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生物多様性オフセットに関する制度運用上の柔軟性について 2016 年度 学位論文 横浜国立大学大学院環境情報学府 環境リスクマネジメント専攻及川敬貴研究室 11TF009 舛田陽介 1

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生物多様性オフセットに関する制度運用上の柔軟性について

2016 年度

学位論文

横浜国立大学大学院 環境情報学府

環境リスクマネジメント専攻 及川敬貴研究室

11TF009 舛田陽介

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目次

第1 章 序論-生物多様性オフセットと flexibility- ... 5 1.1 はじめに... 5 1.2 生物多様性オフセットおよび flexibility に関する基本概念 ... 7 1.2.1 生物多様性オフセットとノーネットロス ... 7 1.2.2 オフセットとミティゲーション ... 9 1.2.3 世界における生物多様性オフセットの現状と類型 ... 10 1.2.4 生物多様性オフセットの分類と優先順序 ... 12 1.3 生物多様性オフセットの課題と flexibility をめぐる議論 ... 14 1.3.1 生物多様性オフセットの課題 ... 14 1.3.2 flexibility という対処法 ... 15 1.4 本研究の目的・構造 ... 16 1.4.1 本研究の目的 ... 16 1.4.2 本研究の構造 ... 17 第2 章 QLD 州の沿岸域オフセット制度における運用上の flexibility ... 19 2.1 本章の概説 ... 19 2.2 QLD 州の沿岸域オフセット制度の概要 ... 19 2.2.1 QLD 州とその沿岸域環境 ... 19 2.2.2 沿岸域オフセットの歴史と法的背景 ... 20 2.2.3 沿岸域オフセットにおける意思決定プロセス ... 23 2.3 QLD 州の沿岸域オフセット制度の運用状況 ... 26 2.3.1 QLD 州における沿岸域開発申請の現状 ... 26 2.3.2 沿岸域オフセットの実施内容と flexibility ... 27 2.4 グラッドストーン港西部浚渫および廃棄物処理プロジェクト ... 29 2.4.1 WBDDP プロジェクトの概要 ... 29 2.4.2 WBDDP プロジェクトにおけるオフセット ... 31 2.4.3 WBDDP プロジェクトにおけるオフセットと flexibility ... 32 2.4 制度運用上の flexibility のもつメリットとデメリット ... 33 2.5 沿岸域オフセットにおける flexibility-まとめ ... 36 第3 章 米国湿地ミティゲーション政策における Flexibility ... 38

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3 3.1 本章の概説 ... 38 3.2 米国 WMP の歴史 ... 39 3.2.1. はじめに ... 39 3.2.2 CWA 404 条の誕生 ... 40 3.2.3 1970 年代―404 条の適用範囲と湿地保全 ... 43 3.2.4 1980 年代―レーガン政権下の WMP ... 45 3.2.5 1990 年 MOA―ミティゲーション要求の変遷と優先順序 ... 47 3.2.6 1990 年代(1)―ミティゲーションの課題:小規模開発への配慮と高い 失敗率 ... 50 3.2.7 1990 年代(2)―ミティゲーションバンキングの誕生 ... 52 3.2.8 1990 年代③―もうひとつのメカニズム:In-Lieu-Fee ... 55 3.2.9 2000 年代前半―2001 年 NRC 報告書:水域アプローチの台頭 ... 56 3.2.10 2000 年代後半―2008 年最終規則:生態系サービスへの考慮 ... 58 3.2.11 2010 年以降―2008 年規則への反応 ... 59 3.2.12 米国 WMP の歴史―まとめ ... 60 3.2 WMP における flexibility の変遷:内容分析による定量的評価 ... 62 3.2.1 はじめに ... 62 3.2.2 内容分析とは ... 62 3.2.3 データ ... 63 3.2.4 コーディング―単語の選出 ... 65 3.3.5 コーディング―単語の計測・集計 ... 67 3.2.6 結果 ... 68 3.2.7 考察 ... 74 3.3 WMP における flexibility の変遷 ... 76 3.3.1 はじめに ... 76 3.3.2 WMP における優先順序の設定(フレームワークの構築) ... 77 3.3.3 1992 年~1996 年:財産権への配慮のための flexibility ... 78 3.3.4 1992 年~1996 年:バンキング推進のための flexibility ... 79 3.3.5 1992 年~1996 年:地域の特性に配慮するための flexibility ... 79 3.3.6 1997 年~2006 年:ILF と flexibility ... 80 3.3.7 1997 年~2007 年:NRC の報告書における flexibility(流域アプローチと flexibility) ... 81 3.3.8 2007 年~2012 年:2008 年改正における flexibility ... 82

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4 3.3.9 2012 年~2016 年:NWP と flexibility ... 83 3.3.10 WMP における flexibility の変遷―まとめ・考察 ... 84 3.4 WMP における flexibility-総括 ... 86 終章 ... 88 4.1 前章までの総括 ... 88 4.1.1 第二章の総括 ... 88 4.1.2 第三章の総括 ... 89 4.2 総合考察:flexibility とその活用 ... 90 4.3 日本における flexibility の可能性 ... 95 4.4 生物多様性オフセットと flexibility:概念的考察-根本的な問い ... 97 4.5 今後の研究 ... 99 APPENDIX ... 100

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1 章 序論-生物多様性オフセットと flexibility-

1.1 はじめに 近年,開発行為による生物多様性の損失に対処するための政策ツールとして,“生 物多様性オフセット”(開発による生物多様性への負の影響を,自然再生などを行い 生物多様性に正の影響を与えることで代償させる制度)が注目を集めている.我が 国においても現在導入の議論が盛んに行われており,海外の先行事例の調査,知見 の蓄積が求められているところである1. しかし,生物多様性のオフセットという概念は誕生してから日が浅く,多くの概 念的・実際的疑問が存在する.その最たるものが,「生物多様性をオフセットするこ とは可能なのか」というものである.概念的視点から考えると,生物多様性はカー ボンや水質(リンや窒素といった栄養塩)と異なり,厳密なオフセットは不可能で ある.すなわち,1トンの炭素排出は,1トンの炭素吸収によってオフセットが可 能である(1トンの炭素同士に差異はない)が,1ヘクタールの森林を伐採し,隣 に1ヘクタールの森林を生み出してもその森林は伐採した森林と全く同一ではあり えない.こうした疑念に対する生物多様性オフセットの対処は,「開発が行われた場 所からできるだけ近い場所で,影響を受けた生態系(生物種)と同種の生態系(生 物種)を再生・創造すること」である.すなわち,完全な同一性は不可能であるが, それに極力近づけることで,影響をオフセットしたものとみなす,という考え方で ある. こうした考えに基づき,生物多様性オフセット制度に基づいて代償措置(オフセ ット)を行う際,代償の手法,代償措置を行う場所,対象とする生態系(または生 物種),などに関してそれぞれ検討の優先順位が設定されることが一般的である2. その一方で,もともと自然再生などの技術的に容易でない手法を用いる生物多様性 オ フ セ ッ ト に お い て , 検 討 の 優 先 順 位 を 厳 密 に 適 用 す る と 成 功 率 の 高 い 手 法 や 場 1 議論の内容に関しては,中央環境審議会や環境影響評価法に基づく基本的事項等に関 する技術検討委員会の議事録などを参照.また,我が国の環境影響評価法におけるオフ セット(代償措置)の扱いなどについては,大塚直『環境法』第 3 版(有斐閣,2010) などを参照. 2 例えば場所に関しては,開発行為による悪影響が生じた場所のできるだけ近くで代償 措置を実施することが優先される.また,米国の湿地ミティゲーション政 策では,湿地 の“復元”や“再生”が“保存”より優先されることとなっている.代償措置に関する優先順 序の詳細については ,1.2.4 参照.

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6 所・対象を選択できず,代償措置の成果を確保する妨げになるとの指摘もあり3,実 際これまで多くの研究が代償プロジェクトの成功率の低さを指摘している4.すなわ ち,オフセット(相殺)という理論的には同一性が求められる施策であるにも関わ らず,現実的にはオフセットの効果を確保するうえでは同一性にこだわることがで きないという理論と現実のギャップが生じている.こうしたギャップを埋める手段 の一つが,同一性を担保するための優先順序を参考にしつつも,現場における知識 不足,予算不足,生態学的不確実性,地理的制限などの事情を加味し,地域の実情 に則した現実的な代償措置を選択できる柔軟性(flexibility)5を制度に組み込むこと である6.すなわち,flexibility を媒体として生物多様性オフセットという理論上の 概念を,現実的で利用可能なツールとして落とし込むアプローチである. では,こうした flexibility は,生物多様性オフセット制度における代償措置の結 果の改善に寄与するのだろうか.また,flexibility にはどのような利点や欠点が伴う もので,どういった場合に有用なのだろうか.そもそも生物多様性オフセットにお ける flexibility とは具体的にはどういったものなのだろうか.これまで生物多様性 オフセット制度に関しては我が国においてもいくつかの研究がなされているが7,こ

3 See, e.g., National Research Council (NRC), Compensating for wetland losses under the Clean Water Act (Washington, D.C.: National Academy Press, 2001)

4 See, e.g., Ann Redmond et al., “State Mitigation Banking Programs: The Florida Experience,” in Mitigation Banking Theory and Practice (Washington, D. C.: Island Press, 1996), 54-75; Jason T. Quigley and David J. Harper “Effectiveness of Fish Habitat Compensation in Canada in Achieving No Net Loss,” Environmental Management 37, no. 3 (2006) 351-366.この問題

については, 1.3.1 でも概説する.

5 “flexibility”は法令用語ではなく,講学上でも一般的な意味での使用にとどまり,概念

として明確に定義はされていない.そのため,本稿は“flexibility”を改めて概念として整

理する意義を有する.

6 See, e.g., Fisheries and Oceans Canada, Canadian Manuscript of Fisheries and Aquatic Sciences. 2576: Habitat Compensation Case Study Analysis, by Lange, M., Cudmore-Vokey,

B.C., and Minns, C.K. (Burlington: Minister of Supply and Services Canada, 2001), 1 -31; Institute of Water Resources, Institute for Water Resources (IWR), National Wetland

Mitigation Study. Expanding Opportunities for Successful Mitigation: The Private Credit Market Alternative, by Leonard Shabman and Paul Scodari (Washington, DC.: IWR, 1994).

7 例えば,アメリカの湿地ミティゲーションに関しては,北村喜宣『環境管理の制度と

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7 うしたオフセット制度の運用上の flexibility に焦点を当てた研究は,我が国のみな らず世界的にも見当たらない.本研究では,flexible な制度運用を行っている豪州ク イーンズランド(QLD)州の Marine Fish Habitat Offset Policy(以下,沿岸域オフセッ ト制度とする)と生物多様性オフセットの代表的・先駆的制度である米国の湿地ミ ティゲーション制度(Wetland Mitigation Policy: WMP)の分析を通じて上記の問い に答えることを試みる.また,flexibility という視点から生物多様性オフセットを捉 えることで,生物多様性オフセットそのものが内包する理論的・実践的課題を整理 し直し,その理論的な解釈の一助とするとともに,生物多様性オフセットを構築・ 運用するうえでの一つの指針を示す.以下,本題である制度分析に関する記述の前 に,まずは生物多様性オフセットの基本的な理念と,flexibility に関する過去の議論 を整理する. 1.2 生物多様性オフセットおよび flexibility に関する基本概念 1.2.1 生物多様性オフセットとノーネットロス 生 物 多 様 性 オ フ セ ッ ト に 関 し て , 最 も 頻 繁 に 引 用 さ れ る も の は ,Business and Biodiversity Offsets Programme (BBOP)の提示するものであり,以下のように記され ている.

“biodiversity offsets are measurable conservation outcomes of actions designed to compensate for significant residual adverse biodiversity impacts arising from project development after appropriate prevention and mitigation measures have been taken . The goal of biodiversity offsets is to achieve no net loss and preferably a net gain of biodiversity on the ground with respect to species composition, habitat structure, ecosystem func tion and people’s use and cultural values

associated with biodiversity8"

すなわち,生物多様性オフセットとは,開発における生物多様性への悪影響を代償 するための保全措置であり,その上で,悪影響の代償の前に適切な予防・影響緩和

ティゲーション」『日本福祉大学経済論集』12 巻(1996):1-26 などが挙げられる.

8 Business and Biodiversity Offsets Programme (BBOP), Glossary (Washington, D.C.: Forest Trends, 2012) at 8.

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8 措置を取ることとしている.また,保全措置の結果は測定可能であることとしてい る.その目標は,生物多様性のノーネットロス(No Net Loss)またはネットゲイン(Net Gain)であり,生物種の構成,生息地の構造,生態系の機能,人々の利用価値と文 化的価値に関する生物多様性を考慮するものとされている. この定義にもあるように,代償のための保全措置を行う前に,悪影響の予防・緩 和措置を取ることが生物多様性オフセットにおいては求められており,一般的には, このプロセスは“回避(avoidance)”ならびに“最小化(minimization)”という形式を とる9.すなわち,開発プロジェクトの申請においては,まず開発サイトやルートの 変更などによる影響の回避が検討される.この過程は,ほとんどの場合が“代替案 (alternatives)の検討”と言い換えることができる.そして,影響が不可避である と判断された場合に,その影響の最小化が図られる.最小化のプロセスには,開発 期間の短縮・変更や開発規模の縮小などの環境負荷への配慮措置が含まれる.最後 に,回避,最小化の検討・実施がなされたのちに,それでもなお残る負の影響があ る場合のみ,影響の代償(オフセット)が行われることとなる.この回避,最小化, 代償の検討プロセスは,ミティゲーション・ヒエラルキー(mitigation hierarchy), またはミティゲーション・シークエンス(mitigation sequence)と呼ばれている10.

図1 ミティゲーション・ヒエラルキー(参照:Madsen, Becca; Carrol, Nathaniel; Moore Brands, Kelly; State of Biodiversity Markets Report: Offset and Compensation Programs Worldwide (Washington, D.C.: Forest Trends, 2010))

9 場合によっては,minimization と compensation の間に rehabilitation(修復)や rectification (修正)などが含ま れることもある. 10 ミティゲーション・ヒエラルキーという呼び方の方が一般的だが,米国の湿地ミティ ゲーション制度などではミティゲーション・シークエンスと呼ばれる.

Of

PI

PI

PI

Av

Mn

Av

正の影響

負の影響

PI : 予想される影響

Av : 回避

Mn : 最小化

Of : オフセット

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9 生物多様性オフセット制度の目標としては,ノーネットロスが採用されるのが一 般的である.BBOP は,ノーネットロスを「開発における目標の一つであり,開発 による影響の回避・最小化,開発地における生態系の復元,それらの検討・実施後 になお残る負の影響の代償により,開発による影響のバランスをとる,または正の 影響が負の影響を上回るようにすること(筆者訳)」であるとしている11.ノーネッ トロスの概念は,米国の湿地保全を背景に誕生した概念で,1987 年の連邦湿地政策 フォーラム(National Wetland Policy Forum)で提唱され12,それをジョージ・H・ W・ブッシュ元米国大統領が1988 年の選挙キャンペーンで主張して以降米国におけ る湿地保全政策の目標として定着している13.現在では,生物多様性オフセット の 基本原則の一つとして世界的に認識されており,多くの生物多様性オフセット制度 に取り入れられている. 1.2.2 オフセットとミティゲーション 生物多様性オフセットを語る際,頻繁に混同されるのがオフセットとミティゲー ションである.双方とも密接に関係しており,かつ世界共通の定義というものが存 在しないため,明確な使い分けがなされているとは言えないが,以下のような解釈 が可能である.ミティゲーションとは,影響の“緩和”のことであり,回避や最小化, 代 償 な ど を 含 む 様 々 な 措 置 を 指 す . 例 え ば , 米 国 の 国 家 環 境 政 策 法 (National Environmental Policy Act: NEPA)に基づくミティゲーションに関しては,ミティゲ ーションの種類として,回避,最小化,修正(rectification),低減(reduction),代

11 Business and Biodiversity Offsets Programme (BBOP), Glossary (Washington, D.C.: BBOP, 2012), at 27. なお,正確な定義はそれぞれの制度により異なる.

12 本フォーラムで座長を務めたのが当時ニュージャージー州で州知事であった Thomas

Kean であり,ニュージャージー州では 1985 年に全国に先駆けてノーネットロスを導入 している.See, Palmer Hough and Morgan Robertson, “Mitigation under Section 404 of the Clean Water Act: where it comes from, what it means,” Wetlands Ecology and Management 17 (2009): 15-33.

13 See, e.g., Julia M. Sibbing Nowhere Near No-Net-Loss (Washington D. C.: National Wildlife Federation, 2004), 1-7.

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10 償(compensation)が挙げられている14.対して,オフセット(offset)は,元来“相 殺”の意であり,負の影響を正の影響によって埋め合わせる,すなわち“代償”と同義 である15.そのため,例えば回避や最小化は実施したものの代償措置を講じなか っ た場合,これはミティゲーションではあるがオフセットとはい えない. このように,ミティゲーションはより広い意味であり,オフセットはミティゲー ションのうち代償を意味する言葉だが,生物多様性オフセットの文脈においては, ミティゲーションは回避,最小化,代償というプロセス を含むことがほとんどであ り,オフセット(代償)もその前提として回避,最小化を行うことが求められるこ とが一般的であるため,両者が混同されるのだと考えられる. 1.2.3 世界における生物多様性オフセットの現状と類型 Ecosystem Marketplace による報告書によると,2011 年の時点で運用中の生物多様 性オフセット(代償ミティゲーション)プログラムは45 あるとされている16.限ら れた地域における試験的取り組みや,多くのプログラムが2000 年代以降に開始され ていることを考慮すると,制度として大規模に運用されているものは限られてくる と思われるが,2000 年の報告書においてその数が 39 であったことを考えると,近 年増加傾向にあることが伺える17.

14 See, Council on Environmental Quality, Appropriate Use of Mitigation and Monitoring and Clarifying the Appropriate Use of Mitigated Finding of No Significant Impact (Washington

D.C.: 2011).

15 実際,米国やカナダなどでは,オフセットという言葉は使われず,代わりに代償ミテ

ィゲーション(compensatory mitigation)という言葉が使われている.使用される言葉が

異なる理由として,生物多様性オフセットという言葉が一般的になる以前から米国やカ ナダでは制度が存在していたことが考えられる.

16 Madsen, Becca, Nathaniel Carroll, Daniel Kandy, and Genevieve Bennett, Update: State of Biodiversity Markets (Washington, D.C.: Forest Trends, 2011)

17 Madsen, Becca; Carrol, Nathaniel; Moore Brands, Kelly; State of Biodiversity Markets Report: Offset and Compensation Programs Worldwide (Washington, D.C.: Forest Trends, 2010)

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11 図 2 生物多様性オフセットの現状世界地図 (筆者訳)(引用元:Madsen, Becca, Nathaniel Carroll, Daniel Kandy, and Genevieve Bennett, Update: State of Biodiversity Markets (Washington, D.C.: Forest Trends, 2011))

また,一概に生物多様性オフセット(代償ミティゲーション)プログラムと言っ ても,その形態には様々なものがある.例えば,開発者 が開発による負の影響の度 合いに応じた資金を政府に支払い,政府がその資金を用いて代償・保全措置を行う ものや(代償基金型),開発者自身が開発を行うごとに代償措置を実施するもの(単 発型),さらに近年注目を集めているものとして,事前に行った代償・保全措置にク レジットを付与し,開発者がそのクレジットを購入することで代償したとみなす「バ ンキング」システムを利用したもの(バンキング型)などが存在する18.これら の 制度形態はそれぞれが異なる特徴,長所,短所を有しており,Ecosystem Marketplace は報告書においてそれぞれの特徴を整理している19(表1 参照). 18 バンキングシステムについては 3.2.7 を参照.

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12 表1 代償ミティゲーションプログラムの類型(筆者訳)(引用元:Madsen, Becca; Carrol, Nathaniel; Moore Brands, Kelly; State of Biodiversity Markets Report: Offset and Compensation Programs Worldwide (Washington, D.C.: Forest Trends, 2010))

代償基金 単発型オフセット ミティゲーションバン キング 動機 法令順守 ・法令順守 ・自主的取り組み 法令順守 制度(例) ・森林再生基金(中 国) ・産業影響代償制 度(ブラジル) 各種環境影響評価 法によるオフセット ・湿地ミティゲーショ ン(米国) ・バイオバンキング (豪州ニューサウス ウェールズ州) 制度の運用に係る 複雑性 低 中 高 必要となる市場イン フラ 低 低~中 高 広域または戦略的 保全 プログラム設計によ る 低 高 生態学的有効性 プログラムの設計と 実施体制による プログラムの設計と 実施体制による プログラムの設計と 実施体制による 代償措置の実施者 政府 開発者 第三者,政府,開 発者 透明性 中 低 高 1.2.4 生物多様性オフセットの分類と優先順序 生物多様性オフセット“プログラム”の形態が多岐にわたることは先述したとお りである.しかし,多岐にわたるのはプログラムの形態(メカニズム)だけではな く,オフセット,すなわち“代償措置そのもの”に関しても,その手法や場所,対 象生態系(生物種)などによって分類が可能である. 代償手法に関しては,大きく分けて自然の再生や保全などによって直接的にその 価値を高める“直接的手法”と,教育や調査・研究,資金提供などを通じて間接的に

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13 自然環境の価値向上に寄与する“間接的手法”に分類することができる20.場所に関 しては,開発地内および開発地近辺で行われる“on-site”オフセットと,遠隔地で行 われる“off-site”オフセットに分類される21.さらに,対象生態系および生物種 に関 しては,開発により影響を受けるものと同種のものを対象とした“in-kind”オフセッ トと,異種のものを対象とした“out-of-kind”オフセットに分類される22.また,同種 のものを対象とした(in-kind)オフセットに関しては,“like-for-like”と呼ばれるこ とも多い. これらの分類に関しては,オフセットの内容を検討する際に優先順位が設けられ るのが一般的である.例えば,直接的オフセットは間接的オフセットに,on-site は off-site に,in-kind は out-of-kind にそれぞれ優先するのが一般的である.また,プ ログラムによっては直接的手法のなかでも優先順位が定められており,例えば米国 の湿地ミティゲーション政策では,湿地の“復元(restoration)”や“創造(creation)” が“保存(preservation)”より優先されることとなっている23. こうした検討の優先順位の厳格さや,選択肢の幅はそれぞれの制度で異なってお り,制度によっては前述の回避,最小化,代償という検討順序の適用も厳格でない 場合がある.本稿における主たる分析視点・対象である flexibility は,これらの優 先順位の厳格さと選択肢の幅の広さに関するものである.すなわち,flexible な制度 とは,優先順位の適用が比較的緩く,幅広い選択肢を容認する制度であることを意 味する24.

20 See, e.g., Queensland Fisheries Queensland (QLD FQ) FHMOP005.2: Marine Fish Habitat Offset Policy (Brisbane, Australia: Department of Agriculture, Fisheries and Forestry, 2012). 21 Ibid.

22 See, e.g., Bruce A. McKenney and Joseph M. Kiesecker, “Policy Development for Biodiversity Offsets: A Review of Offset Frameworks,” Environmental Management 45, issue. 1 (2010): 165-176.

23 See, 33 C.F.R. §332.3.

24 そのほか,中央官庁ではなく地方にオフセット手法の選択を委ねる「誰が決定を行う

か」という点に関する flexibility(See, e.g., Morgan M. Robertson, “No Net Loss: Wetland Restoration and the Incomplete Capitalization of Nature,” Antipode 32, no. 4 (2000) 463-493)

や,バンキングなどを含め,「どのようなメカニズムを利用するか」に関する flexibility

See, e.g., Royal C. Gardner, et al. “Compensating for Wetland Losses under the Clean Water Act (redux): Evaluating the Federal Compensatory Mitigation Regulation,” Stetson Law

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14 生物多様性オフセットの文脈では,flexibility と似たような概念として“ケースバ イケース”という言葉が頻繁に用いられるため,両者の差異を概説しておく.オフ セットの選択におけるケースバイケースとは,その都度状況・実情に合わせてオフ セットを選択するということである.一見すると flexibility と同様に捉えられうる が,ケースバイケースという概念には“軸”としての広がりがない.すなわち,ケ ースバイケースという概念は,“点”的概念であり,flexibility と違い,どちらの方 が よ り ケ ー ス バ イ ケ ー ス か , と い う 比 較 が で き る よ う な も の で は な い . 一 方 , flexibility は段階を有し,評価軸・枠組みとしての機能を果たしうる. 1.3 生物多様性オフセットの課題と flexibility をめぐる議論 1.3.1 生物多様性オフセットの課題 生物多様性オフセットという言葉が利用され始めたのは 2000 年代に入ってから だが,開発における悪影響の代償措置は少なくとも米国では40 年以上前から行われ ており,その有効性に関してこれまで多くの研究がなされてきた.こうした研究の 多くで指摘されていることが,生物多様性オフセットの成功率の低さである. 例え ば,米国の湿地ミティゲーション制度のレビューを行った2001 年の報告書では,代 償ミティゲーションのコンプライアンス達成率(compliance rates)に関する個々の調 査結果を羅列しているが,半数近い調査では達成率が 50%以下を切っていた25.ま た,カナダの魚類生息地オフセットに関して,ハビタットにおける生産性(habitat productivity)のノーネットロス達成率を調査した Quigley らの研究においても,63% のプロジェクトにおいてノーネットロスは未達成であったとされている26. こうした高い失敗率の理由としては,例えば,代償(生態系の再生や創造)の技 Review 38 (2009) 213-249)についても議論されることがあるが,本稿では分析の対象と しない. 25 NRC, supra note 3. コンプライアンスの評価基準は各プロジェクトによって様々だ が,一般的には植生(種構成,被植率など),水質,土壌環境などが含まれる ことが多 い.

26 Quigley and Harper, supra note 4. この研究において生産性は,付着藻類の生物量,微

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15 術が確立していない(技術的に難しい)こと,モニタリングがなされていないこと, 代償地の選択が適切でないことなどが挙げられている27.しかし,こうした課題 は 一朝一夕に解決できるものではないことが多い.例えば,そもそも生態系という極 めて複雑な対象の再生や創造といったものには,予想外のことが起こるリスクは伴 うものである(もちろん技術的改善は重要ではあるが).また,十分なモニタリング が実施されない理由としては,監督機関(許認可庁)の予算的制限が大きい28.代 償地においても,特に開発圧の高い都市近郊などにおいては都合よく代償措置に利 用できる土地があるとは限らず,このような状況を変えることは容易ではない.そ のため,こうした制限はあらかじめ存在するものとして,そのうえでいかに“現実的” で効果的な方法でオフセットを行うかという点を考察することが重要といえる. 1.3.2 flexibility という対処法 オフセットの選択において,優先順序が設定されることが一般的であることは先 述したとおりだが,現実的に様々な制限要因に対応するために,こうした優先順序 の適用を撤回すべきとの主張もある.例えば,近年米国では,on-site でのオフセッ トは成功率が低いため,off-site であってもオフセットの効果が得られやすい場所で オフセットを行うべきだという主張がなされている29.また,オフセットの効率 を 高めるためには,複数の小規模開発による影響を大規模な自然再生などのプロジェ クトで一気にオフセットする方が望ましく,そのためには場所や対象を on-site や in-kind に限定すべきではないとの主張も存在する30.カナダにおいても,オフセッ トの内容を決める際,固定的な優先順序に固執するよりも,生態系の復元に関する 技術的制限や土地の諸条件などを考慮 できる柔軟性の必要性が指摘されている31. また,オーストラリアにおける研究では,海洋生態系のような複雑で復元のための 技術が確立していないような生態系に関しては,(比較的技術が確立している)陸域 生態系を対象としたオフセットの考え方(優先順位の適用など)をそのまま適用す

27 See, e.g. NRC, supra note 3. 28 Ibid.

29 Ibid.

30 See, e.g., IWR, supra note 6; IWR, National Wetland Mitigation Study. First Phase Report, by Robert Brumbaugh and Richard Reppert (Washington, DC.: IWR, 1994).

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16 べきではないと主張している32. こうした主張は,要するに,現実的な制限要因に対処するために運用上の柔軟性, すなわちflexibility を導入すべきという主張である.実際,海洋生態系を対象とする 豪州QLD 州では,極めて flexibility の高いオフセット制度を採用しており,米国に おいても,近年の制度の改正によってこうした固定的な優先順位の見直しを行い, よりflexible な運用に移行してきている. しかし,こうした flexibility に対しては批判も多い.例えば,保存のアプローチ は成功率は高いが,生態系を新たに生み出すことはないため,ノーネットロスを達 成できないという批判もある33.また,金銭の支払いによるオフセットでは,お 金 にものを言わせて自然が失われてしまう恐れがあるという指摘もある34. こうした状況や指摘を考慮すると,制度運用上の flexibility が生物多様性オフセ ットの結果の改善に寄与している可能性があることが伺える が,同時に一定のリス クもはらんでおり,その適用には一定の指針が必要であるように思える.しかしな がら,これまで flexibility に焦点を当てた研究がなされていないため,そうした指 針や枠組みは提示されておらず,どういった場合にどういった flexibility が有効で ありうるかが明確でない. 1.4 本研究の目的・構造 1.4.1 本研究の目的 本研究では,間接的手法を含む幅広い選択肢を認めている QLD 州の沿岸域オフ

32 Justine Bell and Megan Saunders, “Legal Frameworks for Unique Ecosystems – How Can the EPBC Act Offsets Policy Address the Impact of Development on Seagrass?,”

Environmental and Planning Law Journal 31 (2014) 34-46.

33 例えば,73 FR 19,594 (2008)における議論などを参照.

34 例えば,第三者の創出した生態系にクレジットを付与し,そのクレジットの購入によ

って代償を行ったとみなされるバンキング制度に関しては,クレジットの購入(金銭の 支払い)が生態系の破壊の正当化に利用される,または“回避”のプロセスの軽視につ ながるとの批判がある.See, e.g., Jonathan Silverstein, “Taking Wetlands to the Bank: The Role of Wetland Mitigation Banking in a Comprehensive Approach to Wetlands Protection,”

(17)

17 セットと,40 年以上の歴史を持ち,多くの生物多様性オフセットの参照事例とされ ている米国の湿地ミティゲーション政策(WMP)を対象とし,どういった flexibility が 何 の た め に 導 入 さ れ て い る か を 明 ら か に し , 生 物 多 様 性 オ フ セ ッ ト に お け る flexibility という概念(評価軸)を整理し,その適用にかかる指針を示すことを目的 としている. 本 研 究 は , 生 物 多 様 性 オ フ セ ッ ト 制 度 を 分 析 す る 上 で の 新 た な 評 価 軸 と し て flexibility を提示し,実際の制限要因を考慮したより現実的な生物多様性オフセット 制 度 の 構 築 に 役 立 て る こ と を 念 頭 に 置 い て い る . ま た , 生 物 多 様 性 オ フ セ ッ ト の flexibility を分析することは,多種多様なオフセットを分析することでもあり,誕生 して日の浅い生物多様性オフセットという概念自体の輪郭や内容の理解を深めるこ とにつながる.すなわち,根源的に“生物多様性オフセットと言われているものの 実態は何なのか”という問いに答える一助となりうる. 1.4.2 本研究の構造 QLD 州の沿岸域オフセットは,数ある法的根拠によらない自発的なオフセットと は異なる法的根拠を有するプログラムであり35,尚且つ代償措置の選択において 高 いflexibility を有している点で,本研究の対象として相応しいと考えられる.また, 米国のWMP は 40 年以上の歴史を有する生物多様性オフセットの先駆的例であると 共に,その歴史の中で flexibility も変化している.その変遷を追うことは,flexibility の輪郭や意義を明確にする上で有意義でありうる. 本稿は,大きく二つの分析,すなわち QLD 州の沿岸域オフセットの分析と,米WMP の分析によって成り立っている.QLD 州の沿岸域オフセットに関しては, まず,政府文書をもとに flexible な制度の構造を明らかにする.そして,渉猟した 一次資料をもとに,その運用実態を明らかにし,最後に担当行政官へのインタビュ ーを踏まえ,flexibility に伴うメリットとデメリットを整理する. 米国の WMP の分析については,三段階の分析となる.第一に,既存分析をもとWMP の歴史を辿り,WMP がこれまでどういった課題に直面し,どのような対処 をしてきたかを明らかにする.第二に,歴史分析によって抽出された WMP の制度 的焦点とflexibility の観点から WMP の歴史の概観を定量的にとらえ,WMP におけ 35 企業が CSR の一環として行う自発的なオフセットは世界的に数多く存在するが,法 的根拠を持つものは限定される.

(18)

18 る flexibility の変遷の概観を捉えるとともに,flexibility と WMP における制度的焦 点の関係を推考する.第三に,歴史分析と定量評価によって得られた知見をもとに, WMP の長い歴史において,何のために,どのような flexibility が導入されてきたか を分析する. 最後に QLD 州の沿岸域オフセットと米国の WMP の分析を総合し,flexibility を 類型化し,それぞれの flexibility に関して,どういった場合に有益でありうるか, また導入に伴うリスクにはどのようなものがあるかを整理する .また,flexible な生 物多様性オフセットという切り口から生物多様性オフセットの概念を考察し ,その 輪郭や内容に関する理解の深化を図る.

(19)

19

2 章 QLD 州の沿岸域オフセット制度における運用上の flexibility

2.1 本章の概説 本章では,flexible な制度運用を行っている豪州 QLD 州の沿岸域オフセットを分 析対象とし,その運用における flexibility の役割およびメリット・デメリットを分 析した.分析の過程としては,まず沿岸域オフセット制度の概要を把握するため, 政府文書をもとにその構造と歴史的背景を整理した.その後,QLD 州の漁業局から 得た内部資料をもとに制度運用の実態を概観し,さらに,QLD 州グラッドストーン における西部浚渫および廃棄物処理プロジェクトとそれに伴う沿岸域オフセットを 概説し,制度運用の実態の理解を深めるとともに,現場における flexibility の功罪 を検討した.最後に,文書上の知見と実態に差異がないかを確認し,かつ個別の開 発事案の分析から得られた知見の制度全体への適用性を考慮するために,沿岸域オ フセットを実際に運用している漁業局の担当行政官にインタビュー調査を行い,沿 岸域オフセット制度運用における flexibility のメリットとデメリットを明らかにし た. 2.2 QLD 州の沿岸域オフセット制度の概要 2.2.1 QLD 州とその沿岸域環境 QLD 州は,ブリスベンを州都とするオーストラリア北東部の州であり,オースト ラリア大陸の四分の一の面積を占めるオーストラリアで二番目に大きな州である. その面積は170 万平方キロメートルにおよび,日本の五倍近い.総人口は約 500 万 人であり,そのほとんどが沿岸域に居住している.また,州の北東部には世界最大 のサンゴ礁帯であるグレートバリアリーフが広がっており,そのほとんどが海洋公 園 と し て 保 護 さ れ て い る . ま た , グ レ ー ト バ リ ア リ ー フ は も ち ろ ん , そ れ 以 南 (South-East Queensland)に位置するフレーザー島やブリスベン東部のモートン湾も 藻場やマングローブ林を含む豊かな沿岸・海洋生態系を有しており,ジュゴンやイ ルカ・クジラ類,ウミガメなどの希少な海洋生物の生息地となっている36.近年 , 36 フレーザー島に関しては下記ホームページを参照 http://wetlandinfo.ehp.qld.gov.au/wetlands/facts-maps/fish-habitat-area-fraser-island/

(20)

20 急激な州人口の増加に伴い沿岸域における開発圧が高まっており37,そうした開 発 による沿岸生態系の破壊に対処するための一つの方法が沿岸域オフセット(Marine Fish Habitat Offset Policy)である.

図3 クイーンズランド州 (出典: https://en.wikipedia.org/wiki/Queensland

2.2.2 沿岸域オフセットの歴史と法的背景

QLD 州の沿岸域オフセットは,沿岸・海域における開発申請(fisheries development approval)に伴う生態系への悪影響を相殺するための保全措置であり,主に 1994 年 漁業法(Fisheries Act 1994)を根拠としている.同法は,生態学的に持続可能な発 展(ecologically sustainable development)という原則のもと,コミュニティにとって の漁業資源および海洋生物の生息地の利用,保全,および向上を目的としている38. 沿岸域オフセットの規定があるのは同法76 条であり,開発許可の際オフセットが条 件として要求され得る旨が記されている39.また,その内容として,生息地の改善・ 復元,異なる生息地への保全措置,海洋生物の生息地に関する調査・研究の実施, モートン湾に関しては,下記ホームページを参照 http://www.nprsr.qld.gov.au/parks/moreton-bay/culture.html. 37 1990 年に約 300 万人だった人口は,25 年間で約 500 万人にまで増加している. 38 Fisheries Act 1994 (Qld) s 1. 39 Fisheries Act 1994 (Qld) s 76.

(21)

21 または調査基金への資金提供などが例として挙げられている40(表2参照).また, 関連する規定として,沿岸域オフセットを含む環境オフセット一般に関する条件を 規定する2009 年の持続可能な計画法(Sustainable Planning Act 2009)の 346 条および 346A 条が存在する.

表2 Fisheries Act 1994 76 条 IA

(c) A contribution to fish habitat research.

(3) With the agreement of the applicant for the approval, an environmental offset condition may require a monetary payment to the Fisheries Research Fund under section 117.

76IA Environmental offset conditions

(1) Under the Planning Act, section 346 and 346A, the conditions imposed on a fisheries development approval may include environmental offset conditions.

(2) An environmental offset condition may relate to works or activities undertaken to counterbalance the impacts of the development on fisheries resources or fish habitat including for

example-(a) Works or activities to enhance or rehabilitate a fish habitat; and

(b) The exchange of another fish habitat for a fish habitat affected by the development; and

漁業法に基づくオフセットに係る行政的施策の歴史は長い.30 年前,1976 年クイ ー ン ズ ラ ン ド 州 漁業 法 (Queensland Fisheries Act 1976)において,漁業調査基金 (Fisheries Research Fund)が設置された41.この基金には,開発申請費やライセン ス料の一部が預けられ,漁業に関する調査に利用された.1989 年に同法が改正され た際,基金の利用目的も変更され,海洋生物の生息地保全に寄与するものに限られ た42.また,この際,基金の利用に加え,生息地の復元(rehabilitation)や州への土 地の譲渡(こうした土地は保護区に編入されることが多い) などの直接的オフセッ トも選択肢として導入された43.1989 年以降,オフセットは開発による海洋生態系 の損失(marine fish habitat loss)を相殺するための手段として適用され,また,正 式な合意文書に基づく海洋生態系に関する調査への資金提供も行われるようになっ た44.現在漁業調査基金に関しては漁業法の 117 条に規定されている45.

40 Fisheries Act 1994 (Qld) s 76. (2011 年時点) 41 Queensland Fisheries Act 1976 (QLD) s 7.

42 Melissa Dixon and John Beumer, “Balancing development impacts with offsets,” (paper presented at the Queensland Coastal Conference 2007, Bundaberg, Sep. 2007).

43 Ibid. 44 Ibid.

(22)

22 沿岸域オフセットの詳細や開発の申請プロセスなどについては,クイーンズラン ド州の漁業局(Fisheries Queensland)の作成した海洋生物管理のためのマニュアル (Fish Habitat Management Operational Policies: FHMOPs)に記載されており,特にオ フセット手法の詳細やその選択プロセスについては,FHMOP 005 に記されている46. FHMOP 005 はノーネットロスの概念を適用しており,沿岸域における海洋生物の生 息地の総面積,質,そしてそうした生息地への公共アクセスの維持または向上を目 的としている47.

表3 FHMOP005 の目標

・ To create public awareness of the value of fish habitats. ・ To maintain fisheries values, including fish habitat values;

・To seek to ensure the costs associated with fish habitat losses attributed to public or private works are matched with, or and less than, a level of mitigation and/ or compensation appropriate to the disturbance of fish habitat;

To promote maintenance of marine fish habitats through implementation of mitigation or compensation to meet the objective of No Net Loss of Marine Fish Habitat Policy;

To recognize the natural capital of fish habitats; and

2008 年7月,QLD 州政府は,既存の生物多様性オフセット制度(沿岸域オフセ ット,原生植生オフセット,コアラ生息地オフセット)に対する総合的なマニュア ルとして QLD 州政府環境オフセット政策(Queensland Government Environmental Offsets Policy: QGEOP)を策定した(QLD 州における生物多様性オフセット関連の 法規制システムの全体図については,図4参照)48.この政策は,既存のオフセ ッ ト制度に対し,開発許可プロセスやオフセットの選択・適用に関する基本的枠組み を提示するもので,2012 年の時点で QLD 州漁業局は,その内容を反映した FHMOP 45 Fisheries Act 1994 (Qld) s 117.

46 Queensland Fisheries Services, Fish Habitat Management Operational Policy FHMOP 005: Mitigation and Compensation for Works or Activities Causing Marine Fish Habitat Loss, by

Melissa Dixon and John Beumer, (Brisbane: Queensland Department of Primary Industries, 2002).

47 Ibid.

48 Queensland Environmental Protection Agency, Queensland Government Environmental Offsets Policy, (Brisbane: The State of Queensland, 2008).

(23)

23 005 の修正を行っている49.尚,2014 年の 12 月にクイーンズランド州環境オフセッ ト法が成立し,現在は同法のもとで沿岸域オフセット,原生植生オフセット,コア ラ生息地オフセットが統合的に運用されているが ,本研究では得られたデータとの 整合性の観点から,それ以前の制度構造を分析対象とする. 図4 QLD 州のオフセット枠組み 2.2.3 沿岸域オフセットにおける意思決定プロセス QLD 州において漁業局からの許認可が必要な開発行為としては,例えば1)海洋 植生の搾取や破壊,2)海洋生物保護区(declared Fish Habitat Area)における建設 行為または操業行為,3)淡水・汽水・海域における養殖業,4)魚類などの 回遊 を妨げる建造物の設置などが挙げられる50.こうした開発の申請は,1994 年漁業法,

49 修正された FHMOP 005 については,Fisheries Queensland, FHMOP 005.2: Marine fish habitat offset policy, (Brisbane, Australia: Department of Agriculture, Fisheries and Forestry,

2012)参照.

50 Melissa Dixon and John Beumer, supra note 42.

クイーンズランド州政府環境オフセット政策

QGEOP)

1994年漁業法

沿岸域オフセット

Fish Habitat

Management

Operational Policy 005)

コアラ生息地 オフセット (SEQ Koala Conservation State Planning Provisions

・・・

Act

1999年植生

管理法

原生植生オフ セット(Policy for Vegetation Management Offsets)

2009年持続可能な計画法

・・・

Act

・・・

Act

(24)

24 2009 年持続可能な計画法(Sustainable Planning Act 2009),および FHMOPs(FHMOP 001, 002, 005, 010)をもとに評価され,海洋生物の生息地への悪影響が受忍しうる もの(acceptable)である場合にのみ申請が許可される51.QLD 州漁業局はこのプロセ スにおいて,開発目的,申請者の権利(申請時点で有効な許可の有無など),もたら される便益および影響,代替案の有無,海洋生物の生息地への悪影響に対する回避, 最小化,代償プランなどを考慮する52. オフセットは,影響の回避,最小化を検討してもなお残る影響に対して行うもの とされており,その内容に関しては QGEOP,FHMOP 005,ならびに申請者と漁業 局間での協議によって決定される.こうして決められたオフセットは,持続可能な 開発法346 条に基づく証書や覚書によって担保される53. また,その他の米国やカナダの制度同様,QLD 州の沿岸域オフセットにおいても 検討の優先順位が存在する.例えば,on-site のオフセットは off-site のオフセットに 優先し,生息地の復元などの直接的なオフセットは資金提供や調査・教育の実施な どの間接的な手法に優先する54.対象生息地・生物種に関しても,基本的には同 種 のもの(in-kind)が優先される55.ただし,これらはあくまで参考としての基準で あり,実際の判断はケースバイケースで行われ,必要に応じて優先度の低い手法や それらを複合したプランの採用がなされることが多い56.そのため,優先順位は 設

51 全体的な許可プロセスについては,Fisheries Queensland, supra note 49 at 2 参照. 52 Fisheries Queensland, supra note 49, at 2. こうした申請・許認可プロセスは,統合的開

発評価システム(Integrated Development Assessment System)に基づいて行われることに

なっている.

53 Sustainable Planning Act 2009 (Qld) s. 346. 54 Fisheries Queensland, supra note 49.

55 Ibid. ただし,QLD 州では,in-kind と out-of-kind を,equivalent approach(同種のオ

フセット)とfish habitat mosaic approach(異種だが同一の生息域エリア内のオフセット)

に分類している.また,QLD 州の沿岸域オフセットにおいては,in-kind オフセットは

“現物提供によるオフセット(資金提供などでなく,例えば桟橋の設置などを実際に行

うもの)”を意味するため,QLD 州の公式文書などを読む際には注意が必要である.本

稿においては,in-kind を同種の生態系(生物種)を対象としたオフセットとして記述し

ている.

56 例えば,基本的には equivalent approach が fish habitat mosaic approach より優先される が , そ の 選 択 は 状 況 に 左 右 さ れ る (circumstance will dictate ) と し て い る . Fisheries Queensland, supra note 49, at 19.

(25)

25 定しているものの,それぞれのケースにおいて地域の実情にあわせた手法を flexible に選択できる余地も残されている(開発申請およびオフセットに係る意思決定プロ セスに関しては,図5参照). 図5 オフセットに関する意思決定プロセス

沿岸域開発申請

根拠法:持続可能な計画法(2009), 漁業法(1994) 目的 公益 開発者の権利 環境への影響 課題 悪影響の回避・最小化の検討

沿岸域生態系のオフセット

影響を受ける面積が17m2の場合(公共事業では25m2以上) 参照規則:FHMOP 005, QGEOP 2008

オフセットの選択および交渉

(大規模事業の場合、統括調整官が統括)

直接オフセット

•沿岸生態系の改善 •沿岸生態系の復元・創造 •沿岸生態系の保護・保存

間接オフセット

•調査、モニタリング、教育などへの 資金援助 •沿岸域への公共アクセスの改善

オフセット

悪影響の正当化 (受忍)

申請の審査

参照:IDAS, FHMOPs, 漁業・計画関連の規則

最終決定

(大規模事業の場合、統括調整官が統括)

承認

却下

(26)

26 2.3 QLD 州の沿岸域オフセット制度の運用状況

2.3.1 QLD 州における沿岸域開発申請の現状

QLD 州漁業局が管轄する開発申請の数は増加傾向にある.しかし,漁業局から得 た2000 年代の開発申請数に関する内部資料によると,その増加分は告知と署名のみ を必要とする(Self Assessable Codes の対象となる)小規模プロジェクトの増加によ るものであり57,許認可が必要な開発プロジェクトの申請数は横ばいと言える( 表 3参照).これらの許認可が必要となる申請のうち,沿岸生態系への悪影響が不可避 であり,オフセットが要求されるものは大体年間 60 件ほどであるという58.また, 自然環境や社会への影響が大きいプロジェクトに関しては ,1971 年州開発公共事業 組織法(State Development Public Works Organization Act 1971:SDPWOA 1971)の定 める調整事業(coordinated project)となり,州の統括調整官(Coordinator-General) が申請審査の責任者となる59.この場合,漁業局はオフセットの内容などを含め , 調整官への助言を行うこととなる.

57 例 え ば , 既 存 建 造 物 の メ ン テ ナ ン ス や 調 査 ・ 研 究 活 動 な ど が 対 象 と な る . Self Assessable Codes に関しては,Fisheries Queensland, Fact sheet 5: Fisheries development

approvals - Self-assessable codes (Brisbane: Queensland Government, N.D.)参照. 58 John Beumer, interviewed by author, Jan. 2012.

(27)

27 表3 QLD 州における開発申請件数の推移 Year 小計 小計 計 北部* 南部 北部 南部 2000 58 101 159 0 159 2001 86 128 214 0 214 2002 76 140 216 0 216 2003 76 174 250 0 250 2004 91 171 262 0 262 2005 61 155 216 15 62 77 293 2006 64 151 215 79 113 192 407 2007 67 161 228 69 124 193 421 2008 71 142 213 121 151 272 485 2009 85 142 227 140 174 314 541 * 北部と南部の境界はサリナ(Sarina)である。 SADCs (2005年3月以降) 開発申請 2.3.2 沿岸域オフセットの実施内容と flexibility QLD 州の沿岸域オフセット制度においては,制度上柔軟な運用が可能な選択の余 地が設けられているが,実際のところオフセット手法の選択は柔軟に行われている のだろうか.本稿では,オフセット手法の選択の傾向を検証するため,QLD 州漁業 局から渉猟した内部資料をもとに,過去に行われたオフセットの手法を分類し,そ れぞれの頻度を算出した.漁業局のデータの蓄積は十分とは言えず,情報が得られ たケースは1990 年から 2001 年までの 31 件のプロジェクトについてのみであった. 分類に際し,(1)影響を受ける生態系は何か(対象生態系),(2)開発の規模はど の程度か,(3)直接的オフセットか間接的オフセットか,(4)直接的オフセット の場合はon-site か off-site か,(5)間接的オフセットの場合は資金提供か公共アク セスの向上(桟橋の設置など)か60,という項目に基づいて分類を行った. なお , in-kind か out-of-kind かについてはデータからの判別が困難であったため,今回の分 析では割愛した.表4はその結果である. 60 間接的オフセットの内容のほとんどは資金提供か公共アクセスの向上に分類可能で あった.

(28)

28 オフサイト オンサイト 資金提供 アクセス向上 1 1990 M L ✔ 2 1990 M L ✔ ✔ 3 1990 N/A L ✔ 4 1995 M L ✔ 5 1995 M, SG L ✔ 6 1996 M N/A ✔ 7 1996 M, SC, S N/A ✔ ✔ 8 1996 M, SC, S L ✔ 9 1996 MP L ✔ 10 1996 MP L ✔ 11 1998 N/A L ✔ 12 1998 M M ✔ 13 1998 SM L ✔ 14 1998 SC, M L ✔ 15 1998 MP L ✔ 16 1998 N/A L ✔ ✔ 17 1999 MP L ✔ 18 1999 N/A N/A ✔ ✔ 19 1999 MP L ✔ ✔ ✔ 20 1999 M, SG L ✔ ✔ ✔ 21 1999 M, SC L ✔ ✔ ✔ 22 1999 SC M ✔ 23 1999 M, SC, SM L ✔ 24 2000 M, SG L ✔ 25 2000 M, SC M ✔ 26 2000 M, SG L 27 2000 N/A N/A ✔ ✔ 28 2000 N/A L ✔ 29 2000 N/A L ✔ 30 2000 M L ✔ ✔ 31 2001 SC, S L ✔ ✔ 小計 10 15 12 6 対象生態系 32 48 39 19 % M: マングローブ 直接 21 間接 17 MP: 海洋植物 68 55 % S: Samphire(アッケシソウ) SC: Salt Couch(ソナレシバ) 14 SG: 藻場 45 % SM: 塩性湿地 9 29 % 規模 8 M: 中 (10m2 - 500m2) L: 大 (>500m2) 26 % 直接のみ 間接のみ 直接・間接混合 No 年 対象生態系 規模 代償手法 直接 間接 表4 過去のオフセット手法の分類

(29)

29 結果として,31 件のオフセット事業のうち,68%(21 件)が直接的オフセットを, 55%(17 件)が間接的オフセットを含むものであり,26%(8 件)がその両方を含 んでいた.また,直接的オフセットのうち 48%(10 件:全体の 32%)は off-site に おけるオフセットを含んでおり,off-site のみのオフセットも 29%(6 件:全体の 19%) 存在した.また,間接的オフセットのうち,75%(12 件:全体の 39%)が資金提供 をオフセットの項目として含んでおり,35%(6 件:全体の 19%)は公共アクセス の向上を含んでいた.31 というサンプル数は統計的に有意な結果を示すには十分で はないが,この結果は当制度のオフセット手法の選択が多岐にわたる現状をある程 度は示しているように思える. しかし,オフセットの内容は多岐に渡るため,単純な類型化による概説のみでは その実態の把握は難しい.そこで,次節では,QLD 州における沿岸域オフセットを 伴う開発プロジェクトの例として,QLD 州グラッドストーンにおける西部浚渫およ び廃棄物処理プロジェクト(Western Basin Dredging and Disposal Project)について 概説し,沿岸域オフセットの実態とその運用において flexibility の果たしている役 割についての理解を深める. 2.4 グラッドストーン港西部浚渫および廃棄物処理プロジェクト 2.4.1 WBDDP プロジェクトの概要 本節では,運用の現状を把握するうえで前節における表面的な分析を補うため, 具体例として QLD 州グラッドストーンにおける西部浚渫および廃棄物処理プロジ ェクト(Western Basin Dredging and Disposal Project: WBDDP)に伴うオフセットに ついて概説する61.QLD 州政府は,グラッドストーンを主要国際港湾と位置付けて おり,当プロジェクトは天然ガス産業のための港湾施設の戦略的拡大の一部である 62.当プロジェクトの申請者(開発者)は,州有企業であるグラッドストーン港 湾 社(Gladstone Ports Corporation Ltd.: GPC)となっており,プロジェクトの規模から,

61 オフセットに関する詳細を明示しているプロジェクトは少なく , WBDDP は資料が入

手可能なプロジェクトの中で最もオフセットに関する情報の多いものであった. 62 See, Queensland Government, Western Basin Dredging and Disposal Project: Coordinator-General’s report for an environmental impact statement, (Brisbane, Australia:

(30)

30 当プロジェクトはSDPWOA 1971 における重大事業(significant project)となってい る63.調整事業においては,統括調整官(Coordinator-General)が許認可における責 任者となり,GPC には環境評価書(Environmental Impact Statement: EIS)の提出が 要求される64.EIS 報告書によると,開発予定地には,藻場や潮間帯湿地などが含ま れており,ジュゴンやウミガメ,イルカ類などの生息地 となっている65.また, 当 プロジェクトによる海洋生物の生息地への悪影響として,443 ヘクタールの藻場お よび250 ヘクタールの潮間帯湿地の埋立と,1350 ヘクタールの藻場への一時的な攪 乱が挙げられている66. 図6 WBDDP 開発区域の航空写真 地図出典:Google Earth

63 現在は法改正により,significant project ではなく,coordinated project と呼ばれている. 64 State Development Public Works Organization Act 1971 (Qld) Subdivision 1.

65 Queensland Government, supra note 62. 66 Ibid.

(31)

31 図7 WBDDP 埋立現場 出典: http://gladstoneconservationcouncil.com.au/web/category/newspaper-articles/ 図8 WBDDP 浚渫現場 開発前後 出典: http://gladstoneconservationcouncil.com.au/web/category/newspaper-articles/ 2.4.2 WBDDP プロジェクトにおけるオフセット このプロジェクトは2010 年に統括調整官によって許可され,その条件の一つとし て,沿岸域オフセットが組み込まれた67.オフセット計画には,(1)プロジェクト 予定地の30~40km 北西に位置するアルマ港周辺の沿岸域 5000 ヘクタールの保護68,

67 Queensland Government, supra note 62.

68 グラッドストーン港湾社によって開発計画区域に指定され ているが,オフセットによ

って隣接する海洋保護区(Fitzroy River Fish Habitat Area)やその他の州立海洋公園に併

(32)

32 (2)沿岸域生態系・ハビタットの復元や,それに関する調査,モニタリングなど のための500 万オーストラリアドルの寄付が含まれる(寄付金の利用内容について は,表5参照)69. また,このプロジェクトでは,第三者機関による監査が行われており,監査報告 書によると,沿岸域オフセットに関するコンプライアンスは実践されている70. 表5 WBDDP のオフセット計画における 500 万オーストラリアドルの使い道(参 照:CQ Environmental Pty Ltd, Third Compliance Audit: Western Basin Dredging and Disposal Project (Gladstone, Australia: CQ Environmental Pty Ltd, 2011)).

対象 金額(万 AUS ドル) 1 海洋生物の生息地の創造 20 2 海洋生物の生息地の復元 70 3 海草類管理計画の実施 30 4 海洋保護区に関する調査 70 5 海洋保護区管理の改善 110 6 海洋生物の生息地の調査 50 7 海洋生物の生息地のマッピング 80 8 その他 70 2.4.3 WBDDP プロジェクトにおけるオフセットと flexibility このオフセット計画は,flexibility に伴うメリットとデメリットを内包しているよ うに思われる.まず,flexible な手法の選択によるメリットとしては,第一に,影響 を受けた生態系とは異なる種類の貴重な生態系の保護を可能にしていることが挙げ られる.オフセットによって保護されるアルマ港周辺は,開発地とは異なる種類の 生態系だが,ジュゴンやイルカ,ウミガメなどの希少な生息地 となっており,保護 の優先度は高い.第二に,広大な土地(5000 ヘクタール)を将来の開発から守れる ことである71.オフセットが生態系の再生や創造ではなく 保護の場合,その面積 は

69 CQ Environmental Pty Ltd, Third Compliance Audit: Western Basin Dredging and Disposal Project (Gladstone, Australia: CQ Environmental Pty Ltd, 2011).

70 Ibid.

(33)

33 より広くなることが多く,今回も開発によって影響を受ける面積よりはるかに広い 面積を保護対象としている.第三に,失敗のリスクが低いことが挙げられる.既存 生態系の保護や資金提供のアプローチは,生態系の復元や創造に比べて失敗のリス クが格段に低い. デメリットとしては,まず,海洋生物生息地の総面積が減少することが挙げられ る.埋立によって確実に生息地の面積は減少するが,現存の生息地の保護は新たに その面積を増やすものではないため,“面積”という視点で見ると開発前と開発後で は減少してしまう.次に,保護されるアルマ港周辺に藻場は少ないため,藻場は開 発された分減少することが挙げられる.すなわち,藻場への悪影響を異なる種類の 生態系の保護によって代償するout-of-kind オフセットとなってしまっている.最後 に,アルマ港周辺の生息地はすでに一定程度の保護下にあり,今回のオフセットに よる保護は追加的なものでしかないことが挙げられる72. 本節では,WBDDP を例として,沿岸域オフセットにおける flexibility のメリット とデメリットを考察した.しかし,こうした考察は文書上の情報をもとにしたもの で,現場においてどのような問題があり,どのように解釈されているかまでは計り 知れない.また,WBDDP に基づく分析が制度全体に適用できるとは限らない.そ こで,次節では,実際に沿岸域オフセットを運用する QLD 州漁業局の担当行政官 へのインタビューによって得られた知見も踏まえて,沿岸域オフセット制度の有す るflexibility に伴うメリットとデメリットに関する考察を深める. 2.4 制度運用上の flexibility のもつメリットとデメリット 前節では,過去のオフセットプロジェクトを分類し,WBDDP の具体例を概説す ることで制度の柔軟な運用実態を示した.では,この flexibility はオフセットの結 果の改善に寄与していると言えるだろうか.また,flexibility に伴うメリットとデメ リットとはどのようなものであろうか.これらの問いについて,文書上の知見と現 状に大きな隔たりがないことを確認するために,QLD 州漁業局の沿岸域オフセット の担当行政官(John Beumer 氏)に対してインタビューを行った73.本節では,前節 の結果とインタビュー結果を踏まえて議論することとする. 尚,本研究におけるイ ンタビューでは,特定のトピック(沿岸域オフセットの実態およびその運用におい 72 Ibid. 73 John 氏は FHMOP 005 の策定も行っており,行政における沿岸域オフセットの重要人 物といえる.

参照

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