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第 2 章 QLD 州の沿岸域オフセット制度における運用上の flexibility

2.4 制度運用上の flexibility のもつメリットとデメリット

前節では,過去のオフセットプロジェクトを分類し,WBDDP の具体例を概説す ることで制度の柔軟な運用実態を示した.では,この flexibility はオフセットの結 果の改善に寄与していると言えるだろうか.また,flexibilityに伴うメリットとデメ リットとはどのようなものであろうか.これらの問いについて,文書上の知見と現 状に大きな隔たりがないことを確認するために,QLD州漁業局の沿岸域オフセット の担当行政官(John Beumer氏)に対してインタビューを行った73.本節では,前節 の結果とインタビュー結果を踏まえて議論することとする. 尚,本研究におけるイ ンタビューでは,特定のトピック(沿岸域オフセットの実態およびその運用におい

72 Ibid.

73 John氏は FHMOP 005の策定も行っており,行政における沿岸域オフセットの重要人

物といえる.

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て flexibility が果たす役割)についてより深く広く情報を引き出すため,半構造的

インタビュー手法を採用した.

インタビューの結果によると,QLD州の沿岸域オフセット制度における flexibility には少なくとも二つのメリットがあると考えられる.一つは,制度実施者が失敗の リスクの低い手法を選択できる点である.例えば,藻場の再生は一般的に費用が高 く,しかも結果として失敗に終わるケースが多い74.一方,賃借地や私有地の保 護 区への編入は,生息地の再生や創出に比べ比較的容易に生態学的な成果を確保でき る.実際オフセットによるこうした土地の保護区への編入は ,保護区ネットワーク 構築の重要なツールとみなされている75

第二に,より危急度の高いプロジェクトの実施が可能となる点である.例えば,

悪影響を受ける生態系・生物種を代償の対象にすべきというコンセプト(like-for-like) のもとでは,希少な生息地をオフセットとして保存・保全するには,同種の希少な 生息地の開発が行われなければならない.例えば,オフセットとして藻場を再生さ せるためには,どこかで藻場が開発されなければならない.しかし,柔軟な制度運 用が可能であれば,マングローブ林など他の生態系への悪影響に対する代償として,

もしその地域で藻場の再生が危急なのであれば,藻場の再生を行うことも可能にな る.

第三に,既存の枠組みに捉われない自由なプロジェクトを遂行しうる点である.

例えば,典型的なオフセットでは,生態系の再生や創造,または保護・保存を行う

が,WBDDP のように多額の資金提供があれば,多様なプロジェクトに利用できる.

例えば,生態系の劣化の原因が農薬の流入などである場合, 生態系の再生より農薬 の流入の防止や軽減が重要になり,それには地理的に離れたところでの施策や間接 的な施策が必要かもしれない76.また,QLD 州では現在係留ブイによる海草類への 影響が問題視されており,環境配慮型のブイへの移行が重要事項となっている77. さらに,生態系の再生や創造を行う前提としての基礎的情報が不足していることも 多く,そうした場合はまず調査が必要になる78.こうした施策は生態系の再生や 創

74 藻場におけるオフセットの課題に関しては,Justine Bell and Megan Saunders, supra

note 32などに詳しい.

75 John Beumer, interviewed by author, Jan. 2012.

76 Ibid.

77 See, e.g., Joel Bolzenius and Sibel Korhailler, Seegrass Friendly Mooring Replacement Project (paper presented at the Queensland Coastal Conference 2013, Townsville, Oct. 2013).

78 John Beumer, interviewed by author, Jan. 2012.

35 造といった既存の枠組みでは捉えにくく,オフセットとして行うには flexibility を 必要とする.

沿岸域オフセット制度における flexibility にはこうしたメリットがある反面,デ メリットも伴う.まず,flexibilityにより多様な手法を認めることでその成果が多様 化し,開発による環境への悪影響との比較が難しくなる.単に 生態系の保全という 観点から考えると,間接的オフセットでは少なくとも短期的には生態系の面積や機 能のノーネットロスを達成することはできない.生息地の保存に関しても,確かに 失敗のリスクは低いが,新たな生息地が増えるわけではないため, 開発された分生 息地の面積は減少する.ただし,間接的なオフセットも,生態系の保存・保全にお いて重要な意義を持ちうる.例えば,海洋生物の生息地に関する調査やモニタリン グ,教育プログラムへの資金提供は,科学的知見の蓄積や市民の認識の向上を助け,

長期的に生息地の保存・保全に寄与する可能性がある79.また,John 氏によると,

公共アクセスの向上に関しても,公共アクセスの管理レベルが向上することで,生 息地へのダメージの管理・監視が容易になるというメリットがあるという80.し か し,こうした間接的オフセットによって得られる成果は,開発による生態系の機能 や面積の喪失といった明確な“生物多様性”の損失とは異なり,明確に“生物多様性” の改善を意味しない.そしてそれ故に比較が難しく,何をもって“ノーネットロス” とするかの判断が難しい.

もう一つのデメリットは,意思決定のプロセスが不明瞭になり得るという点であ る.オフセット手法の選択は,比較的緩い基準に則りステークホルダー間の協議の もとケースバイケースで決定されるため,政治的圧力などが介入するリスクが高ま る.その結果,環境保全より経済成長優先の選択肢が採用される可能性が否定でき

ない81.実際,WBDDP を主導する石炭・天然ガス産業と政治家・官僚との癒着が環

境保護派からの批判の対象となっている82.次章では,これらの長所・短所を踏 ま

79 実際,効果的なオフセットを行うためには,その地域の生態系につ いて 十分な 知識 ・ 情報を有していることが必要となる.しかし,そういった情報が手元にあることは多く ない.そのため,情 報がないまま生態系の再生や創造を行うよりも,まずは調査を行い,

生物多様性評価マップなどを作成したり,現在進行中の環境劣化の原因を解明したりす ることを優先する必要が生じることも考えられる.

80 John Beumer, interviewed by author, Jan. 2012.

81 John氏によると,予算規模の大きな行政庁との協議では主張を通せないという.

82 QLD州においては,統合調整官付きのアナリストがその関係を内部告発するに至っ

ている.参照

36 え,どういった場合に柔軟な制度運用が効果的かを考察し,提言へとつなげる.

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