九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
官商としての西門慶
日下, 翠
http://hdl.handle.net/2324/16802
出版情報:日下翠教授中国文学・漫画学著作集成, 1994-09 バージョン:
権利関係:
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中国古典小説研究会 1994年9月3日 於箱根神奈川大学箱根保養所
官商としての西門度
日 下 翠 ( 九 州 大 学 )
l、 『金瓶梅』の錨写の特殊性について
「ここまで(西門慶の死まで)は、いかにも明の富豪の生活をありのままに叙して いる.この後は因果応報で尽きる。 J (長沢規矩也、東洋文化史大系第5巻 6 )
「作者は、西門慶を描く'のに、自分自身の日常生活を反映させた。Ii'金瓶侮』のリ アルで克明な飲食男女の描写は、そのためである.J (日下翠 rIi'金瓶梅』作者考J
、『中文研究集刊』創刊号、1側 、 山 )約 ぜ 約 (リ
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2、西門慶の人物像
西門慶の人物像の不統一性について:
「要するに、 『金瓶梅』には、二人の西門慶が登場するのである.一人は『水滋伝』
より借り受けた無頼漢.もう一人は、作者の分身と化した西門慶である。 J (日下 翠 rr金瓶梅』作者考J )
新興市民階級?一一元々は、市弁の武頼漢。薬屋を開いている.
しかし、薬屋の描写は極めて少ない。
何依か?一一ー面白くない。地味だから。重要でない?
金蓮の夫武大を毒殺するのに、西門慶は自分の経営する薬屋から枇霜を持ってく
るのである.薬屋の措写は本来必要なはず.
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山東は海に面し、さほど地味の豊かな土地ではない。 一一農業では金持ちにはな
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南北の交通の要。一一商業をするには最適. 引 J
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が 711 .‑rわれわれは、西門慶の姿に、明代の、特権を行使し、財産を築いてゆく、知帽の ム
姿を見ることができるのである・ J (日下翠[" Ii'金瓶梅』作者考J ) 型E W 6tZヘ勺 (lg~ふつ 失f侠
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4、官商という言葉について
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(上海書庖出版、1993年) 、 j 7. t (け, ("f.\~
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的開拓意識. (r西門慶経商的秘訣J P.25)
b) <:金瓶梅〉裏的西門慶,原在県門前園調生薬鋪,是個商人家庭出身的確落戸、
財主.自従他投集了察太師,当了山東占量刑溜副千声,後来又官運亨遜,昇為掌刑 長再,関係直通到封建統治階級的最高層以後,不但他的財産翻了幾番,間且他的 地位変了,身価也高了。他的封建利益超過了他的商業利益,他的商人意識随之越 来越淡薄,官僚習気越来越厳重、終子成為一個地地道道県
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商。官商aJJ特点是垣賃官略的封建特権,利用官場裏的関岡:以権謀私,採取不正 当 的 手 ば 限 利 。士 市川 f西門慶与明代的官商」 白h ω
c )中国酎所I以雫能像西方那様発展資本主義,就是国為宮R語源遠流長.根深帯固,
前知 極 大 , 起 了 腕 社 会 進 歩 . 作 用 。 ( 向 上 p.2n '‑/ . 1~(~~{ ~古川
d)総 之 , 明 代 主 、 陸 、 主 三 官 時 商 己 不 足 為 弘 治 憐 〉 塑 造 ナ 西 門 時 一形象,為我伺樹立了一個官商的様板,其意義是不可低前的。筆者前幾年曽経撰 土品ゐ強調西門慶的 新興商人"的一面,観点負債,聴手修正。(向上 P.28)
5、郷紳について よ
宮崎市定「張湾とその時代一一明末におけるー郷紳の生涯J 一、郷紳とは何か 山 山 智弘
…郷紳とは読んで字の如く、在郷の情紳、すなわち地方在住の知識階級にして 官位を持ち、同時に大地主、又は資産家を兼ねたものであるが、この階層が社会 に及ぼす作用は三つの面に要約することができる。第ーは郷幽に武断することで あり、これは土地の弱小民衆の上に権力又は財力を以って影響を及ぼし、意のま まに動かす作用を言う。ここで注意しなければならぬのは、この作用は必ずしも 常に地方民衆を抑圧するとは限らず、時には民衆の希望を代弁する場合もあった のである。第二は官政を把持することであり、郷紳はその実力によって、地方官 庁の政治に圧力を加え、政治方針に干渉したり、その実施に異議を唱えたりする
ことがあった.これもその結果がいつも害毒を地方に流すとばかりは限ったわけ ではない.ずいぶん、弱きを助け強きを挫くといった義侠的な行動もあったので ある.
第三には更に進んで逓執朝柄、遠方に居ながら中央政府の方針を動かすに至る が、これはどんなことであろうか。この言葉は、先には東林の際に、後には復社 の張樽の場合にも用りられている.……張湾については、 『明史』巻二八八の彼
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の伝に、JflJ部侍郎禁突採が、獄中から、
湾は遥かに朝柄を撞る.己が罪は湾に由る。
云々と市立てたことを記し、 『東林始末』崇禎十四年六月の条には、同じ禁突~
の言葉を
一里Eの 庶 和 こ し て 、 党 を 結 び 複 を 招 き 、 陰 品 仏 柄 を 握 る . といいかえている。一皇居の庶常は即ちー郷紳に他ならない。
参考i'中日大辞典』郷紳:旧時、官を辞して田舎に随退している有力者。
勢力ある地主、紳士。
(宮崎市定全集13)
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