと 正常対 照群と して 同 週 齢 のFIロ ハ ム ス 夕 ― を 用 い て 次 の 実 験 を 行 っ た 。 @ 対 象 動 物 の 左 心 室 か ら 抽出 し た RNAを サ ン プ ル と し て ,TGFB1と ア ン ジ オ テ ン シ ノ ー ゲ ン(ATN)のm−RNAの 左 心 室 に おけ る 発 現 を ,各 々 , ノーザ ンブ 口ット 法また りボヌ クレ ア―ゼ プロテ クショ ンアッ セイ 法 (RPA)に よ り 検 討 し た 。 ◎ 左 心 室 粗 細 胞 膜 分 画 を 調 整 し て サ ン プ ル と し て 用 い ,TESSら の 方法 に 従 っ て ,左 心 室ACE活 性 を 測 定 した 。 ◎ 単 離 心筋 細 胞 を 調 整 して , 培 養 心 筋細 胞 に お けるA 1I刺 激 時 の ジ ア シル グ リ セ 口 ール(DAG)とイノ シト ―丿レ1,4,5,三 リン酸(IPユ)
の 遊離 量 を 測 定 して , ホ ス フ ァ チジ ー ル イ ノ シト ― ル , 特 異的 ホ ス フォ リパー ゼC活性(PI− PLC)を 評 価 し た 。 以 上 の 実 験 か ら 次 の 成 績 が 得 ら れ た 。TGFロ1,ATNのm−RNAは , BI0 14.6,FIロの 各 群 , さ らに 各 週 齢 の 左 心室 で 発 現 し てい る こ と が 確認 さ れ た 。TGFロIm
―RNAの 発 現 量 は ,BI0 14.6でFIロ に較 べ て 各 週 齢で 有 意 に 亢 進て お り , さ らにBI014.6群 の 中で は ,20週齢 で4週 齢 に較 べ て 有 意 に増 大 し て い た。 そ の 一 方 で,ATNの 発現に は群間 ,
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顕 暹
一
研
畠 巻
間
北 葛
本
授 授
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教 教
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査 査
査
主 副
副
週齢 間で発現に有意差がみられ なかった。心筋ACE活性は,20週齢のBI0 14.6群で同週齢の FIロ群に較べて,有意な高値を示した。またAII刺激に対する心筋細胞のIPユ,DAGの産生量,
並 び にPI―特異的PLCの活性は,20週齢のBI0 14.6群で同週齢 のFIロに較べて有意に亢進 していた。
HCMの心肥大における組織R−A系とTGF口.1の関連を,モデ ル動物を用いて検討し,以 下 の 結論を得た。@20週齢のBI014.6から得た培養心筋細胞で は,AII刺激に対応してPLC 活性 が亢進し,DAGおよびIPヨの 遊離が増大、していた。◎シリアンハムスターの左室心筋 に お いて ,ATNのm―RNAの 発現 を 確認 した 。BI0 14.6とFIロ の各群間で発現の程度に有 意差 は見られなかった。週齢に対応して有意な発現の変化は見られなかった。◎BI0 14.6の 心筋 細胞膜分画のACE活性は,4週齢ではFIBと差を認めないが,20週齢では亢進していた。
@ ゛ BI0 14.6の 心筋 で は,FIロ と比 較し て ,4週 齢よりTGFロlm一RNA発現の増大を認 め,さらに,20週齢では4週齢に比較して発現が亢進していた。以上から,肥大型心筋症モデル ハムスターにおいて,組織R―A系が存在し,A且はイノシトールリン脂質代謝を介して心肥大 の進 展に関与する可能性が示さ れた。また,R―A系のみなら ず,ハムスター心筋にTGFロ1 がm−RNAレベルで発現している ことを初めて証明し,その発 現量の変化から,心筋症の発 症,進展への関与が示唆された。
口 頭発表の審査会において, 葛巻暹教授より,BI0 14.6の組織病変の出現とTGFB1の発現 亢進との因果関係,並びにBI0 14.6におけるイノシトールリン脂質代謝亢進に関与するAlI受 容体一イノシトールリン脂質情報伝達系の具体的なステップにっいて質問がなされた。本聞研一 教授からは,AII血中濃度と生体への効果,並びに心室組織AlI濃度にっいて質問がなされた。
また,皆川知紀教授より,BI0 14.6の病理組織所見に対する炎症性変化の関与にっいて質問が なさ れた。さらに,古館正従教 授から,組織RーA系やTGFロ1の発現の変化と肉眼病理変化 の進行との相関関係にっいて質問がなされた。これらに対し申請者は概ね妥当な回答を行い,そ の 後 行わ れた 葛巻 ,本 間 両副査 教授との試問においても,概 ね適切な回答がなされた。
本研究は,HCMモデル動物の心筋組織を用いて詳細な分子生物学,生化学的解析を行い,肥 大型 心筋症の心肥大への組織R−A系ならびにTGFロ1の関与を 示した最初の試みであり,有 意義な研究と考えられ,学位授与に値する。