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第 3 章 米国湿地ミティゲーション政策における Flexibility

3.2 米国 WMP の歴史

3.2.2 CWA 404 条の誕生

20世紀前半まで,米国において湿地は病原菌などを媒介する蚊などが発生する迷 惑なもの(nuisance)として扱われ,農地などへの土地改変が推進されてきた92.し

90 例えば,来生新「日本へのミティゲーション制度の導入について」『横浜国際開発研

究』1巻1 号(1996)208-213;森本幸裕「日本におけるミティゲーションバンキングの

フィジビリティについて」『日本緑地工学会誌』25巻 4号(2000):619-622;磯部雅彦

「米国のミティゲーションの動向と日本への適用における課題」『海岸工学論文集』43

巻(1996)1156-1160;田中章「米国の代償ミティゲーション事例と日本におけるその 可能

性」『ランドスケープ研究』62巻 5号(1999)581-586など参照.

91 最も詳細に制度構造の分析がなされている北村や井上の論文はいずれも 1990年代の ものであり,2000 年代 以降の変遷を追っていない .近年の潮流に関しては,太田貴大

『 生 物 多 様 性 オ フ セ ッ ト バ ン キ ン グ に お け る 生 態 系 サ ー ビ ス の 価 値 の 考 慮 に 関 す る 基 礎的研究』(名古屋大学工学研究科博士論文,2013)に一定の記述があるが,本論文は コンサベーションバンキングに焦点を当てており ,WMP に関する記述は十分とは言え ない.

92 米国では ,19世紀に The Swamp Lands Act 1850によって西部州に存在する6500万エ ーカーもの湿地の開発を促進している .See, e.g., Micheal C. Blumm and Bernard Zaleha

“Federal Wetlands protection under the Clean Water Act: Regulatory ambivalence, intergovernmental tension, and a call for reform,” University of Colorado Law Review 60 (1989) 695-772.

41 かし,1960 年代からの環境意識の高まりや自然環境に関する科学的知見の蓄積によ り,湿地の保全に対する機運が高まった.そこで,1960 年代以降,湿地や河川など 米国の水域全般における環境保全が進められた.この試みは,まず米国陸軍工兵隊

(Army Corps of Engineers: Corps)が管轄する 1899年河川港湾法(The Rivers and

Harbors Act 1899: RHA)の許認可プロセスに環境保護の視点を加えるという形で開

始された.この法律は,浚渫・埋め立てを含む航行可能水域における建造物の建設

(10条)や廃棄物の投棄(13条)を行う場合,Corpsの許可を得なければならない というものであり93,元来この法律の目的は航行の確保で ,環境保全の視点は許 認 可基準に含まれていなかった94.1960年代に入り,まず連邦最高裁の判決において,

同法においては航行可能性への影響にかかわらず,産業廃棄物などの水域への投棄 を規制すべきとの判断がなされた95.また,1967年には,米国陸軍と内務省が覚書

(Memorandum of Agreement: MOA)を交わし,魚類野生生物調整法(the Fish and

Wildlife Coordination Act 1958)に基づく開発許可において魚類・野生生物局(Fish and

Wildlife Services: FWS)と協議を行い,生態系への影響を考慮することの合意がな

された96

こうした背景において,Corpsは産業排水対策として,河川港湾法 13条にもとづ い た 航 行 可 能 水 域 に 限 ら な い 包 括 的 な 排 水 許 可 シ ス テ ム (the Refuse Act Permit

Program)を構築し,このシステムは 1970 年のニクソン大統領による大統領令にお

いて発効された97.しかし,このプログラムは,同法における Corps の権限は航行 可能水域における排水・投棄に限られるとした翌年の裁判によってすぐに無効化さ れた98.そのため,議会は河川港湾法以外の排水・投棄管理プログラムの構築が 必

93 工兵隊は前線の砦や防衛施設の管理のために1802年に誕生した組織であり,1824年 以 降 航 行 の 改 善 の た め に 港 湾 や 河 川 の 管 理 権 限 を 付 与 さ れ て い る .See, Blumm and Zaleha, supra note 92.

94 RHAにおける開発の規制権限は,根本的に通商条項(Commerce Clause:州間交易を

規制する憲法上の権限)に由来している(航行への影響は交易への影響となる).

95 United States v. Republic Steel Corp., 362 U.S. 482 (1960); United States v. Standard Oil, 384 U.S. 224 (1996).

96 翌年,内務省とFWSの意見を考慮しつつ,プロジェクト全体の利益を考慮するとい う公益検討プロセス(public interest review)が許認可判断の基準として採用された.

97 Executive Order No. 11,574. 35 Fed. Reg. 19,627 (1970).

98 Kalur v. Resor, 335 F. Supp. 1 (D.D.C. 1971). この連邦地方裁判所の判決によって, 河 川港湾法におけるCorpsの権限は航行可能水域における排水・投棄に限られ,それ以外

42 要となった99.こうした背景において,1972 年に環境保護庁(Environmental Protection Agency: EPA)が管轄する連邦水質汚管理法(Federal Water Pollution Control Act:

FWPCA)が大幅改正され100,その中で排水規制と湿地を含む航行可能水域の浚渫・

埋立の規制(404条)が誕生した101

この法律の目的は,“国家の水域における化学的,物理的,および生物学的健全性 を回復・維持すること(筆者訳)(to restore and maintain the chemical, physical, and biological integrity of the Nation’s waters)”である102.この目標を達成するため,連 邦議会は,汚染物質(pollutant)の航行可能水域への排出を 1985 年までにゼロにす ることを規定した103.この汚染物質には浚渫廃棄物(dredged spoil)も含まれる た め,全米最大の浚渫者であるCorpsにとっては,浚渫関連の許認可の権限がEPAに 移ることは避けたいことであった104.そのため,Corps は国内の浚渫業者とともに 議会(下院)を説得し,EPAが管轄する同法において例外的に航行可能水域におけ の 水 域 に お い て は 許 可 を 与 え ら れ な い と さ れ , ま た , 排 水 ・ 投 棄 は 国 家 環 境 政 策 法

(National Environmental Policy Act: NEPA)の手続きに従う必要があると結論付けられ た.この判決により,Corpsの許可に基づいて行われていた(航行可能水域外における)

多くの排水・投棄が違法となり,さらに Corpsが同法に よって管轄できる水域は航行可 能水域に限ることが明確にされた .

99 See, e.g., Blumm and Zaleha, supra note 92;Christopher B. Myhrum “Federal Protection of Wetlands Through Legal Process,” Boston College Environmental Affairs Law Review (7), issue 4 (1979) 567-627. 尚,NEPAは手続法であるため,実体法が必要であ った.See, Thomas Addison and Timothy Burns “The Army Corps of Engineers and Nationwide Permit 26: Wetlands Protection or Swamp Reclamation” Ecology Law Quarterly (18) issue 3 (1991) 619-669.

100 元々1948年に下水処理施設の建設を促進するための法律であったが,1972年の改正 で規制的機能を持つようになった.

101 この時期は,数多くの政治家が環境保護への貢献度を競い合っていた時期でもあり,

この大幅改正はその結果の一つでもある.See, e.g., Blumm and Zaleha, supra note 92.

102 33 U.S.C.§1251(a).

103 33 U.S.C.§1251(a)(1).この法律における航行可能水域(navigable waters)は,RHA の従来の解釈とは異なり,“404 条を除いて”す べての水域を意味するようになってい る.

104 Blumm and Zaleha, supra note 92.

43 る浚渫・埋立に関する許認可権限を維持することに成功した105.しかし,Corps は 本質的に開発者であるため彼らに同情的であり,また環境に対する意識も高くない と考えられていたため,許認可の判断はEPAがCorpsとの協議のもと作成したガイ ドライン(404条ガイドライン)に則るものとし106,さらに EPAには許可を取り消 す拒否権が与えられた107.こうして 404条に基づく許認可と,それに伴う湿地ミテ ィゲーション(後述)に関しては,極めて珍しい環境保護を命題とするEPAと歴史 的に開発者であるCorpsの共同管理体制が誕生した.

3.2.3 1970年代―404 条の適用範囲と湿地保全

FWPCA の改正によって,米国の浚渫・埋立の許認可プログラムを含む排水・投

棄管理は大幅に拡大された.しかし,FWPCAの本文には,湿地(wetlands)の記述 は存在せず,404条の規制対象水域はやはり“航行可能水域(navigable waters)”であ った108.湿地の水域環境における重要性を認識していたEPAは,この航行可能水域

に湿地(wetlands)を含めるよう Corps の説得を試みたが,Corps は従来の RHA に

おける管轄を拡大することに消極的であり,1974年に公示した彼らの規則において は,従来の解釈を踏襲するに止まっていた109.こうした解釈の違いは,Corps に解 釈の拡大を求めた 1975 年の判決によって解消され110,1975 年に公示された 404 条 ガイドラインにおいては,湿地(wetlands)が浚渫・埋立において許認可を必要とする

105 RHAにおいて Corpsが長年運用してきた類似の許認可システムがすでに存在してい

たため,議会は新たなシステムの構築には消極的であった.See, e.g., Blumm and Zaleha,

supra note 92.ただし,上院はCorpsには環境保護の意識が足りないと感じており,Corps

に許認可権限を与えることには反対であった.See, Loyal C. Gardner, Lawyers, Swamps, and Money – U.S. Wetland Law, Policy, and Politics (Washington D.C.: Island Press, 2011).

106 See, 33 U.S.C.§1344(b)(1).

107 33 U.S.C.§1344(c).

108 なお,FWCPAにおいては,航行可能水域(navigable waters)は“waters of the United

States”と定義されており,立法過程,法律の目的に照らしても従来の範囲よりも広くと

らえるべきと考えられていたが,湿地(wetlands)を含むかどうかは明確ではなかった.

109 1974年の Corpsのルール(39 Fed. Reg. 12,115 (1974))では,従来の解釈を適用してい た.See, Myhrum, supra note 99.

110 NRDC v. Callaway, 392 F. Supp. 685 (D.D.C. 1975). See, Myhrum, supra note 99.

44 対象として明記された111.さらに,プロジェクトが水際である必要があり112,水際

(湿地)以外での開発 が非現実的(impracticable)である場合にのみ 湿地の埋立が 許可されうるという革新的な内容が組み込まれた113

1975 年の判決,ガイド ラインによって航行可 能水域の範囲は拡大し たが,1975 年以降も議会ではその適用範囲を巡って議論が行われた.下院は航行可能水域の解 釈を従来の限定的なものに戻そうと試み,上院は広い解釈を維持し,さらに従来の 航行可能水域以外の水域に対しては,EPAに許認可の権限を与えるよう働きかけた

114.1976 年の議会では両者は妥協点を見出すことができなったが,1977 年の議会 では最終的に 1977 年の FWPCA 改正(この改正を機に FWPCA は Clean Water Act

(CWA)と呼ばれるようになる)に伴う 404条の変更によって妥協が図られた.具 体的には,航行可能水域の定義に変更はなかったが,許認可を必要とする行為の例 外が設けられ115,さらに,環境への影響が限定的で,繰り返し行われる類似性の高 い行為に対しては一括で許可を出す一般許可(General Permits)が認められた116. また,州に404条に相当するプログラムがある場合,州が 404条に代わり管轄する ことを可能にした117.これらの変更によって,湿地を含む水域の保全を維持しつつ,

Corps は限られた予算によってプログラムを実行できるまでに実務を減らすことに

111 See, Myhrum, supra note 99.

112 例えばマリーナの拡大などは水際である必要があるが,ホームセンターの建設は水 際である必要はない.一般的に 水域依存性テスト(water-dependency test)と呼ばれる.後 掲注127参照.

113 40 Fed. Reg. 41,292 (1975).

114 Blumm and Zaleha, supra note 92.

115 例えば,農林業関連活動が例外とされた.See, e.g., Ellen K. Lawson “The Corps of Engineers’ Public Interest Review Under Section 404 of the Clean Water Act: Broad Discretion Leaves Wetlands Vulnerable to Unnecessary Destruction” Urban Law Annual; Journal of Urban and Contemporary Law 34 (1988) 203-229.

116 実際には,1975年に公布された 404条ガイドラインに記載された内容を法律レベル で承認したものである.一般許可は,特定地域レベル,州レベル,全国レベルでの許可 に分類され,全国レベルのものは NWP(nationwide permit)と呼ばれる.See, Addison, supra note 99.

117 ど の 州 の プ ロ グ ラ ム が 十 分 で あ る か の 判 断 は ,EPA が 行 う も の と さ れ た .See, Myhrum, supra note 99; Blumm and Zaleha, supra note 92.

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