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第 3 章 米国湿地ミティゲーション政策における Flexibility

3.3 WMP における flexibility の変遷

3.3.2 WMP における優先順序の設定(フレームワークの構築)

WMPの歴史は長く,CWAの根拠条文は1972 年に誕生し,404条ガイドラインも 1975 年には作成されている.しかし,WMP において最初にオフセットの検討順序 や優先順序,またどういった手法が認められるのかが明示されたのは1990 年である.

1990年,EPAとCorpsは合同での合意文書(Memorandum of Agreement: MOA)を作

成し,404 条に基づく湿地への悪影響のオフセットに関する検討の優先順序を策定 した204.3.1でも示したが,この MOAにおいて,EPAとCorpsは,まず,湿地への 悪影響を代償するにあたり,回避(ゼロオプションを含む代替案)を検討し,回避 が不可能または非現実的な場合は影響を最小化し,最小化してもなお残る影響につ いてのみ代償を行うべきという検討のプロセスを明示した.また,代償を行う場所 については,on-siteがoff-siteに優先することとし,代償の対象としては in-kind が

out-of-kind に優先することとした205.さらに,代償手法については,過去に湿地で

あ っ た 場 所 を 湿 地 に 戻 す “ 復 元 (restoration)”, 湿 地 を 新 た に 造 成 す る “ 創 造

(creation)”,既存の湿地を保存する“保存(preservation)”に言及されており,そ

の中で復元を最優先するものとし,保存は例外的にのみ認めるとした.

この枠組みを flexibility の観点(選択肢の幅,優先順序の厳格さ)から評価する と,選択肢の幅としては,(少なくとも1990年の枠組みでは)資金提供や教育・調 査 プ ロ グ ラ ム の 実 施 な ど は 認 め ら れ て お ら ず ,QLD 州 の 枠 組 み よ り は 限 定 的

(flexibilityが低い)と言える.枠組み内の優先順序の厳格さという点では,基本的

には QLD 州同様優先順序を設定しつつも最終的には現場の裁量にゆだねるという 方法をとっているが,保存の手法を“例外的にのみ認める”としている点ではやは りやや厳格と言えるだろう206

203 尚,これらの分析を行うにあたり,前節での定量評価時に flexibilityについての言及 が多かった文書を主な参考資料とした.

204 EPA and the Department of the Army, supra note 130.

205 on-siteおよび in-kindの優先は,米国魚類野生生物局(U.S. Fish and Wildlife Services:

FWS)の政策から採用したと言われている.See, Hough and Robertson, supra note 12.

206 制度上厳格であるからと言って運用も厳格に行われているとは限らないという点は

78 また,こうした枠組みが登場したのは1990 年だが,それ以前からミティゲーショ ンやオフセットは行われていた.こうした時期のオフセットは flexibility の視点か らはどう捉えるべきだろうか.本稿において提唱している flexibility は,オフセッ トを行う上での選択肢の広さ(枠組みの広さ)および優先順位の厳格さである .そ のため,枠組み自体がなければ flexibility という軸を当てはめることはできない.

つまり,1990 年以前の運用方法は,flexible というよりも,自由放任主義(レッセ フェール)に近い状態であったと言える.

3.3.3 1992年~1996年:財産権への配慮のためのflexibility

1990年の MOA によって WMPにおける代償ミティゲーション(オフセット)の ルールが一定程度整理され,検討の優先順序などが定められたが,こうした優先順 序は数年後には修正の対象となった.3.1.6 での概説したように,MOA において明 示された開発による影響の回避(代替案の検討),最小化,代償(オフセット)とい う検討順序は,特に規模の小さい開発者にとっては負担であった207.そのため,1993 年のホワイトハウスからの通達においては,小規模開発に対しては重大な影響を及 ぼすようなプロジェクトと同等の申請審査プロセスを設ける必要はないことを示し , その後のガイドラインでその詳細を示すこととした208.そして,その後EPAとCorps は,局内文書において,開発による影響が小規模の場合は,回避(代替案の検討)

の検討は必ずしも必要ないという方針を示した209.さらに,1995 年,どういった場 合に影響が軽微と見なされ,代替案の検討が免除されるのかについての詳細な 含む 覚書を公示した210

こうした一連の制度の変更・明確化は,小規模開発者(個人土地所有者)の権利 のために(または社会的受容性のためともいえるだろう),回避,最小化,代償とい 言及しておく必要がある .

207 3.1.6参照.

208 White House Office on Environmental Policy, supra note 148.

209 Corps, Guidance on Flexibility of the 404(for the Establishment and Maintenance of Compensatory Mitigation Projects Under the Corps Regulatory Program Pursuant to Section 404(a) of the Clean Water Act and Section 10 of the Rivers and Harbors Act of 1899, RGL 01-01 (2001). RGL93-02

210 EPA and the Department of the Army, supra note 149.

79 うオフセットにおける検討順序の適用を緩和するという flexibility を導入したもの ととらえることができる.

3.3.4 1992年~1996年:バンキング推進のためのflexibility

1992年~1996年の間には,小規模開発者(個人土地所有者)への配慮という点以

外でも flexibility に関する議論が多くなされている.その一つは,バンキングシス

テムの導入・推進に係る flexibility の導入である.前述の通り,バンキングにおい て は , 代 償 措 置 は 不 特 定 多 数 の 開 発 の た め に 事 前 に 行 わ れ る た め , ど う し て も

“off-site”における代償措置になる.また,バンキング市場を機能させるためには一

定以上のクレジットの需要,つまりクレジットの消費によって代償できる開発が必 要となる.この点について,水資源研究所(Institute for Water Resources)による 報告書では,バンキング市場を活発化させるためには,off-siteも out-of-kindも認め る必要があると述べられている211

こうした 1990 年の MOA との祖語の解消のため,1995 年にバンキング利用に関

するガイドラインが公布された212.その中で,基本的な優先順序は維持するものの,

(1)MOA における on-site 優先はバンキングの利用を否定するものではない旨,

(2)out-of-kind も生態学的に望ましい結果が得られる場合は認めることが明示さ

れ た . こ う し た 流 れ は , 運 用 の 効 率 化 の た め の バ ン キ ン グ を 推 進 す る た め に

flexibilityが導入されたものと考えることができる.

3.3.5 1992年~1996年:地域の特性に配慮するための flexibility

小規模開発者(土地所有者)への配慮,バンキング推進への対応に加え,この時 期には地域の特性に配慮するためのflexibilityも議論の対象となっていた.1991年,

当時のブッシュ大統領は,湿地政策に関する演説を行い,そのなかで歴史上開発に よる湿地の消失率が 1%以下である州に関しては,回避(代替案の検討),最小化,

代償という検討を必要とせず,最小化のみによって申請の許可要件を満たすものと することを提起した.米国内において,この条件に合致する州はアラスカ州のみで

211 IWR, supra note 6.

212 60 Fed. Reg. 38,650 (1995).

80 ある213

1992年,EPAとCorpsは,アラスカ州においては,回避,最小化,代償という検

討順序の適用を免除する旨の規則改正案を公示し ,パブリック・コメントを求めた

214.このパブリック・コメントにおいて,環境への影響を危惧したコメントが多数 集まったことで,EPAとCorpsは1994 年に1992 年の改正案を取り下げた215.最終 的に撤回されたものの,このアラスカ州における湿地ミティゲーションの要件をめ ぐる一連の議論は,地域の実情・特性を考慮するための flexibility に関する議論で あったといえる.

このように,1992年~1996 年は,様々な目的(社会的受容性の確保,効率性の改 善,地域特性への配慮)のためにWMPにおけるflexibilityが議論された時期であっ た.そのため,数多くの政府文書において,flexibilityという単語が頻繁に出現して いたと言える.

3.3.6 1997年~2006年:ILFとflexibility

1992年~1996年の間や2007年~2012年に比べ公文書上の議論は少なかったもの の,1997年~2006 年の間においてもflexibility に関する議論は行われている.その

一つが,ILFに関するflexibility である.ILFが登場したのは1990 年代の前半だが,

誕生したばかりの ILF は極めて flexible であった(というより明確な基準が存在し ていなかった)216.というのも,ILFにおいては,バンキング同様 off-siteにおける 代償となるため,on-site 優先の概念は軽視されており,さらにバンキングと違い,

少なくとも初期においては,その資金は湿地の再生や創造といったプロジェクトの みならず,教育・啓発プロジェクトや湿地関連の調査費用としても利用されていた

217.すなわち,影響をオフセットするための代償手法として多様な選択肢を提供し

213 See, 59 FR 26,162 (1994). また,アラスカ州は ,その独自の気候・自然環境から ,湿

地 の 再 生 が 困 難 で あ る こ と も 検 討 順 序 の 適 用 外 と す べ き と さ れ た 要 因 の 一 つ と し て 挙 げられる.

214 57 FR 52,716 (1992).

215 See, 59 FR 26,162 (1994).

216 ILF初期のflexibilityは1980年代までのWMPと同様レッセフェール的と言えるかも しれない.

217 See, Gardner, supra note 105.

81 ていた.こうした flexibility は,バンキングと同様に効率性を高める目的も有して いたが,それとは別に多様な目的のために利用できるという“使い勝手の良さ”も 目的であったことがうかがえる.

2000年のガイドラインによってILFによって提供された資金は教育や調査などに は利用できなくなり,こうした flexibility は一定程度抑制された.こうした ILF に

おけるflexibility(資金提供や間接的オフセット)をめぐる議論は,一体どこまでが

オフセットといえるのか,すなわち,“生物多様性オフセットとは何なのか”という 問いにもつながるものと言えるだろう.この論点に関しては,終章において言及す る.

3.3.7 1997年~2007年:NRCの報告書におけるflexibility(流域アプローチと

flexibility)

連邦文書における公的文書ではないため,前章における定量評価のデータには含 まれていないが,WMP に大きな影響を与えた 2001 年の NRC の報告書においても

flexibility に関する記述が多く存在する.当報告書における flexibilityに関する記述

は,多くが流域アプローチに関するものである218

例えば,当報告書では,代償地を選択する際は,on-siteかoff-siteかよりもその流 域において湿地を再生・保全すべきところはどこかという基準に基づいて選択する べきとしている.また,in-kind かout-of-kindかにおいても同様に,その流域におい て重要な種類の湿地を再生・保全すべきとしている .また,原則例外としてのみ認 められるとしている保存(preservation)による代償に関しても,特に都市部におい ては,長期的視点から理想的な湿地の配置を実現するためには保存のアプローチも 重要となりうると指摘している.こうした flexibility は,オフセットの生態学的効 果を高めるために,従来の優先順序の適用にflexibilityが必要という主張である219. こうした主張は,2001 年の時点では制度上へ の反映は限定的であっ たが,2008 年に404条ガイドラインが改正された際に大々的に制度として反映された .

218 3.1.10参照.

219 生態学的成果を高めるという点では QLD 州と同様である .しかし,QLD 州では生 態学的に困難である手法を避け ,できるだけ失敗の可能性の低い手法を選択するという 発想に基づいた flexibility だが,NRC の主張する flexibility は,より効果的な場所 ,手 法を選択するという積極的な理由によるものと言える .

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